恋心〜災いを越えて〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月21日〜06月28日

リプレイ公開日:2007年07月02日

●オープニング

 この想いは、どこから来るの。
 この想いは、どこから溢れて来るの。
 この想いは、どこへ行くの。
 この想いは。

 ノルマンを襲った預言と言う名の災厄は、ノルマンの様々な村や町に被害をもたらした。
 各地で復興の為に人々はたくましく働いている。無くした物を嘆いたものの、再び未来と希望を信じて立ち上がり、彼らは自らの生活を取り戻す為、今日も働いている。国や領主から資金や物資の援助もあったが、それらは無限では無い。冒険者達が『美味しい食事と引き換えに』募金を始めているが、それが浸透するのにはしばらく時間もかかるだろう。再建、復興というのは大事業だ。即座に効果を現すものではない。
 一方で、未だ親しんだ自らの村にも帰れず、パリで避難生活を送っている者達もいた。例えば山が崩れて村が埋まってしまったとか、川の水が全てを押し流してしまったとか、穢れがひどく、畑を作る事も叶わないとか。帰りたくてもそこで生活する見通しが立たなければ、帰ることさえ出来ないのだ。
 彼らの多くは自らの財産のほとんどを置いてきてしまっているから、パリで生活するのも一苦労だった。支援はある。だがそれも期間が長くなれば先細り、彼らの村よりも物価の高いパリで生きて行くのは大変な事だった。新しい仕事を見つけた者の中には、パリに定住する事を決めた者もいるだろう。だが金を持たない者が溢れても仕事の数は増えはしない。未だ仕事に就けず、窃盗に走る者も居た。
 預言と相まって、パリの治安が乱れるのは由々しき問題だ。彼らが今の生活に不満を感じ、それが国と国王に向けられないとも限らない。事実、抗議をする集団もいる。その数が、抑えられないくらい巨大な規模になってしまったら。
 ノルマンは、沈んでしまうのだろうか。

「マッディ。待って」
 貧民街の人混みの中、少女が1人駆けて来た。呼ばれた娘は振り返り、人々の背よりもやや高い所で下を見下ろす。
「アンジェル。探したんだよ」
「うん」
 少女は人に押されないよう、狭い道の端に抜け出した。飛んでいた娘も同じようにボロの露台の上へと下りる。
「はい、これ」
 少女アンジェルは、シフールに一枚の革袋を手渡した。それを受け取って中身を確かめ、シフールは頷く。
「確かに受け取ったよ。『みんなの伝令人、マドレーヌ』が、確かに」
「うん」
「‥‥まだ、使っているんだね」
 袋から中身を僅かに出し、マドレーヌはそれを見つめた。古い羊皮紙だ。しかも随分薄い。
「だって、これしか無いもの」
 何度も削り取っては使っているのだ。羊皮紙は貴重な物。貧民街で住むような少女が持てる物では無い。
「これが無くなったら、繋げるものが無いの」
「言葉だけでも伝えられるよ」
「でも、残らないから」
 少女の言葉に、マドレーヌは曖昧に頷いた。

 『みんなの伝令人マドレーヌ』は、シャトーティエリー領に仕えるシフール飛脚だ。何かあった時や緊急時には伝令を伝える役目を持っているが、普段は民間のシフール便を運んでいる。
 マドレーヌは、アンジェルの姉と友達だった。だがアンジェルの家族は、彼女1人を残して皆亡くなってしまったのだ。もう随分前のように思える。彼女の村が、モンスターの襲撃で全滅してしまった事は。その後、預言などで各地の村が被害に遭い、マドレーヌは何人かの知り合いを亡くし、何人かの友人と連絡が取れなくなった。それは本当につらい事で、それが自分だけの苦しみではない事を彼女は知っていた。
 このノルマンには、そうやって引き裂かれた家族や友人達がたくさんいるのだ。彼らが会えるよう、希望を持てるよう、自分が出来るのは何だろうと考えた時に出た答えは1つ。
 手紙を持って回ることだった。
 各地を回れば、引き離された家族や友人の所在が分かる事もあるだろう。そうすれば連絡を取る事が出来る。その橋渡しが出来る。死別しているのだと分かった時、それを伝えるかどうかはいつも悩む事だ。時には罵倒され、愚痴を聞かされ、彼らの嘆きを聞くこともあるが、伝える事で彼らの顔が輝いた時、何物にも変えられない役目だと彼女は思う。
 この仕事は彼女の誇りだった。
 
『こちらへ‥‥!』
 隣村まで彼女は父親と一緒に荷物を運び、そのまま帰る所だった。
 森の中で煙がゆるゆると上がっているのが見え、父親は足早に村へ向かおうと告げたが、途中で見たことのない化物に襲われた。自分を庇う父親が真っ赤に染まり、彼女は一歩も動けなくなった。化物が彼女に向かってにやりと笑い武器を振り上げたその時、彼女は腕を引っ張られたのだ。
 人の背に視界を奪われ、その後どうなったのかは分からない。だが、彼女は助けられたのだった。そして村に戻れる事は2度と無かった。村は既にモンスターによって蹂躙されており、助けた彼らもまた、村に近寄ろうとしなかったのである。
 彼女には親類が居たが、彼らは彼女を引き取らなかった。生活が苦しくなるからである。そして彼女はパリへと連れて行かれた。
『ごめん。君をシャトーティエリーまで連れて行ければ良かったんだけど。出来なくてごめん』
 旅の間中も何かと気を配ってくれたその人の言葉に、彼女は首を振った。その理由が分かっていたから、充分だと思っていた。
『でも、支えになりたいと思ってる。字は書ける? そう。君のお父さんは偉いね。貧しくても教えてくれたんだね』
 その人は、一枚の羊皮紙をくれた。綺麗な色の新しい羊皮紙だった。
 その紙を大事に袋に入れながら彼女は思った。大切にしよう。この一枚の紙で繋がる縁を、大切にしようと。

「会わせてあげたいんだけど」
 マドレーヌは、伝令仲間に話をしていた。
「もう4年。あれから4年。あの子も12歳になった。まだ1人で旅なんて出来る歳じゃないけど」
「でも難しいね」
 冒険者ギルドの屋根の上で、2人のシフールは難しい顔をして黙り込む。
「‥‥分かった。僕が冒険者に依頼を出してみるよ。もしかしたら、出来るかもしれない」
「レイ=レン。大丈夫かな? あの子はハーフエルフ。相手は人間だよ?」」
「大丈夫だよ。冒険者は‥‥どんな困難も、救ってくれる存在だから」

●今回の参加者

 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec0828 ククノチ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec2472 ジュエル・ランド(16歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec3112 ナイン・ロッド(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文


 旅には良い季節だった。
 心地よい風と柔らかな光、道の両脇に広がる青い波。揺れる波の合間で腰を曲げて働く人々の奥に、深い森が果てなく続いている。
「この帽子は少し大きめだから、耳が隠れると思うわ」
 耳も覆うようにして帽子を被せ、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は彼女の古着を着て座っている少女を見つめた。
「ん‥‥似合ってるよ」
 御者席に座って手綱を操っていたウリエル・セグンド(ea1662)も斜めに振り返り、少女アンジェルを褒める。
「でも、何を着ても‥‥背筋を伸ばして‥‥気持ちがぴんとしてたほうが‥‥もっといいぞ」
 言われて、背中を丸めて座っていたアンジェルは心持ち背筋を正した。
「アンジェルか‥‥。良き名をもらったね」
 ぼろぼろの服しか持たない彼女の為に、レティシアが自分の昔の服を用意し着せた。大切な人に会う為の旅だが、豪華な服は返って彼女に気を使わせる事になるだろうと、どれも新しい物は身につけさせていない。それでも、服を着せてもらった彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
 そんな彼女に、アリスティド・メシアン(eb3084)はフードを手渡す。今後の事を考えると、帽子よりもフードのほうが何かと便利だろう。雨風にも強い。
「その名を付けてくれたのはご両親か?」
 尋ねたのはククノチ(ec0828)。頷くアンジェルに、本当に良い名だなと彼女も繰り返した。
「あ。アンジェルちゃん、ここ綻びてるね。後で休憩の時に直すね」
 衣服の綻びを目ざとく見つけ、ナイン・ロッド(ec3112)が、にこりと微笑む。
 馬車に乗っているのは以上6名。一足先にシャトーティエリー領に向かった為、今ここに居ないジュエル・ランド(ec2472)も、アンジェルを支えるべく依頼を受けた冒険者だ。
 のんびりとした穏やかな旅は、始まったばかりだった。


 6人がアンジェルと会った場所は、やはり貧民街の一角だった。依頼人のレイから彼女の生い立ち、マドレーヌとの出会いの話を聞いた一行は、路地の隅で具の無い汁をすすっている彼女を見つけ、今回の依頼内容を告げた。
 アンジェルはこの貧民街で暮らしている。寒い季節は厩にこっそり入って寝泊りしていたが、見つかって追い出される事もよくあったと言う。町の外に花を摘みに行って町中で花を売ったり、小さな体で荷運びの仕事をしたりして、何とか暮らしていたらしい。
「レオン殿が住む家を探してくれなかったのか?」
 彼女の身を案じていたにしては、今のアンジェルの状況は過酷すぎないか。ククノチの指摘に、レイはハーフエルフだからと答えた。最初は教会に預けられたらしいが、半年も経たないうちに追い出されたらしい。貧民街の者達は時には彼女に食事を分けてくれたりしたが、彼女を引き取る者はいなかった。
「貧乏は‥‥慣れてるから」
 アンジェルは自分の環境と過去を淡々と話す。種族こそ違うが、その姿が幼い頃の自分と重なって見えたウリエルは、真っ先に彼女に告げた。大切な人に会いに行こうと。幼い自分を救ってくれた人が今の恋人である彼にとって、アンジェルの境遇は他人事では無い。
「まず、軽く入浴ね。それから身だしなみを整えて。大切な人に会いに行くなら、ちゃんと見てもらわないと」
 レティシアがアンジェルを幾つかの酒場に連れて行き、空いた部屋とタライを借りて湯を張り、彼女を磨いた。
 そうしてレティシアが身だしなみを整えている間にウリエルが馬車を借り、ククノチが手紙を書く。シャトーティエリー領に所属する騎士団宛に、レオンと会える時間を取れないか、非番や休憩時に詰所へ出向いても構わないか、以前彼に世話になった者が礼を言いたいのだと。
「君は、狂化した事は?」
 彼女の分の食糧なども準備し、馬車に乗せたところでアリスティドが尋ねた。
「小さい時に、一度だけ」
 父親が失われた時でさえ、彼女は狂化しなかった。彼女の村の人達の半数はハーフエルフで、感情をコントロールして生活する術を幼い時から教えられている。そうして人々に忌み嫌われずに溶け込みたいと彼らは切に望んでいた。今はもう、廃墟と化した場所だけれども。
「あ、そうだ。お兄さんと一緒に遊ぼ。アンジェルちゃんは、どんな遊びが好き?」
 膝を曲げて目線を同じくし、ナインが笑顔でアンジェルに訊く。暗くなりそうな雰囲気をかき消すように。
「‥‥お兄さん?」
「そ、そう。お姉さんじゃないよ、お兄さんだよっ」
 怪訝そうに見られるのは異性と間違われる者の宿命だろう。
 ともあれ、そうして彼らはパリを出たのだった。


 シャトーティエリー領。パリから東に位置する場所だ。ノルマンでは『シャ』のつく領地が少なくないが、ジュエルはパリの南に位置するシャルトル領と間違って来たのだろうか。この領内には存在しない紋章の情報を集めつつ、領主の屋敷を訪れていた。
「冒険者とは言え、一介のバードに会う暇は、領主代行には無い」
 しかし、領主代行の補佐役と名乗る男に門前払いを食らう。
「領主様も様々な情報は持ってはると思いますけど、それは点としての情報やと思います。ウチは各地の情報を集めるバードやし、浅く広い『面』としての情報は、領主様にとっても有益やと思いますけど」
「我々には我々の情報網がある。最近の冒険者は我がシャトーティルユ家に『難事あり』と決め付けているようだが、余計な気遣いと言うものだ」
「取引を言うてるだけです。対価として、助力をお願いしたい。力や金が借りたいわけやないんです」
「冒険者は冒険者らしく、他を当たれば良いだろう。我々に情報は不要。領主代行はそうで無くても忙しい。確実に有益な情報でもあれば、別の話だが」
 城のような屋敷内に入ることさえ出来ず追い出され、ジュエルは建物を見上げた。
「何やの‥‥。権力あるからって無碍にして、腹立つわ‥‥」
 だが酒場で情報を集めれば、すぐに分かる事だった。この領地の領主家では、屋敷に入るにふさわしい人物かどうか、常に補佐役が1人1人見極めているらしい。領主は現在病床についており領主代行が領内を治めているらしいが、領主と会って直接レオンとアンジェルが会えるようにする作戦は、失敗のようだった。
「ほな次は‥‥マドレーヌに会うしかないやろね」
 飛び上がり、ジュエルはマドレーヌが居るはずの建物へと飛んで行った。


 馬車から歌が流れ出す。
 最初はレティシアの歌声だけだった。楽しい軽やかな歌は、アンジェルに心を開いてもらう為のものだ。
「感じたままの言葉や覚えている御伽噺でもいいから、歌ってみない?」
 他の皆にも言うと、アリスティドが軽く頷く。
「こういう歌はどうかな。ゆっくりした音色は、気持ちを落ち着かせる。歌で感情をコントロールする事も出来るんだよ」
 彼の歌う歌は、深い呼吸を胎動のような穏やかなリズムで繰り返す、眠りを誘うようなものだった。
「‥‥ねむい‥‥」
 御者席のウリエルが呟いたので、苦笑してアリスティドは歌を止める。
「歌にはいろいろあるの。‥‥ククノチやナインはどう?」
「私には天使のような歌声は出せないが、踊りなら少しは」
 そのまま馬車の上で立とうとして、ククノチの体がぐらぐら揺れた。
「‥‥駄目だ」
「見せてくれるの」
「もうすぐ日が暮れる。望むなら泊まる時に見せよう。踊りは気分を高揚させる物が多いが、静かな舞いもある。舞う事で自然と気持ちが安らぎ平穏になる事もあるのだ」
「家事も安らぐ時があるよ。あ、そうだ。アンジェルちゃんは何か好きな物ある? 洋服に刺繍しちゃうよ」
 ナインの笑顔に、アンジェルはこくりと頷いた。
「感情のコントロールは大事だけれど‥‥楽しい時は楽しい‥‥それを見せると相手も喜ぶ‥‥。歌や踊りや家事で気持ちを落ち着かせる‥‥いろんな方法を知れば‥‥感情を見せる事も恐くなくなる」
「そうだね。気持ちが溢れる前に、心の中で歌ってご覧。喜びも、悲しみも」
「‥‥あ」
 日が沈んで行く中、ふとアンジェルが交差した道に立てられた看板を見た。
「向こうの森の中に、村があったの」
 言われて皆も森を見つめる。その森を眺めながら進む馬車の中で。アンジェルは『パーヴァント村』と書かれた看板をいつまでも見送っていた。


 野宿でもいいとアンジェルが言うので、皆は馬車の上と傍にテントを張り、寝袋や毛布を用意した。この季節の夜は寒さを感じる事は無いが、油断すると体が冷える事もある。しっかりとアンジェルを寝袋に入れ、レティシアは隣で同じように横になった。
 食事の用意を主にしたのはナインだ。ククノチが森で採ってきた蔓や葉、ウリエルが仕留めてきた兎を保存食と一緒に鍋に入れて煮込む。矢が無くても何とか狩れるのが猟師というものらしい。
 食後はククノチの踊りが披露され、また皆で火を囲んで歌を歌った。ナインが猫の絵をアンジェルの服に刺繍し、アンジェルは嬉しそうに礼を言った。その間も、彼女は羊皮紙の入った小さな袋を決して手放さない。寝袋に入っている今も。
「その紙に‥‥載せて送ってきたのは‥‥ありがとうや仲良くなりたいって気持ちだろう?」
 交替で見張りをする冒険者達だったが、ふと近くに寄ったウリエルが、寝転がっている彼女の頭をぽんぽんと撫でて口を開いた。
「だったら‥‥その言葉は削った瞬間消えるものじゃない。アンジェル‥‥の心にレオンさん‥‥の書いた言葉が残ってるように、彼との見えない繋がりって形で‥‥消えずに残ってるよ」
 ウリエルが言うように、彼女が大切にしている羊皮紙には今までの言葉は残っていない。
「大切にしたい。大事な人。削らないと新しい言葉を紡げないから羊皮紙は削られて行くけれども、その分、何度も読み返したんでしょ? 忘れないように、忘れないようにって」
「うん」
 寝転がって見る夜空の星は美しく、それでいてどこか遠い。
「自分の事、レオンの事。もっと話したい事はない?」
「あの人は人間なの」
 星を見つめながら、アンジェルは呟いた。
「人間の4年は短くない。私は‥‥子供で、ハーフエルフで、4年間、もう一度会いたいって思ってて、私にとっても短くなかったけど」
「そうね」
「あの人は、もう結婚してるのかな。私は、あの人の結婚式に出てもいいのかな」
 淡々と話す彼女の表情は変わらない。それが彼女の本当の思いだとしても、始めから恋の先を考えないような恋心だったとしても。
「‥‥レティ?」
「レオンと2人の4年間を信じましょう。ね?」
 彼女自身『恋』をしているのだと気づいているのかどうかは分からない。それを指摘する事でどう転がるかも定かでは無い。それでも伝えてあげる事が、アンジェルの幸せに繋がる事なのだろうか?


「花売りをしていたのだったな」
 町に入る前に、ククノチとアンジェルは花畑で花を根ごと鉢に移していた。
「素直に自分の事を話すといい。そしてこの手土産をひとつ」
「うん」
「会えば‥‥時間の流れを思い知らされるかもしれない。けれど、レオン殿はレオン殿のままだと思うぞ」
 鉢を手渡し、ククノチは同じくらいの背丈のアンジェルの肩に手を置く。
「共に過ごしたのは僅かな時間でも、手紙という繋がりをレオン殿も切ることはしなかった。ちゃんと顔を見て、見せてやらねば」
「きっとレオンさんもとっても喜ぶと思うよ」
 近くで花を摘んでいたナインも笑ってアンジェルの頭に花冠をのせた。
「うんと綺麗に可愛くして、レオンさんに会わないとね」
 笑顔を絶やさないナインだが、心の内では思い悩んでいる。ハーフエルフが人やエルフに思いを寄せても苦しみが積もるだけ。添い遂げてもどちらかが先に死んでしまうし、子供を設けても自分より早く子供が亡くなる事もあるだろう。生きる時の長さが違うのだ。ただでさえ年下のアンジェルである。この先ますます歳の差は広がるのは分かっている事だ。そもそも、世間が簡単にハーフエルフを受け入れてくれない。
「レオンさん、元気だといいね」
 耳元にも花を差して、ナインは立ち上がった。彼は既に、自分がハーフエルフであるが故に人並みの幸せを手に入れる事は出来ないと諦めてしまっている。だがそれでも、アンジェルには前に進んで欲しいと願っていた。
 そして彼らはレオンが居る村へと入って行った。


 ジュエルがマドレーヌに協力を要請して、レオンの居場所を把握していた。伝令で場所を伝え、行き違いにならないようにして彼らはレオンと出会う。
「彼女の姿を覚えているだろうか? ずっと貴方に礼を、思いを伝えたくてここまで来たのだ。どうかその事だけは受け止めてやって欲しい」
 小さな村の酒場で。鎧を着た青年は皆を驚いたように見つめていたが、すぐにアンジェルへと跪いた。
「久しぶりだね。君は変わらないな」
「‥‥」
 こくりと頷き、アンジェルは両手で抱えていた鉢をレオンに突き出す。
「君が育てた花? ありがとう」
 再び頷くだけのアンジェルに、皆は思わず口を出していろいろ説明したくなったが、黙って見守った。
「やっぱり手紙だけじゃ分からないね。少し‥‥痩せた気もするけど」
「‥‥背が、伸びたから」
「僕も伸びたよ。僕の顔は変わってない? すぐに分かった?」
「うん」
 優しげな空気を纏った青年は、そこで初めて声を上げて笑った。
「そっか。でも君はやっぱり少し変わったかも」
 羊皮紙を取り出したアンジェルの頭に手をやり、レオンはその顔を覗きこんだ。
「前より、可愛くなった」


 皆はアンジェルの現在の状況、過去の出来事をレオンに話した。
 アンジェルからの手紙で教会にもう居ない事は感づいていたと言うが、まさか1人で生活しているとは思っていなかったらしい。彼女は一言も自分の生活が大変だと書かなかった上に、手紙の書き方もどこか他人事だったので、その苦労まで分からなかったらしく。
「伝手で働ける場所や住処を探してもらえると一番なのだけれども」
 アリスティドに言われて頷いた。
 だが、レオン自身は騎士団の兵舎暮らしなので、アンジェルを引き取る事は出来ないらしい。自分の家族に頼む事も出来ないし、良い方法を考えておくからしばらくパリ周辺で良い所を探しておいてくれないかと逆に頼まれた。
「パリ郊外にある『家』なら引き取ってもらえるだろうか」
「私が歌わせてもらっていた酒場の中で、信頼の置ける良い店があるの。そこなら住み込みで下働きとして雇ってもらえると思うわ」
 アリスティドとレティシアの申し出に、アンジェルは酒場を選んだ。働かずに衣食住を与えられる生活を、彼女は望まない。

 そして皆はレオンと別れ、馬車でパリへと帰って行った。
 短い間だがレオンとアンジェルは互いの近況を話し、楽しいひと時を過ごしたらしい。
 アンジェルの手には、しっかりと新しい羊皮紙が握られていた。