結婚式ごっこ
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 41 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月17日〜06月21日
リプレイ公開日:2007年07月01日
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●オープニング
その家は、穏やかな田園風景の中にあった。人が住む集落とは離れているが、いつも賑やかな子供達の声が聞こえてくる。
「え、うそ。ミミ、見てきたのぉ?」
家は小さな修道院のようにも見える。その建物の中庭に植えてある木の下で、子供達が話しこんでいた。
「パリにいるおばさんが、こっそり見に来なさいって言ったのよ。ママン、綺麗だったな〜」
「え〜、いいな〜。でもミミは、ママンと一緒に行かないの?」
「行けないの。だってママンは、パパは私を連れて他の人と駆け落ちして死んじゃったって思ってるんだよ。それに相手の人、結構かっこ良かったし、私が行ってママンが不幸になったら困るし」
「ふ〜ん。じゃ、ほんとに遠くから見ただけなんだ。ドレスとか着なかったんだ」
「着れるわけないよ。お金ないし」
この『家』には、何らかの事情で親を亡くした子供達が住んでいる。親も親戚も失った天涯孤独の身の子供もいるが、ミミのように親戚も引き取ってくれないのでここに居る、という事情の子供もいる。そんな子供達を集めて冒険者にさせるべく育てているのが、この『家』だ。子供達は15人ほど。対してこの『家』にいる大人は2人。元冒険者のファイターとクレリックだが、実際は特殊な訓練を子供達にしているわけではない。
「ねぇねぇ、だったらさぁ。あたし達でやってみない? 『結婚式ごっこ』」
ミミはまだ9歳だが、この『家』の女の子達のリーダー的存在である。そんな彼女の周りに集まっていた女の子達は、この季節にあちこちで行われる『結婚式』に興味津々なお年頃だった。
「何でドレスとか作るの? 花嫁と花婿はどうするの? 場所はここ? 大体、そんな遊びしたらカルヴィンに怒られるよ」
カルヴィンは彼女達の先生でもある、この『家』の大人の1人だ。クレリックだからなのか何かと口うるさい。
「大丈夫じゃない? よく分かんないけど、『この人と結婚しま〜す』って言わなきゃいいんでしょ? ドレスはさぁ、花取ってきて服につければいいんじゃない?」
「葉っぱで作るぅ? それか花か実つぶして、色つけちゃえ」
「ねぇねぇ、カルヴィンのお古の神官服もらって切っちゃえばいいじゃん。それで体にぐるぐる巻いちゃおうよ」
「ジョエルの服は?」
「え〜。ジョエルって服の趣味わるいよね〜」
ジョエルというのはもう1人の『家』の大人である。彼は多少ガサツで口が悪いお父さん的存在の為、あまり良く言われる事は無い。
「じゃ、花嫁さんは誰がする?」
一通り服について話した後、ミミが皆に尋ねた。すると全員が手を上げる。
「やっぱりお嫁さんになってみた〜い」
「ドレスきた〜い」
「お花とかたくさん持ちたいもん」
「‥‥でも全員が花嫁さんになったら、花婿も同じ数だけ用意しないとダメなのよ?」
「えぇ〜、あいつら〜?」
女の子達は一様に嫌な顔をした。
「あんなのダメだよ。かっこ悪いもん」
「一緒に並んだら笑っちゃう」
「どうせちゃんと出来ないよ、あいつら」
さんざんな言われようである。だがそれも無理は無い。子供達は皆、一緒に生活してきた家族だ。兄弟のようなものである。そして大抵の女の子は小さい頃から男の子の面倒を何かと見ている為に、どうしても彼らが自分より格下の気がしてならないのだ。まぁつまり、頼りないので花婿役なんて論外という事だろう。
だがそこに、この『家』一の迷惑な男の子が現れた。
「花婿なら俺がやってやる! 俺は何たって、ブランシュ騎士団赤分隊長様だからな!」
「うるさいよ、ジル」
「あっち行って。用ないから」
しかし一刀両断にされた。だがそこでめげないのがこの男の子である。
「分かったよ。相手の男探せばいいんだろ?! ここの奴らが嫌なら、パリから呼ぼうぜ」
「パリ?」
彼女達はパリに憧れがあった。目を輝かせる女の子達に満足しながら、ジルは胸を張る。
「あぁ。パリのブランシュ騎士団を呼ぶ。あいつら確か男3人いたしな」
「コリルちゃん達の事?! でもあの子達年下だし、こんな『結婚式ごっこ』に来てくれると思う?」
「金ないから、自腹で来いとしか言えないしな〜‥‥。あ、そだ。『偽善会』の奴らに言えばいいんじゃねぇ? あいつらこの前、俺達連れて遊びに行って俺達を危険な目に遭わせたから、むっちゃ謝ってただろ。利用してやれ」
「『慈善会』だからね、ジル。‥‥でもお願いするなら、やっぱり先生に頼むしかないよね。カルヴィン、最近食費のやり繰りが大変だって言ってたけど‥‥大丈夫かなぁ‥‥呼んでも」
「まぁまかせろ。絶対俺が、お前達を満足させてやるからな!」
そう言って走り去っていく生意気ざかりの男の子、ジル8歳。
「‥‥あいつ、何する気だろ‥‥」
それを見送りながら、女の子達は顔を見合わせた。
パリ郊外の『家』から冒険者ギルドに依頼が届いたのは、その3日後の事だった。
ギルド員の顔がそれを見てほころぶ。そして届けられた葉っぱはそのままに、もう1つの手紙のほうは依頼書に書き写し、壁に貼り付けた。
『ぼうけんしゃさんえ
はなよめになりたいです。けっこんのごっこをするのでてつだってください』
『冒険者の方々へ
(挨拶文略)私は、パリ郊外にある親を失った子供達を育てる『家』の者です。去年の聖夜祭には子供達を楽しませていただき、ありがとうございました。貧しい生活の中、子供達なりに楽しみを見つけて過ごしているようですが、それでもあのように素晴らしい娯楽は滅多に体験出来ない事だったでしょう。改めて、お礼を申し上げます。
さて、今回お願いしたい事も、子供達への娯楽の提供です。この季節、ノルマンのあちらこちらで結婚式が行われている事でしょう。子供達も一生に一度の晴れやかな儀式に興味を持ち、憧れを抱いているようです。子供達は自分達で『結婚式ごっこ』を行いたいと言っているのですが、女の子達が全員花嫁役を演じるらしく、又、『家』内の男の子達が花婿役では不足だという事のようです。この年頃の女の子達では、同じ年頃の男の子達は頼りないのかもしれません。
お願いしたいのは、この『結婚式ごっこ』にご参加いただきたいという事です。彼女達自作の結婚式は、見るも無残な事になっているかもしれません。もしも準備を手伝っていただけると言うならばお金のかからない範囲で。又、皆さんを満足させる事が出来るような料理もご用意できませんが、子供達のささやかな夢を一緒に叶えてあげていただけませんか。
出来れば、花婿役も希望だとの事です。それでは、宜しくお願い致します』
●リプレイ本文
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ボロボロの荷馬車が、がたごとと揺れながら畑の間を通り抜けていた。
馬車には大人が2人子供が4人。その周囲を馬に乗った大人達が進んでいる。
「結婚式は伝統的な儀式の基本なので、将来騎士になる時の参考になるですよ〜」
子供達にそう説いているのは、『ちびブラ団名誉顧問』エーディット・ブラウン(eb1460)。
「騎士が儀式を進めたりするの?」
子供の中では唯一の女の子、コリルが尋ねると、馬車よりやや高い所を空飛ぶ絨毯で飛んでいたセレスト・グラン・クリュ(eb3537)が頷いた。
「そうね。進行役にはならないだろうけど、作法は知っておかないと困ると思うわ」
「それと、女性に優しく出来るのが格好良い男性の条件です〜。だから向こうでは、女の子達に優しく接して好感度あっぷですよ〜」
アウスト、ベリムート、クヌットの3人の男の子達は名誉顧問の話を聞いて、分かっているような分かっていないような表情になる。その後も2人の話は続き、子供達は人生の先輩達の教えを彼らなりに真剣に聞いた。1人その光景をいとおしいものを見るような目で微笑しながら見守っていたアリスティド・メシアン(eb3084)が、ふと馬に乗ったまま近付いてきた羽鳥助(ea8078)に気付いて目を上げた。
「あの家みたいだなっ」
彼が指した方向に、小さな修道院の建物のようなものが建っている。
「それにしてもさ。ペガサスって凄いよな。あんなの見たら、ジル達もびっくりするんだろ〜な〜」
彼らの上空を白馬がゆっくり飛んでいた。下からは見えないが、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が乗っているはずだ。
そんな一行の最後尾を、戦闘馬に乗りながら葉巻を咥えているスラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)が進む。長閑な田園風景と穏やかな短い旅は、一先ず終わりを迎えようとしていた。
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「は〜い。『ちびブラ団名誉顧問』のエーディットですよ〜。これはお土産です〜」
建物の前には子供達が待ち構えていた。馬車を降りるとわっと彼らを取り囲む。ペガサスでやって来たレティシアなどは大人気だ。
「悪いけれど、これを降ろしたいのよ。どこに行けばいいかしら」
食糧や大きなタライや布類を大量に持参したセレストが、カルヴィンに案内されて絨毯ごと建物の中に入って行った事にも子供達は目を丸くし、何人かが後を追って行く。
「どもっ。花婿候補の助兄ちゃんだ。楽しく遊ぼうな?」
助の笑顔に、またまた子供達がわらわら近付いてきた。後ろから蹴りを入れる子供もいる。
一方、少々敬遠されたアリスティドは、子供達が更に敬遠しそうなスラッシュを眺めた。
「‥‥」
助にしたのと同じように背後から蹴りを入れようとしていた子供の1人が見つかって。
「貴様やるな! かかってきやがれ!」
逆に子供のほうからケンカを売っていた。
「ケンカは考えてやるもんだぜ? 自分と相手の力の差を見極められねぇようじゃ、いつまで経っても勝てねぇよ」
「分かってらぁ! お。金髪のおっちゃん、久しぶりだな!」
子供がふとアリスティドに気付き、明るく挨拶をしてくる。
「‥‥ん。元気そうで何よりだ」
「ジルじゃん。あの後、怖い夢見てないか?」
子供の後ろから素早くやってきて髪をわしわしとかき混ぜる助。ぎゃーとわめくもお構いなしだ。
「元気そうね」
それを見ながらレティシアも近付く。子供達が何者かに攫われた事はまだ彼らの記憶にも新しい。無事全員助ける事が出来たものの、その時の恐怖にまだ捕らわれていないだろうかと彼らは心配していたのだった。
「アンリはこないだ大変だったらしいな」
「ううん。楽しかったよ」
荷物を下ろし、子供達に囲まれながら彼らは準備を始める。女の子達は皆を手伝おうとし、男の子達は皆の動きを妨害しようとしていたが、そんなやり取りの中でも確実に親密さは増して行く。
「リックはどうなんだ?」
「何が」
パリであらかじめ用意してきた『髪型のサンプル図』を並べながら、スラッシュはアンリとリシャールに尋ねた。
「気になってる女の1人くらい、いるんじゃねぇのか?」
●
パリからやって来たちびブラ団4人は、すぐに『家』の子供達の中に溶け込んでいた。多少『家』の子供達は口が悪いが、喜怒哀楽に富んでいる様子は見ていて面白い。
「ねぇ、コリルちゃん」
花嫁衣裳の素材をかき集め、花嫁役1人1人に合わせた形に衣装を作り上げて行く。シーツは螺旋状に巻きつけた不思議な味わいのドレスに。布を切って作ったリボンを腰帯や肩紐代わりに。袖が欲しい子には付け袖を。そして花のコサージュ、ペール用の白布。出来る限り綺麗めの布を分けてもらっているが、汚れや黄ばみがあちこちに見える。それを隠すようにして飾りをつけるが、シーツは再度使えるように軽めの縫いあわせを心がけていた。
そんなセレストの隣では、エーディットが一緒に子供達のサイズを測って合わせている。
「『家』の男のコ達の中で花婿やりたそうな顔をしたコがいたら、選んであげて?」
勿論強制じゃないから、嫌なら熊のぬいぐるみ君と式に臨んでもらうけど、と少し笑いながらセレストは布をコリルに当てた。
彼女達4人は招待されて来たのだが『結婚式ごっこ』については今ひとつ飲み込めていないようだったので、馬車でエーディットが内容を詳しく説明してはいた。だが他の子達のように乗り気ではないようだ。
「騎士道精神‥‥分かる?」
そんなコリルにセレストは手際よく布を巻きつけながら、伝える。
「『名誉、寛容、奉仕』。それらは自分だけではなく、仲間や家族、主君に対しても用いられるわ」
聡い表情でその言葉を黙って聞いているコリル。
「そうね‥‥。おばさん、ある意味貴女を試してるかも」
頭から布を被せて一瞬表情が隠れたコリルに、セレストは笑いかけた。
「さ、おしまい。了承してくれたら、この熊さんは貴女の家族として迎えてあげてね」
「熊のぬいぐるみは、『家』の子で一番小さい子にあげて」
どこか悩んだ風な顔で、けれどもはっきりと。コリルはそう言って受け取りかけた熊のぬいぐるみを、セレストにそっと返した。
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冒険者達は出来れば子供達同士で『結婚式ごっこ』が出来ればと考えていた。
その為女性陣が女の子、男性陣が男の子の様子をそれぞれ窺う。
「花冠と花首飾りを作るですよ〜」
近くには花畑と化した場所が幾つかあった。エーディットが女の子達と一緒に出向き、自分の分は自分で作らせつつ手伝う。彼女達はきゃあきゃあ言いながら自分の花冠と首飾りを作って行った。
「この花を入れるとアクセントになるかも」
ブーケを作っているのはアリスティド。丁寧でバランスの取れた作りの中に、レティシアが一筋の光となる色を注ぎ込んだ。
「助が、女の子やカップルを自分の馬に乗せるか馬車に乗せて引かせるか迷っていたようだけど、君のペガサスはどうする?」
「そうね。彼女達が望むなら乗せてもいいけれど、頼まれても飛ばせる事はしないわ」
「前にジル達を助けた時‥‥助が『白馬の王子様』を気取ろうとして黒分隊長に美味しい所を奪われたと笑っていたよ。今回は本物の白馬を用意できるわけだし、彼女達も喜ぶんじゃないかな」
「女の子は、夢見る時期もあるわよね」
「君は?」
微笑みながら問われて、レティシアは少し考えるフリをした。
「‥‥秘密よ。それより、子供達に教える歌なんだけど」
●
「女の子の遊びに付き合ってらんねーとか思ってる奴もいるかもしんないけど、俺らが花婿やって女の子が喜ぶの見て面白いか?」
夜。ベッドに寝ている男の子達の部屋に忍び入った助は、一緒に潜り込んでひそひそ話をしていた。
「俺らも男は3人しかいないし、花婿役くらいちゃちゃ〜っとやってやるぜとかさぁ」
「だってあいつら、俺達じゃダメって言うんだぞ」
「でもさ〜。好きな子とかいるんだろ?」
何気なく言われた男の子の1人が真っ赤になってベッドの中に潜った。
「ありゃ。図星かぁ。でもいい機会じゃん。相手が1人になった隙に声かけるのがいいと思う。うん」
集団になった時の女の子パワー恐るべしだが、意外と1人でいる時は大人しかったりするものだ。いつの間にか恋愛相談になりつつ、彼らの夜は更けた。
一方女の子側もぬかりは無い。エーディットは女の子達に『パリからやって来たちびブラ団の子達のステキ度』を既にアピールしていたが、レティシアも女の子達の視線を観察していた。特定の男の子に目をよく向ける女の子に接触し、かまをかけ、話を聞く。そして1人1人に合った助言をしていくのだ。彼女達がどうしたいか、本当は迷っているのではないか。そんな気持ちをそっと後押しする事で、彼女達も動き出す。
「おう。お前ら一列に並べや」
希望する子供の髪を切ってあげる事にしたスラッシュだったが、ほぼ全員が希望した為、彼の腕もなかなか大変な事になった。後片付けを子供達にさせつつ、引き続き花嫁役の髪型を綺麗にカットし始める。
「みんな子供だから興味ないのよね」
こっそり意中の相手がいないかも聞き出していたスラッシュだったが、大抵の女の子はそう答えた。
「やっぱり大人の男のミリョクが欲しいのよね。リシャールは大人だとは思うけど、あの子壁作ってるしね」
初めて会った時と比べてむしろ、リシャールがどこか暗くなってきているのはスラッシュも感じる。仲間を守る事で必死に生きて行こうとしていた彼が、今のこの生活をぬるま湯と感じて戦いに身を置こうとしているのではないか。薬を絶てない理由はそこにもあるのではないか。すぐに子供達と馴染んだアンリと比べても、未だリシャールは穏やかな生活に慣れていないように見える。
「‥‥ったく、あいつはどうしようもねぇな」
大人を頼れるようにはなった。だが同じ年代の子供に頼るだけの心の余裕が無い。心を許すだけの。
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深みのある音が辺りを魅了するように響き渡った。
レティシアが奏でるバリウスの音色の中、部屋の正面の扉が開く。
「皆さん可愛いですよ〜」
エーディットの晴れやかな声に押されるように、子供達が入って来た。コリルに『せっかくだしお友達を増やそうよ。みんなあっちの女の子とカップルになって仲良くなってくれないかな?』と言われた3人のちびブラ男子の内、参列者役の子達の中にアウスト、ベリムート。花婿役にクヌットが参加していた。コリルは優しげな顔と性格の男の子を選び、花嫁役の子の中では、助に援護されて告白した男の子が実は意中の相手だった女の子が1人。だが。
「俺を選ぶようなセンスの悪い女の子がいるとは思わなかったぜ」
スラッシュはミミに選ばれて呆れたような顔をしている。
「同じ事、ジョエルも言うのかな」
笑うミミに、察してスラッシュは参列者席に目をやった。そこには子供達の保護者の1人、ジョエルが居る。
「足元、気をつけて」
長い衣装を選んだ女の子を優しくエスコートするのはアリスティド。
「あんなに1人の女の子優先で行動して、知らないわよ? 本気で想われるかも」
「まさか。僕は彼女達にとっては立派なおじさんだよ」
選ばれてからは、その女の子を1人の女性として扱い接した為、セレストに指摘されたアリスティドだったが。
「‥‥意外と鈍いのかしらね」
そんな感想を告げられた。
司祭役を望んだ子供が居なかった為、式は本職のカルヴィンが務める事になった。彼が立つ前の台には、百合、薔薇、鈴蘭、クローバー、マーガレットを刺繍した小袋が置いてある。セレストの娘が作った木作りの5つの指輪と同じデザインで、それらは花嫁役の子達の指にはめられていた。
「歌声が生まれるのは、頭じゃなく心よ」
アリスティドと共に音楽指導をあらかじめ行っていたレティシアは、それを信条に歌っている事を子供達に教えていた。『花嫁の笑顔』をイメージした明るい曲調に合わせ、子供達が歌いだす。それに合わせるようにしてレティシアはリュートを奏でた。
式の前に花嫁達に化粧をしたのはスラッシュだったが、エーディットも手伝っていた。
「自分を一番綺麗にするのは、ステキな恋なのですよ〜♪」
実に嬉しそうに笑う彼女を見て、子供達に『恋してるのか』と突っ込まれたエーディットだったが、その辺りは『名誉顧問の秘密』を通しておく。この短期間で女の子達の心を掴んでしまったエーディットは、この『家』の『3人目の先生』として一方的に認められてしまっていた。
式は明るく進められて行った。粛々と行わず、子供達が楽しめるように歌を歌い、軽く踊り、楽しむ。ブーケを投げるのも遊びと同じだ。男の子まで必死になってブーケを取ろうと頑張っていた。摘んだ花びらを彼女達に降らせるというよりは投げつけてみたり、それに対して女の子が怒鳴ろうとして、花嫁はもっと清楚に振舞いましょうと言われたり。
「よっしゃ。じゃ、お帰りはこちらの馬車と白馬でどうぞ〜」
外に出た彼女達を待ち構えていた、花と布で飾られた馬車と馬。そして大人しく待っていたペガサスに、皆は大興奮で近付き主役達より先に乗り込もうとして止められた。
「お兄ちゃん‥‥乗りたい」
花嫁と花婿を馬車とペガサスに乗せるべく案内している助の服の裾を、後ろから花嫁役の子達よりも少し年下の子供が引っ張った。
「助さんも人気者ですね〜。でも、あまり小さな子をかどわかしてはダメなのですよ〜」
「乗せるだけだろ〜。‥‥ちょっとだけな」
女の子を自分の馬に乗せ、下りるときにはお姫様抱っこで抱える。それを見ていた他の女の子達が自分もあれをやって欲しいと言い出し、一時大変な事になった。同じ年頃のカップルは、挑戦しては倒れたり嫌がったりほほえましい光景になっていたが、歳の差カップルのほうは、実際に行ったらちょっぴり犯罪的な匂いがするからである。
ともあれ皆は馬車とペガサスに交替で乗せてもらい、参列者役の子供達もとても満足したようだった。
「この衣装ね。もう使わないシーツや布だから、取っておきなさいってカルヴィンが言うの」
本当は使わないはずが無かったのだが、子供達の盛り上がりぶりに思い出を取っておくよう勧めたのだろう。
「だから、来年もあたし達だけで、下の子達の為にやろうと思うの。後、近くの村の子とも一緒に」
「夢は生き続けるわけね。いつか本当に想い想われる人と結ばれる日が貴女達に訪れる事、楽しみにしているわ」
「指輪もありがとう。大事な宝物にするね」
そして、皆は子供達に別れを惜しまれつつパリへと向かった。
家を発つ前、スラッシュは多額の『家』の運営費を渡した。彼がそれを行うのは2回目だが、カルヴィンは有難く受け取る。
「あらゆるご好意に対して、同じだけの善意を返す事が今の私達には出来ません。それでも、私達の手が必要な時は遠慮なくおっしゃって下さい。貴方がたのお役に立てる事があるならば、何なりと」