ラティール再興計画〜ルートを確保せよ〜
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 21 C
参加人数:4人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月16日〜09月24日
リプレイ公開日:2007年09月24日
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●オープニング
ラティール領の最北端には川が流れている。広い川幅を持つその川は、商売で行き交う舟がパリと各地方とを繋ぐ重要な役割を持っていた。だが、ラティール領内には要所と呼ばれる場所が無い。商船が泊まれるような港が無く、釣舟が浮いているような村があるだけだ。
陸路も同じ事だった。町や村が混在している為にひとつひとつの規模が小さく、商隊が立ち寄れる場所が無いのだ。確かに商隊は来るが規模の大きなものは無理だし、彼らの目的は物の売買と言うよりも、領主の趣味である美術品の販売のほうが大きかった。故に、現在領主が不在のこの領地に来ることは無いし、今では小売商ですら来たがらない。
ラティール領内は荒れていた。元々よそ者を嫌う傾向にあった領地だったが、領主にまつわる話が噂となり、人々の間で不満が爆発した。彼らの不満を抑えていたのは、品が良いとは言えない娯楽の提供と、彼らの身の安全を守る為に全ての町村に多数の兵士が置かれていた事だけである。どんな娯楽であれ、人々の心が不安に苛まされていては娯楽とは成り得ない。そして、様々な事件があり領民達の安全が脅かされている事を予感させ、領主が捕らわれる事でそれが現実の物となったと誤解した事で、彼らは一気に爆発したのである。
『領主は悪魔に魂を売り、領民ごと領土を提供しようとしている』。『領主の家族は全ての財産を持って安全な場所に逃げてしまい、領民に配られる金や物は何一つ残っていない』。『領主が黒の教会を優遇し、白の教会を放置した為に、神の怒りを買ったのだ』。『領主は使用人達を次々と殺し、今尚領民を殺す隙を窺っている』などなど。
噂は噂を呼び、初めに噂を広めた者達の予想を遥かに超えて、人々の間に広がった。人々の中に諦めや無気力が生まれると同時に、怒りや苛立ちや絶望が生まれ、混乱していることを見抜いた旅商人達が領内を訪れなくなった為に、物流が途絶えた。全てが悪い方向へと進み、彼らは自分達の手で、自分達の平和と安寧を壊し始めたのである。
それは、いつ終わるとも知れぬ地獄、神に見放された場所のように思えた。
だが、最初に心を痛め動き始めたのは冒険者だった。
彼らは彼らの方法で領内を良い方向に進めようと模索したが、決定的な力とは成り得なかった。物事が壊れる時は早いが、治療する時は時間がかかるものだ。彼らの方法は確かに地道に根付いてはいるだろうが、決定打ではない。
そこで、彼らは権力者に助力を要請した。何せ問題は領土内全域に広がっている。個人でどうにか出来るレベルの問題では無い。
ラティール領は、シャトーティエリー領の属領である。その為、シャトーティエリー領の権力者ならばラティール領でもある程度の自由が利く。動いたのは、シャトーティエリー領領主の息子であり、領主代行の弟であるエミール・シャトーティルユだった。
まず、治安の回復が第一と考えた彼は冒険者に協力を要請。彼らは幾つかの混乱を収め、不足している食事の提供を行い、それが継続されるよう領内の教会や有力者、商家などに手を回した。物流が途絶えた事で自らの財産を守るべく保守的になっていた商人達や有力者達だったが、幾つかの脅しもあって倉庫の開放に応じた。
それから2ヶ月。
暴動などは収まり、人々は再びそれまでの生活を取り戻すべく働き始めた。一定の効果を上げた事で次の段階に進めると考えた彼は、道に目を向けた。
ラティール領は小さな領地内に町や村が集まっており、隣町村との距離が非常に短い。
エミールが目をつけたのは、まずそこだった。どうせ再興するなら派手にやりたいし、目に見えた効果が欲しい。彼は自分がかつて作り出した町でやろうとしていた事を、この領内でやってはどうかと考えた。
その為に必要なのは『道』だ。物資の行き来、人の行き来。何かを行う時には沢山の物や人が行き交うし、終わった後も人や物の往来が途絶えないようにしたい。綺麗に石で舗装された道が一番良いのは分かっているが、全ての道を舗装などは出来ない。主軸となる道だけ。いや、敢えて舗装などしなくても。
交通の便がよければそれで良いのだ。
ラティール領の中心部となる町、ラティール。
その町と港とを繋ぐ道を確保する。そして、パリやシャトーティエリー領との間に通る道を強化する。交差する点には人が集まるし、他の大きな町より少々不便でも、呼び物があれば人はやって来る。
治安の次は道。
快適さと、確実な安全さを追求した道だ。
治安が回復してきたとは言え、まだまだラティール領内は物騒である。盗賊や強盗も出る。町中の混乱が収まっても、道を行けば襲われる事がある。
その上、道はがたがた道だ。馬車で走ると非常に乗り心地が悪く、商売品など壊れてしまう可能性がある。これでは立派な道とは言えない。
そして、この道を豊かなものにする為に必要な事は、『港の改修』。
商船が停泊できない港では話にならない。川辺を整地し、きちんとした港を作る必要があった。
これらの作業を冒険者に手伝って欲しいという依頼が届いた。
やるべき事は3点。
道の安全、道の快適さ、港の改修。
すぐに出来るものもあれば、時間がかかるものもあるだろう。人員が足りず全てに手が回らない事も考えられる。それでも取っ掛かりさえ掴めれば、何事にも優秀な冒険者達の事。確実に一定の成果を出すだろうとエミールは考えていた。
そして最初に求められる事は、何よりも道の安全。
もっとも冒険者達が得意とする、治安を乱す者の掃討である。
●リプレイ本文
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馬車は、大きな音を立てながら荒れた道を進んでいた。
「‥‥話には聞いていたが、酷い道だな」
御者席で手綱を握るアフリディ・イントレピッド(ec1997)が、バランスを取りながら呟いた。
「人や馬が通らなければ、道は道では無くなる。‥‥人の行き来が少ないという事だろう」
天羽奏(eb2195)も道に転がる小石を見つめる。この道は、パリとラティール領を結ぶ道の中ではもっとも幅が広いと聞いていた。だが主道路がこれでは、商売の行き来も大変だろう。
「でもあたいらは、この道をもう1回道にする為に来たんだろ?」
「そうですね。まぁこの人数ですから、優先順位をしっかり決めて頑張りましょう」
互いの姿が振動で少々ぼやける中、李紅梅(ea6492)とオグマ・リゴネメティス(ec3793)は道の先を見つめる。
その先に‥‥この領地の治安悪化を招いた根源とも言える屋敷の姿が、徐々に見え始めていた。
●
町にはシフール便が届いていた。この領内での注意点が記された美沙樹からのものと、領内に居ると思われる盗賊団の情報を記載したポーラからの手紙と。
「私が、現在ラティール領領主代行よりここを任されている、オノレ・キッカワです」
一行はラティール町に来ていた。道路を補修する為の作業員達と、現在ラティール領再興計画の現場指揮を執っている者と会う為である。
「そちらで把握している情報を貰いたいのだが‥‥」
手紙を受け取ったアフリディが、オノレから必要となる情報を入手し始め。
「治安が最も良い道となると、どの辺りになるかな。そこから道の補修を始めるのが良いと思う」
近くで作業員と共に、奏が地図を広げて全体図を確認する。地図は傷みが激しいが、まさか道の繋がりが変わっている事は無いだろう。
「ん? オグマは何作るんだ?」
やる事の無い紅梅が体を捻って体操をしている横で、オグマが持ってきた木材を広げ始めた。
「鳴子でも作れればと思いまして。残りは道の修繕用道具に使おうかと」
「あ〜。でもさっきその辺のおっちゃんが言ってたぜ? 港を改修する為の石も木も足りないってさ。道具はさっき馬車に積んでたみたいだし、道具より港用にあげたら喜ぶんじゃないか?」
「少ししかありませんが‥‥そういう事なら」
笑って頷き、オグマは残りの木材を『その辺のおっちゃん』に提供した。
「ところで、美沙樹からの手紙には『ハーフエルフの人は注意をするように』と書かれていたようだが‥‥」
「あぁ‥‥それは、ここラティールだけではありませんがね」
ハーフエルフであるアフリディやオグマにとって、差別は大きな問題であり、日常に潜む陰でもある。冒険者として生活していれば、それほど風当たりの強さを感じる事は無いが、人々の根底にはハーフエルフに対する嫌悪感が存在する。それをはっきりと表に出しているのが、このラティール領だった。
「ラティール、ドーマン、シャトーティエリー。これら3領地では、このノルマンが建国されるより昔に、ハーフエルフによって人々が迫害された歴史がありますからね。それを経験した者はもはや‥‥エルフでも存在しないでしょうが、代々受け継がれるものなのでしょう‥‥恨みというものは」
「非生産的だな。そんな物に取り付かれていては、生活の向上にも繋がらない」
奏の言葉にオノレも頷く。
「この辺りは‥‥かつて、ハーフエルフ王国の本拠地があった場所だそうですよ。ハーフエルフの皆さんが、それを塗り替えるような良い行いをなさると、それが新しい伝承になるかもしれませんね」
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ラティール領のほぼ中心部に、ラティール町はある。そこからパリへ向かっての道は比較的治安が良く、後の3方向への道はどれも今ひとつなのだと言う。その4本の道の中で特に重点的に補修するのが、ラティール町から北にある港までの道と、ラティール町の東西に伸びる道の3方向である。
「盗賊団というほどの集団は、現在この領内に居ない‥‥という話だが、どう思う」
地図を片手に馬車内で揺られながら、奏は皆を見回した。
「ポーラからの情報でも、大きな根城を構えるような集団は既に根絶やしにされたという話だな。実際の話‥‥」
アフリディは、後の3人の顔を1人ずつ見つめる。
「我々だけで、一定以上の人数を抱える盗賊集団を潰すのは難しいだろうな」
「ぱぱっとやるなら、治安のいいところで道路直してる間に、あたいらが分かってる盗賊の根城を叩くってのが効率いいと思うけどな」
「でも盗賊も動きますよね。パリで、コルリスさんから注意するよう言われたんです。私は‥‥初めての依頼ですし、この辺りの事はよく分からないのですが、治安が良くても盗賊が出ないという保証は無いと思います」
「作業員の安全第一、か」
今回、彼らにはたくさんの事を求められていた。だが、4人で出来る事には限界がある。その中から、より最善の道を選び次に繋げて行くことが、彼らに課せられた最大の任務なのかもしれない。
「治安の悪化で暴徒化、或いは強盗に身をやつした者達が、今、盗賊となって各地を襲っている。そう指揮者の人は言っていたが、そうであるなら統率力は低いと思う。根城も構えず村や町に潜んでいるかもしれないな。ならば集落で情報を集めて、夜間から夜明けにかけて奇襲をかけるのが理想的だ。作業員も昼間しか外に出ないだろうし、守るものは少ないほうが動きやすい」
「防戦ばっかじゃ疲れるし、どかんとタコ殴りに行きたいよなぁ」
「奏殿」
ノルマンに居ながらイギリス語で会話していた一行だったが、地図を眺めていたアフリディがふと顔を上げて奏を見やった。
「所々ジャパン語になっているんだが」
「すまない‥‥。その、母国語同様には話せないんだ‥‥他国の言葉は」
13歳とは思えない口ぶりの奏だったが、大人びた表情の中に子供のような笑みが浮かぶ。
そして、馬車はラティール領最西端にある村に着いた。
●
昼間は作業員に混ざって作業員のフリをしつつ盗賊襲撃の警戒。夜は村や町で情報を集め、盗賊壊滅に勤しむ。町中での野宿は危険。外はもっと危険。宿でも油断は禁物と言う話を聞いていた一行は、更に宿内でも交代で見張りを立てる事にした。なかなかハードな計画である。
「‥‥」
早速、奏が安宿に入って二部屋取ろうとした。野営は極力避けるという事で、なのだが。
「入らないのか? ちょっとボロいけど悪くないぜ?」
「私はこのベッドにしますね」
女性陣に「勿体無い」と言われ‥‥。
「男と相部屋? ‥‥君達、節度を知れ」
「女性ばかりの中に入るのは居心地が悪いかもしれんが、そこは諦めてもらおうか」
「居心地以前の問題だ」
「奏さんは可愛いですから大丈夫ですよ」
「可愛ければ気にしないのか?」
「あははは。別に取って食わないから安心しろよ〜」
「それは君達の台詞じゃないだろ?!」
お姉さん達にからかわれる少年だった。
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道路の補修は順調に進んで行った。
「まだちょっと日差しが暑いですね‥‥」
天気の良い午後は、作業をしていると汗ばんでくる。いつの間にか修繕に使う石材切りに夢中になっていたオグマが、立ち上がって大きく伸びをした。
「毎日寝不足だと、やっぱ太陽が眩しいよなぁ‥‥」
小さい体で材料を運びつつ、紅梅も空を見上げる。
「毎日、盗賊が集まっている家を襲撃していますからね‥‥。そのおかげか、昨日も今日も、お昼の襲撃が無いですね」
出来る限り多くの盗賊集団を叩くということは、それだけ他の盗賊達に動きを知られる事になるという事だ。道路の補修員達の動きと共に、近隣の盗賊達が襲撃される。その関係に気付いた者がもし居るとなると‥‥。そうでなくても盗賊というものは、同業者の動きも気にするものだ。勿論彼らの敵と成りえる存在についても。
だが、忙しい彼らはそこまで考えが及ばなかった。徐々に盗賊達が身を潜めつつあるという事にも。
一方、奏は作業員達の動きを指示しつつ、彼らを叱咤激励していた。効率良く動くよう全体の動きを把握する事で、円滑に作業が進む事になる。少年に指図される事を嫌う者もいたが、それにはアフリディが対応した。
道は西から進んでラティール町に。その後彼らは北へと向かう。港の改修をする為には、材料を運ぶ道が必要だからだ。
そして、ラティール領で作業を開始してから4日目の晩。
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「大変だ!」
相変わらず安宿一室で泊まっている一行の下に、1人の男が転がり込んできた。
「さらわれちまった!」
「盗賊にか?!」
素早く反応したのは紅梅。そのまま飛び出して行きそうな勢いだったが、話を聞いてからとオグマに引き止められる。
「どこかの家に、盗賊の襲撃が?」
駆け込んできた男は、作業員の1人。作業員達は、ラティール領内の者と領外の者とが混在している。領外の者は同じ宿屋に泊まっていたが、領内の者の中には、知り合いや親戚の家に泊めてもらう者もいた。
「それが‥‥奴ら、『今までに他の盗賊達から奪った物品と交換しろ』と言ってて‥‥」
「‥‥なるほど。それが目的か‥‥」
「盗賊の人数は?」
「10人くらいでした」
「10人‥‥」
敵が待ち伏せしているであろう場所に4人で行くというのは、かなり不利な条件である。おまけに人質は他にもたくさんいる。アフリディが考え込みながら呟く横で、紅梅が声を上げた。
「先に潰せばいいんだろ? 行くしかないしな!」
「敵を待たせると充分な罠を張られてしまう。待たせすぎれば相手の気勢を削ぐ事は出来るけれども、人質が危険だな」
「行きましょう」
敵から奪った物資の中からも矢を何本か持ってきたオグマが、すっかり準備万端で皆に声をかける。
「私達が敵に勝るものは連携だけ。そうおっしゃいましたよね? 奏さん」
「言ったかな」
「だったら仲間を信じて行きましょう。あれこれ考えている暇は‥‥ありません」
●
盗賊達が待ち伏せしている場所は、村の裏に広がる森の中だった。
森に慣れた紅梅と新米レンジャーオグマが先に進み、ややしてから腰を落として身を潜める。
「‥‥あれか」
そこで焚き火を焚いているのか、森の中に丸い光が広がっていた。彼らの視界には人影までは映らないが、向こうもそうとは限らない。夜目が利く者も少なかったが、自分達側のランタンの火を消し、彼らはゆっくり近付いていった。
「‥‥見えます?」
「あたしにも余り見えないね‥‥」
テントが幾つか張ってあり、中央に焚き火。テントの周りに3人ほど人が立っている事までは分かるが、テントで陰になった奥に人が居たとしても、彼女達にはその判別がつかなかった。
「一気に突っ込むか?」
紅梅はあらかじめオーラセンサーをかけていたが、攫われた作業員をよく憶えているとは言いづらい。恐らくここに居ると思うけれど‥‥という程度だ。
「そうだな‥‥村とは逆側から奇襲しよう」
一定の距離を置きながら動き、オグマが木の上に登って狙いを定める。
「‥‥よし、行こう」
盾となるべく、真っ先にアフリディが飛び出した。次いで紅梅が続き、奏はスクロールを開く。人質がいる以上、大人数に影響を与える魔法は使えない。敵を引き寄せる必要があった。
「かかってきな!」
アフリディの後方からスリングで敵の気勢を削いだ紅梅は、挑発に乗って走ってきた男の脚を素早く払った。声を出して転倒した男を殴りつつ、テントから男達が出てきたのを確認する。
「来たぞ!」
「お前達の相手は、あたしが務めようか」
先に別の男を一撃で戦意喪失させていたアフリディが、刀の切っ先を盗賊達に向けた。
「こっちへ!」
そこへ奏の声が飛ぶ。アフリディは素早く身を翻し、森へ向かって走り出した。盗賊達がそれを追ってくるのを見計らって奏の魔法範囲から避けるべく横に飛ぼうとして‥‥。
「わぁっ」
「エフさん!」
何かに引っかかって転倒したアフリディに殺到した男達を、突然冬の息吹が襲い掛かった。次いで、彼らの頭上へと矢が降りかかる。
「ぎゃ〜、寒い痛い〜」
たちまち(そんなにたいした事も無い)痛みに騒ぎ出す盗賊達を放っておいて、奏はアフリディに駆け寄った。アイスブリザードを(転んだ為に)避けきれなかった彼女にポーションを渡し、オグマは木を下りて男達をロープで縛っていく。
「‥‥まさか罠が張ってあったとはな」
自らの足首に絡まっているロープを取り、アフリディは再びテントのほうへと戻って行った。自分達が襲撃されたときは周到に罠を準備していた彼らだったが、襲撃する際には罠の確認を怠ったのである。最も、暗い森の中に張ってあった罠を彼らが見つける事は、容易では無かっただろうが。
「その作業員を返してもらうぜ」
その頃、紅梅は1人テントの中に突っ込んでいた。
「金と交換だと言っただろう!」
作業員にナイフを向けつつ、男が叫ぶ。
「何で自分が不利だって分からねぇかなぁ」
「こ、子供に何が出来る!」
「子供じゃねぇ!」
華麗に飛びあがった紅梅の蹴りが、男に炸裂した。男が震えている事に気付いたからこそ出来た事である。もしも冷静な敵ならば、作業員の命は危うかったかもしれない。
「ちっ‥‥やっぱ軽いか」
よろめいたもののナイフを落とさなかった男に、紅梅は舌打ちした。そこへアフリディ達が飛び込んで来る。
「その人を離してください!」
じっくり狙ったオズマの矢が、男の後方のテントの壁に突き刺さった。
「子供でも、お前を捕らえるのは容易い事だ」
その後ろから、スクロールを開いたまま笑みを浮かべる奏が現れ。
「逃げ場は無い。覚悟してもらおうか」
何事も無かったかのような凛とした姿で、アフリディが男に刀を突きつけた。
●
そして、一行はラティール町へと戻った。
5日目も日中盗賊達は姿を見せなかったが、今後作業員達が狙われる可能性がある事も、皆はオノレに報告する。
「実は‥‥」
そんな4人に、オノレは困ったように告げた。盗賊達の盗みの手引きを、どうやら作業員の1人が行っていたらしい。恐らく調べれば1人では済まないだろうと彼は言う。盗賊に協力していた者はラティール領内の者で、仕事を与えられ食事も金も貰っていても簡単に盗賊の仲間入りをする者がいることは、まだこの領内の治安がさほど向上していない事も窺わせた。
「盗賊をする事が損だと分からせれば良いのだろうが‥‥」
アフリディの呟きは、容易い事では無い。
そして、彼らがラティールを離れる時がやって来た。
別れを惜しむ作業員達に馬車の上から手を振りながら、奏が彼らに告げた。
「まだ道は分断されている。これは今のラティールの縮図だ。人が、人を信じられない哀しい状態だ。だから、僕達が繋いでいるのはただの道じゃない」
静かに少年は呟く。
「‥‥誇りを持って欲しい。自分達が、どれだけ大切な仕事をしているか。人と人とを繋ぐ‥‥架け橋を作っているんだという事を」