【地獄の業火】盗賊王の秘宝〜阻止〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月27日〜07月02日

リプレイ公開日:2007年07月24日

●オープニング

 盗賊王の秘宝。
 それは、伝説の盗賊王が持っていた宝。
 盗賊王は多くの盗賊達を束ね、遂には1国を築き上げるかと思われた。
 だがその直前に暗殺され、野望は適わなかった。

 盗賊王が多くの者達を纏め上げる事が出来たのは、『秘宝』の力を借りていたからだ。
 『秘宝』は人心を操り思うがままに動かす力を持つ。
 そうする事で、戦わずして巨大な力を手に入れる事が出来るのだ。

 今でも、盗賊達の間で密かに語り継がれている伝説の秘宝。
 真実存在するかも分からない、伝説の宝。
 
 それでも彼らは求め続ける。
 
 力を。
 求め続ける。


 パリ郊外の森の中に、一軒の小屋が建っていた。小屋の前には見張りの男が2人立っている。
 それより少しパリの方へと下った森の中で、1人の少女と1人の男が切り株に座っていた。
「全く。護衛を説得して外に出るのは大変だったぞ。先に連絡係をよこせば良かったのに」
 少女の言葉に、男は少し笑う。
「奴らに見つからないように動くのは大変だ。あんたが思うよりもな」
「シャー・ソバージュだったな。じいじの代わりに、話を詳しく聞きたい」
「俺が本当に話をしたいのはあんたじゃないんだけどな。じいさん‥‥シメオンじいさんは、200年以上生きてるって話だろ。昔の事も知ってるんじゃないかと思ってさ」
 立ち上がり、男は辺りの木々を見回した。遠くから小鳥のさえずりが聞こえる、穏やかな午後の風景が広がっている。
「さっきも言ったように、じいじは外に出られない。他の者に話を聞かれたくないと言うから、私が来たんだぞ。ついでにじいじの暦年齢は225歳だ。私の暦年齢は45歳だ。少なくともお前よりは年寄りだぞ」
「その割にはあんた、チビだな」
「人の事が言えるのか?!」
「まぁ成熟の遅いエルフの割りにしっかりしてる事は認める。けど俺が知りたいのは、『地下帝国』と『盗賊王』と『秘宝』の関係だ。あんたのじいさんが『地下帝国』について詳しい事は知ってるからな。あの場所を暴いてもロクな事にならない、って俺は思ってるけど、でも、あんたのじいさんが小さい時に、その更にじいさんから『地下帝国』とか『秘宝』の話を聞いた事があるんじゃないかと思ってさ」
 ひょいと身軽に木の上に上り、シャーは木に巻きついていた蔓を引っ張った。
「これは食えるな」
「お前は『地下帝国』にあまり触れたく無い一方で、その過去を暴きたいと言うのか?」
 切り株に座ったまま見上げる少女に、シャーは頷く。
「伝承って事になってるけど、『地下帝国』と『盗賊王』はかつて存在した。だが『秘宝』だけは見つかっていない。『秘宝』の事、あんたのじいさんなら知ってるんじゃないのか?」
「知っていたとして、どうする?」
 シャーは、音も無く木から飛び降りる。まるで曲芸を見ているようだった。
「存在するなら、探し出す。『奴ら』よりも先に。『地下帝国』の復活をさせるわけには行かない」
「どういう事だ?」
「俺も『奴』も、育ての親が一緒なんだよ。育ての親っていうのが、『地下帝国』を作ろうとした奴らの子孫でさ。『盗賊王の秘宝』の話は、そいつから聞いたんだ。『奴』は昔から『俺は一国の王になる』とか言うような男で、今は大きな盗賊団を束ねてる。『秘宝』が無くてもやろうとするだろうな」
「『シャー・ソバージュ』。そうだ、その名前は知ってるぞ。確か‥‥」
「盗賊団の名前だよ。少し昔のな」
「‥‥分かった」
 少女はゆっくりと頷き、シャーを見据える。
「お前の育ての親の名前なのだな? それは」
「そうとも言えるかな」
「その名と『地下帝国』の繋がりは何となく分かる。では、じいじに帰って伝える。後日連絡するから、その時また来てくれ」
「生きてたらな」
「死ぬ予定があるのか?」
「パリに」
 一呼吸置いて、シャーはぽんと少女の頭を叩いた。
「『奴ら』が来るんだよ。虎の軍団がな」
「何故だ?」
「パリで不穏な動きがある。預言に乗じて何か企んでるのは間違いないし、預言が成就すれば『奴ら』の王国を作る足がかりになるわけだから、率先して何か仕掛けるだろうな。『秘宝』がパリにある可能性もあるし」
「あんな所にか?」
「貴族が宝物庫に入れてるとか、国が保管してるとか。パリが混乱すればそれだけ屋敷に侵入、襲撃しやすくもなるし、今度はパリを大火が襲うんじゃないかって噂もある。『奴ら』以外にも動く奴はいるだろうし、混乱が酷くなれば酷くなるほど『奴ら』の動きを抑えられなくなるしな。『秘宝』を盗られるのも困るけど、この国が潰れるのも困る」
「協力しよう」
 少女は静かに言い、シャーを見上げる。
「冒険者ギルドには私から連絡を入れる。冒険者の力を借りるといい」
「それは助かる。俺のパリでの動きは、出来るだけ読まれたくないからな」

 そして、冒険者ギルドに依頼が並んだ。
 そのうちの1つの依頼は地方の教会から出されたものになっており、集合場所がパリ郊外の修道院になっていた。内容は簡単だ。『パリの治安を守ること』。『パリの治安を守る事は、我々の義務でもあると考えています』という言葉から始まっているが、具体的な行動指針は書かれていない。
 詳しい情報を求める冒険者に、ギルド員はこう告げた。
「詳細は、集合場所で聞いてください。今のパリは、情報ひとつを取っても、どこに洩れているか分からない状態だそうですから」

●今回の参加者

 ea3783 ジェイス・レイクフィールド(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb5231 中 丹(30歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7983 エメラルド・シルフィユ(27歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb8642 セイル・ファースト(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レア・クラウス(eb8226)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ サラ・シュトラウス(ec2018)/ フィーレ・アルティース(ec2044

●リプレイ本文

 指定された集合場所に現われたのは、アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)が以前に依頼を受けたことがある老人の孫娘だった。エルフゆえに、見た目に反して向こうがアーシャより年上だ。
 妖虎盗賊団の企みを阻止してほしい。おおまかな背景と共に依頼内容を説明されて、アーシャのほか、リディエール・アンティロープ(eb5977)、中丹(eb5231)からもシャーの外見も知らせてほしいと要望が上がる。この中で実際の依頼人と言えるシャーと顔を合わせてことがある者は少なく、知っておけば万が一にパリでかち合っても同士討ちだけは避けることが出来るだろう。
「ここに来ないのだ。相当用心して、パリに現われないか、知り合いにも分からないようにしているだろう」
 エメラルド・シルフィユ(eb7983)の言い分がもっともで、早々に接触を図るための努力は放棄された。それよりも妖虎盗賊団の企みを阻止する、その依頼の完遂が重要だ。
 ただ妖虎盗賊団ももちろん顔を見て判別できるわけではなく、依頼人代理の孫娘もその辺りのことは『五十名以上いて、剣を使うものが多いと聞いた』くらいのことしか分からない。尾上彬(eb8664)がそれを聞いて、向こうに出てきてもらうしかないと言ったが、まさにその通り。その上でジェイス・レイクフィールド(ea3783)の両の手を打ち鳴らしての宣言、『ぶっ潰すに限る』が乱暴ながらも最良だろう。
 孫娘と別れてパリへ戻りながら、どうやって妖虎盗賊団をおびき出すかが話し合われて、リリー・ストーム(ea9927)とセイル・ファースト(eb8642)の縁故を頼った情報収集と、各人の聞き込みとの上に、秘宝の偽物をちらつかせる方法を取ることになった。

 パリの街は、大火災の噂でどこも落ち着かない。その中で場末の酒場はいつも通りの喧騒を保っていた。元々失うものが少ない、あるいは借金まみれという人々が集まるようなところは、いっそ街が焼けたら再建の仕事が増えて懐が潤うのではないかと口走る者も多い。
 そんなところに行けば、リディエールは無駄に絡まれるし、中は小突き回される。ジェイスが一緒にいて、周囲にそれとなく圧力をかけても騒がしいのは、ここの人々もそれなり不安を感じているためだろう。
 河童に美女に見える男と戦士という取り合わせは、あまりにこうした場所に不自然で悪目立ちし、憂さ晴らしの相手を求める人々と落ち着いた会話などまず出来なかったが、三人共に色々と経験を積んできて、多少のことで自分を見失ったりはしない。
「この騒ぎで、今までやっていた護衛の仕事をクビになりまして、新しい雇い主を探しているところです。なんでも盗賊団に魔力がある紅い宝玉を狙われている物持ちがいると耳に挟んだのですが」
「噂やと、それが手元にあると、雇われた連中が皆操られたみたいになってな、ただ同然でよう働くんやと」
「そういう輩なら、払うものはたんまり持っていそうじゃん?」
 まったくすれた雰囲気のないリディエールが言っても、『は? 姉ちゃんが護衛?』とからかわれるのだが、中とジェイスは護衛らしい雰囲気が漂わないこともない。
 だが何箇所か回った酒場では、まったく収穫はなかった。業突く張りの商人の悪口を延々と聞かされたり、あからさまに嘘っぽい話をタネに酒をせびられたりした程度だ。後はそんな宝石なんかあるものかと、酒場中の笑いものにされたり。
「そやなー、おいらかて眉唾やー思うんやで。普通信じんやろ」
「思っても口にしたらいけません。聞かれたら困ります」
 彼らも仮に秘宝が存在し、パリにあるとしても、宝玉らしいと聞けば酒場で聞いて何か掴めるとは思っていない。これは妖虎盗賊団を引き寄せるための囮なので、それを否定するような中の発言はリディエールが制止してしかるべきだった。リディエールも実在を信じているというよりは、ジェイスの。
「秘宝で楽するってのはいただけないぜ」
 実在するならちょっと見てはみたいが、欲しくはないし、そんなのに頼ってどうするという態度に共感していた。
 それでも三人は情報を集めているように見せつつ、周辺の防犯も兼ねてあちこちを歩き回りながら、妖虎盗賊団の手掛かりの一つもないかと神経を研ぎ澄ましていた。

 同じ頃、アーシャとエメラルドは街中で情報収集に努めていた。こちらはもう少しおおっぴらに、自分達が防犯対策で動いていると会った人に分かるような振る舞いだ。そうした行動をしている者は冒険者に限らず多数いるのだが、彼女達も『紅い宝玉の姿をした秘宝』を話の中に取り混ぜている。
「それを持つと大変な出世が出来るそうですが、欲に憑かれると使い方を誤るのか、持ち主を転々としていたようで‥‥最近パリに入ったと聞いたのです」
 しかるべきところに収めるために探していると、生まれはどちらもノルマンではないがナイトのアーシャと神聖騎士のエメラルドが訪ね歩けば、効果の程を信用するかはともかく大事な用件だと信じる者もいた。半数くらいは『そんなすごいものはきっと噂だけだよ』という態度だったけれど。
 だが実在すると信じているだろう妖虎盗賊団がパリに潜入しているとなれば、大事なのは事の真偽よりも、盗賊退治となる。尋ねた人々が噂にして、下手な危害を蒙らないように二人とも常より目立つ服装でいた。探していたのは自分達だと、追いかけてくる輩がいたときに分かりやすければ、他人に被害は及ばない。
 話すのは大抵がアーシャで、エメラルドはいかにも腕が立つ風情で周囲を見回していたりと、自分達を印象付けて歩くことには成功していた。
 予測はしていたことだが、秘宝に関係しそうな情報は一つも見出せていない。

 尾上はリリーとセイルの新婚カップルと共に、貴族間に秘宝らしいものや情報が流通していないかを確かめに回っていた。基本的にそれらを担うのはリリーとセイルで、尾上は護衛だ。だが明らかに東洋人の彼が付いて回ると貴族のところを回るにはいささか面倒がある。
「それだけなら、侍女でなくても良かろう。従者のほうが、まだ見栄えが良いぞ」
 リリーの父親が評したのは、人遁の術を使った尾上の外見についてだ。ノルマン人に多い髪や肌の色合いをした娘になったが、もともとの体格がよい尾上だと華奢な娘にはなり難い。それでずんぐりした背の高い侍女を連れて歩くことになったリリーに、目立ち過ぎだと言いたいのだろう。
「あらでも、多少目立たなくては。目的が目的ですから」
 いわゆる舅の前では、セイルは借りてきた猫のようにおとなしい。貴族の館を巡るのだからと、尾上も衣装の見立てに付き合ったが、どうやらここが一番の気苦労のしどころのようだと尾上は推測した。もちろんセイルは言わないが、それは間違っていない。
 だが思いのほか協力的だったリリーの父上殿は、紅水晶の珠を出してきた。すでに彼らはリリーの発案で紅い玉を用意していたのだが、やはり親子は似るのだろう。ここまで騒ぎを広げたからには、せめても妖虎盗賊団は平らげて来いと言いたいらしい。そのための偽物だが、リリーの用意を知って満足そうに笑った。
「期待しているぞ」
 言われたセイルは、力強く頷いている。

 せっかく協力が得られたから、ではないが、パリにあるとの噂を逆手に取るならもちろん貴族の屋敷で発見されたほうがそれらしい。リリーとセイルは探していたものを父親が入手していたと社交界にちらりと漏らし、後は噂が広がるのを放置した。真偽の程を確かめてから陛下に献上すると付け加えれば、疑い半分でも人の口に上ることがあるだろう。
 エメラルドとアーシャはこれを聞いたと二人の下に駆けつけることで、尾上とも合流した。これで姿を変じている尾上と場合により人目を避けることがあるアーシャはともかく、かなり名の知れたエメラルドが護衛に加わり、リリーとセイルも彼女に決して劣らぬ力量の持ち主と評価されるのだから、宝玉の信憑性は増しただろう。
「出世狙いの政敵に襲われることだけは勘弁だぜ」
 セイルはそうぼやいたが、万が一に誰の差し金がばれたら、すでに火災が頻発しているパリで政争にふけっていたと爵位を取り上げられる可能性もある。そう考えて、妖虎盗賊団を誘き寄せるほうに集中することにした。
 なお、いざという時にこちらの手の内がばれていても困るので、中やジェイス、リディエールとは付かず離れずの別行動だ。あちらはあちらで、何度か尾行されている気配に気付いていた。
 もちろんそれを引き連れて、偽の秘宝の持ち主である二人の近くまで行ったのだが‥‥

 あいにくと、ここまでにようやく気配は感じ取れるようになったが、相手は仮にも盗賊団。なかなかこちちから捕らえて文句が出ない、またはその場の一人も余さず捕らえられるような状態にはならなかった。
 そのため、秘宝を本物と思わせる芝居をすれば、奪うために手勢を集めて襲撃してくるだろうと踏んだのだが。
「なんやな、おいらはあほらしゅうなってきたで」
「わざわざあんなに一生懸命やっているお二人に失礼ですよ」
「そりゃ好意的解釈ってもんじゃねーの」
 中とリディエールとジェイスは、噂の秘宝の真偽を確かめようとしている護衛崩れの三人組を装いつつ、それぞれ溜息をついている。一応リディエールが二人をとりなしているのだが、彼自身、言うことがどこまで本気か微妙だった。ジェイスの指摘には反論がない。彼らがいるのは、少し先に行き止まりがある道の角を折れた途中の暗がりだ。
 かたや、アーシャとエメラルドは。
「今の見ましたか、エメラルドさん」
「‥‥警戒を怠るな」
 見物客に徹しているアーシャと、そちらの方向には絶対に視線をやらないエメラルドが、先の三人がいるのとは反対側から行き止まりに繋がる角を臨む場所で、護衛らしい雰囲気を保っている。多分。
 そうして、この場所が行き止まりの割に塀の向こう側が広くて倉庫が並び、火をつけても燃え上がるものが少ない場所であること。更に倉庫側はそんな事情で他の地域に比べて見回りも少なく、誰かが横切っても見咎められる可能性は低いことを調べたのが尾上だ。近くにセーヌ川が流れているから、その辺りまで警邏の役人もいる。
 盗賊団のおびき寄せにはなかなかの適地だと思われるが、尾上が右往左往の演技をしている近くでは、秘宝の隠し場所を相談していたはずのお二人が違う方向に盛り上がっていた。
「とっても綺麗な石よね。とてもそんなすごい力があるようには見えないし、外れだったらお父様に譲ってもらって、指輪にしたいなぁ」
「したらいいじゃないか。でも外れかどうかは確認しないと分からないだろ」
「もぉう。指輪よ、ゆ、び、わ。外だからって、そんなにつれなくしないで」
 相当にお熱い。演技のはずだが、ちっともそう見えないのはリリーが役者なのか、単に彼らが新婚だからか、覗いている方が邪心に溢れているのか。
「お嬢様、いけませんよ。若様も、どこに人目があるか分かりませんし、なにより旦那様からのお役目の最中です」
 尾上の切羽詰った従者の演技が、真に迫っていたからか。
 なんてやっているうちに、事前からの予定に入っていたが、尾上がアーシャ達の所に逃げてくるような状況になり、あちらとこちらから覗いている冒険者六名、つつましく目を伏せた。ただし周辺への警戒は怠りない。
 なんだか嬉しそうな悲鳴がしても、そちらは見ない。
「どうしたの? そんな盛りの付いた犬みたいに」
 何人か、『そんな言葉を使ってはいけません』と心の中で説教したかもしれない。尾上は、ちゃんと従者らしく『お止めください』と口走ったが、いったい何を止めろと言いたいのか。
 そういう周囲以上に『なんでこんな役に』と思っているだろうセイルが、犬のような唸り声をあげたところで、多分一人だけノリノリのリリーが護衛達に声を掛けた。
「大変なの、犬みたいって言ったら、なんだか様子がそんな感じに‥‥本当に、効果があるのかしら?」
 これで尾行してきた奴らが誘い出されてくれなかったらどうしようという、中の切実な心配は幸いにして不要だった。なぜなら、彼の背に向けて殺気が膨れ上がったからだ。『ダモクレスの剣』を抜くと相手は思ったろうが、中はそれの止め具を外して相手にぶつけている。ジェイスは躊躇いなく剣を抜いて、襲ってきた相手の短剣を受け止めた。
 今回集まった八人のうち、リディエール以外は前線に立っての戦闘が可能な技量の持ち主だった。そしてリディエールは一瞬で魔法を完成させられる。どちらも完璧に一撃で相手を叩きのめしたり、魔法を間違いなく発生させられると確約出来るところではないが、奇襲を予測していて一方的にやられる程度の腕前でもなかった。
 特にセイルは、塀の上から降ってきた数名を、リリーの援護も受けたがほとんど一人で地に伏した。八つ当たりと思ったのは、リリー以外。
「いやぁん、あなた素敵ぃ」
「う、羨ましい」
 リリーの一言はともかく、アーシャのそれには耳を疑ったものが何人か。人の夢はそれぞれだ。
 そういう背景音はともかく、セイルが問答無用で叩きのめした相手は意識がないので、エメラルドと尾上が捕らえた者をそれぞれ締め上げていた。尾上も手加減はないが、エメラルドは相手の指を折る拷問付きだ。
 おかげで速やかにアジトを聞き取れたが、エメラルドはこういう真似は意に沿わないことだったろう。騒ぎに駆けつけた警邏に『後で治療する』と言いおいて、アジトの強襲に向かった。
 最終的に妖虎盗賊団でこの日に捕まったのは、四十六名ほど。彼らは火付けは働かなかったが、それに乗じた盗みはやっていたようで、どう見ても持ち主ではなかろうという貴重品が幾つかアジトから回収された。
 ただ、その前にジェイスのソードボンバーとリディエールのウォーターボムで出鼻をくじかれ、それをかいくぐっても尾上に昏倒させられ、アーシャの背後に寄れば痛烈な一撃を食らわされ、リリーには今さっきたいしたことが出来なかったからと理不尽な理由で槍を振り回され、セイルにはやはり八つ当たりでぼこぼこと。
「ふっふっふっ、妖虎盗賊団、滅びたり!」
 中には決め台詞まで言われてしまった。だが残念なことに、彼らは妖虎盗賊団に間違いはなかったが、率いていたのは幹部の一人で頭領はまだパリに入る前だった。四十人余りも揃っていると言われて急行したが、ここから頭領達を追うのはいささか難しいだろう。それでも盗賊団の相当数を捕らえたことに間違いはない。
 エメラルドは、この全員を治すべきかどうか、少し考えているようだ。そこまでしなくてもと言うのが、大勢の意見だった。
 なにより。
「シャーは出てこなかったな」
 そちらのほうが、彼らの気に掛かるところである。

(代筆:龍河流)