死なる声、鈍色の唄
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月30日〜10月08日
リプレイ公開日:2007年10月08日
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●オープニング
穏やかな、昼下がりだった。
外からは子供達の楽しそうな笑い声と吟遊詩人が奏でる唄が聞こえてくる。3ヶ月前まで死の臭いが充満していたとは思えない、平穏で長閑な光景に、娘は笑みを浮かべた。
部屋の窓を固く閉めても聞こえてくる声が、彼女にとっては何よりの救いだ。その窓を開いて彼らと共に歓びの歌を歌うわけにはいかないけれども。自分はそれでも尚、何一つ彼らにしてやれる事は無いのだけれども。
繕い物をしながら、娘は静かに時を過ごしている。粗末な衣服、質素な食事。未だ雨漏りの酷い室内。それでも彼女は満足している。
「‥‥?」
ふと窓のほうから僅かな音がした気がして、彼女は顔を上げた。裏路地に面する窓だから、凡々とした生活を送っている人々がその窓を叩くわけがない。幾分緊張しながら、娘は僅かに窓を開いた。
「‥‥」
隙間から外を窺い、誰も居ない事を確認してから大きく開く。その視界に、美しい赤い花の色が飛び込んで来た。
「‥‥え‥‥?」
土の道の上に、薔薇が2輪。鮮やかな真紅の薔薇が、窓へ顔を向けたまま土の上に寝ている。
娘はしばらくそれを見つめた後、そっと窓を閉めた。そのまま部屋の扉を半分開く。
「‥‥お願いが‥‥あります」
そして、部屋の外に立っていた娘へ、静かに声をかけた。
●ギルドより冒険者へ
現在までに判明した事実と、冒険者より寄せられた情報を公開する。
『ラティール領主について。
シャトーティエリー領の教会に拘束されていた氏を訪ねた冒険者の話によると、ラティール領領主は、まともに会話出来る状態では無いと言う。衰弱が酷く、待遇の悪さが原因では無いかと冒険者は尋ねたようだが、氏は教会に来る前から状態が思わしくなく、悪化の一途を辿っている様子。この事から、現在裁判は中止されているとの事である』
『ボニファスについて。
通称『呪われし装飾品』をラティール領内で配り、後にパリで保護されたボニファスだが、監視先の教会で既に亡くなっている事が判明した。死因は不明であるが、教会は関与を強く否定している』
『ローランと黒髪の女が居た屋敷について。
子供達が攫われ軟禁されていた屋敷が、ラティール領主の所有物だった事は既に周知の通りだが、屋敷の地下には迷宮が広がっていた事が判明した。屋敷の各場所と繋がっており、ローラン達が居た2階の部屋とも隠し通路を通って繋がっていた様子。それらの仕掛けは新しく、最近作られたものと思われる。尚、地下迷宮の調査は進んでいないが、現在の所モンスターの生息は確認されていない』
『ドーマン地下迷宮について。
グリー村の人々が地下迷宮の拡張の為に捕らわれ、働かされていた件については解決済だが、悪魔崇拝者及びオーク共に指示を出していたと思われる人物に関しては、未だ不明である。先に別の迷宮でダンジョン研究者シメオン殿を襲った悪魔崇拝者のバード、セザールとの関連を調べている』
『セザールについて。
セザールは、現在教会に拘束されている模様。背後関係についての情報は引き出せていない様子』
『ピールについて。
シャトーティエリー領の領主館に出入りしている姿が確認されているが、現在もまだ行方は分かっていない』
『ラティール領について。
領主館で働いていた者達が、領主一家の悪い噂を流した為にそれが広がり、ラティール領の治安悪化に繋がった様子。しかし、彼らの悪意だけでラティール領全体が悪化したにしては、その流れが早すぎたのではないかという指摘もある。現在領主館はシャトーティエリー領の兵士達が詰めており、中を窺う事は出来ていない。尚、現在ラティール領で直接復興の指示に当たっているオノレ殿は、領主館で暮らしてはいない』
『シャトーティエリー領について。
領主の娘、エリア嬢が亡くなったのは1年半ほど前との事。亡くなった原因はまだ明らかにされていないが、様々な憶測は飛び交っている様子。領主は病気で数年前より臥せっており、領主代行のミシェル殿が領内を取り仕切っている。弟のエミール殿は娯楽の町レスローシェの長であるが、現在ラティール領の復興に力を注いでいる様子。シャトーティエリー領の相続権に関しては、この2人以外には、ドーマン領領主と、その娘が持つのみとなっている』
『呪われし装飾品について。
新たに水晶の装飾品が提供されたが、特におかしな点は見つかっていない。ボニファスがローランから貰ったと思われる7点は全てシャトーティエリー領にあると思われるが、内3点に文字が刻まれていたという記録が残っている。1点は『羊』。残りの華国語とアラビア語についても、字体を写して保管してあったらしく、先ほどこの情報が公開された。『幻影』、『愚者』だと思われるとの事。この、華国語とアラビア語については、その言葉に慣れた者が刻んだとは思えないほどいびつで、解読が難航した様子』
●疑念
「預言で我々もパリに箱詰めでしたからねぇ‥‥。まぁ、いつまでも放っておくわけには行かないでしょう」
「表から騎士を派遣して、納得の行く回答を得られると思うか」
「思いませんな。しかしラティール領はれっきとしたノルマン国に属する領土。例えノルマン建国より前から領主として代々君臨していようとも、ラティール領の上領であろうとも、国に許可なくラティール領領主を拘束し、裁判に掛ける権限は無いでしょう。」
「通達は来ていたようだが‥‥再三の、こちらからの引渡し要請‥‥。いや、重要人としてしかるべき手続きを踏むべきだという要請を送ったにも関わらず、返事を引き延ばしている。‥‥どうする。表か、裏か」
騎士団の略装を身につけている女性が、テーブルの周りに集まっている者達に静かに尋ねた。
「強制的にラティール領領主をパリへ送りたいならば、表。真実に近付きたいならば、裏‥‥でしょうな」
「分かった。フィルマンを呼べ。表と裏‥‥共に仕掛ける」
●片道
パリからラティール領 馬車1日半
パリからシャトーティエリー領 馬車1日半
ラティールからシャトーティエリー 徒歩1日半
パリからドーマン領 馬車2日
●リプレイ本文
●パリ
「そうか、ボニファスは死んだか」
エルディンが通して貰った教会の奥の間。狭く暗く窓も無い部屋で目隠しをされ、男は座っていた。
「次は俺だな」
「死ぬ前に話が聞きたい」
首から下が闇に覆われる。男は声も無く笑った。
「いいだろう、黒き神官。お前に悪魔の祝福を」
●ドーマン
村は収穫祭の準備に追われて賑やかだった。村のあちこちから聞こえてくる歌声に耳を傾けながら、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は首を傾げる。バードである彼女でも聞き覚えの無い歌だったからだ。
「お久しぶりです。今日はお願いがあってやってきました」
領主館は相変わらず質素だ。少数の村人に出迎えられたアーシャ・ペンドラゴン(eb6702)は、両手いっぱいに抱えた酒を領主に手渡した。レティシアもお辞儀をして名乗った後方で、2頭の気高き白馬が村人達に囲まれて迷惑そうな顔をしている。
「ラティールでは聖女様が天馬に乗って現れたとか。その高貴なる馬をあまり人目に晒すのは、良い事ではないな」
「申し訳ありません。急いでおりましたので‥‥」
領主の前だから出来るだけ丁寧にと心がけつつ、レティシアは領主に話しかけた。
「この3領地についてお話したい事、そしてお尋ねしたい事がございます」
「あの、お食事は娘さんもご一緒出来ませんか? いろいろお話したいですし」
アーシャも口を挟む。領主は頷き、いつも通り客人を迎えるに相応しいとは言えない料理だがと苦笑する。
やがて中庭を使って宴が行われた。滅多に客人の来ない村である為、客人が来た時は村人が出席して宴が催される。そして裏庭では領主一家から香草茶を振舞われた。
レティシアがローランと黒髪の女の姿をファンタズムで見せ、今までの出来事を話す。
「悪魔崇拝者達が撒いた呪いの装飾品に刻まれた文字の統一性の無さから、地下帝国関係者ではないかとも思っています。この3領地と一族が狙いかもしれません。このアクセサリーをはめると声が聞こえる事があるのですが」
「そうです! 私も持っていて、何度も声が聞こえてきたのですよ」
「月魔法と陽魔法を使えば、姿を消して離れた所からでも近くからでも声をかける事が可能です。それを神の声のように使う事も出来ます。その声に惑わされた人々がラティールで騒動を起こした‥‥その可能性があります」
「今、その標的がシャトーティエリーに向いている気がするのです。アクセサリーは移っちゃいましたし、シャトー領主は臥せっているという話ですし、それから‥‥亡くなったエリアさんの事とか」
様子を窺いながら、アーシャも口を開いた。
「ここも‥‥安全とは言えないです。地下迷宮の事件以来、変わった事は無いですか?」
「近いうちに、あの場所の本格的な調査をお願いしようと思っている。既にパリから騎士の方々が調査にいらっしゃってはいるが、その時には冒険者の方々にも頼むつもりだよ。それから地下帝国の話だが」
領主はちらと自らの娘へ目をやった。黒い前髪が目の辺りまで覆っている為、娘の目の表情は分からないが、アーシャは何となくどこかで見た顔だと思った。
「我々が地下帝国から密かに受け継いでいる物がある。3領地の領主の血に連なる者が持つ物で、全部で13枚。あの地下迷宮に行くことがあれば役に立つかもしれないが、私はすぐに預けるわけには行かない。リリア」
娘は手に持っていたコインをレティシアに手渡した。
「アーシャ殿にはいずれ私から渡そう。このドーマンにある分は必要な時が来れば全てお渡しするよ。だが後の2領地分に関しては難しい。これは門外不出の物だ。本来ならば」
「あの歌と同じようにね」
リリアが中庭の方を指した。そこからは村人達の歌声が聞こえてくる。レティシアがこの村に来てから何度も聞いた歌。
「本当は、この3領地の貴族しか歌ってはいけない歌なの。祝いの歌よ。でもそんなの可笑しいじゃない? だから村の皆に教えたの」
「良かったら、歌詞を教えてくれない?」
興味津々のレティシアに、リリアは笑って歌いだした。
「『1つ目は、白い物。2つ目は、服になる物。3つ目は、古い物。4つ目は、何か綺麗な物』‥‥花嫁が持って行くと幸せになれる4つの物を歌っているの」
●レスローシェ
シャトーティエリー領レスローシェは娯楽の町だ。若くしてこの町を作った長は、領主代行の弟であり。
「今日は、エミール様とお茶を楽しみたくて伺いましたの♪」
『華麗なる蝶亭』を作った人物でもある。リリー・ストーム(ea9927)は、この町では埋没してしまうくらい目立たない館を訪れていた。
「驚きましたわ。エミール様はもっと豪華なお屋敷に住んでいらっしゃるのかと」
「長が目立っちゃいけないんだよ、この町は。なぁ、セイジョサマ」
「うふふふふ♪ 何の事かしら。分かりませんわ」
楽しく話を進めつつ、リリーはエミールの表情を窺う。勿論、相手も本当に『お茶を楽しむ』為だけに来たとは思っていないだろう。貴族同士の会話は、大概腹の探りあいだ。
「ここに来る前にラティールを見て来ましたわ。さすがエミール様が本腰を入れただけありますわね。良き道を歩いているように見えますわ」
「まだまだだけどな。急に変えると壊れる。ゆっくりやらないと。それに、お前ら冒険者が動いて方向も変わってきたって感じだしな」
話しながら、エミールは立ち上がって棚に居並ぶ装飾品に触れる。
「なぁ、聖女様。あんたに聞きたい事がある。その名を名乗る危険性は分かってるんだろう。何で続けてる?」
「聖女を語るのが慈善活動だと思っているんですの?」
「違うのか?」
「そうですわね‥‥。敢えて言うなら、私の満足感と探究心を埋める為かしら? ふふっ」
「お前も暇人貴族か。冒険者になったのもそのクチか? 貴族を利用しながら貴族とは違う道に行くのは俺も同じだけどな」
「エミール様。いろいろ伺いたい事がありますの。依頼として動いているわけでも、情報を得る為のカードがあるわけでもありませんわ」
ふと、リリーの音が変わる。それに気付いたエミールが振り返り、にやりと笑った。
「私はシャトーティエリーに何かがあると見ていますわ。‥‥私の考えを言っても宜しいかしら?」
「勿論」
●ラティール
それより数日前。
教会に、神楽鈴(ea8407)とアリスティド・メシアン(eb3084)がやって来ていた。それを待ち伏せしていたリリーが扉の前で声をかける。
「エリザベートは居ないわよ」
「出て行ったって事?」
「屋敷に居るみたいですわね。詳しい事は中で聞いたほうがいいかしら」
立ち止まったアリスティドの代わりに、鈴が教会の中に入って行く。中ではクリステルが2人を待っていた。
「‥‥彼女は」
静かに尋ねたアリスティドに、クリステルは小さく頷く。
「2日前、一緒に領主の館に行って欲しいと。待っている人が居るからと‥‥。反対したのですが、結局フードを被って向かいました」
館を守っている衛兵達は、エリザベートだけを中に入れた。彼らが何も言わなかった事から、分かっていたのではないかと言う。
「うん、怪しいね」
「私も門前払いされましたわ。聖女だからと強制的に入れてもらっても良かったのですけれど‥‥」
「何か知っていたのかな」
領主の屋敷を守っている衛兵達はシャトーティエリー領の者達のはずだ。どちらにせよ、行方不明の娘が見つかったとなれば、捕らえたり保護する事はあっても、1人で屋敷に入れたりしないだろう。それとも。
「監禁されてたりして?」
「行こう。話を聞きたい」
リリーも衛兵と話をしていたが、屋敷内には許可のある者しか通さないの一点張りだった。そのまま3人は屋敷に向かい、まず鈴が1人で衛兵のもとへ。世間話をしている間に、アリスティドは陰からテレパシーで呼びかけた。
『‥‥アリスさん?』
しばらくの後に、応えが返ってきた。
『今、何を‥‥?』
『‥‥懐かしい約束の場所に来ていました』
よく分からない。だがエリザベートは告げる。渡したい物がある、と。
翌日。
皆は教会の中に居た。エリザベートは少ない荷物を纏め、クリステルに今まで世話になった礼を言っている。本当はこの場所で償っていけたらと思っているけれど今は離れると告げ、馬車に乗り込んだ。
「領主の具合が悪そうだから、連れて行ってあげたいってアリスティドがね」
鈴が明るく言って、巡礼者に扮したエリザベートの肩を叩く。頷き黙り込む彼女から目を逸らし、アリスティドは走り出した馬車に向かって手を振るクリステルを見つめた。
何かを隠したままのエリザベートにどう接するか。彼はまだ決めかねている。
●地下
コータ・サイラス(eb8182)は、ラティール領主が管理していた屋敷にやって来ていた。黒髪の女とローランの手掛かりを掴む為である。
パリの教会でセザールに関係する館を調査したいと申し出たコータだったが、関係の無いクレリック達がついて来そうな勢いだったので紹介状を貰うのは諦め、エルディンが代わりに書く事になった。クレリック個人のものがどれだけ使えるか分からないが、屋敷に着いたコータはそれを兵士達に見せる。彼らは特に疑う事なく彼を通した。無用心すぎるとは思うものの、とりあえず仕事開始である。
白紙のスクロールに屋敷内図、地下地図を書いて行く。地下は危ないだろうからと一定の範囲で留め、屋敷と地下の繋がりを調べた。
「アーシャさん、お疲れ様です」
数日後、やって来たアーシャと共に地下に下りる。
「ここにある鉄扉ですが‥‥鍵が掛かっていて入れません」
地下におりてしばらくの所にある扉は、錠前はあるものの鍵が無くなっていた。
「屋敷のほうには無かったんですか?」
「見つかりませんでした。そういうのが得意な方だったらもしかしたら‥‥とは思いますが」
2人は地下の調査を続ける。鼠や蛇や蜘蛛は居たものの、モンスターと呼べるものに遭遇する事は無く、全体を把握してから地上へ戻った。
「‥‥自然に作られたものじゃないですね」
地図を改めて眺めながら、コータが呟く。
「掘ったって事?」
「そうですね。しかも途中で止まっている。行き止まりの近くに採掘道具が捨ててあったでしょう。あれは、明らかにあの後掘る予定だったという事です」
「何でやめたのかしら」
「見つかったからでは?」
そう答えて、ふと気付いたようにコータはランタンを手に取った。
「もしかしてあの鍵。行き止まりに落ちているかもしれません」
再び地下へと戻った二人は、行き止まりを1本1本注意深く見つめた。だが鍵は見つからない。その代わりに、入り口からほど近い場所に隠された小部屋を見つけた。
「指輪と‥‥コイン?」
小部屋は、ぽつんとテーブルと椅子があるだけだったが、その上にそれらは置かれている。
「これは、誓いの指輪では‥‥? 何故こんな所に」
●シャトーティエリー
尾上彬(eb8664)はフィルマンと共に広場に面した宿に泊まっていた。
仲間に容貌などを聞き探していたが、彼も冒険者を探していたらしい。
「他の仲間とはここで落ち合う手筈になっているんだけどな」
寛ぎながら窓から外を眺めた彬の前を、数頭の馬が通り過ぎた。騎士だ。
「‥‥あれは?」
「『白槍騎士団』だな。ここらだと『白の』がつく事が多いが、あれはパリから来た騎士団だ」
フィルマンの説明によると、彼らはラティール領主の身柄の引渡しを求めてやって来たらしい。
「上手くそれでパリに連れて行ければ、俺の役目も半分で済むってわけだ」
「あの屋敷は、水に囲まれている」
同じように窓から外を眺めたフィルマンが、遠くの屋敷へ目を向けた。
「その堀を渡る為に巻き上げ式の橋がかかってる。この町は川に面しているが、そこから繋がっている水路があってあの屋敷の地下に繋がっている」
「‥‥何かする気なのかい?」
「いや、君が表から入ると言うなら従うよ。裏から入る事はいつでも出来る」
2人は広場でレティシア、鈴、アリスティドに会っていた。アリスティドにはレティシアがドーマン領主の紹介状を手渡す。ラティール領主に会う為のものだ。そして鈴とレティシアはもう一通を。彬とフィルマンは彬が持っている紹介状を使って、それぞれ領主館に入る事になった。
「ピールと言う男がこちらに出入りしていると聞きました。あまり評判の良くない男ですが‥‥心当たりは?」
巧みに話を進めて情報を引き出そうとしていた鈴だったが、実際に会ったミシェルはそれらに乗るほど甘くはなかった。ピールについては最近見ていないと返し、引渡し要求にも居ないものは返しようが無いと答える。
「領主様の病が癒せないとお聞きしました。もしかしたら‥‥デビルの仕業かもしれません」
相手が必要とする情報を提供する事で、相手からも情報を引き出す。その為には自分の本心を言う事も必要である。レティシアは察知して切り出したが、ミシェルは頷いて答えた。だとしたら、もうどうしようもないことだと。
「諦めてどうするのさ!」
鈴が叫んだが、彼は微笑を浮かべる。
一方、別の時に館を訪れた彬は、ミシェルに仕えたい旨を話していた。
それには彼も喜んだ。最近は人も足りないらしい。
「はなから信じろとは言わない。が、まずは使っちゃくれないか?」
ジャパン人である自分が異郷に根を張り、苦境のある人の力になる事で自らを高めたい事を告げ、冒険者稼業の二足のわらじになるので、常時ここに居る事は出来ないとも伝える。
彼は帰り際、屋敷の使用人に化けてからこの屋敷の領主の所在を探った。地下に居るに違いないと踏み動く。
そして。
●約束
ラティール領主はベッドに横たわっていた。
「アリスさん」
娘が呟く。
「私をパリへ?」
「彼も出来れば」
2人は苦しそうな表情で眠る男を見下ろした。
「父は‥‥多分駄目だと思います。だから、私が代わりにパリで裁かれます」
「‥‥そんな事が、本当に君の望みなのか?」
静かな問いだった。娘は小さく首を振り、ゆっくり振り返る。
「これを受け取って下さい。私の分のコインは神楽さんに渡しました。私が持っている全ての価値をお渡しします。貴方には、これを」
娘が渡したペンダントは対になっている物。
「片方は兄が持っています。私は、合図がした時は会おうと約束した木の下で兄に会って来ました。ごめんなさい、アリスさん。私はそれでも兄を救いたいと思って‥‥」
「それも、君が背負う荷じゃない」
「‥‥アリスさん、忘れないで下さい。この歌を。バードである貴方なら、『祝福の歌』、覚えてくれますよね‥‥?」
やがて、娘は細い声で歌い始めた。誰もが初めて聞く、不思議な音の歌を。
1つ目は、空を飛ぶもの。
2つ目は、服になるもの。
3つ目は、古い物。
4つ目は‥‥何かの花
さぁ、幸せの扉を開きましょう。
あなたの為に。