はじめてのお使い〜少年編〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 84 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月04日〜10月12日

リプレイ公開日:2007年10月11日

●オープニング


 その日、一軒の酒場の扉を1人の少年がそっと開いた。
「す‥‥すみません〜‥‥」
 かなり控えめな態度で辺りを気にしながら、ゆっくり中に入る。開店前の酒場内は人気も無く、奥のほうで白い帽子を被って1人掃除をしている少女が見えた。
「あの‥‥。ここでアンジェルさんという人が働いてるって聞いたんですけど‥‥」
「‥‥私」
「‥‥アンジェルさん?」
「そう」
 感情の見えない表情で、少女は頷く。少年は戸惑ったように視線を泳がせ、更に奥へと目を向けた。
「何か用」
「‥‥え‥‥うん‥‥」
 感情の起伏が激しい両親を持つ少年にとって、この少女はどう接して良いか分からないタイプの人物だ。少女の声は幼いようでいて、どこか冷たい色さえ帯びている。
「あの‥‥手紙が。手紙が来てて‥‥」
 真っ直ぐ見つめてくる少女から目を逸らし、少年は手紙を彼女に手渡した。本当は見せるつもりの無かった‥‥彼宛ての手紙だったのだけれども。
「‥‥レオン」
「うん‥‥僕の兄」
「本当?」
 受け取り中身を読んだ少女の言葉に、僅かに熱が篭った。それに気付いて少年はようやく笑顔を取り戻す。
「でも、僕が生まれてしばらくして別れちゃって‥‥。だから、今度、初めて会うんだ」
「初めて‥‥」
「あ。でもね。僕はその‥‥神聖騎士見習いだから‥‥。だから、お仕事でその領地に行くから、ついでに‥‥なんだけど」
「そう」
「それで、手紙にも書いてあったけど‥‥アンジェルさんの様子を見に行って欲しい、ってお兄さんが。あ。あのね。お兄さんは別にアンジェルさんに会いたくないわけじゃ全然無くて、それで‥‥その、忙しくてパリにも滅多に帰ってこれない人だから‥‥」
「分かってる」
 こくりと頷く少女に、少年は肩の力を抜いた。
「良かった。アンジェルさんはしっかりしてるから、って書いてあったけど、本当だね」
「私、ジュールより年上だと思う」
「え?」
 少年は、自分よりも背の低い、妹のように思えてしまう少女を見下ろす。
「7月で11歳になったって書いてある。私、ハーフエルフ年齢なら12歳」
「本当? だったらごめんなさい。僕、自分よりも年下だと思ってて‥‥」
「大丈夫」
 再び頷き、少女は掃除を再開した。それを横から覗き込むようにして、少年は返してもらった手紙を再度渡した。
「これ、預かっててくれますか。それで‥‥アンジェルさんから、お兄さんに渡したい物とか‥‥それか伝言があれば、僕、もらっておきます」
 少女は手を止め、素直に手紙を受け取りながら少年を見上げた。
「‥‥お花」
「お花?」
「お花は元気ですか、って」
「‥‥それだけ?」
「それだけ」
「‥‥うん、分かった。伝えるね」
「渡したい物は、自分で渡せるようになったら渡すから」
「そうだね。そのほうがいいよね。うん。‥‥じゃあ、又、来ます」
 頷く少女と別れ、少年は店を出た。


「忘れ物は無いかい? ジュール。特に地図とお金は分割して持っただろうね?」
「大丈夫です、先生。それに、ちゃんと人に道を訊く事も出来ますよ」
「誰でもいいってわけじゃない。一目見て、相手の良し悪しを見抜く術は若いうちには無理な話だ」
「先生。僕1人じゃないんです。バフールさんも一緒ですし」
「子供が2人だから尚更心配なんじゃないか」
「バフールさんはもう13歳ですよ?」
「何でこんな時に限って教会所有の舟が全て出払ってるんだろうな‥‥。前からこの日だと分かっていたはずなのに」
「先生。みんな、大事な仕事でも歩くことが多いって言ってました。馬や馬車や舟を使うなんて、見習いがする事じゃないって」
「まぁそれはそうだが」
「だから大丈夫です。僕、頑張りますね」
 頑張って何とかなるものなら苦労はしない。エルフの神聖騎士は心の中で呟いて、軽く息を吐いた。
「大体、見習いが見習いだけで書状を持って遠出する事のほうがおかしい。‥‥全く、あの男の考えることは分からん」
「先生、先生。あの‥‥仲良くしてくださいね?」
「分かっている。‥‥仕方ないな。最後の手段だと思っていたが‥‥」
「‥‥はい」
「冒険者ギルドに既に話は通してある。ギルドで待機してもらっているから、冒険者と一緒に旅に出なさい」
「えっ‥‥」
「迷惑を掛けんようにな」
「はい!」
 一瞬にして破顔した少年が、うきうきと飛び出して行くのを見送りつつ‥‥。多少過保護気味の神聖騎士は軽く溜息をついた。


『仕事内容
 シャトーティエリー領、マルティルの村にある神聖騎士団、『白の花盾』の教会に使わされる見習い神聖騎士達の護衛。片道徒歩で3日から4日ほどかかると思われる。食費及び宿泊費は後ほど清算するので申し出る事。その他諸経費についても善処するが、移動の利便性を見習いに教える事の無いよう、徒歩での移動を推奨する。護衛対象は見習いである為、くれぐれも自堕落な言動で惑わさぬよう、重ねて依頼する』

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

アフィマ・クレス(ea5242)/ アニエス・グラン・クリュ(eb2949

●リプレイ本文


 その日、パリの門前に彼らは集まっていた。
「『白の誓約にその人あり』と詠われたベルトラン卿も、意外に心配性だこと」
 2人の見習い騎士に注意事項を繰り返している男を見ながら、セレスト・グラン・クリュ(eb3537)が呟く。それを聞きつけて彼は苦笑した。
「ジュールさんのお師匠さんは心配屋さんなんですね。僕らも‥‥でしょうか」
 それを見ながらくすりと笑うのはミカエル・テルセーロ(ea1674)。その隣で、馬に見習い騎士達が持ってきた寝袋等を乗せているのは陰守森写歩朗(eb7208)だ。荷に抜けが無いかしっかり確かめている。
「師匠殿。こちらの方針としては、基本的に道中の判断は二人に任せたいと思うのだが‥‥」
 ライラ・マグニフィセント(eb9243)は、ベルトランから再度注意事項を聞きつつ自分達の考えを述べていた。
「あ。お師匠様‥‥」
 そんな2人に、やや緊張した面持ちで手に小さな包みを持った娘が近付く。
「初めまして、お師匠様。私は‥‥シェアト・レフロージュ(ea3869)と申します。あの‥‥これを、ジュールさんに‥‥」
「ジュールに?」
「初めてのお仕事の記念と、それから‥‥誕生日のお祝いと。お師匠様から渡していただけますか?」
「貴女が渡したほうがきっと喜ぶ」
「お仕事から戻ってから‥‥お師匠様の手から‥‥では、いけませんか?」
 不安げなシェアトの表情に、ベルトランは固い表情を崩して頷いた。
「話に聞いてはいたが、存外貴女達も心配性だな」
 自分への視線も感じ、ライラも苦笑する。
「あたしが一番甘やかしそうだから気をつけるさね」
 そんな彼らの前方では、少年の1人バフールが別の神聖騎士に荷を確かめるよう言われており、もう1人の少年は。
「じゃ、アフィマ。行ってきます」
 想い人に挨拶をしていた。
 そうして、彼らは朝日に向かって歩き始めた。


 パリから長く伸びた道を、彼らは風景を楽しみながら歩いていた。連れている馬は2頭。驢馬が1頭。彼らの上空を隼が通り過ぎては時折戻ってくる。そして足元には1匹の犬。馬を連れていながら騎乗せずに歩く冒険者達も珍しいが、それも見習い騎士達の修行の為だ。馬に乗って楽をして目的地に着き、また馬でパリに戻ってくる。そんな旅では彼らを鍛える事など出来ない。
 普段は急ぎ走る道も、のんびりと進む徒歩の旅では違って見える。道の両脇に広がる小麦畑は茶と金が交互に重なり、時折風に包まれて波打つふうが歌のようだ。
「懐かしいですね」
 歩む速度は子供には遅いと言えない。という事はパラのミカエルも歩調を合わせて歩くのは大変なはずなのだが、そこは鍛えられた冒険者。涼しい顔で遠くの空を見つめている。
「僕が冒険に出たのも12歳位の頃でした」
「俺も12の時だったぜ?」
 ミカエルの隣を何故か嬉しそうに歩いているバフールが、即座に反応した。それへと微笑を返しながらミカエルは続ける。
「初戦闘でおろおろしていたら、『生き残りたきゃ頭使え』って蹴飛ばされた事もありましたっけ‥‥」
「‥‥凄く落ち着いて見えるのに、ミカエルさんでも最初はそうだったんですか?」
「誰でも最初はそうかもしれませんね。そうやって、蹴飛ばされて成長していくものなのかもしれません。‥‥あ、お2人は神聖騎士の鍛錬中なのですから、そんな事は言いませんよ? 騎士の心得や訓練は僕は分かりませんし‥‥セレストさんがみっちりやって下さる予定らしいですから」
 にっこり言われて2人の少年はセレストへと振り返った。その視線を受けて彼女も微笑む。出発前に、彼女にも12歳の娘が居てみっちり(?)育てた話は聞いている。独身時代の僅かな期間に、彼らが属している『白の誓約』に居た事もあると告白され、2人は固まったものだ。彼らの母親と同じ年頃の年上の女性で尚且つ先輩であったともなれば、彼らの中でセレストがどんなイメージになっているのか想像はつく。
「‥‥こっち、かな」
 どの方向へ向かうか、休憩の頃合、場所‥‥あらゆる判断を2人にまかせて彼らは道を進んでいた。勿論、危険な決定をした場合は止めに入って理由を説明するつもりだし、助言も行うつもりでいる。2人の少年の関係というのは始めから想像通り歴然としていて、バフールの決定にジュールが従うという形を取っていた。『もっと自分の意見を言えるように頑張って!』という心の応援はあったかもしれないが、騎士である以上、上下関係は付き物だ。この関係は間違ってはいない。間違ってはいないが。
「あ。あの宿がいいな」
 セレストはシャトーティエリーまでの道の治安は不安定だと判断している。道中何度も地図で集落や村の位置を確認させて、野営は極力しないよう余裕を持った速度で進むよう告げていた。その辺りは基本的に皆も同じだ。というわけで、最初の夜にバフールが選んだ宿は、その町でも実に上品で高級そうなもので。
「本当にここでいいんですか?」
 ミカエルに尋ねられていた。
「俺の家じゃこの程度は当たり前だけど?」
「仕事と家が同じだと思う?」
 セレストの笑みに何かを感じたのか黙り込んだバフールに、シェアトがそっと近付いた。
「‥‥お2人は神聖騎士ですから‥‥教会に泊めていただければ、きっとお師匠様もお喜びになりますよ?」
 その町の教会は、それなりに立派な建物だった。パリから来た見習い2人だけでは良い扱いを受ける事は無かっただろうが、何せノルマンでも有名な冒険者や、格を感じさせる神聖騎士。戦闘馬は連れているし、
「先ほど釣ってきた魚さね」
「食事番の方が宜しければ、自分が引き受けますが」
 ライラや森写歩朗が教会で自分達が出来る事を申し出ていたので、丁寧な扱いを受ける事となった。
 教会に泊めてほしいという旨は少年達が教会の者に頼んだが、それ以外は大人達が立ち回っていたので、楽な初日を送った見習い達だった。


 翌日も、その翌日も、彼らは村の教会で泊まる事になった。
 初日に丁重な扱いを受けてしまったので、まずは大人が姿を見せる事なく子供達に交渉をまかせる。彼らが見習いである事は、同じ『白』の神官達ならば分かる事だ。しかし本人達の口から見習いである事を述べさせる。そして一夜の宿を借りたい事、他にも連れがいる事、礼に奉仕活動に取り組む事などを言わなければならない。
 バフールは少々プライドが高く、見かけで物の大小を判断する癖があった。貧しい教会で自らが働く事を嫌い、朝晩のお勤めのみ参加するという具合である。対して、ジュールは他の教会に泊まるのは初めての事だった。彼も出自の贅沢さはバフールと変わらない。坊ちゃん育ちで貧しい人の事は分かっていない。だが、目新しい事には常に興味があった。
「陰森さん。このスープは、先ほど森で捕った鳥ですか?」
「えぇ。この野草と合うんです」
 実際の料理の腕はセレストのほうが上だが、森写歩朗は頻繁に厨房に立つ。
「質素でも、必要最低限の食材で美味しい物にする事。そしてそれを皆で食べる事は、ささやかな楽しみだと思うのです」
「はい。僕もそう思います。みんなで食べると楽しいですよね」
 教えて貰いながらジュールも手伝う。
 一方バフールは、空き時間を専ら剣の修行に費やした。
「俺はほんとはナイトになりたかったんだよな。でも親父がうるさくてさ」
「親か‥‥。バフール殿もそれなりに苦労されたのかな」
 相手はライラが務める。
 時には少年2人の相手をセレストや森写歩朗が努める事もあった。剣を扱う者ならば、すぐに2人の差は見て取れる。力が弱く平凡な技量しか持たないジュールに比べて、バフールの剣筋は悪く無い。力もあるし、剣の稽古は至って真面目。ただ、他の部分が少々怠惰なのが神聖騎士としては多大に問題なわけだが‥‥。
 ライラはジュールの成長と事情を見てきただけに、バフールに対しても思う所がある。ナイトを強要され続けたジュールと、今尚神聖騎士の道に進む事を求められているバフールと。そんなバフールを見ていると、どうしても強く言えない部分もあって‥‥。
「姉。あたしはつくづく甘いのかもな‥‥」
 洗濯物を取り込んでいるシェアトに思わず呟いてしまうほどだった。
「ふふ‥‥そうですね。でも、何が自堕落か‥‥難しいです。誰かにとって怠慢でも、他の人にとってはそうでも無かったり、人によってそれぞれですから。でも‥‥自戒も込めて、自分の行動を振り返る機会を少しでも作れるなら‥‥」
 彼女の言葉は歌声のように流れる。教会の屋根から鳥が音を立てて飛んで行くのを見ながら、ライラも頷いた。
「失敗しても、それを省みて生かす。教えて行けたらいいさね」

 教会に泊めて貰った礼に、毎朝シェアトが賛美歌を伴奏するのも日課になった。最初は緊張していたシェアトだったが、少年達がすぐに喜んで歌いだしたので思わず顔がほころんでしまう。
「ミカエルさんはウィザードさんなんですよね? やっぱり本をたくさん読まれるんですか?」
 道中、ジュールは主にミカエルの話を聞きたがった。彼が自由に未来を選択出来たならば、恐らく進んだであろう道だ。
「読みますよ。読み物は知識の宝庫ですからね。学問の勉強は楽しいですから」
「いつも本って持ち歩いてるんですか?」
「えぇと‥‥そうですね。今回は‥‥『万葉集』だけを。ジャパンの歌集ですね」
「‥‥歌集?」
「休憩時間に読みましょうか。ジュールさんはジャパン語は?」
「いえ‥‥僕は、ラテン語とゲルマン語しか」
「では、少しの時間ですがお教えしますね」
 ミカエルの笑顔にジュールも満面の笑みを浮かべる。
「あなた達の目指すものは、どういった騎士ですか? 勿論全てを極める事が一番でしょうが、当面の目標は?」
 一方、2人の少年が大人達に試される事もあった。言動だけではなく、その資質と思考を。森写歩朗が問うたのもその中のひとつだ。
「俺は剣で誰にも負けないようになりたい」
 即座に答えたのはバフール。彼は大抵迷いが無い。
「僕は‥‥強くなりたいです。体も、心も‥‥。誰かを守れるほど強く」
『なれますよ』と思わずにっこり微笑んで言いかけた人々も居たが、そこは耐えて黙っておく。
「じゃあ、騎士と神聖騎士の違いは何だと思う?」
 娘にもした質問だけどと前置きして、セレストも問うた。
「騎士は国に仕えて、神聖騎士は神に仕える。騎士は剣の修行を山ほど出来るけど、神聖騎士は他にやる事いっぱいあって出来ない」
 やや不満げに答えたのもバフールだ。ジュールは一瞬だけセレストの目をしっかり見て‥‥それから視線を外した。
「僕は‥‥騎士になりたくなくて、神聖騎士になりました。力も弱くて剣で人を守るなんて無理だと思ったから‥‥。でも神聖騎士なら、神から頂いた力で人を守る事も出来るかもしれないと思いました。神の言葉を伝えて人を救う事も。僕は自分に自信なんて無いです。でも、いつもセーラ様が見て下さっているなら、お力をお借りして頑張る事が出来ます。僕を支えてくれる沢山の人もいます。僕はずっと‥‥人に助けてもらって、支えられてきました。騎士は、敵を倒し、人を守るもの。神聖騎士は、敵も味方も救おうとするもの‥‥だと思ってます、けど」
「そんなのクレリックだろ」
 あっさりバフールに言われて、ジュールは赤面する。
 だがこれらの問いで、2人の少年が幾分仲良くなったように‥‥大人達には見えた。


 マルティル村の中央に教会が建っていた。神聖騎士団『白の花盾』が本拠地とする場所だ。シャトーティエリー領には他に『白の紋章』も存在し、『白の誓約』も元はこの領地に本拠地を構えていた。
 見習い達は相当緊張した面持ちで、その教会に入った。騎士団の団長は女性で、見習いと付き添いの労を労い、書状を受け取った。中身を見たか? という質問もされたが、見習い達は慌てて首を振る。書状の内容について皆に明かされる事は無かったが、見習い達が退出した後に『見習いが必ず通る訓練のひとつ』とだけ告げられた。その態度から察するに、内容には大した意味は無いらしい。
「しかし、こんなに多くの付き添いがつくとはあまり前例がないな」
 という苦笑を貰いつつ、大人達も教会を出た。
 教会で泊まる許可は得ていたが、ジュールは家族と会う事も教会側に伝えていたらしい。夕方のお勤めまでに戻る事を約束して、村の端にある兵舎へと向かった。ついて行ったのは保護者代わりのシェアトとライラ。セレストとミカエルは、バフールを村見学に誘っている。森写歩朗は、毎晩の日課となっていた酒場での情報収集に出かけていた。夜盗やモンスターの類、或いは付近の不穏な気配の情報を得る為である。そういった物が出るところは避けるよう道を選んでいたのだ。
「レオン殿、久しぶりさね」
 以前、一度だけ会った事があるライラが真っ先に挨拶すると、金髪の青年はにこやかに微笑んだ。それを見て固まっているジュールの肩に、そっと後ろからシェアトが手を置く。
「ジュールさん。お兄様ですよ」
 囁かれて、一層ジュールは硬直した。それへと青年は戸惑う事なく歩み寄り。
「来てくれてありがとう。不甲斐無い私でも兄と呼んでくれるなら、私に出来る事ならどんな事でもしたいと思うよ」
 膝をついてそう告げた。
「あ‥‥の。ジュール、です。初めまして、お兄さん」
「初めまして、ジュール」
 少年は、何故か泣きそうになる思いに捕らわれた。そっと後ろで支えてくれた女性が少し離れたのも感じ取って、唇を噛みしめる。いつでも優しい人に逃げてはいけないのだと彼は思った。
「あの、アンジェルさんから伝言が。『お花は元気ですか』って」
「あぁ、元気だよ。ありがとう、彼女の様子も見てきてくれて。でも、今日は君の話が聞きたい。聞かせてくれる?」
「はい」
 兄弟の会話を見守りつつ、シェアトとライラは胸を撫で下ろした。ジュール同様どこか緊張していた2人だったのだ。
 それから兄弟は様々な話をしたようだった。帰りに、シェアトがそっとレオンに話しかける。『両親に手紙を差し上げて欲しい』と。レオンが選んだ道は間違っていない。けれども、彼がいつか戻ってくる事を待っていると思うのだ。レオンもそれには頷き、近い内に家を訪ねるつもりだと告げた。
 ジュールは、自分の荷の底からレオンに渡す物を出そうとしていた。その手が止まる。
「人形ですか?」
 そっと尋ねたシェアトだったが、ジュールは慌てて人形に挟んであった木片を手に取った。
「アフィマだ‥‥」
 少年は呟き、人形を見つめる。そこに書いてあった字を見つめる。アフィマがいつの間にか荷の中に忍ばせておいた人形。泣き出してしまった少年を、大人達は慌てて慰め始める。

 そして彼らは村を出た。
 旅の中で、少年達は少し大人になったようだ。夕陽に向かって歩きながら楽しそうに話す少年達を見て、冒険者達も微笑むのだった。