【収穫祭】橙分隊結婚計画〜色気より食気〜
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:10月13日〜10月18日
リプレイ公開日:2007年10月20日
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●オープニング
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収穫祭。1年に1度しか来ないその祭りは、実りを感謝して行われる神聖な儀式でもある。
人々は今年収穫した収穫物を持って神に捧げ、それを飲食し、踊り歌い、神に感謝の意を示す。あらゆる町や村で行われているが、それらは各々独自性を持ち、場所が違えば多少中身も変わるのが普通だ。
中でもパリはノルマンの都であり、王が住まう王宮がある、まさしく国の中心。多くの人々がその喜びを分かち合い、賑やかに華やかに祭りを盛り上げる。通りを挙げて何かを開催する者達も居れば、ノルマンの各地からやって来る人々の演芸を観たり、久々に会う友と飲み明かす者もいる。そうでなくても、比較的最近まで、預言の暗い影がパリを覆っていたのだ。今もまだ解決しては居ないが、人々は何かから解放されたかのように盛り上がっている。
今年のパリ収穫祭は、例年よりも少々長めに開催されるという話だった。
それに併せて、王宮内で行われる収穫祭でも何かがあるらしい‥‥という噂もあった。一般人がその行事に参加する事はまず無いが、ノルマンの各地からお偉い人がやって来たりする事もある‥‥らしい。馬車が続々と到着し、まるでノルマン国王の后を決める宴であるかのように、着飾った者達が王宮内に招かれて行く‥‥とか。或いは巡礼者達が聖地にたどり着いたかのように、ぞろぞろと列を成して王宮内の教会に集合する‥‥だとか。それとも実は、とてもでは無いが民に見せる事が出来ないような、別の意味でのステキ祭りになってるんじゃないか、とか。
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そんな噂の渦中にある‥‥とは言えなくもない、ここは騎士宿舎。
一般騎士とは明らかに違う優雅な部屋で、騎士の1人が呟いた。
「‥‥聞いたか、あの噂」
美しい模様が彫刻された小さなテーブルの向こう側に座っていたもう1人の騎士は、視線を受けて顔を上げる。
「‥‥あぁ‥‥あれか」
「もう、これ以上待っても良いということは無いはずだ」
「しかしな。本人にその気が無いのではどうしようもあるまい?」
手に持っていた羊皮紙に再び目を落とし、静かに銀髪のエルフの騎士が告げた。最初に話を切り出した黒髪の人間の騎士は、軽く溜息をつく。
「だがな‥‥。王城内での収穫祭。必ず今年も言われるぞ。『そろそろご結婚されては』と。その度に『結婚する理由は、子を設ける事のみ。弟が領地は継ぐだろうし、今更結婚する理由も無い』とおっしゃる。この実りの季節に、その理由では‥‥」
「間違ってはいないがな。だが‥‥場が白ける事は確かだ。あの人はあまりそういう事を気にしないからな」
「なぁ、ギスラン。お前、結婚しろ」
唐突に言われ、エルフ騎士は眉を顰めた。
「お前が先だろう、お前が」
「いや、お前のほうが長生きだ」
「それはエルフだからだ。好きで長生きなわけじゃない。種族年齢から言えば、お前のほうが先に結婚すべきだろう」
「そうは言ってもな‥‥」
黒髪の騎士は、再度大きく溜息をついた。
「俺達は、考えてみれば皆、家督相続の第一候補では無いんだな‥‥。だからこそ、故郷を省みずに戦場に行ける。結婚する必要も無いと言える。残した領地も領民も、家族が守ってくれるからな」
「ブランシュ騎士団に属した時に、相続を放棄した者もいるだろう。だからか‥‥橙分隊で既婚者が少ないのは」
「ブランシュ自体でも‥‥分隊長にどれだけ既婚者が居ると思う。これだから陛下がいつまでも‥‥と揶揄されるのだ」
「国も、陛下も、家族も守る事は出来んよ。だから我々が妻帯する必要は無い」
「だがなぁ‥‥」
「そんなに言うなら、お前が結婚すればいいだろう? テオドール。遊んでいる娘の中から1人選べば良いだけの話だ」
「ちょっと待て。お前に言われたく無い。大体、貴族の結婚は、『今日の武器は何にしようかな』と選ぶ類のものとは全く違うぞ。家の一生も左右する‥‥おい、ギスラン」
呆れたように席を立ったエルフに、テオドールも思わず立ち上がる。
「この際、冒険者でも良いんじゃないか? 演技も上手い事だろうしな」
「‥‥偽装しろ、って言うのか?」
「神が赦すならば」
何か企むような嫌な笑みを見せて、ギスランは部屋を出て行った。
後に残されたテオドールは、多大に困惑した表情で立ち尽くし‥‥ややしてから、決心したように頷いて扉に手をかけた。
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その日、冒険者ギルドに、1人の男がやって来た。
「近い内に王城内で収穫祭が執り行われる事はご存知かと思うが」
男は上等な服を着ていたが、剣を帯刀しているだけで鎧は身につけていなかった。それでも相手が何者なのか、見る者が見れば分かる。
「ノルマン各地から様々な要人が集まる事になる。善き話も出る事だろう」
「要人護衛の依頼でございますか?」
ややせっかちなギルド員に問われ、男は目で相手を威嚇した。その視線を受けて、ギルド員は硬直する。
「話は最後まで良く聞くようにな」
「ももも申し訳」
「我らが国王陛下に正妃を、とは誰もが望む事なれど、陛下には陛下のお考えがあっての事。我々があれこれ言う事は道理では無い。だが、要人が集まれば自然とその話も出ようもの。貴族のご令嬢方々は、少々お年を重ねておられても陛下へのご挨拶をとお越しになるらしい。その分、警備が大変なのは言うまでも無いが、それが我々の職務であるから問題は無い。問題は‥‥」
「は、はい」
「色気よりも食い気を優先される方だ」
「‥‥は?」
「いや、失言した。忘れろ」
「は‥‥」
冷や汗が止まらないギルド員など気にせず、男は続ける。
「依頼はこうだ。1つ。『ブランシュ騎士団橙分隊長に結婚の素晴らしさを説く』。2つ。『ブランシュ騎士団橙分隊員の誰かを結婚させる』。3つ。『自らの子供を持つという素晴らしさを説く』。以上だ。要は、橙分隊長に『結婚しても良いかな』と思わせる事が出来れば良い」
「は‥‥しかし、それと分隊員様のご結婚とどう関係が‥‥」
「城を攻める時は、まず溝を埋めるものだ」
「は‥‥は‥‥?」
「我々も、王城内で1日中護衛を勤めるわけではない。王城内収穫祭の期間中、城外に出る事もあるだろう。場所にも依るが、内部に入れるよう取り計らう事も出来る。制限はあるが」
「‥‥では‥‥そのように」
「全てを5日やそこらでやれとは言わん。長期戦になる事は分かっている。聖夜祭までに分隊長がその気になれば良いのだ。‥‥頼んだぞ」
●リプレイ本文
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騎士団宿舎。
パリには様々な騎士団の宿舎があるが、ここはその中のひとつ、ブランシュ騎士団の‥‥ではなく、赤鷲騎士団の宿舎だ。ブランシュ騎士団直属というよりも、橙分隊直属というか良いように使われているというか、まぁそういう騎士団なのだが、ここを『お食事会』会場とした理由はひとつ。
「他のブランシュ分隊には許可を取っていない。ご迷惑になると困るから」
というわけで、ブランシュ騎士団宿舎には入れてもらえなかったのだった。
今回の主役を招く前に、冒険者達は橙分隊員と会う事になった。つまる所の依頼人達だ。
「テオドール・ブラントームだ。宜しく頼む」
黒髪の人間が壬護蒼樹(ea8341)に手を差し出した。不意を突かれた蒼樹は辺りをきょろきょろしたが、自分より60cmは低いその男と少々困ったように握手をする。
「私はギスラン・アルヴァレスだ。君の事は少し憶えている。以前、我々と共にシャトーティエリー領に蟲笛を探しに行ったな」
銀髪のエルフはファイゼル・ヴァッファー(ea2554)を見て、そう告げる。
「アルノー・カロンと申します。分隊内では若輩者ですので皆さんの目に余るかもしれませんが、どうぞ宜しく」
分隊内では最も若いのだというその男は、憧れの騎士達に出会って緊張しつつもほわ〜となっているロラン・オラージュ(ec3959)を見て微笑んだ。
「ウェールズのライラだ。宜しくな。‥‥ところで、フィルマン殿が見当たらないようだが今回は‥‥」
ライラ・マグニフィセント(eb9243)が尋ねたのは、橙分隊副隊長の事だ。セレスト・グラン・クリュ(eb3537)も、その男からの依頼を受けた事がある。こういう面白そうな事には首を突っ込みそうなのだが。
「あぁ、あれか。あれは今パリには居ない」
『あれ』呼ばわりしたギスランは、赤いコートを着たエルディン・アトワイト(ec0290)と、ぱたぱた飛んでいるジュエル・ランド(ec2472)はさらりと目を通して、ライラの後ろに立っていたウィルフレッドに微笑みかけた。
「ご機嫌いかが、お嬢さん。貴女とは今年の冬に少し会ったね。フィルマンと木臼に乗っていた。あの時は少し妬いたものだ」
「おい、ギスラン。近付きすぎだ」
さりげなくウィルフレッドの隣に体を滑り込ませた男に、すかさずテオドールが声を飛ばす。
「分隊長に仲睦まじい姿を見せようと言う時に、貴婦人をエスコートするのは当然だろう」
「話は聞いているのだね。婚約者として演出すればいいのだね」
ライラの友人は他にも来ていた。美沙樹は婚約の擬装など出来ないから、テオドールが腹を括るなら本当に婚約すると言う。あまりに大胆な言葉にテオドールは言葉を失い、急には決められないから今回は待ってくれと呟いた。
「‥‥母様。まだ、再婚なさらないで下さいね?」
そんな彼らの姿を見ていたアニエスは、セレストが作り上げたヴェールとリングピローを受け取りながら少し切ない表情で彼女を見上げていた。同じ年頃の子供よりは大人びた娘だが、時折子供らしい顔が見え隠れする。
ともあれ、『分隊長を結婚させよう計画』が始まった。
●
ブランシュ騎士団橙分隊長イヴェット・オッフェンバーク。
冒険者達の間では、『よく食べる人』として有名である。美味しい物が大好きで食に関しての関心も高く、モンスター料理を冒険者に作らせた事もある。そんな彼女を満足させる事が計画の一歩。満足すれば人の話も大らかな気持ちで聞きやすくなる。
皆は各々別れて食材を買い集め始めた。収穫祭の季節、市場には様々な食材が並んでいる。セレストは鹿肉、林檎、梨、無花果などを買い込んだ。勿論『支払いは橙分隊へ』と告げて橙分隊の紋章を見せる。今年の取れたてワインに漬けて煮込めば良い料理になるだろう。神聖騎士である彼女には、貴族がどういった物を好むのかは大体分かっている。イヴェットが何でも手広く食べ過ぎるのであって、本来ならば彼女達のような位の高い者は地面に生えた野菜は好まず果実を食卓に望む。肉や魚の種類も細かく決まっているのが普通だ。イヴェットが何でも食べても、他の騎士達はそうは行かないだろう。その辺りを考えながら、彼女は宿舎の厨房で次々と料理を作って行った。
ライラはアルノーと共に市場へ出かけた。とりあえず交際しているフリをする話になっているが、心底気に入ったならば交際しても構わないとライラは考えている。話を聞いてみれば、アルノーは元々騎士や貴族の出ではなく、貧しい村に暮らしていたらしい。復興戦争の折に若年兵として戦場に赴き、目覚しい活躍を遂げたことから騎士の目に留まりカロン家の養子に入った。そのカロン家の当主は、同じ橙分隊に所属しているらしい義父を目指して日々鍛錬をしているのだと彼は笑った。
ロランは商売を営んでいる実家に戻って、旬の魚や野菜を運んでいた。新酒も厨房に運び入れる。
蒼樹は自分用の箸を作る傍ら、厨房内の力仕事を手伝っていた。宿舎は人間サイズで作られている為、彼には狭く感じるが、たくさんのご飯を食べる為に頑張っている。
エルディンはセレストと共に『食事会』の正式な誘いをイヴェットに渡していた。本来ならば侍従が受け取るのだが、彼女は構わずエルディンからのお土産も受け取って半分返す。
そんな中、ジュエルは王城に入る許可を貰って、王城内の中庭で開かれている『収穫祭』に参加していた。参加と言っても、あくまでバードとしてだ。秋の実りを祝う定番の歌、ノストラダムスの預言を退け、今生きている事の素晴らしさを歌うもの、そして恋の歌。
「小さな妖精さん。貴女はとても可愛らしいけど、道化は王城内に必要ないのよ。身の丈に合った場所で歌いなさいな」
しかし王城内で貴族相手に聞かせるには、技量が足りなかったようだ。彼らは達人技の芸人達が居る環境で生活している。貴族とは平気で嫌味を言うものだが、ジュエルはそれに耐えてその場所を離れた。
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夕方近くにイヴェットは姿を見せた。
「幸せです、凄く‥‥。あ、これは初めて見る‥‥あぁ、美味しい‥‥」
彼女が来る前から食べているのは蒼樹。騎士達が、皆で盛り上がっている所に入るほうが分隊長は喜ぶと言われ、1時間も前から箸を動かしていた。
冒険者達の他にも料理人達が腕を奮って出来上がった料理は、テーブルいっぱいに並べられている。
「イヴェットさん、お元気ですか〜! あ。これプレゼントです。キエフの珍味ですよ」
誰よりも先にアーシャがお土産を持って突進した。それまでは『ライラさんのご飯食べられるなんて〜』と感動していたのだが。
「それにしても驚きました。これ程までにお若くお美しい方だったとは」
胸に手を当て、さりげなく椅子を引いてイヴェットを座らせたエルディンが微笑した。出遅れたファイゼルが「あ」と言って止まったが、エルディンはそれが視界に入っているのか入っていないのか分からない表情のまま穏やかに話しかける。
「私が人間であったならば、貴女に求婚せずにはいられなかったでしょう」
このナンパ神官と誰かが口に出しかけて、他の誰かに止められた。最もエルディンは、イヴェットの見た目で若いと判断しているだけだったのだが。
「初めまして! 冒険者のロラン・オラージュと申します。お会い出来て光栄です」
そしてロランが紅潮しながら挨拶をした。又もや出遅れたファイゼルは、近くにあった皿をうりゃと取ってざらざらと中身を口に流し込んでいる。
その後にセレストとジュエルが挨拶し、ジュエルは楽しい歌を歌い始めた。ライラはアルノーの交際相手として登場し、アルノーにワインの入ったゴブレットを渡した後に、イヴェットにも差し出す。
「‥‥アルノー。お前、分かっているのだろうな?」
ギスランは、ウィルフレッドを婚約者ですと紹介する事なく離れた所で語らっている。皆が不思議に思っていると、イヴェットは静かにアルノーに声をかけた。
「ご両親が大切に大切に大切に手塩にかけて育てたお嬢さんだ。万が一‥‥彼女を傷つけた場合は分かっているな?」
「は、はっ‥‥」
圧倒されて真実を述べそうになったアルノーを、慌ててテオドールが引っ張って行く。それを見送る事なく、何事もなかったかのようにイヴェットはフォークとナイフを手に取った。
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食事会が始まると、宿舎の騎士達も集まり始めた。皆、今回の趣旨は知っている。興味半分食欲半分プラス出会いを求めて、と言った所か。
王城では酷い事を言われたジュエルだったが、ここでは繰り返し歌を頼まれた。日頃訓練に励む騎士達は、ゆっくり時間を割いて歌を楽しむ暇も無い。中にはジュエルに人生相談まで始める者もいた。
「ん〜‥‥そやね。思い切って結婚したらいいんとちゃう? 子供の顔とかぎょ〜さん見たら、日頃の疲れとか吹っ飛ぶんやないかな」
話の中でしっかり騎士達が結婚するよう仕向けて行く。実際にその気になる確率は低いが、あちこちに声を掛けていけば誰かは引っかかるに違いない。
「やっぱ家庭は大事やと思うわ。でもいい加減な気持ちで結婚するのはやめといてや? 真面目に考えて貰わんと」
話しながら、彼女はイヴェットのほうをちらと見やった。
イヴェットの正面には蒼樹が座っていた。ひたすら嬉しそうに食べる彼に、イヴェットも楽しそうだ。こっちは美味しいか、とかこれは何が入ってるかなとか、食べ物の会話が繰り広げられている。2人の食べる量は尋常ではなく、テーブルの上の料理は見る見るうちに減って行った。
「無くなるのが早すぎるのさね」
「これは想像以上ね」
専ら厨房組となってしまったライラとセレストも大忙しだ。一方エルディンとロランは、イヴェットの近くに椅子を運び語らっていた。
「かなりの美食家とは伺っておりますが、私も最近依頼で刺身とジャパンの珍味を頂く機会がありました。もし宜しかったら、いかがですか? 今度是非ご一緒に」
にこやかに誘うエルフ白クレリック。燃えるような赤いマントが蝋燭の灯を受けて実に妖しげに揺らめく。
「エ、エルディンさん‥‥」
笑顔で給仕に務めていたロランがイヴェットの近くに座らされたのは、見張り役のつもりだったのかもしれなかった。皆に寛いで欲しい、楽しんで欲しいと裏方の接待役を務め上げるつもりだった彼は、困ったようにしかし緊張してそこにちょこんと座っている。
そうして、初日の『食事会』が終了した。
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食事会はそれから毎日続けられた。
毎朝市場に買出しに出かける者達も大変だったが、毎日食事会に付き合わされる騎士達も大変だった。何せ彼らの上役は、自分だけがたらふく食べる事を良しとしない。皆が食事に満足しているか、足りているかなどきちんと見ているのだ。食べていないと思われる者は呼び出して近くに座らせる。それは、給仕に徹しようとした冒険者達に対しても、楽器を奏でているジュエルに対しても同じだった。厨房にいる者達の所まで行くことは無かったが、後できちんと食事を取らせるようにと毎回言って帰っている。
イヴェットは蒼樹の事は大変気に入った様子だった。
「子供は良いですよ。小さくて柔らかくて‥‥生命に満ちています。姉の子でさえあんなに可愛かったんですから、自分の子なんて‥‥きっと僕、どうにかなっちゃうかもしれません」
「そうか。蒼樹には相手は居ないのか?」
「はい。こんな事してるから出会いがなくて‥‥」
笑いながら手が止まらない蒼樹に、イヴェットも笑顔を見せる。
「良いジャイアント女性が居ないか、探しておこう」
一方ライラは、アルノーと仲良くなってその姿をイヴェットに見せるべく、調理給仕の傍ら、忙しくアルノーとデートに勤しんでいた。
「貴女がアルノーで良いと言うならば止めはしませんが、あれはまだ騎士としても未熟者。貴女に釣り合う男ではありませんよ」
しかし、ライラとは以前に会った事があるからなのか、忠告をしてくる。
そんな中。
「何で上手く行かないんだ‥‥?」
何とかイヴェットと2人っきりになろうとしていたファイゼルは首を傾げていた。
「ま、まさか‥‥アナスィの呪いか?!」
一方的に彼を『しもべ』認定した女が浮かび、慌てて辺りを探すファイゼル。
「あまり元気が無いようですね」
だがそこに、イヴェットがやって来た。これぞ好機とばかりに外に連れ出そうとしたファイゼルだったが、騎士が羽目を外さないか見張らなくてはと断られる。仕方なく裏庭に出て、以前に買ってきた肉料理を差し出した。さっきまで山ほど食べていたのに受け取るイヴェット。
「好きな男が居るかと直球で聞くべきだったな」
以前彼は、イヴェットに尋ねた事がある。気になる奴はいないのかと。
「『とある村に1人の少女が‥‥少女の親とは思えないごつく勇ましい傭兵の父親と、彼が拾ってきた平凡な少年と3人で暮らしていました』」
ファイゼルはイヴェットに話し始めた。少女と少年は恋に落ちたが、少女は治らぬ病に侵されていた。大人になるまでに失われる命。寝たきりとなった少女が際に願ったのは、自分自身の子供。
「『母さんから教えて貰った事を、私が私の子に教えたかったな』」
それは生きる者が望む必然。後に残したいと望む心。
「それは、貴方の昔話ですか?」
問われて彼は曖昧に笑った。
「何かをしていても、ふと思い浮かべて気になって、他の異性と居るのを見ると気になってむかむかするような人。それが好きって事かもな。‥‥その相手が俺なら嬉しいが」
「さっき、セレスト殿に言われてね」
彼女はファイゼルから目を逸らし、歌が聞こえてくる部屋を見つめた。
「彼女が私だったら、陛下の為、后となる方の為に結婚するんだそうだ。私はブランシュ唯一の女性分隊長であり、陛下に最も近しい。妃殿下のお話相手となるべき者であると。これから妃殿下におなりになる方は、様々な苦境を迎える事になるかもしれん。陛下は失礼ながら、御体に患いがお有りになる。皆も知っているように。‥‥私は、その折には妃殿下の事を第一にお守りせねばならないだろう。御子となるお方も。『相談役』であれと言うのだよ、セレスト殿が。結婚し同じ夫を持つ妻として、妃殿下の御心までもお守りせよと。女である私にしか、出来ない事だと」
何とも返せず黙るファイゼルに、彼女は話を続ける。
「私は幼少時から、女であるより騎士であれと言われて来た。だからセレスト殿の言う事はよく分かる。妃殿下に陛下以上にお仕えする事も騎士の道だ。セレスト殿も言ったよ。私が夫よりも忠誠を重んじる事。それを認める者でなくては夫には出来ないだろうと。私もそう思う。貴方はどうだ? 貴方はそれを、赦せるか?」
黒い双眸が正面から男を見据えた。
女が恋愛など始めから重視して居ないことを、その時男は深く知ったのだった。