悪魔は嗤う〜森〜
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:12 G 67 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月27日〜11月05日
リプレイ公開日:2007年11月06日
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●オープニング
その屋敷は、深い森の中にあった。
その森は、夜も昼も無く深い闇に覆われているようで、自らの居場所さえも掴めなくなるような錯覚を覚えさせる。全身を押さえつけるような深い霧に包まれれば、たちまち泥濘に足を取られ、この世の物とも思えぬ悪夢を見るだろう。
森の中に聞こえるは、不吉なざわめき。心洗われる鳥の囀りも、さやけし小川の流れも、緩やかに通り過ぎる風の囁きも。全ては遠い夢の如く、森を暗影と重厚な気配が支配する。人は常に、木々の隙間を恐れ、木に覆われた天井に怯え、自らの影に脅かされる。それはいつ終わるとも知れぬ、深く暗い世界。闇の淵を覗くが如く、ひたひたと心の泉に忍び寄る正体の知れぬ気配。森に入った者が、同じ姿で戻ることは2度と無いのだと。
そう、言われていた。
既に空は藍に覆われ、家々からは穏やかな灯が洩れ始めていた。
「‥‥冒険者ギルド‥‥でしょうか?」
ギルドから見えるセーヌ川の色さえ、深い深い青と灰が混濁した色をしている。
「えぇ。ご依頼でしたら表に回っていただけますか?」
「‥‥私は‥‥人が苦手で‥‥ここで‥‥」
そこは建物の裏手だった。暖炉にくべる薪を用意していたギルド員は、一瞬考えてから微笑む。
「分かりました」
声を掛けてきた男は黄土色のローブを着ていた。同色のフードを被り下を向いている。声は細く、耳を澄まさないと聞き取れないほどだ。その服の汚れ具合から貧しい暮らしをしているであろう事は見て取れる。ギルド員は椅子を外に持って出て、男に勧めた。
「依頼を引き受けるには、冒険者に支払う報酬が必要となりますが、依頼の内容次第です。何かお困りでしたら、お聞かせ下さい」
「‥‥お金は‥‥これだけです」
男はギルド員に革袋を手渡す。中を開いて枚数を確かめ、ギルド員は頷いた。
「充分です。熟練した冒険者を派遣する事が出来ますよ」
「‥‥娘が、領主様のお屋敷に呼ばれ‥‥帰ってきません」
ぽつりぽつりと男は話し始める。
「‥‥気立ての良い娘でした‥‥。領主様は、いつまでもお若く‥‥時折村の娘を所望されます。‥‥ですが‥‥あの森の中にある屋敷からは‥‥滅多に出て来ません‥‥。領民から‥‥領主様にお伺いを立てる事は‥‥出来ません」
「何故です? 森に入るには道があるのでしょう?」
「道は‥‥あります‥‥。領主様が招いた‥‥客だけが‥‥通れる道‥‥」
「許可が無いと通ってはいけないと言う事ですね? その道を通れば罰せられると。ですが冒険者は通りますよ。恐らくは」
「‥‥気に入られたら‥‥大丈夫かもしれません‥‥。私は‥‥自信がありません‥‥」
「貴方が行く必要は無いと思いますよ。娘さんを助けに行く為に冒険者を雇う。それならば貴方は待っていて頂くだけで良いのです」
「森の道は‥‥曲がっています‥‥。案内人が御者をしなければ‥‥屋敷には着きません‥‥」
「曲がっていても、道があるなら馬車は動きますよ? 酷く細い道でないならば」
「‥‥着きません‥‥。森は‥‥霧で覆われています‥‥」
男は感情も込めずゆっくり淡々と話した。ギルド員は次第に苛々し始めたが、それをぐっと堪える。
「深い‥‥霧です‥‥。呪われた‥‥闇の森‥‥。不気味な声が聞こえ‥‥恐ろしい唸り声が聞こえ‥‥心の弱き者は‥‥その音だけで‥‥気がおかしくなります‥‥。私のように‥‥森の道で馬車を走らせる‥‥者しか‥‥道を行ける者はいません‥‥」
「では動物はどうです? 馬ならば目的地に着けるのでは? 冒険者は実に優秀なペットを連れています。空から舞い降りる事も」
「‥‥動物は‥‥本能に忠実‥‥です。危険から‥‥逃げます‥‥。森の奥には‥‥入りません‥‥。霧は‥‥空に届くような‥‥果てしない霧に‥‥見えます‥‥」
「冒険者にはあらゆる魔法もありますよ。それらを駆使して、たどり着く事も出来るでしょう」
「魔法の事は‥‥分かりません‥‥。あの森に‥‥馬車無しで入った‥‥者が‥‥出て来た事は‥‥ありません‥‥」
「分かりました。霧以外にも危険な何かが森には潜んでいる。けれどもその森の中の屋敷に領主は住んでいて、そこに貴方の娘さんが居る。そういうことですね?」
「‥‥」
男は僅かに身じろぎした。ギルド員は軽く息を吐き、闇に覆われた街並みに目をやる。
収穫祭のこの季節。パリは昼夜問わず賑わい、裏路地であってもバード達の歌声や人々の騒ぎ声が聞こえてくるくらいだ。だが、不思議と今は静かだった。空は星ひとつ無く、厚い雲に覆われて濃い灰色で埋め尽くされている。
「‥‥雨が‥‥降るかな」
陰鬱とした気分になるのを晴らすように、ギルド員は関係ない事を呟いた。そうでもしなければ、自分がこの目の前の男に押し潰されそうだった。
「‥‥では、貴方は冒険者が乗る馬車の御者をして、その屋敷に向かう。領主との交渉は冒険者に任せる。そういう事ですね?」
男は黙って頷く。そして立ち上がった。
「‥‥7日後‥‥馬車を持って‥‥来ます‥‥」
そう告げると、男はゆっくりと去って行った。
男は馬車に乗っていた。
暗い夜道を、小さなランタンが棒の先に引っかかっているだけの馬車が、かたかた動いている。
「たっ‥‥」
突然、馬車の脇から何かが飛び出して来た。
「助け‥‥」
馬車は止まったが、飛び出して来た物体はそのまま道に倒れ伏した。そしてその奥から、低く唸るような‥‥冷たい風のような音が重なって聞こえて来る。
「‥‥」
男は再び馬車を動かした。倒れたものも、森の奥も見ようとはしなかった。ただ真っ直ぐに。道を進んで行く。
「聞いた事がある」
同じ頃。男から依頼を受けたギルド員が、先輩ギルド員に相談をしていた。
「閉鎖された森の中に屋敷を持ち暮らす領主。そして閉鎖された村々。小さな領地だが中の様子は窺い知れない」
「閉鎖された領地‥‥? そんな馬鹿な。そこに人が住んでいる限り、集められない情報なんて無いでしょう?」
「このノルマンで、どれだけ危険地帯があると思う? 過去に平穏だった場所でも、侵食されている所はあるじゃないか。あの領内には、入れないわけじゃない。だが元々貧しい場所なんだ。土も良くない。川は遠い。領地の外枠を森に囲まれている所為で、旅人や商人がそこに領地がある、村がある事にも気付かないくらいだ。その森を抜けると幾つか村があるらしいが」
「つまり‥‥森の中に森がある、と? その森の中の森に領主が住んでいる‥‥。あれ。でも立て看板くらいはあるでしょう。そこに領地があるなら」
「それが無いんだよ。領内に馬車が入れるただ1本の道も、妙な場所にあってな。見つけにくい。人が歩けるくらいの細いけもの道はあるかもしれないが、正直通る気にはなれんな」
「霧があるから‥‥ですか?」
「それもある。だが領地の外を覆う森は霧が出ても濃くないとは思うがな。領内自体をすっぽり覆うような霧が出る時もあるって話だ」
「‥‥危険、ですかね?」
「‥‥さぁな。資料が無い。何とも言えんが、依頼人の話からすると領主が住む森の中は危険なようだな。そんな森の中にあって領主が無事だという理由はよく分からんが」
「‥‥」
2人は黙り込んだ。
その沈黙は、嫌でも不吉な予感を漂わせる。確かに依頼内容は真っ当な物なのに、どうして陰鬱な気分にならなければならないのだろうかと、ギルド員は溜息をつくのだった。
●リプレイ本文
●
領地の外側を囲む森を通る道は、辺りの地理に詳しい者でなければ見つからないような、辺鄙な場所にあった。
「なぁ‥‥。この森と中のは『同じ』森なのか? この領地は‥‥元々あった森を切り開いて、今の円状になったのか?」
森に入る前に鼻と口を覆うようにして布を巻いたウリエル・セグンド(ea1662)が、御者席に座っている依頼人に尋ねる。彼は、分からないがそうかもしれないと告げた。
「では、生きて出て来た者は無いと伺いましたが、遺体も見つかっていないのでしょうか?」
次に尋ねたのはテッド・クラウス(ea8988)だ。だがそれにも男は分からないと答える。
元々冒険者達はこの依頼人を信用していない。感情の全く見えて来ない言動は、まるで死者のようだ。
「調べるなら馬まで調べとけよ」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)がパリを出る前に、男に聞こえないよう皆にそう言ったのも、ナノック・リバーシブル(eb3979)が依頼人にデティクトアンデッドをかけたのも、何かが起こってからでは困るからだ。尤も、その魔法も石の中の蝶も反応は無かったのだが。
森には薄い霧が広がっていた。森を越えて平地に出ても霧は広がっている。
「‥‥煙が見えますなぁ」
ぱたぱたと羽を動かしながら、マリス・エストレリータ(ea7246)が目を凝らした。薄い霧の中、遠くに集落があるのはかろうじて見えるが、マリスは小首を傾げる。
「‥‥煙の出方がおかしいですじゃ。何本も上って‥‥焼畑ですかの?」
「‥‥何?」
馬車の中でバックパックにもたれ掛かっていたロックハート・トキワ(ea2389)が、素早く身を起こす。
「見に行きましょう」
シクル・ザーン(ea2350)が依頼人に声を掛けたが、男は首を振った。この馬車は他の所には寄らない。別の場所に行きたいなら馬車を降りてくれ、と。皆が不審の目を向ける中で、1人ペガサスに乗っていたナノックが頭上から声を投げた。
「何か来るぞ」
「あれは‥‥モンスターですじゃ!」
マリスの声に、皆は馬車を降りて戦闘態勢を取った。
●
それは、領地のほぼ5割を占めるという中央の森の近く。敵は村の方角からやって来た。
「オーガか」
シャルウィードが呟く。敵は全部で10体。近付くにつれ人間の手足を背負っている事が分かる。赤褐色の肌のオーガが9体。褐色の肌の、他より大きなオーガが1体。敵が近付く前にナノックのホーリーフィールドが2度掛けられる。1度では全員に行き届かないからだ。次いでマリスの全身が銀に輝く。敵の1体がその場に倒れ伏した。そして敵が充分に近付く前に、シクルの腕が伸び始める。
「悪しき者には死を!」
凄まじい音が前方目掛けて飛んだ。3体のオーガは見えない攻撃を受けて歩みを止め、それへと再度マリスのスリープが飛ぶ。
「‥‥赦さない」
風を含んでウリエルの外套が浮かんだのも一瞬。腰を落として敵の一点目掛けて剣を刺し込む。声にならない声を上げた仲間に怒りの声を上げた横手の敵が、ウリエル目掛けて剣を振り下ろした。
「後ろは、まかせて下さい」
それをテッドの剣が弾き返す。確実に攻撃を当てていきながら、テッドは敵を圧倒した。
乱戦になった為にソードボンバーを使えなくなったシクルの死角を補うように敵へ飛び込んでいるのは、ロックハートだ。戦闘中も自然忍び足で敵の背後に寄り、確実に効果のある場所から攻撃を仕掛ける。敵は彼の動きに翻弄されて次々と倒れて行った。
だが、雑魚の後方には敵を指揮していたオーガが居た。
ペガサスに乗ったナノックが上空から剣を突き下ろす。それをサポートするように敵の側面からシャルウィードが剣を振った。マリスのスリープやチャームはボスオーガには効かなかったが、彼女が確実に雑魚を眠らせて行った為、すぐに皆はボスに対峙する事が出来た。皆が揃えば敵の強さはさして問題ではない。たちまち血の海に沈んだ敵を確認した後、皆は転がっている人であったものの四肢を拾い集めた。
「村で供養を」
戦闘中も馬車の中でじっと待機していた依頼人は、村に行く事を拒否する。『馬車』でなければ『森』に入れないと思う冒険者達は、結局そこに手足を埋めて、彼らの安らかな眠りを祈った。
●
馬車は森へと入った。
ペガサスが森に入る事を拒否した為、ナノックは犬と共に馬車に乗り込んだ。ペガサスは飛べるから良いが、犬を置き去りにするわけには行かない。
霧は、森に入る前から色濃く広がっている。この領地の周囲を囲む森は、背後に山が広がっていた。どこまで続いているのか全容の見えない霧だが、魔法を使える者は一通りの抵抗魔法を掛けて臨む。馬車が走る細い道は、両脇から覆いかぶさるようにして広がる枝に天井さえも塞がれ、昼でも薄暗い上に濃霧で視界の悪さは尋常では無かった。馬車の先に点けたランタンの光だけが、ぼうと前方を照らす。
「臭いが気に入らないな」
森に入る前、一言シャルウィードが呟く。そしてウリエルを真似て布を顔に当てた。
「獣じゃなくたって分かるさ。ここが危険だってな。正直‥‥やばいね」
「危険な香り、ですか。不思議で不気味な場所ですが、行かないわけには行きませんね」
応えながら、テッドは依頼人の手綱捌きを観察する。進ませ方や針路の選び方で特定の馬車しか辿り着けない理由があると考えたのだが‥‥道は常に1本道だった。しかし、それは森に入ってすぐに起こった。
辺りが薄暗い闇に閉ざされる。ランタンを掲げて念入りに車輪を見ていたロックハートが、依頼人へと振り返った。
「‥‥車輪に亀裂が入ってる。あらかじめ傷を入れておいたな?」
馬車は森の中で止まっていた。車輪が壊れ動かなくなってしまったのだ。
「敵の攻撃や不意の事故では説明がつかない。傷が綺麗すぎる」
「‥‥何故、そんな事をしたのか話してくれますかの」
「‥‥娘が‥‥館に居るのは‥‥本当だ‥‥」
依頼人は怯えた様子も無く答える。馬車で行けば襲撃されて辿り着かない事が予測できた事。ならば徒歩のほうが良いだろうと言う事。自分だけが森の外で待っていては誰も森に入ってくれないだろうから、一緒に馬車で入ったという事。だが、彼は言わなかったし誰も問わなかった。粗末な格好をしている彼が、何故皆を雇えるだけの金を持っていたのかという事を。
依頼人を責めてる暇は無い。一旦森を出ても良かったが、近くに見えていた村はオーガに襲撃された後のように思える。馬車を借りる事が出来るかも怪しい。マリスは馬車を直したほうがいいのではないかと言ったが、直せるような壊れ具合ではなかった。
皆はバックパックを背負い、マリスの分は他の者で分担して持つ。
そして彼らは道に沿って奥へと歩き始めた。
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霧は一向に薄くならなかった。
どこからか聞こえる低く冷たい風の音に混ざって、確かに何かが唸る音が聞こえる。あらかじめ決めておいた者がランタンを持ち、ロックハートを先頭に彼らは注意深く進んだ。依頼人には森の外で待っているよう言い含めてある。連れて行って足手まといを抱え込むのは危険だ。
「‥‥少し寒いから‥‥ですかの‥‥。先程から体が重い‥‥ですじゃ」
弱弱しく飛んでいたマリスが息を吐いてシクルの肩に座った。
「‥‥気配がします」
テッドが横手へ目を向ける。そして剣の柄へ手を掛けた。
「‥‥来たか‥‥」
ナノックが武器をアンデッド用のものと切り替え、その足元でシーベリアが低く唸る。皆も態勢を整えた瞬間、森の中からズゥンビが出て来た。唸るような声を出しながら、次々と暗闇の中から脚を引き摺りながら近付いてくる。
「オーラパワーを」
テッドがロックハートに力を与えた。アンデッドの中には魔法の武器でなければ攻撃が効かない相手もいる。ロックハートは、周囲を見渡して敵の多さに呆れつつ両手のシルバーナイフを交差させた。
「‥‥随分‥‥趣味の悪い歓迎だな‥‥」
30体からなる腐肉の塊を積み上げるのは、少々気持ちが悪い。
「‥‥皆‥‥無事‥‥」
さすがに戦闘中に口布をして戦う事は難しい。息を荒げながらウリエルは仲間の数を確認した。
「‥‥マリス‥‥さんは‥‥」
辺りが暗い上に小さいと言えども、姿が見えないのはおかしい。皆も探し始める。
「‥‥ここに居る」
ぽてんとシフールが倒れていた。茂みを腹で抱えるようにして、彼女はぐったりしている。ナノックが拾い上げてランタンで照らした。息はある。熱もある。だが。
「マリスさん! しっかりして下さい!」
テッドが声を掛けても、僅かな反応しか返って来なかった。
「腕に斑点がある。‥‥アンデッドが毒を持っていたか?」
「噛まれて病気に?」
「解毒剤を持ってきました。飲ませましょう」
シクルがぱんぱんになって入っているバックパックの口を開き、彼女にそれを飲ませた。
「‥‥皆さん‥‥どうしたんですかの‥‥?」
意識が戻った彼女に皆は安堵し、荷物を持って再び歩き始めた。
だが、それは序幕に過ぎなかったのである。
●
それは、彼らの上に等しく降りかかった。だが、その結果は皆に平等では無かった。
道に沿って歩き続ける彼らだったが、森に入って半日も経たない内に、皆は自らの体調不良に嫌でも気付かされた。そして、その効果が顕著に表れたのはマリスだった。一度は解毒を施された彼女だったが、数時間で再び謎の発疹に見回れる。解毒剤が効かなかったのかと皆は思ったが、すぐにナノックの犬も同じ症状を出して倒れこみ、更にテッドとロックハートが体の重さを訴えた。それからは順番も何もなかった。
最も症状が軽いのはシクルだ。発疹も発生しなかったが、彼も倦怠感は感じている。次に症状が軽いのはナノックだったが、彼は自らのペットを背負わなければならなかった。彼の犬は、最早一歩も歩けなくなっていたのである。
「‥‥身長の無さを、これほどまでに恨んだ事が‥‥あったか‥‥」
ロックハートが思わず呟く。体格の良い者ほど効果が薄いように見えたからだ。
だが、解毒剤は確かに効いた。ロックハートも解毒剤は持ってきていたが、動物毒用の為使用は躊躇われた。シクルが持ってきた解毒剤は5本。慎重に使わねば全滅に陥る事だろう。
「‥‥ポーション飲んでも‥‥治らんわなぁ‥‥当然‥‥」
ポーションを飲む事で、発疹が治ったりはした。だが解毒剤を飲むほどの効果は無い。これが死に至る毒かは分からないが、どちらにせよ治らなければ‥‥殺されるだろう。この森に。
ゆっくりじわじわと。毒は彼らを蝕んだ。
「‥‥ベア‥‥アンデッド‥‥」
こういう時に限って、雑魚とは呼べない敵が出る。ウリエルは力を振り絞って剣を構えた。
既に、10体前後のクレイオーズにレイスにグール。50体以上のズゥンビを倒してきた。野営の最中に襲われた時もある。交替の見張りがここまで辛かった事があっただろうか。
「目が‥‥」
丸太のような腕がのろのろと上がって落ちてくるのを、ウリエルはかろうじて剣で受け止めた。目が霞んで敵の姿もよく見えない。
「‥‥シーベリア‥‥死ぬな」
犬を背負い続けていたナノックは、愛犬を犠牲にしない為にも自らの体を盾とした。両脚が深泥に捕らわれたように重い。
「マリスさん! しっかり!」
ほとんど意識の無いマリスを運ぶのはシクルの担当になっていた。だが何とか皆で熊とズゥンビ5体を倒したものの、テッドはその場に崩れ落ちている。既に、解毒剤は使い終えていた。
「‥‥シクル。光だ」
木の幹にもたれ掛かっていたロックハートが、それを指差す。
「‥‥行け。彼女を連れて。多分‥‥館だ」
「あたしが皆を守っておくさ」
毒の症状が軽い者でさえ、ポーションを全て使い切った今でも無傷ではいられなかった。
シクルは頷いてマリスを抱える。その小さな体を何としてでも救わなければ。泣きながら、彼は道を走った。
●
「突然の訪問、申し訳ありません! 門を開けていただけませんか!」
堅く閉ざされた門のすぐ奥に館が見えた。館の正面には小さなランタンが掛かっている。
「何用ですかな?」
館の中から、1人の男が出て来た。フードを被り、目以外の顔を布で隠している。
「この娘の命を助けて下さい。毒が酷く、このままではっ‥‥」
「そなたは無事のようですな。さすがジャイアント。ご立派だ」
男は門を開け、シクルを館の玄関内まで案内した。扉をきちんと閉めると男はフードを取り、マリスの体に手を当てる。
「毒は癒して差し上げましょう。しかしそれ以外はご自身で解決する事ですな」
「‥‥ありがとうございます」
「『癒し』を招いたのは、そなたの言動。ここに仲間と来た目的は、『娘』ですな?」
マリスの肌が白く戻って行く事に安堵しつつ、シクルはきょとんと男を見つめた。
「宜しい。誠実な男は嫌いではない‥‥宜しゅうございますな?」
尋ねたのは、階段を降りてきた後方の青年に向かってだった。そこで初めてシクルはいろいろ計画していた事を思い出した。館に着いたらデティクトライフフォースを使おうだとか、レジストマジックを‥‥とか、マリスが瀕死状態に陥らなければやるはずだった出来事が、頭を過ぎる。
「いいだろう。仲間を連れてきなさい。『娘』も返してやろう。この森は、『魔』と『毒』の森。知らずに入ってきたとは言え、大変だったね」
思ってもみない優しい言葉を掛けられ、心が弱りそうになるのをシクルは叱咤した。それから礼を言ってマリスを連れてすぐに皆の下へと戻る。
皆は半信半疑だったものの、どちらにせよ道は無い。館まで何とか辿り着いて魔法で解毒してもらい、更に馬車まで用意してもらった。
「何故‥‥娘を御者に返さなかったんだ?」
至れり尽くせりされても、尋ねるべき事は尋ねる。その娘は、冒険者達と一緒に馬車に乗り込んでいた。
「あの御者がしつこく追い回すので匿ってくれと言ったのは、その娘のほうだ。だが‥‥もう、憂いも消えただろう」
青年の言葉に、娘は小さな声でありがとうございますと呟く。
館の者達は、馬車に乗っている時は布で顔の下半分を覆うよう指示した。用意された馬車についているランタンは明るく、他にも幾つか灯りとなる物がついている。
そして彼らは館を後にし、馬車は来た道を進み始めた。
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そして彼らはパリへと戻って行った。
依頼人がどうなったのか‥‥それすらも分からずに。
そして。
「‥‥冒険者とは、実に楽しませてくれる者達だな」
館で嗤う者達が居る事も知らないままに。