アンドレと宝探し〜清掃活動〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月03日〜11月10日

リプレイ公開日:2007年11月11日

●オープニング

 あなたが落としたのは、この鉄のタライ?
 それとも、この銀のタライ?
 それとも‥‥。

「‥‥という伝承はご存知かな?」
 冒険者ギルドの受付で、男はにっこり笑って受付員に尋ねた。
「いえ‥‥」
「正直者は得をする、という話だよ。鉄と銀と金のタライを受け取った鍛冶師は、その後金と銀のタライを溶かして装飾品を作り、大儲けしたそうだ。何と言っても、その金銀の純度と言ったら滅多にお目にかかれない程で、実に高値がついたそうだからね」
「‥‥伝承にケチをつけるわけではありませんが、金銀製のタライなど、上流貴族の道楽としか‥‥」
「伝承とは、得てしてそんなものさ。だが、その伝承が伝わる湖があってね。実に立派な、遠くの森が絵のように輝いて見える、美しい湖なんだが」
 男は地図を取り出した。
 彼の名はアンドレ。元は貴族出身の坊ちゃんだが、自由きままな生活を愛して家を飛び出した。最も、彼が残っても領地を相続する権利は無かったから、家族も反対しなかった。幼い頃から芸術的なものを好み、家に仕える絵師や楽士や職人に教えを請うて、様々な事を習ってきた彼が選んだ道は、詩と音を愛する事。家を出るや否やギルドに登録し、彼はバードとして日銭を稼ぎながら生きている。その合間に描く絵や彫刻品もそれなりに高い評価をもらっており、時折貴族から我が家に仕えないかという話も舞い込んでいたが、彼はそれらを全て断り、作品は自らの家に贈っていた。家や貴族が嫌いで飛び出したわけでは無い。むしろ反対せずに送り出してくれた家族には深く感謝をしているのだと彼は言う。貴族がバードに身をやつす事で、様々な陰口も叩かれた事だろう。なのに彼らは今も自分を愛してくれている。これ以上の幸福など他に無い、と。
 そんな彼は、詩人ギルドや冒険者ギルドにも自分の作品を贈っていた。売ってくれと言われると断るくせに、自分から贈るのは好きなのである。その辺りも貴族らしい。
 というわけで、彼がギルドに依頼を持ってくるのは初めてだが、冒険者ギルドとしては知らない人物ではなかった。
「是非、絵にしたいと常々思っていたんだが、1人で野営はさすがに危険でね。それでも時々私はそこに通っていたのだよ」
 地図の一点を指し、アンドレは長い銀髪をかき上げる。
「そしてそこで‥‥『主』に会った」
「『ぬし』?」
「そう。伝承が示すように‥‥その湖には、『主』が居たんだよ」

 初めて『主』を見たアンドレは、驚いて腰を抜かした。自分の一生が頭の中をぐるぐる回るほどに、彼は短い命が終わる事を覚悟した。だが『主』は、聞き取れないほど低い声で唸ったものの、そこを動かなかった。

「どんな姿だったのです‥‥?」
「それは教えられないよ。ただ、驚くべき姿だった。私は死を覚悟したが、『主』が私を見ているだけである事に気付いて思い直した。もしかしたら、何かを伝えたくて出て来たのではないかと」
「‥‥絵筆や楽器を投げ入れたとか‥‥そういう事ではなかったのですね?」
「勿論だとも。そんな勿体無いことはしないし、湖が穢れるじゃないか。それに金や銀の絵筆を貰っても困るよ」
「‥‥まぁそうですね」
「それで、私はテレパシーで呼びかけたんだ。出来る限り丁寧に。その‥‥流麗な会話は出来ないかもしれないが、礼を尽くす事は必然だと感じたからね」

 テレパシーに『主』は応じた。
 曰く、人間やオーガ共が湖にゴミを捨てるので困っている。いや、腹が立っている。いい加減何とかしろ。ゴミを持って帰れ。でなければ、次に来た者を食べるぞ。

「‥‥なるほど」
「伝承に触発された者達がやって来て、いろいろな物を湖に投げ入れたんだろう。しかし当然伝承は伝承。『湖に住む麗しの乙女』が出てくる事は無く、彼らは渋々帰って行った。だが、湖に住む『主』としては堪ったものではない。家に次々ゴミを投げ入れられるようなものだ。私は同情したよ。‥‥オーガ共が何を投げ入れたかは分からないが、どちらにしても『主』にとってみれば迷惑極まりない物だったんだろう。私としても、オーガが投げ入れる物の事は想像したくないな」
「確かに」
「そこで、冒険者を雇いたい。勿論川などで漁をしている者達に頼んでも良いのだが、彼らは万が一モンスターが出た時には役に立たないからね。湖は森の中にあるし、何日かそこに滞在すれば、モンスターと出食わす可能性もある」
「分かりました。では早速依頼書を作ります」
「時期的に、湖の中に入るのは結構寒いな。本当は潜るのが一番確実なんだが、湖の中に『主』以外何も居ない保証もないしね。小型の舟を運ぶなら、馬車が必要だ。まぁ馬車くらいは用立て出来ない事はないが。後は、釣りをする為の道具か。あぁ‥‥後それから、湖の傍はそれなりに冷える。特に夜は見張りを交替でしてもらわないといけないから、防寒着は必須だ。最近は昼でも欲しい時があるしね。それと、湖には多分普通の魚も居ると思う。私は釣りが出来ないから詳しい事は分からないが、時々漁師を見かけるよ」
 アンドレが話す内容を、次々と受付員は書いて行った。それを見ながら、アンドレは満足げに頷く。
「上手く『主』の言うゴミを回収出来たら、私は『主』に、あの湖で絵を描く許可を貰おうと思うよ。彼には絵の事は分からないかもしれないが、いつか、『主』を気高き姿で描いてみたいという新しい目標が1つ、増えたからね」

●今回の参加者

 eb2195 天羽 奏(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3984 ヴェスル・アドミル(29歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec2152 アシャンティ・イントレピッド(30歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec3226 ロイ・グランディ(30歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4009 セタ(33歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

式倉 浪殊(ea9634)/ 式倉 析威(eb1007

●リプレイ本文

 お前が落としたのは、この鉄のゴミか。
 それとも、この木のゴミか。
 それとも、この‥‥。


 ヴェスル・アドミル(eb3984)の応援にやって来た浪殊と析威が小舟を借りてその場で馬車に載せ、皆の元へと運んできた。舟が載れば馬車はもう空きがない。アンドレがもう1台馬車を用意して、自分はその御者席にひらりと乗った。
「え‥‥アンドレさん、御者できるんですか?」
 驚いたように目を丸くしたジャン・シュヴァリエ(eb8302)に自分の帽子を被せ、アンドレはにやりと笑う。
「家を出るまでの私はこう見えてもナイトだったんだ。馬ぐらい操れるとも」
「まっ‥‥前が見えな‥‥」
 大き目の帽子をすっぽり被ってじたばたするジャンの後ろから荷台に乗ったロイ・グランディ(ec3226)が、あれと首を傾げた。
「アンドレさん‥‥ハーフエルフだったんですか」
 そう尋ねる彼も、ハーフエルフである事を隠す為にレザーヘルムを被りっぱなしだ。尤も、無理矢理耳を入れているのでちょっと痛い。
「じゃあ、7人中4人がハーフエルフなんだね。何か珍しいというか‥‥でも嬉しいって言うか」
 舟が載ったほうの御者席に軽々と飛び乗って、アシャンティ・イントレピッド(ec2152)が手綱を取りつつ笑った。
「成程‥‥。帽子の横に布が垂れてるのは何故かなと思ってました」
「それはお洒落もあるんだよ。種族の差を悩んで閉じこもるなんて馬鹿げてる。楽しく生きようじゃないか、兄弟」
 思慮深く呟いたセタ(ec4009)も、軽い口調のアンドレの言葉を聞いて微笑む。
「この輪の中に居ると‥‥自分が珍しい種族みたいに思えてくるな‥‥」
 この国に於いて尤も人口の多い人間である天羽奏(eb2195)が言うのも無理は無い。ヴェスルはシフール、セタはパラ。奏はジャパン人であるから、このノルマンでは極めて珍しい一行であるとしか言いようがなかった。自然目につくからと、アンドレは皆に帽子を配る。益々目立つ気がしないでもないが依頼人の意向には従って、皆はパリを出発した。


 湖は、森に囲まれた深い色をした鏡のようだった。水面が磨いた鏡面のように澄み、光を浴びて輝いている。
「うっわぁ‥‥ほんとだ。これなら、絵に描きたくなるって思いますね!」
 多少絵心のあるジャンが感嘆の声を上げ、ぴょんと馬車を飛び降りた。飛び降りてうっかり木の幹に足を引っ掛け、べちょと倒れる。
「ジャンさん、大丈夫ですか?」
 荷物を降ろしながらセタが尋ね、ジャンは「大丈夫〜」と手を振った。
 皆で舟を下ろし、テントを張り、薪を集めて野宿の用意を整える。セタはロープを使って鳴子を作り、近くの森に張って万が一の敵襲に備えた。ヴェスルとアシャンティは手持ちの竿で晩の魚を釣り始める。自分で引き上げる事の出来ないヴェスルは、ロイに代わりをして貰って指示だけ飛ばした。それを見ながら奏は湖面に目をやる。
 ここに来る前。馬車に乗っている間、皆は様々な事をアンドレに尋ねていた。
「主ってどんな姿してるんでしょう‥‥わくわくしますね」
「精霊じゃないのか? 精霊なら‥‥例えば何が居るか」
 不思議発見を追い求めているジャンの好奇心を受け、奏は皆に問いかけをする。
「精霊‥‥あれは精霊じゃなかったな‥‥」
 何かを思い起こすヴェスル。
「精霊‥‥そう言えば見た事ないですね」
 とはロイ。
「あ。私の故郷では精霊と言えば」
「それ違うと思うよ」
 言いかけたセタが結論を言う前に、それを遮るアシャンティ。
「主は精霊じゃないさ。まぁ美女だったら言う事なかったけどね」
 しかしあっさりアンドレがそう告げた。
 ではその正体は何なのか。皆が尋ね、アンドレはにやりと笑う。
「私も文献でしか見た事がない‥‥。その存在。あれがそうかと後から納得した‥‥荘厳なまでに気高き生物」
 木々の隙間から遠くに広がる湖が見える‥‥ようやくそんな頃になって、アンドレは呟く。
「そう‥‥。あれは、ドラゴンだ」


 ドラゴン。
 彼らの中で実物を見た者が果たして居るだろうか? いや、居ないだろう。滅多にお目にかかれるものではないし、そもそもお目に掛かって真っ向から戦いたいとは思わない。しかし名こそは有名だったから、皆は自分なりの『ドラゴン像』を想像しながら作業に取り組んだ。
「姿を見れば‥‥何のドラゴンか分かるかなぁ‥‥」
 何となく夕陽に照らされながら三角座りをして、ジャンが呟いたりもした。
 ともあれ、翌日からは掃除開始である。アシャンティが早朝、近くの村まで馬で駆け、湖について村人に尋ねて回った。水中も含めたモンスターの目撃情報や湖の地形を聞いたのだが、『長時間湖の上で漁をしていると主が怒る』という事くらいしか分からなかった。かつて余所者が舟を持ち込んで大量に漁をした際、舟を沈められた。それ以来、村人達は『主』の怒りを買わないよう気をつけているらしい。専ら舟を出さずに岸から釣る事が多いようだ。周囲をうろつくモンスターに関しては、そんなものが出たらまともに釣りなんて出来ないという事だった。彼らは絶対に日中しか釣りをしない為、遭遇しないだけかもしれないが。
「よし。‥‥じゃあ、僕が潜ってから『主』が出て来たら、正直に答えておいてくれ」
 疲れない程度に運動をして体を温め、奏、ジャン、アシャンティ、ロイが舟に乗り込む。水中に潜って『ゴミ』を回収する係は奏とロイだ。奏はどちらかと言えば護衛係だが、『益荒男の正装』とばかりに褌姿で仁王立ちしていた。なまじ異性と間違われる顔立ちの為、誰かがショックを受けたかもしれないが、彼の心は既に『戦う男』である。
「‥‥え‥‥? 何を?」
 そしてそんな彼の言葉に、ロープを水中に垂らしながら、きょとんとしてジャンが尋ねてしまう。
「勿論、『落としたのは人間』。これで金と銀の僕を入手出来るはずだ」
「金と銀の奏さん? 載せて舟沈まないといいけど」
 答えたのはアシャンティだ。舟を細かく動かしながら場所を調整している。
「うわぁ‥‥やっぱ冷たいや! まぁ気合で何とかなるでしょう‥‥じゃ、ロイ、沈みます!」
 やはり褌姿のロイが、足をちょんと水に付けた後に叫んで、それからスピア片手に潜水した。腰にロープを巻き、その先をしっかりジャンが舟上で握っている。ロイの後に奏が続き、2人はゆらゆらと揺れながら小さくなって行く。
「どう? ブレスセンサー引っかからない?」
「はい‥‥今の所」
 しっかり中の様子を見えないなりに窺いながら、ジャンは両手でロープを握り締めた。


 一方、岸にはヴェスルとセタ、アンドレが残っていた。
 ヴェスルは湖の縁で彼のペットを待っている。ヒポカンプスのカーラントに湖に潜り、沈んでいる物を取ってくるよう指示を出していたのだ。本来の習性で敵と戦う事はまず無いが、水中探索には向いている事だろう。
「マグス君‥‥ちゃん? あぁ、どっちでもいいや。待って、そっち行ったら駄目だよー」
 テントの傍に残ったセタはと言うと、皆が連れて来た馬とか犬とか猫の世話をしていた。
「モンスターの餌になったら可哀相だ。猫や兎は非常食代わりじゃなきゃ置いてくるべきだ。なぁ?」
 前脚を抱き上げてうにょ〜んと伸びたワーズワース君(?)に話しかけるアンドレ。
「しかし冒険者というのは、ペットの世話係もするんだな」
「私はまだ2度目の冒険ですから分かりませんが‥‥そうかもしれませんね」
「あれも驚いたよ」
 湖の中から戻ってくる上半身馬を見ながら呟く。それへと飛び寄るヴェスルを見ながらセタも頷いた。
 ヴェスルはカーラントが咥えてきたナイフを2人に見せる。
「‥‥伝承に触発された者が投げ入れる物は圧倒的に鉄が多いと思っていた。これは錆びてはいるが‥‥。アンドレ殿。カーラントにテレパシーを頼めるだろうか。カーラントが鉄の密集地帯を見ている可能性がある」
 『主』にゴミの分布を聞いて欲しいと言ったのはアシャンティだ。しかしそれはアンドレが拒否した。『主』は攻撃的では無いが、かと言って友好的というわけではない。
「‥‥いつ、怒って攻撃してくるか分からないからね」
 彼が人と同じ感覚を持っているとは思えない。だから何があるかは分からないのだ。
「舟が‥‥沈んでいるらしい」
 そしてテレパシーの結果、湖の底に2隻の舟が沈んでいる事が分かった。
「アシャンティさんがおっしゃっていた、余所者の舟でしょうか」
「『主』が沈めたのかもしれんが、それも‥‥『ゴミ』だろうか」
「うーん‥‥。でも、舟は木製ですからね‥‥」
 さすがに沈んで腐っているであろう舟を2隻分、持ってきた舟で引き上げるのは不可能だ。だが舟が沈められたのであれば、必ず人が使っていた痕跡も沈んでいるはず。それは引き上げたほうがいいだろう。
「戻りましたー」
 不意に、湖のほうからロイの声が上がる。3人は立ち上がり、舟から収穫物を下ろしている彼らへと駆け寄った。


「ひやぁ〜っ! 奏さん、やめてっ」
「はぁ〜‥‥ぬくぬく‥‥」
「冷たい冷たいぃ!」
「ちょ、ちょっと! 暴れたら沈むってば!」
 舟へと上がった奏が早速ジャンの首筋に手をぺとっと付け、危うく彼らは皆で湖に心中しかけた。
「やりたい気持ちは分かるけどっ。駄目だよっ、もう舟の上で暴れたら!」
 そして岸に戻ってからアシャンティに怒られる2人。しゅんとなる2人を見ながら、ロイが笑顔で岸組に収穫物を見せた。
「スコップ1本、ハンドアックス1本、ナベ1個、太鼓が3個です」
「楽器が水の中に?!」
 素早く反応したアンドレがそれを見つめて肩を落とす。
「何て酷い事を‥‥」
「あ、でもほら。乾かせば使えますよ。ね?」
 慌ててロイがそれを慰め、「じゃあ君に1つ贈呈」と逆に太鼓を渡された。
 ともあれ冷えた体を毛布と焚き火で温め、釣ってきた魚を晩御飯にジャン持参のワインを空ける。そして互いにその日の様子や気付いた点を述べ、皆は交代で見張りをしながら一夜を明かすのだった。


 翌日は、ヴェスルの指示で沈んだ舟の周りを調べる事になった。
 カーラントに援護させつつ再びロイと奏が潜る。湖の中央付近は深く、奏は水底まで行くと息が続かない。ロイはぐるりと残骸の周りを一周し、カーラントと共に落ちている物を拾った。その後は、舟の中だ。腐食している木を剥がしてその向こう側を見るのは困難だったので、出来る範囲で探す。体が冷え、四肢が痺れてくるのを感じた頃には幾つかの珍しい物も見つかっていた。
「これは‥‥普通の釣り針ではないな」
 真っ先にそれに反応したヴェスルがしげしげと見つめ、おもむろに竿に繋げて水の中に垂らした。
「‥‥うむ、これは良い物だ。手応えが少し違う。良ければ私はこれを貰いたいのだが」
「あたしはこれ、かな」
 アシャンティが気になったのは、9個の青い宝石が吊り下げられた木製の円盤だ。
「かいぞ‥‥じゃない。船乗りの中で噂になった事があるんだよ、これ。海の娘達の力が宿ってるんだって。それで、これに祈りを捧げると航海の無事を約束してくれる、って。大きな船じゃ駄目みたいだけどね」
 言いながら目がそれに釘付けになっているアシャンティ。宝石は売ると高いかもと言うのはあったが、誰もそれらに関する価値を彼ら以上に見出せなかったので、欲しい人が貰うべきという事で一致した。
「それで‥‥どうして僕がこれなの?」
 逆に、ジャンにアンドレが見繕って渡した物は、何の変哲もない壷だ。と言っても不思議な形をしており、飾るのには良いかもしれない。
「だって君は、『世界の不思議を探求したい』んだろう? これと同じ物が、私の家に飾られていた。これはグウィドルウィンの壷と言って」
「ぐふぃどぃんの壷‥‥?」
 奏が横から思わず呟いて、言い間違った。
「液体を入れて蓋をすると、蓋をしている間は中の温度が変わらない。今、この壷には蓋が無いが‥‥まぁ蓋は何でもいいんじゃないかな」
「蓋? ふた‥‥ふた‥‥」
 急いで探し始めるジャン。とりあえずその辺に転がっていた石を持ってきて、今夜の鍋の残り汁を壷に入れてみて石を載せる。
「明日になっても温かいままのはずだ。これからの季節に便利じゃないかな?」
「でも持ち歩いたら重いですよね‥‥」
 さりげなくセタが突っ込んだが、『不思議壷』には違いない。
「この仕組みを解明するのも‥‥ジャンさんの使命かもですよね?」
 笑顔でロイが言い、セタもにっこり笑ってジャンの背中をぽんと叩いた。
 そして翌日、ジャンはどきどきしながら壷の中を見て‥‥大喜びで結果を皆に報告して回っていた。


 カーラントが鉄の密集地帯を見つけたのは、その日の午後の事だった。
 それまでに見つけた物は‥‥岸で釣っていたヴェスルが革の袋を何枚も引っ掛けてみたり、横笛を見つけてみたりした他、水底に骨や何かの甲羅など‥‥恐らく、『ナニモノかが食べた後のゴミ』が多数、竪琴1つにハンドアックス1本だったのだが‥‥。
「これは‥‥ロープや針や籠で上げるのは無理です。網を下ろしてください」
 1度ロイが上がってきてそう告げた。と言うのも。
「‥‥これを投げた奴は多分結構馬鹿だ」
 奏が言うくらいに充分重いもの。プレートヘルムにプレートアーマー。ウォーアックスにハンドアックスが2本、それから‥‥クルスソード。
「これ投げた人は、きっと罰当たってるよね?」
 金のクルスソードを見せびらかす神聖騎士の図‥‥を想像しながら、アシャンティが笑った。
 何とかそれらも引き上げたものの、どれもが錆が酷く使い物にならない。今までに拾った武器も全てそうだったが、これは武器屋か鍛冶師に払い下げるしかないだろうという事になった。
 舟が沈んでいた付近に、何故かエチゴヤマーク入りのマントやエプロンが浮かび上がっていたり、十二分に水を含んだ毛皮の敷物が発見されたりして、沈んだ2隻の舟の謎で皆はしばらく盛り上がったりもしたが、誰も欲しがらなかったそれらをアンドレが勝手に皆に分配してしまった。
 結局、骨がゴミになるのか分からなかったが皆は骨を埋め、甲羅は埋めるには大きいので持ち帰ることにした。セタが皆が湖に行っている間もテント付近でゴミ拾いをしたり、埋めたりいろいろしていたので、森の周辺も心なしか綺麗になっている。
「じゃあ、売った金で舟の借り賃を払って、残額を私と奏とロイとセタで分配、でいいかな?」
 大した物を手に入れる事が出来なかった者達で金を分配する事になって、皆は湖を後にした。

 それは‥‥ゆっくりと湖面に姿を見せた。
 遠ざかる馬車から見つめる皆のほうを向き、上半身の一部を水上に出している。青い鱗が光を反射して輝き、巨大な蛇のようにも見えるそれは‥‥夕陽を背に浴びて、何故か神々しいまでに美しく見えた。
 それは、『主』と言うに相応しい姿のように‥‥皆には思えた。