散り行く者へ、餞を

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:7人

サポート参加人数:6人

冒険期間:11月07日〜11月17日

リプレイ公開日:2007年11月15日

●オープニング


 貴方なら、『祝福の歌』憶えていてくれますよね?

 娘は馬車に乗ってパリを目指した。静かな旅に寄り添ってくれた人は、何も言わなかった。娘の決意をどう捉えているのか、娘自身、恐くて訊けなかった。感情の赴くままに行動し、その想いを胸に裁かれよう。例えこの足が、絞首台を踏むことになろうとも。
「‥‥父も、兄も、私は止める事が出来ませんでした。そして兄に再会しても尚、兄を止める事も諌める事も出来ないのであれば、私に後出来る事は何でしょうか。父の代わりになる事。ラティール領領主の娘である事。父の罪、兄の罪、それらの罰を受ける事。私の残された役目はそういう事ではないのでしょうか。私は愚かな女だと思います。けれども貴族の娘です。家の犯した罪は、私の罪です。私は‥‥裁判台で、全てを話すつもりです」
 娘を守るつもりだったその人は、何かを言ったようだった。けれどももう娘には、その声も遠く感じる。
「貴方が好きです。こんな時でも、そう言ってしまう私は卑怯な女でしょうか。貴方に忘れて欲しくない。お願いです。どうか‥‥」
 娘は囁いた。
「貴方達冒険者の手で、暴いて下さい。『私達の館』を。‥‥もう、遅すぎたかもしれないけれど‥‥」


 城のような館の地下は、物々しい番人達が常に立っているような場所だった。階段を降りるのさえ許可が必要で、地下に降りる事が出来る者は限られている。常時館に勤めている古い使用人達でさえそうだったのだから、新参者が堂々と降りれるわけがない。
 しかし領主の部屋はすぐに見つかった。最上階の端の部屋で、やはり常時見張りが立っているような場所だ。その部屋の中に居るのは確かに領主なのだと使用人達は言う。だが、誰か姿を見た者があったか? その問いには一様に首を振るのだ。
 では、誰が彼の世話をしているのだろうか?


 シャトーティエリー領主代行という男は、とかく食えない男だ。
 町に滞在していた商人がぼやいた。相手の本心は引き出しながらも、自分の本心は見せない。商取引は相手にも益があるように進めるくせに、商売人達が顔を合わせないよう、出入りの商人、商隊達の町への出入りは厳しく取り締まっている。
 ピールという男が、最近良くない商売に手を染めて金を稼いでいるという噂は、この町に出入りする商人なら半数が知っているらしいが、その姿を見た者はいない。いや、見た事があったとしてもそうであると分からないのかもしれない。ピールの名が上る時は、やっかみ半分でもある。あの男ばかりが上手い汁を吸っている、という者もいるのだから。


 その領主代行の弟というのは、とかく腰の軽い男だ。
 1つ所にじっとしておらず、兄弟仲もあまり宜しくないらしい。兄と比べて庶民派の癖に豪遊好きで、道楽息子のように見える。人妻を口説いたり贈り物をするのは日常茶飯事。将来自分の為の豪邸に、古今東西あらゆる美女を集めて暮らすつもりだと自慢している。
 そんな男が、ある人妻にひとつの装飾品を贈った。実に質素な物で裏には名前が刻まれていたが、そこにひとつの秘密が隠されている。
 それは、彼らが住む領地全てに纏わる、ひとつの秘密。

 かつて、シャトーティエリー領はひとつだった。
 先代が自らの兄弟に領地を分け、この場所は3つの領名がついた。
 シャトーティエリー、ラティール、ドーマン。だが、その内2つの領主までもが表に出られない状態になっている。
 古くに『地下帝国』の遺産を受け継ぎ、それを代々彼らが皆で守ってきた。

 ひとつ。貴族にのみ赦される『祝福の歌』
 ひとつ。貴族にのみ赦される『黄昏の曲』
 ひとつ。地下帝国に繋がる『13枚のコイン』
 ひとつ。地下帝国に繋がる『装飾品』

 つまり、これもそうなのだと男は人妻に告げる。残念ながら『地下帝国』に関する『知識』のほとんどは失われてしまったが、『遺産の鍵』だけが残されていた。
「『ドーマン地下迷宮』なんて言われているみたいだけどな」
 男は軽い口調で言い放つ。
「実際の話、それはドーマンだけじゃない。この家の地下にも、それはあるって事だ」


 始めは、1人の女性だった。
 だが、その点は波紋のように広がった。幾つもの命が失われ、何人もの悪魔崇拝者が捕らえられた。彼らのほとんどは息絶え、ただ1人残されている男は、自分の死を予感している。
 男は神官に告げた。
 地下迷宮はハーフエルフを祀る神殿と同じ。自分の目的は、それが真実かを確かめる事。もしもハーフエルフに良き場所であるならば彼らを集めて棲家とし、ノルマンへの反逆を企てる為、迷宮内を探っていた。それにはうろつき回るシメオンが邪魔であり、閉じ込めて弱らせてから仲間にするつもりだったのだと。
 神官は首を振る。それは、表向きの真実だろう。真意は、どこだ?
「真実は1つじゃないさ‥‥考える事だ‥‥考える事だよ、ブラザー。あそこで何が起こったのか、考える事だ‥‥」
 
●ギルドより冒険者へ
 現在までに判明した事実と、冒険者より寄せられた情報を公開する。

『ドーマン領主によると、通称『ドーマン地下迷宮』で利用出来ると思われるコインが13枚存在するらしい。領主の娘リリア嬢より1枚、冒険者に手渡されたとの事。尚、これの類似品と思われる物が、ラティール領主の娘エリザベート嬢。又、ラティール領主が所持している湖の近くの屋敷地下に、それぞれ1枚ずつあり、それらも冒険者の手に渡っている様子。自身で必要ないと思われる場合は、ギルドまで提出を』

『ラティール領主の娘エリザベート嬢は、パリの教会に保護されている。詳しい話を聞き次第、本人の意志通り裁判を行う予定。但し、あくまで罪を犯したのは父である領主であり、本人に咎は無いと判断される為、代理刑には処されないものと思われる』

『先述のラティール領主別邸の地下に、開かない扉がある。錠前は存在するが鍵は見つからなかった模様。尚、その鍵の形は一般的な物とは少し違って見えたとの事』

『セザールについて。
 近い内に刑に処される模様。教会がどのような情報を引き出したのかは不明』

『ピールについて。
 所在は明らかになっていない』

『ラティール領主について。
 衰弱が酷い為、場所は移されていない模様。パリから派遣された騎士団によりラティール領主の引渡し要請がなされたが、馬車で移動させるのも困難な状態である事が証明され、一旦引き上げた様子。後日改めて神聖騎士団とクレリックが派遣されたとの事だが、詳細と結果は不明』

●片道
パリからラティール領 馬車1日半
パリからシャトーティエリー領 馬車1日半
ラティールからシャトーティエリー 徒歩1日半
パリからドーマン領 馬車2日
ドーマンからシャトーティエリー 馬車1日
レスローシェからシャトーティエリー 徒歩数時間

●今回の参加者

 ea8407 神楽 鈴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb9212 蓬仙 霞(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ラテリカ・ラートベル(ea1641)/ 不破 斬(eb1568)/ 鳴風 龍真(eb2374)/ カイオン・ボーダフォン(eb2955)/ レア・クラウス(eb8226)/ ステラ・シンクレア(eb9928

●リプレイ本文

 雨が静かに降っていた。濡れた大地に失われた命の雫が流れて、赤い川を作り出す。音を立てて車輪が虚しく回る脇で、誰かの手がぱたりと落ちた。
「‥‥さようなら」
 見下ろしていた男は静かに呟き、持っていた短刀を放る。そして仰向けに倒れている男の両手を組ませて花を挿し入れ、僅かに微笑んだ。
「御霊が天へ召されますように」


 娘は祭壇の前で静かに祈っていた。
「‥‥クリステルに言った事。忘れてしまった?」
 背後から声をかけられ、慌てて振り返る。
「来て‥‥下さったんですね」
「君が父上の名誉を守る、守ろうとするのは人の娘としての姿だと思う。けれどもそれは、あくまでも父上の証言人として裁判に臨むという前提で果たされなければならないものだ」
 黒い法衣に金の髪が揺れる。娘の思うアリスティド・メシアン(eb3084)の印象とはどこか違う‥‥けれども娘に畏怖を感じさせたのは、後方に立っていた同じ黒衣の男、エルディン・アトワイト(ec0290)。
「貴女に聞きたい事があって来ました」
 エリザベートの見張りをしている教会の者に礼を払いながら、彼は尋ねた。かつて彼女の父、ラティール領主が焼いて捨てた巻物。その中身を見た事があるかと。だが娘は首を振る。父の持つ物に触れる事は殆ど出来なかったと。
 エルディンが他の教会の者に話を聞く為早々に立ち去ると、娘は肩の力を抜いた。
「彼が怖い?」
 思わず笑って尋ねると、娘はその蒼い双眸を見つめる。
「私‥‥貴方には、呆れられたと思ってました」
「‥‥少しは」
 アリスティドは膝をつき、少し離れた所に立っていた見張りが目を逸らしたのを確認してから、その頬にそっと触れた。
「けれども、君が父上を守りたいと思うのと同じように‥‥僕も思う」
 その目を覗き込み返して、彼は心で囁く。銀の光を放ちながら。
『君を‥‥失いたくない』


 セザールは暗闇に潜むようにして座っていた。
 アリスティドとエルディン、ラテリカは彼と面会する。バードであるセザールがアクセサリーを呪われた物と見せかけて、身につけた者にテレパシーを送っていた。少なくともその現場を冒険者は見、彼はこうして捕らえられている。だがアリスティドがリシーブメモリーを使いながら問うた質問、『声』を送っていた時期、関係者に纏わる事については彼は答えたものの。
「同業者の魔法に掛かるほど甘くない」
 記憶を読む事は出来なかった。それでもラテリカが再現したファンタズム。黒髪の女の姿は自分が仕えていた者に間違いないと告げる。
 セザールが3人に答えたのはこんな内容だ。テレパシーを使ったのは10ヶ月前くらいから。麗しの君が主人なのは間違いない。シメオンの助手を先にしていたのはローランだ。命じられてローランの代わりにシメオンの助手を務めた。シメオンを閉じ込める指示を出したのもローランだ。ローランは麗しの君の側近。ジャッシュとボニファスという名前の者は知らない。ピールはローランが手下に加えた商人。
「‥‥探しても見つからないのはそういう事か」
 彼が言った事が真実ならば、ピールの行方が知れないのは当然の事かもしれない。
 ともあれ、ボニファスの前例がある事と本人が『次は自分の番』と言った事から、セザールの警護を固めるよう教会の者に告げる。騎士団の力を借りる事も勧めたが、越権行為だと断られた。騎士と神官では仕えている者が違う。互いに踏み込んで欲しくない領域なのだろう。
 エルディンはラティール領主に会いに行った神聖騎士達を探した。その詳細を聞かなければならない。だが一方で不安が胸を過ぎっていた。
「‥‥ブラザー。呪いは確かに存在する‥‥目に見えない場所で‥‥ゆっくりと進行しているんだよ」
 去り際にセザールが彼にそっと告げた言葉。その正体が。


「エミール様、お友達を連れて遊びに来ましたわ♪」
「初めまして。鳳双樹(eb8121)と言います。宜しくお願いします」
 レスローシェの館に、リリー・ストーム(ea9927)が双樹を伴ってやって来た。ぺこりとお辞儀する双樹を尻目に、リリーはエミールの耳元に顔を寄せる。
「まだ『ねんね』なジャパン女性ですわよ〜。‥‥しかも、グラマー」
 言われてエミールもにやりと笑った。
「‥‥? あの、リリーさん?」
 よく分からない双樹をさぁどうぞと片手を開いて館内に招きいれ、エミールは内部の紹介を始める。疑問符を並べながら案内される双樹を後方から見つめつつ、リリーもさりげなく館内の様子を探った。まずは『エサ』を撒き、それを通じて情報を手に入れる作戦である。その為には時間も必要だ。数日の滞在は申し出ていたし、今回も夫とは別行動で‥‥。
「何だ、愛人の事でも考えてたか」
「違いますわ。エミール様と違って、私は夫一筋ですもの」
「俺だって一筋になれる女が見つかれば変わると思うけどなぁ」
 そんなわけで、時間をかけて双樹がエミールと話をした。ラティール領主館を調べたいから入館許可が欲しいと、リリー先生に教わった『おねだり方』のレベルを落として言ってみると、色気が足りなかったのか「無理」と言われる。仕方なく精一杯の努力をしてレベルを上げてみた所、初々しさが気に入ったのか「無理だけど言っとく」と言われた。
 彼の亡き妹、エリアについての質問は彼も眉を顰めた。エリアがおかしくなった時、自分はレスローシェに居て町の運営に必死だった。だから気付いた時には既に監禁状態になっていて、それについて兄と揉めたのだと答える。それまでのエリアはちょっと我儘だが愛らしい娘で、ドーマン領主の娘とも仲良くやっていたのだと言う。
 地下帝国の遺産を守ってきた一族の者が居を構える場所は、『遺跡』の上ではないかというリリーの質問に対しては、彼は頷いて見せた。双樹が以前地下迷宮で見た猫頭人身の絵は、この館の下にもあると告げる。そして地下の探索を彼は許可した。その地下はさほど広くない。自分も回った事があるし、たいした物があるわけでもないが。
「見てくるといい。そして3館の下も。お前達の手で、それを明かせると言うならば」


 湖の近くの館の地下。
 神楽鈴(ea8407)、尾上彬(eb8664)、アリスティドの3人は一通り館の地下を調べ、問題の開かずの扉の前に来ていた。
「この鍵穴‥‥ほんと変な形してるね」
 じっくり見つめながら鈴が言う。何かを差し込むというよりはめ込む形に見えた。試しにアリスティドがエリザベートから貰ったペンダントを嵌めようとしたが、形が合わない。鈴が持っているコインは大きすぎる。彬は鍵穴の開錠を試みたが適わず、その形を絵にして皆は地上へと上がった。
 館の中は2階も1階も壁の奥に隠し通路がある。以前アリスティドが黒髪の女とローランに遭遇した部屋からもそれは伸びて、一階と地下に繋がっていた。
「ここに隠れてた可能性がある、って事かな」
 ベッドを動かしながら隠し扉の奥を見ると、確かに使っていたような痕があった。
 ともあれ皆は、その館を後にした。


 鈴と彬はシャトーティエリーで蓬仙霞(eb9212)と合流していた。
 霞はラティール領とシャトーティエリー領でピールを捜索し終え、特に成果はなかった事を2人に告げた。2人もアリスティドから聞いた、『ピールはローランと共にいるかもしれない』事を教える。霞は赤毛のジャパン人だ。ジャパン人が少ないわけではないシャトーティエリー領だが、赤毛は極めて珍しい。志士の格好をしていれば尚更。それを利用して目立つ事を覚悟、むしろそれによって相手が炙り出されるのを期待していた霞だったが、では尚一層危険かもしれない。
「こちらを襲うなら望む所だけど、くれぐれも用心はしておくよ」
「あぁ、慎重にな」
「ところでこっちには温泉ってあるのかな。ボク、そろそろ温泉入りた」
「やっぱり?! やっぱりそうだよね。あたいどっぷり広いお風呂に入りた〜い」
「肩まで湯に浸かってな。こう、月を見ながらくっと濁酒を」
 ノルマンの宿の片隅で、3人のジャパン人は一頻り風呂談義で盛り上がり、その勢いのまま別れた。


 エルディンは休む間もなく動いていた。
 アリスティドと別れた後、ボニファスを保護していた教会で彼の死因を尋ねる。ボニファスは口から血を流して死んでいたらしいが、それ以外の事は分からない。既に彼は土の中だったので現物は確かめようが無かった。ラティール領主に会いに行った教会の者達を突き止め尋ねると、容態が悪かったので動かすのは控えたが最近状態が安定してきており、シャトーティエリーのから馬車で運ぶ手筈が整ったという連絡が来たらしい。彼らからシャトーティエリー白教会の奥に入る為の紹介状を作成してもらい、彼は急ぎラティールの白教会へと向かった。
 アリスティドからクリステル宛に預かっていた手紙を渡し、彼女が思わず涙を零せばすかさず慰め、話をじっくり聞きながら過去に領主が優遇していた黒の教会について評判を尋ねる。ラティールに『聖女様』が現れる前から領主が優遇していた教会という事もあって、牧師はかなり肩身の狭い思いをしているらしい。一時は様々な冤罪を罪の有無は関係なく公開処刑にしていた町の人々だったが、さすがに教会までは手出しをしなかった。 
 折りしもクリステル宛にお金の入った手紙が届き、その寄付額に驚く彼女に彼は、ありったけの神の言葉を借りた賛辞を送ってから黒の教会に向かう。
「白の教会は少々ボロ‥‥いえ、粗末な造りである事が恐ろしく思いまして」
 そして平然と自らの神を崇める教会を貶めて、黒の教会に泊めてもらえないかと頼んだ。勿論さりげなく‥‥寄付金という名の賄賂を出す事は忘れない。
「しかし、このノルマンで黒の教義が幅を利かせるとは、相当なやり手ですね。どのような方がここを収めておられるのですか?」
 更に褒め称えて相手を呆れさせたものの、話しているうちに、
「貴方さえ良ければいつでも我々は貴方を歓迎しますよ」
 と黒の教義に鞍替えするよう勧められるほど仲良くなったのだった。だが、領主と癒着していた最高責任者はとっくに領外に逃亡してしまっていて、領主関係で得られる情報もほとんど無く、彼は1泊の後にそこを離れた。


 リリーと双樹はラティール領主の館を訪れていた。
 エミールから貰った許可証を見せると、兵士達は黙って2人を中に入れてくれる。エミールが自分の兵士ではないと言ったのは間違いないだろう。彼らは2人に一切敬意を払わない。だがミシェルの兵士がすんなり通してくれるのも‥‥。まぁ彼らにとってはどちらも主の家族であるから、どちらでも良いのかもしれないが。
 レスローシェの地下は所々ランタンが掛かっており、照明具を持たなくても移動出来た。以前エミールからリリーが貰った首飾りを使う場面もあり、さすがにその奥は真っ暗だったが、借りてきていた油をランタンに灯して先を進むと程なくして行き止まりだった。
「あれはどういう事でしたの?」
 戻ってからエミールに尋ねると、彼は笑って答えた。地下帝国の迷宮は完成されたものではない。数々の仕掛けと鍵を持ちつつも、未完成の部分もある。ここの下を掘り進める前に彼らは滅んでしまったのだろうと。どうにも納得行かない返事だが、そこに宝物があったとしたらとっくに回収しているのは確かなのだろう。
 というわけで、2人は館内に入っていた。かつて来た時とは別の場所のように館内はすっかり荒れ果てている。領主が誇った芸術品の数々は全て消え、鎮火した跡が館内を覆っていた。2人は黒焦げの絨毯を捲ったり壁を触ったりして探ったが、特に怪しい物は出てこない。庭に出ると1本の木が白い花を咲かせていたが、それが逆に寒々とした印象を与えた。
「リリーさん、ここ‥‥」
 だがその木の裏に倒木が置いてあった。中は空洞になっていて、子供2人が並んで座れるくらいのスペースがある。
「ここに兄妹で座っていたんでしょうか」
 呟いた双樹が、地面に被せてあった木板を見つけた。それを動かすと穴になっている。2人は慎重にその穴をロープで降りて行った。


 一方こちらシャトーティエリー地下。
 鈴がブレスセンサーを使いながら誰か居ないか探り、彬は人遁の術を使ってミシェルの姿になっていた。パリでフィルマンを捕まえて地下を降りる為の地下水路について尋ねると、彼はその道を通ったことは無いがと前置きして入り口の場所を教えてくれた。とは言え、その道を館内の者は知っていて当然と考えるべきだろう。彬はしっかりと胸元に孵化した卵を入れ、忍び歩きをしながら地下へと降りた。
 鈴は忍び歩きを使えない為、やや離れて歩く。それでも歩くたびに水音が弾けて辺りに音が撥ねた。途中、少々大きな鼠に遭遇したりはしたものの、特に戦う事もなく2人は行き止まりに着いた。壁に縄はしごが掛けてあり、壁の上方に穴が開いている。
「‥‥3人。この壁の向こう‥‥上のほうだね」
「この穴の向こうか。出てくる所を見つかったらまずい。それに場所的に‥‥」
 彬は言い淀む。この水路のどこかから、地下迷宮へ繋がる道があるのではと踏んでいた。だが恐らく、これは屋敷に直接繋がっている。とりあえずと進んで彬は穴を抜け、慎重に辺りを窺った。床に赤い絨毯が敷かれ、近くの扉は格子の鉄扉になっている。そんな扉が幾つも続いているように見えた。
「おや、ミシェル様。このような所へどうされましたか?」
 だが。不意に声を掛けられ、彬は固まった。


 霞は馬で走っていた。シャトーティエリーを出、ドーマン領へ行く道の途中だ。
「このままだと、ドーマン捜査は半日になるかな‥‥」
 馬で飛ばしているものの、彼(?)にも休息は必要。結果として、どうしても後半の捜索は切り詰める事になる。
「‥‥ん?」
 人通りのほとんど無い道だった。そこを1頭の馬が走って来る。自分と同じ、駆け足の馬は戦闘馬。
「大きいね‥‥」
 思わず呟きすれ違った所で、フードを被った相手の金髪が僅かに見えた。そして彼女は気付けなかったが、血の臭いも。
 だが気付けなくても彼女は走り出した。それは勘。ほんの僅かだが胸騒ぎがするような類の。
「‥‥!」
 20分ほど走って道を曲がった所に、それはあった。横転した馬車。何人分か分からない赤の水溜り。折り重なるようにして倒れる人々の胸や腹に深い刺し傷がある。
「‥‥ピール」
 少し離れた所で、その男はうつ伏せに倒れていた。既に息は無い。馬車に戻って生存者が居ないか確かめようとして、彼女は見つけた。馬車の脇。森にほど近い所で仰向けになっている男。霞には分からなかったが男は以前と比べて痩せ細り、今は両手を胸の前で組んで花を1本持っている。その傍らには短刀。
「あの男が1人で‥‥?」
 呟き、霞は短刀を手に取る。
 それは、不思議なほどに澄んだ刀身をしていた。