彼(か)の花が咲く場所へ

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月22日

リプレイ公開日:2007年11月23日

●オープニング

 君が好きな花を届けよう。新雪が降る頃に。
 君のように小さく密やかに咲く花。君には何より純白が似合うけれども。でも純白の君は‥‥思い出すだけで胸が痛かったから。
 だから火のように赤い花を届けよう。この暖炉の火のように、暖かく穏やかな気持ちになれる。人を導く小さな灯火のように、安心出来る。
 君の為にこの花を届けよう。何より愛する‥‥永遠の、君の為に。


 微かな音を立てて、ペンが落ちた。娘は、ついさっきまで書いていた文字を見つめる。
 まだ先の話だが‥‥今年も聖夜祭がやって来る。彼女は『慈善会』という会の会長を務めていて、会では毎年この時期に子供達に見せる劇を開く。その為の台本を、娘は書いていたのだった。
「はぁ‥‥書けない‥‥」
 だが娘はテーブルの上に頭を乗せ、溜息をついた。
 この季節になると思い出す‥‥。そう、毎年祖母が楽しみにしていた頃だ‥‥。彼が帰ってくる。長い旅の途中で、長い冬をパリで過ごすために帰ってくる。勿論彼が帰ってくるのは祖母の為。だが娘も嬉しかった。彼に会える事が嬉しかった。
「‥‥おばあ様‥‥私‥‥」
 あの2人がどれだけ愛し合っていたのか、最早娘には分からない。だが、45年の年月、様々な事があってもそれでも互いを忘れず愛していた‥‥それがどれだけ崇高で美しいものか。
 2人を美化しているだけだろう。そう、幼馴染の男から言われた。何て心の無い男だろうと当時は思った。だが祖母を亡くしてから、何かと自分の面倒を見てくれたのはその男で。
『君さえ良ければ、結婚も考えている』
 そう言ってくれたのも‥‥その男で。
 告白された時、正直とても嬉しかった。素直に嬉しいと言い、受ければ良かったのだ。だが、その瞬間思い出したのが‥‥。
「エルネストさん‥‥」
 娘は呟いた。呟いてから頬を染める。
 ずっと、心の内で思っていた。祖母と穏やかに話す彼を見て思っていた。こんな日がずっと続けばいい。いつも祖母の近くに居てくれればいい。そうしたら‥‥私だっていつも会えるから。
 祖母を失ってから気付いた。祖母と一緒に彼も失ったのだと。
 それは耐え難い喪失感。祖母の事も好きだった。失われる事が分かっていた人だったけれども、どうしても失いたくないと思った。でもそれは‥‥。
「おばあ様‥‥ごめんなさい」
 あの人の事も、失いたくなかったから。とっくに好きになっていたから。それが祖母を失う苦しみに優っていたならば、何て自分は酷い女だろう。あんなに2人を祝福しながら、陰で自分は‥‥。
 娘は起き上がった。自分に告白してくれた男、バージルには申し訳ないけど‥‥やはりエルネストを忘れて結婚なんて出来ない。彼にもう一度‥‥会いたい。
 そして娘は部屋の片隅に飾ってある造花を見る。2人を無くしても残ったもの‥‥。
 そこにある、思い。


 エルネストが居るであろう村の事を、娘は知っていた。祖母がかつて‥‥結婚するまで居た小さな村。2人が初めて出会った場所だ。
 娘は冒険者ギルドへ行き、かつてエルネストが依頼した依頼書が残されているのを知った。無理を言って見せてもらったそれには、彼の想いが残されている。結局‥‥彼のその時の想いは果たされなかった。共に行ってくれる人は現れず、彼はその依頼を果たす事を断念し、その年初めて‥‥赤い花を持って帰らなかった。正確には、目的地に1人で向かったのだが、持って帰る事が出来なかった。
 そこから冒険者の手を借りて、様々な事があったと娘は思い出す。だが、最初のこの依頼書に今も残る、彼の想い。
「すみません‥‥。この依頼書に書かれている目的地‥‥場所、分かりませんか?」

 翌日、ギルドに男がやって来た。彼は名をバージルと名乗り、渋い顔で話し始める。
「マリー・オリオールという娘を探してもらいたい。‥‥と言っても、何処に行ったのかは分かっている。書置きがあった」
 男は更に渋い顔をして『書置き』を受付員に見せた。
「彼女は、エルネストという名のエルフに会いに行った。それはいいんだが、会う前に森に入ると言う。しかも1人でだ。愚かにも程がある」
「‥‥そ、そうですね‥‥」
「その森の奥地に珍しい花が咲いている花畑があって‥‥それを持ってエルネストに会いたいらしい。花如きに命を懸ける意味が分からん。旅人や狩人ならばともかく、ただの商人の娘が1人で森に入って‥‥無事帰れるはずがない。すぐに冒険者を集めてくれないか。彼女の後を追って、馬鹿な真似はやめろと説得し、連れ帰って欲しい」
「‥‥彼女の望みは‥‥宜しいのですか?」
「知らん!」
 男は表情の乏しい顔に珍しく怒りをのせて叫んだ。
「彼女は愚かすぎる。エルフだぞ? 自分の祖母がそれで苦しい目に遭っていたのを見ていながら、何故同じ過ちを繰り返す。エルフと人間が結ばれる事がどれほど困難な事か。それを分かっていて、彼女は1人で行ったんだぞ?! 呆れて‥‥話す気にもなれん」
「‥‥そうでしたか」
「だから美化し過ぎていると言ったんだ。恋愛など綺麗ごとじゃない。苦しむ事も多々ある。乗り越えなければならない障害もだ。あの2人はそれを全て長い年月を掛けて乗り越え、或いは消化したから落ち着いて過ごしていたんだろう。何故そんな事も分からん」
 男の話は独り言だ。答えは求めていない。受付員は黙って依頼書を書き始めた。
「その上、『聖夜の雪』だと‥‥? あれを持って行って、男に告白するのか。それでどうする。お前の祖母を未だ忘れられずに居る男に、何を求めている。あの男が、再び同じ轍を踏むと思ってるのか‥‥? それとも又、お前はあの男を同じ目に遭わせたいのか? 愚かだ‥‥。お前は本当に‥‥」

●今回の参加者

 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2321 ジェラルディン・ブラウン(27歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb6508 ポーラ・モンテクッコリ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 森を抜けると、そこは別世界だった。
 秋の日差しが満遍なく当たる大地は薄い白色に覆われ、銀光を放っている。その合間を埋めるように広がるのは雪と同化したような白と、燃えるような赤。遠目からは疎らな真紅が雪原に点在しているように見えるが、近付いてみれば無数に白き花は広がっているのだ。小さく弱き花。下を向いているそれに隠れるようにして花弁の淡い黄色が見える。
「ほぅ‥‥また、今年も来たか」
 雪原の中にぽつんと建つ小屋から、1人の人間が出て来た。腰は曲がっているが、眼光鋭く来訪者達を見つめる。
「今年は少し違います。私はもう、貴方と同じ『番人』のつもりですから」
 その視線へ柔らかい笑みを返し、エルフはそう告げた。


「もう既に、先行組が先に行ってるの。すぐに追いつくと思うけど、付いて来て‥‥止める事も可能よ」
 バージルの家は、通称『何でも通り』という職人通りにあった。そこを訪ねたラファエル・クアルト(ea8898)が、作業中のバージルに声をかける。
「バージルさんが望むなら、一緒に行って改めて落ち着いて話をしたほうが良いと思います」
 一緒にやってきた陰守森写歩朗(eb7208)も頷いた。バージルは2人を見、小さく息を吐く。
「彼女を否定するだけでは駄目ですよ。きちんと向き合って話をしないと」
「私は‥‥正直オススメしない。だってあなた達は2人とも気持ちに整理がついてなくて、自分のしたい事しか言ってないでしょ? その状態で会ってもね」
 ラファエルは肩をすくめ、近くの椅子に後ろ向きで座った。
「『何故分からない』と言えば、『貴方に何が分かる』と返されると思うわよ。体験してみなければ分からない事も多いと言うけれど、彼女の中では祖母と彼が『乗り越えた』実例があるのだもの」
「自分は今回の依頼、『やめろと説得し連れ帰る』事はお断りします。それでは何の解決にもならないからです。少し落ち着いて‥‥考えて貰えませんか」
 森写歩朗は椅子に正座し、真剣な表情でバージルを見つめている。
「‥‥私はどちらにせよ、行かない。行くつもりもない。マリーが他の男に告白する場面に立ち会うつもりはない」
「それなんだけどね」
 すいと指を差し、ラファエルは眉を顰めた。
「貴方がする事はそれを止める事じゃなくて、どう振り向かせるかじゃない? 好きな女の気持ちが自分以外に向いているなら。小難しい事考えすぎなのよ。根本的に違うでしょう?」
「その辺りについてはいろいろ言いたい事もあるが、即座に割り切れるものでもない。猪突猛進に突き進む事は出来ない」
「そうじゃなくてね」
「バージルさん。貴方はマリーさんのどこに惹かれたのですか? そこから、始められてはいかがでしょうか」
 穏やかに森写歩朗が言い、2人はバージルに別れを告げた。


 件の森の遥か手前でマリーは見つかった。顔見知りばかりである事に泣き出しそうな顔になった彼女だったが、すぐに笑顔を見せる。
 パリで前もってエルネストが以前出した依頼書を調べたポーラ・モンテクッコリ(eb6508)の指示の下、彼女達は大体の予測をつけて道沿いに進んだのだった。
「話、聞くわよ?」
 一通りの挨拶の後、マリーの馬車に乗ってジェラルディン・ブラウン(eb2321)が口を開く。ポーラは道沿いに印となるものを置いてきており、更に村の名が書いてある看板にも端切れを置く。彼女は丁度そこで止まっていたのだ。
「この村が‥‥エルネストさんとアンヌさんの‥‥?」
 そっと看板の汚れを払い、シェアト・レフロージュ(ea3869)が振り返る。
「えぇ。おばあ様の居た村。今、彼が居るはずの村です」
「行きたいならついていくわよ」
「私は‥‥エルネストさんと一緒に花を探したほうが良いと思うのですよ‥‥」
 言われてマリーは頷いた。やはり1人よりも2人で行きたいと頬を染める。そこで、3人はマリーと共に村へ行くことにした。

 夜が更け、馬車の傍に焚き火を焚く。シェアトがワインを温め、皆でゆっくりマリーの話を聞こうかという事になって腰を下ろした頃、男性陣も夜営地に到着した。
 とは言え、女性の恋の相談となればやはり同性同士が良い。男性陣は見張りと称して少し離れた場所に待機した。
「気持ちを吐き出せばすっきりするわよ」
 ジェラルディンに促されてマリーが話し始めるのは、初めてエルネストに会った時から今までの長い物語。祖母から時折聞いていた恋の話。エルフが相手とは聞いていたけれども、あまりの若さに驚いたとか。彼の優しさが、彼の祖母に対する想いが自分の事のように嬉しかったとか。バージルに告白されるまで‥‥エルネストへの恋心に気付いていなかったとか。
「憧れはありました。けれども‥‥いつの間にか、本当に好きになっていたんです」
「私にとっても、彼はある意味特別な人です」
 シェアトがワインを入れた器を両手で持ちながら、そっと呟いた。
「お会いしたら聞いてみたい事もあって‥‥。彼に惹かれるのは分かる気がするんです。一途で揺ぎ無くて、1人の女性の一生を愛しきって心に納める人‥‥」
「あたしは白のクレリックだから、異種族婚について賛成出来る立場ではないけれど‥‥」
 黙って聞いていたポーラは、以前貰った『聖夜の雪』の赤い造花を取り出して見つめる。
「でも、恋愛は自由よね。ねぇ、マリーさん。バージルさんは怒っていたけれども、彼が怒る理由は承知の上でここに来ているのよね。おばあ様と彼の2人が覚悟を決めて恋愛を貫き通した‥‥その覚悟を持って、来たのよね?」
 マリーの話から、『まだ淡い恋心』の熱のまま来ている事は分かっていた。それでも敢えて問う。人を導く定めを担うクレリックだからこそ。
「‥‥覚悟‥‥。実るかも分からないのに覚悟なんて‥‥」
「どちらにしてもね。最後まで付き合うわ。そして彼に会ったら、改めて自分の心をきちんと見つめ直しなさいと助言しておくわね」
 ジェラルディンの心の内に過ぎるのは、自分のように後悔しないで欲しいという事。行動出来ずに引き摺ってしまうような恋にしないで欲しいという事だ。どんな未来が待ち受けていようとも。だからバージルにも告げた。自分の気持ちの整理をつけてから今後の事を判断しろと。
 4人の話はその後もしばらく続いた。


 エルネストは村の端の家で1人暮らしていた。
 皆が訪ねると驚いた顔をしたものの、来訪を歓迎してワインを振舞ってくれる。彼はこの村で猟師をして生活をする他、畑の仕事を手伝ったりもしているらしい。畑と森の間に、毎年花が咲く。その花畑の為に、彼はこの村に居るのだ。
 マリーが勇気を絞って森の奥の花畑へ行きたいと言う話をすると、彼は少し考えてから了承した。そのまま冒険者だった頃の装備を整え、皆は村を出発する。
 馬車の中ではマリーは緊張しているのかほとんど口を利かなかった。皆に突かれてようやく近況を話し始めたりする。マリー自身、まだどうしたいのか自分でも分かっていない。ただ、花を彼に手渡して告白する。それを行っていいものかまだ迷っているようだった。
 村から目的の森まではさほど遠くなかった。森の近くにある小さな村に馬と馬車を預け、一行は森に入る。毎年この森に入っていたというエルネストが先導し、時折遭遇する獣を簡単に倒したり追い払ったりしながら、彼らは森の奥深くへと進んで行った。
 道中の食事は、森写歩朗とラファエルが美味しく仕上げた。マリーも調理の腕はそれなりにあるが、男性陣の調理に嬉しそうにしている。
「シェアトちゃん。熱いから気をつけて」
「あ、はい。ありがとうございます」
 2人は誰にも言わなかったけれども。まぁ見れば分かるというものだ。ラファエルとシェアトの関係は。
「恋愛ですか‥‥」
 森写歩朗がそんな2人とマリー達を見て思わず呟く。
「恋愛よね‥‥」
 深く頷いてポーラも呟き、ちらとジェラルディンに目を向けた。
「貴女はどうなの?」
「私? そうね‥‥生き急がないようにしているわ」
「少し違う気がするのだけど」
「そう? 同じ事よ。森写歩朗さんは?」
「はい? 私ですか‥‥?」
 と、恋愛話に敢えて踏み込んでいない3人は、互いの恋愛について話を回しっこしていた。
 ともあれ、彼らは順調に森の奥へと足を踏み入れる。


 突然視界が広がった。一面の別世界に皆が息を呑む中、年老いた男が近付いてくる。
 だが皆の挨拶が終わるや否や、男は早速とばかりに彼らに用を押し付けてきた。『薪を集めろ、食糧を取って来い、美味しい料理を作れ』。彼のそういった注文を果たした者だけが、この花畑から花を持ち帰る権利を得る事が出来るのだ。しかしそれらは彼らからしてみれば造作も無い事だった。
「思ったより‥‥濃色だったんですね」
 本物の花が見たいと思っていたシェアトが、そっとしゃがみこんでそれを両手で包み込んだ。小さな‥‥本当に小さな花。
「造花はいいね」
 その隣に腰を下ろす男。。
「生花は持って帰っても枯れる。儚い命だ。けれども別の地で巡る命がある事は、素晴らしい事だな」
「エルネストさん‥‥」
「村でも時々作っているよ、造花を。帰ったら、持っていない人に渡そうか」
「お聞きしても‥‥宜しいですか」
 横顔を見ながら、シェアトは尋ねた。
「今‥‥どんな風に‥‥」
 アンヌが彼の心に生きているのか。だが、それは聞けなかった。マリーの気持ちを考えると、言葉が出ない。
「‥‥お元気ですか? 今も‥‥幸せですか」
「勿論。君は?」
 あっさり肯定されて問われて、シェアトは顔を上げた。
「‥‥彼が」
 その視線の先には、年老いた男の為に薪を作っているラファエルの姿。
「あの人が、そうです」
 彼女の呟きに、エルネストは笑う。その穏やかな笑みに、シェアトはその心の内に触れた気がした。

 赤い花を、ジェラルディンも森写歩朗も根ごと持って帰る事にした。そしてマリーがその花を持ってエルネストの傍に行くのを、そっと見守る。
「私‥‥過ちだとは思ってません」
 花を渡した後、最初にマリーはそう告げた。
「人を好きになってしまう事。おばあ様がエルネストさんを好きになって、その想いを秘めたまま結婚して、それでもその後もずっと想い続けた事。他の人から見れば、何て不誠実だと思われるかもしれない。けれども私はそんなおばあ様が大好きだったし、1人の女性として憧れました」
 聖夜の頃に咲くその花に、そっと祈りを捧げていたポーラも立ち上がり、彼らを見つめる。
「でも、それと同じくらい、貴方の事も好きになっていました。私にとっての永遠は、私の大好きな2人が永遠の愛で繋がっていた事かもしれない。この花を見て‥‥そう思ったんです。おばあ様と貴方が生きて傍に居てくれる事が、私の‥‥愛というか、その‥‥恋というか」
 思ったよりもハッキリ喋るマリーだったが、皆が遠巻きに見守る中、下を向いてしまった。そして。
「‥‥好きです。おばあ様を好きで居た、今も好きなままの貴方が好きです。‥‥こんな事が言いたくて、私、皆さんにここまで付いて来て戴いたんです。我侭ですよね。でも‥‥」
「私も去年まではとても我侭だったよ」
 男は笑った。清清しいほどの笑顔で。
「ありがとう、マリー。けれどもエルフの『時』は人間よりも遥かに長い。彼女を想ったまま他の誰かを好きになる事はしたくない。後何年、何十年先になるか知れない『時』に、君を巻き込むつもりは無いんだ」


 マリーは泣かなかった。けれどもそれをポーラが受け止めて慰める。バージルを連れてくるつもりだった森写歩朗も複雑な思いでそれを見ていた。ここに彼が居たなら、違う展開があったのだろうか?
 ラファエルは離れた所からそれを見守っていた。それから軽く息を吐いて歩き出す。
「シェアトちゃん」
 遠くに居ても、彼らの声は充分聞こえた。だからラファエルも感じる。普通に生きれば、自分もこうして残して行ってしまうのだ、彼女を。
「手、冷たくない?」
「はい‥‥大丈夫です」
 心なしか曇ったような表情の彼女の両手をそっと取り、その手を包み込んだ。
「ねぇ、シェアトちゃん。あの時告げた気持ちに変わりはないわ。後悔も無い。‥‥だからそんな顔しないで。ね?」
 
 帰り支度をしながら、ジェラルディンはエルネストに近付いていた。両手を後ろに回して組み、そっと男を見上げる。
「これからどうするのか‥‥聞いても良いかしら?」
 問われて男は苦笑した。
「私の意見としては‥‥親代わりに、彼女を見守っていて欲しいと思うのだけど」
「下手に傍にいるほうがつらい想いもある」
「そうね。でも、それを決めるのは彼女だわ。貴方が気を使う事じゃないと思うの」
 言いながら、それでもこの男がマリーの傍に居る事は無いのだろうと感じる。最愛の人の傍でさえ、冬の数ヶ月しか居なかった。例え見守ってくれるにしても、遠い場所からになるのだろう。
「聖夜祭には帰ってきても良いんじゃないかしら。‥‥人は変わるわよ。私達エルフには信じられないような早さで。それを見守ってあげるのも、貴方が愛した人との間で交わした言葉のひとつじゃないの?」
 ポーラに指摘され、エルネストは頷いた。孫娘を頼むとは言われなかった。元よりアンヌはバージルに頼むつもりだったのだ。だが、マリーがバージルを望まないのであれば、何らかの形で見守る必要はあるのだろうと。
「一番収まるのは‥‥バージルさんと上手く行く事かもしれませんが‥‥。人の心は難しいですね」
 森写歩朗は花畑を振り返った。見送ってくれた小屋の男はもう見えない。こんな所で冬も1人で暮らしているとは思えないが、彼が何の為にこの場所に居続けるのかを思うと胸に押し寄せるものがある。何だかんだと年老いた男の世話をした森写歩朗に、男は暖炉の前でワインを勧め話してくれたのだった。この花畑を大切にし続けた、1人の森の娘の為に。死ぬまでここに留まっていたいのだと。

 そして彼らは花畑を後にした。
 これから深くなる雪の中、あの小さな花は埋もれながらもたくましく咲き続けていくのだろう。美しく大地を染め上げるのだろう。
 同じこの大地に生きる、人々と同じように。