盗賊王の秘宝〜因縁そして討伐〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 86 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月18日〜11月25日

リプレイ公開日:2007年11月27日

●オープニング

 盗賊王の秘宝。
 それは、伝説の盗賊王が持っていた宝。
 盗賊王は多くの盗賊達を束ね、遂には1国を築き上げるかと思われた。
 だがその直前に暗殺され、野望は適わなかった。

 盗賊王が多くの者達を纏め上げる事が出来たのは、『秘宝』の力を借りていたからだ。
 『秘宝』は人心を操り思うがままに動かす力を持つ。
 そうする事で、戦わずして巨大な力を手に入れる事が出来るのだ。

 今でも、盗賊達の間で密かに語り継がれている伝説の秘宝。
 真実存在するかも分からない、伝説の宝。
 
 それでも彼らは求め続ける。
 
 力を。
 求め続ける。


「久しいな」
 森に囲まれた小さな小屋の中で。老齢のエルフは静かに口を開いた。
「あんたも無事だったか‥‥。まぁ、そう簡単に死ぬようじゃ、互いに『あれ』に首突っ込んでられないよな」
「‥‥で‥‥分かったのか?」
 エルフは暖炉に薪をくべ、来訪者の男を見つめる。
「‥‥見当は」
 男は壁にもたれたまま、手に持っていた袋を放った。それは弧を描いてテーブルへと滑り落ちる。
「『秘宝』の話をしても‥‥あんたは動かなかった。『地下迷宮』とそれに纏わる『地下帝国』を調べてるあんたが動かない‥‥。知ってるからだろ? 『盗賊王の秘宝』。それが本当は『何』なのか」
「知っているとも。‥‥お前の‥‥正体もな」
「正体、か。正体‥‥そんな物、俺には関係ない話なんだけどな。俺は『山猫盗賊団』に育てられ、『山猫傭兵団』を作って、生きてきた。自分が何者で‥‥どこから来たのか。そんな事は俺にとって重要じゃない」
「私は興味深いが」
「『秘宝』は‥‥無いんだな?」
 男は、淡々とした口調で尋ねた。エルフは壷から取り出した薬草を煎じ、それを器に入れる。
「‥‥私が幼い頃に聞いた話を‥‥。お前は知りたいか?」
「『秘宝』があってもなくても、今の俺の目的は変わらない。けれど、真実は知りたい」
「真実は、往々にして歪められるものだ‥‥歴史によってな」
「俺の戦いに、仲間を巻き込んだ。『山猫傭兵団』は団員を失って‥‥俺は1人になった。真実が分からなきゃ、あいつらに詫びも入れられないだろ。なぁ‥‥シメオン。あんたみたいにいつも1人で居る奴には分からないかもしれないけど‥‥俺は2度、仲間を失った。もうこれ以上‥‥『あいつ』を野放しには出来ないんだよ」


 『山猫傭兵団』という傭兵団があった。
 だが『盗賊王の秘宝』を求め動く盗賊団を倒そうとし、滅んだ。
 傭兵団で残った僅かな者達と幹部はそれでも水面下で動いたが、彼らも殺された。
 彼らを滅ぼしたのは『妖虎盗賊団』。圧倒的な人員を擁する、国家の転覆さえも考えている盗賊団。
 パリにまで手を伸ばした彼らは、しかし冒険者達の手によってその出鼻を挫かれ、パリを去って行った。
 だが。
 彼らは諦めたわけでは無かった。
 人の心を意のままに操るという『秘宝』。その入手と、彼らの手による国の設立。
 そのどちらも手に入れる為‥‥彼らは大きく動き始めたのだ。


 冒険者ギルドに背の低い男がやって来たのは、少し寒い晴れた日の午後の事だった。
「依頼、出させてもらう」
 男は軽く言って、革袋を置いた。金貨がぶつかり合う重い音が聞こえ、受付員は頷く。
「『妖虎盗賊団』の壊滅。それが目的だ」
「あまり聞いた事のない名前ですが‥‥有名なのですか?」
「あいつらが名前を表に出すはずが無い。奴らの目的は名を売る事じゃないからな。奴らが名を残すのは、それが効果があると分かっている時だけだ。‥‥前に、50人近い盗賊を冒険者がパリで捕まえたみたいだけど、元々100人近い人数で構成されてる。さすがに奴らも考えを変えて‥‥パリに手を出すのはやめたらしい。代わりに目をつけたのが『青き砦』」
「‥‥それは?」
「パリから歩いて3日くらいの所かな‥‥。左右に森という名の壁、前後に平地。街道があるけどその砦を抜けないと向こうに行けない‥‥そんな要所だ。そこを‥‥1ヶ月くらい前かな‥‥奴らが乗っ取った。おかげで商隊は勿論、旅人もそこを通れなくなった。通ろうと思ったら高い金を要求されるだけじゃない。身包み剥がされるからな。だけど、それだけじゃない。奴らは命と引き換えに、砦に入った奴らを仲間にする。そうして情報を得て、更に勢力を拡大するんだ。そうやって近くの村や町がやられた」
「‥‥たった1ヶ月で?」
 受付員は信じられないという風に首を振った。
「でもそれならば、近隣から助けを求める依頼が入っても良さそうなものですが‥‥」
「村や町の連中は、一見普通に生活してるからな。でも、あいつらも皆盗賊の仲間だ。自分で望む、望まない関係なくな。そうじゃなくても‥‥『預言』の影響は消えたわけじゃない。生活に不安を感じてる奴らもまだまだ居る。そういう奴らにただ一言言うだけだ。『秘宝があれば、全てを変える事が出来る。だがその秘宝を国は隠し持ったまま使おうとしない。あれさえ使えば‥‥あんな預言に脅かされる事は無かったんだ』。勿論そんなのは、ただの方便だけどな。奴らは目的の為なら、平気で人も騙すし脅すし宥める。仲間でさえも殺す。奴らに容赦なんて言葉は無い。俺の仲間も皆、殺された」
「そうでしたか‥‥」
「普通に殺されるほうがマシだけどな。実際、本当にどうなったか分からない奴もいる。ただ1つ分かってるのは、今の時点で『妖虎盗賊団』を倒そうと思っているのが俺だけだ、って事だ。だから仲間が欲しい。確実な強さ、確実な武器、確実な盾、確実な鳥が欲しい」
「鳥‥‥?」
「偵察とか情報を集める奴らの事を、俺達は『鳥』って呼んでる。一番危険な仕事だ。俺もある程度自信はあるけど、俺は奴らに顔が知られてる。奴らの近くで情報を集める事は出来ない」
「成程」
「今、奴らは勢力を増加しつつある。でも、まだ組織として固まってない。だから今の内に叩いておかないと‥‥後はもう、俺達だけじゃどうしようも無い事になるんだと思う。‥‥国の手は借りたくない。今のこの状況を招いたのは、判断が甘かった俺の責任だ。だから冒険者の力を借りたい。‥‥これで、終わりにしたいんだ」
 男はバックパックから、一枚の古い地図を取り出した。
「これが‥‥あの辺りの図だ。『青き砦』は‥‥」


 青き砦構造。
 砦の周りに川は無いが、砦の土台の周りが登り難いように堀が作られている。水は張られていない。砦の壁の高さは5m。中に入る為の門は馬が1頭通れるくらいの横幅しかない。跳ね橋があり、通常はそれで門を閉じている。裏門はない。門の両脇には塔(見張り塔)があり、砦壁の上は内側から矢を射かける事が出来るようになっている。
 砦内は、更に内側にもう1つ砦があり、塔と組み合わさって階段で繋がっている。平地には厩と井戸と倉庫だけがあり、礼拝堂も内側の砦内にある。砦内部と内側の塔の構造は不明。ただし、どちらも1階部分には入り口が無い模様。階段を上らないと入れない構造のように思える。砦と内部の塔の高さは、外側の砦壁より高く、外からでも見える。
 跳ね橋と門は木製。砦壁と塔は石製。砦内には、およそ200人が収容できると思われる(ただし200人を常時生活させる事は出来ない)。

 砦内には、およそ100人程度の人が居ると思われる。
 その内、最低でも60人は元から居る盗賊団の者。後の構成は不明だが、一般人も含まれる。 

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8384 井伊 貴政(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb9212 蓬仙 霞(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb9547 篁 光夜(29歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

マアヤ・エンリケ(ec2494

●リプレイ本文

●時
 ゆっくりと静かに。その時は近付こうとしていた。
 月が天を超え、日が顔を見せるその数時間前。
「用意は」
 篁光夜(eb9547)が尋ねた。
「大丈夫」
 同じように短く答えるのはレティシア・シャンテヒルト(ea6215)。緊張していないはずが無い。けれどもしっかり前を見据える。
「‥‥リアナに連絡は?」
 がさがさと後ろの茂みから尾上彬(eb8664)が出て来た。多少息が切れているのは走って来たからだ。森の向こうに見える砦を見上げ、それから別の方向に目をやった。問題は無さそうだ。
「今から。‥‥覚悟はいい?」
 その問いに皆は頷く。
 月が動いた。全てを変える為。圧倒的不利な状況から勝利を掴む為に。
「来たな」
「来たわ」
 その瞬間を待つ。手に汗握るじりじりとした待ち時間を堪えて、彼らは身を屈めた。
「‥‥行こう!」

●相談
 遡る事5日前。6人の冒険者が、パリでシャーと出会った。
「腕利きの冒険者達を募集しただけあるよな。ノルマンの有名人にお目にかかれるとは光栄だ」
 井伊貴政(ea8384)とリアナ・レジーネス(eb1421)を見てシャーは肩をすくめる。
「砦に入ったら奴らの士気も下がるだろうなぁ。何たって有名人だもんなぁ」
「逆に、倒したら名が上がると高揚するんじゃないのか?」
 彬に問われてシャーは告げた。奴らは時期が来るまで名を広めるつもりが無い。だから名声目当てに突っ込んだりはしないのだと。
「それなんですけどー。こちらは7人ですし、やっぱり表から突っ込むのは無謀だと思うんですよね〜。僕は有名と言っても別に一流冒険者じゃないですし〜、囲まれたら大変なんですよー。だから、『本人のフリ』をして砦内部に入ろうと思うんですよね〜」
「ボクも砦内部に入るつもりだ。ボクはパリに来て間もないから、逆に顔が知られてないと思う。だから、内通者として動きやすいんじゃないかな」
 蓬仙霞(eb9212)の強い眼差しがシャーを見つめた。赤毛に青の双眸。成程、確かに一見ジャパン人には見えない。だがそれでも、肌の色や骨格からノルマン人の人間には見えないわけだが。
「つまり、砦内部で情報を集めて探るのが2人よね。後5人で‥‥戦える?」
 レティシアが皆を見回すと、リアナが少し考えてから口を開いた。
「敵は100人‥‥頑丈な砦と弓兵が居て‥‥狭い門があるんですよね‥‥? 弓の射程ってどれくらいですか?」
「200mかな。でもそれは最大幅だよ。物によっても時間によっても違うしね」
「私のライトニングサンダーボルトは、最大射程は多分500mくらいだと思います。軽装の人なら瀕死に追いやる事も可能なんです。これで弓兵の人は倒す事が出来ると思います」
「でも下からだと見えないんじゃないかな」
「だから上空から」
 にこっと笑って、リアナは自分のジュースに口をつける。こんな愛らしい娘がまさか破壊力抜群の魔法を高速で放つとは、誰も思わないだろう。
「上空‥‥。そうか、飛行道具か」
 言葉少なに皆の話を聞いていた光夜が、ふと顔を上げて声を発した。だがそれへもリアナは笑みを返す。
「そうですね。現地まではそれで行こうと思っています。私のペットは目立ちますから」
「ペット? ‥‥ペガサスとか?」
 今回は置いていこうと決めている自分のペットを思いながら、レティシアが尋ねると、彬の傍に控えていた愛犬巴の耳がぴんと立った。
「いいえ。ロック鳥で」
「ロック‥‥」
 と言われても、実際に依頼で敵対する事は稀だろう。だがたまに冒険者がペットとして連れて‥‥と言うか、それに乗って埋もれていたりしている。実際巨大すぎる鳥が町の上空を飛べば、それだけで天変地異だと大騒ぎになる事必然の為にどうやって自宅で飼っているかは永遠の謎だが、飼い主は決してそれを人に明かす事は無いと言う‥‥。
「以前も、乗って砦を攻撃した事があるんです。あの時は成功しましたから大丈夫ですよ。それにフロストウルフも一緒に乗せて行きますし」
 そうと聞けば心強い。
「じゃあ、リアナに上から攻撃してもらうとして‥‥それで片付いたりはさすがにしないよね?」
「そうですね。砦も破壊できれば良いのですけれど、石に当たると魔法が吸収されてしまいますから。ただ、ロック鳥に石や木材を持って貰って高い所から落としてもらうつもりです」
「‥‥それ、少しでも目測誤ると怖い事になりそうだな」
 彬が想像して呟くと、リアナは首を傾げた。
「一般人も居るかもしれないし、その人達は出来れば傷つけたくないと思うんだけど」
「そういう事なら‥‥私のヴェントリラキュイと‥‥」
「そうね。砦に入ってから正確な位置をテレパシーで伝えるといいかも。内部に入る貴政と霞に調べて貰っておいて、合流したら聞いて知らせるの」
「‥‥ひとつ聞きたいんだが、空から石を落とすのに、俺達や一般人を巻き込めないと本当に言えるか?」
 慎重に光夜が尋ねる。
「場所を聞いてその上からロック鳥に落とさせればいいんですから、大丈夫だと思いますけど?」
 小首を傾げるリアナだったが、光夜が慎重になるのも無理は無い。万が一自分達の上に落ちて来れば死に直面するわけだし、彼はハーフエルフ。押し潰された人々を目の当たりにして狂化しては話にならない。
「俺は大量の血を見ると狂化してしまう‥‥。狂化したら敵味方の判別も付き難くなる。出来ればそれは避けたい」
「頭を押さえれば〜、それほど血を見なくて済むかもですねー」
 ひょいひょいと貴政がトレイに料理を載せて持ってきた。居ないと思ったら、ちゃっかり酒場の厨房を借りてスペシャル料理を作っていたらしい。
「そろそろご飯にしませんかー。ジャパンでは、『腹が減っては戦ができぬ』と言いますしー」
「お。美味しそうだな。‥‥ん? おにぎりか! 米なんてこの酒場にあったのか?」
「買ってきてもらいました〜。やっぱり戦場ではおにぎりですよねー」
「懐かしいなぁ‥‥。ボク、昔食べたおにぎりを思い出したよ‥‥」
 ジャパン人達が盛り上がる中で、その他の人々はおまけのように運ばれたスープとパンに手をやっていた。
「漬物も旨いな! でもこれ随分浅い漬け上がりのようだが‥‥」
「あ〜、それはですね〜。塩でちゃちゃっと揉んで置いておくだけの簡単漬物なんですよ〜」
「塩‥‥。一体幾ら使ったの?」
 もきゅもきゅ食べながら霞が問うたが。
「酒場の人の奢りだそうですー。太っ腹ですよね〜」
 爽やかな笑顔で貴政はそう答えた。だが、本当に気前良く材料を提供してくれたわけではない事に気付いた、一番厨房近くに居た光夜は。
「‥‥」
 店員達の視線を受けながら、とりあえず知らないフリをした。

「俺はゴーレムを連れて行こうと思う」
 彬は皆にそう告げた。
「ゴーレムに松明を取り付けて、宵闇の中歩かせる。遠くから見ればある程度の数の軍勢に見えないかな」
「そうね。いいんじゃない? ゴーレムは大きそうだし結構な数を演出できるかも?」
「悪いがそれほど大きかない。俺より小さいしな。両手を伸ばしてそれで何人分になるか‥‥。10人にもなればいいほうか?」
「う〜ん‥‥」
「10人でも、纏まってやって来た事に弓兵も門番も警戒するんじゃねぇかな。敵さんの注意が逸れた時に、リアナの魔法がどかんと来りゃあ、大いに混乱するってぇ寸法だ」
 おどけた様に言うと、皆も頷く。
「少しでも混乱が長ければそれだけ侵入しやすくもなる。‥‥シャー。あんたは殲滅したいと言ったけど、それはちょいと無理じゃねぇかな」
「そうだな。だとしたら、俺達は頭を潰す事に専念したほうがいいかもしれない」
 光夜としても、そのほうが助かるのだ。
「中に入る方法は、ボクは脱走兵という事にするよ。奴らは仲間を集めてる。そこへ情報を持った脱走兵が来れば上手い具合に中に入れると思う。井伊さんは?」
「僕はこうですね〜。『有名な冒険者、井伊貴政の風体を騙って仕事にありついてきたけど、バレて職を失った流れ者』でー」
「あはははは」
 思わず笑いが洩れる。本物が偽者のフリをするのだから、これはなかなかツボだ。
「じゃあ、定期的に中の人とは連絡を取り合って‥‥情報交換ね。砦ぎりぎりまで寄ってテレパシー‥‥出来るといいんだけど。シャー。森から砦までの距離って分かる?」
 それまで黙って聞いていたシャーは、あまり浮かない顔をしていた。問われて肩をすくめ、口を開く。
「俺は近寄れないって言っただろ。予測は出来るけど正確な距離なんて分からねぇよ」
「そうだったわね。‥‥じゃあ、シャーは? 貴方にも策とか意見はあるでしょ?」

●不安
 シャーは、6人の顔を眺めた。
「言いたい事はいろいろあるけどな‥‥。まだ作戦を煮詰める段階にあるとしても、俺にしてみれば甘い」
「じゃあ貴方の意見を言ってみてよ」
 促されて彼は次々と述べた。矢避けにフロストウルフを乗せていくと言うリアナに、体長10mのロック鳥のどこに乗って吹雪を吐くのか、馬で早駆けや走りながら弓を使うのと同様に、空で鳥の背に乗って魔法を使用するというのは相当な技術が必要とされるのではないか、それが高速詠唱であっても片手で鳥の背にしがみついて魔法を撃てるのか、手綱を持っているならともかく、ロープ如きが自分とフロストウルフの身の安全の保証になるのか。
 だがリアナはそれに対して答えながら最後ににっこり微笑んだ。
「大丈夫です。今までもそうやって成功していますから」
 何より過去の実績がある。それが彼女をここまで有名なウィザードに育てたのだ。勿論彼女はシャーを見くびっていたわけではない。過去の経験は、他に替えがたい物であるだけだ。
「‥‥じゃあ、貴政と霞。中にその方法で入れたとして、即座に信頼を得る自信があるのか? 奴らは敵に容赦しない。バレたら命の保証はしない」
「ボクは、井伊さんに斬り傷をつけてもらうつもりだ。本物の傷があれば説得力だってある。普通の冒険者は、依頼でここまでやらないと思う。だからこそ騙せる可能性が上がる。‥‥シャーの覚悟に、ボクも報いたいと思ったんだ」
「そんな命の張り方していいのか? 正面から中に入れば容易に動けるってもんじゃないだろ。お前達の動向を見てる奴が100人居るって事だ。そんな中で下手な動きしてみろ。すぐにバレるぞ」
「テレパシーの魔法は、口に出して喋るものじゃないわ。だから距離内であれば不審な動きにはならない」
 レティシアが口を挟み、霞も頷いた。
「僕は天体鑑賞を日課にするつもりです〜。城壁の上に登ったらテレパシーも届くんじゃないでしょうかー。情報交換は夜がいいと思いますねー。視界が悪くなって外が見えにくくなりますしー」
「他に策があるか? シャー。ボク達だけで成し遂げるには、これしか無いと思う」
 強い眼差しで告げる霞に迷いは無い。それへと光夜も口を開く。
「盗賊の要塞の制圧そのものが、元々厄介な話だ‥‥。極めてな。だから、砦付近の町村にも流言をするのがいいんじゃないかと思う」
「そうだね。『秘宝はない』。『国が盗賊狩りを計画中』。これだけでも大分違うはずだよ」
「‥‥人の欲は、大海の如し、か」
 『秘宝』と聞いて、彬が呟いた。
「シャー。前に依頼を出しただろう。あの時は会えなかったが、俺はそれに参加していた。『秘宝』を狙って盗賊団がパリを襲う。そんな依頼だったかな」
「‥‥悪かったな。パリに行けなくて」
「それは構わないが、秘宝の事は気になっていた。何故、『盗賊王の秘宝』が無いと分かったんだい?」
 問われてシャーは小さく息を吐く。
「そうだな‥‥。話したほうがいいか。知っているほうが動きやすいだろうし‥‥」
 そして彼は話し始めた。長い話を。

●因縁
 シャーと妖虎盗賊団の長、ティーグルを育てたのは、地下帝国を作り上げようとしていた者達の末裔だった。彼が言う事には、自分は人間だが先祖はハーフエルフで、いろいろと口伝があるらしい。その中のひとつに『盗賊王の秘宝』があったのだった。子供心にわくわくして聞いたシャーだったが、ティーグルはいつの間にかそれを自らの野望としていた。
『お前がこの盗賊団を率いる事が必然だと言うのか? 何の力も無い、ただ奴らと同じだと言うだけで! 俺とお前のどこが違う。いや、俺のほうが強い。俺のほうが優位種族だ』
 そしてティーグルは彼らの育ての親が作った『山猫盗賊団』の者達を皆殺しにし、去って行ったのだった。
 だが、秘宝は伝承に過ぎず存在しない宝だ。
「いや、存在はしていた。『盗賊王の秘宝』は、形の無い物の事だったんだ」
「‥‥形が無い?」
「俺の知り合いが子供の頃、自分の祖父から聞いた事があるらしい。そいつはエルフで長生きだから、かなり昔の話だな。そのじいちゃんが若い頃、盗賊王が活動してて『地下帝国』の奴らとも何度も衝突してた。盗賊王は『秘宝』を持っているっていう噂が流れてたけど、じいちゃんの友達が盗賊王の部下だったって言うんで聞いてみたらしい。‥‥『秘宝』は『人の心』」
 人心掌握に長けていた盗賊王は、次々に仲間と部下を増やして行った。彼が途中で地下帝国の者達に殺されなければ、本当に国を建てる事が出来たかもしれない。それほどに皆から信頼されてもいた。人望があると言う事は、それだけでも有力な資産となる。強い力となるのだ。
 彼はいつも赤色の宝石が付いた剣と首飾りをしており、彼の死後、多くの私物が奪われた。だが、『秘宝』は見つからなかった。『地下帝国』の者達には理解出来なかったのだ。種族に分けて人々を支配している彼らには、分け隔てなく人を愛する心を持つ事が、どれほどの救いであるかなど。
 そして、彼は伝説の人となってしまったのだ。
「じゃあ、その地下帝国の頃の教育を受けたティーグルは、ハーフエルフだったのか?」
 光夜が問う。ハーフエルフ至上主義の地下帝国の話も聞いていた。
「‥‥いや、違う」
 だがシャーは呟く。
「俺達は、人間じゃない。‥‥人だとは思ってる。でも‥‥」

●潜入
「ありがとう、助かったよ」
 霞は手枷を外して貰いながら盗賊に微笑みかけた。ボロ着を身につけ他に何の装備も持たずに入り込む事は、ある意味自殺行為かもしれない。だが護送中に脱走した事を装って自らの剣技を披露し、助けと食住の提供を申し出るとすんなり迎え入れられた。特に大仰な見張りがつく事も無く、彼女は一通り砦内を見て回る。
 ざっと見た所、表門以外に外に通じる道は無かった。攻められれば逃げる所は砦内の高い建物だけと言う事だ。1階に入り口が無く階段が細い事から、攻め難い。中に入れて貰って充分な食糧と武器が保管されているのも確認した。地下には井戸が有り、水不足に陥ることは無いように見える。篭城しやすい造りになっているのが砦。攻められる事を承知で着々と蓄えているように見えた。
「高い壁だなー。ここは堅固な砦ですね〜」
 壁上に上ると、確かに内側から矢を射掛ける事が出来るよう壁に穴が開いている他、備え付けの弓もあった。そこへ貴政も何食わぬ顔でやって来る。
「これだけ立派な砦なら、ここに居れば追手もやって来ないだろう」
「追手?」
 近くに居た弓兵に問われ、霞は自分が脱走兵である事を告げる。どんな罪状だったのか、どこへ護送されていたのかも問われ、あらかじめ決めておいた返事を返すと弓兵達も「大変だったな」と頷いた。
「そー言えばー、首領さんはどちらにいらっしゃるんですか〜? やっぱり下っ端じゃ会ってお礼とか言えないですかねー?」
「頭は館にいるな。あの塔の隣の」
 館も1階に入り口は無い。塔とは階段で繋がっておりほとんどの者達も同じ館内で暮らしていた。人前に姿を見せたりはするが、頻繁に交流したりはしないらしい。
 貴政は料理が出来る事をアピールして厨房係に配属。霞は盗賊達の訓練と掃除係を与えられた。
 そして2人は与えられた仕事をこなしながら、内部の調査を始めたのである。

●森
 砦と森との間は、森の中から何とかテレパシーが届く程度の距離だった。
 だが実際の問題はそこでは無く。
『‥‥見張りが行った‥‥。今だ』
 彬が遠くの木に上って森を眺め、斥候の位置を確かめてからレティシアがテレパシーをする。だがそれはぎりぎりの攻防だ。彬が森内に罠があるのではと警戒して外したりしたものの、森の中に見張りが立っているとは誰も考えて居なかった。見張りに見つからない距離からテレパシーを送る事は不可能。では危険を承知でやるしか無いのだが、見つかれば計画は頓挫する。決死の思いでテレパシーを送る事になった。斥候は当然罠の確認もしていたから、野営地に帰る時には罠も戻して行かなければならない。彬の責任も重大だった。
 テレパシーで話している時間も短縮しなければならなかったから、貴政と霞も的確に纏めて伝える為に骨を折った。決行の日までは見張りを倒す事も許されない。彼らは毎日細心の注意を払いながら情報を交換した。
 砦から離れた場所に設置した野営地に残った者達は、合間に近隣の町村へ飛んだ。そこで噂を流し、人々を引いては盗賊達を動揺させる為である。彬は人遁を使って素性がばれないようにしたものの、レティシアやリアナが噂を流すには少々目立ちすぎた。話を聞いてみれば、元々田舎の町村。外から旅人が来ることも多くなく、砦を毎日誰かが訪れるという事もないらしい。
 実際にその噂がどれだけの効果を及ぼしたのか、彼らには分からなかった。
 そう。彼らは知らなかった。彼らの敵が、どれだけ用意周到な者達であるか。これまでにシャー達がどれだけ彼らの罠に嵌まって来たかと言う事など。

●罠
 決戦は5日目。それは最初に決めた事だった。
 だが4日目の夜。
「パリから連絡があった。パリに最近着いた護送車から逃亡していた囚人は居ないそうだ」
 霞は初めて首領と会っていた。ただし虜囚として。両肩を抑えられて連れてこられたが、彼女の実力があれば隙をついて敵の剣を奪い、首領に肉迫する事も可能だ。だが目の前の大柄な男の実力は知れない。それに、ここで暴れて1人で砦から逃げる。勝算はあるか? 彼女1人で逃げれるほど甘くない事は連日の調査で分かっている。
「最近、近くの町や村で旅人風の奴らが噂を流しているそうだな。お前の仲間か」
「知らない」
「町に盗賊は居ないと踏んだか。それともそんな噂を流して混乱するとでも思ったか? 『秘宝』は盗賊間の中でしか知られていない話だとシャーから聞かなかったのか?」
 表情を表に出すまいと努力したが、彼女はそこまで演技派ではなかった。
「何の為の『秘宝は存在しない』という話か‥‥諦めさせる魂胆か? まぁ何でもいい。奴が焙り出されるならな」
 そして首領は笑う。『新しい獲物を歓迎しよう』と。

 霞が居なくなった事は、何かと気にかけていた貴政も分かっていた。霞とは極力接触しないよう注意していたが、彼女に先につけた傷は癒えていない。何かあったら大変だと動向を見ていたのだが、『どうやら間諜だったらしいぞ』という噂を聞いてからは、さすがの彼も覚悟を決めた。同じ時期に入ってきた自分が怪しまれるのは確実。実力を見せないようのんべんだらりと過ごしていたが、現在の状況を外の仲間に知らせる必要もあった。
 何気なく森近くの壁にもたれかかり、テレパシーが来るのを待つ。手早く現状と、抜け道が存在しない事も重ねて伝えた。ならば内部に入る方法は限られている。表から入るか、壁の上から縄はしごやロープを垂らすか、空から降りるか。だがリアナが魔法で攻撃する混乱に乗じて入るならば、どれも適しているとは言えなかった。そうでなくても砦の壁は高い上に掘で囲まれている。実際よりも長い距離を上るうちに攻撃されるだろうし、攻撃がある時に表から訪ねるのは可笑しな話だし、空から降りるとなると攻撃してくれと言っているようなものだ。
「‥‥どうする?」
 待機組は霞が捕らわれた事、抜け道が存在しない事、貴政の手引きも期待出来ない事から計画を変更せざるを得なくなった。例えばこれが地上からの攻撃のみに絞られるのであれば、手薄になるであろう空中からの侵入も可能だったかもしれない。だがリアナはロック鳥を使わずに自分の身ひとつで囮になる事は避けたいと告げた。確かにウィザードである彼女は接近でもされれば一溜まりもない。この人数で強襲は難しいと考えたから、首領を倒す事を目標として計画を進めてきたのだ。だが中に入れないとなれば、霞と貴政の命が危ない。
「‥‥俺が囮になるしかないだろうな」
 話が煮詰まり沈黙が訪れたその時、シャーが言った。
「ずっと単独行動したり無理してきたんでしょ? 止めたほうがいい」
 だがすぐにレティシアに返される。
「お前が死んだら、誰が報酬を払ってくれるんだ?」
「それもそうか」
 光夜の言葉に頷くが、シャーは遠くの砦を見つめた。
「奴は俺を殺したいと考えてる。俺に関しては他よりも冷静さを失う奴なんだ。霞が囚人になったなら、俺との繋がりも分かってるだろ。だったら出たほうがいい」
「どういう風に?」
「‥‥ベゾムを貸してくれ。俺が出たと分かったと同時にリアナが空中から攻撃を仕掛ければ、俺もすぐに死ぬ事はないだろ」
 そして呟く。
「俺が死んでも‥‥後を引き継いでくれる奴はいるしな」

●攻撃
 ゴーレムに砦へ向かって進むよう指示を出した彬が森へやって来た後、皆はそれが近付いてくるのを待った。シャーはそれの上空を、まるで仲間を率いてきたかのように飛ぶと言う。いつもの森で見張りを速やかに倒した光夜が、他の者に見つからないよう敵を隠して待機し、貴政には今から突撃を開始すると告げた。結局、彼らはベゾムなどを使って中に入る事にした。混乱に乗じて一気に入り、首領と霞が居る部屋を目指す。砦のどちら側からゴーレムに歩かせても、入り口が1つしかない以上、誘き寄せられた敵は跳ね橋を通るだろう。そうすると入り口から侵入する事は不可能だ。ならば見つかる事を覚悟で飛ぶのが確実だろう。5mプラス掘の高さを持つ壁をロープで登るよりは遥かに早い。
「いざとなればファンタズムもあるしね」
 見つかりそうになったらシャーの幻影を壁の上にでも置けば良い事だ。古くから居る盗賊ならば充分惑わされてくれるだろう。

 リアナは戸惑っていた。
 上空200mを勘で上がったのはいいものの、闇の中では砦の位置さえ篝火が無ければ確実に見失う事だろう。だがこちらが見えなければ向こうも見えないだろうとぐんと降りてみたものの、やはり弓兵が何処に居るのかさえ分からなかった。彼女は目が良いわけでは無いし、空から地上にある物は点に見えるものだ。人が立っているかどうかなど、平行の高さに近付かなければ分からない。だが見える位置まで降りては敵からもこちらの姿が見えるだろう。最初は分からないだろうが、攻撃を受ければすぐに気付かれる。ロック鳥の巨大さに驚いて戦意喪失する可能性もあったが、彼女はフロストウルフを前に出して決意を固めた。矢が飛んできたら吹雪を吐くよう指示し、ロック鳥の端に寄る。このままでは魔法を撃ってもロック鳥に当たる可能性があったから、旋回してもらわなくてはならない。それも指示してロック鳥に巻きつけたロープが解けないか確かめ、地上を見つめた。
 やがてロック鳥は旋回を始める。だが視界が開けると同時に風が吹いた。
「えぇっ?!」
 ぐらりと落ちそうになって慌ててしがみつく。
「どうしてこんなに風が強いの‥‥」
 そもそも地上よりも空中は遥かに風が強い。高度を上げれば地上では想像も出来ないような風が吹く。それに気付かなかったのは、ロック鳥が巨大である為に多くの風を遮っていたからだ。その上この場所は、地形的にも風が強い場所で。
 再度旋回するよう告げながら、リアナは砦の向こうを見つめた。急がないと兵士に見せかけたゴーレムの正体がばれ、陽動にならなくなる。
『‥‥リアナ‥‥まだ?』
 声が飛んできた。焦っているのは誰もが同じ。
『今‥‥行きます!』
 返して片手で印を作った。刹那真っ直ぐ砦へ向かって飛んで行く稲妻。それは弓兵の1人を貫き、その場に倒れ伏したのが見えた。
「次‥‥」
 呟き再度魔法を唱えた瞬間、風に煽られた体が大きく揺れる。バランスを崩してロック鳥から落ちるリアナの視界に、こちらを見上げて構える弓兵達の姿が見えた。
「マリーナフカ!」
 ロック鳥をとっさに呼ぶ。勿論その若いロック鳥が強い絆で結ばれた主人を見捨てるわけがなかった。その背に主人が落ちるように急降下し‥‥。
「きゃあああ!」
 羽毛に包まれた背に落ちた次の瞬間、強い衝撃が走った。必死にロープと毛を掴んで耐える。何が起こったのかリアナには分からなかったが‥‥。

「リアナ!」
 壁をベゾムなどで越えようとしていた者達の目の前で、ロック鳥が砦の壁に激突した。体半分で壁の上面を擦り、岩壁が破壊されて行く。
「どうする?!」
「弓兵をやるしかない」
 壁の上では貴政が待っていた。だがレティシアが一気にベゾムで近付きシャドゥフィールドを唱える。ロック鳥付近に居た者達は突然暗黒の世界に飲まれて右往左往した。だが逆側に居る者達まで何とかする事は出来ない。彼女が狙い打ちされればリアナの身を心配している場合では無くなる。
 ロック鳥はだがその場で止まったりはしなかった。よろめきながらもゆっくりと再び飛んでいく。それへ矢が打ち込まれたが、巨大な体が幸いしてリアナに当たる事は無かった。だが。
 ロック鳥はフロストウルフまでは助けなかった。振り返って見つめるリアナの視界の先で、壁の上に叩きつけられたペットがゆっくり立ち上がるのが見える。
「逃げて、アウィス!」
 叫んでから弓兵に魔法を何発か放ち、リアナとロック鳥はふらふらと砦を離れて行った。

●救出
 彬は人遁で猟師に化け、混乱している砦内を素早く走っていた。霞が捕らえられている場所は貴政から聞いている。ちらと壁を見上げると、月の光を浴びた光夜が飛び上がって弓兵を殴っているのが見えた。その動きの華麗さは、こんな時で無ければ見惚れるほどだったかもしれない。
 貴政は太刀で飛来する矢を払いのけながら、壁に備え付けられた階段を上ってくる者達を倒していた。背後を取られないよう狭い階段で壁に背を当てながら降りる。レティシアもくっついて降りながら、時折ファンタズムやシャドゥフィールドを使って敵を翻弄していた。だが如何せん、敵が多すぎる。シャーも無事か心配だったが、ここまで来ると敵の首領を倒すよりも霞を助け、砦の一部を破壊、盗賊の一味も何人か倒す事で敵の力を削ぐ事に終わるだけでも良しとしなければならないようだった。
「怪我してる。ポーション出すわ」
「後からで〜。今はまだ‥‥」
 言いながら敵を太刀で横撫でする。日頃の穏やかな表情を消して戦う者の顔で貴政は走った。
 光夜は壁上の弓兵、上ってくる弓兵を次々と倒していた。上から砦内目掛けて攻撃されたら困るのと、リアナが帰ってくるのを待ちたかったのと、シャー達も含めた全体の状況を把握したかったのと。ポーションを飲みながらやってくる敵に先手必勝で攻撃し、矢を受けては抜いてその敵へと跳ぶ。
「‥‥生きてるか?」
 牢屋の番人を速やかに倒して、彬は鍵を開けた。薄暗い中で壁に鎖で留められ、頭を垂らしていた霞の目が僅かに開く。
「ど‥‥く‥‥にやられ‥‥て‥‥」
 見れば、近くの瓶に濁った色の液体が入っている。皮膚も変色が始まっているようだ。遅効性の毒。
『彬‥‥霞は見つかった?!』
 タイミング良く飛んできたテレパシーに彬は答えた。
『東角の左から3つ目だ! 解毒剤は持ってないか?!』

 一命を取り留めた霞をポーションで治し、彼らは首領を探した。レティシアのテレパシーで光夜と連絡を取るが、上からも見えないらしい。
『シャーの姿も見えない。墜落して‥‥殺されていないとは言えない』
 だが命を掛けて戦っているのは皆も同じだ。そこへポーションでロック鳥を回復させたリアナが戻って来て、逃げる人々に魔法を放ちながらアウィスを探した。
「こっちだ」
 光夜に呼ばれて、吹雪をさんざん吹いた後に倒れたというアウィスにポーションを飲ませる。光夜からもポーションを貰って立ち上がった愛狼の首にすがりつき、リアナは泣いて喜んだ。
『ポーションがもう無い。撤退を考えよう』
 砦内を冷静に見下ろし、光夜は探索組に告げた。
『霞はもう少し待ってって言ってる。シャーがもし死んだなら、尚更彼の悲願を果たしたいって』
『見つかったのか?』
『ムーンアローには引っかかってる。まだ館内にいるわ』
 だが満身創痍なのは確かだった。行く先々で盗賊達に囲まれ、或いは待ち伏せられている。それらを超えた所でムーンアローは地下へと飛んで行った。
「‥‥やっぱり逃げ道はあったのか」
「森の中のどこかに出るのかもしれないですねー」
 だが地下への扉を見つける間もなく罠や盗賊に襲われ、彼らは追うのを断念した。
『リアナが魔法を撃つ。その隙に逃げよう』
 光夜からの指示通り、彼らは一気に壁をベゾムなどで越えた。矢が飛んでも来たが、弓兵の数が激減した事で敵ではない。
 そして彼らは砦を去って行った。

 結局シャーは見つからなかった。
 ゴーレムも何とか回収してパリに戻った一行は、最初に預かっていたという報酬を貰う。その額は、最初に提示された額より多いものだった。
「死んだら払えないからと置いて行かれました」
 受付員に言われ、皆は黙ってそれを受け取る。
「シャーも盗賊なら‥‥きっと逃げれたんだと思う。大丈夫‥‥きっと潜伏したんだよ」
 霞が言い聞かせるように呟いた。
 それは、祈るような思いだったのかもしれなかった。