橙分隊結婚計画〜2兎追う者は〜
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月25日〜11月30日
リプレイ公開日:2007年12月03日
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●オープニング
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ブランシュ騎士団。それはノルマン最高峰の騎士団。王の盾にして国の槍。再興して充分な年月を経ていないノルマンという国を支える大黒柱のひとつ‥‥のはずである。
が。ここにひとつの影がある。若き王は少々病弱で、一刻も早い世継ぎの誕生を求められていた。しかし王にはまだ子どころか生涯を共にするべき后もいない。子が充分に成長する前‥‥いや、そもそも子が産まれる前に若き王が万が一命を落とす事があれば‥‥ノルマンは再び混沌とし、内戦勃発更には他国からの侵略を許す事になるとも考えられる。そして、それは充分考えられる危惧でもあった。
王を支えるはブランシュ騎士団の使命。任務である。その王が未だ后を迎える兆しさえないのは‥‥臣下である彼らが実例を見せていないからではないか、という批判ともとれる話も流れていた。
結局の所、つまりは‥‥『ブランシュ騎士団の頂点とも言える分隊長達が揃いも揃って妻帯してないとはどう言う事だ』という批判が、公然と表立って貴族達の間から出てきているという事だ。『別に結婚しようがしまいが陛下の御意志とは無関係。戦場で死ぬ可能性が高いんだから、子も無いまま寡婦となる人を作るのは可哀相だろう。領地継ぐわけでもなし、放っておいてくれないのか、彼らは』と言う人もあったが、勿論公式の場では『陛下のご命令とあらば、すぐにでも』などと返したりしているその人達を、結婚させようという動きが最近冒険者の間でも出ていた。その仕掛け人は‥‥何かとそういうイベント事を考えては実行しようとして、分隊員達にその都度怖い目で睨まれているという‥‥某灰分隊長のわけだが。
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ともあれ、そんな渦中に放り込まれている人達の中の1人、ブランシュ騎士団分隊長の中では紅一点、ブランシュ騎士団員の中には女性も多いというのに、『女性を甘やかすから』という理由でなのかそうでないのかは分からないが、橙分隊の中でも紅一点となっている、その人。ついでに言えば、先述の『別に結婚しようがしまいが〜』を分隊員に言ってのけたイヴェット・オッフェンバーク33歳、性別女。
「‥‥確かに、分隊長が戦場で無念の死を遂げた後に残される女性は、子も無いまま寡婦でしょうな。えぇ、そうでしょうとも」
「何を怒っている、マルセル」
「怒っておりませんよ、イヴェット様。今更このようなご発言のひとつやふたつでは怒りませんとも」
白髪白髭の初老の男は、実に温和そうな笑みを浮かべた。某副分隊長は彼の事を『老獪候』と密かに呼ぶ。
「それで、あちらこちらのご子息の肖像画、及び代書屋から届けられました手紙はご覧いただけましたかな?」
「それなんだがマルセル。何故この中に貴婦人の物が無いんだ?」
一瞬、室内の温度がぎゅい〜んと下がった。近くに居た不幸な分隊員達は密かに彼らと距離を置く。
「‥‥イヴェット様?」
「来る日も来る日も同じような顔をした男の肖像画ばかり見せられても‥‥いい加減うんざりと言うか、こう肉も血も通っていない絵よりも華やかな貴婦人方のだな」
「イヴェット様‥‥?」
「‥‥何だ」
「‥‥『異端』の烙印を押され、大聖堂から使者が参っても宜しいのですかな‥‥?」
「‥‥それは困る。ブランシュを退かなくてはならなくなる」
「‥‥それだけの問題ですかな‥‥?」
「‥‥駄目か」
「‥‥最近、表でもそのようなご発言をなさっておられるようですが‥‥重々お控え下さいませ」
少しずつ室内の温度が上がってきたので、分隊員達はこそこそと元の場所に戻った。
「言うまでもございませんが‥‥同性愛嗜好者は異端でございますぞ。それと取られるご発言は以後、お控えになりますよう」
「女性の美しさを褒める事が問題とは、教会も心が狭いな」
「貴女の言動はあらゆる角度から視られております。そこを突き、騎士団の結束を揺るがし、引いてはノルマンに影響を及ぼそうと考える‥‥貴族がおらぬとは申せません」
「だが、肖像画と代書屋が書いた手紙など、血が通っていない上にどれも同じに見える」
「貴女は男の顔を見間違え過ぎです」
「現物を見て言葉を聞くならばともかく、こんな物でどうしろと言うんだ。どの絵も文も特徴が無い」
「‥‥女の顔は一回会っただけで覚えるくせに」
遠くから誰かが思わず言ってしまい、慌ててテーブルの下に隠れた。だが2人は敢えてそのまま話を続ける。
「では、貴族諸氏との席を設ければ宜しいですかな? 実際に会い、言葉を交わせば違いが分かるとおっしゃるのであれば」
「‥‥他の分隊長はどうしている?」
「他の方々はどうでも宜しい。以前、冒険者と共に収穫祭の宴を開いた折『将来后となる方を支え、守る事も重要なお役目』と言われたそうですな。その為に子を為し、お傍近くに仕え、心も共にお守りするが必然と」
言われて分隊長はテーブルに両肘を付いた。
「‥‥何故、今頃‥‥こんな話になるかな。もう私は33。子を為す歳でもあるまい。‥‥私はノルマンの為この10年以上、数多くの戦場に赴き、年頃の娘達が母親から学ぶ全てを私は退けて、この国の剣となり盾となってきた。戦場と、宮廷で貴婦人を持て成す事と、兵を率いる事‥‥それ以外に私に何が出来る。今更‥‥結婚して、子を為し、一線を退いて腐れと言うのか」
「子を為そうとも、騎士として剣を取る道を退くわけではございません」
「私に子‥‥私に子だと‥‥? そもそも、結婚せずとも后殿下をお守りする事は出来ると思わんか」
「‥‥望んでおられるのですよ、ノルマンの民が。1つでも多くの祝福を」
「その為の犠牲か」
「イヴェット様」
「分かっている。だがかつて‥‥私のその道を消したのはお前達だと言う事‥‥忘れるな」
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「分隊長は決してその話をなさいませんが‥‥」
マルセルは、冒険者ギルドのギルド長と静かな一室で話をしていた。
「それはもう10年以上は前の話になりますか‥‥。まだ分隊長では無かったあの方は、好意を寄せている方がおられたとか。ただ国もまだ混乱しておりましたし‥‥再興が最優先と精力的に皆が働いていた頃でございまして‥‥」
「その為に婚約する機会を失ってしまわれたと?」
「恐らく相手も騎士だったのだと思われますが‥‥有能な者は1人でも多く必要としていた頃。結婚する事で一線を退かれる事は、我々にとっても打撃でございましたので‥‥。勿論、あの方が結婚を望んでおられた事は分かっていたのですが、1個人よりも国を優先し、個人の思いを無視した‥‥。それを恨まれても仕方が無い事とは思っております」
「そのお相手の方というのは、今も騎士団にいらっしゃるのですか?」
香草茶を薦めながら、ギルド長は尋ねる。ギルド長とて『適齢期』は過ぎている。何かと‥‥何かと陰では言われているようだが、もうそんな事をいちいち気にする年頃でも無い。
「‥‥あの頃は、出来る限り気付かぬフリをしておりましたからな。相手の事までは‥‥。気付いた時にはあの方はもう、今のような気質の方になっておられたので」
「10年来の恨みを引き摺っておられるとも、今もその相手の方を想っているとも思えませんが」
「いっその事‥‥陛下のご命令あらば‥‥とも。ただ、私とて形だけの婚姻を望んでいるわけではありません。今度こそ、あの方には幸せになっていただきたい‥‥そう思っているのでございますよ‥‥」
そう呟くように言うと、男は深く目を閉じた。
●リプレイ本文
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ライラ・マグニフィセント(eb9243)は改装途中の棲家の前で、看板をどこに提げるべきか思案していた。改装と言っても室内の家具移動が主だが、これが大変である。
「ライラお姉ちゃん、食材買って来たよぅ〜」
愛馬に荷物を満載にして手を振りながら歩いてきたのは明王院月与(eb3600)。その後方でじゃかじゃか三味線を弾いているのはカイオン・ボーダフォン(eb2955)だ。月与の馬に買った鳥肉を載せて貰ってご満悦。「料理も歌もバド魂〜♪」と熱く歌っている。
「よし。じゃあ早速料理に取り掛かろうか」
ライラが荷下ろしを手伝うべく歩き出したその後ろで、看板が小さく揺れた。
『お菓子屋ノワール』
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菓子屋と言えばウブレイユール。ウブリは焼き菓子だが、宗教的な意味合いから型には景色や肖像が彫られていた。今でこそ様々な菓子が出回るパリだが、菓子と言えばウブリなのである。
と言うわけで。
「ライラさんがウブレイユールに? それはお祝いしないといけませんね」
自宅の一部に菓子屋を開くので店に出すメニューについて意見を求める試食会という名目で、ライラは橙分隊に招待状を渡していた。
「いや、ギルドに登録出来るか怪しいレベルの話なんだが‥‥。菓子だけじゃなく料理も少し置こうかと」
「そうですか。それは楽しみです。では実際のお祝いは開店が済んでからと言う事で」
と直々にイヴェットが招待状を預かるくらいだから、余程興味を覚えたのだろう。
計画の第1段階が成功しライラが家に戻ると。
「『食卓の賢人たち』! 俺に力を!」
ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)がエチゴヤの宣伝甚だしいエプロンを付けて、写本を掲げ叫んでいた。
「俺は古代ローマ人! 古代人になりきれ! 肉だ! ローマ肉料理だ!」
「‥‥何をやっているのさね」
「見りゃ分かるだろ〜♪ 本の通りに肉料理作るんだよ」
「あたいの『鉄人の鍋』も貸したんだよ〜。想いの篭った料理が一番美味しいもん」
「おう、まかせとけ!」
と張り切る家事スキル駆け出し。
「ふんふふんふふ〜ん♪」
一方カイオンは鼻歌を歌いながら鳥肉に香草を詰めて焼いていた。切り分けたりサラダにしたりする計画だ。借り物のエプロンなど着て楽しそうに厨房内を行ったり来たりしている。
「さて‥‥あたしも精を出すかね」
皆を見回し、ライラも狭い厨房内に入って行った。
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マクダレン・アンヴァリッド(eb2355)と十野間空(eb2456)はマルセルに会っていた。2人に限らず今回の参加者の半分以上が橙分隊と面識が無い。事情をよく知っておく必要があった。
「身近な方々から話を伺い、少しでも親身になって語りかける事が出来ればと思っております」
静かに空が述べると、マクダレンも頷いた。
「出来ればかつてイヴェット様が意中だったという方について、心当たりがないかもね」
問われて、これまでの出来事や事情、イヴェットの気質などを説明したマルセルは、もしかしたらと呟く。
「フィルマンなら知っているかもしれませんな。分隊長との付き合いも長いですし」
その日の晩。シャンゼリゼ。
「のぁ! 指定席に知らん男が座ってる‥‥!」
『酒場に美人が顔を出すらしい』という噂を流したものの、お目当ての女ではなく男が釣れてしまった事にファイゼルが拳を握り締めていた。
「あの方が橙分隊副長のフィルマンさんですか」
そこへ空が顔を出し、角の席で座っている男へ目を向ける。
「あ〜‥‥そうなのか?」
「橙のマント留めの房飾りと剣帯は橙分隊員の証だそうですから」
そしてフィルマンに一礼し、空は許しを得て彼の向かいの席へ腰掛けた。
「失礼ではありますが、2、3お尋ねしたい事がございまして‥‥」
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「すごい〜。走るのはや〜い」
パリ中心部の広場。その隅で子供達が競争をしていた。その中に混ざって遊んでいるのは、エチゴヤの宣伝甚だしいマントを羽織ったセタ(ec4009)だ。
「はい。林檎取ったよ。次誰と走ろっか」
にこにこ笑顔で子供達に囲まれている。すっかり良い遊び相手だ。
「すみません。遊んで頂いて‥‥」
「いえ。こちらからお願いした事で逆にお忙しくさせてしまって‥‥申し訳ありません。ご協力いただくんですから、僕も精一杯させて頂くのは当然の事なんです」
「いいえ。開店間近の試食会に参加させていただけるなんて、楽しみですわ」
嬉しそうな母親は集まってきた子供達にも笑顔を見せた。これだ。この笑顔をイヴェットに見せたくて、セタは彼女達を選んだ。
イヴェットをお見合いパーティに参加させる為に彼らが計画を立てた中で、セタがパリ中を回ったり橙分隊員に聞いて紹介してもらってマクダレンと共に訪ねたりした相手は、『母親』。それも『職務と家庭の両立を可能としていて家庭が職務に良い影響を与えている騎士』と『子を持つ幸せを見ている者も感じ取れる言動を行う母』。出来ればよりイヴェットの立場に近い前者で探し出せれば良かったのだが、これが意外となかなか居ない。家族の理解を得る事が出来なければ両立は出来ないわけだから、当然の事かもしれなかった。特に女性は子を産む時に騎士の仕事を退く者も少なくなく。
「ナイトは大変な職業なんですね‥‥」
3日間でさんざん聞いて回った話を思い起こして溜息が出るほどだった。
「まぁまぁ1つ茶でも飲んで落ち着いて」
マクダレンが手渡してくれた器をにっこり笑って受け取る。だがそれを飲んだセタは、危うく何か違う幻影を見掛けた。
「‥‥こ、こ、れ‥‥?」
「あぁ‥‥市場で紅茶を探したんだけれど、お婆さんが是非これを飲んで欲しいと言うものだからね」
と優しげに微笑みながら、自分は飲まないマクダレンだった。
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ともあれ準備は整った。
ライラが指定したその日、橙分隊員3人が顔を見せる。2日間あるので交代で来るらしく両日参加はイヴェットだけだ。余程食い意地が張っているのか。
「は〜い、ではこちらメインの鳥肉香草蒸しでございます〜」
「俺のだってメインだぞ! 古代ローマ秘伝の肉料理だ!」
何だかカイオンとファイゼルが競い合いながら肉料理を持ってきた。カイオンは面白半分に競っているだけなのだが、いきなり肉料理が到着したので皆は呆れたようだった。
「じゃあ、お肉に合った料理持ってくるねっ」
月与が厨房から肉入りパテや米と魚を一緒にした料理を持ってくる。そのほとんどをライラが作ったという事だった。
これはスパイスが効いていて美味しいとか、変わった味だとか、その後も出てくる料理とお菓子に分隊員達は率直な感想を述べて行く。それは翌日も同じで、ライラはその感想をメモして彼らに感謝の言葉を述べた。
2日間、皆は食事とカイオンの音楽を楽しんだ。前もって皆の好みの音を聞いて本人いわく猛勉強したらしいカイオンは、三味線と琵琶を使って陽気に歌っている。誰かからこの歌をと頼まれれば竪琴を取り出し、時にはじっくり聞かせる歌も歌い上げた。
一方少し離れた所で皆を見守っているのはセタ。親子を交えて和気藹々としている場の雰囲気を見ながら、前もって打ち合わせておいた通りに親子に幸せムードを出してもらったり、子供に将来の夢を話してもらったりしている。それを皆も聞いたり、料理を運んだりしながら、彼らは徐々に本題に入って行った。
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「戦後の‥‥戦の傷、かな」
最初にイヴェットの向かい側に座ったのはマクダレンだった。彼は静かに話し始める。彼と妻もイヴェットと同じ時を歩み戦い抜いたが、マクダレンの妻は共に戦う仲間ではなかった。
「戦いの中において、女を捨て志を貫くことは我々の世界では立派だが、いざ終わってみればそれは傷に他ならない。悪いが話は聞かせて貰いましたよ。意中だった方が居たと」
「近いうちに『お見合いパーティ』があるとか。折角かつての夢が叶うかもしれない機会を不意にしては、勿体ないですよ‥‥?」
空もやって来て席についた。イヴェットは食事の手を止めて2人を見たがあまり面白そうな表情ではなかった。それを承知で空は話始める。
「私の恋人は急逝されたお父上の後を継ぎ、現在領主の重責を担っております。政治的な思惑が渦巻く中では、私達の思いだけで身を固める事は出来ません。事態を打開するのに時間を要すれば、かつて貴方が味わった想いと近しい想いをさせてしまうかもしれない。そう思うとどうにも遣る瀬無いのです‥‥」
イヴェットは何も言わない。空はその目を受け止めつつ再び口を開いた。
「1人では理想の頂に辿り着けません。互いに支え、補い合い、共に歩み続けられる方を見出す事を諦めないで下さい」
「それは、仲間とどう違うんだ?」
「えぇそうですね。でも、生涯共に歩めるのはその人とだけです。私はどんな時でも生涯賭けて彼女と志を共にし、彼女が誤った道を選ぶのであれば、命懸けで止めると誓いました。ですからどうか幸せになる事を諦めないで下さい」
「私は今のままでも充分幸せだが?」
軽く言われて空は困ったように笑みを浮かべる。自分がどれだけ相手を大切に想っているか。その深さを知る事は他人には出来ない。
「いや、まぁ‥‥可能性の話ですな、イヴェット様。結婚するしないは別として、出会う機会まで否定してしまっては周りもいらぬ心配をしてしまうというものですよ。過去を清算されているのでしたら、周りの為にも『お見合いパーティ』に参加されてはいかがです?」
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「かあ様もあたいが生まれたばかりの頃は、新米ママさんだったから色々不安だったんだって」
次にやって来たのは月与とセタだった。
セタはそもそも説得をするつもりはない。自分だって結婚していても可笑しく無い歳だから、逆に詮索されると困る。まぁ相手が居ないだけというのはあるが、何故か月与に連れて来られていた。
「でも近所の先輩ママさん達が色々相談に乗ってくれたから心強かったんだって。だからね、王妃様って近くに居る人が限られてくるから、きっと心細いと思うの。そんな時に相談に乗ってくれる人が傍に居てくれたら‥‥」
「言いたい事はよく分かりますよ」
イヴェットは神妙に頷く。先ほどのあの態度は何だったのだと言いたくなるほどだ。
「うん。だからいつかきっと、手に手を取って歩んでいける人が見つかると思うの。だから諦めちゃめーなんだよ」
「諦めるというのとは少し違いますね。私は恋人が欲しいわけではありませんし」
「そうなの?」
覗き込まれてイヴェットは苦笑する。
「気楽に生きる為の方便だったんですけどね。まさかマルセルがまだ10年以上も前の事を気にしていたなんて」
「あたいは幸せなお嫁さんになりたいって思ってるんだよ」
「『かあ様』のような?」
逆に問われて月与は照れて見せた。その頭をぽんと撫で、イヴェットは微笑む。
「私としても色々複雑で。私情と公情を分けて考えるのも何かと難しい問題だからね。好きな相手の為に身を投げ出すような想いは、私には有り得ない話だから」
「それは‥‥どうしてですか?」
セタに尋ねられ、イヴェットはセタの頭もぽんと叩いた。
「私が身を投げ出す相手は、陛下と将来の御子だけだからだよ」
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つまりイヴェットは言うのだった。自分の立場は分かっている。結婚して子を成し、王妃の支えとなる事が重要な事も。その役目を負っているのだという事も。王と国が何より大事で、それ故に困るのだ。空が言うような無償の愛、自らの心の天秤を理解し尚且つ自分を送り出してくれるような、そのような男が居たとして。では自分はその男に何が出来る? 与えられても返すものが無いのに。
「ん〜‥‥。まぁ勝手に騒がれ持ち上がられるのは癪だろうが、参加するだけしたらどうだ? イヴェット自身は楽しむだけで結婚云々は抜きでな」
「‥‥呼び捨てにするなと言ったはずですが」
即座に殺気が溢れ出、慌ててファイゼルは後ずさる。
「いや、だからあの‥‥さ。俺が言いたいのは、イヴェットには騎士を貫いて欲しいんだよ。今があるのは過去があるからで‥‥」
ぐるぐる脳内に次の言葉が駆け巡ったものの、結局ファイゼルは直球で尋ねる事にした。
「好きな男が居る‥‥その恋は過去形なのか?」
「さぁ、どうでしょうね」
即答で誤魔化されて、ファイゼルは軽く落ち込んだ。
「くっ‥‥その男が羨ましい‥‥」
「でも過去の話ですよ」
その言葉に軽く浮上する男。
「あのな。1人で何でもやるのは無理だけど、2人とか数人なら出来る。今なら可能なんじゃないか? 結婚とかだけじゃなくて‥‥その、何だ」
「そうですね。皆さんが余りに私の将来を心配して下さるので‥‥そんなに見直さなければならないだろうかとちょっと考えている所ですよ」
「‥‥ん?」
「行きますよ、『見合いパーティ』は。でも、過去の恋が云々は掘り返さないで下さいね。相手の方にも迷惑ですから」
「‥‥お、おう」
過去の詳しい話を知らないファイゼルは、そのまま去って行くイヴェットを眺めるのだった。
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調子よくべべんべんと三味線を鳴らしていたカイオンも、一応イヴェットには説得のような事を話していた。自分が子供の頃に戦火に巻き込まれた事。自分の幸せを捨ててまで守ってくれたのは感謝しているという事。
「戦争は終わったんだよ。でもまだイヴェットさんは戦争の中に居るみたい。結婚とかはどうでもいいよ。イヴェットさんが心の底から幸せなら。でもね、なんかそうじゃないって皆分かるのかも」
歳の割りに子供っぽい喋り方をするカイオンだったが、微妙に子ども扱いされていたセタも隣でこくりと頷いている。
一方ライラはアルノーと会っていた。イヴェットには一言だけ。本当に幸せになって欲しいと皆が願って居るのだろうと。元より説得するつもりは無い。だが、目の前の相手は説得したかった。イヴェットにアルノーとの仲を認めてもらいたいと、いつの間にかライラ自身が思うようになっていたから。アルノーはライラに恋心を抱いているわけではないようだったが、時間を懸けたいと告げた。全ての人に認めて貰えるよう努力する事も含めて。
「アルノー卿が国の為に前線に出るなら、あたしは町と人々を護る。帰って来れる場所を護るよ」
その言葉にアルノーは笑みを見せた。
「僕は冒険者の人々は好きです。貴女のように安心をくれる。人の心を護ってくれる人達だから」
そしてイヴェットは去り際、お礼にと皆にプレゼントを渡した。二足早い聖夜祭用のプレゼントだ。それを選んで手渡した事に深い意味があるのだと彼女は笑った。
「じゃあお姉ちゃん、またね!」
子供に懐かれていたセタは、別れ際そう言われてずーんと沈んでいたが、言われる内が華なのだ。
「いつになったら私は‥‥」
ともあれ、依頼の目的は果たす事が出来たのである。