ラティール再興計画〜人員を集めよ〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月28日〜12月06日

リプレイ公開日:2007年12月05日

●オープニング


 パリから東へ馬車で1日半。そこにラティール領という小さな領地がある。
 その狭い領内に小さな町や村が計7箇所。隣村に行くのに徒歩でも短時間で着くので、馬車を使えば全ての町村を1日かからずに回って帰って来れる。ただ、如何せん道が悪い為に速度を出せず、かつて人々はのんびり往来を進むことが多かったと言う。
 ラティール領はひとつの大きな町だと、現在この領内で領主代理を務めている男は言う。男の名はオノレ。ノルマン人とジャパン人の両親を持つ。最もこの台詞は彼の主人が言った言葉であり、彼の主人は枠にはめるのが嫌いな男だったから、それぐらい大きな目で見たいという事だったのかもしれない。彼の主人の名はエミールと言い、ラティール領の隣に位置するシャトーティエリー領の領主の息子である。彼は人目も気にせずオノレのようなジャパンの血を引く者やノルマン育ちでない者を雇ったりしていた。それ所かジャイアントやハーフエルフまで部下として重用しているという噂も持つ。それが真実である事をオノレは知っていたが、主人の不利になるような発言は一切控えていた。
 ともあれ、今現在、このラティール領に領主は居ない。元々自分の富に対しての興味が強く、また自分に逆らう者に対しては容赦しなかった男は、評判の良い領主ではなかった。ただ、領民を自らの兵士で守り続けたという点だけで、彼は領主の座に居座っていたのである。だがその男も気が触れて遂には自らの屋敷に火をつけた。そのままシャトーティエリー領の教会に送られ、その後領民にはどうなったのか知らされていない。だが、そこからラティール領の転落が始まった。人々は憤りと不安に苛まされ、疑心が疑心を呼んで治安は悪化して行った。そのまま混沌とするかと思われた領内に一筋の光という名の道筋をつけたのが冒険者である。その最初の光をもたらした者は、彼らの中では『天より遣わされし方』として名が広まっており、冒険者の1人だった事は知られていない。ともあれ、そこからラティール領は再興の道へと歩み始めたのである。

 治安の悪化を抑え、回復するよう転じた後は、良い道を造る事と舟が停泊しやすいよう港を整備する事、未だ残る盗賊の掃討が行われた。冒険者達も手伝って、幾つかの盗賊団が滅び道の整備が進められたが、盗賊退治の根本的な解決はされていなかった。オノレは冒険者達が任務を終えて帰った後、地図に残された道筋を分析して速やかに隠れ潜む盗賊達の掃討作戦に出た。本職の盗賊達はともかく、貧しさと治安の悪化で盗賊になる事を余儀なくされた者達には、道路の整備という仕事を与える事を提案し、話にならない悪党はレスローシェに送られた。レスローシェというのは、エミールが長を務めている町の名前である。そうして人員を確保しながら道の整備を進め、港の改修にも乗り出した。だが、これが又一苦労だった。
「‥‥専門家の育成には全く金を掛けなかったと見える」
 オノレがぼやく程、この領内には専門的な技術を持った者が少ない。芸術的な物を作る職人だけが重宝され、人々の生活に関わりある職人達は全く保護されていなかった。少しでも優秀な技術と知識を持った者達は、そんな事から早々にラティールを出て行ってしまい、道の整備ひとつでもレスローシェから職人を呼んで監督させたくらいである。当然そんな事だから、港は勿論、川の整備もされていない。
「オノレ様。掘っていた井戸の件なのですが」
 レスローシェから連れて来た自分の部下に指示をし、あちこちの町村で仕事をさせていたが、ある日その中の1人が報告にやって来た。
「あぁ、水は出たか?」
 井戸を掘る為の職人も当然レスローシェから呼んだ。特に村と村との距離が短い場所では、垣根を払うべく間に井戸を掘っていた。元々の井戸は濁って使い物にならないものもあったし、村を1つに纏めたほうが都合が良い。井戸を掘るには莫大な資金が必要だったが、エミールはそれを許可した。
「それが‥‥少々変わった水でして」
「変わった水?」
「村の年老いた者が言う事には、以前からその村の付近では『飲むと元気になる水』が湧き出ると有名だったそうです。とは言え、いつしかその水も枯れてしまい忘れ去られていたそうですが‥‥」
「言い伝えの類では無く?」
「健康な体を取り戻したとか、怪我が早く治ったとか‥‥。何でも、昔は傷ついた兵士がその水を沸かしてタライに入れ、中に入って体を癒したそうです。水よりも湯のほうが治りが早いとかで‥‥。贅沢な話ではありますが」
「‥‥風呂か」
「風呂?」
 ジャパン人の血を引くオノレには覚えがあった。幼少時に温泉に入れて貰った記憶もある。ノルマンにも地域により浴場はあるが、パン屋がパンを焼いた時の蒸気を充満させた部屋でタライに足を入れたり体を拭いたりする程度で‥‥。
「そう言えば、以前北の町に行った時、浴場に薬師が待機していて様々な処方を行っていた。元より入浴は神聖なものであるし、洗礼の折には浴槽も使う。お前も復活祭の前日には清めるだろう?」
「えぇ、それは勿論ですが」
「エミール様も『温泉』には興味を示しておられたな。もしもその水が特殊な作用のある水ならば、エミール様の見る再興計画の柱ともなりえるかもしれない。早速文を」
 言いながら、オノレはエミールより前もって渡されていた羊皮紙に目を落とした。そこにはエミールが計画した『ラティール再興の道筋』が書かれている。それを再度確認してから顔を上げ、オノレは従者へ声をかけた。
「その水を私も見に行こう。馬を出してくれ」


 20日後、冒険者ギルドにひとつの依頼が出された。依頼人の名はオノレ・キッカワ。

『ラティール領では常に人材が不足しており、様々な専門的な技術を持った者を探している。中でも現在の急務は、港の改修と浴場。
 1つ目は浴場。薬師が調合する薬草を入れ、飲むと体調が良くなる水を使った湯に浸かる。或いは飲む事で治療が行われる場所としたい。大きな浴槽を作り、その中に複数の人が入れるようにする物を作りたいが、その辺りは宗教的道徳的意見と慣習もあるだろうから、相談の上で形を作っていく。
 試作品の『浴槽』は完成しており、浴場と治療院となる建物も建築途中だが、これの作成に当たってくれる人や意見を出す人、体験してくれる人を募集する。
 2つ目は、港の改修や川の堤の整備をしてくれる人、町や村に特殊な形の家を作ってくれる人、ラティール領全体をひとつの町として捉え、その景観整備に乗り出してくれる人の募集。
 3つ目は、多種多様な人材の確保。
 将来的にはレスローシェに来た『客』を流して『風呂と治療院』体験させ、『京都村』や『学者村』を作って『様々な事を体験出来る場所』として相乗効果で両者に『客』を増やす方向へ持って行くつもりだ。
 その初期段階として、流通と便利さを飛躍させる為に道の舗装を行った。遠方からの『客』を呼びこむ為には水の道を活用する事も必須だ。その為に、港の早い改修が必要である。港が改修されれば大きな舟も停泊出来、資材の流通にも繋がる。
 必要な人材は多種多様。むしろ必要の無い技術を持った人材は存在しない。冒険者が多種多様な技術を持っている事は理解しているが、常時この地で活動する『専門家』がラティールには必要だ。この人員の確保。これを冒険者の方々には特に留意の上、臨んでもらいたい』

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 その地には、古きひとつの伝承が残されている。
 だがそれは、何れ新しき伝承に取って変わられるものになろう。
 その地は『ラティール』。
 そして新しき名は。
 

「‥‥」
 古き話に出て来るような純白の衣を身に纏いヴェールで顔を隠している女性が、ラティールの町中で1人佇んでいた。
「‥‥これはどういう事ですの?」
 後ろからやって来た男に尋ねると、男は苦笑する。
「ヴェールが良くお似合いですよ。そうやって顔を隠さなければ大勢の前に姿を見せる事が出来ないとは、難儀なご身分になられましたね」
「あら。私の事をご存知なのかしら」
「えぇ、『聖女』殿」
 オノレに言われ、リリー・ストーム(ea9927)は男の顔を眺めた。
「癒しの水を使った浴場施設に‥‥この『丘』。エミール様にも言いましたけれど、『聖女』の力を利用してませんこと?」
「『聖女』が最初に降りて来られた場所だからと、未だ不自由さを強いられているこの町の白教会の為に富を集める事をお考えになったのはエミール様ではありますが、広場の中央に小高い『丘』を作る発想は‥‥さすがにどうかとは」
 作業員達が広場の中央に土を盛り上げている他に、その脇に『聖女像』が置いてある事も見逃せない。しかもどう見ても、以前リリーが自分の代わりに置いて行った像だ。
「困った方ですわね」
 と言いながら、実はリリーも似たような事をエミールに言ってきたばかりである。
 浴場施設の入り口や水飲み場、浴場に聖女像の設置や彫刻を施す。実際に聖女が降りた地としてその神秘性や天の恵みを強調。その事で客を増やせば民の後ろ向きな感情も払拭される事だろう。
「何より、私が楽しめそうですし」
 何だかんだでエミールとは似たもの同士なのかもしれなかった。

「猫‥‥こねこ‥‥」
 にゃ〜にゃ〜鳴いている子猫をうるうる眼で見つめるジャン・シュヴァリエ(eb8302)の耳が、ぴくぴく動いた。つられて猫の耳もぴくっと動く。
「可愛い‥‥かわいいよぉ‥‥。あの、商人さん。この子一匹分け」
「何言ってんだい。ラティールに連れてく分なんだろ?」
「はい‥‥そうでした‥‥」
 耳までへにょと垂れたジャンの頭に、他の猫に奪われた帽子を被せて店主は頷いた。
「あんたは自分の子を大事にしな。あたしも乗ってくけど御者は務まるのかい?」
「えーっと‥‥あまり自信は」
 ジャンはその日、馬車を1台借りて商人ギルドとエチゴヤを回り、この女性を紹介して貰っていた。冒険者のペット事情にもそれなりに詳しく、エチゴヤにもペットを卸しているという噂もある人だが、真偽の程は確かではない。ともあれジャンは『猫と温泉の町ラティール計画』を女性に話し、彼女もそれに賛同して今は御者を務めている。
 ジャンは馬車内の猫5匹の世話をしながら動物の話で女性と盛り上がった。女性はしばらくラティールに留まり、猫の世話をする人が見つかって『猫の郷と名産優れた猫計画』も軌道に乗ったらパリに帰るという事で話はついている。
「キミ達が明日のラティールを背負ってるんだよ。がんばろーね、お〜」
 子猫を抱き上げその手をうにっと上げさせて、ジャンは頬を緩ませた。

「‥‥思ったより‥‥大きいですね」
 ミカエル・テルセーロ(ea1674)は建築中の家を見上げて呟いた。『飲むと元気になる水』を沸かして薬湯として使う為の施設。だが新しい井戸が見える場所に建てられている家は、村長の家でもこれより小さいだろうという大きさで、村人達が見物に来るくらいだった。
 外を一回りしてから中を覗き、それから近くの小屋の中に置いてあった『仮の浴槽』を見に行く。
「‥‥」
 木製の浴槽は一見和風で良いシロモノのように思えたが、縁に『聖女の泉〜これに入れば貴方にも聖女の加護が!』と書かれてあった。ミカエルはこの地に来るのは初めてなのだが話は聞いている。だが思ったよりもこの計画の指導者は。
「遊んでいるのか、客寄せに熱心過ぎるのか、天罰を物ともしない罰当たり者なのか‥‥判断に悩みますね」
 他にも候補として刻まれている言葉を見ながら、ミカエルはさてどうしてくれようかとそれを見下ろすのだった。

 そんなミカエルは、パリに居る間に手紙を認めていた。
「‥‥『貴方の‥‥』なに?」
「わぁっ! ラフ!」
 慌てて手紙を巻いて紐を掛けると、ラファエル・クアルト(ea8898)は面白そうにその顔を覗きこんだ。
「恋文? まさかミカがね」
「違います! とりあえずこの2通の依頼書。ちゃんと渡して下さいね」
 その2通目が問題なのだが、『貴方の天使より』と記したなんて絶対に言えない。つい先日この事でいろいろ大変な目に遭ったなんて口が裂けても。
 心なしか赤くなったミカエルを敢えて追及せずにラファエルは早速旅立った。セブンリーグブーツで軽やかにシャトーティエリー領へと入り、言われた通りに一軒の工房を覗く。
「ごめんなさい〜。ちょっとお聞きしたいの」
 忙しそうにしていた職人の1人が、ラファエルの招きに応じて奥から出て来た。
「前にこの辺りで職人達の現場監督をしていた冒険者の使いなんだけど、話があるの。いいかしら?」
「ん? そいつの名前は?」
「ミカエルって言うんだけどね」
「あぁ‥‥あの子か。随分懐かしいな。‥‥おい、みんな出て来い。懐かしい客だぞ」
 どうやらその男は工房長のようだった。表からでは分からなかったが、奥で別の家とも繋がっている大き目の工房。シャトーティエリーにはこういう工房が幾つかある。それらはかつて冒険者達の指導のもと、生産性運搬性利便性の為に作られた。ラファエルは男に手紙を渡し、力を貸して欲しいと告げる。
「ラティールの復興はラティールの民で。出来ればそうしたいんだけどね。あそこを出て今でも職人として働いている人に心当たりは無いかしら?」
「あぁ‥‥ラティール出た奴は、大体こっちかパリに行くからな。ドーマンはドワーフが幅を利かせてるし、人間ならこっちに居るだろ。皆に聞いてみよう」
 そう言って彼は横のパイプを使ってシャトーティエリーの町中の職人達に連絡を回した。この連絡網の動きの速さにはラファエルも目を丸くするほどで、その日の内に返事が全て集まる。それによると、ラティール出身の職人がこの町にも数人居るらしい。
「じゃあ、その人達には私から当たってみるわ。ありがとう」
「いいや。あの坊ちゃんによろしくな」
 見送られて、ラファエルは教えられた家へと向かった。


 一方、ラティールの様子をざっと見た後ドーマン領に向かったリリーが空から降りた先は。
「私の事覚えているかしら? 今日はお願いがあって来ましたの」
「‥‥誰なのじゃ?」
 目をぱちくりさせているドミルに、リリーは簡単に事情を説明した。かつてドミルがラティール領に捕らわれていた時、彼を助けた者の中の1人だったわけだが、
「人間は皆よく似てるから、1度会っただけじゃ分からんのじゃ」
 と言われてしまう。ともあれ気を取り直してリリーはラティールの現状を話し、この村の職人達にも話をしたいと告げた。ドミルはすぐに村の者達がよく集まる広場へ彼女を連れて行き、集合した職人達にリリーは説明を始める。
 聖女像や彫刻を作り、港の整備や町の建物を造る者、それから‥‥。
「多種多様な職人を各地から集めていますし、何れ気軽に来れる旅行地ともなれば‥‥素敵な出会いもあるかもしれませんわよ?」
 未婚者にもアピールすると、隣村にも行ったらどうかという話が出た。
 ここルー村は鍛冶と採掘の村。隣のヴェル村は林業が盛んな村である。共に再興には欠かせない技術だ。
「そういう事なら俺も行こう」
 ドミルの娘婿という男が、リリーが村で借りた馬車に乗り込む。ヴェル村の大工らしい。仲介をしてくれると言うので馬車の中で話をすると、つい1ヶ月前に結婚したばかりだと言う事だった。
「新婚なのに良いんですの?」
 自分の新婚の頃を思い浮かべながら尋ねると、様子を見て奥さんと弟子も連れてくるつもりだと彼は答える。
「必要とされる事は嬉しい事だ。俺の力が必要な間は留まりたいと思う」
 ともあれヴェル村でも職人を2人乗せ、ドミルと娘婿を含めた計6人の職人達がリリーと共にラティールへと向かった。


 ミカエルの元にエミールから手紙がやって来たのは、冒険者達が全員『浴場施設』の前に集まってからの事だった。
「成程‥‥そういう事でしたか」
 手紙をじっくり読み、ミカエルは皆に告げる。
 エミール(一部その配下)からの依頼を受け、冒険者達が良く分からないままに様々な証拠を掴んできた依頼群があった。今までに4回。ミカエルはその内2回に参加しており、その一連の流れはどうやら『薬草』が関係しているらしい。知人から聞いたそれ以前の話でも『薬師』を調査のターゲットの一人としていた。つまり、彼らが既に手の内にあるならば、或いは調査対象の中の薬商や薬師が金で雇われているだけの者であるならば、こちらで使う事は出来ないかという打診を、ミカエルはエミールに送っていた。
 エミールからの手紙によると、幾つかの薬草を巡って暗躍している者達が居り、その証拠を掴む為に依頼を出していたのだと言う。その為、証拠となる人物の中でこちらで確保している者や国の手が入った者達に関しては、どうする事も出来ない。泳がせている者なら居るが、自分が動いている事は知られたくないので、別口で行動するようにという事らしい。
「泳がせている者をラティールに引っ張り込んで、ラティールで監視出来れば一石二鳥かもしれませんね」
「金だけで雇われ先を変える者は、信用できないわよ? ラティールの領主代理をしているのがエミール様だと相手も分かっているなら、背後の黒幕から『毒でも入れて評判を落とせ』と言われて来るかも」
 常駐してくれる薬師については結論の出ないまま、彼らは『浴場施設』に取り掛かった。
「『足湯』はどうでしょう〜? ほら。ここの壁無くして開放的にして、それから屋根には猫瓦して入り口には招き猫置いて‥‥」
 猫ドリームを語るジャンは、頭の上に愛猫を乗せたまま手振りを大きく使って説明する。
「足湯にする利点は、費用と衛生面と気軽さです。お休みの日に、子供連れで気軽に来れるような‥‥そんな場所を目指したいです!」
 しゅぼーと燃えるジャンだったが、オノレは建築中の建物の内部を眺めながら「ふむ」と言うだけだ。
「今でも充分寒い季節だと言うのに、壁を無くすとは大胆な発言だな」
「やっぱり‥‥寒いですか?」
「横風で雪が入ってきたらどうする。全身雪まみれになったら体に悪いだろう」
「ジャパンでは雪見風呂とか雪見酒とかありますが、そうも言っていられないでしょうね」
 ミカエルも苦笑する。彼は飲み湯、足湯、全身湯を分けて仕切りをつけてはどうかと提案した。足湯と全身浴で薬草の効能も分ければ客も違いが分かるだろう。というわけで、ミカエルは早速試作を始める。
 一方次にジャンが提示したのは、治療院に浴槽を幾つか置くという事。治療用として始め、最終的には治療なしでも気軽に来れる場所を目指す。それから。
「猫と交流出来る家とかいいですよ。猫触ってると、気持ちが落ち着きませんか?」
「私は犬派だな」
「えーと‥‥えーと‥‥」
『じゃあ犬も!』と言いたいが、『猫と温泉の町』を提示している以上、犬も入れると目玉にならない。とりあえず猫家と猫育成は許可されたので、彼はうきうき猫と戯れた。


 ラファエルはラティールでもあちこち飛び回っていた。
 港へ向かって連れて来た職人達と話し込み、時には手伝う。ラティール出身の職人は計5名。少し手が空いたらパリへ行って同じようにラティールを出て行った者達を探すつもりだと彼らは嬉しそうに告げた。それを応援し、ラファエルは次にラティールの中心部へと向かう。そこに目的の人物は居た。
「だいぶ探したわよ?」
 前もって訪ねる事は連絡していた。実はエミールに薬師の紹介などを頼んだ時、行方を晦ました女性の薬師が居り、場所は把握しているが放置しているのだと教えられていた。所謂『泳がさせている』のだが、ミカエルから預かっていた手紙を彼女に渡し、ラファエルは微笑む。後ろ暗い仕事ではなく、人を救い礎となる仕事をして欲しい。同じ薬を扱う者としてと書かれた手紙を読み、彼女はラファエルを見つめた。
「私はささやかな仕事でいいと思うんだけどね。小さな薬草園を作って、治療に来た人達と話しながら穏やかな時間を過ごす。そういう暮らしはどう?」
「貴方が一緒に暮らしてくれるの?」
「私? ‥‥ごめんなさい。それは無理ね。私にはうんと大切にしたい人がいるの。生涯賭けて、のんびりその子と一緒に暮らせればいいんだけど」
 娘はくすりと笑い、頷く。
「はっきりした人は好きよ。そうね。のんびりした生活も送ってみたいわ」

 建築途中の室内に浴槽を入れ、ミカエルが作った薬草を湯に投じた。
「皆さんしり込みしているようですから、私が最初に入りますわね」
 石像や彫像のモデルになってみたり、皆の作業を手伝って見せたりしていたリリーだが、『聖女』である事を貫くのはなかなか大変である。行きも帰りもペガサスで移動。作業員達の中でも頑張っている者を褒めるが中に入りすぎてはいけない。程よい距離を保ちつつ動いていた彼女だったが、『聖女様』が『風呂体験』をするという事で、俄かに大騒ぎになった。まぁ時折不謹慎な事を働く者が飛んできた槍の柄で打ち落とされたとか、ペガサスに襲われたとかあったが、それも良い宣伝になった事だろう。
「オノレさん〜‥‥はい、これ‥‥」
 皆も風呂体験したが、最後に入ったジャンがふらふらよろめきながらオノレの所にやって来て、羊皮紙を手渡した。
「『風呂』をどう思うか、あちこちで聞いてきた意見を纏めてみました‥‥えっと、それからこっちは‥‥前に言った『猫足湯』の建物の絵も‥‥一応描いてみたので‥‥んーと‥‥あ、後‥‥白教会の‥‥」
「まぁ落ち着きなさい。頑張りすぎは良くない。座って薄めたワインでも飲むといい」
 風呂に浸かりすぎてのぼせたジャンだったが、オノレはそれをどこか懐かしそうに見つめる。
「君の言っていた職人を養成する為の学校だがね。師匠を通さないやり方は他では通用しないだろうが、ラティールでは新しい風になるだろう。君達が依頼を受けてくれて本当に助かった。感謝している」
「‥‥良かった。僕も嬉しいです」
 ごろんと横になると、オノレがそれに毛布を掛けてくれた。愛猫が来てその鼻を舐めたので抱き寄せ、ジャンは至福の転寝を始める。
 あちこちで物を作る音が聞こえるそれが、間違いなくこのラティールを『甦らせる』生きている音。その音は、これからも益々大きく辺りに響いて行くのだろう。
 その光景を夢に見ながら。