アンドレと宝探し〜伝説の珍魚見学〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 85 C

参加人数:5人

サポート参加人数:5人

冒険期間:12月07日〜12月15日

リプレイ公開日:2008年01月15日

●オープニング


「君、『しゃちほこ』という名前の獣を知っているかね」
 問われて青年は首を傾げた。
「何ですか、その面白い名前の動物は」
「面白い?! 面白いだと?!」
 がたんと男は立ち上がり、青年に指を突きつける。
「絵にされて恐れられるくらいの怪魚だぞ?!」
「獣ではなく魚ですか」
 冷静に返されるので、仕方なく男は椅子に座り直した。
「私も長い間大型船の船乗りをしているが‥‥まだ会った事は無い。だが、知り合いの船が襲われたそうだ」
「ほうほう」
「ノルマン沖での話だ。イギリスからドレスタットに行く途中にやられた」
「でも、海に纏わる怪物の話は多いですよね。何故それと分かったんです?」
「『しゃちほこ』は顔を見れば分かる」
 男は紅茶を飲み干し、ふぅと息を吐く。格好からすると恐らく船長。貿易専門の商人であり船乗りなのだろう。パリに立派な屋敷を持っているのだからその財力は見て取れる。
「虎の顔をしているからだ。体は鮫と聞くが、襲われた者がそこまで見る余裕など無いだろうな」
「ははぁ、なるほど」
「全く‥‥あんなものがあの辺りをうろついてたら、ろくろく航行も出来ん。『しゃちほこ』の伝説は元々ジャパンで聞いたのだが、まさかこの辺りにも居たとはな‥‥」
 嘆息する男に、青年は少し考えるようなフリをした。
「でも、倒す必要は無いわけですよね。航海出来ればそれでいいわけで」
「確かにその通りだが‥‥」
「じゃあ、こうしませんか。彼が問答無用で襲い掛かるならばこれまでにも多くの船が犠牲になってきたはずです。でも最近その1隻だけが沈められたと言うなら、その船に原因があったのかもしれません。‥‥僕はバードですから、彼に理由があるならば対話に持ち込む事も可能ですよ。まぁ、それまでに沈められたら話しになりませんけどね〜」
「‥‥悠長な事を‥‥」
「でも、貴方は憂いを無くしたい。その伝説の魚が恐くて船を出せないんですよね? だったら護衛として、念の為冒険者を連れて行きませんか?」
 言われて船長の顔が少し輝く。
「そうだな‥‥。ならば物は相談なのだが」
「はいはい」
「知り合いの沈んだ船。あれには商品が数多く積んであったはずだ。軽い物はどこかに流されてしまって無いだろうが、重い物はまだ沈んでいる可能性がある」
「‥‥でも、海は深いですよ‥‥? どうやって回収するんですか?」
「その手段を冒険者ならば知っているかもしれんと思ってな。まぁそれは物のついでだ。『しゃちほこ』の危険が無くなればそれでいい」
 テーブルの上に皮袋を置いて、船長は大仰に頷いて見せた。
「この金で冒険者を雇ってきてくれ。倒すでも何でも構わん」
「ではそのように」
 優雅にお辞儀して、青年はその部屋を出て行った。


 青年の名はアンドレ。ハーフエルフにして貴族の出であり、現在はバードとして気ままな生活を送っている。
 そんな彼が冒険者ギルドに顔を見せたのは、船長と会って3日後の事だった。
「『アドゥール』の事を知っているかい?」
 受付嬢に真っ先に尋ね、答えを聞く前に彼は更に口を開いた。
「伝説の怪魚。顔が虎で体が鮫だそうだ。体長は推定ながら2mから5mの間。海に住むが、ジャパンにはこれを模した彫像があるとか。図書室でちょっと調べさせて貰ったんだけどね。かつてそれと相対した伝説の戦士の話が載っていたよ。まぁ創作かもしれないし当てにはならないけどね」
 そしてアンドレはその物語を話し始める。
『戦士に向かって凶暴な牙をむき出しに襲い掛かってきたアドゥール。船員達は必死になって矢を放つが、それは全て鱗によって弾かれた。だが戦士の伝説の長槍によって顎を貫かれ、もんどり打って海の中に落ちる。激しく水面を打ちつけながら、最後には飛んで逃げ、海の平和は守られた‥‥』
「まぁ随分オーバーな話だとは思うけど、これが正しいなら‥‥アドゥールは結構強敵じゃないかな」
「飛ぶ魚とは恐ろしいですね‥‥」
「ずっと飛べるなら魚の意味は無いはずだけどね。魚なんだから、飛行距離とか時間に制限はあるんじゃないかなと思ってるけど。でももし、飛びながら船にぶち当たったら脅威だよ。後考えられるのは‥‥皮が厚いのか、それとも特殊な武器じゃないと効かないのか、って所かな。おまけに相手は海の生物。船上で戦うのは相当不利だね」
「それを倒すという依頼ですね?」
「いや違う」
 首を傾げた受付嬢に微笑んで見せて、アンドレはカウンターに肩肘を突いた。
「だってどう考えても大変そうじゃないか。それに最近まで姿を見せなかった『伝説の怪魚』だよ? 倒すなんて勿体無い」
「もったいないって‥‥」
「遭ってみなきゃ分からないけど、是非話をしてみたいな。それが駄目なら即逃げる。それも駄目なら戦うしかないかな」
「‥‥分かりました。ですが滅多に出没しないならどうやって遭うおつもりですか?」
「それなんだけどね‥‥」
 アンドレは両肘をカウンターについて手に顔を乗せ、「うーん」と呟く。
「もしかしたら何かの法則があるのかもしれない。それを解明すれば遭える可能性が上がると思うんだけどな‥‥」
 かつて『伝承の湖の主』と会話した事があるアンドレである。伝説の生物と遭う事そのものが彼にとっての『宝』となりつつあり、何としてでも会いたいと思っているのだが‥‥。
「でも‥‥怒らせて出てきてもらっても困るし‥‥。うーん‥‥誰かモンスターか海か何かに詳しい人って居ないかな‥‥」
 悩む依頼人をよそに、受付嬢は黙って依頼書を書き始めた。

●今回の参加者

 ea3451 ジェラルディン・ムーア(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7929 ルイーゼ・コゥ(37歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 eb7143 シーナ・オレアリス(33歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb9212 蓬仙 霞(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec2152 アシャンティ・イントレピッド(30歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

フィーネ・オレアリス(eb3529)/ 鳳 令明(eb3759)/ アンリ・フィルス(eb4667)/ 早瀬 さより(eb5456)/ グリゴーリー・アブラメンコフ(ec3299

●リプレイ本文

 それは、彼らの誰よりも大きな体躯をしていた。
 うねるように泳ぐ、その体を彩るは波のような模様。光を浴びて尚一層、気持ち良さそうに揺らめいているようにも見える。
 伝説の怪魚。伝承に残る珍魚。どれだけ険しい貌に凶暴な牙を剥き出しにするかと思ったそれは、存外穏やかな顔をしていた。
「‥‥これが‥‥アドゥール‥‥」
 誰かが呟く。
 そんな彼らの目の前で、それは悠々と波間を泳いでいた。


 小船の操縦は、アシャンティ・イントレピッド(ec2152)が行った。以前、アンドレと共に宝探しに出かけた時に入手した『波の娘の道標』を船に吊るす。乗り心地と風除けを考えて毛布を置き、同行者達を振り返った。
「準備いい?」
「えぇよ」
 シフールの船乗りルイーゼ・コゥ(ea7929)が、半纏を手に頷く。
 小船はパリを北上し、途中町に停泊しながら海へと向かった。今回の真の依頼人である船長は、先に港で船を用意して待っているらしい。だがアンドレはうきうきと言った表情でこの小船に乗り込んでいた。
「名は知っとったけど、この辺りにも居るんやねぇ」
 のんびりした口調でルイーゼが感嘆の言葉を口にする。彼女達船乗りにとって、アドゥールはまさしく『海の守護者』。日頃お世話になっているのだから礼を言わせて欲しいらしい。
「ふぅ〜ん。あたしは噂くらいしか知らなかったかな〜」
 船を動かしながらアシャンティが返した。彼女も表向き生業船乗りだ。
「でもそんなに珍しいものなら、是非とも見てみたいね」
 少々窮屈そうに手足を曲げながら、ジェラルディン・ムーア(ea3451)も頷く。小船はジャイアントサイズでは無いから、こういう移動の時は何かと窮屈な思いをする事も多い。
「ボクの国でも噂くらいでしか聞いたことないな。‥‥ところでそれは?」
 蓬仙霞(eb9212)が目に留めたのは、シーナ・オレアリス(eb7143)が持っている写本。水に濡れないよう慎重な扱いをしながら、彼女は頁を丁寧に捲っている。
「あ。ありました〜。アドゥールさんですね〜」
「え、何が?」
「ヨーロッパ近郊の海の魔物を絵付きで紹介している便利な写本なんですよ〜。‥‥え〜と‥‥アドゥールさんは、顔がこのように虎で」
「いや、それは分かってるから」
「食べたら美味しいのかな」
 ひょっこり覗いたアシャンティの言葉に、皆は彼女を振り返った。
「虎が美味しいなら、狩りの流行にもなりそうだけどね」
「でも体は鮫だろう? 鮫はどうなんだ?」
「アドゥール食べるやなんて、みんな罰当たりやわぁ」
 呆れたようにルイーゼが言うが、それでも。
「鮫は幾つか美味しい場所があるんよ」
 と『美味しい食べ方講座』を開始していた。
「でもアドゥールさんは精霊さんですから〜。食べられないかもしれません〜」
「‥‥そう言えば、ジャパンには人魚の伝説があるな。何でも、肉を食べると‥‥」
「食べると?」
「不老不死になるとか、全身がタダレ落ちるとか」
「‥‥ズゥンビになる肉?」
 ともあれ、皆はアドゥールに対する前知識を得つつ、北を目指したのである。


 さすがにこの季節の海風は寒い。
 海沿いの漁村を幾つか回り、皆は情報を集めた。何故、その船だけが狙われたのか。偶然なのか、目的があるのか。海の守り神であるアドゥールの怒りを買った理由。それを船が積んでいたのではないか。他にも沈められた船はないのか。
「最近小船が沈められたらしいね」
 ジェラルディンが聞いた話によると、漁村を出た船が沖で沈められたらしい。かろうじて1人だけ生還できたものの、彼は恐怖で今も寝たきりだ。その時の様子を本人から聞けないかと訪ねたものの、思い出すのも恐ろしいと追い出される。だが、最初にその話を聞いた村人達が皆に『化け物』の形状を教えてくれた事から、ほぼアドゥールに間違いないだろうという事になった。
「でも海は広いですからね〜」
 船が沈められた辺りを捜索するとしても、闇雲に船を動かすだけでは遭えないだろう。
「海への供物を捧げるようにするといいかもしれないですね」
「沈められたんがこことここ‥‥。この辺りやないかとうちは思うけど」
 シーナとルイーゼの意見を参考にしつつ、皆は船長が用意した海図を見つめた。
「『母なる海』に対してよくない事をした連中が居るんだってね、って噂流しておこうか。アドゥールの噂と一緒に」
「何の為に?」
「その連中が慌てて行動するのを見張って‥‥変な事したらアドゥールがどーんと」
「出来る限り、怒らせない方向で行きたい」
 アシャンティの案は却下される。だが実際、もしアドゥールを怒らせる原因を作った者達が今後も動くようなら、それは牽制しておかないといけないだろう。というわけで、アシャンティはうきうきと噂を流しに出かけた。
「それで、その小船が沈んだ理由は?」
 問われてジェラルディンは大きく頷く。
「それが、4隻で出かけたらしくてね。大きな網を使って魚を大量に揚げようとしたらしいよ」
「で、全部沈められたのか?」
「隣村と共同だってさ。勿論4つとも沈んで15人は溺れたらしいけど」
「身の丈、越えた事やってしもたんやね」
 ともあれ、海に捧げる供物をどうしようか、船長や村人達に相談しようかと話が纏まったその時。突然小屋の扉が開いて、アシャンティが駆け込んできた。
「大変だよ! 得体の知れない連中が動いた!」

 彼女は実は生業海賊であるから、多少裏の世界の事情を知っている。海賊だって海と共に生きているのだから、海の恐ろしさは知っている。それを軽視して動く者達を馬鹿にもしている。そんな所の情報を介して、アシャンティは最近海を荒らして回っている者達が居る事を聞いていた。海賊の真似事をして小船を襲ってみたり、海のモンスターと戦ってみたり。だがその方法も正攻法ではなく。
「毒を使うって話だよ。海に流して魚を浮かび上がらせて楽しんだり、猛毒を塗った武器で海の生き物を攻撃したりね」
「最低の連中や!」
「‥‥では、船長さんのお知り合いの方の船が襲われた理由は‥‥」
 シーナに持っていた扇を向けられて、船長は重々しく頷いた。
「そうだ。薬や毒も扱っている。だがそれは襲撃された日だけの話ではない。以前からのはず」
「毒を船員が使った可能性は?」
「まさか、海を汚すような愚かな真似は‥‥」
 言いかけて、船長は今にも走って行きそうなアシャンティを見る。
「‥‥いや、確かその時は新しい護衛を雇ったと言っていた。最近海賊なども居て物騒だから、海で戦う事にも慣れた者達をと」
「その護衛は?」
 話の流れからして嫌な予感が皆の脳内を駆け巡る中、船長は額に皺を作った。
「沈められた時、小船で脱出した者達が居たと聞いている。その者達は確かこの辺りの村で拾われて‥‥数人は知り合いの元へ帰ったが、何人かは漁村に残ったと」
「それがその護衛?」
「とにかく追いかけよう。そんな奴らアドゥールに沈められて当然だと思うけど、それが最初の怒りの原因なら」
 太刀を持って立ち上がりながら、霞は呟く。
 阻止しなくては。


 船長が操る船が沖へと出発した。船員達の作業を手伝うルイーゼとアシャンティ。他の者達は辺りを警戒しながら先を見つめる。
 他の船がもう一隻、遠くに見えた。皆より先に出て、毒を使う連中が乗った船を同じように追っている。
「テレパシーは届かないな‥‥。届けば状況を聞けるかもしれなかったけど」
 アンドレが呟く。そして寒そうに毛布を頭から被った。
 寒いのは皆も同じだ。ルイーゼは半纏に包まって暖を取り、いざと言うときに動けるよう体力を温存する。軽くワインで体を温め、皆は目を凝らした。前方に船が見える。こちらの船よりは小さな、しかし漁船よりは大きい。
「あれやね。どう止める?」
 徐々に差が詰まっていく中、ルイーゼは波と空に目を配る。雲行きが怪しくなってきた。これは荒れるかもしれない。
「ボクは弓を持っていない。遠距離は無理だね。船を横につけないと」
 弓を持っていないのは皆も同じ事だ。
「じゃ、魔法はどう?」
「アイスコフィンの最大射程は100mですけど‥‥自信はないですね〜」
「アイスコフィンって船まるごと凍るの?」
 槍を用意していたアシャンティが投げる構えを見せつつ尋ねる。
「船まるごとは無理ですね〜‥‥。部分的にマストとかなら多分大丈夫ですけど」
「ライトニングサンダーボルトなら、多分200mくらい飛ぶんやろうけど‥‥うちもあまり自信ないわぁ‥‥」
 例え100mまで近付いても、船から船へ飛ばすのは至難の技だ。何せ相手の体は部分的にしか見えてないわけだし、ルイーゼは船の揺れに関わらず飛んで魔法を撃つことが可能だろうが、ライトニングサンダーボルトの習性上、動く船の動く的に見事に命中するかは。まぁ船に当てて牽制や破壊する分には問題ないが。
 結局距離を詰めて横付けし、相手の船に乗り移って止めるのが良さそうだった。さすがに船を攻撃して沈める事は避けたい。
 だが。それは突然起こったのだった。

 同じように追っていた船が、突如発火した。慌てて消火にあたる船員達を嘲笑うかのように、前方の船から炎の塊が飛ぶ。
「消火しないと!」
「向こうの頭抑えるほうが先だね!」
 弓を構えているこちらの船員からそれを奪い取り、ジェラルディンは船上で手を叩いて喜びまくっている者達に矢を放った。
 ひゅるる〜‥‥ぽちゃん。
「‥‥やっぱ駄目か〜」
 さすがに力技だけでは船に当たりもしない。遠隔攻撃に関しては似たり寄ったりな霞とアシャンティも弓を借りたが、やはり結果は同じである。しかし相手の注意は引き付けたらしい。魔法を撃ってくる前にとシーナとルイーゼが前に出た。しかしシーナのアイスコフィンは、手元で発動前に消え失せる。
「‥‥やはりもう少し近付かないと駄目ですね」
「魔法の使い方も間違ぅてるわ」
 毒だけに留まらず船を攻撃して喜ぶ様に、ルイーゼは手を船へと向けた。そのまま敵のウィザードへと稲妻を飛ばす。それを船員達が矢で援護した。
 しかし、魔法を食らったウィザードの代わりに相手の矢が飛んできてルイーゼの脇を抜けていく。床に刺さったそれを抜き、霞は眉を顰めた。
「これ、どう思う」
「毒矢だろうね」
「これだけの技量を下らない事に使うとは」
 縮まる距離を今かと待つ彼女達は武器を構え、魔法を使うルイーゼは姿を隠すようにして矢や魔法の攻撃に備える。
「敵は樽を持っています。‥‥毒の入った液体かも」
「こっちが飛び移ったらかけるつもりか」
「飛び移る前にアイスコフィンで持ち主ごと固めます」
 張り詰めた空気が辺りを覆う中、皆はその時を待った。
 その時。


「アドゥールか!」
 真っ先に声を上げたのは船長だった。それは彼らの前方。敵の船の更に奥の波間から突如姿を現した。敵は最初それに気付かなかったらしいが、こちらが呆然とそれを見つめるので、後ろを振り返って立ちすくんだ。
「今だ。乗り移ろう」
「あかん!」
 ルイーゼが止めたのは、船の周囲に魚がぷかりと何匹も浮かび上がっているのを見たからだ。海の守護者であるアドゥールが現れた理由はひとつしか無いだろう。同じ船に乗っていては仲間と思われる可能性が高い。
「でも一緒に居るから仲間だと思われるんじゃないかな。だったら敵は少ないほうがいいよね!」
 鮮やかにアシャンティが跳んだ。そのままたたらも踏まずに敵へと駆け寄る。それをシーナのアイスコフィンが援護した。船を充分横付けしてからジェラルディンと霞が渡り、最後にそろそろとアンドレが梯子をつたって行く。ルイーゼも魔法でアドゥール対策にレジストコールドをかけ、様子を窺った。
「アドゥールと話、出来そうか?!」
 敵の剣を受け止め、霞がアンドレへと叫ぶ。船に乗っていた敵は5人。2人をアイスコフィンで固め、後の3人を前衛が1人ずつ相手にした。アンドレの傍にルイーゼが飛んでアドゥールを見上げる。3人の敵はあらかじめ魔法や矢で傷を負っていたのもあって、やがて打ち負け捕縛された。と同時に船が大きく揺れて皆は甲板を転がる。
「‥‥アンドレはん。アドゥールはんに言うて。海があるからうちらは生きていける。感謝してますえ。せやからこの海を護るあなたとは戦いたくないんや。そのつもりも無い、って」
 アンドレは小さく頷いた。アドゥールに目を合わせたまま縁を持ち微動だにしない。この距離での決死のテレパシーは初めてだろう。皆はそれをじっと見守った。
「‥‥次は無い、だそうだ」
 どれだけの時が過ぎたのか。波間をうねるように泳いでいたアドゥールの顔が、ゆっくりと船から逸らされた。
「それって‥‥?」
「『次に海を汚す者が居たら、以後ここを渡る者を攻撃する』‥‥という事だと思う」
「何って言って説得したんだ?」
 隙を突いて逃げ出そうとした男をぽかりと殴って、ジェラルディンが尋ねる。
「いろいろ伝えたよ。みんなが言ってた事も伝えた。海を護ってもらって助かってる。海を汚す者は自分達も許せないと思ってる。こいつらは2度と海に出さないようにするし、もし海に沈んでいるもので困るものがあるなら引き上げたいって」
「それでそれで?」
「海の底で海を汚す物が沈んでるっては言ってた。丁度‥‥さっきアドゥールが居たあたりだと思う」
「‥‥毒ですかね〜‥‥」
「毒の樽を引き上げるのはツラいな」
「ウォーターダイブとか必要だもんね。しかも寒いし」
「レジストコールドで何とか潜るとしても、毒はさすがのあたしもね」
 皆が『お宝(?)引き上げ』について語っている間も、ルイーゼは悠々と去っていくアドゥールの後姿をずっと見送っていた。

 結局少し潜って樽があるのは確認したものの、やはり危険性を考えて皆は一旦引き上げる事にした。
 船長が後日知り合いにも声を掛けて、大掛かりにそれを引き上げる事を皆に約束する。
「大した礼でもないが‥‥これでも飲んで温まってくれ」
 船から下りた皆に、船長がワインを振舞う。今年絞ったばかりのワインだ。その味を堪能しつつ、皆は魚料理を味わった。
「でも良かったね。アドゥールに会えて」
 シェリーキャンリーゼを貰った帰り道。再び小船を操るアシャンティが皆に振り返る。
「戦闘にならなくてほっとしたよ」
「アドゥールさんに頼んで、マジカルエブタイドを何回か使ってもらって引き上げ協力してもらったらもっと良かったかもしれませんね」
「海の守り神こき使ったらあかんわぁ」
「まぁ伝説見れたのはいい経験だったよね」
 薄れていく潮風の中、皆は遠くなっていく海を見つめた。
 彼は今もどこかを泳いでいるのだろう。
 この海を護る為に。