魔法探偵クレーメンス〜スクロール失踪の謎

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月10日〜12月16日

リプレイ公開日:2008年01月17日

●オープニング


 その村は、パリから1日歩いた所にあった。
 鄙びた村だったが長閑で、人々はのんびり暮らしている。
 そんな村の片隅に、一軒の家があった。看板も目印もないこの村で、唯一看板が吊り下げられている家。建物自体が新しく、村の中でも浮いた存在に見えるその場所は、村人達にとっても気持ちの良い物ではなかった。文字も読めない村人達には看板に描かれているのが絵ではなく字である事も不気味だったし、村の小さな教会に住まう神官があまり良い顔をしないものだから尚更だ。
 だがその家に住まう者達は、そんな世間の目も気にせずに自分達の生活を営んでいる。
 今日も近所の人々が遠巻きに見る中、木の扉が開いた。中から10代半ばくらいの少女が出てきて看板に手を掛け、くるりと引っくり返す。
『魔法探偵クレーメンス 営業中』


 探偵など聞いた事がありませんなと苦々しく言った神官に、その家の主はこう答えている。『調査し探索し事情を探る。それを行う者の事ですよ』と。
「先生。お借りしてる本。期日は明日までですよ? それからこの出しっぱなしのスクロール。ここに片付けますからね?」
「ん〜」
「『ん〜』じゃありません。お昼はいつもの堅パンとスープでいいですか?」
「あぁ、いいよ」
 その部屋は、物が溢れていた。机や台の上には本や羊皮紙や木板が積んであったし、スクロールやジャパン製の和紙を巻いた物まで転がっている。インク壷や羽ペンは幾つも置いてあるし、草がしおれたのとか1年以上前に採った堅い木の実とか粘土とか変な形の石とか、部屋の飾りなのか使用するのかゴミなのか分からないものは更に沢山転がっていた。
「はぁ‥‥。先生がもうちょっと社交的だったら‥‥うぅん。せめてこのゴミ部屋を何とかしてくれる人だったら‥‥村の人とももう少しは仲良くなれたと思うのに‥‥」
「何だ? エステルは僕が愛想良く笑っている所を見たいのか?」
「毎日堅いパンとスープばっかり。たまには卵とかミルクとか他の野菜とか村の人からおすそ分けして貰えれば助かるのに、って思うだけです!」
「パリに行って買ってこればいいじゃないか」
「先生がいっつも本とか紙とかにお金使っちゃうんじゃないですかっ。うちの家計は火の車ですっ」
「ふぅん。エステル、ジャパン語上手くなったね」
「そこは褒めるところじゃありません!」
 ぜーぜーと肩で息をし、エステルは小さく溜息をついた。
「‥‥先生がそういう人だって事は分かってましたけど。衣食住なんてどうでもいいんだって」
「衣装は大事だろう。あ〜、最近寒くなってきたなぁ‥‥」
「‥‥魔法で変なもの燃やしたりしないで下さいね?! 寒いからって言って去年それやって、どれだけ村の人にご迷惑かけたか」
「あぁ、そんな事もあったなぁ。まぁ細かい事は気にしない方向で」
「気にします! あんな事がなければ‥‥もう少しは村の人と仲良く出来たと思うのに‥‥」
 何度目かの溜息の後、エステルは首を振る。愚痴っても仕方の無い事だ。何よりこの人の良さは自分が知っている。悪さばかりが目立って村の人に理解してもらえない事が少し悔しいだけで。でも、それをこの人に強いてはならないのだ。変わって欲しいと思うのは、自分の我侭だから。
「じゃあ、ご飯の用意してきますから、先生は明日返す本、ちゃんと出しておいて下さいね」
「分かったよ」
 言い置いて部屋を離れる。そのまま隣の部屋に行って暖炉に薪をくべた時、外の扉を叩く音がした。
「はい。どちら様でしょうか?」
 開かずにそっと尋ねると、外から思ったよりも幼い声が聞こえてきた。
「『スクロール工房』のニシです。先生にお願いがあって来ました」


 スクロール工房。やはりパリ近郊の村に居を構える工房だ。書写や代書を行う傍らでスクロールを作っており、工房のスクロール職人は現在3人居るのだが。
「ありがとうございます、エステルさん」
 薬草茶を貰ってほっと一息つき、少年は椅子に座った。エステルよりは少し幼い。
「随分前の薬草だから苦いわよ」
「‥‥あ〜‥‥ほんとだぁ‥‥」
 苦笑する顔は、エステル同様実際の年齢よりも大人びて見えた。
「『良薬は口に苦し』だよ、ニシ君。それで今日の依頼は?」
「はい。実は‥‥」
 器をエステルに渡してニシは話し始める。
 それは工房長が出かけた2日前に起こった。スクロールを保管してある棚が老朽に伴って壊れ、部屋中に散乱してしまったのだ。インクは飛び散るわペンは壁に刺さるわの大騒ぎの末、何とかスクロールを窮地から救い出して別の台の上に乗せたものの。
「3本足りなかったんです‥‥」
 スクロール保管リストと照らし合わせ、何度も中身を確認して本数を数えたのだが、どうしても3本足りない。工房長が帰って来るのは8日後。どうしてもそれまでに見つけ出しておかなければ‥‥。
「工房長の雷が落ちるってわけね」
「ジャパン語の比喩どころじゃないですよ?! 本当に落ちるんですから!」
「‥‥分かるわ‥‥お互い苦労してるわね‥‥」
 その後始末を想像して、思わずエステルは呟いた。
「とにかくそういう事なんです。それまでに見つけて頂けませんか」
「いいよ。エステル」
「はい」
「君が行きなさい」
「はい?!」
 思わず一歩退き変な声を上げたエステルだったが、慌てて首を振る。
「駄目です。私はまだ修行中で魔法の威力も全然ですし、使える魔法の数だって」
「うん。だからね。僕もそろそろ助手や仕事仲間を増やしたいと思っていたし、だったら冒険者ギルドが手っ取り早いだろう? あそこなら多種多用な魔法使いがいるし」
「ギルドに依頼を‥‥?」
「今まで君が見た事の無い魔法にもお目にかかれるよ。行っておいで、エステル」


 そうしてエステルはギルドに依頼を出したのだった。
 内容は、『助手と助っ人と仲間』。つまり、『魔法探偵クレーメンス』の一員にならないかと言う事である。勿論正式入会(?)はこの依頼が成功してからの話で、募集を掛けた時に都合がつけば一員として行動してくれればいいし、つかなくても特に問題は無いしと適当な作りである。尚、魔法を使えない者でも登録は出来るらしい。助っ人或いは護衛人員として。
 依頼内容は『失ったスクロール3本を期限内に見つける事』。
「‥‥ついでに、先生と村の人との仲を受け持ってくれるような優しい人が来ますように‥‥」
 そっと祈りながら、エステルは張り出された依頼書を見つめた。

●今回の参加者

 eb2195 天羽 奏(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5588 カミーユ・ウルフィラス(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8302 ジャン・シュヴァリエ(19歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb9226 リスティア・レノン(23歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

イェレミーアス・アーヴァイン(ea2850)/ 尾上 彬(eb8664)/ 藍 采和(ec1682

●リプレイ本文


「探偵! 探偵ですよね? エステルさん!?」
 がたと椅子から立ち上がり、目をきらきら輝かせながらジャン・シュヴァリエ(eb8302)が叫んだ。
「はい。そうですけど‥‥」
「猫にかじりついてでも、助手になります!」
「‥‥『石』では」
「よ〜し、がんばるぞ〜!」
 エステルの突っ込みも最早耳に入っていない。しゅぼ〜と燃えている彼を見ながら、気だるそうに片肘を卓に突いていたカミーユ・ウルフィラス(eb5588)が手を上げた。
「ふふ‥‥楽しそうだね。入ってみてもいいかな」
「本当ですか?」
「魔法を使って人のお役に立てるのですね。でしたら、私も是非『クレーメンス』の一員になりたいです」
 金の髪を片手で巻き巻きしながら、リスティア・レノン(eb9226)もにっこり微笑んだ。
「あ。この子は、緑蛇の『鱗で足なし』くんです。宜しくお願いしますね」
「‥‥それ、ペットに付ける名前じゃないですよね‥‥?」
 リスティアの手の上で、子供蛇がうにょうにょ動いている。
「僕も猫と一緒です! ハイネとワーズワースですよ」
 ジャンの腕の中に抱え上げられた2匹の猫は、少し迷惑そうだ。
「ペットね‥‥。僕は生憎連れてないかな」
 ひらひら手を振るカミーユ。
「馬は酒場に入れないからな」
 そして、1人冷静に座ってハーブティを飲んでいた天羽奏(eb2195)が片眉を上げた。
「まぁ、所属に関しては‥‥僕は商売柄忙しいからなぁ‥‥」
 茶を飲み干し、ちらとエステルを見る。
「僕は商人としても何かと忙しく動き回ってるからね。‥‥でも、どうしてもと言うなら‥‥合間を縫う事も出来なくないかな?」
「‥‥」
 何気に癖のある冒険者達に半ば押されながら、エステルは思った。
 先生1人だけでも持て余してるのに、と。


 ジャンの手伝いに来た采和に本日のお弁当を全員分作ってもらい、イェレミーアスには護衛をして貰って皆は工房のある村へと出発した。旅をするには寒い季節だが穏やかな昼下がり。浅く積もった雪をさくさく踏みつつ談話しながら道を進んでいく。
 しかし奏だけはパリの市場に向かっていた。彼は商人だから裏事情もいろいろ知っている。
「久しぶりだな、店主。少し頼みたい事があるんだ」
 盗品の中でも特殊な物を扱う男に奏は声をかけた。
 スクロール工房から消えたスクロールはどれも初級者では扱えないシロモノで、テレパシー、ライトニングソード、アイスチャクラの3本である。もしこれが流れてきたら買い戻したいと伝えると店主は頷いた。勿論『盗品』であるという話はしない。それが商売のルールというものだ。
 一方半日かけて村についた一行は、工房の者達と挨拶を交わし泊めてもらう事となった。エステル曰く『我が家の日常より豪勢な食事』を振舞われ、それぞれに小さな部屋を案内される。
「昔は多い時で10人の工房員が居たそうです」
 ニシの説明を聞きながら、皆は問題の工房へと足を踏み入れた。
 工房内はそれなりに片付けられていたが、壊れた棚に無理矢理突っ込まれたスクロールの束が見物である。
「僕、考えたんですけど、可能性は幾つか考えられますよね」
 ジャンが顎に手をやり、幼い顔を無理矢理険しい表情に作り変える。
「1、盗まれた。2、同僚が隠匿。3、部屋の片隅に。4、最初から無かった」
「盗難の可能性については、奏くんが市場とエチゴヤを当たってるはずだから、彼が来るのを待ってから考えようか」
 軽く言って、カミーユは辺りを見回す。
「まずは冷静に、部屋中を皆で隈なく探してみよう」
「はい、分かりました。水溜りがあればお話出来るのですけどここには無いですよね」
 素直に頷いて室内で変な事を言うリスティア。
「水溜りなら、この水差しを使えば作れますよ!」
「それは名案ですね〜」
 今から作った所で全く意味は無いのだが、楽しそうに盛り上がるジャンとリスティア。
「あ、そうだ。僕が持ってるこの壷。お湯を入れるといつまで経っても水にならないんですよ!」
「本当ですか? 腐ったりしないのでしょうか」
「そういえばこの前、濁ってました」
 と無駄話をしているように思えるが、2人はがさごそ棚を漁っている。
「散乱前から無かったって事も考えられるけど、その保管リスト記載漏れとかは?」
 のんびり机の上を見ながらカミーユが尋ねると、ニシは首を振った。作成した本数は何度も確かめて、保管リストも3日に一度は確認している。前に確認した時は確かに3本共あったのだ。
「そうすると、そこから今までの数日の間に紛失した、という事だね」
 いつの間にやって来たのか、奏が工房の入り口でふむと頷いている。
「では明日になったらサンワードで占ってみよう」
「この部屋に無かったら、明日は聞き込みもだね」
「では私はパーストをしますね。棚を倒した日は何日前でした?」
 尋ねながらスクロールを開くリスティアだったが、それを覗き込んだニシが「あの‥‥」と呟いた。
「初級のパーストでは、1日前までの過去しか見れないはずなのですが‥‥」
「あら?」
「エステルくんはどう考える? グリーンワードとか使えるんじゃないかな」
 不意に声を掛けられて、エステルは驚いたように顔を上げる。
「うん、そうだな。いろいろな角度から皆が魔法を使うと効果的だと思う」
「でも私は‥‥まだ精度があまり」
「失敗も経験の内、ですよ?」
 ついさっき失敗したばかりのリスティアに言われ、エステルは「この人大丈夫かな」という顔をしたが、ややしてから頷いた。
「では私も明日朝、魔法を使ってみます」
「うん、頑張りましょう!」
 笑顔でエステルの両手を握って応援しようとしたジャンだったが、床に落ちていた本に躓いて盛大にエステルに激突する。
「ああああ‥‥ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
 泣いて詫びるジャンと、「いえ‥‥」と呟いて胸を押さえながら後ろを向いてしまったエステルを、皆は生温く見守った。


「それで、昨日は当たり無しだったのかい?」
 翌朝。欠伸しながらカミーユは軽く体をほぐした。勿論彼はクレリックであるから、朝のお勤めはきちんと終わっているはずである。
「あぁ。今の所は。だが盗品を売り捌くならパリだろう。スクロールを使える者は少ない。それを買う者はもっと少ない。ならば人が多い場所を選ぶはずだ」
 太陽を見上げながら奏が答えた。さすがに冬の太陽は日差しが弱い。それでもこうして雲間から見えているだけ有難いのだが。
 金貨を手に魔法を唱え始めた奏から離れ、カミーユは工房へ向かった。工房のすぐ外に生えている木の下でエステルが魔法を唱えている。手にはリスティアから借りた白御幣。リスティアもグリーンワードのスクロールは持っているのだが、エステルの魔法を見守る事にしていた。
 工房内ではジャンがブレスセンサーを使っている。人が持ち出したとは限らない。例えば鼠などの動物が巣穴に運んだ可能性も。
「鼠がスクロールを運ぶとは思えませんが‥‥」
 齧る事はあっても、とニシは言う。確かに鼠が出入りする穴は見つかったが、彼の猫が大喜びするくらいで終わった。使役された梟の可能性もあると夜も一度ブレスセンサーを使っていたジャンだったが、とりあえず成果は無かったのだ。
「だとしたら、次は‥‥他のスクロール職人だよね」
 そう。聞き込み調査開始である。

 現在この工房に居る職人はニシを入れて3人。それに工房長を加えて4人である。
 保管リストの管理はニシの先輩であるスュードが行っているらしい。彼は勿論自分は盗んだりしないと言い張った。
「持ち出して帳簿に記入し忘れたか、それとも無断で持ち出したか‥‥という線が考えられるよね」
「盗難で尚且つそれが内部犯行であるなら、動機の解明が事件の解決に繋がるかもしれません」
 難しい顔をしながら、ジャンが首を傾げる。
「では、ノールさんというのはどういう方なのですか?」
 同じように小首を傾げて見せて、リスティアがニシに問うた。内部犯行であるならば、依頼人であるニシも犯人候補の1人ではあるが。
 ノールはもう1人のスクロール職人で、3人の中では一番年上である。無口であまり喋る事は無く何を考えているか分からないが、良い人だと思うというのがニシの話だ。
 ジャンは金に困る以外に仕事に不満を持っている事が犯行にも繋がると皆に告げたが、ノールと話をしている内に彼に落ち着きが無くなっていくのを感じた。
「リードシンキングを使えるから、ウソをついてもムダだよ?」
 カミーユに鎌をかけられて、ノールは目に見えて動揺する。
「何か知ってるんですね? 話してもらえますか?」
 ずいとジャンが膝を進めたその時。
「サンワードの結果が出た」
 良い所で奏が工房に入り、皆の注目を集めた。
「あら? エステルさんのグリーンワードの結果は‥‥」
「10日内に工房を見知らぬ人物が訪れた事は無い、だそうだ。僕達を除いては」
 そして奏は借り物の当てにならない地図を見せる。
「この村の中ではスクロールの場所は『遠い』としか出ないから、少し外まで出てみた」
「どうりでいつまでも帰ってこないなぁと思ってたよ」
 既に時は夕方。奏はジャンから借りたセブンリーグブーツで外へ出て何度か唱えた結果、ある場所で『近い』と言われたらしい。
「残念ながらそこは森の中。僕1人で探すのは限界もあるし、太陽も沈みかかってきたからね。帰ってきた」
「明日行って探してみましょう。水溜りがあったら聞いてみますね」
 嬉しそうなリスティアに頷き返し、奏はノールへと目を向ける。
「で? その男が何か知ってるんだな?」
「まさか‥‥ニシが冒険者に依頼するなんて思わなかったんだ‥‥」
 6人の視線を受け、ノールはうなだれた。

 ノールが気付いたのは、前回の保管リストとその時の在庫を照らし合わせた時だった。
 その日も工房長は出かけ、スュードは熱を出して寝込んでおり、それを行ったのはニシとノールの2人だけだった。長年この工房で働いているノールは、棚の状況をざっと見た時点で異変に気付く。あるべき場所にあるべき本数が無い。それをあらかじめざっと数え、3本足りない事を把握した。ニシがばたばた家事をしている間に足りない物を見つけて保管リストを入れ替える。その後、昼過ぎになって2人は在庫の確認を行ったのだった。
「何故、そんな事を‥‥」
「次の保管リスト確認の日も、工房長が居ない事は分かっていた。だから、その次までに失った分を作っておけばいいと思って‥‥」
「でも白紙のスクロールも本数は数えているのでしょう?」
「その管理をしているのは俺だったから‥‥」
「杜撰な管理体制だな」
 腕を組み、奏が眉をひそめた。ニシはがっくり肩を落としている。まさか先輩がそんな誤魔化しをしていたとは考えもしなかったのだろう。
「じゃあ、その無くなったスクロールの行方は知らないのかな?」
 それについてはノールも首を振った。更にその前の確認の時にはあったという事だから、1週間から10日前の間に無くなったという事だろうか。
「事件解決の糸口にはならないですね‥‥」
 うーんと考え込んだジャンに、カミーユは笑みを向けた。
「工房長が持ってったってオチじゃない?」
「そうかもしれませんね〜」
「え〜?」
 事件性には乏しいだろうと始めから思っていたジャンだったが、何となくそんなオチはどうだろうと思う。
「じゃあ、明日‥‥サンワードで再度確かめてみようか。あの森の向こうに何かあるのは間違いなさそうだ」
 奏が言って、皆は頷いた。


 こういうオチはどうかと思う。
 けれども落ち着いて聞いて欲しい。そう。つまり‥‥。
「‥‥」
 森を抜けた先で、エステルの足が止まった。
「どうしました?」
 穏やかにリスティアが尋ねたが固まっている。
「‥‥思い出しました」
 皆が心配そうに見守る中、エステルは正面を見つめながら呟く。
「ニシさんが先生を訪ねたのは、工房長と先生の仲が良くて何かと昔からお付き合いがあるからです。古い付き合いなんです」
「‥‥うん」
「先生は本が大好きで、いろいろな本を収集したり借りたりしています。工房長ともよく貸し借りをしています」
「‥‥うん、よく分かった」
 そこまで言えば把握もするだろう。
「半分当たってたね」
 何となく笑顔でカミーユがニシへと振り返る。ニシは青い顔をしていた。
「‥‥きっと先生、分かってたんだわ。分かってて私に行けって‥‥」
「それは酷い先生だねぇ」
「言ってやれ。怒鳴ってやれ。だがその前にそこに本物があるか確かめるのが先だ」
 というわけで。
 彼らは正面に見えていた小さな村へずんずか進み。
「先生! 返さなきゃいけない本とスクロールありましたよね?!」
 のんびり椅子に座っていた先生は、エステルに詰め寄られたのだった。
「あぁ、あったね」
「『あったね』じゃありません! 言いましたよね? 返却する物はこの籠の中に入れておいて下さい、って!」
「籠の中に入れたら傷むじゃないか」
「先生! ニシさんが可哀想だと思わないんですか! 冒険者の皆さんにも多大なご迷惑をお掛けしてるんですよ?!」
「それは申し訳ない事をしたね。エステル。冒険者の皆さんにお茶でも」
「少しは反省して下さい!」
 結局先生は、ニシの依頼でスクロールの内容を聞いた瞬間、自分が借りているものだと気付いたらしい。だがそれを言わずにエステルを送り出し、『クレーメンス』の人員を集めようかなと思ってエステルにそれを頼み、ついでに。
「でも、これで工房に蔓延していた『いい加減な体制』がよく分かっただろう? 放っておけば、本当にその内スクロールを裏で売り捌くような事になったかもしれないよ」
 エステルはまだ文句を言いたそうだったが、ニシは頷いて感謝の意を述べた。冒険者達にも何度も礼を言って、彼は帰って行く。
「それにしても、こんなに社交性が無いんじゃ村との仲を取り持つのは難しいかもね」
 自分も社交性が無いくせに、そう呟くカミーユ。
「子供達に文字を教えるのはどうかな。要は共同体内部で役に立てる事をアピールすればいいんだろう?」
「あ。僕はお茶会を開く事をお勧めします! ハーブティとお菓子で村の人を招待して。それから店の看板はこんなのどうでしょう?」
 自作の看板を取り出し、ジャンは目を輝かせた。帽子を被ってパイプを咥えた男の横顔なのだが‥‥出来が凄まじい。
「これ、蛇ですか〜?」
「パイプです!」
「これ、お皿ですか〜?」
「帽子です!」
 そんな問いをしたリスティアは、一軒一軒を挨拶回りしようと提案した。
「僕の美貌でイチコロだと思うけどね」
 それに対して軽い調子でカミーユが告げ、その場は笑いに包まれる。
 そんな皆を見て、エステルは胸を撫で下ろした。
 どうしようも無い先生だけれども。それでも温かく接してくれる人がいる。それが何よりも掛け替えの無い宝物になるだろうと。