●リプレイ本文
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聖なる夜。その季節が今年もやって来る。
「にゃっす! ぼくカルルって言います。えとえと。よろしくよろしくねっ」
手を元気良くぶんぶん振るのはカルル・ゲラー(eb3530)。元気なパラの男の子だ。
「おいらは河童の冒険者、中丹(eb5231)でおま。よろしゅうに」
ノルマンで見るのは極めて珍しい緑色の生き物が、クチバシをキラ〜ンと輝かせながら手を上げる。様々な冒険者と会ってきたジュールだが、さすがに河童を見るのは初めてだ。目を丸くして興味深そうにその姿を見ている。
「ふふ。河童さんが珍しいですか?」
そっと横手から声を掛けたのはシェアト・レフロージュ(ea3869)。ジュールにとっては掛け替えの無い姉のような存在だ。それへこくりと頷いたジュールに、中はにやりと笑いながらポーズを決めて見せる。
「珍しいからってじろじろ見るのはマナー違反だよ」
「アフィマ」
「見るならこっそり物陰から」
ひそと教えるアフィマ・クレス(ea5242)に、後方からやって来たポーラ・モンテクッコリ(eb6508)が苦笑に近い笑みを浮かべた。
「こっそり見る神聖騎士もどうなのかしら」
ともあれ、聖夜の準備に取り掛かる者達が集まったのである。
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ジュールにも楽しんでもらう為、会場内の飾り付けは参加させないようにして、皆は家の内外の装飾を始めた。
「植物は、ジュールさんも色々ご存知でしたよね?」
会場内の飾り付けに入ると同時に、シェアトがジュールを近くの森に連れ出す。聖夜と言えばリース。リースに飾る鮮やかな色の木の実が要るだろう。それから室内に置かれていた若木のツリー。それへも飾りを付ける必要がある。今から大きなリースを作る時間が無いだろうから、町で荷車に載せて売り歩いている者から幾つか買った。
「あの実。まだ綺麗な色‥‥。見えますか?」
目が良いシェアトに指摘され、ジュールは木を上った。そして落ちないかハラハラしているお姉さんに笑顔で実を落とす。
「お姉さんは去年はどんな聖夜の準備をしたんですか?」
幾つかの実と葉と枝などを集め、それを袋に入れての帰り道。ジュールに尋ねられてシェアトは少し考えた。
「去年の今頃は‥‥子供達に見せる劇の準備をしていました。それからこのお花も作って‥‥」
そっとしまっておいた赤色の造花を取り出し、それをジュールに見せる。
「この季節に咲くお花。『聖夜の雪』と言うんですよ」
「こんな赤い花が冬に咲くんですか?」
「普通は白い花が一般的みたいです。‥‥あ、それから去年は聖夜の歌の予行演習に参加したり‥‥」
言いかけてくすりと笑う。
「ジュールさんとお出かけしたのもこの時期でしたね。アフィマさんが作った計画書を元に」
「あ。‥‥そうですね。僕が冒険者の人達と一緒に小さな冒険を経験させてもらって」
「大きく‥‥なられましたね」
この少年と初めて会ってから、1年以上が過ぎた。その1年で心も体も成長した彼に、シェアトは微笑を向ける。その成長が本当に喜ばしい。
「良いひと時を過ごせるよう、頑張りましょうね」
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アフィマは少し怒っている。演技が得意な彼女だが、喜怒哀楽はきちんと示すほうだ。昔から他人の気持ちの機微を察そうとしてきたジュールにも、当然それは伝わっていて。
「‥‥怒ってる?」
リースに実を付けながら、そっと尋ねた。
「怒ってるよ」
本当はパーティの日に話そうと思っていたけど、と告げてからアフィマはジュールの目を見つめる。
「自分はやりたい事だけやって、心配事はお兄さん頼り? それってちょっと甘くない?」
ジュールから今回のパーティの目的を聞いたアフィマは、兄がマオン家を継いでくれるといいなと思っているジュールの気持ちに切り込んだ。
「自分の夢を実現させるのはいいと思う。でもそれを人に押し付けるのは、あたしは許さない。ジュール。分かる? あなたがやろうとしている事。それってお母さんがあなたにやっていた事と同じなんだよ」
「‥‥ごめんなさい」
「程度の差はあってもね」
「‥‥うん」
「聖夜祭を祝って贈り物をする本当の意味は、どれだけその人の事を思いやれるかだと思うよ?」
「‥‥あのね、アフィマ」
目を落としながら、大人しく素直に頷いていたジュールだったが、ふと顔を上げてアフィマを見る。
「僕、お母さんの気持ち‥‥。離れてから少し分かるようになった気がするんだ。お母さんが本当は何を望んでたのか‥‥話もして、少し。‥‥だけど、だからって僕も‥‥影響されたらダメだよね」
「お母さんの呪縛からいい加減離れないとダメだよ」
「でも僕、本当にお兄さんが望んでパリに帰って来てくれるんだって信じたい。お兄さんが本当に望んでくれる事、いっぱいしたいと思うから」
「だったら『跡継いで』なんて言っちゃダメ。分かった?」
言われてジュールは強く頷いた。
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「ジュールくんは、プレゼント交換どうするの〜?」
せっせとツリーの飾りを木で作りつつ、カルルがジュールに問う。
「プレゼント交換?」
「うんっ。ツリーにみんなでぶら下げたりするんだよ!」
「わぁ‥‥楽しそうだね」
「楽しそうだよねっ」
笑顔で2人は顔を見合わせた。
「ぼくは手作りの温もりがあるものがいいと思うのっ。んーとね。これっくらいの‥‥マフラー!」
うんと両腕を伸ばし、アピールするカルル。パラの中でも小さいほうの彼が腕をいっぱいに伸ばしても、人間にしてみれば大した長さでは無い。
「マフラーなら簡単に編めるよ〜。わからないことがあったら聞いて欲しいにゃ!」
「うん!」
とは言え、家事の達人であるカルルの手の動きにジュールがついていけるわけもなく。
「‥‥変な形‥‥」
編み始めてすぐに台形になってしまった。
「だいじょーぶっ。こっちを緩めてほどけば直せるよ〜」
「え〜‥‥こんなに戻しちゃうんだ‥‥」
「ふぁーいとっ! ちょっとくらい形が変でもだいじょーぶだよっ」
応援されつつ、ジュールは兄の為にマフラーを編むのだった。
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「どや。かっこええやろ?」
緑色の生き物が、赤いサンタ帽子を被ってクチバシを輝かせていた。毎日クチバシを磨いているらしく、実に眩しいくらいである。
「えーと‥‥」
家の外で台に乗ってリースを掛けようとしていたジュールは、買出しから帰ってきた中に声を掛けられて何とも言えない表情になった。
「何や。えらい反応悪いな〜。こういう時は、ノリで褒めたり突っ込んだりするもんやで?」
「そ‥‥そーなんですか?」
「そや」
胸を張って、中は大きく頷く。
「ええか? 大事なんは、ノリとツッコミや。誰かがボケたらすかさずツッコミを入れる。それが出来て一人前やで?」
「‥‥ボケ‥‥。ボケって何でしょう?」
「聖夜祭に褌一丁で来て、『あ、服忘れたわ』って言う感じやな」
「防寒着も無しで外に出たって事ですか? 大丈夫なんでしょうか‥‥」
「例えばの話や。あんさんも結構ボケとるなぁ」
よいしょと荷物を担ぎなおし、中は家の扉を開いた。他にも買った物はあるが、これはパーティ当日まで秘密である。
そのまま室内に入っていく河童を眺めながら、ジュールは小さく首を傾げた。
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ポーラは皆の手伝いをする中で、暖炉の薪を運んでいた。
「あ。僕手伝います」
力仕事は男がやるものとジュールが近づいてきたので、ポーラは素直に半分それを渡す。
「えっ‥‥。ドミルさんをご存知なんですか?」
初めて会うが意外な所で共通の話題があった。問われて頷きながらポーラは笑う。
「ドミルさんから頂いた銀の髪飾りも、パーティ当日に付けようと思っているのよ」
「うわぁ‥‥ドミルさんが作った髪飾りですか?」
「そうみたいよ。明日を楽しみにね」
「はいっ」
喜ぶジュールに、ポーラは少し考えてから口を開いた。
「貴方の『姉』からの伝言もあるわ」
その言葉にジュールは目を丸くし、それから小さく頷く。彼が姉と思って慕っている冒険者2人の内の1人の事だ。
「そのまま伝えるわね。『ジュール殿。行けなくて申し訳ないが、戦乙女隊絡みで預言災害を受けた村々へ慰問に回っているのさね。レオン殿が帰ってくると聞いた。折角だから自慢の料理を食べて欲しかったさね。機会があれば、またな』」
「‥‥お姉さん‥‥」
「『良い聖夜祭になると良いな』」
「はい。ありがとうございます!」
「本当に、良い日にしたいわね」
それへ笑みを返し、ふと気付いたようにジュールはポーラを見た。
「‥‥あの。『戦乙女隊』って‥‥何ですか?」
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その青年は、どこかジュールと似た面差しをしていた。
ジュールに紹介されて皆が挨拶をする中でやはり目を引いたのは。
「ほっほっほっ。サンタクロースじゃ」
赤い帽子に赤いローブ、大きな袋にクチバシの周りの白い付け髭‥‥の河童。
「あ! 襲わんといてな?! おいらは華国の河童や。化けもんはあらへんで? マーメイドの遠い遠い親戚みたいなもんやねん」
まじまじと見つめるジュールの兄、レオンに慌てて弁明する中に、彼は笑って頷いた。
次に目を引いたのは、やはり薄桃色の振袖と濃い赤の打ち掛けを身につけたポーラだろう。どちらも目出度い柄が施されているが、
「これ鳳凰や。鳳凰は、『ホウ』と『オウ』って鳴くんやで」
一目でそれが分かったのは中くらいのものだった。
「うわ〜。すっごく綺麗だね!」
カルルもぱちぱち手を叩きながら周囲を回り。
「あ。鳥が焦げるにゃ」
慌てて厨房へと去って行った。
シェアトが身に着けているのは、ポーラから借りたミスティックショールだ。淡い青色を基調とした服に、日の光を浴びて煌きを放つショール。アフィマが持っていたレインボーリボンで髪を結わえ、片手にリュートを持っている。
アフィマもポーラから借りた星屑のローブと仮面を付けていた。暗闇でこそ真価を発揮する衣装だ。それに、踊ると音を奏でる装飾品。そして片手に蝋燭を持ち、それを兄弟に手渡す。中にある蝋燭に火を灯して欲しいのだと告げ、共同作業をさせる。
「ツリーにはみんなからのプレゼントを吊り下げてるから、ジュールもレオンお兄さんも好きなの取って」
シェアトにも渡されてツリーの頂点に兄弟で星飾りを付けた後、アフィマが2人を促した。
小さな袋に入った中の用意したハーブ。カルルが用意したのは、うさぎの人形。参加者全員分だ。
「ウサギさんは幸運のお守りなんだよ〜♪ 来年も、みんなが幸せにっ、だよ〜」
歌うように言いながらツリーに付けていたカルルだったが、シェアトのイチゴがそれに飛び掛って遊ぼうとしたりもした。
「人の盾になって戦うときの力になるように。この指輪のように、人を、心を護れるように」
ポーラは贈り物に願いを込めている。ツリーからそれを取ったジュールが驚いていると、ポーラが寄って祈りを捧げた。
「お兄さんのはクレセントリュートね。常に笑みを、楽しみを忘れないように。自分を追い詰めすぎてしまう事のない様にね。2人とも」
シェアトとアフィマからのプレゼントは踊りと歌と言う事で、先に皆の前に食事が運ばれてきた。カルルが作った鳥のハーブ焼きと、ドライフルーツをワインに沈めたデザート。シェアトが作ってツリーに飾った星型の焼き菓子が振舞われ、中のプレゼント、ハーブティもお湯を注いで香草茶として皆の前に置かれた。
「それじゃっ! ジュールくん兄弟さんと楽しい聖夜の前夜祭をはじめまっす!」
カルルが明るく宣言し、皆は卓を囲む。ツリーに飾られた蝋燭の火がゆらゆら揺れる中、それがツリーに燃え移らないよう時折誰かが確認しつつも皆は歓談し盛り上がった。
「あたしからのプレゼントは、イスパニアの民族舞踊になるよ。シェアトお姉さん、曲よろしくね」
「はい」
前もって打ち合わせは行っている。イスパニアの音楽まではさすがに詳しくないシェアトだが、そこはバード。リズムと旋律を習えば大体飲み込める。そこに皆が踊りやすいよう音を外したり軽快な音を加えてみたり。
「速度は速いけど、慣れれば結構楽しくなれる曲だよ。みんな相手を作って踊ってみない?」
「相手って、男ばっかりやけど」
確かに可愛く見えるカルルだってれっきとした男性。アフィマとシェアトが踊りと伴奏に出てしまうと、残っている女性はポーラだけなわけで。
「そこは気にしなーい。『初踊り。みんなで踊れば怖くない』よ!」
とは言え、ポーラは着物姿である。見ているだけでも良かったが、アフィマに誘われてポーラも立ち上がった。何だか魂まで熱くなるような曲だ。
「ジュールくんっ。お〜どろっ」
にゃははと笑いながらカルルがジュールに笑いかける。中はどすどす音を立てて床を踏みながらくるくる踊っている。ポーラは内掛けを脱ぎ、振袖の袖と裾を上げて紐で止め、さりげなくエスコートするレオンの手を取った。
「踊りはね。1人でするものじゃない。みんなのリズムをひとつにしていくものよ」
皆の魂の鼓動が合った時、強い力が生まれる。心の叫びを体で表して行く。それは見ている人にも広がって、強い気持ち。強い支えとなるのだ。
「ね、ジュール。頑張って。君が皆を幸せにする、一番の鍵を持ってるんだから」
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「あの。皆さん、今日までありがとうございました」
パーティの終わりに、ジュールが皆にひとつずつプレゼントを渡した。この冬に良く合う物ばかりの中で、アフィマは袋を開いて首を傾げる。
「これ、何?」
「前にね。お姉さんに付き合ってもらって買ってきたんだ。指輪」
だが2つ入っている。
「アーシェンの分も。お揃いだよ」
にっこり笑ってアフィマの人形につんと触れるジュールに、アフィマは礼を言いつつ内心更に首を傾げた。だが分かっていて買っているなら、そういう事なのだろう。『誓いの指輪』。人形とアフィマの永遠の絆を願って。
「楽しかったよ。こんなに楽しかったのは‥‥割と久しぶりかな」
「楽しいのは幸せって事なんだよ〜っ」
「それからフロストヴァイン。美味しかったよ。また飲んでみたいね」
ポーラが密かにツリーに吊るしておいたその上質なアイスワインは、皆の注目を一際浴びたものだった。
「ジュールさん。この飾りやリースはお裾分けされては如何でしょう?」
レオンの言葉の後、後片付けを始めた皆だったが、ジュールの思いを察していたシェアトが優しく声を掛ける。
「例えば道行く小さな子や、アンジェルさんや‥‥お母様に」
「あ。そうですね!」
いそいそとそれらを束ね始めるジュールを見ながら、シェアトは心の中でそっと祈った。
彼の母親が、この聖夜の贈り物に心を‥‥震わせて伝えてくれれば良いのだが。
そう。それはアフィマが伝える踊りのように。
心の言葉を。
雪が降る あなたの足跡を隠してく
いつもいつも 見失ってばかり 心の行方 望みの場所
でも知ってる 辿る道は違っても 振り返る場所は同じ
今日だけは一緒に帰ろう 灯りをともそう 心の住処に