刹那の片付け、永遠のゴミ〜人形工房〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月26日〜01月31日

リプレイ公開日:2008年02月03日

●オープニング

 誰にだって、宝物はある。
 誰にだって、幼き頃の思い出が。夢が。
 懐かしくも甘酸っぱいその欠片は、大人の階段を踏みしめる内に忘れ去られて行くけれども。
 でも、心の内に秘めたその想いは。
 自分の一部なのだ。確かに。

「‥‥だれかぁ〜‥‥だれか〜‥‥」
 とある冒険者街のとある家。
 の、とある部屋。
「‥‥たすけて〜‥‥」
 誰かの家? と首を傾げるくらい乱雑、いや瓦礫の山に埋もれた室内から、細い声が一条伸びていた。
「たす‥‥ぶはぁっ」
 がたがた。その瓦礫の一部が崩れ、中から手がにょきと出る。
「う‥‥たすかっ‥‥たぁ‥‥」
 手に続いて頭が瓦礫の上に出ると一安心。身軽に瓦礫の上へと体も這い上がって来る。後はそろそろと瓦礫の上を通って部屋を抜け出せば脱出成功だ。
「ふぅ‥‥。冒険したなぁ」
 そして室内を振り返り、その家の主である娘は‥‥汗を拭ったのだった。

 一見子供に見えなくもないその娘。名をアフィマ・クレス(ea5242)と言う。
 そして彼女が住む家は、冒険者街にどこにでもあるような家のひとつである。確かに冒険者の住む家の中には、時折爆発してみたり時折ペットが暴れて大戦争になりかけてみたり時折怪しげな煙を吐き出してみたりする事もある。事件が発生する事もある。だが、彼女は別に怪しげな店を開いても実験しても命を狙われたりもしていない。ただ‥‥荷物が多いだけだ。
 彼女は人形が大好きである。実家を飛び出しジプシーとなってから、人形集めに歯止めがかからなくなった。その上、彼女は人形使いである。人形を使う為にはいろいろ道具も細工もいるので、家の中はそれらの道具や材料や衣装でいっぱいだ。道芸だって道具を使う事もあるし、大きな人形も作ってみたい。そうして物はどんどん増えて行き‥‥その結果。
「不要物の山が居座っている家に入るつもりはないわ」
 隣の家に住む姉、シアルフィ・クレス(ea5488)に呆れられるほど酷い有様になってしまい。
「あなたが心を入れ替えて整理整頓するなら助けるわよ」
 危うく死に掛けて泣きついてきた妹は、そのように宣告されてしまったのである。
 アフィマが泣きついた理由は、家の中が瓦礫の山となって寝床も無くなったからではない。彼女が最も大切にしている人形、アーシェンが瓦礫の中に埋もれて見当たらないからである。しかも更に問題な事に、彼女は室内に自分以外誰も入れないようにと昔様々な仕掛けを施しており、今ではそれらをどこに設置したのかも忘れてしまっているのである‥‥!
「‥‥冒険者ギルドしかない」
 そして、見事その仕掛けに嵌まって何かに殴りかかられたアフィマは、這々の体で逃げ出して冒険者ギルドへと向かったのだった。

 依頼内容は、何が起こるか分からない家の中から、アフィマの人形を救い出す(?)事。ついでに‥‥勿論『ついで』に家の中を片付けて綺麗にして、住めるように‥‥いやいや、瓦礫だけでもいいから。後、仕掛けも撤去してもらって‥‥。
「‥‥あの」
 ふと、依頼書が張ってある壁を見ていた少年が、ギルド員に声を掛けた。
「この依頼‥‥。この依頼人、本当に‥‥彼女が?」
「はい。冒険者の方から助けて欲しいという依頼です」
「‥‥あの。僕も冒険者になったら‥‥。この依頼、受ける事は出来ますか?」
「? えぇ、勿論ですが?」
「分かりました!」
 聞くなり、少年はダッシュでギルドを飛び出して行った。
 後には、首を傾げるギルド員だけが残され‥‥。

 そして。

●今回の参加者

 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5242 アフィマ・クレス(25歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea5488 シアルフィ・クレス(29歳・♀・神聖騎士・人間・イスパニア王国)
 ea6480 シルヴィア・ベルルスコーニ(19歳・♀・ジプシー・シフール・ビザンチン帝国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8113 スズカ・アークライト(29歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

カサンドラ・スウィフト(ec0132)/ エルディン・アトワイト(ec0290)/ 呂 明信(ec2902

●リプレイ本文


 寒風吹くパリの一角。そこにはずらりと建ち並ぶ家々がある。
 そう、ここは冒険者街。全うな一般人ならば滅多に近付かない冒険者の住む通り。
「この光景が見納めになると思うと、ちょっと寂しいなぁ‥‥」
 来客というかお掃除隊の皆様がその光景に立ち尽くす中、依頼人であり家主であるアフィマ・クレス(ea5242)が努めて明るく言った。
「これ、寂しいという問題じゃない気がするわ」
 シルヴィア・ベルルスコーニ(ea6480)がある一点を見て呟いている。あぁ、粉雪舞い散るパリの一角で。彼らは家から溢れているというか突き出ている何かの山を目の前にしている。何と麗しい光景なのだろう!
「‥‥森林に対する土地勘はあるのですが‥‥役に立つでしょうか」
 外観だけで家の中の様子は見当がついたのだが、それでもシェアト・レフロージュ(ea3869)はそれを言葉にせずにはいられなかった。
「あまり綺麗に整理された部屋っていうのも落ち着かないものだけど‥‥これは甘かったわね」
 ぱぱーっと片付けちゃいましょう、とギルドで軽く言い放ったスズカ・アークライト(eb8113)だったが、彼女の背丈を越えるような山を見て、思わず苦笑する。これではアフィマの命が危うい所だったのも頷ける話で。
「あぁ、ジュール君はあまり近寄らないようにな。雪崩れると大変だ」
 さりげなくライラ・マグニフィセント(eb9243)が、冒険者成り立ての少年を制した。
「は〜‥‥この山の中にアーシェンが居るのですね〜。何だか名前が似てるから他人事とは思えないんですよね‥‥」
 何となく自分がその中に埋もれている図を想像しながら、アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)が山の端をつんと突き。
「早くアフィマさんをアーシェンと会わせてあげたいです」
 想像を絶する山に気圧されつつ、それでもデニム・シュタインバーグ(eb0346)はアフィマへ振り返った。
「それに、アフィマさんのお役に立てるのは嬉しいです‥‥。その‥‥」
「うん?」
「いえ、少しでも恩返し出来ればと思ってます」
 さすがに本人に『敵(山)は強大ですけれど』とは言えず、デニムはアフィマへ笑顔を向け。そして彼女の姉へと頭を下げた。
「皆様ありがとうございます。どうぞ宜しくお願い致します」
 それへと会釈を返し、アフィマの姉シアルフィ・クレス(ea5488)は一同へと感謝の意を再度告げた。


 冒険者は慣れるのも早い。早速皆は家の中で作業を始めた。
 まずは撤去した物を要るものと要らないものに分ける為、外にテントを設置。その後はライラが破魔矢を玄関に掲げ、シェアトがパーストで惨事前の室内を探った。2次災害を防ぐ為というより‥‥女の子の部屋には男性陣に見られては困るものだってあるのだ。
「あの下あたりでしょうか‥‥」
「シェアト姉。その山を上るのはやめてくれ。まだ仕掛けの位置を把握してないのさね」
「でも、一度作動すれば解除の必要は無いですよね?」
 ライラに止められたがシェアトはぐっと拳を握り締めて尋ねた。
「いや‥‥でもな、姉‥‥」
「今後の為に、ひとつこの辺で打たれ強くなってみようかなと‥‥」
 ぐぐぐと拳を震わせる彼女の背後には、なにやらごぉ〜っとオーラが渦巻いている。
「だ‥‥誰か止めてくれないか‥‥」
 いつに無くしゅぼーと燃えているシェアトに、思わず助けを求めて辺りを見回すライラ。
「どうしました? ‥‥あ、妙齢のお嬢さんがそんな事をしてはいけませんよ」
「この作業は騎士団の訓練を思い出すと思ってたけど、それも何かの訓練?」
 しかし近くに居たエルディンとカサンドラもすぐに体を張って止めには入ってくれない。その間にシェアトはそろそろと山の脇を進み‥‥。
「あ」
 突如、横手から飛んできた1mはある巨大な何かに、ボグッと殴られた。
「あぁ〜! シェアト姉!」
 開かれ放しの窓からひゅるり〜と屋外へ退場するシェアト。
「あれ? 何か今悲鳴のような声、聞こえませんでしたか?」
 その頃、隣近所に「迷惑をかけるかもしれません」とご挨拶に出向いていたアフィマとシアルフィとアーシャは、「まさかこんな早くに罠に掛かったりするわけないよね〜」と笑いあって(シアルフィ除く)いた。
「‥‥で、何遊んでるの?」
 ぺしゃりと倒れ伏したシェアトの傍に、重い防寒着を着たシルヴィアが飛んでくる。一通りの準備が終了して、さてエックスレイビジョンでも使って慎重に見極めつつやって行こうかと言う時だったので。
「‥‥すみません」
 予想以上の打たれ具合にまだへにょりと倒れたまま、シェアトは謝った。


「ジュ‥‥ジュールさんやデニムさんは‥‥真似しないでくださいね‥‥」
 などとシェアトが忠告しなくても、彼女の弟達はその辺りを弁えている。勿論、いざとなったら身を挺してでも罠から女性陣を護ろうと思っていたであろうデニムはその惨劇に心を痛めていたが。
「え? シェアトお姉さん、自分で罠に嵌まりに行ったの?」
 話を聞いたアフィマは噴き出しそうな顔をしていたが、その後の作業は比較的順調に進んだ。
 しかし。
「それにしても、この家、今に壊れるわよね〜」
 シェアトを殴った罠がびよよ〜んと揺れているのを回収しつつ、スズカは面白そうに言って‥‥そして見てしまった。
「手っ‥‥! 手が出てる!」
「あ、ほんとですね〜」
 寄ってきたアーシャがのんびり言い、シルヴィアが首を傾げる。
「でもそれ、人じゃないわよ」
「あ。アーシェンだけでも、いっぱい居るの。部品とか中身の構造が違うやつとか。他の人形も大体そうなんだよね」
「でも‥‥大きくない?」
 心なしかびくびくしながら尋ねるスズカ。
「じゃあ僕が片付けます」
 デニムが颯爽とやって来て、慎重に瓦礫の山へ手をかけた。人形を傷つけないように配慮しながら注意深く目を動かし確認する。
「あ‥‥救出成功ですね!」
 やがて彼はそれを山から掘り出した。手を叩いて祝うアーシャだったが。
「それは等身大人形で、残念ながらアーシェンじゃありません〜」
「やっぱりそうですか〜。あ、スズカさん。でもこれ凄い出来だと思いません?」
 デニムから受け取ったものを、振り返りつつアーシゃはスズカの目の前に突きつけた。
「はうっ!」
 ぶら〜ん‥‥。人形の腕だけが、スズカの目前でゆらゆら揺れている。
「え? あれ‥‥スズカさん?」
 ぱたり。仰向けに倒れたスズカを、慌ててアーシャが揺さぶった。

「‥‥それで、『また』なの?」
 歩く必要が無いので罠に嵌まる心配の少ないシルヴィアが、狭い玄関付近に毛布を敷いて寝かされたスズカと、既に寝かされているシェアトを交互に見やった。
「すみません‥‥」
 デニムにしてみれば謝るしかない。彼には非は無いわけだが。
「びっくりしました。スズカさんって、こういうの弱いんですね」
「‥‥シアルフィ殿が戻ってくるまで、2人には待ってて貰うしかないかな‥‥」
 ライラが呟き、後方でジュールが不安そうにそれを見守った。
 
 その頃、シアルフィは教会に行っていた。ただでさえ所狭しと部屋中に散乱していた人形達である。それが瓦礫の一部と化しては、掘り出しても救われまい。悪い霊や邪気が残っていると禍根を残すだろうと、先に浄化願いを出しに行っていたのだった。そのまま荷車を借りて、部屋に棚を作る為の木材などを買い込む。
「姉ちゃん、そんなにいっぱい‥‥」
「お心遣いありがとうございます。ですが大丈夫ですので」
 店の親父に心配されたが、それへ柔らかな微笑だけ返して彼女は荷車を引っ張った。引っ張って‥‥しばらく行った先でよろめいた。
「姉ちゃ‥‥」
「ご心配なく。だいじょ」
 どふっ。今度は木材が近くの壁に当たって、シアルフィの腹に衝撃が走る。
 そんな逆境に若干悦を感じながら、彼女は家へ帰ってきた。そして。
「帰ってきてすぐで悪いのだけど、この3人見てもらえないかしら?」
 玄関付近で寝ている人は、1人増えていた。


 夜は自宅へ帰る者は帰り、泊まる者はシアルフィとデニムの家に分かれて泊まる事になった。
「お姉さまですか‥‥。アーシャさんもいらっしゃるんですよね? 妹さん」
 アフィマとスズカは外置きのテントの見張りに行っている。本当は1人ずつの見張りが良いのだろうが。
「べ、別に怖いわけではあるりませんわよ」
 とスズカが変な口調で強がっていたので、皆が気を遣ったのだった。
「はい、居ますね。困った事もするけど、そこも全部含めて可愛いですよ」
「私もお姉さんと呼んでくれる方たち。皆大好きで愛おしいです」
 シェアトの言葉に、ライラも頷く。
「あたしも、ジュール君は弟のように思うのさね。血の繋がりがあってもなくても、慕うから絆が深まる。大切に‥‥そう思うのさね」
「でもライラさん。過保護を控えるにはどうすれば良いのでしょう‥‥」
「あたしに聞かれても困るのさね」
 と過保護な姉ぶりを発揮する2人だったのだが、静かに聞いていたシアルフィが口を開いた。
「妹がこんなに散らかすのも、思えば寂しさや家族への反抗心もあるのでしょう。幼い頃から1人で居る事の多い子でした。体が弱くて留守番ばかりで」
「今の姿からは想像できないですね〜」
「しかしそのままでいて心が強くなる事はありません。今回の事は皆様にはご迷惑をお掛けしておりますけれども、良い機会です。きちんと心を入れ替えて貰います」
 妹を想う気持ちは強い。けれども彼女は神聖騎士だ。可愛いから、可哀想だったからと甘やかすつもりは無い。それでもさりげない部分で妹を深く想っている言動を見せる事に、皆は温もりを感じていた。

 一方こちらデニム家。
「あ、そこ剣があるから気をつけて。‥‥それから、グリフォンとかいるけれど大丈夫だよ」
 言われるままに案内されたジュールは、興味深そうに室内を見回した。
「ジュール君と話すの久しぶりだね」
「はい。‥‥僕、神聖騎士の見習いになりましたけど、もし騎士になるならデニムさんみたいな人になりたいなって思ってました」
「えっ‥‥僕なんて全然まだまだだよ」
 ぽつりぽつりと2人は最近の出来事などを話す。そして幾つかの話の後に、デニムはふと気付いて問うた。
「そういえばジュール君の好きな人の事、まだ聞いてなかったな」
「僕ですか? ‥‥あの、デニムさんは‥‥好きな人とか」
「僕は‥‥」
 真っ赤になって2人は黙り込んだ。互いに気付かないまま、彼らは恋敵同士になっている。そしてその均衡を保ったまま、彼らは叶うかも分からぬ道を行くのだ。


「占いをしてみたのだけど」
 寝癖をつけてやって来たシルヴィアが、アーシェンの場所を占ったと皆に告げた。実は初日にも行ったのだが、良い結果を得る事が出来なかったのだ。
「多分‥‥そうね。この辺りだと思うわ」
 そう言って彼女が指差した場所は、山の頂上付近だった。が。
「この底」
「‥‥もしかして、それって潰れ」
「言わないでぇぇーっ」
 アフィマの嘆きは、『潰れた人形見たくない』という他の皆の気持ちでもある。
 ともあれ2日目もやる事は変わらなかった。
「あの‥‥ここにアフィマさんの衣類がありますから、デニムさんは遠ざけてもらえますか‥‥」
 パーストで見ていた結果に基づき、シェアトがそっとライラに耳打ちしたり。
「これはゴミ、これはゴミじゃない、これはゴミ‥‥」
 テントの中ではスズカが分別していたり。
「あぁーっ! これはゴミじゃなぁいぃ!」
 『ゴミ入れ』と名付けられたテントのほうでアフィマが叫んでいたり。
「人形以外はゴミで結構ですから」
 その後方からせっせとシアルフィが『ゴミ』を入れていたり。
「あぁ、アーシャ殿。そこは」
「えっ、何ですか‥‥ああぁぁー‥‥」
 再び犠牲者が出てみたり。
「‥‥これは結構重‥‥」
 パーストで全て見るなんて不可能です。というわけでデニムが。
「あれ。これ、何のぬので‥‥あ!」
「どうしたの? 見つかった?」
「い‥‥いいえ、見てません! 見てませんから!」
「‥‥何が?」
 飛んできたシルヴィアに怪訝そうに問われた後に「あぁなるほど」と気付かれて、思わず逃げるかそれともアフィマの所まで謝罪に出向くか悩んだ一瞬の間に。
「あ、これ僕の母も似たもの持ってますよ。確かジャパンの風習で、ふんど」
「ジュール君!」
 横から首を突っ込んだ少年を引き倒すくらいの勢いで連れ、少年騎士は去って行った。


「しかし、よく5日で終わったものさね」
 ハーブティを淹れながら、ライラが呟く。
「終わったわね〜‥‥」
「でもスズカさんの怯えようと言ったら無かったですね〜」
「だから、使わない物や壊してしまった物は、なんか訴えかけてくる気がするんだってば!」
「壊れた人形は、教会に持って行ったのよ? まだ怖がる事があるの?」
 大きな器を持っているシルヴィアの突っ込みに、目を逸らすスズカ。
「そういえば‥‥アーシェンさんは、たくさんいらっしゃるのですよね? 勿論どの子も大切でしょうけれど、この子に拘る理由、何かあったのですか?」
 問うシェアトの双眸は、アフィマが大事に持っている人形に注がれていた。
 汚れてくたびれているけれども、温もりさえ感じる表情。つぶらな瞳。奇跡的に無傷で見つかったその姿。埃を払いのけて布で拭いて髪も梳いてやって。
「この子は、一番最初の子なの。お母さんに貰ってね」
 シアルフィが皆に話した、留守番ばかりしていた頃の話だ。
「それは思い入れがありますね」
「実家に送ってあげようと思って。『あたしは大丈夫、強く元気に生きてるよ』ってね」
 一家で1人、違う道を歩んだアフィマ。あの頃は嫌で家を飛び出したけれども、今は少し思う。残された両親の事を。
 そして、アフィマは感慨深く室内を見渡した。自分の家とは思えないくらい、綺麗に整えられた部屋。四方の壁には棚が備え付けられ、人形用の棚には数体の無事な人形が置かれている。その棚は、皆が作ってくれたものだ。『山』を撤去した後は、皆で綺麗に掃除もしてくれた。勿論アフィマも手伝ったけれども、何も無い部屋がとても広く思えたものだ。
「皆様、本当にありがとうございました。神よ。今、ここにいる皆に祝福あらんことを」
 帰り際、シアルフィが祈りを捧げてくれた。皆は、まだ外に少し残されていたゴミと荷車を持って、手を振りながら去って行く。
 それを見送り、アフィマは家の中をそっと覗いた。皆が去った後のがらんとした部屋は、冬の気配だけが残されたようでとても寂しい。
「何か気付けた事はあった?」
 後ろから姉が問いかけた。妹は、振り返らずに頷く。
「仲間って‥‥本当に大事だね」

 そして、アフィマの家は綺麗になった。
 翌日‥‥部屋の隅に荷物を移そうとして。
「あ」
 ぽちっと何かを踏んで、爆発させるまでは。