パリで最も麗しきもの〜薔薇と百合編〜

■ショートシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月12日〜02月17日

リプレイ公開日:2008年02月20日

●オープニング


 それは、聖夜祭が終わった頃の事。
「ミナ。売り上げを発表してちょうだい」
 とある店内で、とある店長代理がきびきびと店員達に指示をしていた。
「はい。売上予算に1万足りません」
「正確な数字を」
「8985ゴールド不足しています」
「そう」
 店長代理はおもむろに頷き、発表者を見つめた。そして。
「ぐぼほぉっ」
 渾身の力を込めて右拳で殴った。
「おねぇさま!」
 1人が駆け寄り、床でのたうち回っている発表者を支える。
「何てこと‥‥。半分‥‥半分以下ですって‥‥?」
「店長代理。やはりレスローシェと違ってここは王のお膝元。客から搾り取るだけ搾り取る事が出来なかった事もひとつの敗因だと思います」
「それに、レスローシェは住民より客のほうが多いくらいの町だもの。財布の紐の締め付け具合も違うわよ」
「‥‥このままでは、あたくし達の野望が潰えてしまうわ‥‥」
「店長代理‥‥」
 まだ床で苦しんでいる1人を除き、皆は深刻な表情で視線を落とした。
「世間では、あたくし達は『少数派』として虐げられている。世情の冷ややかな目に立ち向かい、あたくし達でも何かが出来る事を世間に知らしめる。それが、ここに居る全ての者達の使命である事。分かっているわよね?」
 皆は力無く頷く。
「では、次の目的はバレンタインデー。この季節に売上を達成出来なかったら‥‥後が無くてよ」
「‥‥店長代理」
 1人が小さく手を挙げて、恐る恐る口を開いた。
「多種多様な店が建ち並ぶのは、パリもレスローシェも同じなんですけど‥‥。その、うちと同じくレスローシェから支店を出した店があるのはご存知でしたか‥‥?」
「あぁ‥‥『華麗なる蝶亭』ね」
 皆も頷く。
 レスローシェは娯楽の町だ。様々な娯楽を提供する町から、このパリに出店してきた店は2軒。そのうちの1つが『華麗なる蝶亭』で、もうひとつが。
「あたくし達『気高き薔薇亭』のライバルにしてターゲット。そう‥‥いつも客を奪い合って来たわね‥‥。そして、その恋心もまた‥‥」
「あの店が、どうやらかなり売上を伸ばしたようなんです。一軒の店を仕切り、男女の店員で同時に男女の客を呼び集める。コストの面でも大きく軽減できていますし、異性だけではなく、同性にお持て成しをさせる事も最近可能にしたみたいで‥‥」
「何ですって! 何てあざといの‥‥!」
 手に持っていた布をハンカチーフに見立ててごしごし摺り合わせた店長代理だったが、ふと気付いたようにその手を止めた。
「‥‥そういえば、レスローシェに居たじゃない‥‥? あたくし達と同じ、同性を対象にする店が」
「『姫百合亭』ですか? ありましたけど‥‥私達じゃよく分かりませんし‥‥何がいいのかも‥‥」
「ちょっと、レスローシェのほうに使いを出してちょうだい。あたくし達がこのパリで生き残る術‥‥。これに賭けるしか無くってよ」


 というわけで。
 『気高き薔薇亭』に、1人の人間の娘がやって来た。その颯爽と歩く姿は。
「『姫百合の騎士』と呼ばれているそうです」
「お噂はかねがね。でも本物とお会いしたのは初めてだ。私はルーム。勿論店での名前だが、お互いその名で良ろしかろう?」
 にこやかに手を差し出して来たので、店長代理は一応握手した。
「こちらはアナイン。私共々『姉役』だ」
「宜しくね‥‥」
 ルームの後から入ってきた娘が、実に艶かしく手を上げる。それには店長代理も苛立った。
「あたくし達が求めるのは、女の客を取る店員よ。男客を取るような女は必要無いですわ」
「大丈夫‥‥。あたしが可愛がってあげるのは、『妹』だけだもの‥‥」
 テーブルにしなだれかかっているその姿を見ないようにしながら、店長代理は不服そうに頷く。
「では、具体的な『姫百合亭』の方針を話そう。我々の店の店員は、皆『姉役』か『妹役』だ。姉妹でセットになっていて、姉妹愛を客に見せつつ酒や料理を運ぶのが基本だな。最も、客の求めに応じて、客が『姉役』や『妹役』を行う事もある。これはサービス料を別途に貰う仕組みだ。我々の店では『気高き薔薇亭』のように、性別の制限はしない。勿論種族の制限もだ。だが、男性客には『姉妹役』は遠慮してもらっているし、女性客を優先優遇するようになっている。何か質問は?」
「そうね‥‥店員は何人来れるのかしら」
「後、『妹役』が2人で合計4人だな。私達はどんな『妹役』でも可愛がれるよう訓練しているが、今回はいつも組んでいる『妹』を連れてこようと思っている」
「‥‥何だか気持ち悪いわね」
 と、素直な感想を述べた店長代理だったが、傍から見れば気持ち悪いのは店長代理の外見のほうだっただろう。
「でもそうね‥‥。それで女客を取れるなら、悪くない話ね。今度のバレンタインデー‥‥。『華麗なる蝶亭』には負けられませんわ‥‥!」


 寒風吹く中。
 町の往来をジャイアントの集団が一列になって歩いていた。
 彼らは皆、見た物が目を疑うような眩いドレスを身につけ、決死の表情で道を進んでいる。
 先頭を歩くのは、一際大きな体格の『店長代理』。特注の吟遊詩人用の帽子さえ、風に吹かれれば飛んで行ってしまいそうなくらい窮屈な姿で頭の上にのっている。後方の者達が犯罪的香りのする膝丈のドレスを着ているのに対して、彼女(?)だけが長丈で裾を絞ったドレスを身に纏っていた‥‥というより、張り付けていた。
 一行はそのまま『華麗なる蝶亭』へと入っていく。

 そして。
 彼らの戦いは始まったのである。

●今回の参加者

 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea3120 ロックフェラー・シュターゼン(40歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec4441 エラテリス・エトリゾーレ(24歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ec4491 ラムセス・ミンス(18歳・♂・ジプシー・ジャイアント・エジプト)

●サポート参加者

天羽 奏(eb2195)/ レア・クラウス(eb8226

●リプレイ本文


「明るく楽しく過ごしたいなら、どうぞ当店へ。麗しの音楽と艶やかなる踊りで、皆様を魅惑の世界へとお連れ致します」
 美しいエルフが店の前で竪琴を奏でた。金の髪に金の竪琴。虹色のリボンにドレスが実に美しく、その微笑みたるや天の使いの如く。
「ようこそお客様。貴方に私達から愛しき恋歌の贈り物を。さぁどうぞ。中にお入りになって」
 それと対峙するように、別のエルフが横笛の音色を響かせる。銀の髪に七色のヴェール。銀糸のドレスに身を包んだ美しさや、宵月の微笑の如し。
「少しだけお時間を頂けるのですね? ではどうぞ、中へ」
 すいと扉を開き、金の楽師が客を招き入れた。女と見紛うばかりの美しさは、『七色の薔薇』と名乗るアリスティド・メシアン(eb3084)。その彼を徹底的に美しく粧ったのは、銀の楽師、『マドンナ・リリー』と名乗るガブリエル・プリメーラ(ea1671)である。
『獲も‥‥お客様1名様はいりま〜す』
 テレパシーで店内に告げ、ガブリエルは通りを歩く人に魅惑の笑みを見せた。
「いかがかしら、お客様。貴方にひと時の夢の時間を差し上げましょう?」

 自己犠牲。それは実に尊いもののはずである。
「薔薇の一員として、今までを否定するわけじゃない。だが今回は状況が状況だし、多少の無茶も含めて色々認めてもらいたいんだ」
 『冒険野郎薔薇野郎で灼い薔薇』という何か泣かせの長い店員名を自らに課したロックフェラー・シュターゼン(ea3120)が、ばんと卓を叩いた。
「金はかかるだろう。けれども、これはこの店の未来の為! 俺達はこの計画の為、全力を尽くす! だから、店にも覚悟を決めて貰いたいんだ」
 『不幸』を呼ぶマントと刀と盾を背負って熱く語る彼は、背水の陣オーラを発している。最も、この『不幸』が彼1人の身に収まらず店の収益に及ぶ可能性も否定できないわけだが。
「代わりに俺に出来る事なら何でもしよう。気に入らんのなら俺を好きにするがいい! だが、この企画だけは通してくれ!」
 その台詞に店員達の目の色が変わった。
「この企画も通してもらおう」
 不穏な空気が取り巻く中、実にタイミング良く奏も入って来る。その背後から、貸衣装屋や貸装飾品屋もやって来た。
「話はつけた。このお祭り騒ぎに乗ってくれるそうだ。金はかかるが‥‥生憎僕も身ひとつ以外に提供できるものが無い」
 前回ロックフェラーを置いて逃げ出した事に対する罪悪感から、何かの覚悟を決めてしまった奏が告げる。
「そうだ! 企画さえ通ればこっちの勝ちだ。俺の身なんざ知ったことかぁっ!」
 自己犠牲。
 そう、それは涙無しでは語れないほど尊いもののはずである。
 だが、人として大事なものを何か捨てているような気が‥‥しないでもない。

 圧倒的不利な立場にあるこの店の売上を上げる為に行う事。それは、彼ら冒険者から見ても実に経費のかかる催し物を開く事、だった。何かを失って手に入れた企画了承書を手に、7人の冒険者(まさしく冒険者)達は初日早朝から奔走している。
「蜂蜜樽、卸してもらったよ」
「衣装は大体揃えたわ!」
「神輿げっとだぜー!」
「腕利きの料理人の手配は?!」
「すまない‥‥。それは失敗した‥‥」
「気にするな、薔薇野郎! 大食いメニューは用意した!」
「さすがだな、七顔乙女!」
「分隊長さんにシフール便出してきたデス」
「でかしたわね、砂漠薔薇」
「まだお返事貰ってないデスガ」
「気合で行くのよ。き・あ・い・で♪」
「舞台飾ってみたよ〜☆ 思いっきり可愛くしてみたよっ」
「素敵才能ね。破壊的だわ」
「こっち動かしたほうがいいかな?」
 という具合に休み無く朝っぱらから働いた結果。
 実に破滅的に愛らしい店内の装飾と、全ての準備がほぼ整ったのである。店員達が労いの香草茶(成分不明)を持って参上し、皆はそれを飲んで疲労も忘れて最後の仕上げに取り掛かった。
「あぁ‥‥腕が鳴るわね‥‥」
 それは皆の衣装。ガブリエルが男性陣に化粧を施すのだが、元々の店員へも。
「あなた達はもっと美しくなれるはずよ!」
 強制的に『美しい』化粧へと変えていったのである。
「こ、これがあたし‥‥?」
「そうよ。さ、次はアリスさん、座って」
 化粧が終わればあらかじめ選んでおいた衣装を着るだけだ。貸衣装屋と提携しただけあって、実に派手な衣装が揃っている。
 そして、皆は戦場へと向かうのだった。


 おいでませと歌う金銀楽師に案内されて入る店内では、最初に異国情緒溢れる格好をしたジャイアントの少年に出迎えられる。少年と言っても誰もが見上げるほど大きい。
「ようこそいらっしゃいマセ。お席にご案内しマス」
 『砂漠の薔薇』ことラムセス・ミンス(ec4491)は、素肌にチョッキ、ゆったりと裾を絞ったズボン、鼻からスカーフを巻いて宝石を身につけている。防寒着を着込んだ客が目を丸くするような格好だが、頭に女装である事を示す大きなリボンを飾っていた。
「『黎明の百合』だよ。よろしくね〜☆」
 くるりんと回って、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)も挨拶する。冒険者学校の女子制服をノルマンで一般人が目にする事は無いだろう。注意を引き付けた所でレティシア・シャンテヒルト(ea6215)登場。
「『蜂蜜天使』です。舞台、楽しみにして下さいね」
 ありったけの笑顔でエラテリスに寄り添う。少女達の仲睦まじい姿に、客は2度頷いた。
 そんな桃色空間もあれば‥‥。
「あちきの舞台は明後日でありんす」
 人遁で芸者風に化けた尾上彬(eb8664)が卓の間をうろうろしてみたり。
「熱き漢の魂! 漢太鼓を是非見にきてくれ!」
 ジャイアント達と変わらぬ衝撃女装姿(当然スカート丈は膝上)でアピールしまくるロックフェラーが居たりした。
「あ。橙分隊からお返事が来たデス」
 シフール夜便を受け取ったラムセスがそれを開き、首を傾げた。流麗過ぎるゲルマン語が読めない。
「んっとね。‥‥行けません、って」
「そうデスか‥‥」
「まぁ仕方ないかなぁ。橙分隊長に直接出しても途中でチェック入るだろうしね」
 実際、ラムセスのゲルマン語による招待状は拙さが目立ったという部分もあった。
「大丈夫だよ。分隊長は数ある目玉のひとつに過ぎないからね。そんなものに頼らなくても僕達は‥‥分かってるよね?」
 温もりある笑みでアリスティドがそっと囁く。
「皆の勇姿。期待してるから」
「そうだな。俺達の形振り構わない強さを見せてやろう」


 2日目の舞台は、エラテリスとラムセスによる『ジプシーダンス』だ。エラテリスは男装にウィッチハットで。
 蝋燭やランタンの灯を落とした舞台上にラムセスが上がり、大きな体を使って踊り始める。そこへお客の間を縫って駆けてきたエラトリスが、鮮やかに魔法を放つ‥‥という舞台なのだが。
「あうっ」
 舞台袖で躓いてコケた。
「大丈夫デスカ?」
「平気だよっ」
 めげずに立ち上がり、ライトの魔法を唱える。出来上がった光球をロープにくっつけようとするが、それもなかなか上手く行かない。その間、前方でラムセスがくるくる踊るが、内心気が気ではなかった。
「ん〜〜〜〜っ‥‥えいっ」
 ぼとっ。光球が落ちる。
「‥‥そこよ‥‥。もっとドジっ子をアピールするのよ‥‥」
 そんな2人を、遠くの壁から半分顔を出して見つめるレティシア。
「惜しいわね‥‥いい逸材だと思うんだけど」
 その上に顎を載せて笑うガブリエル。
「えいっ」
 再度ライトを唱え、今度はそれを持ってエラテリスは踊り始めた。幾分ほっとしたようにラムセスもそれに合わせる。身長差のある2人の踊りは拙いが、光球の揺らめきの不規則さが逆に、眠りを誘うくらい心を癒すのだった。

 3日目は彬によるゲイシャショーである。
 振袖に身を包み実に華やかだが、人遁ではなく素でやればいいのにと思う者も居たに違いない。
「おダイカーン様、御餅はいかがでありんすか?」
「おほほほ。頂こうじゃないの」
 姉気取りのレティシアが、彬の不思議な雪玉を貰ってご満悦の表情を浮かべた。保護者的存在である彬を苛められる好機と大喜びであるらしい。
「あちきはおダイカーン様の事が好きでありんす」
 しなを作ってもたれ掛かると、見せ掛けでは無い本来の重量がずしりとレティシアの腕に加わった。一瞬怒りがその腕に篭もったが、レティシアはにっこり微笑みつつ立ち上がって帯を掴む。
「あ〜れ〜! おダイカーンさま〜」
 ぐるぐるぐる。帯ごと彬を回すのは手筈通り。そう、手筈どおり‥‥。
「うおりゃあああああ!」
 渾身の力を籠めて帯を引っ張る。それはもう、見せ掛けの体力など通り越した爆発的な力で回し、ころころ転がっている彬を斜に見下ろした。
「ついこの前、死の淵から生還した子に無茶させた償い‥‥してもらいましょうか‥‥?」
 ふふふと笑いながらおダイカーン様は人遁の剥がれかかっているゲイシャに近付くのだった。

「‥‥誰だ? レティーに強い酒飲ませたの」
 という疑問はさておき、4日目はロックフェラーの熱き太鼓ショーである。
 女装ドレスのままで演奏してもらっても良かったのだが、やはり漢を見せ付ける為には法被姿。玄武が背中に描かれた姿は実に男らしく、彬に袖を紐で上げてもらってから、舞台に立つ。その後方で大太鼓が燦然と輝いていた。
「はぁっ!」
 ダンと太鼓を打つと、腹に響くような音が辺りを覆う。音楽センスなど皆無のロックフェラーだが、そこは炎のように暑苦しい魂と隆々たる筋肉とノリで誤魔化すのだ。
 ちなみにこの大太鼓。相当重い。彼のペットである驢馬に積んで初日にこれを持ってきたレアは、涙目で「女にフル仕事じゃないわよね‥‥酷い男」と冗談半分に罵ったと言うが、そんな物を載せられた驢馬も可哀想である。
「芸者に太鼓か‥‥。実に風情があるなぁ」
 ジャパンから来たというお客様にも概ね好評で、芸者衣装でうろうろしていた彬はおじ様達にモテモテだった。一方熱く太鼓を叩き続けるロックフェラーは、ジャイアント店員達の熱い視線を背中に浴びている。
 まぁある意味魂まで投げ捨てたのだから、今更この程度の不吉な予感はどうと言うことも無いだろう。 


「あら。緊張してるの? 踊りの時はあんなに可愛く舞うのに」
 個々の舞台とは別に、百合店独自の見せ場もある。それが『姉妹ショー』。とは言っても舞台に上がるわけではなく、お客様の卓に行って姉妹でべたべたするだけである。
「あ、えっとね‥‥えっと‥‥」
 初日、2日目こそ初々しさの残るエラテリスだったが、徐々に店内の濃厚な気配に染まっていき。
「お姉様‥‥。ボク、お姉様が素敵すぎて‥‥おかしくなっちゃいそうです」
「そう? 可愛い子ね。ねぇ、いつもの可愛らしい笑顔を見せてあげてちょうだい?」
 ガブリエルの『お姉様』はかなり板についている。毎晩開店前から店の外で歌っているのだが、女性の手を取って、
「一夜限りの夢‥‥。どうぞ貴女もいらっしゃいな」
 と微笑んでお客を呼び込んだりするなど日に日にその力は威力を増して行き。
「女の子同士なのに‥‥どうしてこんなにドキドキするの‥‥」
 少し離れた所に座っているレティシアを柔らかく手招きして。
「そんなに離れた所に居たら、貴女の可愛い顔が見えないでしょ? さぁ、もっとこっちに来て」
 『百合組』の店員達に『よくやった』と称えられるまでになった。
「あの‥‥。何だか僕、女の人達同士が話しているだけなのにドキドキしてきたデス‥‥」
「気にするな! あれは5日限りの幻だ」
「レティーの猫被りは半端じゃないな」
「彬の与える夢は1時間限定だけどね」
 ともあれ、『姉妹ショー』も人気を呼び、いよいよ最終日となったのだった。


 店員の格好を客が指定できる『着せ替え』も功を奏している。皆もその指名を受けてとんでもない格好をさせられたりもしていたが、敢えてここでは伏せておこう。
「『奇跡の夜! 今宵あなたは伝説の目撃者となる!』」
 最終日の舞台の触れ込みは『劇』。その前にアリスティドが籤引きを行ったり、彬が『劇』のゲスト参加権を賭けたオークションを行っている。舞台前に大盛り上がりを見せ、いよいよ『劇』が始まった。
「『引き裂かれた赦されざる愛。されど恋人達が年にたった一度だけ会う事を赦され、愛を確かめ合える日がありました』」
 女装ジャイアント達が、舞台にタライを運んで来た。その中に座るはアリスティド。
「あぁ‥‥今日は、あの人に会える日‥‥!」
 エラテリスがライトを持って舞台下をくるくる回る中、何故か濡れて艶っぽい姿のアリスティドは目を上げた。
「‥‥『薔薇野郎』‥‥!」
「待たせたな、『七色の薔薇』! 1年に1度の密会の日! 俺はこの時に全てを賭けていた!」
 大仰に両手を広げながら登場するロックフェラー。
「ちょっと待て!」
 そこへ彬がやってきて、ロックフェラーへ熱烈な愛を語りながらもペットの雪玉を投げつけた。
「え、俺に投げんの?」
「では洗礼のお時間でーすっ」
 何が何やら分からぬままに、レティシアが小さな樽を持ってきて中身をばしゃと3人に掛けた。真似してエラテリスも掛けるが、ラムセスだけはお客の隣でにこにこと占いをやっている。
「ごほごほ‥‥。え、これって蜂蜜じゃなくて酒‥‥?」
 蜂蜜酒を浴びた3人が咳き込んでいるのを、横手で楽器を弾いていたガブリエルが見てにやりと笑った。
「あらお姉様。油断大敵ですわよ」
 それへと別の樽に入った正真正銘の蜂蜜を掛けて、レティシアは強引にガブリエルを舞台へと引き上げる。
「あの夜の誓い‥‥。汚れる時も一緒に、と。あの言葉は偽りだったと言うの?」
 その両手を引き寄せてお姉様笑いを見せるレティシア。
「え〜いっ☆」
 そんな皆に酒と蜂蜜を掛けるエラテリスだったが、彬に捕まってしまう。
「きゃ〜っ☆ へんたい〜っ」
 舞台の上は物凄い匂いと液体で埋まり大混乱だったが、その波はじわじわと客席にも広がっていた。そこへ、褌姿のジャイアント達が神輿を担いでやって来て、強引に舞台上の人々を乗せる。
 そうして黄金色に輝きながら、彼らは旅立って行った。


 その後‥‥。
 酒に半分酔った彼らが蜂蜜を使った実に色っぽくも艶っぽいショーを繰り広げたとか、使用された蜂蜜や神輿や衣装もろもろがオークションに掛けられたとか、名物として有名になった為に夜道で(色々な意味で)狙われたとかいう噂が広がって、彼らは『気高き薔薇』店の伝説となった。
 そんな中、最後にラムセスが店員達に残した言葉を伝えておこう。
「皆さん、お金があるわけではないのです。財布の紐も硬いのです! ボッタクルなら、その地に合ったボッタクリを!」

 あぁ‥‥もうひとつ。
「じゃ、お疲れ」
 と爽やかに帰って行こうとした某薔薇野郎は、両脇を固められて連れ去られてしまいました。
 自己犠牲‥‥。気高くもうつくしい言葉ですね。