雪は、白きを謳う
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■ショートシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月17日〜02月24日
リプレイ公開日:2008年02月25日
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●オープニング
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その墓は、パリ郊外の静かな場所にあった。
雪原の背後に広がるは、白き雪に埋もれた森。時折、その重みに耐えかねて枝を震わせる。
「‥‥ごめんな」
白き世界の中で、少年がゆっくりと石を隠す雪を払う。
「ごめん、ラーン‥‥。あの頃は、ここに来れない理由が何なのか分からなかった」
白い粉が散りながら彼の膝へと降りかかった。
「あれは‥‥『恐怖』だ。俺の中には無いと思ってた、恐怖」
雲間から僅かに差し込む弱い光が、淡雪の色を鮮やかに見せる。
その色を鮮やかだと思うのは、人だから。人に、なったからだ。
「ダイとハースの墓も作ってやりたかったと、今なら思う。あの頃の俺達は‥‥死ぬ事が身近過ぎて何も思わなかった。仲間の死は、自分を呼ぶ罠か失態。死ねば捨てられるか犬の餌か。それが俺達の日常」
その墓には名が無い。名は刻まれていなかった。ただ、一言。
「『名も無き者、ここに眠る』」
そっと読み上げて、少年は音も無く立ち上がった。
「俺達には名が無い‥‥。親が付けてくれた名前。俺達を捨てた奴らが付けてくれていたかもしれない名前。けど‥‥俺には名前があったかもしれない」
服の中に手を入れ、彼は首に掛けていた鎖を外に出す。その鎖の先に、小さな袋が括り付けてあった。
「これが‥‥『俺の名前』かもしれない。俺は‥‥ほとんど、人だった頃の事は覚えていないけれど‥‥でも」
袋を握り締めて、少年は呟く。
「俺は、知りたいと思う。なぁ、ラーン。お前はどうだった? もうすぐ俺は、お前と同い年になる。お前があの頃、何を思っていたか。逃げたいって言ったのは、あの呪いの所為だけじゃなかったんだろ?」
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「こんにちは」
少年は、明るくギルド員に挨拶した。
「どうしたんだい?」
冒険者ギルドに来る依頼人達の多くは、こんなに明るい表情をしてはいない。悩み事、困った事があるから彼らは扉を開く。だがたまに、こういった人達もやって来るのだ。冒険者と一緒にパーティをしたいとか、一緒に出かけませんか、とか。だから、少年の屈託の無い笑みに、ギルド員は彼もそんな穏やかな依頼を持ってきたのだろうと思っていた。
「ぼく、アンリと言います。あの‥‥お金はほとんど無いんです。でも、おねがいしたくて」
「大丈夫だよ。どんな依頼を頼みたいんだい?」
身を屈めて尋ねると、少年はベルトに差してあったナイフを素早く抜き、カウンターの上に置いた。
「これ‥‥リシャールのナイフです」
「う‥‥うん?」
少年の声の響きの明るさは変わらない。表情も笑顔のように見える。だから尚、相手の意図が掴めなくて、ギルド員は心無しか怖気づいた。
「ぼくの‥‥なかま‥‥うぅん。おにいさんみたいな人です。でもこれを置いて、出て行ってしまいました。『家』の大人たちはじじょうを知ってるみたいなのに、教えてくれなくて」
「そう‥‥」
多分何か事情があって、子供には教えられない事だと判断したのだろう。大人は簡単に子供の期待を裏切る。
「でもぼくだって‥‥昔よりうんとおとなになったし、リシャールがいつもぼくを置いていくことは分かってたけど。でも、こんどは連れていってくれる、って思ってた」
「えぇと‥‥探して欲しい、ということかな? 彼を」
こっくり頷く。
「リシャールは‥‥何かしててもしょうこを残してくれないから、何をしてたのかはっきり分からないけど。でも、ひとつだけ分かって‥‥だから、そこに行きたいです」
「それはどこだったんだい?」
問われて少年は笑みのようなものを浮かべたまま、答える。
「ラティールの、こじの家」
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少年の心には、深い闇がある。
その闇は、ずっと作られたものだと思っていた。人を殺す訓練を受け、人を殺し続け、仕事の為に仲間を見捨てる‥‥。それでも、生き続ける為に必要なものだったのだと。
だがその闇は、もっと深いかもしれない。それよりもっと古い記憶がその種を作り出したのかもしれない。
自分は二度捨てられた。一度は親に。もう一度は、自分を育てたであろう大人達に。
いや‥‥違う。大人達は、自分を売ったのだ。その記憶だけが、今尚残る。まだあまりに幼い自分を、闇の世界へと売り飛ばした。
「でも、もう人は‥‥殺さない」
だから武器は全て置いてきた。
どんなに苦しくても、強い殺意を覚えても、それでも真実を知りたい。ずっとそう思ってきた。
『真実』を。
陽のもとに。
●リプレイ本文
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雪は、静かに降り積もる。
「‥‥守れなくて、ごめんなさい」
降りかかる雪の粉を払うように金色の髪を振って、デニム・シュタインバーグ(eb0346)が石の前に花を置いた。
「でも、君達の仲間は、僕達がこれからも助けて行くから。‥‥見守って欲しい」
その背後に、黒衣の男が立つ。そして同じように花を手向けた。この季節に咲く花は少ないけれども、この辺りには無い花を。造花であってもこれをと選んだ花は、白く小さな花弁に緑の葉を揺らしている。
「頼む。そっちから見守っててくれ」
スラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)の声は低く、傍に立つデニムにしか聞こえない。
かつて、2人はリシャールとアンリを助けた。他の子供達も助けた中で、ラーンという名の少年。リシャール達のリーダー格を努めていた少年だけは助ける事が出来なかった。それ以前に殺されてしまった2人の子供‥‥ダイとハースの亡骸はここには無いけれども、リシャールが自分が世話になっている『家』。身寄りを無くした子供達が冒険者を目指して暮らしている『家』の大人であるジョエルとカルヴィンに、彼ら3人の小さな墓を作って欲しいと頼んだのだと言う。
名も無い墓の前に立つ2人の傍らで、アンリも花を1本置いた。年の割に幼い少年は、小さな手をそっと組んで目を閉じる。
「‥‥ラーン。リシャールがそっちに行かないようにみはっててね」
そんな3人を、少し離れた場所からアリスティド・メシアン(eb3084)が見守っていた。体を白く染めていく雪をそっと払い、瞑目する。
不幸な子供達がこれ以上増えない為に。ただ今は、祈るしかない。
パリ郊外にある『家』を訪れた3人は、子供達に大騒ぎの上、出迎えられた。遊んでくれと懐いてくる子供達をアンリが大人な態度で追い払い、3人は2人の大人に話を聞く。
「ラティールにあるという『こじの家』ですけれど、もしや例の組織と繋がりがあったのでは‥‥?」
デニムが尋ねる『例の組織』と言うのは、リシャールやアンリが所属していた『暗殺者集団』の事だ。今は壊滅しているが、1人だけ生き残りの女が居る。その女からラーンが指輪を奪って逃げた。それが彼らの始まりだったのだ。
「彼の地の事はあまり詳しくありませんが‥‥確か、今も白教会で働いているクリステルという娘が居るはずです。彼女に聞いてみてはいかがでしょう」
「その人なら仲間が今そこへ向かっているよ」
後ろからアリスティドが口を挟む。
「そういやリシャールが1人でそこに行った事は知ってんのか?」
アンリの肩に手を置き、スラッシュも尋ねた。
「‥‥まぁ、一応は。あの子は結局‥‥大人になる事ばかりを考えていて、私達に迷惑を掛けないから、とそればかりなんです」
「また、なんですね」
そうやって1人で行ってしまう事のほうが、どれだけ心配か。前もそう告げたはずなのに、とデニムは唇を噛む。
「じゃ、アンリも連れて行くぜ。こいつも子供じゃねぇ。リックの‥‥俺達の仲間だからな」
「あぁ、任せる。あいつがどんな道を選ぶのか。俺達じゃあいつの気持ちに沿ってやれないかもしれないからな」
ジョエルに言われ、皆は子供達に別れを告げて家を出た。
●
重厚なる鐘の音が聞こえる。
「こんにちは。久しぶりね」
冬の寒さの中、粗末な防寒着を纏った女性が顔を上げた。
「良かったら‥‥この子の世話を頼みたいのだけど」
「‥‥ふふ」
銀髪の娘がペガサスから降りる。裏通りとは言え、それを目にした者が居たならば驚愕する事だろう。
「‥‥何か、可笑しかった?」
「いいえ」
首を振り、教会の司祭であるクリステルは立ち上がった。そしてペガサスの傍らで膝を折る。
「至らぬ場所では御座いますが、私で宜しければどうぞお世話をさせて下さい」
冒険者達が日頃難なく乗る生き物でも、紛れも無く人々に取っては触れる事さえ適わぬ聖物。それを簡単に教会で預かってくれと言う娘‥‥レティシア・シャンテヒルト(ea6215)の言葉が面白かったようだった。
「ではどうぞ中へ。温かいものを何かご用意します」
2人は近況を話し合った。レティシアからは、以前この教会で預かっていたエリザベートの事を。クリステルからは、最近のラティールの現状を。
「‥‥そう。良くなってるのね‥‥」
確かに空から見た時点で、この町のど真ん中に何やら小さな丘が出来上がっているのは見えた。その天辺に何かの像が立っているのも。旧領主の屋敷はまだ焼け焦げも残ったままだが、雪が溶けたらようやく建て直しを始めるらしい。
「新しい‥‥領主様の為に」
「決まったの?」
エリザベートの父はこの領地の領主だった。しかし先日死に、この地は別の者達が再興目指して力を注いでいる。
「いいえ。でも‥‥オノレさんが先日、上の方の意向だという事で、この地は彼女が継ぐべきだと」
「‥‥エリザベートが?」
それは当然の流れかもしれない。しかし。
「でも彼女はそれを望んでないと思うわ。だから、パリまで行った。無理矢理領主に据えるつもり?」
オノレと言うのは現在この領地の再興責任者の名だが、現状については把握しているはずである。
「‥‥その事で‥‥お話が」
だが、クリステルは真剣な眼差しでレティシアを見つめた。
そのオノレに会いに行ったのは、ジャン・シュヴァリエ(eb8302)。
「うわぁぁ‥‥大きくなってますー!」
だが彼が感動したのは、板の間に寝そべっている猫、猫、猫‥‥。総勢20匹あまりの猫である。
「あ! この子、あの時の子かな! ひゃあ。耳舐めたらくすぐったいってば!」
猫と戯れ感激するジャンだが、それをオノレが見ているのに気付いて慌てて帽子を被った。
「あの‥‥。『こじの家』についてご存知じゃないでしょうか?」
ジャンは以前、ラティール再興計画の手伝いをした事がある。その時、『猫温泉』なるものを提案した関係で、この地の事はとても気になっていたのだった。無事に『薬湯温泉』なるものも営業を開始し、外から手伝いに来た職人達は春になるまで一旦故郷に帰ったらしい。職人を育成する為の学校も春から開校と言う事で、着々と再興計画は進んでいるようだった。それを一通り確認すると、本来の目的が気になる。
「それで、ここの薬師さんから薬草を分けて貰いたいんです。‥‥あ、もしかしたら本人を連れて来れるかもしれないですから、その時には診てもらいたいですけど!」
「薬師を連れてきたのは君達だからそれは構わないが‥‥『こじの家』か」
オノレは腕を組み、湯気の上がっている建物のほうを見つめた。
「私の記憶が確かならば、それはもう無いはずだ」
「えぇっ‥‥。何かあったんですか?」
「個人で身寄りの無い子供達を引き取って育てていた『家』だったが、数年前に裏で人身売買をしていた事が発覚した」
「‥‥それまでに、何人の子が‥‥売られたんですか?」
「10人程度と聞いたが、実際はそれだけでは済まなかっただろうな」
思わず叫びそうになったがその寸前で堪える。
ハーフエルフだから捨てられて教会で育てられた‥‥。ジャンには心にそんな傷がある。だから今回放っておけなくて依頼を受けたのに、どうしてもっと早くそれを突き止めてくれなかったのだろう。親を失って心に傷を負った子供達が、更に深い傷を負うのを、どうしてもっと早く。
「あの。その『こじの家』について知りたい時、誰なら知っていそうですか? その人を訪ねるだろう人を、探してるんです」
何とか気持ちを静めて、ジャンは静かに尋ねた。
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レティシアから連絡を受けた3人とアンリは、ラティール港からラティール町まで歩く。
「リシャールが過去を捨てて、ただの人になってしまったら‥‥アンリはどうする? 喜んであげられるかな?」
道中、アリスティドはアンリとよく話をした。
「僕は、新しい自分を始める用意が出来たんじゃないかと思うよ。リシャールは」
「そうですね。リックが過去と向き合うなら、それを助けたいと思います。そして、未来に向けて羽ばたくなら協力したい。だって、友達ですから。勿論、アンリも」
アンリが持っていたリシャールのナイフを預かっているデニムは、それとなくアンリの言動を注視している。アンリには過去の暗殺者時代の影は見えなかったが、ギルド員からの話を聞いた限りでは不安も感じるからだ。アリスティドもそれとなく気をつけていたが、むしろ話す事で緊張した気持ちを和らげようとしていた。
「おい。飯出来たぞ」
コーンと鍋を打つ音がして、スラッシュが皆を呼んだ。鉄人の鍋にナイフを使用して作られたごった煮は、涙を流すほど美味しく‥‥。
「見た目‥‥いや、実にスラッシュらしい、遜色ない料理だね。本当に美味しいよ」
と金髪のバードをいろんな意味で感動させたりした。デニムもアンリももりもり食べ、鍋はすぐに空になる。
「そーいや『家』での生活はどうなんだ? 最近は」
「うん、おもしろいよ」
それはリシャールを探す旅でもあり、アンリを見守る旅でもあった。お兄さん達に囲まれて、アンリは楽しそうに笑う。
「俺やデニムの印象はどうだ? 家で話したりとかすんのか?」
「うん。リシャールが」
少し言い淀み、それから皆を見回した。
「けっこんしきごっこした時、お兄ちゃん気に入ってた子が、また会いたいって言ってたよ。リシャールはね。そういう時、いつも‥‥ちょっとうれしそうなの。そういうの‥‥見せてくれるようになった」
「スラッシュさん、『家』の子供に気に入られてたんですか?‥‥その、結婚式ごっこ、で?」
「あぁー‥‥そういう事もあったな。俺を選んだ将来が不安なガキとかな」
「ぼくは、リシャールが好きな人は好き。だからお兄さんたちはすき」
だがアンリがそう無邪気に言う言葉に、デニムは表情を改める。
「アンリが‥‥自分で好きになった人はいないの?」
「だって、昔からそうだったから」
綺麗な声でそう答え、アンリは微笑んだ。
レティシアから連絡を受けて3人が行ったのは、町の教会だった。中には既にジャンも居て、皆にぺこりとお辞儀する。
「クリステルが、多分黒教会に行ったんじゃないか、って言うの。リシャールは一度、ここに来たんだって」
身寄りを無くした子を育てる場所。教会がそれを担う事はよくある事だ。だから彼もここに来た。
「じゃあ、急いで行きましょう」
挨拶もそこそこにデニムが立ち上がるが、それをスラッシュが抑える。
「他に話があるみてぇじゃねぇか。聞こうぜ」
言われて皆はクリステルに注目した。既に話を聞いていたレティシアは少し下がり、ちらとアリスティドを見やる。
「実は‥‥そのリシャールという名の少年の事なのですが」
彼女は合わせていた両手を膝に下ろし、震える声で告げた。
「一目見た時に‥‥気付きました。彼女の子供かもしれない、と」
「‥‥お知り合いの子供かもしれないのに、引き止めなかったんですか?」
「怖かったんです。もし本当にそうなら‥‥」
目線を誰とも合わせず、クリステルは呟く。
「私にはどうする事も出来ません。その子は‥‥呪われた子供なのです」
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「呪われた子供なんていない、って‥‥思ってます」
狂化してしまうかと思った。だがジャンを止めたのはレティシア。
「エリアの‥‥子供かも、だそうよ」
白教会を出た後、レティシアがぽつりと言った。その名に覚えが無いのはジャンだけで、他の皆は少なからず聞いたことのある名前。デニムやスラッシュにとっては、リシャールやアンリが逃げ出した時、ラーンが持ち去った指輪‥‥その持ち主である女、プーペが告げた名前として。アリスティドやレティシアにとっては、シャトーティエリー領の亡くなった領主の娘の名として。
「よく似てるんだって」
「でも、もしそうなら‥‥この辺りに居るのは良くないかもしれないな」
白い息を吐きながら、5人は黒教会に続く階段を上る。階段の奥に見える教会からは、胸に重く響く鐘の音が聞こえていた。
「‥‥リシャールだ」
誰より先に、アンリが気付いて駆けて行く。その姿さえ誰にも見えなかったのに、その足取りに迷いは無い。素早く皆は彼の後を追い、教会内に入った。
「リック!」
さりげなくアンリの前に立ち、デニムがその名を呼ぶ。黒姿の少年は、神像の前で振り返った。
「また1人で行動したんだね。皆、心配してたんだよ! 薬の事だって、本当に心配したんだ!」
「‥‥驚いた」
怒るデニムに、リシャールは笑う。
「お前なりの考えがあって行動したってのは分かる。けどな。残された奴が安心していけるように位はしておけよ」
アンリが動かないのを見て、スラッシュもその隣に立った。
「そうだな」
だが、存外リシャールの表情は明るい。
「行動する前に言ってくれれば、こんな風に手伝うよ。アンリが僕達に依頼を出してくれたんだ。でもそんな事しなくても‥‥まさか、断られるとか思ってないよね?」
「これは本当に俺1人の話だったからさ。まさか‥‥アンリが心配するとは思わなかった」
苦笑するリシャールに近付き、デニムは片手を差し出した。
「独りで抱え込まないで、頼って欲しいんだ」
「なぁ、リック」
葉巻を咥えながら、スラッシュもゆっくり歩み寄る。
「アンリやデニム、皆や俺は、お前にとって何だ? 友達? 恩人? 違ぇよ、家族だ」
「‥‥え?」
「それがお前と俺達の真実だ。それだけは忘れんなよ」
言われて呆然と見上げるリシャールに、横からそっとアリスティドが声を掛けた。
「そうだね。それに‥‥君が何者で、その過去に光が在っても無くても。君は、弟達の光になれるね」
「弟」
「アンリだよねっ。それに‥‥『家』の子達もでしょ? 僕もね。ほら‥‥」
ジャンがアンリの背中を押しながらやって来て、自分の帽子を取る。その耳はハーフエルフの証。
「だから、教会で育ったんだ。でもね。世界のあらゆる事を知れば、いつか本当の家族の事も知ることが出来るって思ってる。僕が何者か‥‥でも、それって僕が決める事なのかな」
帽子を被りなおし、ジャンは明るく言葉を紡ぐ。
「他の人が認めてくれた自分。それも僕なんだよ。自分が何者か知らなくても、僕は僕」
「俺が何者かは分かった。でも‥‥あんたが言いたい事も分かった」
ぽんとその肩を叩いて、リシャールはアンリに向き直った。
「悪かったな。心配させて」
「‥‥うん」
誰かが危惧した事は起こらなかった。アンリはリシャールに抱きつき、ただ泣き出しただけだったのだ。ずっと彼の真似をして大人ぶっていた子供が、ようやくそれから解放された。それを皆は見守る。
「家族‥‥か」
そして深く息を吐き、彼は自分の指輪を外してデニムとスラッシュに渡した。アンリが真似をしてさりげなくレティシアにネックレスを渡している。
「そうだな。俺にはやっぱり『家』の奴らやあんた達しかいない。これからも宜しくな、兄貴」