●リプレイ本文
●不穏
依頼に訪れた冒険者達を迎えたのは、重苦しい雰囲気につつまれた石切り場だった。
活気というものは感じられず、格子戸も下り木戸がはめ込まれ閉め切られた建物も幾つかあった。
僅かに人の気配が察せられる建物から覗き見るような視線を感じるのは気のせいではないだろう。
「‥‥余り状況は良くないのかしら」
李 美鳳(ea8935)は、周囲を見回し呟いた。彼女は、依頼人や石切り場の者達を徒に騒がせる事のないようハーフエルフの証たる耳を隠し赴いたのだが、石切り場の周辺では、それも不要な気遣いであるかの如き静けさだった。
「限られた空間‥‥住まう場所のすぐ傍にアンデッドが居るとあっては、仕方ないでしょう」
「まあ、その為にわしらが呼ばれたのだろうからな」
ファル・ディア(ea7935)の言葉に、ローシュ・フラーム(ea3446)がウォーアクスを肩に担ぎなおしながら頷く。
依頼人の話のよれば、ズゥンビのために石切り場は閉鎖寸前らしいのだから。
「ドレスタット‥‥古き良き伝統の町と聞いて期待していたのだが、いきなり死人と関わる事になるとは‥‥まったく」
「みんなが困っているんだ。ズゥンビたちをやっつけてやるしかないよね!!」
余り依頼そのものを歓迎している様子はないアンノウン・フーディス(ea6966)。溜息混じりの彼の腕をぽんぽんと叩いたのは、初めての依頼という気後れや緊張する様子もなく、この重苦しい雰囲気を払拭するようなジム・ヒギンズ(ea9449)だった。
石切り場を訪れた冒険者を、鉱夫の長は迎合した。
冒険者達の姿に人夫達にざわめきが起こる。美鳳の気遣いで、ハーフエルフに対するざわめきは無い。
それは冒険者へ向けられたもの。
「長、長が頼んだのは10人じゃなかったか?」
「ズゥンビと数が変わらない‥‥大丈夫なのか?」
ぶしつけな言葉や雰囲気にジムは戸惑った。
「悪いな、あんた達には感謝してる。こうしてここまで足を運んでくれたんだからな」
鉱夫の長が、冒険者達の心中を察して苦笑交じりに謝罪する。
かつて、このように酷い状態になる前に、ギルドに依頼した時には冒険者達の助力を乞う事ができなかったそうだ。
道中感じた視線は、頼んだ数に足りない、けれど、今度は来てくれた冒険者達に対する不安と期待と諦めが入り混じったものの表れであったのだろう。
「拙者は僧では無いからな。念仏の替りに意志を刃に乗せてしんぜよう」
愛刀を手に告げられた真壁 俊彦(ea9429)の言葉には、己がすべき目的を見失われていない。
自分達を迎え入れた石切り場の雰囲気がどうであれ依頼は依頼。すべき事のためファル達は動き出した。
●穴へ降り立つ
人夫達に頼み、封じてあった岩壁を避けてもらい石切り場の奥‥‥事故の起こった採石場へと足を踏み入れた彼らを待っていたのは、半球形をなした天井を持つ石の穴倉だった。
「‥‥やはり、冷えるな」
真壁は石壁を手にあるたいまつをかざし見上げ呟いた。穴の中は、巨大な冷暗所といった趣きだった。
ガウンやマントを羽織る巴堂 円陣(ea8043)達は良いかもしれないが、防寒を兼ねてこなかったものに長時間潜りつづける事は厳しいかもしれない。
地下空間にある独特の澱んだ空気に混じり、饐えた匂いが鼻をつく。
幸い空気取りの小さな穴は、埋ったり封じたりされていないため、たいまつなどの明かりは持ち込むことが出来た。
円陣が、ズゥンビ討伐に用いようと思っていたファイヤートラップの使用までは周囲の状況によりけりで難しいかもしれないが。
「‥‥喉が痛む。早く日の光を浴びたいものだ」
「ええ。ですから早くズゥンビを討ち、迷えし魂に安らぎを与える事でしょうか‥‥」
口元を抑え呟くアンノウンに、暗い光の無い穴の奥をみつめるファルが頷く。
「恐らくあちらね」
ファルに借り受けた円陣の持つランタンを頼りに、美鳳は採石場の地図を確認し、奥の1方向を指し示した。
真壁やローシュ達と用意した、崩落した箇所や再びその危険性がある場所等、細々と人夫達に確認し情報が書き込まれた地図である。
そんな中、仲間に聞こえぬ程の小さな息をつくレオニール・グリューネバーグ(ea7211)。
奥に控えるものを思い、彼の心は晴れない。ズゥンビの相手は正直苦手なレオニール。
神聖騎士たる彼は、けしてズゥンビに臆しているわけではない。尚更故人の事を思う為攻撃を躊躇ってしまうからである。
「さて、行こうか」
ローシュの言葉に促されるように冒険者達は、奥へと進み始めた。
●闇色の穴の奥
冒険者達は、術士を中心に据えた隊列を組み穴奥を、崩落事故の起きた場所を目指し進んでいた。
アンノウンのブレスセンサーに、感知される存在は無い。やはり、生者はとうに居ないのか‥‥。
崩落事故が起こってから半月以上‥‥無理のないことなのかもしれない。
「これは‥‥」
崩落事故の時、落ちた石がそのままにされているのか。通路が在った場所はそこで不意に途切れてしまっていた。
ローシュは石壁に手をつき様子を窺う。
「‥‥退けるか。この岩を砕く分には支柱や天井には支障あるまい」
「だね。向こうも通路は続いて‥‥うわっ!」
崩れ落ちた岩々の隙間を覗き込んだジムは後ろへ転がった。
そこには、隙間から突き出された干からびた腕。
ローシュが上段からアクスを叩き斬り、転がる腕の奥へアンノウンがウィンドスラッシュを放つ。
「‥‥この向こうが、ズゥンビの巣窟のようであるな」
「行くしかないんじゃないかな」
限られた空間内で有効に立ち回るため右手に日本刀と左手に短刀を握る真壁が呟いた。
それに頷いたジムも既に立ち上がり、ロングソードを抜いている。
ズゥンビが作業穴から這い出すようになったからこそ、この場所を封じたと鉱夫の長は言っていた。
この穴の奥にしか居ないのであれば、這い出す事もあるまいに‥‥後方からの襲撃を気に掛けつつもローシュは仲間達に頷き、岩めがけ渾身の一撃を振り下ろした。
がらがらと吹き飛び壊れ落ちた石壁の奥には待っていたのは、はたして。
それは、人夫達のなれの果て。低く重い死者達の怨嗟の声が響く中、冒険者達の戦いは始まった――。
円陣が灯すランタンの明かりは、生者のもの。
明かり目指し、羽虫のように冒険者達に手を伸ばすズゥンビ達。
聖なる光の球が、ファルの手によって生み出され辺りを照らす。
彼により、セーラ神の祝福が、前にて剣を振るう者達に与えられる。
レオニールと真壁、ジムの3人が前にて後方の術士への壁を成す様、陣形を敷き刃を振るった。
生前、石を運び出す人夫をしていたズゥンビは力に長けていた。
生者へむけられる妬みや憎しみを込め向けられる強靭なその腕を、体躯の不利は承知の上である真壁が短刀で牽制し、小回りの効くジムがロングソードでなぎ払う。
怯むズゥンビには、アンノウンの手より放たれる真空の刃が追い討ちをかけた。
生前と変わらぬ程の姿で、レオニールに向い両腕を突き出す男‥‥頭が割れ、脳漿をこぼし生きていられるものがいれば、だけれど。
ナイフを突き出し、ズゥンビがその腕を振るう前に身を引く。着実に相手へとダメージを重ねる。
室内に似た空間、小回りの効くナイフ‥‥それが銀であった事もズゥンビを倒すに適した要因だった。
斬りつけ払う事を避けるのは、遺体を不必要に傷付けたくない彼の優しさ。それがいつか甘さとならぬかは、誰にもわからない事だが。
不意に脚を払われ、バランスを崩す美鳳。
体をひねり上手く膝つき、自らの居た場所をみれば下半身の無いズゥンビが美鳳の方へその手を伸ばしていた。
下半身は、崩落の際に潰れ引きちぎれたのか‥‥既に端が乾き干からび始めた血管や臓物を引きずりながら這ってくる。
「この‥‥!」
ズゥンビに向い拳を振り下ろす。濡れた潰れる音と同時に金属が床石を噛む音が響いた。
美鳳が素早く左右へ逃れ誘うよう、時に拳を返しながらズゥンビを引き付ける。
前より攻められては真壁達が相手取り、術士の援護を、周囲の状況を冷静に追う事の出来るファルの指示を受けながらズゥンビを上手く捌いていた。
「ローシュ殿!」
「わかっている!」
戦闘の喧騒に引き寄せられてか、あるいは生者を求めて来ただけなのか。
殿を預かったローシュへ伸ばされた手は、乾ききっていた。横薙ぎにアクスを振りぬく。勢いのまま壁面へと叩きつけられてなお、動く事を止めぬズゥンビ。
「餓死‥‥か。もう彷徨い出る事の無いようにな」
土気色の頬したズゥンビに重い鈍色の刃が振り下ろされた。
「全部で6体、か‥‥」
狭い空間内、空気も悪い暗い場所での戦闘を強いられた彼ら。負った怪我はファルの手により癒されてはいたが、肩で息をつく者も少なくない。
「亡くなったのは八人、‥‥ゾンビの全滅を確認するには、遺体を確認して数を合わせる必要はあるが」
この場に居ないのは後二人。
「‥‥まだどこかに埋まっているのだろうなあ」
自分達が退けた石片以外にも、落石はあるのだろう。周辺を見まわし、円陣は嘆息をついた。
●光の下へ
ローシュが地図に記した印を頼り、美鳳らの協力を得て人夫達が、冒険者達の手により、2度目の死を迎えたかつての仲間を運び出していた。
損傷が激しい者は全てとはいかないが、形見として家族に返せるものもようやく得られたのだ。
討伐を終えた後に遺体や遺品の回収を行おうと思っていた美鳳は、手を貸してくれたアンノウンに礼を言う。
元より、こういう作業は人手があった方が良い。
「‥‥別に善意でやっているわけではない」
「けれど、それで助かる人がいるんだもの」
人としての感情を忘れてしまった自分にこの行動の価値を確かめさせたいだけ‥‥とアンノウンは言う。
「偲ぶ為、忘れない為‥‥忘れられない、忘れたくない人がいればその価値はその人それぞれじゃないか?」
円陣も美鳳に頷く。大切に思う者を解放できる力を持たない者の方がこの世には多いのだ。
彼が、どれほどの代償で価値があると思うのか‥‥それはアンノウンにしかわからない。
「今後は、貴方がたがこの石切り場を見守って、仲間の皆さんに事故が起こらない様にしてあげて下さいね」
「こんなでかい事故は、仲間を一遍に亡くすのは俺もごめんだ。作業場の見直しもしねぇとな」
鉱夫の長は自嘲めいた笑みを浮かべ、ファルの言葉に頷いた。
石切り場は、作業を再開するには時間はまだ掛かるかもしれない。けれど、冒険者達の手によりもたらされた日常に、いずれはかつての活気をとりもどせる日がくる事だろう‥‥。