●リプレイ本文
●雪舞う夜に‥‥
雪灯祭の会場となる村は、パリから少々離れた山間にあった。
一晩中続く祭りである‥‥遠くからも訪れる来訪者を迎えるためにも、既に周辺の村人達によって、暖かな料理や祭りの主役である蝋燭が用意されていた。
新年を迎える祭りに訪れた者たちは、各々願いを込めるべき蝋燭を手に。
色とりどりの蝋燭は、願いをかける者達の想いを灯し照らすように大樹を彩る。
「ここまで毛布などを運んで頂いて助かりました、ありがとうございます」
「目的地が一緒なんだ。お安い御用さ」
深々と礼を述べ頭を下げるルフィスリーザ・カティア(ea2843)に、エルド・ヴァンシュタイン(ea1583)は笑った。
そう、雪灯祭に赴いたのだ、目的は一緒。
‥‥また後で、と願いをこめる蝋燭を手に、2人は其々大樹の方へと足を向けた。
「ほう‥‥うまい具合になっているのですね」
ガユス・アマンシール(ea2563)は、雪灯祭の蝋燭群を見て感嘆の呟きを零した。
山間の天候は変わりやすく、吹く風や、時折舞う雪への対策なのか。
雪灯祭の蝋燭は、蝋を塗った色紙で覆って飾る。
色紙を通した蝋燭の炎は、不思議な色合いと淡い灯りの照り返しにより一層幻想的な趣をもたらした。
先の依頼で、侮れぬ相手と相対したのは記憶に新しく。
雪灯祭へは、年末から新年への時間をのんびり過ごそうと思いガユスは山間まで訪れた。
年の瀬前、幾分山の天候が荒れた事を案じ、いざ祭りを催すには不向きな天候となった時には彼自身が魔法で何とか尽力しようと思っていたのだが。
ガユスの力を持ってすれば、この周辺一帯を自然の影響下から切り離す事も出来る。
けれど、願いを込めた祈りは、守られてではなく。知恵と工夫と、願いを込めるものの想いをもって灯りつづける物なのだろう‥‥。
レジストコールドを我が身に施し、寒さへの備えとしたガユスもまた、蝋燭と新年を迎えるワインを手に、雪灯祭の大樹へと赴くのだった。
●雪灯祭のはじまり
風 烈(ea1587)は、山で迷う事の無い様ギルドで村の場所をしっかりと確認してから訪れていた。
1年を振り返りのんびりするには良い祭り‥‥露店で料理を頼みながら、彼は祭りをより楽しめるように村人に由来を訊ねていた。
元より、冬は雪により何の益も得られない寒村のこと。
街へ出稼ぎに降りた夫や恋人を待つために、村の女たちが灯りを燈し迎えたのが始まりだという。
暗い冬の雪山でも、迷わず帰ってこられるように‥‥そんな願いを込めて燈す灯り。
いつしか、寒村にて新年を迎える祭りという楽しみになったのは最近。
だから『けして願いを込め燈した灯りを消してはいけない』それが約束。だから消えぬよう、一晩蝋燭を見守るのだ。
ささやかな願いがこめられた蝋燭。雪灯祭のはじまり。
烈は、そんな由来を胸に、自身の蝋燭を、揺れる炎を眺めながらこの1年を振り返っていた。
冒険者として数々の依頼に赴き当ったこの1年。
上手くいった依頼もあれば、逆もまた‥‥。
依頼の成否もだが、冒険者としての力が何を示すのかも彼にとってはっきりした答えは得られていない。
何をもってして成功というのか、敵に打ち勝つ事が出来る圧倒的な力こそが正しいのか‥‥。
それは、画一的な『答え』など存在しない永遠に抱えてゆく思いなのかもしれない。
烈が蝋燭に願った事‥‥それは『己の信じる道を進もうとする時に遭遇する困難から逃げ出さない事』
願いではなく誓い。願いよりもより強い想い。
自分の良心に従い、信じるものためにどんな不利な状況だろうが戦い抜く事ができる意志と覚悟こそがもっとも大事な事‥‥そう彼は思ったのだ。
●願う気持ちは寄り添う君の分までも
「早いもので今年も終わりか‥‥本当はレノと一緒に過ごしたかったが」
恋人と雪灯祭を過ごそうと思っていたエルド。残念ながら彼の隣りに彼女の姿は無く。
溜息をひとつ零しながらも、訪れる事が出来なかった彼女の分まで願掛けをしようとエルドは蝋燭を手に炎を生み出した。
エルドの手により灯された蝋燭は2つ。
薄青の蝋燭に込められた願いは『今年一年平和に過ごせるように』
甘やかな香りのキャンドルに込められた願いは『結んだ縁を解かないように』
細工等は無粋と思ったのでそのままで、恋うる女性の分まで願った。
●食べて舞って、願いをかけて
「あたしは、天気は晴れてる方が好きなんだけどな。天気イイ方がすがすがしいし」
少々残念そうなノリア・カサンドラ(ea1558)の呟き。雲のすき間から切れ切れに覗く星。時折舞い散る雪は、空からか山の頂から零れた物か。
けれど、このままうまく雲が流れてくれれば、初日は見られるかもしれない。
既に蝋燭を灯し、ささやかな祭りの賑わいに興じる者も少なくない中、ノリアも蝋燭に火を燈した。
「あたしに関わった人が幸せになる事。そして、イイ男見つけるぞ!」
願いと半ば気合を込めて。ノリアの想いを燈した蝋燭もまた、大樹を飾る炎の花となった。
蝋燭が明々と燃えるのを見て、笑みを浮かべたノリア。
「よーし、食って踊るぞー」
蝋燭が願いと共に燃えるまでの時間を楽しむのも雪灯祭のお楽しみ。
思いがけない舞の名手の登場に、村人達は喝采を持ってノリアを迎えた。
●空の下に在るのは皆‥‥
宵闇色の空から落ちる白い結晶。
吹雪くというほどでもなく適度に雪が散る天候にリョウ・アスカ(ea6561)は、空を見上げ笑んだ。
既に大樹に飾られたリョウの蝋燭。
それは、ギュンターという少年のこと。
彼が今おかれている状況は、非常に厳しい‥‥それは、彼がオーガであるという事を差し引いても。
いや、生まれ持ったその種族性が更に彼を困難に陥れているのかもしれない‥‥先入観ではなく、彼を知る冒険者達がその状況から助けようと有志で何人も動いている事はリョウも知っている。
思いとは裏腹に先行きが困難な事も‥‥気休めにしかならないかもしれない、そうわかっていてもリョウは、祈り願わずにはいられなかった。
ギュンター少年の無事を‥‥。
●ひそやかな願い、祈り
「蝋燭に願いをかける、素敵なお祭りですね。私のような者の願いも叶えて頂けるのでしょうか‥‥」
たくさんの蝋燭が飾られた大樹を見上げ、ルフィスリーザは呟いた。
彼女の願いは、イギリスへ行ってしまった恋人の事。
『恋人が元気でいるように。彼を危険から守ってくれるように‥‥』、そんなささやかな恋うる相手への想いを込めた願い事。
そんな願いをルフィスリーザが声高く祈れないのは、想う相手が異種族であるため。
騎士である彼の立場を慮れば、けして口に出すことの出来無い願い。
●心の中で望むもの
雪舞う中で、ランディ・マクファーレン(ea1702)は手にした蝋燭に火をつけることも無くじっと静かに暁の方角を眺めていた。
祭りの賑わいや、祈りの歌音から離れたところで。
ふわり舞い落ちる雪の結晶。天を吹く風は山を吹くものよりも早いのか。
流れる雲に、星が覗き。彼が望むものは斯様であろう‥‥。
●傍らにあるぬくもり
『おい、ニム。誰が‥‥お前専属の通訳だって‥‥』
『雪の夜に灯る、蝋燭の光‥‥ロマンチックですわね〜』
レイル・ステディア(ea4757)の抗議には耳も貸さず、「暇でしょう」と彼を引きずるように雪灯祭を訪れたニミュエ・ユーノ(ea2446)。
彼女にゲルマン語は解らない。けれど、母国語であるイギリス語に加え流暢にゲルマン語を解するレイルのお陰で祭り用の蝋燭もつつがなく買うことが出来た。
蝋燭に明かりを燈し、色紙で被うとそれを2人並べて飾る。
一晩通して燃える蝋燭は、長く大きなもの。
そして夜は長い。
『どうせ此処まで来たんだ。一曲歌ってけ』
そうレイルに促され、ニミュエは手にした竪琴を爪弾くこと暫し。
吟遊詩人である彼女は、レイルの言葉に即興で歌を歌い上げた。
村人には解らないニミュエの言葉。
けれど、流れる音楽に境は無く。
流れるように歌い上げられた彼女の歌に、村人の素朴な拍手が届いた。
要望した主はといえば‥‥
『歌えというから、歌いましたのに! これだから芸術(?)が理解できないお馬鹿さんだというんですわ!』
大欠伸に加え、船まで漕ぎ出していたレイルの頭めがけ、ごちんと良い音が竪琴から響いた。
ニミュエの歌を聴いていると安心して眠くなる、などと彼が本当の事を口にする事ができるはずもなく。
痛む頭を一撫で。溜息と共に彼が手にしたのは‥‥
『柄じゃないんだが‥‥ニム』
ご立腹の幼馴染の首元に銀に輝くネックレスを飾るレイル。
『こんなものでは騙さ‥‥』
『大人しく座ってろ、風邪ひくぞ』
ニミュエの反論を封じ、華奢な彼女を背から外套で包むようにレイルは抱きしめた。
レイルの温もりは、ニミュエにとって心地よい物で。思わぬ贈り物に不意打ちのような抱擁に彼女の頬が染まる。
冬山の寒さは恋人達の距離を埋めるものなのかもしれない。
木々に灯る灯りが幻想的な夜。
レイル達は大樹を照らす明かりを、人々から少し離れたところで2人眺め、新年を迎えるのだろう。
●純粋なる思いは願いに通ず
「夜空にほのかな蝋燭の灯りなんて素敵だね。こんな時にこそ恋が生まれれるんだよね」
それは、ティズ・ティン(ea7694)の呟き。買った蝋燭に「私の願いを叶えてね」と火をつけた。
山の寒さにまるごとトナカイさんを着込んだティズは、蝋燭を飾った。
見上げる大樹を彩る蝋燭たちは、とても綺麗で。
同じように雪に煌く灯りを見上げるリョウ達に、ティズは可愛く微笑みかけた。
まるごとトナカイさんをすっぽり頭から着込んだティズは、見目と相まって実際の年よりも幼く見える。
燃える蝋燭に願いをかける雪灯祭で、ロマンチックな雰囲気を‥‥と思っていたティズだけれど、可愛らしい彼女の笑みに雰囲気はほんのり温かなもので。
楽しむ為の大人達の酒とは異なる、暖をとるためのホットワイン。烈に勧められたカップを手に、ティズは揺れる灯りを見上げていた。
こんな時でもなければ、ゆっくりと語り合えぬ話も募り。
酒を囲み、蝋燭が燃え尽きるまで語り合う。
少量の酒でもまわってしまったのか、うとうととするティズに持っていた防寒着をリョウはふわり掛けてやり。
一方、ホットワインではなく、冷たいワインをあけていたガユス。
愛想の良い方ではない彼も、ワインの為か軽い酔いに身を任せながら見上げる蝋燭群。
思い思いの時間を過ごす場に、流れ聞こえる歌には‥‥優しい蝋燭の炎のおかげだけではないだろう‥‥穏やかな気持ちを誘う曲。
新年が沢山の祝福と幸福に恵まれますように、ルフィスリーザが心から祈りをこめて歌う歌。
‥‥蝋燭に願いを捧げましょう
‥‥炎に祈りをこめましょう
‥‥過ぎ行く年に感謝と誉れを
‥‥迎える年に歓迎と祝福を
‥‥星降る夜に歓声と栄光を
‥‥雪舞う空に歓喜と幸福を
‥‥大樹を囲む蝋燭の炎に
‥‥幸せの願いを捧げましょう
優しい願いと歌声と。
日々、平穏ならざる時の中に身を置く冒険者達。
彼らの願いを乗せ、蝋燭は明々と燃えていた‥‥。
●祭りゆえにそれも一興
べしゃり、ノリアを冷たい塊が襲った。頭にあたりはじけ、零れた雫が頬をぬらす。
ぐい、と手の甲でぬぐえば、それは水。なれば、塊は‥‥雪。
「幾度もの鼻フックの恨み、今此処で晴らすぞノリア!」
高らかな宣言はエルドのもの。しかも、彼が手に持つ雪だまは、燃えていた。
「‥‥そう、魔法まで仕込んでるわけだ‥‥」
雪の中、やんやの喝采で舞い踊ったノリアにとって、雪玉の冷たさは心地よかったが、勝負を挑まれればそれは別。
「謹んで受けるからね!」
蝋燭が照らす中、ノリアは雪玉を作り始めたのだった。
●そして新しい日が昇る
数々の蝋燭が込められた願いと共に天へ還りはじめた頃。
しんしんと静かな山間の時間。
星の瞬きは霞み。月が薄紫の空へ消えるそんな時刻。
ランディは、かつてジャパンの僧から習った作法に則り、両掌を合わせ神聖暦1000年最初の日に願った。
己が願いではなく、自身が大切に思う人々への幸せの訪れを願う願いを。
彼は、手にした蝋燭に炎を燈し。人々の邪魔にならぬところをえらび置いた。
「‥‥蝋燭に願いをかけるより、気運は自分で呼び寄せるもの、とね」
そっと雪山を降り始めた彼の背に、初日に賑わう人々の声が響いた。
『‥‥ニム、夜が明ける』
『本当。光の返しが美しいですわね‥‥』
レイルにとって何よりも、美しいのはきっと彼女自身とそしてその彼女と向かえることが出来た思い出だろうけれど。
『蝋燭も‥‥』
ニミュエの目には、美しい初日とそして願いを込めた蝋燭が天へと還ったその姿。
込められた2人の願いは叶うだろうか‥‥。
いつの間にかティズの蝋燭は、燃え尽きて。
「蝋燭は見逃しちゃったけど、これも結構いい感じだね」
昇る朝日が雪に煌き。
その煌きに負けぬティズの笑顔に、仲間達もこれから始まる1年にむけ、己が願いを振り返り、微笑んだ。
「今年も元気でいくぞー!!」
「これ以上元気でどうするんだ?」
ノリアの言葉に、ぼそりとエルドのツッコミが入る。彼が雪の中へ投げ飛ばされてからまだ時間はそれほど経っていない。
ぎろりと強いノリアの視線を誤魔化すようにエルドはカップを掲げた。
「Ein gluckliches neues Jahr!」
――新年おめでとう‥‥今年も皆にとって良い年であるように!