●リプレイ本文
●公園、そこは何かの巣窟
ここはパリの郊外‥‥通称・恋人達の公園。
誰がそう呼び始めたのかは、わからない。
けれど、そう呼ばれて納得できるものがあるから通称となるわけで。
そして、季節はバレンタイン。
元より2月初旬は、昔から結婚をつかさどる神に祈りを捧げる祭りの時期として親しまれたいたわけだが。
紆余曲折あった現在、2月14日は聖バレンタイン‥‥愛を祝う祝祭日として、人々に祝われ続けている。
恋人達の季節真っ只中なわけである。
そんな2つの要素が重なれば‥‥
ゲイル・バンガード(ea2954)は木の陰になる草むらに座り、酒を飲んでいた。
草葉の隙間から見える周りには『いちゃつくカップル』達。
公園に現れる変た‥‥もとい、暴漢を捕縛し、平和を取り戻すべく依頼を受けた彼は、今はただその変た‥‥いや、暴漢が表れるのを待ち伏せているのである。
公園の変事に、訪れるカップルは常より少ないらしいのだが。
怖い者知らずというか他人事なのか、いつもよりすいている事をプラス要素に公園を訪れているカップルはそれなりにいたりする。
寒い冬の最中の待機時間。暖をとるためにも消費されるゲイルの酒。
あくまで暖を取る為。ちょっぴり時間を潰す為かもしれなかったりするけれど‥‥けして、カップルにあてられての自棄酒ではないはずだ。
「『じぇらしー』か、覆面男の気持ちも分からないでもないが‥‥しかし、依頼を受けたからには排除しないとな」
「ファルスさんたら、そんな誉めないで下さい‥‥もう1つ如何ですか? あ〜ん(はあと)」
やたらいちゃつくカップルの声がゲイルの耳に届いた。
‥‥やっぱり俺には覆面男の気持ちの方がわかるかもしれん‥‥そう彼が思ったとて、責められる(独り身の)者はいないだろう。
一方、ゲイルと同じく公園の平和を取り戻すべく依頼を受けた恋人達の味方(多分)・冒険者のリル・リル(ea1585)は、やっぱり待機していた。
「‥‥皆、それぞれ仕事についたけど、あたしは変態さんが出てくるまではどうしてようかな〜?」
暴漢‥‥変態確定ですか?
「よし、皆が更にラブラブになるようなムードある曲演奏して〜♪ こそこそ見守ろう♪」
リルは行動を決めると、持ち歩く楽器の中からとある1つを取り出した。
――ぼえ〜〜〜〜〜〜‥‥‥‥
辺りに響く竹光さん(尺八)の音色。恋人達の公園に、尺八の音ってどうなんだろう。
吹いてはみたものの、リルも音色と周囲の雰囲気の差異に首を傾げた。
「‥‥うん、今回は竹千代にしよう」
あわれ、仕舞われる竹光さん(尺八)。
会いたくても会えない想い人を思い、周囲のいちゃつくカップルを見ながら、リルは竹千代さん(横笛)で、甘やかな恋人達へ贈る曲を吹き始めるのだった。
●恋は戦い
ゲイルが(自棄)酒を飲んでいる傍ら。
ルシール・ハーキンス(eb0751)が差し出した肉巻き野菜をもぐもぐと食し、ファルス・ベネディクティン(ea4433)は笑顔を浮かべた。
「お世辞じゃない、美味しいよ。ルシールも食べなよ。‥‥はい、どうぞ」
「‥‥え? あ、ありがとうございます」
ファルスとの公園でのデートのために、ルシールが自らパンを焼き、作ってきたお弁当はお世辞でなく、本当に美味しかった。
お返しとばかりにファルスが、にっこりと爽やかな笑みとともに干し果物の入ったルシール特製のパンを一片、彼女の口元へ運んであげる。
夜は寒くとも、互いに寄りそい過ごせば、触れる身はぬくもりを伝え共有できるもの。
2人で1つの木の長椅子に腰掛け、夜景を眺めながらお弁当を食べる‥‥傍目に素敵な恋人達の時間。
例え、ファルスがいちゃつきつつ、ブレスセンサーなんて使って周囲の状況をこっそり探っていたりしていても(何)。
‥‥そう、彼らは囮。
暴漢(多分)を、おびき寄せる為、公園の平和を取り戻す使者達・冒険者は自ら囮役を買って出たのだ。
「木の実のパンもとっておきなんです‥‥あーん♪」
お返しのお返しー♪とルシールが差し出したパンをファルスが食べようと顔を寄せる。
「(‥‥あ)」
息も届くかという距離で触れ合う語らいに、知らずルシールの頬が染まる。
(早く犯人が出てこないと‥‥私、‥‥それはそれで勝‥神よ、邪な考えをもった私をお許し下さい)
こんな出会いもアリかもしれない、けれど彼女には役目を忘れない理性こそが邪魔者かもしれなかった。
●歌は想いを
「ルルー姉さん、何故、パリにいるのですか? 父上が悲しみますよ」
「何故って世間勉強のためですわ。それよりもマルスさん、わたくしのエスコート、しっかりなさってください。おっほっほ!」
久しぶりの再会、人間である自分とハーフエルフである義姉・ルルー・ティン(eb0732)の時の流れの差‥‥彼女の答えか、あるいは求めにか、マルス・ティン(ea7693)は小さく嘆息した。
そんな義弟の様子にかまわず、ルルーは日傘を持ち公園を示す。
今は依頼の最中。彼らはデートをしている恋人達のように振舞わなければいけない。
マルスは、気持ちを切り替えルルーの手を取り、公園を巡り始めた。
そう、彼らも囮。公園の平和を乱す暴漢(多分)を、燻り出すべくギルドより派遣された冒険者だった(誇張あり)。
色合い淡い日傘が、夜の闇に浮かぶ。夜に日傘を訊ねられれば「レディの嗜みですわ」とルルーは言う。
ゆるゆると公園を散策する2人を、星明りが照らす。
傍目には、年若い少女を気遣い大切そうにエスコートする青年、仲睦まじい2人に見える。
やがて公園の一角、パリの夜景が一望できる開けた場所に来ると、ルルーは歩みを止めマルスを振り仰いだ。
「ここなどよいですわね。マルスさん、竪琴での演奏よろしくお願いしますわ?」
にっこりと艶やかな笑みを浮かべ、ルルーは告げる。唐突な彼女の申し出にマルスは幾分面食らったけれども、慌てる事無く落ち着いて彼女を見つめる。
ルルーは、本当に歌を歌う心積りのようで‥‥彼女は歌姫、ならば、とマルスは演奏を請け負った。
優しい竪琴の音色にあわせ、歌われる恋の歌。呪歌にのせられ響く歌声は‥‥全ての恋人達を祝福するように、公園内にうつくしく響き渡るのだった。
●必殺技はお弁当と‥‥
「本当、美味しいです‥‥」
エリス・エリノス(ea6031)は心からそう口にする。ヒサメ・アルナイル(ea9855)入魂のお弁当は、バランスもばっちり、味も文句なし。まさに後はお嫁に行くのを待つばかり(違)な腕前で心配りの行き届いたものだった。
「そう言って貰えると俺も腕をふるった甲斐があったな。‥‥寒くねぇか?」
ヒサメは自身のマントをエリスに着せ掛けてやる。星は綺麗で、何処からか雰囲気の良い音色が聞こえるが、冬の屋外である事実はかわらない。
彼の気遣いにエリスは微笑む。依頼とはいえ、彼の気遣いが嬉しかった。
そう、彼らも囮。公園に平和をもたらす使者ペア・3組目。
少し照れと恥ずかしさがあるけれど、本当に美味しいお弁当とヒサメの優しい気遣いも相まってエリスは「お返しに‥‥」とサンドイッチを差し出した。
‥‥仲良しに見えるだろうか、見えなくてはいけないのだけれど。
差し出したサンドイッチを平らげたヒサメを見て、エリスは微笑みを浮かべた。
「すごいご馳走ですね、ありがとうございます」
「エリスの笑顔の方が俺にとってはもっと御馳走だぜ?」
これは依頼、役目だから。そう思ってもヒサメの言葉にエリスの頬は染まる。
「‥‥あの」
2人を照らす星明りが、唐突に遮られ。異変にエリスは口を閉ざす。
彼らは背後を振り帰り、陰を作り出す存在を見てしまう。
「「!!?」」
其処に立っていたのは‥‥暴漢(きっと)。奴は仮面越しでも判るほどの憎悪をその瞳に宿らせ、エリスらの背後に現れたのだ。
羽織るは、非常に夜目に派手な刺繍のマント!
素顔を隠す覆面は、蝶の羽のようなデザインが施されたグレートマスカレード!
白いお髭がちょっぴりご愛嬌かもしれない‥‥つけ髭?
「「(覆面じゃないし!?)」」
暴漢(多分)を待ち伏せていた2人の心の声のツッコミが、公園内にこだましたような気がする。
その名の通り非常にグレートに派手さと耽美さがアップする仮面をつけた暴漢(のはず)が選んだ『恋人達の公園内・今宵のいちゃつきカップルNO1』の座は、ヒサメとエリスカップルと相成ったらしい。
バカップルぶりは中々のものだったようだ。フリという現実に、例えヒサメが心の中で涙を流していようとも。
「今宵は、いちゃつくカップルに度合いが増すばかりの、聞いていて腹立たしい歌だの音楽だのまで公園に流れている始末である!」
そんなヒサメの心中など知る由も無く、暴漢(だよね)の口上が始まる。
ルルーのメロディやリルの演奏もじぇらしーの憎悪を煽り立てるのに一役買っていたらしい。
「昨今の男は、堕落し軟弱な事この上なく。よって我輩が天ち‥‥?!」
「きゃー! なんてステキな方!」
「ステキだ! かっこいいっス! 兄貴って呼ばせてくれっ!」
「ぬをぉおおぉぉぉぉぉぉ!?」
口上を全て言い切ることも出来ず。マントの下にある肉体を誇る事も出来ず。
今宵響き渡る悲鳴は、うら若き乙女の声でなく。低く野太い野郎の声であったという。
●顛末
常であれば、自分の姿と唐突さに恋人達は慌てふためくか。
彼女の前でいいかっこしーしようと、へっぴり腰で立ち向かってくるはずなのに。‥‥なのに。
じぇらしー(仮称)は困惑していた。目の前の2人の反応に。
両腕をとられ左右で訴えられる賞賛は、彼が今まで聞いたことの無いものだった。
鍛えぬかれたこの鋼の肉体を理解してくれる女性などいなかった。
それが今宵はどうしたというのだろう?
皆、自分の拳1つであっけなく伸びてしまう軟弱な男の何処が良いのか‥‥いや、違う。
元よりこの公園は、街の近くから降るような星々を眺める為に作られた憩いの場だったのだ。
それがいつの間にか、カップルの巣窟になったばかりか、体を鍛え星を見ることが趣味であったじぇらしー(仮称)の居場所がなくなってきてしまったのだ。
本来の目的のまま、一人星を眺めるじぇらしー(仮称)にカップル達は冷たかった。
共に星を眺めてくれる女性がいれば良かったのかもしれない。
けれど、皆細っこい優男を女性は求める。なぜ、自分は星を眺める事すら許されず、女性は顔がいい男を求めるのか。
一人悩みを、体を鍛え動かす事で昇華しようとしたのだが‥‥鍛えられていく筋肉に(以下略)。
「なるほど‥‥そういうわけだったのか」
「いや、だからといってやっぱ闇討ちは拙いだろ」
じぇらしー(仮称)の述べる心情にゲイルは頷いた。ヒサメのツッコミにじぇらしー(仮称)は肩を落とす。
「‥‥俺はライトニングサンダーボルトで炭にでもしたいな‥‥」
「‥‥ファルスさん、それはまずいです‥‥その手前でしたら私が治療できますけど」
庇っているのかいないのか、微妙なルシールのフォロー。
結果的には、はた迷惑以外の何者でもない理由。ファルスの顔にあるのは笑顔だったが、その笑みこそが恐ろしい。
大義名分がありそうに見えても、結局は残していくカードに書かれた思いひとつゆえ。
スリングに『じぇらしー』と書いてもらい満足そうに石を抱えているリルを肩の上にのせたままじぇらしー(仮称)は木椅子に鎮座ましましていた。
彼にしてみればリルくらい、肩にいてもどうということも無いのだろう。それ以上に冒険者に囲まれ、心情を吐露し鎮座している様子が滑稽‥‥珍妙だった。
「恋がしたいなら、わたくしに惚れるがいいですわ。おっほっほ!」
「‥‥高飛車な女性は、我輩ちょっと」
目をそらすじぇらしー(仮称)に、ルルーの顔がぴしりと引きつる。
「まあまあ、ルルー姉さん落ち着いて」
穏便に説得をと思っていたマルスが間に入った。
「ていうより、やはり同業なわけか?」
顔に「消し炭にしていいですか?」と思い切り書かれているファルスの呟き。
同業者の起こしたにしてはあまりにあまりな珍事ゆえ、彼の怒りも最もかもしれない。
いかな鍛えているとはいえ、一般人ではこれまでの逃走振りは説明出来無い。
彼らの予想とおり、魔法を用い痕跡を消していたらしい。
「筋肉むきむきのウィザードさんですか‥‥はあ」
ルシールが苦笑を禁じえずとも責められまい。
「ええ、暴力はいけません。どんなにステキな身体をお持ちでも、いえ、持っているなら尚更、町の人を守るためにその力を使わなくては」
諭すように語るエリスを見上げるじぇらしー(仮称)の肩をヒサメが叩いた。
「積もる話がありゃ聞いてやるぜ? この独り身の寒さも、神の与えた試練と思って乗り越えてみろよ。お前なら出来るさ」
神聖騎士らしく迷える若人(?)の悩み相談どんとこいばかりにヒサメが笑いかけ、手を差し出した。
差し出された手を握り返し、じぇらしー(仮称)はヒサメを見上げた。彼の顔に後光がさしてみえた‥‥かもしれない。
じぇらしー(仮称)は、もう公園のカップルを襲わない証として、髭と仮面を冒険者らに差し出した。
差し出された方は、微妙かもしれない。
「何時になったら、お話に聞く冒険ができるのでしょうか」
小さく首を傾げ、ため息混じりに呟くルルーにマルスは苦笑を浮かべる。
「冒険者は話に歌われる冒険譚のように戦うこともありますが、人を幸せにする仕事ですよ」
今夜も『星降りの丘公園』から、パリのうつくしい夜景を共に眺める幸せそうな恋人達の姿をみながら、マルスはそう義姉を諭すのだった。
恋人達の公園‥‥本来は、星を見るに良い憩いの場所だったらしい。
パリの恋人達は、本来の公園の目的で訪れる人々にも場所を譲っていただきたい。
‥‥珍事を、これで終えるためにも。