●リプレイ本文
●群生地へ
依頼人である調香師の青年・フレイの案内で目的地まで進む冒険者達。
道から外れ、山に分け入り進むのは、踏み慣らされ固められた程度の獣道である。
「ここからは馬は連れて行けないな」
カルザー・メロヴィック(ea3304)が、己が愛馬を撫でやって見た先は、そんな獣道からも外れる群生地へと向う山中だった。
「せっかくの馬…つめるだけ集めたいと思うんだが…、遠いのか?」
「いえ、ここからでしたらそれ程距離はないはずです」
ジェレミー・エルツベルガー(ea7181)の問いに少し考えるように答えるフレイ。
「流石に道を外れ、踏み込みすぎると私の様な山慣れしていない人間は簡単に遭難してしまいますから…」
それならば種を積むのに馬への往復も可能か…と彼は算段を立て始めた。
ミレーヌ・ルミナール(ea1646)は、馬に乗せてもらっていたフレイに用意してもらったふるいや袋を受け取り、逢莉笛 鈴那(ea6065)達と荷物持ちを分担している。
鑪 純直(ea7179)は、天城 紅月(ea4082)に向き直り丁寧に愛馬を頼んだ。
「某の愛馬も、宜しくお頼み申す」
「きちんと番はしておく。大丈夫だ…そちらも頑張ってな?」
手綱を預かりそう請け負うと、獣道からも外れ目指す場所へと向う仲間達の背を紅月は見送るのだった。
●種集め
フレイの案内でたどり着いた群生地は、紅月と別れた場所からそう離れてはおらず。
そこは正確には「群生地であった場所」なのだろう…、薄紅の花が幾つか見受けられたものの花溢れる地ではなかった。
「ニウムの花の盛りは、もう少し前ですから」
「そう…種が目的だもの、仕方ないわね」
フレイが微苦笑で告げると鈴那は残念そうに呟いた。
その隣で、難しい表情を浮かべる少年。
「某の土泳(?)では難しいかもしれぬな…」
街で調達し此処まで携えてきた木の板を肩に、純直は嘆息をついた。
群生地と言っても人の手の入らぬ森の中に拓けた場所があるわけではなく、木々の合間に僅かに広がる空間と、その周辺の木々を囲むように群生しているらしい。
純直は、無難に、けれど折角持参した木の板等を活かし土をこそぎ集めるか…と思案を始めた。
「あの、花の特徴や種の形状等を集めるために詳しく教えて頂きたいのです…」
「出来る限り教えてもらえると助かるんだけれど、一粒くらいは見本として見せてもらえないかな?」
エリス・エリノス(ea6031)とフェリーナ・フェタ(ea5066)の申し出は最もだ、とフレイは頷き辺りを見回しひょいと何かを拾い上げる。
「香料の原料に使うニウムの花の種ですが…こちらになります」
皆の前で広げたフレイの手には女性の爪ほどの薄茶色の種。
「これが、集める種なのね。…あまり特徴ないのね、難しいかしら?」
種をしげしげと眺める鈴那の言葉に、フレイは笑顔で大丈夫だろうと言う。
この周辺に生える木の種はもっと大振りで形が間違え様がない事、草葉の種は逆にもっと細かく、何よりわかりやすい特徴は…と、種を一つ、皆が見ている前でフレイは潰して見せた。
乾いた音を立て潰れる種。
そうして種を潰した手を皆の前で広げて見せれば…辺りに漂う仄かに甘い香り。
この様子では大方花は散り、種は地に落ちている物を拾い集めなければいけないだろうという説明に、フレイは他に幾つか補足をつける。
「まだ花びらが落ちて間もない物であれば地に落ちず、花を付けていた場所に種が残っているかもしれません…。それと、見慣れなければ…と判りやすく種を潰してみせましたが、持って帰る種は潰れていない物でないと使えませんので」
手で力を入れたくらいで軋み割れてしまう種は、やはり力任せに集めてはいけないのかもしれない…。
純直は木の板と地面を見比べ作業の意外な難しさに再び嘆息をつくのだった。
皆地味な作業は元より承知…と覚悟を決め、作業に就いた。
フェリーナは、その知識を活かし適切に対処しやすいよう動物の来そうな方向を調べ、鈴那が保険に…と風を読み、風上から春花の術を用いる。
それらの対処が効をそうしたか、…獣達の邪魔らしい邪魔も入る事無く種を集める事に集中できた。
術を用いた後の新たな獣は…人の気配、その多さに遠巻きに見つめるだけがほとんどで、偶さかに物怖じを知らぬ鳥の羽音が響くくらい…というのんびりしたものである。
フェリーナは地に落ちていない種が残る花を見て周り集めていた。鈴那は花や種を傷つけぬよう、丁寧に手で周囲の土をさらい種をふるいわけていく。ジェレミーや純直は、選別は仲間に任せまず種が含まれる土をさらうことに専念している。小まわりが効き、体力もある純直は効率よく片端からさらった土を山としていた。
「地味だ…地味すぎる…神聖騎士の名が泣くぜ…」
ぶつぶつと呟きつつも、手はしっかり動いている。カルザーの呟きが聞こえたのか、フェリーナに選別した種が合っているか確認して欲しいと頼まれ見ていたフレイが顔を上げる。
「…すみません」
申し訳なさそうなフレイの謝罪の言葉に、カルザーは慌てて首を横に振った。
「まぁ面白そうと思って受けたんだけどよ。こーゆー仕事は自分が器用なのを実感するぜ。なんてーの、器用貧乏ってやつ?」
「こういう仕事も冒険者のうちね。受けたからにはきちんとやり遂げるわ」
(ほとんど便利屋みたいな扱いだけれど…)という内心の苦笑は見せず、ミレーヌも頷いてみせる。
そんな二人に礼の言葉を口にし、フレイも再び選別作業を始めるのだった。
エリスが、ふとミレーヌを見れば…先程まで『口と同じくらい手もちゃんと動かさないとね』と作業をしていた彼女の手が止まっている。
「ミレーヌさん、どうかしましたか?」
「え、ちょ、危ない動物がいたから様子見てたのよ…」
声を掛けられはっとしたように遠くを見ていた視線を手元に戻し、大慌てで種をより分け始めた。
「…あら、どんな動物? 大丈夫かな?」
今度はフェリーナが心配そうにミレーヌが見ていた方へ視線を移す。
「向こう側に行っちゃったみたいだから、もう大丈夫よ。さ、作業しましょ」
『羽の綺麗な見慣れぬ鳥に目を奪われていた』とはいえず、誤魔化すようミレーヌは慌てて皆の止まってしまった作業を先へと促した。
●閑話
「だーっ! 休憩しようぜ、休憩」
手元に残った振るい分けた種を袋に入れるとカルザーは単調だが根の詰まる作業に固まった筋をほぐすように腕を伸ばし、黙々と種の選別を行う皆に提案する。
「まだ、選り分けなきゃいけないのは残ってるし、帰りの事もあるだろ?」
そう彼が指差す先には純直が掘り返し集めた、種どころか枯葉や土の方が多いであろう事が容易に見て取れる山があった。
「そうですね、私お茶を持ってきましたので一旦休憩しましょうか。疲れてしまうと作業効率も悪くなってしまいますし」
エリスが同意して、手を止める。その言葉に、各々手を切りの良いところで作業の手を止めた。
「それじゃあ、集めた種を1つの袋にまとめて、馬まで戻って種を預けてこようか。そうすれば紅月も一緒に皆で休憩できるだろう? 種を纏めて最後に運び出すのも手間になるしな」
ジェレミーが提案にそうプラスする。
「では、決まりだな。一度紅月殿のところへ戻り休憩とするが良いであろう」
あちこち駆け回った疲れも何の…純直の纏めに皆異論を唱える事無く、種を1つ袋にまとめはじめた。
繋ぎ止められた馬が、草を食むのを止めふと首をあげる。
その様子に四方を警戒し番を務めていた紅月がそちらに目をやれば…膨らんだ袋を抱えたカルザーの姿。
後ろには種を採取に向った仲間達が続く。
「…種集めはもう終いか?」
「いや、一旦休憩だ。この袋は、まず最初の1袋目…馬共々番を頼むぜ?」
袋をどさり、おろしたカルザーが答える間にエリスがてきぱきと持参していたお茶を入れ皆に配っていた。
紅月は「なるほど」と頷き皆と離れていた間の話を、休憩の閑話と共に耳を傾けた。
「収集した種は個人使用だそうだが…高価な香水を贈りたい女性でもおられるのか?」
お茶を囲む間に、ふと純直がフレイに訊ねた。問い掛けに、フレイは微苦笑を浮かべる。
「…子供の某でも不躾な問いだな…」
頭を下げようとする純直に慌てたようにフレイが首を横に振る。
「いえ、違うのです。皆さんにはこんな作業をお願いしてしまって申し訳ないと思ってます。調香師として、自分の納得のいく仕事が出来るようになったら…女手一つで私を育ててくれた母に贈ろうと、そう決めていたのですよ」
「香水かぁ……ちょこっともらう……わけにはいかないよねぇ、やっぱり」
フェリーナの呟きに…考えるように首を傾げ。
「フェリーナさんでしたら、どのような香りが良いでしょうね…。…そうですね、いずれまた貴女のための香水を調香させて下さい」
その言葉に、興味はあったけれども…という女性陣がどういった香りがなどと流行や好みについて盛り上がったりしながら休憩時間は過ぎていった。
●片付け
何度か休憩を挟みながらも、ニウムの種を随分とたくさん集める事ができた。
エリスの提案で、選り分けた土を枯葉と共に戻しならし、人が入り荒らしてしまった場所も整えた頃には皆長時間の細々とした地道な作業に疲れきっていた。
これから袋を抱えて帰路につかねばばならない。馬が居た事は非常に助けとなった。
「皆さん、本当にありがとうございました」
集まった種の袋を前にフレイが深深と頭を下げる。
フレイ一人ではこのようにたくさんの種を集める事は出来なかっただろう。
ふ、と微笑を浮かべた紅月にジェレミーが首を傾げる。
「どうかしたか?」
「…いや、随分と良い香りを身に纏っているものだな、と思って」
その言葉に自分の腕や服を嗅ぎだすジェレミー。
「オレは素のまんまのほうがいいと思うんだって…!」
ジェレミーだけではなく、種を集め扱っていた者は皆、ニウムの香りが付いてしまっているのだろう。
その様子に皆の笑いが零れた。