●リプレイ本文
恋人たちが愛を語らうバレンタイン。
バレンタインは過ぎてしまったけれど‥‥恋人達の時間は定められた時のみ過ごすものではないはずだった。
※
ジェイラン・マルフィー(ea3000)は、思い出の公園で大切な恋人を待っていた。
思い出の公園とは、彼女と初めてデートして、そしてキスをした場所。
その時のことを思い返しただけで、まだ彼の顔は朱に染まってしまう。
少なくはない人の中、遠く婚約者の姿が見え、ジェイランは手を振った。
「‥‥あの、ジェイランくん‥‥お誘いありがとう‥‥」
精一杯のおしゃれをしてきたのだろう‥‥普段とはまた異なるまくるの雰囲気にジェイランは相好を崩すのだった。
足の向くまま気の向くまま、まくると2人はぐれないよう手を繋ぎジェイランは、大道芸をみたり小物を扱う店を覗いたりとパリの街を散策した。
そうして最後にと訪れたのは、銀花亭。
「いつもこんなに幸せな気持ちにさせてくれてありがとじゃん♪ おいらはがんばって君を幸せにするよ」
卓に付き、共に食事をしながら。まくると一緒だからか何を食べても美味しい気がする。
ジェイランの素直な思いに、まくるも顔を真っ赤に染め、言葉に躓く。
「‥‥ボクも‥‥一緒に居られて‥‥ホント幸せだよ」
まくるの返事が嬉しくて素直に笑みが浮かぶ。ジェイランは照れを隠すように店員に声を掛けた。
そして運ばれてきたのは、下町では少々高価な可愛らしい甘い菓子。
「まくるちゃん、ちょっと早いけどお誕生日祝わせてもらうじゃん」
「‥‥誕生日、覚えててくれたんだ‥‥」
大好きなまくるのために、銀花亭に予約をした時一緒に頼んでおいたジェイランのとっておき。
余りの驚きと嬉しさにまくるの目に涙が浮かんだ。
まくるの涙にジェイランが慌てると、彼女は小さく首を振った。
「‥‥ううん、嬉し泣きだから。‥‥これ、ジェイランくんも、どう?」
口元へ差し出されたスプーンの上の菓子をジェイランは幸せそうに口にする。
そうやって食べたお菓子は、とても美味しかった。
※
老ウィザードは、本日心を決めていた。
既に結婚して40余年‥‥けれど、このところ依頼で家を留守がちだった上、聖夜祭ではそんなつもりではなかったとはいえ、恥をかかせてしまったり。
先日は、ヨシュアス・レインこと『ヨン様』への手紙も届け損なってしまった。
そこで、日頃の感謝の気持ちと共に、一緒に食事を楽しめれば‥‥と銀花亭に訪れたのだ。
酒が運ばれ、杯を交わし。
そうして、最初にジィ・ジ(ea3484)は妻にプレゼント――華美なローブを贈った。
プレゼントなど何年ぶりのことなのか、妻への改めての感謝の気持ちからのことなれど、照れくささと恥ずかしさにジィは笑み。
けれど、贈り物を受け取った時の妻の驚いた顔、喜び微笑む顔が見れたことでジィもつられるように幸せな笑みを浮かべる事が出来たのだった。
プレゼントに、美味しい食事。空間に流れる優しいあまやかな音楽に夫婦ふたりの時間も和みゆるやかにながれ。
妻から今までの苦労は水に流そうという言ってもらえた。
ほっとするジィ。その事への謝意を口にし、妻の顔を見上げたが‥‥妻は無表情だった。
「‥‥‥‥ええと、何か?」
長年連れ添った経験の賜物か。ジィの妻へお伺いの言葉。
「ところであなた、これからはもう少し冒険は控えて下さいますね?」
ぎくりと、ジィはみじろいだ。老いたりとはいえまだまだ心身ともに一線級のつもりである。年経た経験こそは若い冒険者には持ち得ないもの。
「‥‥え、え〜、それにつきましては、ま、前向きに善処する所存でありますが‥‥」
しどろもどろに口篭もりながらも、ジィにとっては中々前向きな考える意思を示した回答だったのだけれども。
長く連れ添った妻の額に筋が走るのが見えた‥‥気がする。
「‥‥ご主人、お食事おいしゅうございましたわ。ごちそうさま」
にっこり笑顔で、主人に告げきびきびとした足取りで出て行ってしまう妻をあわてて贈ったローブの箱を抱え追いかけるジィ。
御代は忘れず卓に置き、けれど。
「あぁああぁっ、今のは失言っ、失言でしたあぁぁぁぁっ」
ジィの妻が、夫と共に在る夫婦生活を送れるのは、もうちょっと先の事かもしれなかった。
※
「‥‥おっと、何だどうした?」
慌て開け放たれた扉にジィと入れ違うように銀花亭を訪れたのはハルワタート・マルファス(ea7489)。
バレンタインは過ぎたとはいえ、街の中が浮いた雰囲気。そこに立ち入れない一人身、寂しく酒でも飲もうかと銀花亭へ足を運んだのだが。
「て、ここもカップル以外お断りなのかよ‥‥」
この間の売り上げアップにも貢献したし、主人が何かサービスしてくれるんじゃないかと期待しながら訪れたハルワタートを出迎えたのは、明らかにバレンタイン向けと思われる店の内装だった。がくりとうなだれるも、店員に声を掛けられ回れ右をするわけにもいかず、一人寂しくカウンターへ向う。
「お、ハルワタートじゃないか。また店手伝いに来てくれたのかね? 美人さんよ」
「‥‥や、俺は今日客だから」
店主の言葉に悪気はないのだろうが、含むものを感じて知らず口元が引きつる。
杯に口を付けつつ、やっかみ半分落ち着いて店内を見渡せば。
かつて冒険者仲間が立っていた小さな舞台には、別の女性が立っていた。
「お、美人なお姉ちゃんじゃん。おっちゃんあのお姉ちゃんだれ? この間いなかったよな!」
「ああ、ミランダか。ミランダがいないから、あんたらに頼んだんじゃないか」
ハルワタートも一人の青年、まして独り身ならば。
「ミランダさんていうんだ、歌うだけ?」
「歌うだけさね。ああ見えて気が強いからなぁ‥‥うちは、酒と食い物と歌だけ。あと数曲も歌ったら一度降りるんじゃないのかな」
問い掛けの答えと、少しの釘さし。そして、助言。
へー‥‥と頷きつつのハルワタートの視線の先で、ミランダは少々慌て者だけれど幸せに暮らす笑みを誘う小さな恋人達の歌を歌っていた。
※
寄り添う相手がいる事そのものが幸せなのかもしれない‥‥恋人達にとっての時間。
それと同様に日常として過ぎる時間もあるわけで。
バレンタインに共に過ごす事の出来なかった恋人達に‥‥と場をしつらえた銀花亭とてその時間の流れに変わりは無い。己が半身と未だ巡りあえずにいる者とて、訪れるのである。
恋人が依頼に出かけたままのアリシアは、気晴らしに同僚を誘って銀花亭に訪れていた。
特定の相手がいるわけではないミィナ・コヅツミ(ea9128)は「折角パリに来たのだから美味しい食事でも」と思っていたし『アリシアの奢り』とあれば、断る選択肢は彼女にはなかった。
独りで過ごす金の髪の女性の姿、それにカウンターからミランダの舞台を眺めるハルワタートとカップル以外の姿もちらほらと。
殊更ハーフエルフだからと銀花亭では騒ぐ事も無く―冒険者に世話になる事が多く、それも手伝っているのだろうか?―クレリックとして、ミィナは幸せそうな若い恋人達―ジェイラン達に祝福の言葉を贈り。
アリシアが知己のニミュエらにも声を掛ければ、彼女のからかい等にレイルが憮然とする事もあったり――早々固まった女性陣に口で叶う男は少ないものである――気安い女同士の食事を楽しんでいた。
「‥‥姉さん、いい食べっぷりだなぁ」
感心したように、銀花亭の主人が新たな料理の乗った皿を出しながら笑いかける。
「美味しく頂いてますよー☆」
『奢りですし』とにこやかに続く言葉。主人にとって誰の財布から出るのかは関係なく。
2人笑みを交わすと、食べる方・作る方と素晴らしい役割分担が形成されるのだった。
アリシアが、酒代の金額に眉を寄せ額に汗を浮かべている頃。
「祝福は贈り終えたかな? 僕にももらいたいくらいだけど」
「キースさん‥‥も、私と同じく独り身てことでしたね。どうぞどうぞー」
ギルドで銀花亭の話を聞き、顔を合わせた同士である。
酒を振舞うという景気の良いキース・レッド(ea3475)に、ミィナが無論断るはずもなく。
囲んでいた卓の一席を彼に勧める。
「そういえばキースさんはどうしてこちらに? 折角ですからお暇でしたらパリの話などお聞かせ願えれば幸いですが‥‥」
「僕にも‥飲みたい時ぐらい、あるものさ。まあ最近、色々とハードな依頼があったからね」
ミィナがハーフエルフであると見てとると訊ねる彼女に僅かに苦い笑みを返し、キースは杯を傾けた。
「少し前にね‥‥僕は、ハーフの犯罪集団を皆殺しにしてきた。ちょうど良い、クレリックなら‥‥僕の懺悔を聞いて欲しい」
自身の判断は、正しかったのか。罪は罪‥‥けれど、彼らを罪へと落としたのは紛れも無いこの社会。キースの心に溜まった澱は消える事無く重く残り気分転換も兼ねて銀花亭に訪れたのだ。
どんな縁か、それは同じ種のクレリックに打ち明けられて‥‥そうして語られたキースの懺悔の言葉をミィナはただ聞いていた。
「すまない、下らん事を話してしまったね。こんな泣き言、クールじゃないな‥‥」
言葉を語る事が、禊‥‥澱を流す事。青年の言葉をクレリックは聞き届け澱を流す。
苦笑を浮かべながらも常の調子を取り戻そうとする彼に、ミィナ達は改めて杯を交わし気晴らしのささやかな宴を始めるのだった。
※
恋人達の時間とは異なる‥‥けれど、あたたかで賑やかなミィナ達の卓から離れた席に、ミラファ・エリアス(ea1045)は一人座っていた。
テーブルの上に飾られたキャンドルの炎が揺れる。
‥‥大分短くなってしまったキャンドルは、そのままミラファが銀花亭で想う相手を待ちわびていた時間。
ミラファの唇から小さなため息が零れた。
賑わう店内の様子が、彼女には眩しくて俯いてしまう。
自分が待っている相手はこないかもしれない‥‥そんな考えで満たされた心は、重く寂しかった。
ミラファの想い人は、遠いジャパンからノルマンへ訪れた冒険者で、また直ぐにジャパンへ戻ると言っていた。
もしかすると、これが最後の機会だったりしたかもしれないのに‥‥そう思うと知らず、重ねられるため息と呟き。
「シフール便じゃなくて、顔を見て、直接話をしたいです‥‥ファラさん」
贈りあう「物」はいらない‥‥ミラファは、ただファラに会いたかった。
純粋でシンプルな願い‥‥それは、切なる祈りにも似たもの。
慌しく扉が開かれる音。
ミラファの前に落ちる影。
願いが、祈りが通じたのか‥‥。
「ただいま。ミラファ。去年のクリスマスには帰るって言ったのに‥遅くなってごめん」
顔を上げれば、そこに立っていたのはミラファが待ちわびていた恋しい相手の姿だった。
ファラはどこか申し訳なさそうな、けれど穏やかな笑顔とともに色鮮やかに描かれた遠き東方の美しい扇と絵地図をミラファへ贈った。
「顔を見てほっとしたよ。また僕はジャパンに帰るけど‥いつか、必ずまた戻るから」
「ファラさんが来てくれただけでいいんです‥‥会えて嬉しいです」
珍しいジャパンの品も嬉しい。彼を思うよすがになるのだから。
けれど、今は何よりもファラがミラファの前に、急ぎ自分のためにパリに、銀花亭に来てくれたことそのものが 嬉しかった。
瞳を潤ませ一時の逢瀬を心から喜ぶ恋人を、ファラはそっとだきしめるのだった。
※
「‥‥まだ、下では盛り上がっているのかしら?」
言葉はわからずとも、賑わいは伝わる。宿として開放されている銀花亭の一室でニミュエ・ユーノ(ea2446)は呟いた。
‥‥返る言葉はない。
部屋に共に在る恋人は、彼女の膝の上で深い眠りに落ちてしまっているからだ。
『寝ないと約束するなら』というニミュエの条件に、レイルが頷いたからこそニミュエは婚約者ただ一人のために歌をうたったのだ。
けれど‥‥
「『月下の歌姫』と呼ばれたわたくしの歌を聴きながら寝るだなんて‥‥幸せ者ですわね」
いつの間にか、自身の膝の上で熟睡するレイルの頬を抓りながらニミュエは苦笑を浮かべる。
何よりも大切な心安らげる存在の側で眠るレイルは、ニミュエが頬を抓っても目覚める気配はない。
彼が眠れるのは、ニミュエの側だから。そして、彼にとって彼女の歌は、心安く穏やかにいられる大切なものの1つである。
‥‥それを言葉にし、ニミュエに伝える事が出来無いのは、幼馴染で婚約者という気安さゆえの照れくささのためか。それとも、彼の性格ゆえなのか。
ニミュエは、抓る事を諦めレイルの髪を撫でた。
指に返る己のものとは異なる、けれど柔らかな髪の感触。
穏やかな一時、レイルの傍らに在る時間。ささやかだが幸せな触れ合いに、ニミュエは今だけ自分の騎士の約束反故に目をつぶる。
白く細い吟遊詩人の手指‥‥ニミュエの指には、レイルが酒場で賑わいの中にいるときに、半ば押し付けるようにニミュエに贈った指輪が輝いていた。
※
じき、夜は終わるという頃合。
銀花亭の時間も終わる。
「俺、あんまり気の利いたこととかいえないけどさ‥‥今日は楽しかったぜ、毎年この時期は憂鬱でさ」
「それは憂鬱でしょう‥‥でも、それだけ言えれば十分よ」
含むようなミランダの笑みに、ハルワタートはただただ苦笑を浮かべ。
「‥‥また、遊びに来てもいいかな?」
「歌を聞きにきてくれるなら、いつでも歓迎するわ。最もマスターは手伝いに来て欲しいみたいだけれど」
今度こそ苦笑しか浮かべる事が出来ず。けれど、歓迎するという言葉にハルワタートは心軽く銀花亭を後にするのだった。
おだやかな時間は流れすぎ‥‥恋を語らう時間は終わりの時間。
さりとて幸せな恋人達の時間は、これから2人がどこにあろうと紡ぎだしていくものだろう‥‥。
銀花亭で迎えた恋人達の様子を思い出し、ミランダと店主の顔には知らず笑みが浮かぶのだった。