宝物を求めて ―不老不死の果実
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■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月26日〜10月31日
リプレイ公開日:2005年11月05日
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●オープニング
●ディープフォレスト
深い深い森の奥‥‥鬱そうとした木々に閉ざされた場所に、見事な枝ぶりの樹があるらしい。
周囲の木々と異なるその樹の特徴――それは、黄金に輝く果実を季節を問わず実らせているという事。
世にも稀な黄金の果実‥‥それを、手にする事ができれば‥‥
●エターナル
「一口、10年」
「は?」
「‥‥寿命が延びるそうだよ。件の果実を食す事が出来れば、ね」
受付係は、唐突なギースの語り口に不覚にも上手い切替しが出来なかった。
「今回は、何をお探しなんです? ギース伯」
久方ぶりに自分の趣味のためにギルドを訪れたというギースは、それはもう楽しそうに受付係の問いに答える。
「『不老不死の果実』」
にっこりと人のよさそうな笑みを浮かべ、ギースが口にしたのはまたぞろ胡散臭いものだった。
ギースの依頼は、ここから少し離れた暗い森が広がる場所の探索。
そこに、食せば『不老不死になる事ができるという果実』があるという。
けれど、明確な意思をもってその果実を探しに行ったものは誰も戻らないらしい。
そんなものがあるのなら、もう少し人の口に上っても良いものだろうに‥‥
「そう、誰一人戻ってこないというんだよ。おかしいだろう? 誰一人戻ってこないのであれば、一体誰がこの話を伝えたんだろうね。疑問に思わないかい? それこそ本当にそんなものがあるのならば、もっと噂なりなんなり盛大に広がっていると思うんだが」
「‥‥探す依頼を出されたあなたが、信じているわけではないんですね」
「探して物を見てみないことには信じようも無いだろう?」
あっさりしたギースの言葉。それもそうなのだが‥‥。ギースは「それでその果実があるという森なんだけれど‥‥」とさらりと説明を続けた。
その森は、以前は野盗が多く、森の奥に根城を築き荒れていた土地だったそうだが、最近野盗の類も現れない静かな森になったらしい。
年に数人ほど、付近の村の狩人が戻らないという事もあるのだが、それは野盗のせいか、それとも逆に森の獣の被害にあったためかはわからない。
「それと、もう一つ‥‥先にその実を探しに行った冒険者が戻らなくてね。彼も探し出して欲しいんだよ」
「果実を見つけて持ち逃げしたって事は?」
ありえない事ではない。人間である限り、目の前の欲望・誘惑に負けてしまう事がないとはいいきれない。
「‥‥いや、彼は義理堅い性質でね。持ち逃げという事は無いと思う。それに、果実を見つけられた時、持ち帰る量に応じて報酬を支払う契約になっていた。果実が十分にあるのであれば、他はどう対応し様と彼の自由だし‥‥まあ、本人でなければわからない事だけれども」
もし、果実が十分になければ‥‥あるいは。
「‥‥私が雇った彼は冒険者として腕利きだった。その彼が戻らない‥‥いや、逆に持ち逃げで戻らないのであればいいんだけどね」
ギースは小さく呟く、その表情に笑みはなく。けれど、首を傾げた受付係に気付くといつもの人のよさそうな笑みに戻る。
「まあ、報酬は、実が得られたかの成果とは別に支払うよ。人探しもあるしね。探索の結果次第で、更に報酬を上乗せる。そして、これも先日とかわらない条件だけれど‥‥成果は隠さず全て報告する事」
以上かな‥‥と依頼内容を締める言葉に、受付係の仕事も終わる。
ふと思い立って受付係はギースに問い掛けた。
「ギース伯は、不老長寿になりたいのですか?」
何げなく訊ねられた言葉にギースは答えず、笑顔を残し席を立つのだった。
●リプレイ本文
●suspicious forest
「不老不死の木の実か‥‥。この美貌を永遠とする事が出来るのかな」
森近郊の村々にて、集められる限りの情報‥‥果ては噂話に至るまで聞きとめ、件の森に分け入り『不老不死の果実』といわれる物を探す冒険者ら。
重ねる日と踏み込んだ距離を思い返してか、常緑にまじり染まり降る金色の葉を見上げ、ティワズ・ヴェルベイア(eb3062)は一人ごちた。
彼の呟きに、積もる草葉に足元へ視線を落としたディートリヒ・ヴァルトラウテ(eb2999)が面をあげる。
不老不死の果実。それを欲する者は強い人間なのだろう、永遠の孤独に耐えうる心の強さを持つ。
一人悠久の刻に取り残されるのはどれ程の痛苦なのか‥‥それを思うディートリヒの端正な顔には、怖れも蔑みも無かった。
最も、それを識らず思い至らず求める者の方が多かろう。
件の果実もこの葉のように染まっているのだろうか。
「‥‥ふ。年老いても僕の美貌は永遠だけどね」
他者を思索の樹海へ落とす一言の後の、ティワズの言葉。
一瞬、彼の後ろにナルキッススが咲き溢れていた気がするが。
幻惑を払うように瞳を瞬かせ、こめかみを抑えたレオン・ウォレス(eb3305)が、地図を手に果実について語った。
「どうにも今回の依頼は眉唾物だよな。落とし穴があるような気がしてならないんだが‥‥」
彼は不老不死の曰は信じていないと言う。それは樹木系モンスターの果実ではないのだろうか‥‥と。さもあらば、人間が食するには不適当だろうが。
レオンの考えにアルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)は頷き、不信の声をあげる。
「誰一人戻ってこないのに、噂だけは流れている‥‥つうか、依頼人はじゃあ誰からその噂を聞いたのさ〜!」
「『どこにある』という明確な話は無いが、そんな物があるという噂は昔からこの森周辺に流れていたみたいだからな」
不要な混乱を避ける為に巻いていたバンダナの留め具を外し、クロード・レイ(eb2762)が深い森を見遣る。
彼の静かな言葉にアルヴィーゼは、大仰に肩を竦めた。
「不老不死の実なんてないんじゃないかなー。人をおびき寄せるエサなんじゃないの?」
『明確な意思をもって』探しに行くと、戻ってこない。ならば、欲に目がくらんだ人にしか見えない幻影の果実を実らせる――人の欲望を糧とする樹のモンスターなのではと思っていた。
事実、近隣の村々では帰らぬ人は、獣に食われたか、果実を食し常世に暮らすようになったのでは‥‥と、夢現入り混じる話が多かった。
「セデュースさんの予測がやはり皆さん近いみたいですね」
訊ねてはみたものの、ギースも有り触れた噂話‥‥森の地図の添え物程度に聞いただけだったらしく。
自身の予想も踏まえ、手斧の柄を撫でながら笑うガイアス・タンベル(ea7780)に、ジェラルディン・ブラウン(eb2321)が頷き微笑む。
「流石吟遊詩人ね」
セデュース・セディメント(ea3727)は、ジェラルディンの言葉にむむ‥‥と眉根を寄せる。
「うむむ、もっと面白いアイディアを出せないとは、わたくしの才も情けない」
「でも帰らない人がいて、途切れない噂話があるのだから、きっと何かがあるのよね。確認してみる価値はあると思うわ」
謎や不思議な物に惹かれる彼女の言葉に促されるように彼らは森の探索を再開する。
彼らが手掛かりに求めた噂の流出時期は、確固たる物が無く。
昔からあったようにも、またここ数年で流れたものとも言えないらしい。
一時溢れた盗賊の群れは、今では見かけぬ事だけは確かなのだという。
元より昔から世にありふれた噂話と似ている‥‥クロード達の目の前に広がる斯様に深い森ならば、何があろうとおかしくない深い敬念をもって交わされる話にも、聞き分けの無い子供を諌める話にも事欠かず。
また御伽噺のようなものも珍しくは無いだろう、不老不死などという世迷言ならば。
●discovery
ギースより譲り受けた写しの地図は、彼らが尋ね探し求めた情報と、森へ入り確認しながら進んだ情報とでびっしりと書き込まれ。
それを手に、森に多少は心得があるクロードが先頭に立ち、ティワズが中衛にて周囲に気を配り、ディートリヒが後詰を請け負った。
クロードと並び立つように、僅かな痕跡も見逃さぬようレオンが狩りに慣れたその目で、進路を補う。
深い森に迷わぬよう印をつけ、時折高い場所から森を見下ろし。そうして巡る事如何ほどだろうか。
「まって。ねぇ、あそこに何か見えない?」
ジェラルディンが、木々に遮られた遠くを指差した。
彼女の瞳は優れている。何より不思議の果実を求める彼女の言葉に、瞳を凝らすも緑が風にゆれる様しか見えぬ仲間に代わり、後方にいたアルヴィースが隣り立ち、指差す方を注意深く見る。
ほんの僅か、光が返った。光の照り返しのようにも見える‥‥けれど。
「太陽の方向が違う」
レオンが小さく首を振った。深い森の中とはいえ、冒険者の彼らに陽光を図る事は難い事ではない。
「果実は黄金という話。ここで立ち往生していても仕方ありませんし、参りましょうか?」
セデュースの言葉に彼らは頷きあい、歩を進めた。そのために、ここまで来たのだ。
森に潜り幾日か‥‥。
深い森に囚われる感覚‥‥。
いつしか目の前に広がるそれら。
「‥‥これが‥‥不老不死の果実?」
問う声に返る言葉は無い。けれど確かに在った黄金の果実の群れに、誰とも無く感嘆の吐息がこぼれた。
この季節、森は様々な恵みに溢れている。
季節を問わず果実を実らせるという話が真実ならば、まもなく訪れる極寒の季節においても輝く実を付けているのだろうか。
結実させるに、花が咲いている様子は見受けられない。
「これが本物なら、エルフと同じ時も歩めるわけか‥‥」
弓を片手に、たわわに実る黄金色の果実を静かに見上げ、クロードは静かに呟いた。
彼の脳裏に過ぎる姿に彼は迷った‥‥実を己のものとする事に。
けれど躊躇いは僅かな間。小さく首を振り手をのばした‥‥依頼人へ持ち帰るために。
同様にジェラルディンも果実を、柔らかな布の上へと落とす。
「先任の冒険者は見つからず、果実が先になりましたか」
拍子抜けするほどのありようにも、目的を忘れず周囲に気を向けたセデュース。
ディートリヒは、周囲へ気を配りつつも大樹の幹へ触れた‥‥リードシンキングを試みたのだ。
ただの木では効果が無いかも知れないが、万一そうでなければ‥‥と。
「本当に。探し当ててみれば拍子抜けかもしれませんね」
モンスターの可能性を予測していたガイアスは、油断なく足元までにも注意していたのだが。
足元に躓く何かに、ふと下を見れば枯れ枝が遮っていた。
神経質になりかけていたか‥‥と、僅か浮かぶ苦笑。
否――それは、枯れ枝では無かったのだ。
●quarrel
「「!?」」
ディートリヒが思いがけず手を離し後退ったのと、ガイアスが手斧を地へ叩きつけるのとどちらが早かったのだろう。
元より油断無く気を配っていた面々は、異変に手より離す事の無かった武器を構える。
果実へ手をのばしていたジェラルディンの足元へ縋るようにのばされる枯れ枝――足を掴み絡むそれは、手指。
異国に聞こえる木乃伊のような、生きているとも思えないそれらが手指をのばす。
足に触れるそれらに気付いた彼女は、果実を手に悲鳴を飲み込み。喘ぎともつかぬ息だけがこぼれ、強張る彼女の肩をアルヴィーゼが掴んだ。
「こうくるわけか」
唇にサディスティックな笑みを刻みながら、アルヴィーゼが聖剣アルマスを低く横薙ぎに閃かせ、ジェラルディンの体を掴み枯れ枝達から引き離す。
枯れ枝と思っていた足元に広がるそれらを切り裂けば、どろりとした樹液とも赤錆とも、あるいは血ともつかぬ物が流れ散った。
うめきの声があがる。いつしか大樹の幹にぽっかりと大洞が開いていた。
「やはりというべきか‥‥妖樹だったというわけですね」
シルバーナイフで妨げる枝を払いながら、セデュースが苦笑する。
相手が植物なれば‥‥と、仲間を鼓舞する呪歌を用いようとする彼に、大きくは無いが鋭い冷静なレイピアの鋭い突きを妖樹への牽制に閃かせるディートリヒの声が飛ぶ。
「根に紛れるよう地に在るのは、果実に魅せられ囚われた盗賊達の慣れの果てです。彼らが妖樹に成り果てているかはわかりませんが、その様な形で生きているのは確かです」
妖樹の糧と吸われた血肉が植物に変わり。
「そんな‥‥」
己を庇い裂かれたアルヴィーゼの腕にリカバーを施していたジェラルディンが、思わず乾いた骸の如き者達を見る。
これが、人であったというのか‥‥果実に心囚われ、その身までも樹木へ囚われる――生きているとも死んでいるともつかぬこの有様が、不老不死の真実なのか。
「‥‥やっかいな」
「僕が前へ出ます!」
眉を顰めたセデュースに代わり、ブレーメンアックスを構えたガイアスが叫ぶ。
名工の手により作り鍛え上げられたその斧は、彼らが今対峙する相手にこそ最も効力を発する力を秘めた魔法の武具。
「援護する」
頷き構えたレオンの長弓から幾本もの鋭い矢が放たれる。クロードも弓弦引き絞り、間隙を挟む余地をのこさず2人の射手の放つ鈍色の雨が妖樹へ注ぐ。
降る矢と刃にうめき声が幾重にも上がり、不気味な怨嗟の声が冒険者らの身に纏わりつく。
心を折るかのようなその声に、年若い見目と異なる老長けた低くなめらかな歌声が重なる‥‥セデュースのメロディー。
大樹の幹へと振り下ろされるガイアスの一撃を厭い、小さな体に一斉に鋭い刃が降り注ぐ。
薙いだその直刀の刃を返し枝を払うアルヴィーゼの呼び声に、ガイアスが盾で幾枚か流すものの、弓で一葉ごとに落とすわけにもいかず皮鎧やマントから向き出しになった皮膚を裂く。
その一瞬に遅れ、けれど幹を穿つ真空の刃の一撃が葉を裂いた。
「‥‥何にせよ、モンスターなら倒さないとね」
ティワズの風の精霊魔法が、妖樹へ注いだのだ。
飛沫く樹液に構わず叩き込まれる重い斬撃に、抗う枝葉は魔法や弓に落とされ。
突剣の鋭い先が大洞に飲み込まれ、幹を裂く斧の一撃に妖樹が傾いだ。
「恐らく本体を叩けば、彼らも解放されるか‥‥」
動きを止めるだろう。ディートリヒの声に、アルヴィーゼは長剣の重い一撃を幹へ穿ち。重ねるようにガイアスの手斧の一撃が妖樹の幹へ叩き込まれる。
地が胎動したように思えた――妖樹が大きく震えたのだ。
「‥‥これで、終わりですっ!」
体重を掛けた重いおもいその一撃に、抗うかのごとく葉が一斉に降り注いだ。
‥‥けれど。
ざらり‥‥彼らの目の前で常緑の葉は色を失い。
ざらり‥‥砂粒のように、形を失い流れ落ちる。
黄金の果実もまた、例外ではなく。
砂礫に飲み込まれるように溶けていった。
妖樹の根が張られた場所へは、干からびたかつて人であったと思しき形代。
形代達の中に汚泥に塗れた飾り布を見つけ、レオンが拾い上げた。
「先発冒険者くんの遺品‥‥かな?」
「だろうな、伯に聞いた持ち物の刺繍に似ている」
独りであるがゆえ、囚われたと気付いた時には引き返す道もなかったのだろう‥‥見つける事は出来たけれど、助ける事が叶わなかった。
そんな思いで飾り布を見つめるジェラルディンの手に残された果実は、褪せる事なき黄金の輝きを持っていた。
●return
「なるほど‥‥モンスターの実だったというわけか」
冒険者らの報告を聞き終え、黄金の――話の通りに黄金であった果実を前に、ギースは小さく呟き頷いた。
魅了され、長く根に囚われ妖樹の一部に‥‥妖樹が生きる限り生き続ける。
所詮は仮初、不老不死には程遠い。
死なず、けれど生きているとも言い難いその様。
僅か眉間に刻まれた皺は嫌悪の表情か、果てた冒険者への悔恨なのだろう。
「君達は食したのかな?」
不意のギースの問い掛けに、セデュースらは一様に首を振る。
実る果実は妖樹と共に崩れ去ってしまい、興味はあるものの得られた数が僅かであった為ギースへの帰参を優先したため食べていない者、モンスターの果実など‥‥と嫌悪するものとで食さぬ理由は様々だったのだが。
「伯はどうなさるのですか?」
クロードの問い――不老不死の噂の根が見えた今、果実の真偽の程は知れている――に、ギースは果実を地へと叩き捨てた。
砕け散った果実から、果汁が染みのように広がって甘い甘いむせ返るような芳香が辺りに漂う。
思わずあがったざわめきは、得る苦労を思ってか‥‥あるいは、惜しんでのものなのかはわからないけれど。
「所詮不老不死などというのは夢幻の類だという事が良くわかったよ。確かに美味かもしれないね、獲物を捕らえる為の餌なのだから」
友人を滋養とし育った果実など、口にしたくはないのだよ‥‥そう、ギースは小さく笑った。
支払われた代価は、ギルドよりの報酬よりもやや上乗せされ。
ジェラルディンはその言葉に、懐にある黄金の果実を食べるべきか否か‥‥迷い惜しむように撫ぜた。
指に返る感触は、知恵の実とも呼ばれる事のある林檎と良く似た感触だった。