染花
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■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 0 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月30日〜04月04日
リプレイ公開日:2005年04月05日
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●オープニング
「すみません、山へ行きたいのですが‥‥、ご一緒に登っていただける方はいらっしゃらないでしょうか?」
慌しい近頃のパリ。ギルド内も、人が多く情報が飛び交いごった返している。
そんな中、一人の少女がそう受付係に申し出た。
冬も終わるこの時期、確かに山は雪解けゆるむ地盤に、暖かさに目覚める熊‥‥と、素人が赴くには少々危険な場所である。
「どうだろう、依頼を出してみればいるかもしれないけれど‥‥どうしてまた山に?」
受付係は、慣れた様子で手続きの用意を始めながら少女に訊ねた。
話を聞けば、少女の家は、近くの村で織物で生計を立てている織物師の一家で、少女自身も織物師をしてはいるが、その腕はまだまだ修行中らしい。
「織物をするのに、山へ行く事が必要で?」
受付係の問いに、いいえ‥‥と少女は首を横に振る。
「実は私の祖父は、染物を生業にしていたんです。祖父が染めた糸で、祖母が織る‥‥夫婦でそんな仕事をしていたんですけれど‥‥」
今年の冬、元々高齢だったのもあり、病を得て少女の祖父は亡くなってしまったという。
祖父の死に最も悲しみが深く、気落ちしてしまったのは少女の祖母。
「祖父が亡くなってからというもの、祖母は織物もやめて生きがいを無くしたように日々泣き暮らしていて‥‥なんとか元気付けてあげたいんです。私はまだ未熟で、祖母から教え習いたい技術もたくさんありますし‥‥祖父も、祖母が嘆き暮らすのは望んでいないと思うんです‥‥」
「おばあさんを、元気付けてあげるという話と山へ登る話は、どう結びつくのでしょう?」
「それは‥‥」
毎年春に祖父が染めあげていた、とても綺麗な色糸があり、その色糸を染め作る事が出来れば‥‥祖母に贈る事が出来れば、また織りものを始めて、元気な祖母に戻ってくれるのではないかと思ったという。
けれど、それには問題があって。
「祖父は頑固な職人気質の人間で‥‥染めの技術や必要な事などは、全て祖父の頭の中だったみたいで、どうやって染めていたのか何も示すものが残っていないんです。弟子みたいな人もとらず終いでしたから‥‥」
色の手がかりとして残っているのは、祖父が染めて祖母が織った布で作られた少女の晴れ着だけだという。
「簡単な染物でしたら、多少はわかるんですけれど‥‥多少程度では、同じ物を作ることが出来なくて。祖父が毎年登っていた山に、染物の素材があるんじゃないかと思って‥‥それで、お願いしたかったんです」
身近にあるその色が取れると思われる花や、植物で染物を試してはみたものの、その色にはならなかったらしい。そのため、残る可能性にかけて慣れぬ山登りを決意したという。
「冒険者の方には、植物やそういった事柄に詳しい方もいると伺いました。あの、どうかお知恵を貸してください。‥‥お願いします」
そうして深く頭を下げた少女。
彼女が家から大切に丁寧にもってきた晴れ着は、とてもきれいな色合いの濃淡もうつくしいさくら色だった。
●リプレイ本文
●いざ、山へ
「しょうがねぇな。その仕事、請けてやるぜ」
「ありがとうございます、本当に心強いです」
依頼を引き受けてくれた冒険者達を前に、少女は本当に嬉しそうに頭を下げた。少女の様子に、ヴォーディック・ガナンズ(eb0873)はどこか根負けしたような嘆息を零す。
最初は余り気乗りのしない依頼だったのだが‥‥彼が、決めたのは少女の熱意ゆえだった。言葉使いこそ荒っぽいが、ヴォーディックの本質は情ある優しいものなのだろう‥‥。
染料となる材料を手にするため共に山に登って欲しい‥‥そんな依頼を冒険者達に頼んだ少女は、リラと名乗った。
染物師だった祖父・アスターが付けてくれた名前だという。
祖父母に可愛がられて育った彼女にとっても祖父の死は悲しい事だったが、自分を見失うほどに悲嘆に暮れる祖母・アイリスの今の様子を見るほうが、リラにとって辛い事だった。
「晴れ着、凄ぇ綺麗な生地じゃん。色もだが何より心がこもった織物だ」
ヒサメ・アルナイル(ea9855)が、晴れ着を手に率直な感想を述べる。
染料を探す手掛かりになれば‥‥と、リラが持ってきた晴れ着は祝い事の席で着れる、流行の形ではないけれどその分時流に左右されない型のワンピースだった。
「仕立て屋としちゃ、こんなの織れる奴が減るのは困るんだ。だからしっかりばーちゃんから技を伝授して貰えるよう、ばーちゃんには元気出して貰おうじゃんか。植物にゃ詳しい奴等ばっかだから、どーんと任せとけって♪ ‥‥俺はサッパリだけどさ」
自分の言葉に、彼方をみつめるヒサメ。その様子にくすくすとひそやかな笑いが零れる。
「大丈夫ですよ、ヒサメさんのおっしゃる通り植物に詳しい方もいらっしゃいますし。どうぞ祖父様の残した軌跡、共に追いかけるお手伝いをさせて下さいね」
自身も植物の知識に長けたエリス・エリノス(ea6031)が励ますようにリラに微笑みかけた。
「リラ様は優しい人ですね、私も目的を達成できるよう頑張ります」
サーシャ・ムーンライト(eb1502)にも、そう優しく励まされて、リラは嬉しさに潤む目元を抑え頷くのだった。
「とりあえず‥‥どうすっか?」
この手の事はねーちゃんが詳しいんだけどなぁと呟きつつ、ハルワタート・マルファス(ea7489)が首をひねる。
「手掛かりに晴れ着がありますからね。この色合いから想定できる染料の候補は、幾つかありますので実際山に登りながら探すのが1番でしょう」
フリーズ・イムヌ(ea4005)は、心当たりの赤系の色合いの染料材の名前を幾つか挙げ、植物知識に詳しいエリスやハルワタートと山の様子とあわせ木々のある標高の目安を相談し始める。
一方、スケル・ハティ(ea3305)と硯上 空(ea9819)は実際の山へ‥‥染料探しの道程をリラに訊ねていた。
スケルは、馬を連れて行くことができる道であれば少女や仲間の移動の手助けにしたいと思ってのこと。そして、空は登山の準備をする助けになるように地図がないか確認する。
「‥‥途中までは、連れて行くことが可能だと思います。昔、祖父の引く驢馬に乗って行きましたから。地図は、残念ですけれど無いんです。あったり、標をつけていれば‥‥染料も探しやすかったんですけどね」
そばにいて当然だった存在‥‥祖父がいればいけた場所。喪われる事を身近に思ってはいなかったのだろうと少女は寂しそうに笑った。
「身近な人が気落ちしていると自分まで落ち込んでしまうもの、さくら色を出す事の出来る染料を見付け祖母殿の笑顔を取り戻すお手伝いを一生懸命するでござる」
地図が無かった事はそれとして割切り準備を始めた空も、リラを励ます。隣りで馬の準備についてハルワタートと話していたスケルの笑みにリラは、冒険者に頼ってよかったと‥‥堪えていた安堵の涙が零れた。
●めざす色を求めて
「‥‥大丈夫ですか?」
「「‥‥大丈夫です」」
リラが、そう心配そうに訊ねるのも無理ない程に、山に疲れた様子をみせていたのはエリスとサーシャ。
途中までは、馬を使い荷を分け、乗り進んできたのだが‥‥いざ、奥へと登るには馬は不向きで、山小屋の傍の樵に預けてきたのだ。
大丈夫とはいうものの種族的に仕方ないことだが、体力の無い彼女達には少々辛い道程だった。そう心配するリラとて、慣れない山での思い出しながらの道案内‥‥辛くないわけはないのだろうが。
山を登るには必要最低限の装備、軽装で‥‥という空の勧めに、リラはなぜかたくさんの荷物を持っていて。
リラの大荷物は、体力に余裕のあるスケルが。エリスやサーシャの荷はヒサメが請け負い文字通り助け合いで周囲の樹木を見ながらの山登りだった。
幸いな事に、ここ数日の山の天候は落ち着いていた上、ケヴァリム・ゼエヴが手を貸してくれたお陰で初日の天候は保証されている。
素人を連れての登山にぶつくさ言いながらも山に慣れたヴォーディックが、リラの案内に対し仲間が登りやすいよう気遣った高低の道行きを選び先を歩いてくれているのも大きかっただろう。
けれど、植物に詳しいエルフの仲間達は、体力的に結構ぎりぎりだった。よくもまあリラの祖父は、この山道を行き来していたものだと思うほどに‥‥。
しかし、そこはプロ根性。受けた依頼に対して力は尽くすもの‥‥フリーズとエリスは、各々持つ知識を元に、染料の材料だと彼らが予想した桜や茜が根付くであろう場所を探し、登りながらも周囲に目を向け。
スケルやヴォーディック、空達は晴れたゆえのゆるむ土による足場の不安定さや、獣達に不意を付かれぬよう気を配り進む。
途中、身近に獣の気配を感じたもののヒサメらが上手くいなし進んだおかげで特にトラブルには出会わなかった。元より、アスターが単身よく登っていた道‥‥それを山や対応慣れた冒険者らが気を張って登ったのだ。備えと対策があれば憂いはなく。
合間に小休止を挟みながらも進んだ山道は、少々開けた場所に辿りつくと、そこでリラの案内は終わった。
リラが染料の材料を求めて山に来た祖父と弁当を広げ過ごしたというその場所は、山から麓が見渡せる良いところだった。
「多分、この辺りに染料材があると思うんですけれど」
染料の材料はいつの間にか祖父は集め袋に入れており、どこでどのように取ったのかも良く見ていなかったために詳細がわからなかったのだという。
「‥‥桜を探しましょう。多分染められると思うのです‥‥それには、花咲く数日前の桜の小枝や樹皮が必要なはず」
「それでは、私は保険に茜も合わせて探しましょう」
「枝? 樹皮‥‥ですか?」
首を傾げるリラ。確かに緑の草で染めて、茶色の糸に染めあがったこともあるのだが‥‥。
「皮で染めると、茶色になりませんか?」
「いいえ、大丈夫だと思いますよ」
にっこりと微笑むエリスとフリーズ。彼らの説明に従い、手分けして探し始める冒険者達。勿論、熊などを警戒して単独にならぬようにである。
そうして彼らが見つけたのは、白い花を咲かせた樹‥‥周囲に幾本も同じ蕾をもつ木を見つけたのだった。
「‥‥これが、桜でござるか?」
空が見上げた桜は、彼が見知った故国で見ていた薄紅の桜と違い、白い花を咲かせていた。
「ああ、ジャパンにある桜とは種類が違うんだ。こっちの桜は花を見るっていうよりは実を食べる方が習慣的だしな」
空の疑問にハルワタートが答える。
他国を行き来する事も多いゆえ、知識の幅も広がる冒険者。同じようにリラも首をかしげていた。こちらは、ジャパンと異なる事に対しての疑問だ。
「実が赤いから、赤く染まるんでしょうか?」
「うーん、それはどうでしょうね‥‥」
次を考え、1本の木から多量に採るのでなく。そして、枝や樹皮を採取したところには、用意していた殺菌効果のあるペースト状の樹木の薬を塗るエリス。
同じようにハルワタートや、教えられてサーシャも採取していた。
一方、桜の染料は仲間に頼み、フリーズは、空らに手伝ってもらいながら茜の根を傷つけぬよう掘っていた。
隣りでは、リラが驚きつつもその様子を見守っている。
「根で、赤く染まるんですか?」
「茜は根が染料になるそうです。こちらも赤系の色合いが出るはず、試してみる価値はあると思いますよ」
そうして、染料材を手にする事が出来たリラ。晴れ着のさくら色にはきっとこれらが役に立つはず‥‥と、冒険者に頼り集めたそれらは、そのままでは決して薄紅もうつくしいさくら色になるとは思えないものばかり。
「‥‥色が薄い花ですとその色に染まらなかったり、草で染めると思いがけない色になったりするんですけれど。微妙な加減で色が変わりますし。だから花や草木で染める染物は祖父にとって尚更やりがいがあって、面白いものだったのかもしれませんね」
そう染料材を手に微笑むリラの大荷物の正体は‥‥お茶と酒の入った瓶。そして、簡単な具入りのパンという‥‥お弁当だった。
以前祖父と広げた物を、同じように染料を求め手を貸してくれた冒険者への僅かなりとのお礼の気持ちにというリラの荷物。
「嬉しいんです。正直、こうした依頼に応じてくれる冒険者の方がいて‥‥お知恵とお力をお借りできて」
そう、リラは言った。高い視点からみれば、断られても仕方ない瑣末な依頼。リラにとっては重要でもそれ以上に冒険者の手を借りたい者もいる。だからこそ‥‥。
数日の山中を覚悟していた彼らの中には、準備を整え保存食を用意していたものもいたのだが‥‥保存のきかないお弁当を広げ、休息を取ってから山を降りることとなった。
染料材を含めた荷物はもちろん、体力のある男手で運びおろす事にはなったのだけれど。
●思い出の色
染料材の樹皮や根を手に戻って数日。依頼の日は今日で最後。
戻ってからリラが染め始め、乾かし‥‥糸は無事そまったのだろうか?
冒険者達が待っていた部屋に、糸の束を入れた籠を手にリラと空が戻ってきた。
「どうでしたか?」
スケルが訊ねると、リラは籠から一束、糸を取り出した。
染物の事はよくわからない者も多かったが、リラが手にしていた色糸はきれいな色だった。
晴れ着に使われていた色と似ている。
「‥‥すげぇ。綺麗に出来たんじゃねぇのか? これなら婆さんも喜ぶな」
染めあがった色糸を見てヴォーディックが、安堵の笑みを浮かべた。ギルドに訪れた時のリラの様子を知っているからこその笑み。
けれど、リラの表情はすっきりしない。リラを見上げる空の表情も。
染めを手伝っていたため、常にリラの傍らに居た空。居たからこそ、なぜ彼女の表情が晴れないかも知っている。
「リラさん?」
糸からリラへ視線を移し、その表情にエリスが声を掛けた。
「ああ、いえ。綺麗に染められたと思います。フリーズさんに、染料の割合や混ぜ物の助言を頂いて‥‥空さんに手伝って頂いて」
「では、どうなさったのですか? まだ問題が‥‥?」
サーシャの問いにリラは、微苦笑を浮かべる。
「どうしても祖父の色と同じ色にはならなかったんです」
まったく同じ色に染め上げられない。そうリラは、糸を手に俯いた。
空は俯くリラを励ますように彼女の腕に手を置いた。何より頑張っていたリラを見ていたから。
まだ春先のこの時期、冷たい水を井戸からくみ上げ運び、染物をする用意を整えて‥‥どれもこれも染物業は本格的に行うには少女一人では辛いものだ。
けれど、リラはこればかりは自分でしないと‥‥と、空やフリーズ達の力を借りる事は最低限に頑張っていた。
「知ってるか?」
重たい空気を払うような声。問い掛けにリラは顔を上げる。
「桜は異国じゃ夢見草っつーらしい。つまり桜色は夢見る色ってコトだ。この色でじーちゃんとの夢を織り込んで、ばーちゃん元気になるといいな」
「‥‥素敵な色を祖父と祖母から頂いていたんですね、私」
沈んだリラの気持ちに「お前の腕が上がるのも楽しみにしてるぜ」というヒサメの言葉と、この数日染料を求め力を貸してくれた冒険者達の表情が暖かかった。
染め上げる事の出来た色糸をリラはしみじみと眺める。
祖父が染め上げた色とは、やはりまったく同じ色にする事は出来なかった。
同じ染物師本人が染めたところで、全く同じ風合いを出すことは難しいのが草木で染められる染物の特徴。僅かな気温や環境の変化、そも染料材とて常にまったく同じ物ではない。
「それがじーさんから受け継いで染められたリラの色だろ?」
「そうです、きっと祖母様は元気になってくださいます」
ハルワタートとサーシャの言葉。
「あなたが、お祖母さんを想う気持ちで染められた糸です」
「‥‥きっと気持ちは届きますよ」
フリーズやスケルにもそう励まされ、糸を見る。‥‥同じ物にはならないけれど、この糸で祖母は喜んでくれるのだろうか?
「祖母と2人でまた‥‥織れるでしょうか。この糸で織った布で、何か残せればいいんですけれど‥‥」
それなら‥‥買ったりするにはお高いでしょうか?と訊ねるサーシャにハルワタートが俺も、と続ける。
「織りあがったら私もリラ様のさくら色の布が欲しいです。綺麗な物や可愛い物は好きなので」
「ハンカチか何かお土産欲しいな〜」
誰に贈るのか、あるいは彼自身が使うのか‥‥。
祖父に倣い、祖母を励ます為に染物を試みたけれど、何より染めた色で織物をしてみたいと思う。
「リラ自身が、その色糸で織ってみたい‥‥そう思える糸を染めることが出来たのならお祖母さんもそう思ってくれると思いますよ」
山へ登る時も常に気遣っていてくれたスケルの笑みに、リラは改めて糸を見た。
糸を染めること、祖父母の事‥‥そうして、今の自分に残された糸と気持ち。
「そうですね、頑張ってみます。祖母にも‥‥祖父にも気持ちは通じると信じて。織り上げた布で何より私が皆さんに感謝の気持ちをお返ししたいですから」
そう数日共に過ごした冒険者に向かい、糸を手に笑うリラの笑顔は晴れ晴れとしたものだった。
ギルドを訪れた時と異なる彼女の笑顔を見て、きっと祖母の笑顔も取り戻せるだろうと空達は思った。