●リプレイ本文
●準備
海辺で生活を営む人々はそれなりにいるわけで。
下調べも無しに無謀な探索に赴く事無く、冒険者達は近隣の漁村で『人魚の涙』と名づけられた真珠があるはずの洞窟について情報収集にあたっていた。
「財宝にはさして興味は無いが、人魚の涙と称する真珠とは浪漫を感じるね。本当に人魚の姿が見られたりしたら、それこそ一生ものの感動なんだがね‥‥」
「どうでしょう。どのような謂れからそう名づけられたのかにもよるとは思いますが」
潮の満ち引きの時間の差やタイミングは、何よりもその土地の人間が詳しいはず。
そう思ったからこそ、また探索に当る洞窟の立地条件からゼタル・マグスレード(ea1798)とフリーズ・イムヌ(ea4005)は、それぞれの探索への想いを抱えつつ確認に聞き歩いていた。
そこへ船を借り、潮の干満でどれくらいの差があるものか確認に行っていたレンティス・シルハーノ(eb0370)が戻ってくる。
海沿いの岸壁にある洞窟までの備えに、鑪 純直と二人で抑えた小船での確認。勿論、別途掛かった費用はつつがなく依頼主たるギースへまわして。使える者は便利に使うべきだ。宝の地図を手にできるならば惜しむ事もない。アンジェリカ・シュエット(ea3668)が、耳を疑った通称『変境伯』は伊達ではない。
「依頼人が言っていた『限られてる』ってのは、大潮の事みてぇだな‥‥」
レンティスが釣り道具を小船へ纏めながら言う。
「‥‥なるほど。潮の戻りも日々の時間と同様にとは考えないほうが良いかも知れませんね」
馬を近くの魚村に預け、話を聞きながら拾い集めた貝を手にフリーズは眉根を寄せる。
通常の潮の満ち引きに加え、一定の周期で更にその潮の高さが上限する時がある。その引きが大きな時に完全に姿を現すらしい。
ギースが示唆していた蟹の方は、外から見る限りは特にはなかったらしい。
「確かに周辺じゃ、よく取れるって話だから巣になっててもおかしくないかもな。たまに、夜でかい影を見た事があるって話もあったけどな」
「真珠の所までは地図が導いてくれるだろうが、モンスター以外にも罠などの可能性は捨てきれないから、辺りの探索は慎重にしないとな」
地図をうっかり取り落とし壊す事の無いように‥‥と、アンジェリカが柔らかな布を詰めた小箱に納め、ゼタルに手渡す。
「そうね。まぁ、依頼は依頼ですもの‥受けたからには完璧にこなさないとね。ところで、人魚の涙って、やっぱり雫型の真珠かしら? 涙っていうのは哀しいイメージだけれど‥‥」
それと見てみたいと思ったから、アンジェリカは依頼を受けた。『涙』といわれる真珠がどんなものなのか‥‥小箱の中で開かれた貝は、常にその真珠があるであろう海岸壁の方を指し続けるのだった。
●入り口
――海トお宝ト冒険の季節がやっテきまシたネー。とりあえズ叫んで見ましょウ‥セーノっ!
「海がスキーーー‥‥‥」
心にある想いを叫ぶとも、悲しきかなギヨーム・ジル・マルシェ(ea7359)はシフール。その小さな体躯相応の肺活量故募る想いは、ざっぱ〜んと砕ける大波の音に消え。
「ハテさテ。地図は人魚サン達の細工物なんでショーカネ?」
叫ぶだけ叫んですっきりしたのか、疑問は地図へ。人魚の伝承などがあるのか純直と聞いて回ったりしたものの、得られた物は無く。
人里近い場所に用心深い人魚達が住まうとは思えないのだけれど‥‥と首をひねるギヨームに、釣り糸を垂れていたハルワタート・マルファス(ea7489)が答えた。
「地図を用意したのは、地図の持ち主の曽祖父って話だし‥‥人魚に知り合いがいたのか、魔法の使い手に頼んだのかはわかんないだろ」
潮が下がるのを待つ間、釣り糸を垂れていた彼のテンションは低い。
発作的に海が見たくなり、パリから早馬をとばして来たものの彼の求める海はドレスタッドには広がっていなかったのだ。
勿論、釣り糸には何も掛かっていない。釣りをするには波が荒い。
綺麗なお姉ちゃんの代わりに宝に冒険を求めてはみたが‥‥待つのは真珠であって人魚ではない。
「でも、宝探しは『一攫千金を夢見る冒険者!』という感じで良くないですか〜? 大きな真珠‥見るのが楽しみです〜」
にこにこと、近隣の村人達に頼み譲り受けた縄の切れ端を岩場の滑り止め代わりに‥‥と靴に巻きつけながらのエーディット・ブラウン(eb1460)。
滑り止めを勧められ同様に靴に縄を巻く式倉 浪殊(ea9634)も、にこりと頷く。
「トレジャーハント‥‥良いですよね。物探し、俺は好きですよ。地図も、宝の方角を示す貝殻と面白い物ですし。さて、潮も大分引いたみたいですね。もう少し引くと思いますけど時間も限られていますし行きますか?」
浪殊の言葉に、皆一様に頷いて。足元にはまだ海水が残ってはいるが、たいした深さではない。
洞窟は、潮の引きにあわせぽっかりとその口を広げていた。
「滑りやすいし、貝殻とかで手を切りやすいから気をつけろよ〜」
注意の言葉を掛け合うハルワタートの言葉に頷いたものの、ふと彼を見て首をひねった。
「ハルワタート、ダガーはわかる。縄も、か。‥‥網は何するんだ?」
問い掛けたレンティスも釣り道具を持参していたが、彼の釣り道具は探索の時の道標に用意したものである。
ハルワタートは問いには答えず、爽やかな笑顔で仲間達を洞窟へと促したのだった。
●探索
光届かぬ洞窟内は、強い潮の香りに包まれていた。
ランタンに明かりを燈し、ぐるり見渡せば、海藻や貝などがびっしりと壁面を覆っていた。
「海藻や貝がここまでって事は、潮が戻ってきたら溺れるな」
灯かりをかざしレンティスが見上げた天井近く。
彼が歩くに十分な高さがある洞窟だったのは幸いだったが、そのレンティスの身長以上に潮が戻るとならば他の者達は間違いなく流され溺れる事になるだろう。
「それジャ、さくサく行きますカー。浪殊サン、罠ノ解除ハよろしくデスよー?」
重たげにランタンを持ち、ギヨームはふわりと浮かぶ。時折強く吹き込む潮風は、ランタンが重りとなり上手くバランスを保っていたりする。
同じくミミクリーで羽持つ隼へと変化したアンジェリカと共に、地図が示す洞窟の奥へと翔けていった。
浪殊を先頭に、ゼタルが持つ地図の方向を辿る。罠を警戒するがゆえ、自然歩みは慎重かつ遅いものになる。
洞窟内は思ったより分岐が多く、ギヨームとアンジェリカの先行はとどめられる事が多く。
罠の解除についても「どう解くのか」を具体的に欠けている事を示し。
触れて仕掛けが動くトラップなどを警戒し、巻き込まれる恐れや、それ以上に洞窟そのものを崩す事を怖れ、浪殊が皆を留め確認していた。
フリーズが貝を目印に挟み置き、ハルワタートはダガーで岩壁を刻む。
標に、と引いてきたレンティスの釣り糸が、その長さを終えようとする頃‥‥それは、洞窟の深さと長さを冒険者に知らしめる事になる。
「ま‥‥潮の満ち干きがあるところだと、あんまり複雑なトラップはなさそうだけどな。となると一番厄介なのが‥‥あいつか」
「あいつ?」
終えた釣り糸に仲間の縄や浪殊の道具を借り受けながらレンティスが訊ねた。先ほどからハルワタートの手にある網も気になるのだが。
「蟹。巣になってるかもしれないって話だったろ?」
この道行き、小さな物は見かけたが、さほど障害と思える物はいなかった。
貝類やその他の水際の生物の痺れの毒も警戒していたのだけれど。
「そろそろ、聞いてみましょうか〜?」
エーディットは、近くにあった水溜りへ問い掛けた‥‥水溜りと話せるパッドルワード。
返って来た答えは、潮が引いてできたけれど、大きな物が踏み通っていった事も教えてくれた。
「‥‥大きな物、ですか」
浪殊は、逆手に持ったダガーを握りなおす。何かあれば、先行くギヨームとアンジェリカから何らかの応えがあるはずだ。
「スクリーマーもそれなりに美味かった‥‥ならばお前もいけるはず! 勝負だ!!カニ!!」
「食べるのかっ!?」
ハルワタートにつっこみ、ゼタルの詠唱が一瞬遅れた。
アンジェリカらが先行していた洞窟の奥、ギヨームがふわりと飛ぶ彼の持つランタンの灯かりの下にいたのは、2匹のビッククラブだった。
けれど、地図はクラブらが立ちふさがる奥を示している。
「排除するしかない、ですね」
打ち合わせ通り、術士らを後方に庇いレンティスと浪殊が前に立つ。
突然の侵入者に気が立っているのだろうか、ビッククラブは特徴とも言える大きなはさみを振り上げ冒険者らを威嚇する。
アンジェリカの祈りの言葉にビッグクラブの耐久力が削られる。魔法の効果の隙を逃がさず、レンティスがハンマーを甲羅めがけ振り下ろした。
狙い潰すべくは、細身の者など一撃で断ち切られてしまいそうなほどの大きなはさみ。
足元がぬめり足場の悪い条件だが、引く事は出来無い。両手にダガーを握り、浪殊がはさみを流し、いなす。
魔法の使い手が広くは無い洞窟内で多かった事が幸いした。剣を振り回す広さではなく、詠唱をもってして事にあたれるウィザード達を、忍者と神聖騎士の二人が守る。
重い水の塊を、鋭い風の刃を、氷の足枷をくらい。短刀に、槌に煽られ、ビッククラブはそのはさみを振るい侵入者を断つ間も許されず、崩れ落ちた。
●宝物
大蟹が巣にしていた藻の塊を地図は示していた。
よくよくみれば、藻が絡んだ物体が在った。
「‥‥箱のようだな」
ゼタルが、緑の藻箱を確かめるように地図を見れば、地図は間違いなくその箱を示していた。
「これが? これに、真珠が入ってるのかしら?」
アンジェリカが、訊ねるように浪殊を見上げた。浪殊は頷き、罠を警戒して慎重に箱を探る。海藻を引き剥がし、貝を削り岩壁から引き剥がした。
けれど、鍵穴と思しき箇所も、全て埋め尽くすかのように箱を覆う藻が邪魔をする。
「罠はないようですが‥‥地図はありますけれど、鍵が無いで、すね」
小さく嘆息を零す浪殊の手元を皆が覗き込む。
――カチリ
「「「え?」」」
鍵が外れるような小さな金属音。
皆顔を見合わせる。
「それデス! 地図ガ『鍵』でもあっタノですネー!」
先ほどまで箱を示していた地図の光の柱は、開いた箱を前にくるくるとまわっていた。
そうして覗き込んだ箱の中にあった真珠は、アンジェリカの予想した雫型ではなかったけれど‥‥月明かりをとじこめたかのような、涙の如く銀白の神々しく輝く大粒の丸い真珠だった。
「素手で触れないように注意して布で包んで持ち帰りましょう〜?」
エーディットの提案に少々触れぬ事を残念そうに思った顔ぶれがあったものの、何かあっては大変と触れずに布でくるんで袋に詰め持ち帰る事にする。
箱から取り出した真珠‥‥けれど、箱をしめれば、地図が指したのは取り出した真珠ではなく箱そのものだった。
「‥‥地図と引き合っているのは、真珠でなく箱なのでしょうか?」
フリーズがゼタルとエーディットを見比べる。性格にはその手元を。けれど、地図は浪殊の抱える箱を指す。
「依頼ハ、真珠の確保デシタが‥‥」
「‥‥悩むくらいなら一緒に持って帰る方がいいんじゃねーか?」
きっぱり言うレンティスの危惧はもっと別の所にあり。彼は足元にたまり始めた水を見ていた。決して乱暴な意見ではない、悩む時間が無いのだ。
「思ったより潜ってたか?」
真珠を他所に、別の物を縛り上げていたハルワタートも足元を見て呟いた。
潮の満ち引きの時間を確認していたとはいえ、時間を図る物を持ち込んでいなかった彼ら。
せめて、蝋燭の燃える時間を計りにかけるか、ランタンの時間を見ておくかしなければ、暗く狭い所にいれば人の感覚など狂ってしまうかもしれない。
仮に洞窟が僅かにでも下っていた場合、水がながれこむ。最悪な場合、道が登っていれば入り口へ戻る時に道が失われている可能性もあった。
罠を警戒するがゆえ掛かった時間は仕方ない。けれど、どう罠を解くのかまでは任せきりで、皆が皆考えめぐらせなかったゆえの経過時間もあっただろう。
結果的にハルワタートの予想に違わず仕掛けの類は、ほぼ無かった。この探し難い洞窟そのものが最大の隠し手だったのかもしれない。細々とした分岐も多く、地図が無ければ。
それとて、往路は地図に頼れば済むのだが‥‥戻り道を記しておかねば大変な事になっていただろう。
●報告
「目印のお陰で、無事戻れた‥‥備えあれば憂いなしだね。出来れば、時間もきちんと計れていれば慌てずにすんだだろうけども」
にこりと微笑みを浮かべながら、けれど一言釘刺しを忘れない。
潮に流され宝の地図と真珠ごと海の藻屑の危険性があったのだ。ギースの言葉は、冒険者達を案じての事と‥‥信じたい。
「蟹の土産は辞退させていただくが」
ギースの視線の先には凍りついた大蟹。ハルワタートの土産である。
もちろん、既に彼らの腹に収まった分もあったりする。大きさゆえにさぞ大味だったことだろう。
「さて、真珠は確かに受け取った。これで私は地図を手にする大前提を手に入れることが出来たわけだ。礼を言わせて欲しい‥‥ありがとう。それと、真珠を素手で触らなかった事も合わせて、かな。注意を忘れてしまったのだけれど、まあ宝石に詳しい者がいて助かったよ」
ギースは苦笑する。真珠は繊細な宝石で、余り触れられるのを好む物ではないからだ。
そして朗報がもう1つ。
箱と鍵で宝を示す対になることを知り、箱を持ち帰った事をギースは誉めた。
「その成果分、報酬を上乗せてギルドに支払っておくからきちんと受け取ってね」
箱を示す不思議な地図を、それは嬉しそうにギースは眺めていたのだった。