●リプレイ本文
●準備は万端きっちりと♪
「よっ♪ 今回はお誘いアリガトな。ばーちゃんの様子はどうだ?」
「ヒサメさん、お久しぶりです。先日は本当にありがとうございました。またお会い出来て嬉しいです」
久しぶりに会えたヒサメ・アルナイル(ea9855)の姿に、リラは小さく頭をさげた。
「お陰さまで、祖母の具合も大分良くなりました。流石に織物仕事を1日中は難しいみたいですけど‥‥」
「お祖母さんの具合が良くなって何よりだ。今日はリラ君の御好意に甘えさせて頂く事にするよ。よろしくな」
さくらんぼ狩りへ招いてくれたリラに挨拶するエルヴィン・バードナー(ea9969)の顔にも笑みが浮かぶ。
さくらんぼ狩りも楽しみだが、リラが笑顔で誘いに訪れる事ができるようになった事‥‥彼女の祖母の具合が良くなった事は、面識が無いながらもやはり嬉しい。
「さくらんぼですか〜。本で読んだ事はあるけど、実物を見るのは初めてですね〜。楽しみです〜♪」
「初めてですか? 小さな粒の果実ですけれど、甘くて美味しいので‥‥気に入っていただければ嬉しいです」
ほんわりおっとりなエーディット・ブラウン(eb1460)の笑みに、なっている様子や、さくらんぼの実について語るリラも楽しそう。
「リラさんとは初めまして、となりますけれど、宜しくお願いいたしますね」
「はい、宜しくお願いします」
セフィナ・プランティエ(ea8539)の丁寧な挨拶。同じ年頃というのも手伝ってかリラも打ち解けやすいのだろう。
笑顔で応えるリラに、織物師としての腕前についてや、織った布についてセフィナは訊ねた。
話は服の流行‥‥形から色と様々に変化する。やはり、流行モノについて時流が気になるのは年若い少女ならではだろう。
「そうそう。リラの織物の腕は上がったか? お前の織物で仕立てられんの待ってるぜー」
「‥‥頑張ってはいるつもりなんですが、やっぱり何十年も織り続けている祖母には教わりたい事ばかりで、中々‥‥」
ヒサメとセフィナの問い掛けに、リラは微苦笑を浮かべる。
織物師として勉強したいことはたくさんある。
けれど、祖父の死をきっかけに手探りで始めた染物の面白さにも惹かれ、まだまだ色々と勉強中らしい。
「自分で染めた糸で、好きな織物が出来ればもっと良いのでしょうね」
セフィナさんだったら何色のどんな織りで綴った衣裳が似合うでしょう?と盛り上がる若い女性陣を他所に、男性陣はひっそり打ち合わせ中。
「っとそうそう、リラ、最初に言っとかねぇとな。今回は弁当の用意はいらねぇぜ?」
気遣いや遠慮などではない。
今回のさくらんぼ狩りに行く面々、実は料理自慢の男性陣が多く、皆で持ち寄ろうという話になったのだ。
ひっそり打ち合わせは勿論そのことである。
「色んな国の出身がいるから楽しみだろ? 勿論、俺も負けてねぇぜ!」
「そうなんですか、それでは楽しみにしてますね」
「私はお料理はさっぱりなので〜‥‥」
「わたくしも‥‥」
にこやかに頷くリラに対し、ちょっぴりしょぼんとした様子のエーディットとセフィナ。
「セフィナさんは気にしないで下さい。私がとっておきのジャパン流のお弁当作っていきますから」
「何、さくらんぼ狩りが目的なんだし、楽しんで行こうじゃん♪ 花は既に実になってんだし、女性陣はその代わりに花添えてるってコトで」
遠慮でも気を遣っての言葉でもなく本心から。
とれすいくす 虎真(ea1322)自身は、逆に自分が作った弁当を、セフィナに食べてもらえる方が嬉しい。
なんと言っても二人にとっては、初デートでもある。
「そうそう。出来る奴がこれだけいるんだ、その皆で持ち寄りの方が楽しいだろ。俺も腕を振るうよ、楽しみだな」
ヒサメのフォローに頷いたのは、(意外な事に)家事にマメだったアルジャスラード・フォーディガール(ea9248)。
「とりあえず山道が厳しいって話だから、俺が先頭で、道はリラに聞きながら、歩きやすそうな道を選択しながら行くで良いんだな?」
「おう、頼んだぜ〜‥‥リラ?」
「‥‥え、あ、はい‥‥。あの、宜しくお願いします‥‥」
確認に声をかけたアルジャスラードを見上げるリラの瞳に合ったのは、紛れも無い畏怖の色。
ヒサメは、髪とバンダナで特徴ある耳を隠している。だが、アルジャスラードは‥‥。
気付かなかったわけではないだろう。
けれど、常より自制心の強いアルジャスラードは、リラの対応に気を悪くする様子は見せず、さくらんぼ狩りの打ち合わせを続けるのだった。
●まずは山登り
「さくらんぼ狩りか‥‥。楽しい一日になるといいな」
そうエルヴィンが見上げた空は、良く晴れていた。
そして、山は結構険しかった。
「さくらんぼがなっている桜の木の群生地は、山の中腹よりもう少し上です。頑張りましょう♪」
「「「‥‥‥‥」」」
晴れやかな笑顔で山を指し示すリラに対し、体力に不安のある3人娘の表情は芳しくない。
馬を諦め、人の足で歩かねばならない行程に納得。皆それぞれ馬から必要な荷を下ろす。
「‥‥私は体力がないので歩くのに専念したいと思います。行くまでに疲れるでしょうけど、いい運動になると思えば」
カレン・シュタット(ea4426)がそう微笑んだ。覚悟完了である。
その様子に、微苦笑を浮かべセシリア・カータ(ea1643)が手を差し伸べる。
「体力はそこそこありますので、軽い荷物ならお手伝いしますよ」
セシリア自身も、さくらんぼ狩りに‥‥と持参した荷がある。が、カレン自身に荷を負わせるよりはと思ったのだろう。
「まああれだ。リラやカレン、エーディットの荷物は協力して運ぼうぜ」
「男手がこんなにあるわけだしな」
「ありがとうございます〜‥‥」
素直に好意に預かって。ヒサメやエルヴィン、アルジャスラードが手伝い荷を分ける。
元々、弁当など重くかさがあるものは男性陣の負担であった為、そう荷も多くは無い。
そして、ヒサメがセフィナに言及しなかったのは意地悪ではなく、彼が野暮ではなかったからだ。
「そうそう、セフィナさん。遠慮なんてしないで、頼って下さいね」
虎真は、とりあえず持参の弁当の他、セフィナが抱えるバスケットを受け取った。
愛猫・レーヌがバスケットの蓋から顔を覗かせる。
「レーヌが戸惑わない様お願いしますね?」
「勿論ですよ」
そして何より大切なセフィナの手を引き助けながら、虎真は桜のある場所へと上り始めた。
「意外と、山道は厳しいですね」
体力がないのが辛い‥‥カレンは大きく息を吐いた。
けれど、ここまで来てしまったら戻っても、登っても変わりないだろう。
急ぐ道行きでもない。休憩をはさみつつ、辺りの景色を楽しみながら一行は登る。
途中、エーディットの持参した果実の蜂蜜漬けで甘味を補ったり。
街中で聞きなれない鳥の声には、セフィナがその正体を教えてくれた。
「‥‥リラさん、随分慣れたご様子ですね」
「先日の件以来、何度か登っていますので。おかげ様で大分慣れました」
その笑みは、幾分苦笑混じり。祖父任せだったかつての自分に対してのものなのだろうか。
「‥‥慣れに油断して、足を滑らせるなよ。ほら、そこ」
「‥‥!」
僅かに草が巻いた場所。先を進んでいたアルジャスラードは足元を指摘し。案の定、よろめくリラを咄嗟に支えてやる。
「大丈夫か?」
「あ、はい。そ、その‥‥すみません」
触れる手にアルジャスラードに伝わったのは震え。
リラの怯えが目に入り、ヒサメは仲間に知れぬよう小さく嘆息をついた。
「‥‥ええと、桜の場所に着きます、その先です」
身を起こし、リラが示した先。
その言葉に、ようやく着いたという安堵の雰囲気が皆に広がる。
大岩をぐるり巡り、開けた視界。先頭を歩いていたアルジャスラードが真っ先に目にした光景。
「‥‥これだけあると荘厳だな」
そしてヒサメにとっては、2ヶ月ぶりに訪れた場所。
白い花を咲かせていた桜の土地は、若葉に溢れ、赤い果実をたわわに実らせた恵みの土地になっていた。
●到着・さくらんぼ狩り。そして、お弁当タイム♪
リラがヒサメに頼み持っていてもらったのは、人数分の籠。
樹の繊維で編まれた籠は、リラが織った布が張られ、布口を絞れば蓋代わりになる‥‥さくらんぼを持ち帰りやすい籠だった。
「‥‥綺麗な色ですね〜」
「先日染めた糸で織ったんです。よろしければお使いください」
エーディットがしげしげ見つめるその色は、ヒサメにとっては2度目の色。
「あの糸で織れたんだな」
経緯を知っている分、思い入れも出来る籠だろうか‥‥。
荷を下ろし、弁当を囲む場所を定めると、リラに渡された籠を手に、皆思い思いさくらんぼを摘みに行くのだった。
「美味しそうなさくらんぼですね」
登り終えて暫し。息を整え休んでいたカレンも籠を手に、桜の枝に手を伸ばす。
摘んだ実は、赤く瑞々しい。軽く表面を拭って口にする。
「美味しいですか〜?」
その様子をみかけたエーディットの問い掛けに、カレンは笑って頷いた。
笑みにつられるように、彼女達は木々を見上げ、籠を抱えてさくらんぼを摘み始めるのだった。
「たまには、こういう依頼もいいですね」
ヒサメ特製の魚の串焼きをつまみながら、セシリアは持参のワインをあける。
桜の葉陰が涼しい。
皆、それぞれさくらんぼを狩るのに夢中の様子‥‥セシリアは、皆の荷の番をしながらたまの休息にゆったりした時間を過ごしていた。
そこへ籠いっぱいにさくらんぼを摘んだエルヴィンとリラが戻ってきた。
「さくらんぼ狩りは良いのか?」
「ゆっくり、頂いていますよ。さくらんぼも、皆さんのお料理も」
「本当、美味しそうですね」
セシリアの前に広げられている男性陣よりの心づくしの弁当の品々に、リラの目が輝く。
「さくらんぼも楽しみだったが、他の皆の弁当も楽しみだったんだよな」
「‥‥ただ、流石に量が多かったかもしれませんね」
エルヴィンにワインを勧めながら、セシリアは苦笑する。
確かに壮観なまでに並ぶ品々。
「この鮭の燻製を挟んだパン、美味しいです。これだけ美味しければ、皆さんで食べていればすぐですよ」
「それは良かった。俺作の弁当だ」
さくらんぼで満たした籠を手に帰って来たアルジャスラード。
「! ‥‥ご馳走様です。あの、すみません‥‥本当」
「作った側からすれば、美味いと食べてくれる方がありがたい」
謝るリラに、エルヴィンの作ったおかずに手を伸ばす。
幼い頃からの刷り込みは、そう簡単に消えるものではない。まして、ハーフエルフに対し、狂化に対し詳しい知識を持つ者など、冒険者でもなければそうはいない。
「リラさんも、一口いかがですか?」
その場の空気を、和らげるように穏やかな笑みをうかべセシリアは、ベルモットをすすめ。
アルジャスラードは竪琴を取り出し、穏やかな曲を奏ではじめた。
桜のセフィナに届かぬ場所で枝を伸ばし。
背を伸ばし、指を伸ばすけれども届かない赤い実に、少しだけ寂しくなった。‥‥けれど。
「これで届くでしょう?」
ふわり優しく抱き上げられ、目の前には赤いさくらんぼ。
「‥‥あの、ありがとうございます。虎真さん」
「いえいえ、これくらい。さくらんぼのお味は如何です?」
抱き上げられたままの姿勢‥‥虎真の笑顔が、間近にある。
「虎真さんは、もう?」
初めて摘んださくらんぼ。虎真がいたからこそ、採れた実。
ゆっくりと首を横に振った恋人にセフィナは、微笑み先ほど摘んだばかりのさくらんぼを虎真の口に運んでやった。
「如何でしょうか?」
「‥‥美味しいですよ」
こうして一緒に遠出をするのは初めて‥‥傍にいられる事も過ごせる時間も嬉しくて。
自分の頬と、桜の果実。どちらが赤く染まっているのだろう。
「こんなにずっと一緒に居られて‥‥幸せです♪」
「私もです、セフィナさん」
桜の幹に爪を立てぬよう、変わりにレーヌとアルスジャートが遊んでやっていたり。
皆の持参のお弁当は、其々好評♪
さくらんぼも採り、腹もくち。ご飯の後にはデザートがつくものだけれど‥‥。
「のんびり楽しんで、皆の弁当食ったら‥じゃーん! 食後には採れたてチェリーのパイを。台だけ準備して上に乗っけただけなんだけどな」
山の中で皆に出されたヒサメとっておきのデザート。
ヒサメは、パイを前に自己ツッコミで苦笑を浮かべ。
「良かったらばーちゃんにも土産にな♪」
「ありがとうございます、祖母も喜ぶと思います」
素朴な焼地の上に飾られた摘みたてのさくらんぼを乗せたパイ。
自然の甘さに美味しいデザートを皆で切り分け、食す。
美味しさに、楽しさに自然穏やかな笑みが皆に溢れる。
涼やかな初夏の風が、通り抜ける山間で過ごす一時は、和やかに過ぎていった。
●楽しい時間は過ぎて
「さて、美味しいお弁当も頂きましたし。たくさんさくらんぼも摘みましたね」
「景色も楽しんだし、頃合でしょうか?」
籠を手に微笑むカレンに、虎真は扇子をぱしりと閉じ、立ちあがる。
楽しんだ分、後片付けも必要だから。
「あ、セフィナさん達は帰りの体力を温存しておいてくださいね」
ゴミ掃除や片付けの手伝いに、と腰を上げかけたセフィナに虎真はレーヌが眠るバスケットを預けると、エーディット達を笑顔で留める。
エルヴィン達が荷物を纏め始める中、片づけくらいは‥‥と思っていたのに留められたエーディットは、桜を見上げていた。
「また来年来たいですね〜」
「是非、またいらして下さい。‥‥山登りが厳しいですけれど」
リラの言葉に、苦笑を浮かべるばかり。
「そうですね、大変でしたけど楽しかったです。リラさん、今日はありがとうございました」
「セフィナさんも、レーヌさんも、お疲れ様でした」
笑顔で皆桜を見上げる。
日々慌しい冒険の日々の中、楽しい一時ももうすぐ終る。
「来年もまた綺麗な花咲かせてくれな、桜」
ざらりとした感触を返す幹を撫で、赤い実を付けた桜をヒサメは見上げた。
ゆれる葉ずれの音が桜の返事のように聞こえたのは感傷だろうか‥‥。