銀花亭 ―ねこねこ☆パニック
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■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月03日〜06月08日
リプレイ公開日:2005年06月12日
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●オープニング
記憶に新しいはずのパリ近郊シュヴァルツ城での激しい攻防戦、禍々しいそれを忘れようとするかのように、パリの住民は記憶に塵を積み始めていた。
首謀者であるはずのカルロス伯爵は逃亡中、彼の窮状を救った上位デビル・アンドラスもその姿を闇に沈めている──故に、パリの冒険者ギルドも月道や王城他の重要な施設と同様に警備を厚くしていた。ギルドを束ね指揮を執るという重責を担うギルドマスターの執務室も当然厳重な警備が敷かれている。
しかし、世に『完璧』というものは殆ど無く──今日もまた、厳重なはずの警備を物ともせず、ギルドマスターの執務室へ侵入を果たした者がいた。
怪盗ファンタスティック・マスカレード、その人である。
「また何か、人手の必要な事態でも起きたのかしら?」
「麗しき御仁へ愛を囁きに‥‥と言って欲しかったかね?」
「前回のような厄介事よりは断るという選択肢がある分だけ、まだ嬉しいわね」
招かれざる客ですまんね、と肩を竦める仮面の怪盗。招かざる客であり決して認めることはないが、ギルドの一歩、二歩、いや三歩は先を行くその的確な情報はフロランスにとって貴重な判断材料であることは否めなかった。
「伯爵が取り寄せた婚約指輪に興味があるようだね」
「──まさか」
ギルドでも上層部しか知らないが、一連の騒ぎに関連し、伯爵から出された依頼郡の調査を行っている。護衛までつけて取り寄せた『婚約指輪』は今回の騒動に措いて重要な存在である可能性が指摘されているところだ。報告書では湖に沈んだと記載があり、先達て回収を指示したところである。
怪盗と仲間たちの実力は報告書の僅かな記述でも充分に示されているが、人数にすれば僅か4名。相手が何者だろうとも、集団ならば殲滅には時間がかかる。
「群れはあらかた退治し追い詰めたのだがね、残念ながら数匹のインプが擬態して逃げたのだよ。白い動物に、ね」
デビルが擬態でき得るのは生物のみであり、インプは姿を隠すことができない。そしてデビルの姿で行動し冒険者に発見されるリスク──全てを鑑みた時、少しでも無事に伯爵の下へ辿り着こうとしたならば動物に擬態するしかない。
普段黒に近い鉛色の皮膚をしているため、インプはその単純な思考で白い動物に化ければ発見されないと思ったのだろう。白いカラスなどは目立って仕方ないはずだが、そこまで考えていないに違いない。
「動物に関係する依頼は注視しましょう。指輪は発見次第回収させます。詳細はその後に」
重要なアイテムを有益に使いたいのは怪盗一味もギルドも同じ。諍いの種には覆いを被せ、再び懐疑と打算を孕んだ一時協定が秘密裏に締結された。
●尋ね猫
ここはパリ――冒険者ギルドのある一角からは離れた下町界隈を、銀花亭の舞台に立つ歌い手・ミランダは歩いていた。
陽が伸びてきたとはいえ、夕暮れも近い時間。所用を終えて、少しばかり遅れての店への出勤途中だったのだが。
「‥‥リ‥‥、リリ‥‥!」
銀花亭への道を人々の雑踏に紛れ歩いていたミランダの耳に聞こえてきた声。
「?」
もう1度雑踏の中から求める声を聞こうと耳を澄ませば、人々のざわめきに途切れ途切れに聞こえてきたのは少女の声だった。
その声は何かを探しているようで‥‥。
「こっちかしら?」
声を頼りに器用に人波を分け歩を進めれば、泣きべそをかきながら家の裏手や店の間の細い路地を覗き込む一人の少女。
どうしたものかと逡巡した後、ミランダは思い切って声をかけてみる。
「お嬢ちゃん、この辺りは最近なんだか野良猫が多いから、引っかかれたりしたら大変よ?」
「! うん、そういう風に聞いたから探しに来たの。‥‥お姉さん、もしかしてミランダさん?」
「あら、正解。‥‥探しに来たってどうかしたの? フィメイリアちゃん」
ミランダは、掛けた声に面を上げた少女が見知った顔であった事に驚きを隠せず、問いかけた。
●群れ集う
「リリィが帰ってこないの。もう10日も‥‥今までこんなことなかったのに」
「リリィってフィメイリアちゃんの飼い猫の?」
銀花亭の主人の娘・フィメイリアが飼っていた猫は、『リリィ』という名の真っ黒な短い毛足にアイスブルーの瞳の可愛らしいメス猫だった。
生まれてまだ1年足らずで、今まで1〜2日ならば戻らない事はあったのだが、これ程長い間帰らない事は初めてらしい。
「鈴付の赤いリボンを巻いてたの。リボンが解けて落ちたりしていなければ付けているはずなの」
リリィの特徴はこれで全部というフィメイリア。猫が多くたむろう場所を聞いてもしかしたらと探しに来たのだが、思ったよりも数の多い猫達の中にリリィを見つけることは出来なかったという。
夕方の客入り前、ほんの少しの閑散時刻。
いつの間にか銀花亭に集まっている近隣の店主達。彼らは、それぞれ自分の知っている話を披露する。
「最近多いとは思ってたけど‥‥」
「引っかかれた傷跡から化膿して、酒屋の奴なんか大変なことになってるしなぁ」
「先の住人が逃げるように引っ越したあの空家まわりにいるみたいよね。住んでる時から随分たくさんやたら猫を飼っていたみたいだけど、全部置いていったのかしら?」
「‥‥面倒を見切れないなら最初から飼わなければいいのにね。飼われた方がいい迷惑だわ」
総菜屋が呆れたように零すと、ミランダはため息をついた。
この近隣の猫は、店をたたみ先ごろから空家になっている家を住処にたむろっているらしい。
店先の商品を持っていかれたり、引っかかれたり。季節的にはやむを得ないが猫達の声も夜通し響き渡っている。
「ただ、飼い猫みたいな毛並みのいい奴もあの辺で見かけるから、一様に野良と決めて捕まえるわけにはいかないだろ」
「そりゃそうだけど、このままにしとくと余計に増えるだろ? たかが猫とはいえ、数が多いとおっかないからねぇ‥‥」
「そういえば、なんだか白い動物を探しているという話も聞いたような‥‥。冒険者じゃないかな、いや、どこぞの貴族だったか」
ようは、野良達をなんとか出来ればそれで良いのである。
数が減って少しおとなしくなれば、猫の都合はどうあれ駆除などという物騒な事にもなるまいとの考えから思い出された話の1つに首を捻り。
「白い猫さんなら、たくさんいたよ? ‥‥すごく綺麗な、珍しい目の色の猫さんをさっき見たの」
けれど、ああだこうだと店主達のやりとりは際限なく。
「駆除するにも‥‥」
総菜屋の女主人は、そこまで言いかけ、見上げる視線に気づいて口をつぐんだ。
「リリィは、人に迷惑かけないもん。大人しい子だもん‥‥」
「そうね。猫がたくさんいるのなら、友達のところについ長居してしまっているのかもしれないわね」
泣き出しそうに顔をゆがめるフィメイリアの頭を抱き寄せ、背を撫でるミランダ。
その様子をみて、店主達は一様に顔を見合わせた。
その後、視線は銀花亭の主人に。
彼らの胸内にあったもの‥‥それは『困った時の冒険者』だった。
「‥‥で、ギルドへの依頼には俺が行くのか?」
「「「当然」」」
「行ってもらえるわよね?」
近隣の店主達の即答に、ミランダの念押し。
にっこり微笑むミランダの隣りに泣きそうな顔で見上げる娘がいなければ、銀花亭の主人の足は、パリの冒険者ギルドではなくどこか遠くへ向かっていたに違いなかった。
●リプレイ本文
●猫をめざして銀花亭☆
「ミランダさん久しぶり♪」
「お久しぶりね、本当。皆の顔が見れて嬉しいわ、初めての冒険者さんもよろしくね?」
軽いノリで訪れたハルワタート・マルファス(ea7489)に微笑を返すミランダ。
見知った顔ぶれに再会出来た事、そして困りごとを聞き届けてくれるという冒険者達がいてくれる事‥‥それがやはり嬉しいようだ。
「ミランダさん、去年は竪琴ありがとう☆」
「あら。それは私からのお礼だから気にしないで」
ティラの手に有る竪琴を見て、ミランダは瞳を細め微笑んだ。
「そっちのお嬢ちゃんは‥‥?」
「マスターのお嬢さん、フィメイリア‥‥フィムちゃんよ」
いかつい店主に似ても似つかない少女は、ミランダの後ろから顔をのぞかせていた。
「おっちゃんのむすめー!?」
店主とフィムを見比べる。むっつりとした表情で押し黙り、店主は何も答えない。
くすくすと笑み零すミランダの様子から察するに、フィムは母親似で、ハルの反応は見慣れた光景なのだろう。
『冒険者』という言葉に、フィムがミランダを見上げ訊ねる。
「ミランダさん、このお兄さん達がリリィを探してくれるの?」
その様子を見て、ミラファ・エリアス(ea1045)は膝をかがめフィムの目線の高さにあわせ微笑みかける。
「大丈夫。ちゃんとリリィを見つけて連れて帰って来るからね」
「‥‥本当?」
「うん、だからリリィの事、もっとボク達に教えてもらえないかな?」
「好きな玩具や食べ物があれば是非教えてください」
ティラ・ノクトーン(ea2276)やロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)に重ねて問われ。何度か瞳を瞬かせた後、フィムは冒険者のお姉さん達にリリィの事を話し始める。
父親から色々話を聞いているのだろう、頼れる冒険者という存在に頼み縋る願いを込めて。
●ねこねこな下町☆
顔を突き合わせ、ひしめきあって暮らす下町界隈は近所付き合いが有る意味必須。
当の空家に猫がたむろう原因や理由を求め、璃 白鳳(eb1743)達は手分けして聞き込みや情報収集にまわっていたのだ。
「猫が好きなハーブ、見つかりました〜」
「それなりに量は揃えられたと思うんじゃが‥‥」
香りが漏れぬよう何重にも包んだハーブを手に、エーディット・ブラウン(eb1460)とヴィクトリア・フォン(eb1055)が戻ってきた。
「お疲れ様です、話や噂の方は如何でしたか?」
「‥‥余り良い状態ではなさそうですね〜」
目を離した隙に、買い置きの食材を齧られたり、持っていかれたり。
追い払おうとして、逆に爪や牙を立てられた住民もおり、猫に対しての怒りや憤りの声は大きい。
「この辺りは、やはりどこも同じ状態ですか」
小さく息をつく白鳳。彼やリオン・ルヴァリアス(ea7027)が聞き集めた話も似通った物が多い。
空家は、元々は食べ物を商う店を構えていたらしく、鼠避けに猫を飼い始めた。
けれど商売がうまく立ち行かず、やがて店をたたみどこか別の町へ移ったという。
猫が増えたためか、余り鼠はみかけない。
けれど鼠に代わり、猫が食べ物を齧り、攫うようになっては近隣の住民にとっては鼠より更に大きな害獣が増えた事になった。
「猫さんに罪はないと思いますが‥‥それでも放っておいて良いことではありませんものね」
「元々猫には集会を開く習性がありますし、過ごしやすい季節ですからね‥‥冬は家に閉じこもっている家猫も、出歩きたくなるのでしょう」
ロミルフォウの呟きに、諭す白鳳もまたすっきりはしなかったのだが。
ただ、これ程の集まり方は、鼠が多くいるからでは納得出来無い。
また、餌になる鼠が多いのであれば、近隣の家々から被害の訴えもこれほど多くはないだろう。
やはり、何らかの要因が他にあるのだろうか?
レイジ・クロゾルムが、バイブレーションセンサーで調べたところ、空家には少なくとも数十匹はいるだろうと言う。
リオンが、その数に眉根を寄せる。
「本当に多いな」
「‥‥いや、白鳳のいうように子供が生まれる時期でもあるからな。それと、猫が多いから本当にリリィかはわからないが‥‥」
空家周辺の植物は『最近赤い鈴付きの首輪をつけた黒猫を見たか』というレイジの問いに『応』と答えたという。
「リリィのような飼い猫も含み、子猫が数十。空家をあけて外を出歩いている親猫達を合わせて‥‥」
「‥‥100を越えるかの?」
白鳳の呟きに、ヴィクトリアが具体的な数を口にする。
――本当に悪魔が絡んでいてくれた方が面白いのだが。
流石に、それは口には出さず。けれど、パリの冒険者ギルドに立ち並ぶここ最近の一連の依頼‥‥。
油断は出来無いと、リオンは件の空家を見上げるのだった。
●ねこも避ける‥‥☆
困っているのは、食べ物などと扱う店の店主達。
常であれば、猫は鼠などに対しての番になる。
けれど、数が増えすぎた。数が過ぎれば均衡が崩れる。それがこの下町の近況だった。
「猫が来て困っているならこれ。庭に植えとくといいんだぜ」
訪問販売張りに、自前の薬草入れから効用のあるとされるハーブや薬草類を並べ、店主達に説明するハル。
各店の店主達に呼びかけて、一時的にでも猫が居辛い状態にしようというのだ。
原因を仲間が解決するまで、暫しの効果で良い。
「なるほどねぇ‥‥置いたり、植えたりすればいいのかい?」
「ああ。こうすればここにいる必要のない野良猫は別の場所にいくだろ?」
‥‥普通じゃない猫は残るかもしれねぇけどな。
とは、口にせず。ハルは、笑顔で店々へ応急処置にまわるのだった。
原因と思われる空家に向かっている仲間が解決してくれる事を信じて。
●ねこ屋敷にて☆
白鳳達、冒険者が空家の扉を開く。扉は軋んだ音をたて、彼らを受け入れる。
響く音に、慌て動く気配。人の来訪に、警戒心の強い猫達が距離をおき逃れようとしているのだ。
人が暮らさなくなって、そう長い時間は経っていないという話だったのだが。
「人が住まぬ家は、荒れるのが早いというが‥‥」
ヴィクトリアが見上げた天井も、床も壁も、長い年月人が暮らさぬ荒れぶりに見えた。
「荒らしたというわけではないのでしょうけれど、猫がいますからね」
鎧戸が閉められたままの暗い室内に、ランタンを灯し白鳳が頷いた。
ヴィクトリアの身体を薄青い光が包む‥‥彼女を包む光が、淡くほのかに消え去ると周囲の気温が明らかに下がる。
フリーズフィールドで空家を包み込み、猫達を退け家内を調べようという試みだ。
防寒具を持たないリオンやエーディットらは、効果の外にいる。
元よりフィリーズフィールドは猫を退けるのが目的。
リオンは猫を盾で牽制したり防いだり、傷つけぬ様仲間のフォローをするつもりであったし、エーディットは、調査する間猫をできる限り惹きつけていようと思っていたため、分担は出来ていた。
かねてよりの用意‥‥テレパシーで、ティラは猫に問い掛けた。
『リリィがどこにいるか知らないかな? 青い目で黒い毛の赤い鈴付のリボンをした子なんだけど』
ティラの問い掛けに、戸惑う猫の思念が伝わる。
さもありなん、見知らぬ人間が何人も猫達の家に踏み込み、更に今、彼らを家から締め出したのは冒険者達なのだ。
目的はともかく、誤解も何も無い事実にティラは一生懸命謝った。
ミラファは猫の好むハーブを用い、またリリィが好むミルクを持ってきたロミルフォウは皿にあけ猫達にふるまい、エーディットはじゃれ好む玩具を見せて猫の気を惹く。
彼女らが、敵愾心がない事を訴え示すうち、ハーブに酔ったか、腹が膨れて気をよくしたかはわからない。
けれど、ようやくティラの語り掛けに応じてくれた猫が教えてくれた。リリィの居る場所を。
リリィが見つからなかった理由‥‥目印のリボンをしていなかったのだ。
『きみ達の”にゃんこキング”は誰かな?』
『捕まえにきたの?』
ハーブに酔う様子を見せない猫は、猜疑心の強い色で見上げる。慌てて否定するティラ。
『キングに話した方が、猫さん達も話がとおりやすいかなって思っただけだよ』
『‥‥そこ』
茶虎の猫が鼻先で示した先には、エーディットの持つハーブに酔い、棒にじゃれころころ転がる黒に近い深緑の毛並みの猫が居た。
「‥‥」
「‥‥え? え? なんですか〜?」
ティラの視線に戸惑うエーディット。
「あのね、その子がにゃんこキングなんだって」
ティラが指し示した猫を見て、3人とも、目を見合わせた。
突然訪れた寒さ‥‥、冬へ逆戻りしてしまった気温に戸惑い、寄り添うように部屋の隅にうずくまってしまう猫達がいた。
ぬくもりを共有し乗り切ろうというのか、部屋の隅にあって動かない。
寒さを物ともせず、『猫ではないものが居座っている』ようには見えなかった。
魔法の効果は1日は続く。常の冬であればまだしも、この魔法の中、ただの猫が留まれば命を失う。
計算外の事に、ヴィクトリアと白鳳は戸惑った。
けれど何とかここから移動させねば猫が凍えてしまう事から警戒心は解かず、何とか猫をこの空間の外へ連れ出そうと手を伸ばしたのだが‥‥。
小さく唸り、敵愾心を露にする猫達。
「‥‥痛っ‥‥」
「白鳳‥‥!」
大丈夫だと、ヴィクトリアを片手で制し、白鳳は引っかかれた手の甲を抑えた。
突然、『家』に踏み込み何かをしたらしい事は言葉が通じずとも猫達に伝わったらしい。
元より、野良猫の方が多い上‥‥人に置き捨てられた元・飼い猫もいるのだろう。
彼らの瞳は、人を信じていない‥‥そんな瞳だった。
寒い空間に新たな来訪者。
黒い猫を抱きかかえたエーディット達だ。
「その猫が‥‥?」
「リリィはこちらですよ」
ロミルフォウが笑顔でリオンの問いに答える。
「それじゃ後は猫達をここからどうにかするだけだな」
「ええと、それもね、にゃんこキングが皆にお話してくれるって」
ティラがエーディットの腕の中にいる猫を見る。
黒猫はすたり彼女の腕の中から降りると、白鳳の傍らにいる猫達に鳴きかけた。
「餌を誰かが与えていた様子はありませんでした。鼠の姿も無い‥‥どうして集まっていたのかは、わかりましたか?」
「あのね、困ってた猫さん達のところへ、にゃんこキングが来てくれてから‥‥キングの呼びかけでこの近くの猫さん達が皆ここで協力して暮らすようになったんだって」
「そのような影響力を持つ猫が‥‥?」
件の騒ぎの影響であれば、当該の猫は白猫であるはず。
「本当に前の飼い主さんが酷かったみたい‥‥そう、キングと猫さん達は言ってたよ」
ハーブに酔い、くってりしたリリィを抱え一度冒険者らが戻ってきた。迎えてくれたフィムに、ロミルフォウはリリィをさし出す。
「リリィ!」
「ちょっと酔ってしまったのだけれど、元気ですから大丈夫ですよ」
ロミルフォウの腕の中から、リリィを受け取り抱きしめる。
「リボンを無くしちゃって、皆と探してたんだって」
「お姉さん、リリィとお話できるの?」
ティラの言葉に驚き、彼女達とリリィを見比べる。ティラは、笑顔でそれを肯定した。
「リリィはフィメイリアちゃんにたくさん心配をかけたけど、あんまり怒らないであげてね?」
「うん、ありがとう。おかえり、リリィ」
フィムはミラファに頷くと、ようやくかえって来た家族に頬を寄せるのだった。
●ぱにっくの後☆
そもそもの原因は、今は空家となっている家の前の住人が、飼い切れない数の猫を家に留め置き、そして猫達をそのまま置き去りに引っ越してしまったから。
元より、猫達にとって良い環境とはいえなかった場所だったけれど、彼らにとって家は最初からそこだった。
飼い猫というのは餌を与えられて育った為、狩りが出来無い。
餌が無ければ生きてはいけない‥‥そんな中、得られた思わぬ庇護。
やがて、雨風を避けるに丁度良いと、野良猫も集まり。
数が増えればコミュニティとなり。自然、猫達の溜まり場となっていったのである。
そして、集まれば春という恋の季節。自然、子猫が生まれそして数が増えていく。
数が増えれば、近隣の餌も足りなくなる。猫も食べなければ生きていけない。やがて、棒で追われる事がわかっていても、店先の商品に手を出すこととなった。
「そもそも、ご店主さん達の依頼に沿うには、原因というよりここで暮らさなければいけない要因を取り除かなければいけませんね」
猫達が暮らしても良い場所をみつける=猫たちの里親探しをするのである。
ミラファの話に、同様の事を考えていた白鳳が頷く。
「そうですね‥‥約束した事ですし。では私は、銀花亭のお客様やギルドを訪れる様々な人に、猫を欲しがっている方がいないか、聞いてみましょう」
「飼い主探しはわしも手伝うぞ」
「それでは、私は近所の人達に猫を飼わないか訪ねてみますね〜」
何せ猫の数が多いのだから、手は多いほど良い。
ヴィクトリアやエーディットも請け負って皆で手分けしての里親探しが始まった。
「優しい飼い主さんに恵まれるとよいですけど‥‥」
第一印象も大切だから‥‥ハルやロミルフォウも手伝い、猫達の毛並みを整えてあげたり、顔を綺麗にしてあげて。
ティラがちょっぴりテレパシーを使って、語れぬ猫達の気持ちの仲立ちをしてあげたり。
リオンが、探し縁結ぶ飼い主のほとんど若い女性なのは、彼のクールな容貌とその立ち居振舞いやスキルゆえだったかもしれない。
白い毛並みに黒斑。エーディットの抱えるどこかコミカルな模様のその猫は、最後の1匹。
性格は温厚なのだが、どうも顔の受けが悪いらしい。けれど‥‥。
「お姉ちゃん、その子、大事にするから私もらっていい?」
里親探しをしていたのは知っていたけれど、ようやく今日になって親が許してくれたというのだ。
エーディットは腕の中の猫と、その猫を見つめる少女を見比べる。
おずおずと少女が差し出した手になでられ瞳を細める猫を見て、エーディットは微笑み。
「可愛がってあげてくださいね〜」
「ありがとう!」
懐いてくれる子が居たら、と思っていたのだが‥‥可愛がってもらえるならば。
「猫がおれば、鼠も減る。何事も過ぎれば害になるが、家に1、2匹ならば良い同居人となるじゃろう」
住居を変えること、それは猫にとって精神的・肉体的に大きな負担となるのだけれど‥‥。
元々野良暮らしで、馴染まぬ猫もいたのだが、冒険者達は猫にも人にも無理強いはせず、穏便に両者に良い様計らい努力する事を忘れなかった。
そうして、今度こそ猫がくらしやすい場所になるように。
その様子を見下ろす存在‥‥立ち上がり、屋根の上から下町の様子を見下ろしていたソレは、前足をおろした。
艶やかな深緑の毛並みを持つ猫は仲間達の様子を見届けると、そっと空家を後に去っていった。