●リプレイ本文
●彷徨う骸は‥‥
「哀れな。神の恩寵すら拒み、この世に帰還したところで‥‥」
――永劫の苦しみが待つだけだというのに‥‥。
永劫の苦しみから逃れる為、戻るものとてあるのではないだろうか?
想いが残り、凝る。凝った想いが、この世に留め置き、引き戻す‥‥哀れな亡者達が、この世になんと多きことか。
依頼を受け冒険者らが訪れた村、そこは静かな寒村だった。
カイエン・カステポー(ea2256)の言葉は、静かな村内に吸い込まれるように消え。
彼らは、墓から消えた娘の家を訪れていた。
「亡くなっとるんは、皆年寄りばかりなんか?」
犠牲者について、村人に訊ね回っていたアルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)は情報を集めた後に両親のもとへ来ていた。
襲われた村人は、全て亡くなっており、翌日昼に遺体が見つかる事で死亡が確認されていたという。
「だから、目撃者がいないのか」
唸るようなカイエンの呟き。
獣に襲われるような跡は無く。斬られた後でも無い事から強盗の類でもないという話になったらしい。
「病気で亡くなられたそうですが、ご両親には何か心残りなどがあったのかご存知でしょうか?」
「小さな頃から体が弱く、長くは無いだろうと言われ育ちました。何度も危うい時がありましたが、ミルツァはその度に乗り越えてくれましたよ‥‥」
心残りがあったかはわからない。
けれど、亡くなる前は、それを受け入れ少しでも悔やまぬ様日々を送りたいといっていた‥‥と、サーシャ・ムーンライト(eb1502)の問いに母親は答えた。
「あの‥‥やはり、娘が‥‥なのでしょうか?」
娘の両親は、疲れた表情をしていた。おずおずと、サーシャらに問い掛ける。
無理も無い、長患いの末、一人娘のミルツァを亡くし。
今また、その娘がズゥンビになってさ迷い歩き、村人達を殺してまわっていると言われれば‥‥精神的な疲労は、計り知れない。
アルンチムグが、気にかけていた事‥‥病気で亡くなった娘・ミルツァの両親は、生まれも育ちもこの村。
村内や近隣の村に異国からの移り住んだ者もいないという。
一方、墓守の老人の下を訪れたのはオリバー・マクラーン(ea0130)とウェルナー・シドラドム(eb0342)。
件の娘が葬られた墓の傍である。
「彼女の遺体は、どのような状況で発見されたのでしょう?」
「見つかったという話は聞かんよ、知らんな。墓が空だったから、墓の主の娘だと村の者が騒いでおるだけだろう」
老人の返答はそっけない。ウェルナーが、重ねて幾つか問うも、返る答えは変わりないものばかり。
進まぬ問答に、ウェルナーがオリバーに視線をやると。彼はひとつ頷いて、角が立たぬ様配慮しつつ老人に再度訊ねかける。
「目撃者はいないという事なのでしょうか? それでは、その娘さんが埋葬された時の事を教えていただけませんか?」
「見たという人間は知らん。わしも見とらん」
村人からも散々問われているのだろう、煩わしそうな表情を浮かべる老人。
けれど、埋葬された娘の事を語る時だけは、その表情が幾分寂しげな物になったように彼らには見えた。
「ミルツァは、長患いの末だったからな。死んで初めて長い病の苦しさから解放されたんだ。親達が、綺麗に化粧してやって、着飾らせてやったのもあるんだろうが‥‥穏やかな綺麗な死に顔だったよ」
娘の名誉を傷つけぬよう配慮し、村人へ問い掛けていたバルバロッサ・シュタインベルグが得られた情報も似たようなものばかり。
依頼に来た村人も言っていた‥‥『そんな娘じゃなかったろうに』、と。
●待ち人
有益な情報はさして得られず。
近隣の村の家の数は、少なくない。
全てを見てまわることは出来ず、また、娘に縁あると思われた家々にも、娘の身を隠すような様子は無かった。
昼間の内に、見つからなかったため、彼らは結局娘が歩き回るという犠牲者の出る夜を待つ事となった。
その間、村の人間の不要な出入りが無いかカイエンが見張っていたが、冒険者らが討伐をするという段に危険を避ける為か、出入りはなくひっそりと村の日は暮れていった。
「彼女は果たしてただのズゥンビなのでしょうか? それとも‥‥」
「さて、それは確かめて見なければわかりませんが‥‥」
ウェルナーの疑問に、オイゲン・シュタイン(eb0029)は回答をもたず。
冒険者が、時間を過ごすに借りた村はずれの家。
娘は村を訪れるだろうか‥‥。
「‥‥墓守の爺さんか? 出歩くなといったのに」
舌打ち1つ。カイエンの視界の先に、現れたのは墓守の老人だった。
「待ってや!」
警告の為、家を出ようとしたカイエンを留めたのはアルンチムグ。
「もう一人‥‥女性ですか?」
仲間達よりやや視力に優れたオリバーの指摘。一斉に、窓の外を見た彼らの目に映ったのは‥‥病死した娘だった。
「何かを話している‥‥?」
「爺さんが黒幕か‥‥!」
「‥‥違っ! 危ない!」
責めるため。現場を抑えるために飛び出した者。
そして、後者は彼女を留める為に‥‥。
●訪れる災厄
月明かりの降る晩。
黒髪の娘は、素足のまま村の外を歩いていた。
目の前に現れたのは、老人だった。
見覚えは無い。
けれど‥‥。
「‥‥貴方の声、覚えているわ。私と兄さんを見捨てた人ね。やっと、見つけたわ」
彼女は笑う。
ミルツァの顔をした何かが。
「墓を彷徨っておったのは、そうか。やはり‥‥」
白い手が、項垂れる老人に伸ばされた。
「よせっ!」
扉の開け放たれる音。
数人の足音に、ミルツァはそちらを向いた。
「‥‥冒険者」
老人の驚きに満ちた声に、彼女が笑う。
伸ばされた手は老人の細い首を掴み。襲う痛みに、老爺の苦痛な叫びが響く。
「離せっ!」
ウェルナーは、駆け抜けざまミルツァの右腕に2線の剣筋を走らせ、老人を彼女から引き剥がす。
地に転がり、痛みにうめく老人をオイゲンが背に庇い癒した。
斬り付けられた腕を、無感動に眺める娘は刀を、剣を、突きつけられ囲まれてなお微笑んでいた。
「生き行くものには試練を。死にいくものには安らぎをもたらせん。われ、タロンに使えし者、この世に、正しき裁きと、神の国をみいださんとするものなり」
「安らぎ? 神なんていないわ」
カイエンの日本刀の切先を前に、彼女ははっきりと言い切った。
「神がいるなら、どうしてあの時私を見捨てたの? どれだけ助けを求めても応えてくれなかった。その人たちが、ほんの一晩倉庫でも納屋でも屋根の在る場所を貸してくれれば」
「恨みがあるからこの世を離れられないのですか?」
オリバーが、剣を突きつけたまま問い掛ける。
情報が足りない。話の脈絡が繋がらず、けれど事情を知っていそうな老人は話せる状態に無い。
「恨みじゃない‥‥許さないだけ。どいて」
「私のすべきことは一つ‥‥倒すのみだ」
話が通じないと判断したか、鋭い切先、カイエンの日本刀が翻る。
固い音が幾つも跳ねる。斬り捨てられた刃の下、娘の身を飾る色石を束ねる紐ごと絶たれたからだ。
けれど、地に転がったのは装飾だけ。
白い白い肌の下、血が流れる事無く肉色を晒す娘――かつて、ミルツァであった女は、斬られた胸を撫で下ろす。
そして、もう一方の手でカイエンの喉元をその白い指先で薙いだ。
「酷いわね、やっと手に入れたのに。若い体‥‥昔の自分に戻れると思ったのに。邪魔をしないで?」
「‥‥っ!!」
鈍く走る痛みに、眉を顰め。咄嗟に、オイゲンが前に出てライトシールドで腕を弾き、カイエンを後ろへと庇う。
「ズゥンビじゃない死者‥‥レイス、ゴーストでしょうか?」
ならば、自身の短刀ではダメージを与える事が出来無い。ウェルナーはオリバーを見る。
小さく頷き、自らのロングソードにオーラを与えるオリバー。
「大丈夫ですか?」
カイエンの側に膝付き、サーシャがリカバーを施す。癒しの光がカイエンを包む。
触れれば傷つける‥‥その対象は、
「レイス、ですね。死体に憑依しましたか‥‥」
オイゲンが持つのはクルスソード。それでは『彼女』にダメージは与えられない。
「煩いわね」
盾に弾かれる指先を、一瞥し。彼女はオイゲンの向けた剣に構う事無く、カイエンの傷を癒していたサーシャを見つめた。
「貴女、とても綺麗ね。貴女の体でもいいわ‥‥明渡してなんていわない。欲しいなら奪えばいいんだもの。弱い者が悪いんでしょう?」
黒髪の乙女は、サーシャに向かい微笑みかけた。
煩わしい想い等何もない。自分の行いが歪んだ事である事など思いもしない‥‥それゆえに純粋な、求めに無垢な微笑。
ゆっくりと伸ばされた娘の手指は、月光を返し白銀に輝くサーシャの髪へ。
彼女の指先は、死をもたらす。
触れたものを侵し、痛みを与えるその手指‥‥。
「‥‥っ!」
手に在る銀のダガーをサーシャは握り締めるた。
生者に害なす繊手を突きつけられてなお‥‥。
浄化は叶わないのだろうか‥‥僅かな逡巡。
「触られたらあかんやろ!」
触れられるわけにはいかない。彼女の手は、そのまま凶器。
リュートベイルを盾に、アルンチムグは当身を食らわせ彼女ごとサーシャの近くから弾き飛ばした。
地面に転がり、擦った箇所からずるりと白い肌が剥ける。
そんな傷を一瞥し、そしてアルンチムグを見あげた瞳は、暗い怒りを宿していた。
「邪魔ばかりするのね。皆‥‥皆、死んでしまえばいいのよ!」
叫ぶ彼女は、身体を捨て去る事無く冒険者らに襲い掛かった。
心残りがあって浄化出来無いのならば‥‥と思っていたサーシャは歯噛みする。
天へ還る事を拒むどころか、彼女は村人達が死に絶えるまで、その手を振るう事をやめないだろう。
「‥‥仕方ありません」
オリバーから、オーラを付与された短刀「月露」を握り、ウェルナーはその指先を弾く。
迷いは、判断を鈍らせる。冷静な判断――彼は、浄化を諦め絶つ事を選んだのだ。
白く淡い光が、サーシャを包む。
「‥‥もう、眠ってください」
願いにも似た呟き、放たれたのはホーリー。詠唱が結び、彼女を捕らえる。
オーラまとう剣に割かれ。ずるり、崩れ落ちた身体から青白い炎が溢れる。
「せめて安らかに‥‥!」
オーラ纏う剣が、炎を割いた‥‥悲鳴に似た細い叫び。
幾重にも振り下ろされ、薙がれる軌跡に、炎はやがて掻き消えたのだった。
●天にたなびく
手当てを受け、老人の傷は癒えた。
ぼそりうめくように呟かれた言葉‥‥。
「この辺り一帯が飢饉だった。旅人を受け入れる余裕は無かった‥‥」
そして、彼女は飢えた野犬らに襲われ、生きたまま食われ死んだのだろう。
助けを求める声に、救いは無かった。
扉を開ければ、自分たちがその牙にかかるかもしれず、開けられなかったと言う。
『彼女は死後、運悪く遺骸が事件に巻き込まれた』
退治後、オイゲンはそう遺族に伝えるつもりだった。
弔いは遺された者のためにするものだと、彼は思っているから。
けれど、結果的にミルツァは、彼女自身も巻き込まれた犠牲者だったのだ。
訪れた平和、過去の災厄など何もしらない子らを前に、彼は神の声を教え諭すのだった。
カイエンは言う。
「『昇天した』と言うより、『成敗した』という方が、より多くの人に安らぎをもたらす場合がある。他に傷つけられた、多くの人達にとってな」
確かに、『彼女』を知らない村人達にとってはなおさらだろう。
誰を責めれば良いのだろうか?
当時を知るものは、もう殆ど残っていない。
けれど、『彼女』はずっと忘れなかった、忘れる事など出来なかったのだ。
刻まれ、損なわれたその身を、遺族に返すことははばかられ。
冒険者の手で、ミルツァは土の中に還された。
オリバーは、帰る場所も判らず埋められた旅人達の墓標に花を添える。
気休めに過ぎないことは判っている。
最後まで『彼女』は、村人達を、生者を憎んでいたのだから‥‥。
「あの爺さんは、なんで墓守になったんやろな?」
「さあ‥‥。贖いのつもりだったのでしょうか」
彷徨うレイスを見知り何もしなかった事は、贖罪にはなり得ないのに。
墓守の老人は、ミルツァを再び地へ還した後、『彼女』の墓標を眺めていた。
アルンチムグが見つめるその背は、とても小さく。
「難しい、ですね‥‥」
呟くサーシャの声に、ウェルナーは小さく頷いて。
サーシャは我が身を抱きしめるように腕をまわした。
感情が昂ぶるのではなく、底冷えしたのだ。余りに仄暗い虚ろな彼女の瞳の色に‥‥。
けれど彼らは、それでも祈りたかった。
せめて『彼女』の魂が天界にて安らかなることを‥‥。そして、亡くなった村人達の冥福を祈って。
墓場に青白い炎が彷徨う事は、もう無いのだろうか‥‥。