●リプレイ本文
花に想いを込め、流す‥‥流れる想いの数々は、何処へいくというのだろう‥‥
●舞
自身も花の如き、銀色の乙女――サーラ・カトレア(ea4078)は、一人静かに花籠を編んでいた。
彼女の身内に在る願い‥‥最高の踊り子になるという願いを、想いを込め、ゆっくり丁寧に編んでいく。
煩う者も無い初夏の空の下、風に揺れる草ずれの音だけが響く場所。
花摘み篭に摘んだ花を、また野辺に咲く花を用い、一花一花編みこみ、籠を形作る。
「‥‥ぁ‥‥」
揺れる草葉に攫われるように、手元から転がり落ちた花摘み篭。
サーラの願いが込められた花籠は、彼女の手の中に。
安堵の息を吐き、サーラは花摘み篭を拾おうと、花籠を編む手を止めれば、吹き抜ける涼やかな風‥‥。
そんな風に煽られふわりと舞う髪を抑え、ふと、サーラは空を仰ぎ見た。
「‥‥たまには、こうして静かに送る時間も良いものかもしれませんね」
気がつけば、まれな穏やかな一人きりの時間。
踊り手として、冒険者として‥‥慌しい時を送る彼女の、願いに向き合う短いけれども確かな時間。
ひたすらに想いを込めた花籠が‥‥願いが、地の星となりて、流れ滑る様を思い浮かべ、再び、サーラは籠を編み始めた。
祈花祭の花籠灯篭を作るためには、まだもう暫く己と向き合う時間が続きそうだった。
●別
「花に祈る祭りか。優雅でいいな」
ここのところ、殺伐とした依頼ばかりだった事もあり、偶の息抜きも兼ね、ラシュディア・バルトン(ea4107)は祈花祭へと訪れていた。
彼が冒険者を始めて約一年。
祭りの謂れからも、区切りをつけるに丁度良い‥‥そう思い、ラシュディアは花籠を編み始めた。
見知った仲間に花籠を編む理由を問われれば、持ち前の明るさから笑んで「もう二度と酒場で酷い目に遭わずに済むように」と答えていた彼。
本当の彼の花籠は違う理由だったけれど、それは言って楽しい理由ではないし、聞いた人を不快にさせてしまうかもしれない。
ラシュディアは、ある男への負の感情を流してしまおうと思っていた。
彼は、昔‥‥10年位前からずっとその男の事が嫌いだった。
その男は何もできない男だった。
男は騎士の家に生まれ、期待を受けて育ったものの、体力に乏しい者に騎士を勤める事など難しかった。
毎回失敗しては、己が原因なのに勝手にいじけ捻くれ‥‥本当に無様な男だった。
あげく、男は耐え切れなくなり、全部の責任を放って逃げ出した。
ラシュディアは、その男――鏡の中の自分自身が大嫌いだった。
でも、もういい。この一年、人と出会い変われたと思う。
それに色々な無様な過去も、今に繋がっていると考えれば、それも赦してやっていいと思えるようになった。
全てわだかまりが、消える事はないだろうが、それでも。
これから胸を張って生きるためにも、今この想いに決着をつけ、流そうとラシュディアは思った。
流れ去る過去の自分は、決別ではなく乗り越えた証。
良きに変われた出会いこそが、彼にとっての花籠だったのかもしれない。
●形
ニュイ・ブランシュ(ea5947)の編む花籠は、白い花と青い花。
蝋で封じてしまえば、わからなくなってしまうが、どうせなら香りも良い方がいいだろうと花を選びながら編んでいく。
想いを込める花籠に、ニュイは特に強い思い入れもないまま黙々と編み続けていた。
込める想いは人によりけり‥‥けれど、ニュイの周り、縁を近くする人々には故人はいない。
家族全員、息災。元気そのものである。
節目をつけるような想いもまた、ない。
ささやかな、平凡な冒険者の日々‥‥過度の求めも足らぬ想いも無く。
ニュイ自身は、美味しい菓子を食べる事が出来ればそれなりに幸せだった。これ以上の欲をかく事も無い。
ただ、せっかく祈花祭まで足を運んだのだから‥‥と花籠を編み始めたのだった。
無意識に選んだ花色は、ふと思い返せば姉を象徴する色である事に気付く。
本当であれば、姉こそがこのような祭りを好んだかもしれない。
けれど、パリに居なかった姉とは、訪れる事が叶わなかった。
ならばいっそ、姉の代わりで作っても良いかもしれない‥‥そう思うと、よりニュイの花籠を編む手が丁寧になる。
思えば、自分がここまで大きくなれた事も姉のお陰かもしれない。
いつも自分におやつを作ってくれた姉‥‥欠食児童のように、常から(出来れば美味しい物を)求めるニュイにとって、それは重要な事である。
もしかすると姉がいたからこそ、今のニュイがあるのかもしれない。
ともすれば無茶をしがちな姉。大怪我などしなければ‥‥そう願う。
要とする物は違えど、同じ冒険者の道を歩む今。
「‥‥よし。花籠への願いは『ねーちゃんがいつも元気でいますように』だな」
込める想いを見つけ、湖へ流す時を思い浮かべ、ニュイは一目一目丁寧に編んでいくのだった。
姉と等しい白と青の花で‥‥
●決
「ジャパンでも似たような事をやるようだが‥‥それともこちらが真似ているのか‥‥」
花籠作りに静かに賑わう湖畔を訪れ、ロックハート・トキワ(ea2389)は、眺め呟いた。
人の本質というものは、どこの国とてそう変わるものではないのかもしれない。
何かに託し求め、許しを乞う‥‥祈りを求めるモノは変われど、祈りの無い国がないように。
幸いな事に(?)、彼の2つ名は、水辺の村迄は聞こえ響いてはいなかったようだ。
ロックハートは余計な事は喧伝せず、花には詳しくなかったものの持ち前の手先の器用さから、上手く花籠を編んでいた。
籠を編む時間はたくさんあった。誰にも邪魔されないような場所で、一人のんびりと編み続ければ、自然、自分に向きあう時間も多く。
――本当に自分の探そうとしているものは在るのだろうか?
在ったとしても、今の自分で如何にかなるのかもわからない。
最近のパリは物騒になっているし、理由も知っている‥‥自分は生き残れるのだろうか‥‥。
悩みは尽きず、思い煩いも尽きない。ロックハートの胸に過ぎる過去の群像。
――自分は目の前で少女を見殺しにした、同じ過ちを繰りかえさないようにできるのだろうか。
数々の自問の答えはまだ‥‥でない。
思いの深さに、知らず花籠を編む手が止まる。
過去を悔やみ、未だ訪れぬ時間を想い踏み出す事をためらっていても、先へ進む事は出来無い。
とりあえず‥‥そう、己に前置いて、彼は今の目標を定めた――『今を生き残る』事を決める。
生きていなければ自分の問いにも答える事が出来ないのだから。
そのために強くなりたい、ロックハートは強く願った。
生き残るためには、自分や他人を守れるぐらい強くなるのが一番の近道だと思ったからだった。
彼の想いと願いが込められた花籠は、静かに夏の星の湖へと流れていくのだった。
●逢
ヒスイ・レイヤード(ea1872)は、今の季節の花は何があっただろうか‥‥花々を、編むべき花籠の形を思い浮かべ思案に暮れる。
祈花祭は、花籠を編む祭り。
まずは、花籠を作らねばならない。
ヒスイは、一目一目、丁寧に編みながら一人ごちる。
――いつになったら出会えるのだろう‥‥?
――あれから何年過ぎたのだろう‥‥?
未だ見つからぬ恋人の手掛かり。
思いたくもないけれど、もし、世を別つ事になっていたとしても‥‥それでも、再び出会える事を、ヒスイは信じていた。
けれど、そう願い信じる反面、会えたとしても恋人は自分だと気付かないかもしれない――形見となってしまった、思い出深い髪飾りに触れるにつれ、想いは募り。
変わってしまった自分に零れる小さなため息。伸びた髪‥‥変わったのは、外見だけか、それとも‥‥。
そうして、求める恋人に再び出会える事を願い編まれたヒスイの花籠は、綺麗に蝋でその姿のまま封じられ。
祈花祭の水辺に浮かぶ。
「‥‥綺麗だわ」
ほう、と零れた吐息は想い煩いではなく、感嘆。
揺れるたくさんの花籠の灯かりに、流す人々の想いが遥か彼方へ届くといい‥‥そうヒスイは思い、眺めつづけるのだった。
●歌
花籠を編む間、何度か崩れた天候に、当日の空模様が危ぶまれた祈花祭。
けれど、それも幾人もの願いが空に届いたのか‥‥祈花祭の夜には、降るような星空が広がっていた。
星の瞬きを前に、ラテリカ・ラートベル(ea1641)は小さく息をつく。
そこには、彼女が思い浮かべていた夢のような光景が広がっていたからだ。
「お星様とキャンドルの炎がキラキラで‥何だか、自分もお空に浮かんでるみたいですねっ」
目の前に広がる星の空と湖を見上げ呟いた。
手先の器用なラテリカの編んだ花籠は、彼女自身の手で綺麗な形のまま、ふわり‥‥水面に浮かべられた。
ラテリカの想いを乗せて、流れ行く花籠。
彼女は、今は亡き父母を想い、それを編んだ。
編む間、両親との色々な思い出が思い返され、ラテリカの身内に溢れた。
会えるなら、また会いたい‥‥そう願う事は、両親が如何に自分を慈しみ育ててくれた現れ。
楽しかった事、悲しかった事‥‥たくさんの思い出。
その中でラテリカが1番伝えたかった、込めた想いは――『ありがとう』だった。
そんな花籠に託し乗せた想いが、父母に間違いなく届く様、ラテリカは少女ゆえに澄んだ高く遠く響く声で、歌い始めた。
湖畔で祈る他の人々の邪魔にならぬよう、そっと歌われる父母へ贈る思い出の歌。
揺れるキャンドルの灯かりを見送りながら、想いを込めて歌われるラテリカの歌は、ラテリカの思いと祈りと感謝をのせて、夜空から父母へ届く事だろう。
●流
「最近物騒な噂が多いし、そーゆーのから逃れてのんびりするのもいいかなぁ」
ギルドで話を聞いた時には、そんな気安い気持ちで足を向けてみた祈花祭。
けれど目の前に広がる星の海に、エグゼ・クエーサー(ea7191)は、心に浮かぶ気持ちのまま灯火に手をあわせ組み祈った。
彼が訪れたのは、花籠に乗せ流し去りたい自分が居たからだった。
不甲斐ない我が身、けれど不甲斐なさより何より、本当にエグゼが流し去りたかったのは、狭い世界に閉じこもって広い世界のあることを知らない‥‥狭い知識にとらわれて大局的な判断ができなかった井の中の蛙のような自分だった。
水面に浮かび、流れる花籠。
透かし零れるキャンドルの炎が揺れる。
依頼の中で思い知った我が身の未熟さ‥‥苦い記憶は、未だ身内に燻りつづけ。
だが、エグゼとてそこで終るつもりなど無く。
このままでは終らない‥‥そんなこれから先への決意も込め、エグゼが編んだ花籠は、今は湖に浮かぶ星の一つ。
願いを託した花籠を見つめる彼に、掛けられた仲間の声。
笑ってエグゼは、込めた願いの欠片を話す。
「死にませんよーに‥‥、店が繁盛しますように‥‥とかかな?」
趣味が高じて生業となった料理とて、生きて冒険の道を歩み進めてこその道。
続けて祈り願った、宣言にも似た言葉‥‥茶化す仲間に、苦笑を返し。
心の中の願いを口に。花籠に託し、エグゼは祈った――いつか、ジ・アースの兄ともなれる大きな存在になれれば、と‥‥。
●新
祈りとは、誰かに願いを叶えて貰うために行うものではなく、『自らがその目的を果たすことを誓う行為である』とアハメス・パミ(ea3641)は考えていた。
花籠にこめられた彼女の想いは、来るべき戦いへの決意を新たに。
幾度か崩れた天候に、不満や悲しげな声が聞こえた花籠を編む期間。
アハメスも、常であれば雨は嫌いだった。
けれど、彼女にとって雨音だけが響く空間は、作業に集中出来る、自分の内面に向かう事の出来る時間ともなったのだ。
そうして、黙々と花籠を編む間に、思い返したノルマンに来てからの日々‥‥救い得たかもしれない命、心ならずも手にかけた命に想いを寄せ、二度と同じことを繰り返さない事を彼女は誓った。
やがて編みあがった花籠は、彼女の姿勢を写したかのような、質素な花籠だった。
遠い母国を思い花籠に編み加えられたスイレンごと、蝋で固めキャンドルを灯し浮かべたアハメスの花籠は、湖上の星々と、天上の星々とに紛れ‥‥。
あふれる小さな瞬きを見つめる。
アハメスにとって想いの深い星が夜空に無い事だけが残念だけれど、彼女の想い‥‥誓いを託した、花籠の星は煌きの中に在る。
尽きぬ物思いに耽るアハメスは、星の輝きが薄れて来た事で、もうじき夜が明ける事に気付いた。
湖上の星は、流れ消え。天上の星は、陽光に霞み。
それは、想いに返る時間が終る事を示していた。
アハメスはゆっくりと湖畔を後にした。
誓いを胸に、朝日と共に歩みだす一歩は、これからの日々の新たな一歩。
花籠は流れ、想いを届ける形代。
祈りは高く、願いは空に。
花籠に込められた祈りや願いが、花が実を結ぶよう形作られる様‥‥