負う罪状、科す宿業

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月20日〜09月25日

リプレイ公開日:2005年09月28日

●オープニング


 ‥‥ごめんなさい、ごめんなさい
 ‥‥約束を守れなくて

 ‥‥いられない
 ‥‥もどれない
 ‥‥あうことも、できない。。。


●罪状
 夜陰に紛れ、潜み、忍び寄る‥‥。
 村に凶刃振るい襲い掛かったのは、夜盗の一団だった。
 数度に渡り、下見し調べ尽くしたその村を、夜の闇の中で襲う事等、造作もなかった。
 村独自の自衛は拙く、近隣からの救い手も見込めず。
 領を治める自警は遠く。
 夜盗にとって、それは楽な仕事だった。
 蹂躙し、陵辱し、叫びと、悲鳴と、血を求めた。

 夜盗の一人が押し入ったのは、その中でも女一人で暮らす家。
 物が落ちる鈍い音。
 陶器の落ちる派手な音。
 響き渡る女の悲鳴。
 時同じく村中のあちこちであがる声。
 助けを求め、許しを乞い、嘆き、怒号、呻き‥‥嘲笑。

 けれど、低く下衆な笑い声が途切れ。
 変わりに響いたのは‥‥男の叫び。

 聞くに堪えない汚い言葉と共に、叫びのあがった家を仲間が覗いた。
 薄暗い家の中、差し込む僅かな星明り。
 濡れた床に転がる男の首と腕が、有り得ぬ方を向いていた。

 血溜りの中に、座り込んでいた女の瞳は緋色の輝きを放っていた。


●宿業
「村が夜盗に襲われたの」
 そう語る依頼人であるエミナの顔や腕にも醜い青痣があった。
 襲われた翌日、まだ混乱残る村を抜け出し、エミナはギルドまで来たという。
 再び襲われることを恐れての護衛か、夜盗討伐を頼む依頼なのか‥‥用向きを受付係が訊ねると、エミナは違うと首を横に振った。
「人を、探して欲しいの‥‥」
 エミナが探して欲しいと願ったのは『蜂蜜色の長い髪に碧色の瞳、白い肌の20代半ば程の女性』。
「その女性が浚われたのでしょうか?」
「いいえ、いいえ‥‥違う、違うの」
 問いかけにエミナは再び首を横に振る。
 いつの間にか、彼女の頬を涙が伝う。
「探して欲しいのは、サーヤ。彼女は、ハーフエルフだった‥‥」
 サーヤは、村の出だった冒険者の夫と共に、数年前、村へ移り住んできたという。
 サーヤ自身も冒険者だったというが、今は辞め、冒険に出る夫の帰りを待つ一介の主婦。
 多くは無い村人達。広くは無い村の中。
 年の近いエミナとサーヤは、すぐに仲良くなったという。
 けれど、彼女はハーフエルフである事を隠し、村に住んでいた。
 何事も無く過ぎていった数年間。そして、これからも平穏であればきっと何事も無く過ぎたであろう時間。
 唐突に訪れた凄惨な夜に、彼女もまた秘めていた事実を村人たちの前にさらけ出す事となってしまったという。
「彼女が戦ってくれなければ、もっとたくさんの村人が死んでいた‥‥でも‥‥」
 押し留めた村人すら斬りつけ、夜盗を皆殺しにした彼女。
 立ちふさがる全てを排除し‥‥、周囲に襲い掛かる者が無くなった時‥‥彼女は血に塗れた我が身を見下ろし、呆然とその場に立ち尽くしていたという。
 そしてふらふらと一人、森の方へとその姿を消してしまったらしいのだ。
 これが唯人であれば、扱いは異なったかもしれない。
 けれど、彼女は村人にもその刃を振るってしまった。
 この地方の自治の役人は、ハーフエルフを忌み嫌っている。
 見つけられたら、訴えも事情も聞き入れず、彼女にも縄を掛けることだろう。
「山狩りをして彼女を探すと言っていたわ」
 夜が明けて、村を検めに訪れた彼らの宣言にも似た言葉を聞き、エミナはギルドへ急ぎ駆けてきたという。
 仲は確かに良かったと思うのに、どこか一線引くような彼女の態度も生活も、今なら納得できるという。
 共に過ごした時間が、偽られた日々だったとしても。
 暮らしの中で交わした言葉も気持ちも、全てが『嘘』だったわけではないはずだ。
「冒険者には多いのでしょう?」
 ハーフエルフという忌まれる存在が、生きる手段の一つとして選ぶ事が多い職業の一つではある。
 そんな冒険者の集う場所が、ここ――冒険者ギルド。
 ただ村に連れ帰ったとしても、彼女は役人に縄をうたれてしまう。
 世界で唯一、彼女に無条件な愛を注ぎ、彼女を助けるために力を尽くしてくれるであろうその夫は、長期に渡る依頼のため、パリ近郊には居らず、探す手立ても無い。
「力を貸してもらえるのは、ここしか思いつかなかったの。‥‥お願い、彼女を助けて‥‥」

●今回の参加者

 ea9009 アリオーシュ・アルセイデス(20歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9855 ヒサメ・アルナイル(17歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2999 ディートリヒ・ヴァルトラウテ(37歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb3062 ティワズ・ヴェルベイア(27歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3360 アルヴィーゼ・ヴァザーリ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb3361 レアル・トラヴァース(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)

●リプレイ本文

●隠し森
 木々の合間を縫って遠く‥‥彼らがいる場所よりも低い場所に家々が覗く。
 村の様子は、遠目にも落ち着いているとは言えないように見えた。
 村からの道とは離れ、森を回りこむように魔法の靴と馬とを用い、エミナの願いに急ぎ駆けつけたレアル・トラヴァース(eb3361)らは、その様子を眺め呟く。
「早く見つけださなあかんな‥‥」
「そうだね。彼らが時を稼いでくれるにしても‥‥サーヤの様子がわからないし」
 生きたままの兎を用意したアルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)が頷く。
 エミナの懇願を聞き届け、こうしてサーヤを探しに来るに至った彼らの中には、彼女と同じ忌み事を抱えている者も少なくなかった。
「‥‥サーヤか。依頼人の彼女、自分も大変だったろうに‥‥良い友達持ってんじゃん。一人でも想ってくれる奴がいるんだからこのままにゃしとけねぇよな」
 そしてサーヤと同じ血を抱えたヒサメ・アルナイル(ea9855)の言葉に冒険者らは頷く。
 探す助けになればと連れて来た柴犬へ、ティワズ・ヴェルベイア(eb3062)が借り受けたサーヤのリボンの匂いを嗅がせる。
 その彼は、リボンを借り受けた際に願い頼んだ手紙を眺めていた。
 もしサーヤを見つけたとしても、警戒されたり、彼女自身が帰る事を拒むかもしれない。
 サーヤを案じているエミナが居る事を信じ、彼女の心配が伝わる様綴られた手紙は、彼女の言葉をティワズ自身が綴ったものだった。
 寒村に住まうエミナには読み書きは難しい事だったからだ。
 サーヤにエミナの気持ちが伝わる様、書き綴ったつもりだ。
 けれどエミナの気持ちをサーヤが如何受け止めるか‥‥それはティワズにはわからなかった。
「何に対して責任があるとか、そんなことはどうでもええねん。誰だろうと、自分の血を恨んで消えていく同族を増やしとうない‥‥」
 村から深い森の中へ視線を移したアリオーシュ・アルセイデス(ea9009)が呟く。
 やがて彼らは森の中へと踵を返す。自身らの行いが、無に帰す前にやらねばらならないのだから。


●拒む村
 村を襲った悲劇から数日。役人が訪れ混乱の残る村内での対応に当っていた。
 けれど、彼らが恐れたのは、過ぎた災厄ではなく。未だ身近に残されているであろう、生きた災いだった。
 不安、怖れ、怒り、嘆き、悲しみ‥‥村を取り巻く感情は、不安定で。
 そこへ埋葬や片付けに近隣の村人達が訪れ、村は祭りにも似た妙な賑わいを見せていた。
「どうかされましたか?」
 馬上より掛けられた声に、役人達が怪訝そうに見上げれば、騎士然としたディートリヒ・ヴァルトラウテ(eb2999)。
 役人達の戸惑いを察してか、彼に付き従うこちらでは見慣れぬ東洋風の格好の男、十野間 空(eb2456)が口を開いた。
「すいません、彼は常に『民草の守部たる事こそ神聖騎士の本懐』と。こちらの徒ならぬご様子に、何かお力になれる事があればと思い立ち寄った次第。如何なさったか伺っても宜しいでしょうか?」
 空の説明に、馬上の騎士を仰ぎ見、納得する。上品な立ち振る舞いにも頷ける。
 彼は、役人達の話を静かに聞いた後、村人らを労わり、役人らの労苦をねぎらった。
「それは大変でしたね。夜盗が退けられたとはいえ、それ以上の災厄が近隣の森にいるとなれば心穏やかではないでしょう」
 騎士は心から村を襲った悲劇を憂う色をその顔へ浮かべる。
「私は森の中を歩く事に慣れていますから皆さんの力になれると思います」
 騎士位にある者に、犯罪者を捕らえる山狩りなど‥‥と恐縮する役人らに、空がにこやかに取り成す。
 共に在ったおっとりした風貌のエルフの女性、エーディット・ブラウン(eb1460)も空を後押しする様に、村人や役人達へ同情的な言葉と共に、やはり協力を申し出る。


●求め、望み、差し出す手
 一方、ヒサメらは、村の在る方角から見当をつけて森の中を探し始めた。
 無造作に踏み分けられた跡は、狩人達や村人達が日々の糧を得る為に付けられた物も多い。
 けれど、それとは異なる痕跡を彼らは逃さず。やがてサーヤを探す彼らの目の前に残されていたのは粗野な造りの剣だった。
 血と脂がこびり付き、所々欠けた刃。
 咄嗟に周囲を首を巡らせ探すアルヴィーゼ。森に残された微かな痕跡を、彼は見逃さなかった。
 アルヴィーゼの視線にヒサメが頷き柴犬を放す。
 周囲の土や草葉に濡れた黒鼻を押し付け巡る。柴犬が頭から茂みに潜り、やがて尾すら飲まれゆく。
 そうしてややあって一つ‥‥犬が吠えた。
 同じく猟師の心得あるレアルが、慎重に歩みを進めたその先に――彼女は居た。
 落ち葉を踏み分ける音にすら応えを返さぬサーヤが其処に。
 乾き変色した血が、彼女の身体にも衣服にもこびり付き、森を流離う間に傷つけたか剥き出しの手足には細かな傷が在った。
 じくりと血の滲む傷の幾つか‥‥羽虫が群がるに任せ、虚ろな瞳が虚空を映す。
 不意に過ぎる最悪の事態――駆けより、ヒサメは彼女を抱き起こし、虫を払い、確かめるれば微かな息遣いを感じた。
 レアルが持参していたローブを羽織らせるように、サーヤの身を包む。
 彼女の様子に、よく獣に襲われなかったものだとアルヴィーゼは思う。
 血を流しすぎたか、夜露落ちる初秋の森に芯から冷えたか。凍え強張ったその身を抱えたヒサメが、小さく尖る同属たるその耳を見せ彼女の気持ちを慮ったヒサメの言葉に返ったのは――拒絶。
「‥‥お願い。このまま捨てておいて」
 彼らに願うサーヤの瞳に、透き通った雫が溢れた。
 怪我を放置するわけにはいかず、持参したポーションの封を切り、差し出すレアルの手から逃れるようにサーヤは顔を背ける。
 彼らの中にリカバーの使い手はいない。サーヤが受け入れなければポーションの類は功をなさない。
 拒むサーヤにティワズは言葉を募った、手に在るエミナの想いも伝えていない。
「エミナは自分の怪我も省みず、ギルドへキミの捜索を依頼した。とても心配しているよ」
 彼の言葉に、サーヤの瞳から零れる涙は尽きず溢れた。小さく口の中で呟かれたのはエミナを呼ばうものだったか。
「‥‥あの人の故郷、大切な人達。私を信頼してつれて来てくれたのに、私はそれに応える事が出来なかった‥‥」
 あなたにはわからない‥‥ティワズの言葉を拒み。
 同族なら、同じ忌み血を持つならば‥‥判るでしょう? アリオーシュらを見上げ、サーヤは瞳を伏せた――全てを拒むように。


●導き誘い
 ハーフエルフ差別がこんなに強いとは‥‥エーディットは、困惑にも似た気持ちを抱えていた。
 彼女自身に偏見は無い。だからこそ余計に戸惑いを覚えるのだろうか。
 けれど村人達の反応は、更に戸惑うものだった。いや、村人達こそが戸惑っているのだろう。
 根強い差別。その存在に救われた彼ら。
 有無を言わせず、夜盗を斬り捨てていった非情さ。遮る者は夜盗ではなくとも問わない。それは明らかな残虐‥‥けれど、けれど。
 一言では言えない感情。
 忌む血を持つがゆえに、常に飄々と。そして、冷静たらんと振舞う仲間の顔が、エーディットの脳裏を過ぎる。
 彼ならば、この村の在り様を見てどうするのだろうか。
 集団での山狩り、基本なれど時が惜しい。そう言い募る役人らを制したのは空だった。
「聞けば、相手は狂化し村人をも襲った相手との事。無闇に散れば被害者が増えるだけ、彼らの安全を考えればまとまって行動すべきでは?」
 無頼漢たる夜盗達とて斬り捨てられたその事を思えば、彼の言い分に頷くしかなく。
 そして、ただ闇雲に探すよりは‥‥と、また空が打つ占が導き、ディートリヒが森跡から追い選ぶ道のりを、役人達はただただ付き従い歩き始めた。
 神聖騎士のディートリヒに、微笑みと共に信頼できる旨を語られれば、誰がそれに否を唱えられようか。


●飲まれ消え
「怖がらないでええ。今までずっと1人で森の中にいたんやな。辛くて苦しかったやろ。怖かったやろ」
 癒しを受け入れぬサーヤに無理強いはせず、拒絶など見えぬかのように傍らに膝付きレアルは笑った。
「僕らはみんなキミの味方やし、エミナとキミの旦那さんは、最も信頼できる味方や」
 彼の言葉が表面だけのものではない事は、声音や表情から判る。
 震えるサーヤを支え重い同じ忌み事を抱えるヒサメもまた口を開いた。
「仕方無かったとか簡単には言わねぇ。刃を揮っちまった罪の意識があるんなら、逃げんじゃねぇぜ。死んだらソコで終わり、楽だ。けど償いたいんなら生き続けろよ」
 ヒサメに頷きティワズも生きろと重ねる。
「失われた命は戻らない。ありきたりの言い方だけどさ、キミにできることは生きて償うことじゃないかな」
 そう言って、ティワズはサーヤに手紙を広げて見せた。
 エミナは字を書くことなど出来なかったはず。案の定、流暢な筆跡にサーヤは疑いの眼差しを向ける。
 けれど最後のたどたどしい名前の筆跡は、手紙とは異なる字。それは、ティワズを手本にエミナが書いたものだった。
「ま、狂化はハーフエルフだったら皆あるモンだし、仕方ないよ!」
 乱暴に聞こえるアルヴィーゼの言葉に苦笑する幾人か。けれど彼なりの励ましと判っているからこそ何も言わず、それを判断するのはサーヤだ。
 どれ程そうしていたのか。時間は余り無い。
 けれど無理強いする事も出来ず。力に訴える事は簡単だろう、だがそうした所で意味も無い事は皆承知していた。
 エミナの手紙と彼らの言葉に、彼女の気持ちが揺れている事もまた明らかで‥‥。
 長い様にも一瞬にも思える時間を終えたのはレアルだった。
「さ、帰ろ」
 飾らない一言。けれど何より雄弁な言葉。
 小さく頷くサーヤを認め、言うが早いかレアルは暴れる鳥の首を一刀の元に裂いた。
 絞められ血を零す兎を手にしているのはアルヴィーゼ。
「女の子の髪は大切なんだけれど‥‥」
 謝罪し、その髪を切り落としたのはティワズ。
 戸惑う彼女の頬に付く血と泥を、布で拭いながらアリオーシュは微笑んだ。
「キミは、村から逃れた森で獣に襲われ死んだ事になる。勿論旦那さんが誤解せんよう上手くやる」
 だから信じ任せて欲しいと彼は言う。そしてサーヤの気が落ち着く様、小さく歌った。
 その優しい歌を聞きながら、サーヤはただただその場を見ていた。
 レアルの指示により、場を整えた仲間にヒサメが頷く。
 彼女を抱え馬に共に騎乗したアルヴィーゼは、ヒサメが見送る中、森を‥‥その場を後に駆け出した。
 仲間を見送り、ヒサメは祈りの聖句を呟いた。

 やがて‥‥獣の遠吠えが森に響いた。


●偽りの標
 言葉少なに森の中、捜すディートリヒら。それに従い歩く役人達。
 聞こえた声は、野犬の物とも彼らが言うように狼なのかも役人らには判断がつかず、高名な冒険者であろう彼らを信じ頼るが上策と巡る。
 ふいにエーディットが歩みを止め、騎士を見上げる。
 彼がレイピアの柄に利き手を這わせ。何事かと戸惑う彼らを庇うように空が袖を翻したのは、木立が揺れたのとほんの僅かな差だった。
 彼らの前を駆け抜ける獣と思しき姿。
 はっとエーディットが獣が駆けてきた方へと身を翻す。
 彼女を追うディートリヒに倣い、空に庇われ彼らが目にした場所は、僅か開けた乱れ荒れた場所だった。
「‥‥彼女の物でしょうか〜」
 エーディットが拾い上げた衣服は、既に襤褸と成り果てていたが、僅かに残る刺繍模様が、サーヤの物と酷似していた。
「先程の占はこれを指していたのでしょうか? なんとも無残な‥‥」
 その顔に浮かぶのは嫌悪か哀れみなのか。血と髪とが散り、争うように荒れた地に空は手をつき呟いた。
 落ちている髪は濃い蜂蜜色。サーヤの特徴と一致する。
 周辺の様子に触れ見ていたディートリヒは、やがて役人らに向き合った。
「状況から察するに、彼女は負った怪我をおしてここまで逃れてきたものの‥‥獣に捕らえられ、忌まわしき血は絶えたように思われますが」
 託宣にも似た言葉。言葉に答える事も出来ず、役人らは驚き隠せぬ顔でその場に立ち尽くすのだった。


●澄み明け晴れた、空
 パリの冒険者街。
 雑多に賑わうその場所は、種族もそこへ集う者たちの国柄も様々で、サーヤが暫しの間身を隠すに適所と思われた。
 エミナは深く冒険者らに頭を下げる。ここにいれば、きっと大丈夫‥‥そう信じ、また彼女に届いた手紙同様、ティワズの手により認められたそれが、きっと彼女が愛する人を導いてくれると信じてエミナはこの場を後にする。
 エミナとて、自分の村を生活を元通りにするためしなければならない事があるからだ。
 しかしそれに手を貸す事は、サーヤには出来ず。詫びる彼女に、その言葉に、エミナは小さく首を横に振る。
「無事で良かった。貴女のお陰で私は生きていられるんだもの」
 村へは二度と訪れる事の出来無い友‥‥サーヤが生きている事が知れれば、冒険者らの苦心が無になってしまう。
「落ち着いたら今度は貴女がお茶に呼んで頂戴ね。きっとよ」
 エミナの言葉に瞳を見開き。直ぐに溢れた涙にゆがむ視界に瞼を閉じる。
 再会を約し抱擁を交わす彼女らを、冒険者達は瞳を細め見つめていた。
「エーディットが棲家に匿ってくれるいうから、あとは旦那さんが戻るのを待つばかりやな」
「一人じゃねぇんだ、頑張れるだろ」
 笑むレアルに、ヒサメは頷き。
「遠慮は不要」おっとり微笑むエーディットの申し出に、けれどサーヤは首を横に振った。
 そこまで迷惑をかけられない‥‥と。
「私も冒険者でしたから大丈夫。もう短慮は起こしません」

 冒険者街の雑踏に紛れ、消えるエミナの姿を見送るサーヤの耳に入るのは、人々のざわめきではなく‥‥細く高くうつくしい音楽。
 アリオーシュの奏でる穏やかな笛の音が心を洗う。
 落ち着いた心を抱え、サーヤは剣を振るった手に視線を落とす。
 『仕方ない』
 犯した罪に、そう思う事など彼女には出来なかった。
 けれど、ハーフエルフである事実も決して替える事も出来無いのだ。
 アルヴィーゼの言う通り、この血ゆえに身に纏う災厄を嘆くのではなく、自身に向き合えるようになれるだろうか――『仕方ない』と。
 騎士然と役人へ振舞い見せた表情をディートリヒが面に浮かべる事はなかった。
 普段は感情を表に出さぬ彼‥‥けれど、彼の中にハーフエルフという存在を忌む感情は感じられない。
 呪われた自分の手を取ってくれた夫のように‥‥彼らのように受け入れてくれる人が居る。
 どうしてそれを忘れていたのか。思い出させてくれた空の言葉を餞に、夫の帰りを待とうとサーヤは思った。

 ‥‥貴方の夫は貴方を失えば、支えきれなかった事を一生悔いるでしょう
 ‥‥この様な事があっても貴方を信じる友も居ます、どうか心を強く持って生きて下さい

 夫とエミナと、傷つけてしまった村人と、手を差し伸べてくれた彼らに報いるために。