●リプレイ本文
収穫祭。
それは、1年の実りに感謝し祝い騒ぎ楽しむ‥‥そんな身近に即した祭り。
♪秋の実りは 大地の賜物
作物しかと 受け止めて
育てし大地に ありがとう♪
●本日「趣味の時間」ナリ
彼女は柔らかな金の髪を風の遊ぶまま流し。祭りの賑わいを見せる小さな村を、ぐるり見渡した。
グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)の視線の先には、祭りの賑わいを見せるその村を良く見渡せる場所を探すという目的があった。
「さて、どこに陣取らせていただくとしましょうか」
常であれば剣を握るその手に、今日は絵筆を握って。
時々騎士としての役目を離れ外出した折に、一枚絵を仕上げて帰るのが、目下グリュンヒルダの趣味になっていた。
名画と誉め囃される腕にはまだ遠いけれど‥‥大切な彼女の時間、彼女の好む一時。
画材は揃い、真白いキャンバスを前に準備は完了。
何を映し描こうか‥‥それはとても楽しみな悩み。喧騒を前に彼女が思い至ったコンテは‥‥。
「そうですね、今日の絵の題名は『秋騒喜楽』‥‥そんな名になりそうな予感がします」
広場であがる楽しげな様子に、彼女の面にもまた柔らかで明るい笑みが浮かぶのだった。
●歌舞音曲が実りを祝う
爪弾く繊手に導かれるままに竪琴の音色が広場に流れた。
奏でるは、澄んだ深い青い瞳も美しい少女だった。瞳と同じ色のドレスがよく似合う。
顔を彩る化粧は控えめだったが、それが彼女本来の可憐さを惹きたてていた。
収穫祭を盛り上げようと歌曲を披露するフィニィ・フォルテン(ea9114)の楽に合わせ、ふわり長いショールを伴い舞うのも明るい青い瞳の女性だった。
このような小さな辺境の村では稀な、踊りの名手は村人達に乞われるままに異国の美姫の衣装に身を包み、素晴らしい踊りを披露していた。
サーラ・カトレア(ea4078)の舞は、自身も楽しもうとしている明るい笑みに誘われるように楽しげで。
収穫を喜び、来年も良い収穫に恵まれる様に願い歌うフィニィの歌を、目で見える形で盛りたてる。
村人の囃し立てる手拍子に、笑顔で応えフィニィは歌う――実りの歌を。
♪秋の実りは 水の賜物
作物しかと 潤おして
育てし水に ありがとう
秋の実りは 陽光(ひかり)の賜物
作物しかと 暖めて
育てし陽光に ありがとう
秋の実りは 皆の賜物
作物見守り 手を掛けて
育てし皆に お疲れ様♪
喝采に、次を望む声に。彼女らは芸の成功を感じ。
ねだる声に、再び広場に明るい声と竪琴の音と手拍子が響くのだった。
●収穫祭は食べ放題飲み放題
「さすがは収穫祭だね、こんな小さな村なのにもの凄くにぎやかだよ」
「そうだねー。すごい賑わいなの♪ でもここに来るまでそんなに一杯ご飯食べてて、せっかくの美味しいご馳走食べられるの?」
ちょっとばかり正直過ぎて失礼かもしれないマート・セレスティア(ea3852)の感想に、目一杯同意して頷いたのはシェラだった。
収穫祭は1年に一度の事。賑わえるのも実りがあってこそのものだから、村人達の騒ぎようも仕方ない話だろう。
2人の場合は、祭りの賑わいより何よりも『食欲』が優先されるらしいが。
けれど、そんなシェラの危惧も尤もなほど村への道中ただひたすらにマートは食べていた。
一日十食、端から見ていると四六時中食べている様に見える程。
「勿論、お祭りのご馳走分は別だからね! うわーい、食べ物がいっぱいだー」
収穫祭と言う事は秋の実りを祝ってひたすら食べて飲んで騒ぐお祭りだと思っているマート。
それはあながち間違いでもなく‥‥覗く出店の店先に並ぶ食べ物は、どれもこれも季節の実りの恵みをふんだんに使ったものばかり。
「なあ、あれおいらが全部食べても良いのかい?」
「あはは、坊やに全部食べきれる量じゃないよ」
食べきれるなら食べてごらん? そう言いたげに、出店で具材を挟んで焼き上げたパンを売っていた年かさの女が笑う。
坊やではないのだけれど‥‥でも。言われる間に漂う良い香りにマートの腹の虫が大きく鳴いた。
「坊やは仮装はしないのかい?」
焼きたてのそれを紙に包み差し出す女にマートは首を横に降る。
仮装する間があれば、全て巡って‥‥いや、何回でも巡って全ての料理を制覇しなければ。と思う彼の頭上に降る声。
「マーちゃん美味しそうなの持ってるの」
「だめ、これはおいらの。あげないよっ」
干した果実に砂糖をまぶした甘菓子を齧っていたシェラの言葉に、マートは駆け出した。
賑やかな笑い声を上げて、楽しげな追いかけっこが始まった。
●日も暮れ祭りの賑わいは
日常を離れて浮かれ騒ぐ為の弾けた格好が、微妙に日常になりつつあるのはなぜだろう。
そう誰に問わずもがな、胸に浮かぶ想いに遠くを見つめるヒサメ・アルナイル(ea9855)。
フィニィに借り受けた騎士訓練校女子制服一式は、少年の域を出ない彼にとって幸か不幸か、似合ってしまったために余興にはなりえなかった。
祭りの賑わいに花を添えるには、似合わぬ体躯の良い男が滑稽さを披露する方がうけは取れる。
出店を巡る途中のシェラとマートには、声を掛けるまで気付いてもらえなかった。
「大いなる父よ、そろそろ俺の女装レベルがどんくれーか知りてぇぜ‥‥」
大いなる父とて、己が僕がその様な道を踏み入るのをどこまで(生ぬるく)見守ってくれるかどうかは謎である。
「収穫祭といえば新酒じゃん?」
そう嬉しげに村人達と樽を開けていたハルワタート・マルファス(ea7489)を、途中で見かけた。
かの友はまだ常の支度だったが、祭りを盛り上げる役を忘れては居ないだろうか。
俺とハルはこの道を歩む宿命‥‥今回は、犠牲者(?)も増やした。
民の喜びのためならば、俺はやる! やってやるとも!!
フォレスト・オブ・ローズ騎士訓練校の(女子)制服に身を包んだ黒の信徒は、そう心に誓った。
●ちょっとした寸劇
「収穫祭ですよ〜♪ 年に一度の無礼講、今だけはいろんなしがらみを忘れて、真実の自分をさらけ出せる〜‥それが仮装パーティーの醍醐味なのです〜♪」
雰囲気の喧騒にまぎれ、にこにこと祭りを楽しみつつ、エーディット・ブラウン(eb1460)は、花束を三つ抱え広場の方へ向かい歩いていた。
多くの人出に見知った顔を見つけるのは中々大変だけれども、広場に居れば会えるはず。
本当は愛馬に跨り颯爽(希望)と広場に現れたかった所だったが、乗馬の技術も馬も無い彼女には難しく。
驢馬でも借りて‥‥と思っていたが、人が多いため危ないからと留められてしまっては仕方ない。
花婿役というよりは、線の細い何処の貴公子という形で、彼女は広場を目指すのだった。
広場でエーディットが出会えたのは、深紅の衣装のキルレイン・エルク(eb3074)だった。
クレリックとしての立ち居振舞いが身についた彼は、凛とした雰囲気の花嫁に仕上がっていた。
線が細いエルフだからか、青年の域にあるキルレインには、女装という滑稽さではなく華麗さが漂う。
線が細いとはいえ、女性と男性とでは骨格からして異なるもの‥‥この日のために、自身に合わせ自前で仕立てた衣装は流石にキルレインにぴったりだった。
友人達に負けぬよう神への祈りに負けぬほどの気合を入れて夜なべ仕事で作り上げた事は、花婿へは絶賛秘密である。
「キルレインさん〜、とってもお似合いですよ〜♪」
キルレインの花嫁姿にうっとりと頬を染め、エーディットは芝居じみた動作で恭しくその手を取る。
じき、友人達も広場に訪れるのでは‥‥と二人手を取り歩き始めた彼らだったが。
不意に祭りの喧騒とは異なる、人々のざわめき。
追うように聞こえた蹄の駆ける音。
「まてっ! キル、一人だけ抜け駆けはゆるさねぇぜ!」
漆黒のドレスに身を包んだ可憐な乙女が、白馬に跨り広場に現れる。
「あ、ハルワタートさん」
‥‥道理で乙女にしては、声が低いはずである。
長い壮麗な花嫁衣裳の裾を絡げ駆けつけるハルワタート。危ないからとエーディットは馬での入場は止められてしまったのに。
「くっ、ハル。流石似合っているな」
エーディットを背に庇い、白馬を見上げるキルレイン。
けれど、闖入者は彼だけに留まらなかった。
「ちょっと待ったー!!」
2頭目の白馬。乗りつけたもの勝ちだったのかもしれない。
馬上の人は、純白のドレスに身を包んだ可憐な少女(?)。
ベールが風に煽られ、その顔が覗けば‥‥
「ヒサメさん〜、今日も素敵です〜」
お嬢さん2人、ドレスで馬はいけません。足、見えてます。
この場合、徒歩のキルレインが清楚さで一歩リードしたかもしれない。
「おーほほほほ! このワタクシに勝てるとお思い? 花婿と結ばれるのはこのワタクシよ!!」
手製の紅のベールが鮮やかに舞う。なんと綺麗な。神よ、感謝致します‥‥心中、印を切るキルレイン。
けれど牽制する姿が、ちょっぴり清楚から離れていったようにも思われた。
花婿・エーディットの元に駆けつけたのは、深紅、漆黒、純白の美しき可憐な花嫁(?)達だった。
うっとりと彼らを見上げ、頬染める花婿が選ぶのはどの花嫁なのだろう?
「‥‥くすり」
広場の喧騒を見下ろし、絵筆を握る彼女は人知れず笑みを零した。
最初はお祭りの炎に楽しむ人々を題材にしようかと思ったけれど‥‥題材にふと感慨に耽けるグリュンヒルダ。
「楽しそうな恋人達‥‥」
心中流れる効果音に、彼女を照らす心の照明。
寸劇に触発されるように愛しい人と結ばれる運命を想像してはみるものの‥‥溜息一つ。
妄想、それも(たぶん)趣味の時間。
「皆美人さんだねぇ」
「そうですね。本当お似合いです」
「おいらはお菓子のほうがいい」
菓子を頬張り広場を眺めるフィニィらに、マートはまるで興味が無いらしく、次の出店を物色している。
その彼らの視線の先で、花嫁達は花婿の気を引くべく、華麗な踊りや口上を披露していた。
「「「王子、それで私達の誰を選ぶのですか?」」」
3人の花嫁達に問われ、エーディットは僅か首を傾げた。
広場の村人達も、この寸劇の決着に注目している。
多くの視線がエーディットに向けられる中、彼女が下した結論‥‥それは
「私はハーレムの国の王子なので、一夫多妻制なのですよ〜。全員花嫁に決定です〜♪」
全員?
ハーレムって異国の風習? 異国の王子?
皆のきょとんとした様子に頓着する事無く、エーディットは、キルレイン、ハルワタート、ヒサメに順に手にしていた花束を渡す。
「‥‥四人で幸せに暮らしましたとさ、チャンチャン☆」
「‥‥て、オチがついたな」
「‥‥オチがない物ほどの悲しい喜劇はないだろう」
花束を手に、エーディットの笑みに苦笑ともつかぬ笑みを浮かべ、顔を見合わせるヒサメとキルレイン。
けれど、ハルワタートは一人笑顔でエーディットとお互いの仮装を評価しあっていた。
「男役ってハマりそうですね〜」
「似合ってるぜ? エーディットちゃん」
笑いあう彼らの横で、頬を掻くキルレインの頬に、ハルワタートが唐突に接吻を送る。
「っ!!?」
「‥‥って、ハル、酔ってやがるな?」
慌てる2人に構わず、新酒の器を掲げ笑った。
「ひひひ、今までの出会いとこれからの出会いに‥‥乾杯だぜ!」
そんな彼らの様子を陶然と見守るエーディットがいたという。
●祭りの夜もふけて
グリュンヒルダは、大きく伸びをしてすっかり凝り固まってしまった首や肩の筋を伸ばした。
秋の良く晴れ澄んだ空を見上げる。星の瞬きも霞み始めた。じきに日も昇ることだろう。
広場には、まだ明々と燃える炎がのぼり。人々のざわめきも途切れる様子はない。
「‥‥ヒルダちゃん、出来上がったの?」
彼女に温かな食べ物の差し入れがてら、絵筆の進む様を眺めるうちにいつの間にか寝入ってしまったらしいシェラが、瞼をこすりながら見上げれば。
そこには楽しげな仲間達の様子が描かれていた。
問いに頷いたグリュンヒルダは、完成した絵を満足げに眺めた。
目に楽しませてくれたモデルとなった仲間に贈呈しようか‥‥そう考える彼女に掛けられた新しい声。
「温かいお茶でもいかがですか?」
フィニィが笑みと共に差し出した木のカップを受け取る。
「楽しそうな絵ですね」
覗きこんだ彼女の前に描かれていた光景は――
『ああ、今日は物凄く楽しかった。きっと一生忘れられない一日となるだろう』
そうキルレインの日記に綴られるだろう言葉に違わず、楽しげなものだった。
‥‥願わくば来年も 良き実りに恵まれますように――
祈りを込めた歌声が、朗らかな笑いやざわめきと共に遠く遠く響いていた。