雪が降る前に‥‥
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■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月14日〜12月21日
リプレイ公開日:2005年12月22日
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●オープニング
――雪が降る頃になると死んだ女が彷徨い出て、村へと訪う路に物言わずずっと佇んでいるという。
●待つ女
雪が舞う季節になると、恋人は帰ってきた。
年を越すための品をたくさん抱え背負い帰ってくるのだ。
村から少し離れた外れた路で、彼女は仄灯かりを掲げもち、恋人が夕闇に迷わぬよう、標を照らし待っていた。
村へと帰る冬の夜道はとても危険だと知っていたから、そんな彼女も夜半にもなれば、恋人は今日は村へと発っていなかったのかと諦め家へと帰る。
そんな日々を、この時期の彼女は送っていたのだが。
ある日、いつもならば帰ってくる時間を過ぎても彼女は家に帰ってこなかった。
戻らぬ娘を案じた年老いた母親が、隣近所の男に頼み迎えにやれば、彼女がいつも立っていたその路には争ったような荒れた跡があった。
折しも空は淀み。はらはらと雪が舞い始め。
降る雪は未だ全てを隠しきれず、散った緋色の中、事切れた彼女が倒れ伏していた。
刺繍の腕は確かで、器量よし。評判の娘だったという。
●彼女に捧ぐは‥‥
「娘がその時期、恋人を待ち一人でそこに立っているのは村では有名で、平穏で冬には訪れる者もほとんどいない山間の寒村だからこそ娘が一人外へ出ることも諌めなかったのかもしれない。娘の死は獣などではなく、人の手によるものだったそうだ」
荒れた土は争ったものばかりでなく、複数の足跡やひづめの跡もあった事から、柄の悪いよそ者が乱暴を働き、そして娘を殺したのではないかという話になったという。
折悪しく、その年の領内の実りは悪く、食いはぐれた者が盗賊に身を落としたか治安もよくはなかったらしい。
結局、娘は村の墓地に葬られた。
だが、彼女は死んだその次の日も‥‥来る日も来る日も、路に立っていた。
死んだことに、彼女が今なお気付いていないのか、それはわからない。
誰も声など掛けることができなかったからだ。
結局その年の冬、彼女の恋人は帰ってこなかった。
雪解けて春、山裾の村の者からの話によれば、冬に入る頃崖下から足を滑らせ落ちた男が一人亡くなっていたらしい。
落ちた際によるものだろう、顔は潰れ何処の誰かわからぬ男の遺体。
そのままにするわけにもいかず、結局村はずれに葬られた。
冬が終わり、ようやくわかった事実。そして、雪解けと共に彼女は姿を消してしまった。
けれど、翌年、また翌年と‥‥彼女は、この季節になると現れた。
未だに帰らぬ男を待っているのだろうか。
「死んだ娘を知っているからこそ、哀れと思い、村からの依頼は出ていなかったようなんだが‥‥」
待ち続ける女は、外から一人で村へ訪れる男が通る時に限って、声を掛けてくるという。
そして待ち望む男でないとわかるやいなや、その細腕で相手を襲う。
どれ程、待っても帰らぬ男に裏切られたと思っての事なのか‥‥。
事を知った領主が、これ以上、被害が出ててはいけないと判断し、ギルドへ依頼したという。
「何もしらない旅人もいるだろう、知っていれば避けられるのだから放っておけばよい‥‥そんなものでもあるまい。死して生者に害ある存在になった娘の討伐が、この村を治める領地の主からの依頼だ。死した娘は哀れだが、これ以上被害が出る前に事態を収めて欲しい」
依頼――そうはっきり言い切った冷静な受付係の男の目には、哀れみや情けという類の色は見つけられず。
情を挟む事無くただ淡々と、冒険者らに依頼を案内するのだった。
●リプレイ本文
●死してなお‥‥
「冬に現れる幽霊ね‥‥んー、あんまりピンとこない。ジャパンじゃ幽霊はだいたい夏場と相場が決まってるし。まあ、国が変われば幽霊の事情も変わったりするってことですかね?」
確かに国が異なれば、風習とて異なる事も多いのだが。依頼書を改めて一瞥し、月下 樹(eb0807)が首を傾げる。
「‥‥恋人を待つ女の霊、か」
つくづく色恋沙汰の依頼に縁があるのは、自分自身もその手合いに憑かれてるのだろうかとシーベルト・ロットラウド(eb3826)がため息混じりに呟いた。彼が呟いた対象は、今回の依頼で排除しなければならない相手である。けれど‥‥。
「ふにー‥‥切ないの〜‥‥」
「聞けば悲しいお話ですね‥‥。なんとか自ら天に昇られるとよろしいのですが‥‥」
ふわりと中空をすべるアストレア・ユラン(ea3338)の気持ちは、気鬱を表に浮かべぬ表情よりも、空の低い所を飛び浮かぶ様が何より表しているのかもしれない。
レナーテ・シュルツ(eb3837)もまた事の経緯を聞き、重い息を吐いた。
「娘は、自身が死んでいるという事には気づいているのだと思う」
娘が姿を現し、または消すという条件を聞く限り――そう続けたアシュレイ・カーティス(eb3867)の言葉に頷いたディアドラ・シュウェリーン(eb3536)が顔を曇らせた。
「男性が複数だと現れないのは、乱暴されて殺されてしまったからなのでしょうね。 かわいそうに」
同じ女性であるがゆえに、その痛みも理解し易いのだろう。
「死してなお、恋人の帰りを待ち続けるとは‥‥不憫なことだな」
それは愛か、それとも裏切られた憎しみなのか‥‥本人にしかわからない事だけれど。
アシュレイの言葉にライカ・カザミ(ea1168)は俯き、顔を伏せた。
大切な人に会えない気持ちは良くわかる。大好きな人が帰って来なかったら、心が張り裂けそうになるだろう‥‥我が身に置き換えれば、その痛みを理解する事は難しくは無かった。
死んでしまった人を生き返らす事は出来ないけど、せめて天国で一緒になってもらいたい。
そうライカは願い、依頼を受けた。
「無事に成仏させてやる事ができるといいな」
樹が一人ごち。その言葉に釣られるようにクロード・レイ(eb2762)空を見上げれば、山には重く暗い雲が立ち込めていた。
叶うなら。
消滅ではなく、安寧による魂の浄化を願いたい――彼らは、皆一様に同じ思いを抱え、山裾の村へと訪れるのだった。
●山裾の村にて
土を掘り返す重く湿った音だけが、静かな墓地に響き渡る。
言葉も無く、黙々と単調な作業を続ける男が2人。
やがて一人が手を止めた。掘る道具の先、柄を持つ手にも伝わる土以外の感触。
頷き合って、丁寧に土を払ったその先に、彼らが目指す物が在った。
「‥‥見事に骨だな。まあ、軽いのは楽でいいが」
埋葬されて幾度か冬を送った死者は、白く乾いた存在になっていた。
死者への敬意からか、クロードは骨を丁寧に扱い、用意していた布に包んでいく。
その傍らでは、埋葬品をアシュレイが確認する。
行き倒れた旅人の持ち物などは、 埋葬した村での財産として扱われる事も多い辺境。その割りに、男の埋葬品は多かった。なぜなら、男はハーフエルフだったからだ。死してなお恐れられ、災い無いよう墓地の外れに葬られたのだ。几帳面に弔われたのは悼む心ではなく、恐れのみ。
その話を情報収集にあたったディアドラから聞いた時、こういう世の中に諦めてはいたものの、少しだけ寂しいとクロードは思った。
村を訪れたクロードは、その耳を髪と共にフードで隠してはいたけれど、ディアドラは晒したままだったため、恐れと嫌悪に満ちた村人の心中を推し量る事は容易だった。
だからこそ、雪に閉ざされ外部の接触も限られる冬にのみ、男は恋人の下で過ごしたのだろうか。
墓を掘り返す許しも、運ぶ許しも拍子抜けする程、簡単に下りた理由。
数年前に行き倒れた者の墓が、すぐにわかった理由。
全てが、悲しくて、切なくて、アストレアは、重く暗い曇天を見上げていた。
●女が待つ村は
「‥‥っ!」
強い山合いを吹く風に、声も無く煽られ体制を崩すアストレア。手元の指輪に結ばれた糸がぴんと張られる様子に、クロードが腕をとられぬよう腰を落とし、彼女と結ぶ糸を引いた。
「ふに〜‥‥こんな山道やったら、確かに危ないやんなぁ」
「‥‥確かに。足を滑らせてもやむを得んかもしれんな」
難所を通る手助けに張った縄を回収しながら、クロードは頷いた。
時折吹く強い風に煽られてよろめき、崖下へと落ちてもおかしくはない、切り立った道。
崖下を覗き込み、樹は眉を顰めた。
山裾に住む村人に聞いて訪れた、男が見つかった場所。その場所に男の方は居なかった。あるいは時間が合わなかったのかはわからないが‥‥。
かつて男だった物が、クロードが背負う布包みの中にいるはずだった。その魂は天へ昇っているのだろうか。現世に未練があって今もこうして人前に出ている、女を残して。
掘り起こした骨と遺品をアシュレイに託し、彼と別れたクロードらは先に女が暮らしていた村へと訪れた。
ライカとレナーテが、女の村で聞き集めた話によれば、男は元々旅人だったのだという。
村に縁ある物は何も無い。ただ、彼女の存在こそが、男が村へと訪れる縁。
遺品らしい遺品は、元々の女の家に残されている生活品と、クロードらが掘り起こした埋葬品という限られたものしかないようだった。
レナーテが聞いた話では、冬の時期、村を訪れる者は稀らしい。
だからこそ、女は外から訪れる者を恋人だと思い、待っていたのだろうという。
女の鎮魂の為になるかは分からないが、それなりの報いを受けて欲しいと彼女が願った女を殺めた者達は未だに捕まってはいない。
それでは、あるいは彼女はその男らを待っているのだろうか――ふと、浮かぶ疑問。
けれどその答えは、問いに答えてくれる女に会うしかないのかもしれなかった。
●灯火
遠くにある山に遮られるように沈んでゆく太陽。
赤い陽光が暗く色合いを落としていく中、うすぼんやりと灯る炎が見えた。
それは、常人が持つ灯かりではあり得ない色を持つ、青い蒼い炎だった。
彼女は今日も辻に立ち、恋人を待っているのだ。
村人に教えられた通り、女の姿を目にし、辻の側で隠れ潜む冒険者らは、その様をただじっと眺めていた。
女を訪ねるはずの男を共に待ちながら――
「‥‥あなた?」
人ならざる女を前に、アシュレイは歩みを止めた。か細く小さな問いかけ。なぜか風の音に消される事も無く、それはアシュレイの耳に届いた。
辻の向こう、女が背を向ける村の方向に、仲間達は身を潜めているはずだった、万一に備えて。‥‥万一の事態など無ければいい、そう胸内で呟きつつ、アシュレイは外套のフードを払い言葉を掛けた。
「俺は君の想い人ではない。ここで待っていても‥‥」
「‥‥また、私を騙すのね」
待ちわびた恋人ではないアシュレイの姿を認め、彼の言葉を遮りみなまで言わせない怒りを孕んだ声が響いた。
霞がちだった青白い女の身が揺らぎ、手に在った青い炎が大きく膨れ上がる。
「あの人は帰ってくるわ、だって約束したもの‥‥!」
咄嗟に身を引くも、むき出しの頬に死者の炎で炙られた鋭い痛みが走る。
腰の剣に手をのばそうとするが、男に乱暴されて死んだ女に、さらに剣を向けるという事が、アシュレイに躊躇いという隙を生む。
アシュレイを見上げた女の瞳に、恨む色は無かった。けれど、その一瞬の後の豹変。女は「また」と言った。女の死の原因が浮かぶ。
「まって!!」
青い炎がアシュレイを包もうとする寸前に響いた声。
あるいは、茂みに身を潜ませたクロードが弓弦鳴り響かせる方が、早かっただろうか。
転がりそうになりながら、その場へ駆け込んできたのはライカだった。
「貴方の大切な人がどこへ行ってしまったのかわからないけれど、これは貴方の彼氏のものね?」
駆け込み弾む息を整える間も惜しいと、ライカはアシュレイが差し出しそびれた布包みを開く。
そこには朽ち掛けた毛織物と白い白い骨があった。
「恋人さんは崖から落ちて、既に亡くなっていたわ。だから彼は戻ってきたくても戻ってこれなかったのよ」
片手で結んだ印は解かず、歩み寄ったディアドラがそう声を掛けると、目に見えて女であった炎が揺らぎ震えた。
身を焼く痛みなど、愛する者を失う心の痛みに比べれば、どうという事もない。炎に炙られ生じる痺れるような痛みも構わず、ライカが間近に膝付き骨を差し出せば、揺らぐ炎が指先めいて、躊躇いがちに彼女が差し出す骨へとのびる。
「もう貴方と同じ悲しみを増やしてはいけない。貴方が襲った人にも、大切な人がいるに違いないわ。大切な人が帰ってこない悲しみは、貴方が一番良くご存知でしょう?」
優しく語り掛けられる歌うようなライカの声に、炎が揺れさざめく。
「あなた様の想い人は、天であなた様のことを待っているかもしれませんよ。この場にいるよりも天に召されたほうがあなた様にとっても有益と思いますけど」
真面目ゆえに真摯なレナーテの言葉に、膨れ上がった炎がするすると小さくなった。
「ここで待っていても、想い人が来る事はないだろう。既にこの世の人ではないのだから。 君も早く、彼の元へと帰るがいい。心配して待っているだろうから」
赤く腫れ爛れた頬に構わず、アシュレイがそう言葉を結ぶ。
青白い炎は、やがて再び女の形を作り。そして、じっとアシュレイを見つめていた――最初に女に声を掛けた彼を。
逸らさず返される視線に、女は、真白い骨を、己が手で刺した毛織物の刺繍へと視線を移す。
「泣かんといて、天へ昇れば、また会えるから」
アストレアがそう声を掛けたのは、涙など流れぬ身の彼女が、泣いているように見えたから。
ゆっくりとのばされた青白い指先‥‥女が真白い骨に触れたその時に、様子を見守っていた冒険者らの目に女の手を包む別の手が見えたような気がした。
指先が骨に触れると、女であった青白い炎はその場から掻き消え。夜の闇だけが残った。
説得が上手くいけばよし、そうでなければ‥‥と、経過を油断無く見ていた樹は、ほっと息を吐き、封を切ってしまった聖水の瓶をおいた。
爛れた頬を抑えるアシュレイに、シーベルトがポーションを差し出す。説得が上手くいくか、緊張に強張っていた彼らの身に、血の気が戻った。
女が消えるその前に、微笑んだように見えたのは気のせいだろうか。
悲しい幻想は気のせいでも良い。けれど、幸せを願う気持ちから見えた光景は、幻ではなく真実であって欲しかった。
そうシーベルトが零すと、誰とは無く皆頷くのだった。
●曇天にのぼりきえゆく
依頼に向かう前、「死者に粗相がないように」と、アストレアがメリル・マーナに習った簡単な埋葬、お参りの作法に倣い、女の骸が眠る墓に、クロード達が運んで来た恋人の骨を埋めてやった。
幾年も寒空の下で佇んでいた娘が、待ち望んでいた者と、ようやく共になれたのだ。女の母親は、涙を流し冒険者達に感謝を述べこそすれ、墓への埋葬を断る事など無かった。
暗く重い冬の曇天の下、湿った冷たい山風が吹く。
娘がもう彷徨う事のないように、恋人と眠れるようにと、アストレアが捧げるオカリナの澄んだ音色の鎮魂曲が、墓地に響いた。
それにライカの竪琴が重なる。
「雪‥‥ですか。降り始めましたね」
死者への礼を取り、面を上げた樹の目に降りて来たのは冬の訪れを告げる白い雪。
「あそこまで人を待ち続けれるとは羨ましくも切ないですね‥‥」
はらりはらりと舞い落ちる雪を見上げ呟くレナーテこそが、何よりも切なげな表情を浮かべ。
奏で終えたライカが、悼む彼女に微笑みかける。
「死んだ者の分まで生きるのが、あたし達命ある者の役目。この音楽で人々を幸せにして、悲しみのない世界にするの」
そして、子供を産み育て未来を作っていくから‥‥彼女には空の上から見ていて欲しい。
女が凍えた空の下で立ち尽くす事は無いだろう、天へと昇り、いつか恋した男と共にこの世界に還った時こそ、幸せに‥‥。
冒険者らはそう願い、空を見上げるのだった。