●リプレイ本文
●目指す未来
「確かに、私個人は随分と退屈をしている。君達が、面白い話でも聞かせてくれるなら歓待しよう?」
公人としての果すべき責務を最低限果し、訪れた冒険者達のために時間をあけたギースは、彼らを前にそう笑う。
穏やかに笑むギースの細められた瞳が、面白気な色を浮かべていた。
冒険者ならではの経験や、そこから語られる話などもあるのだろうと聞く価値は十分にあるはずだ‥‥と、算段を付けての事のようである。
「そういえばさ、ギース伯が気にしてたシフールの少女ってシェラって娘でしょ。僕の友達が今、その子と一緒に依頼に当ってるって言ってたよー」
「‥‥ほう?」
アルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)の話に陶器のカップにのばされたギースの手が止まった。
「なんかデビルに捕まっちゃったりして大変らしいけどー。ケ・セラ・セラ‥‥なるようになるってね」
「まあ、君の友人が共に在るという事は、一人ではないのだろう。助け合える仲間がいるなら、大丈夫ではないかな。何かあれば、それはそれで報せの一つも何処からか入るだろう」
冷たくも聞こえるギースの言葉に、今度はアルヴィーゼが愉快そうに形の良い眉をあげた。
「まあ、年も明けて数日。新年の行事もつつがなく終えたところだが‥‥新たな1年の始まりに、君達も何か目標でも?」
ギースは何を知っていて、何を望んでいるのか。
言葉の裏を量るまでもなく、真実このエルフの貴族・ギースその人は長い人生平穏に生きる事に飽いているのかもしれない。
実は‥‥と、語り始めたクライフ・デニーロ(ea2606)を、見遣るギースの眼差しは静かだった。
「本当なら直にでも、未踏の新天地へ開かれるという新しい月道に臨もうと思っていたのですが‥‥少し寄り道をすることになりそうです」
「‥‥寄り道というと?」
いつどんな逸話が宝の地図へと繋がるかわからないという考えのギースは、流石に世界各地とはいかずとも、この国における冒険譚を聞く事に余念が無い。
こと、このノルマン王国の地でも発見の報が冒険者ギルドへももたらされ、冒険者達の間で話に上る新たな世界へ至る月道の事も聞き及んでいたらしい。
冒険を志す者にとって魅力的な場所をおいて、クライフが何処へ向かうのか興味深げに話の先を促すギース。
「先ごろ友人にジャパンで落ち合おうと提案を受けました。とはいっても資金の持ち合わせがさほどでもないボクにはジャパンに至る手段がありませんから、月道チケットを手に入れるために、イギリスに渡ってケンブリッジの武闘大会で優勝するというのを当面の目標にしようと思っています」
武闘大会であれば、このノルマン国内においても開催されている。あえてイギリスを目指す理由を重ねて問えば、クライフは穏やかに笑み、明瞭な答えを返す。
「向こうであれば魔法に対応したルールがありますから、武器が苦手でも成績が残せる筈です」
「ああ、そういえば君はウィザードだったね」
かつてクライフの手で生み出された幻影を眺めた事のあるギースは納得し、懐かしそうに笑った。
「初めて伯爵のお仕事を請けて冬山に向かった時に比べれば、それなりに名前も通る様になりました。簡単に負けるつもりは無いんですよ」
「君達に依頼した冬山の件からは、じき1年になる。この1年、日々の研鑚を忘れず、経験を重ねていれば力量は随分あがったろうね」
ギースの推量に、確かな自信をもってクライフは微笑む。
「ギルドの采配ですから仕方なしですが、此処最近の伯爵の依頼が受けられなかったのは残念でなりません」
「何事も機というものがある、それこそ仕方の無い話だろう。尤も、こうして訪ねて来てくれたのだから私としては、それで良しとしよう」
勧められた豊かな香りの茶を一口啜り、告げる言葉に嘘は無い。
「今は友との約束もありますし見聞を広める為にも各地を巡って来ます。再び伯爵が探索の旅を預けて下さる時はどうぞ声をかけてやってください」
「優れた力量の冒険者と縁が結べるのであれば、それが私にとっては何よりありがたい事だ」
真っ直ぐに瞳を合わせクライフが語る言葉に、かつてギルドを訪れていた時とは違う穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。
「頼りにしている」
●語り合う昨日と明日と
単身パリにやってきてここまで色々あった。
もうじき祖国へ帰らなければならない三笠 明信(ea1628)は、パリ最後の休日を有意義に過したいと思っていた。
傍らで微笑むルミリア・ザナックス(ea5298)とは、つい先ほどまで、パリ郊外で剣の鍛錬――真剣に互いの剣を交していた。
彼女は憧れの存在であるがゆえに、鍛錬といえどもそれは剣をもって真摯に交す互いの武だった。
今まで武人として非力ゆえにやりきれなかった事とその思いを技に託し、剣を振るう明信の思いを受け止め、また自身の気持ちもその剣に託し返すルミリアの鍛錬は、鍛錬と言いながらもそれはまるで、剣を介しての想いを交す、剣を持つ者同士ゆえの語り合いのようだった。
信明が、幾つもの国を巡り歩き、請け負った依頼の中で重ねた想いを剣に重ねるのであれば、ルミリアが剣に託した想いは、これまでのパリで過ごしてきた事。
エムロードの除名嘆願に協力し、それを成しえた事。
闘技場での1回戦負けから始まり、その後全て優勝し国内1位の名誉を獲得でき、嬉しかった事。
相対した上級悪魔ヘルメスを倒せず、破滅の魔方陣を止める為、やむを得ず手にかけた生贄にされていた少女の墓前で涙し懺悔と哀悼を表した事。
ブラックソード部隊に同行した際、戦った巨人拳士・悪鬼の出鱈目な強さ‥‥ノルマンでの出来事を通し、心技体ともまだまだ未熟と実感した彼女の『もっと強くなりたい』という純粋な騎士としての想い。
2人が様々な想いを重ね振るう剣。
実力的にはほぼ互角‥‥と思っていたものの、高度な域で拮抗する2人の力。その領域ゆえに、また本当に近しいところで勝敗が決する。
元より勝ち負けを競ってのものではなかったのだが。
「久々に良い訓練ができ、嬉しく存知ます。お付き合い頂き、かたじけない」
「こちらこそ、有意義な時間を過ごす事が出来ました。ありがとうございます」
剣を鞘に、刀を腰へと帯び戻し、笑み交す2人の胸には、互いに認め合える力の持ち主同士が得ることの出来るすっきりと満ち足りた充足感が満ちていた。
鍛錬を終え、剣で言葉を交わした彼らが過ごしたのは、互いに祖国を離れた者同士が異国の地で共に歩く時間。
流石に洋も異なる明信よりも、ルミリアの方が道を歩くには詳しかったので、彼女の案内であちこちを散策する。
ジャイアントという種族性もあって、身の丈が大きな2人が寄りそい歩く様子は人の目を引くものだったけれど、それ以上に2人を目にした者は、彼らの想いかわし見詰め合う様子に微笑をこぼした事だろう。
それぞれが過ごしてきた、あるいは2人が共有する思い出を語らいながら、明信とルミリアは、乾いた冬空の下のパリをゆっくりと歩く‥‥仲間が集う酒場まで。
吹く木枯らしの冷たさすら、寄り添うぬくもりに微笑む思い出の1つになる事だろう。
●ヒルダさんのお引越し
「♪ボクよりも経験豊かで騎士であるからには〜、色々荷物が増えて大変だろうしね〜♪ 種類毎に纏めて、必要な物を優先にして〜、要らない物は順次片付けるね〜♪」
文字通り歌うようなインヒ・ムン(ea1656)の言葉。流れる言葉達と共に、友人であるグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)の引越しの荷を纏める手伝いの手をとめず、インヒは友を振り返った。冒険者であり吟遊詩人である彼女が、荷を纏めるに手馴れているのはある意味で当然の流れなのかもしれない。
同様この数年、ノルマン国内をあちこち駆け回ってきたグリュンヒルダ自身も、己の荷を纏める事には慣れているはずであった。
グリュンヒルダ――今や彼女は、ナイトとしてのグリュンヒルダであると同時に、シャンティイ領主のレイモンド・カーティス子爵の婚約者としてもその名を冒険者ギルドやシャンティイ地方に知られていた。
かの地方も、ノルマン国内を一時は混乱せしめたデビル達の策略の舞台と化していたのだが‥‥。冒険者達とシャンティイの騎士団の尽力もあって訪れたつかの間の平穏に開かれた夜会への出席後、その立場としては当然な事とはいえ、住み慣れたパリからシャンティイ地方に移る事にしたのだ。
止まりがちな手をなんとか動かし荷物をしまいながら、ふと、これから直面するであろう厳しい現実を思い机に額を乗せ考え込むグリュンヒルダ。
その苦難の道を思えば自然と身も引き締まる‥‥はずなのだが。
「‥‥くくく、ょしゃー」
机に伏せたまま小さく握り拳を作る。震える肩は笑っていた。机に伏せたのは、これから先を思うと、自然に緩んでくる顔を隠していただけのようである。
ヒルダが何か無謀な事を企んではいないかと、荷を纏める傍らで、インヒは幾分不安かつ心配そうに、肩を震わせ笑う友を見守るのだった。
●想いは胸にしまって
一方。転機を見極め、居を移す準備をする者も少なくない中、ラシュディア・バルトン(ea4107)も年の瀬に終らせる予定だった引越しの準備をしていた。
考古学者を修めている関係で、類する資料や書籍等、色々な物で埋め尽くされた部屋を何とかすべく尽力していたのだが‥‥。
手に取るそばから、この資料はいつぞやどこで手にしたものだったな‥‥と、思い返し懐かしさに手が止まり。内容事に纏め束ねる為に本を開けば、確認どころでは済まず、つい読みふけってしまったり。
ラシュディアの荷造り作業は、まだまだ前途多難だった。
それでも1つ、また1つと箱に収め、布に包み、縛り上げ、荷を纏める。
手にするどの品にも、この街で暮らし始めた時からの思い出があった。
思い返せば、この街に来たばかりの頃と比べ、良い意味で本当に自分が変わったことを感じる。
色々な出会いがあって、色々な事があった。
厳しい依頼があって、危うく死に掛けた事もあれば、それこそ一度蘇生の儀式を受けたこともあったのは‥‥忘れようとしても忘れられるものではなく、思い返して苦笑が浮かび、ラシュディアは思い出の品々を見つめた。
失敗して悔しい思いをしたこともあった。これは二度と繰り返すまいと思う。
けれど、何より一番の思い出は酒場での事‥‥いい人達に出会えて本当に幸運だったと思う。
楽しかった思い出を振り返れば、時には簀巻きにされたり、強制的に女装させられたりした事もあった。
「‥‥あ、なんでだろう、涙が‥‥」
思いかえした楽しかった日々に浮かぶ雫は埃が目に入った事にするラシュディア。
それはともかく楽しい日々だった。
そんな回想と共に怪しげな資料や本を全て纏め終え、漸く終えた引越しの荷造り。
「さて、大家の婆さんに挨拶に行くか。‥‥これまで、どうもありがとうございました、てさ」
1年半過ごした家を振り仰ぎ、ラシュディアの顔には知らず笑みが浮かんでいた。
●元より誰の足にも枷はない
イギリスへ発つ前に、ささやかながらも仲間達と酒を交わす約束があるのだ‥‥と、クライフが屋敷を辞した後も、アルヴィーゼはギースの屋敷に留まっていた。
「ギース伯ってさぁ、毎日なにしてんの? この薄暗い執務室で、羊皮紙と睨めっこ? あーそりゃあ退屈するってもんだよね」
「まあ、それが仕事だから仕方ない。幸い今日はそれなりの所で、執務を切り上げられたワケだしね」
茶器を下げさせ、アルヴィーゼの求めるまま、使用人に酒の用意をさせたギースは、軽く肩を竦めてみせた。
夕暮れも近付き、ギースは暗くなってきた室内に灯りを入れさせ、アルヴィーゼこそこれから何をするのだと問う。逆に問いを返されたアルヴィーゼは瞳を瞬かせた。
「え、僕? まだパリに出てきて5ヶ月くらいなんだよね。これからどうしようか困ってるんだよねー。家も借りてるし、結構パリ気に入ってたからサ。ま、根無し草の気ままな冒険者だし、また他の国でもいこっかなぁ」
一所に留まれば広いと思われるこのノルマンでさえ、世界に数ある国々の中の一つ。
その身一つで、道行きを切り開く事のできる冒険者であれば、あるいは新たに見つかった月道の先にあるという、遠い異国よりも遥か遠い――未知の世界が広がる世界すら望めば見ることが叶うだろう。
「正直羨ましいとも思うよ」
侍女が差し出した硝子杯を手に、満たされる酒を見つめギースは笑ってアルヴィーゼを見遣る。
「まあ、良い事ばかりでもないだろうから、全てを『自由』の一言で片付けるつもりもないがね。私は私で、結局は今のこの暮らしを捨ててまでという新たな地を望もうという若い冒険心も情熱も無いのだから仕方ない」
ギースの浮かべるその笑みが、幾分困り顔に見えた。以前酒場で見かけた飄々とした雰囲気とは異なる笑み。
「ギース伯はこれからどうするのさ?」
酒杯片手に、アルヴィーゼが訊ねる。男としては、ある種異端な艶やかさを持った彼の見つめられての問いに、ギースはほんの僅か口の端を歪めた。
「縁があれば、また依頼人としての立場で君と会う事もあるだろう」
世界は1つではなく、様々な側面を覗かせる。ギースにとって、領主として映る世界と、趣味人として映る世界は異なる。
ギースにとって不思議や未知がこの世界に溢れている限り、彼は冒険者を必要とするだろう。
曖昧なギースの答えに野暮な口は挟まず、宴席に並んだ極上な逸品である銘酒をアルヴィーゼは、無造作に飲み干す。
それは、物事に囚われない彼らしい酒の進め方かもしれなかった。
●新しき年の宴
♪久しぶりのパリで〜♪
さあ、皆と語らおうね〜♪
なので酒場に集ってみるのさ〜♪
思えばノルマンも色々あったよね〜♪
海賊襲撃からドラゴン襲来〜♪
不穏な企みから発生した魔軍討伐〜♪
けれどもどんな事があろうとも〜♪
人々の営みは変わりなく〜♪
過去から今〜そして未来へと流れて行くのさ〜♪
インヒの歌に、みなそれぞれ思い返される昨年の慌しい日々。
あったあったと打たれる相槌、過ぎてしまえばあっけなくも思える日々。
ラシュディアが提案し、自ら用意を整えてくれた酒場の席を囲み、彼らはささやかな新年の宴を囲むのだった。
「酒場に皆が集えば〜♪ まずはそれぞれの杯を満たして乾杯からだね〜♪」
深い音色を響かせて奏でられる琵琶の音色を背景に始まったささやかな宴に、新年を祝う声が重なる。
「新年おめでとうなのです〜♪ でもこれがパリでの最後の依頼と思うと‥‥寂しいですねぇ」
古ワインが揺れる木の杯を見つめ、少しだけ寂しげに呟くアリエラ・ブライト(eb2581)の様子に、ラシュディアは知らず微苦笑が浮かぶ。
彼自身とて、じきパリを後にする。寂しさはわかるが、その分これからへの想いもあった。
乾杯交わされた酒を覗き見、自分と自分の友人たちの行く先に幸多からんことをラシュディアは祈る。
「思えば、年末にドレスタッドで『ちま依頼』があって、それが終わってからとんぼ返り‥‥ペットのお馬さんをかっ飛ばしてパリへ帰ってきたですよ」
疲れてグダグダですよ〜落馬しなくて良かったですよ〜‥‥と、零しながらアリエラは、福袋から出たピンクの卵を撫でながら古ワインを啜っていた。
本当は、新年くらいはワインを飲んでみたかったのだけれど‥‥貧しさに負けて古ワインである。
ちょっぴり悔しいからか、同士が欲しかったからか。
「さぁ〜、一緒に飲むですよ〜♪」
古ワインが好きと聞いたラシュディアの杯も、同じ古ワインを注ぎ満たすアリエラ。
そして問われた言葉に、僅かに小首を傾げ。けれど言葉に迷う事無く答えを語る。
「新年の抱負ですか‥‥? そりゃ決まってますですよ? 『今年こそ嫁に行く!』ですよ」
ぐぐっと力いっぱい握り拳でアピール。「嫁の前に恋人見つけないとダメですけどね〜」がっくり自己ツッコミも入った所で、気持ちも新たにアリエラは、声を大に抱負を宣言する。
「今年こそ!運命の人に会うですよ〜!! でも、やはり新しい出会いは新しい場所じゃないとダメですかねぇ?」
「どうだろうなぁ‥‥、アリエラの言う新しい場所ってどこになるんだ?」
古ワインをちびちびと飲んでいたラシュディアが訊ねると、アリエラはにっこり笑って答えた。
「ジャパンに行くですよ!」
酒場の一角で唐突に決意を新たにするアリエラに、果実水を飲んでいた明信が穏やかに笑う。
「私もジャパンに帰ろうと思っていますので、またお会いできました時は‥‥」
「よろしくですよ〜、でも仲が良いお2人には中々近づけないですね」
決意への挨拶のお返し半分、冷やかし半分のアリエラの言葉に、明信とルミリアは、どちらとも無く視線を交わすと顔を真っ赤に染めて俯くのだった。
●夢語りは、現実へと手繰る
そんな席で、ずぞー‥‥と、ホットミルクを啜りつつメリル・マーナ(ea1822)はこの1年を振り返る。
「昨年は有意義な一年であった‥‥」
「へぇ?」
共に席を囲むラシュディアが相槌を返すと、ゆっくりと思い返すように彼女は語った――身内にある熱い想いを。
「ノルマンを飛び出て、ジャパンとイギリスに足を伸ばした年じゃった。特にジャパンでは家の改修に参加し、ジャパンの建築技術に肌で触れた。あの経験は何にも勝る‥‥本当にすばらしい一年であった‥‥」
陶然と語るメリルの声には、下手な言葉を挟む余地のない強さが込められている。
あの経験は、けして風化させてはならないと彼女は心に定めた。
是非とも、自分が生きている内に、自分の手が動く内に、何より自分の記憶が薄れぬ内に、形に残したかった。それも、彼女は趣味‥‥トラップを調和させた形で残したかったのだ。
「ゆえに、今年こそは我が住処『からくり屋敷五十歩手前』を『からくり屋敷一歩手前』にするのじゃっ! 住処の至る所に非殺傷系トラップを山盛り、いや特盛りに設置し、来訪者を驚愕の渦にたたき込むのじゃ! 死に至らしめるほど悪趣味ではなくな! ふーほほほ、楽しみじゃ、楽しみなのじゃあああ!!!」
彼女の手にある木杯の中で、ホットミルクが揺れさざめいた。
「‥‥それは、壮大な目標‥‥ですよ〜」
ささやかなアリエラの言葉は果たしてメリルの耳に届いたのだろうか。
「その前に、借家ではなく一戸建てを手に入れなければのう‥‥」
(計算中です、暫くお待ちください)
「‥‥ぬぅ、ちと厳しいの。大願成就のために、冒険者稼業を続けねばならんかのう‥‥むぅ」
「資金繰りに悩んでいるのはボクも一緒ですが‥‥まあ、お互い頑張りましょう」
杯を傾けるクライフの言葉も何処へか。壮大な目標の為のメリルの皮算用は続くのだった。
●これから過ごす日への戒め
賑やかなラシュディア達が囲む席から少し離れ、グリュンヒルダは隅の方の席で人待ち顔で座っていた。
パリで遣り残した事は‥‥と、ふと思いつき、回った先の随所に伝言を残しておいたグリュンヒルダだったが‥‥やはり望み薄い事だったのだろうか。
知らず小さく息を吐くグリュンヒルダ。けれどそんな彼女に不意に掛けられた声があった。
それは彼女が待っていた人物ではなかったが、パリの冒険者で知らぬ者はいない人だった。
彼女が冒険者酒場に姿を見せる事は珍しい事だったが、無い話ではない。
思いがけぬ出会いに瞳を瞬かせたグリュンヒルダに掛けられた女性の言葉は、彼女の行動を諌める言葉だった。
「既に貴女は、子爵様の婚約者でいらっしゃるのだから‥‥」
婚約者の、何よりグリュンヒルダ自身のために軽挙な振る舞いは避け、自身の立場を考え自重なさいという‥‥王に近しい立場であり、社会的にも高い地位にある同じ女性からの諌めの言葉。
先日の夜会でのデジェルの言葉が不意に浮かぶ。
これから過ごしていくであろう時間に喜び膨らむ彼女の胸に、ちくりと刺さる諌葉。
だがそれは、何よりも彼女自身を思っての言葉なのだから‥‥あえて苦言を送ってくれる存在がいる事が、幸せなのだといつか彼女は気付くだろうか。
●交わり進む道のり
楽しい時間ほど過ぎるのが早いのは何故だろう。
やがて夜も更けゆき。
それぞれに、この場を共に過ごした礼を述べて、彼らはそれぞれの明日のために別れの時間を受け入れる。
「涙は決して見せず〜 笑ってお別れだね〜♪」
「‥‥そうですね、またお会いした時はよろしくですよ〜」
「皆の先行きが幸多い事を祈ってる」
またいつか歩む道が交わった時にはよろしく‥‥と笑みかわし、始まるために、彼らの宴は終わりを迎えた。
あたたかで楽しい小さな新年会の場を辞し、酒場を後に2人寄りそい帰る道すがら、ふとルミリアは足を止め明信を見つめた。
「‥‥ルミリアさん?」
歩みとどまるルミリアを見遣れば、額に触れる柔らかなぬくもり。
「その、これからも傍らに居て頂きたい‥‥あの‥‥その‥‥ともに切磋琢磨して参りましょう‥‥!」
夜闇にも分かるほどに顔を赤く染め、胸にある想いを告げるルミリアに、自身の頬も赤らむのがわかった。
剣の腕を認め合う事が出来る存在である彼女。額に落とされたぬくもりが嬉しい。
憧れた存在であるルミリアの気持ちが嬉しい。染まる顔を悟られぬように、彼女の想いを受け止めるように、明信はそっと彼女を抱きしめる。
それでも自分が彼女に相応しい人物になれるかはこれからの鍛錬次第の様な気もするけれど、2人の気持ちが同じであれば、結果は後から伴うもののはず。
冬の星空を見上げる2人。ぬくもりを分け合うように寄り添う中で、結び握られた手が、とてもあたたかかった。
パリ最後の休日は、美しい花の都を共に満喫し、分かつ優しい思い出と共に、これからもっと強くなる為の契機となる事を願って‥‥。
●これから進むべき場所
ラーガ・ラダ・カミナ(eb3760)にとってのジャパンは単に異国の一言で表すことの出来る国ではなかった。
母の祖国にして愛しい人の住む国、ジャパン。
かつて彼女は、心惹かれるかの国を目指し、恋人に会いたい一心でノルマンを旅立った、
けれど其処に行く手段を見い出せず、結局は、パリのグリシーヌ通りに在る棲家に舞い戻ったのだった。
海路にしても月道にしても、遠いジャパンに赴くには時間も費用が掛かる。
冒険者の傍らで営む生業で得る収入だけでは、ジャパンへ渡るために必要な資金が何時用意出来るのかわからない。
そして、まだ冒険者として駆け出しである彼女は、月道の周期をよく理解していなかった。
けれど、このまま諦められるものでもない‥‥ジャパンへの道のり。
「このままで‥‥良い訳‥‥ないよネ‥‥」
窓の外を見れば、新年の訪れを慶び祝う挨拶を交わす隣人達が通り過ぎて行く。
借家で仮住いとは言え、この町に居を構えて二月以上経つのに‥‥隣家の住人の顔も名前すらも知らない。
言葉を、挨拶すら交わしたコトがない。
旅し、外を巡り歩いた時間があったとはいえ、きっとこのままではいけないのだとも思った。漠然とした想いを抱え、そんな様子を眺め呟かれる言葉は、今を見直し気持ちを新たに呟かれるもの。
「冒険に‥‥出ましょう」
それは、小さな決意。
「愛しい人に会う。その為にジャパンに行く。その為の旅費を稼ぐ。だから冒険に出る。先ずは‥‥」
彼女が向った先は‥‥冒険者ギルド。
昨年、パリを、ノルマン国内を騒がせた激動の事件群は、落ち着きを見せ始めた新年。
だからといって、冒険者の力が全く必要とされる事の無い事態には早々成り得ぬものでもある。
元より、冒険者という言葉のくくりは、広く大雑把なものでもあった。
人が集う所には様々なものが集まる。出会いも情報も、彼女が求める冒険者を頼る仕事であったり、一角千金を狙える冒険話であったり。
旅装を羽織り、ダガーを携え、スタッフを手に。
新しい年に、新しい決意を抱え、彼女は棲家を後にする。
●よく晴れた空の下
吟遊詩人を営む彼女が、琵琶の弦を無造作にかき鳴らし、見上げた空の色は、鮮やかな青。
♪見上げればノルマンの空はどこまでも続く〜
それはまるで皆の運命を見守る様に〜
ボクも吟遊詩人の職務として〜
語るべき勇者の物語を〜
どこまでも広めて行こうじゃないか〜♪
皆、新しき年にまた新しき日々を営み始めるように‥‥晴れ渡る空の下ばかりでは無いけれど、新たな年の誓いを胸に、これからの日々も善き日を過ごせる事を願って。