●リプレイ本文
●運ぶ道
うだるような暑さの中、重たい車輪の回る音を引き連れて馬車が街道を駆けていた。
幸いにも恵まれた天候‥‥というべきなのだろうか。
盗賊の来訪を警戒するには視界は良好。降注ぐというよりも射すような日差しに肌を焼かれ浮かぶ汗。
こめかみを伝い顔を流れ落ちる汗を拳でぬぐいながら、クロード・レイ(eb2762)は役目を果たすべく警戒を怠らぬようパリへと向う先を馬車の上から見据えていた。
冒険者達の今回の任務は、護衛。
守るべきは馬車に詰まれた荷‥‥今回、冒険者達が守り届けるべき品は、マントの名産であるベルトのバックル。
一言でバックルといっても、素材となる材質は様々。実際の品はといえば、実用性を重視した簡素な作りのものから、凝った美術品のような品まで文字通り多様な品々が『バックル』として箱に収められ、馬車の中に積み重ねられていた。
(「ベルトのバックル‥‥こんな物が高額取引されるのねぇ。不思議だわ」)
しげしげとバックルの山を見つめていたジェラルディン・ブラウン(eb2321)。そんな彼女の心中の呟きが聞こえたのかのように、依頼主でもある商人ギルドの男が小さく笑う。
「マントのバックルは、昨年からの努力が功を奏してようやく国内での認知度があがってきたんですよ」
ただ、そのため盗賊にも目を付けられる事になったのだけれど。
「任せろ、自分らはプロだ。荷物は必ず無事に送り届けよう。それに‥‥領民が心を込めて作った品を奪うような連中、捨て置けないからな」
ショートボウを手に力強く請け負うガンバートル・ノムホンモリ(eb3327)の太い笑みに、頼みにしていますと男は頭を下げるのだった。
「クラリッサさんて、大ホールでお話した、クラリッサさんかしら?」
「領主様と直接お会いになった事があるので?」
「まさかね。うーん、気品のある方だとは思っていたけど、ねぇ」
さらりと笑い流す天津風美沙樹(eb5363)と共に笑う御台の男。彼らの話に、フェリシア・リヴィエ(eb3000)は小さく首を傾げた。
昨年、ノルマン各地で同時多発的に発生した破滅の魔法陣に連なる事件。デビルに与したマントに縁ある男、カルロスを討つために冒険者がギルドをあげて挑んだ事件は未だ記憶に新しい。その際、クラリッサ自ら戦場近くに居た事も多く、冒険者達と親しくしていた様子もあったようだから、美沙樹が話した人物がおしのびでマントから来ていた本人ではないとは言い切れない。が、当人かどうかは聞かなければわからないのだから‥‥と、フェリシアは沈黙を守ることにする。
●備えと策と
可能ならば、休憩を取る間も惜しい道行。
強行軍に過ぎ、馬や車、何より人が参ってしまっては仕方なく、適度に重ねる休憩と休息。
道行きもおぼつかぬ夜は、交代で見張りをする事で出来る限りの休みをとる事にした彼ら。
その日の夕食は、保存食とせめてと沸かした茶で簡単に済ませ、明日以降の道の確認をとる。
緻密な書き込みがなされた地図は、事前準備のたまもの‥‥それらは、僅かに日をさかのぼる。
リュヴィア・グラナート(ea9960)やクロード、ジェラルディンらが、出立前に許される限りの時間を割き集めた情報と、事前に確認した通行ルート。
バックルの数を揃えるのが遅れてしまったため、安全路を選び遠回りはできない。
最短を進もうとすれば、盗賊が横行している箇所を通らなければならない。
そのための護衛。そのための依頼。
彼らは、街道路を書き記した地図を広げ、襲撃の多い箇所、あるいは予想される箇所を書き記していた。
また、賊が潜伏しそうな場所や、両側の見通しが悪い場所など想定出来うる危険性も抑える。
荷を纏め終えたリュヴィアの指に在るリングが鈍く光を返す。
「護衛依頼は久々だな、気を引き締めていこう」
「そうね、私もパリに戻っての久々の依頼だわ」
胸元を飾る十字架のネックレスを握りしめ、フェリシアは気持ちを整える。
地図を畳み荷へしまいながら、クロードも皆に頷き。
「出来れば討伐までしておきたいが、確実に追っ払えればそれでいい」
荷を届ける事を最優先に‥‥という、果たすべき依頼を共有し、彼らはマントよりパリへの護衛と発っていたのだった。
●夜陰
ぱきりと、乾いた枝が折れる音が響いた。繋いでおいた馬が、頭をもたげ鼻を鳴らす。
顔を上げ、ジェラルディンが焚き火から離れた闇を見つめる。
美沙樹と共に、道中用意した鳴子はならない。
だが、再び響いた枝を踏む軽い音と地面をするような音を聞き、ガンバートルはバックパックをローブで包み枕代わりに横になっていたクロードのそれを優しく蹴り飛ばした。
髪が引きずられ、頭の浮く感覚に瞬時に身を起こしたクロードの視線の先。
枝葉を踏み鳴らし、通り抜けたのは野犬の姿。
「あら」
闖入者の正体にジェラルディンが目を丸くする。
先の焼けた木の枝を1本、焚き火の中から抜き取ると、クロードは鋭く野犬に投げつけ追い払う。
畳み掛けるようにガンバートルが礫を投げれば、腹も減ってはいなかったのだろう。あっさりと野犬は離れていった。
「‥‥‥‥‥‥」
口は開かず、けれど何よりも雄弁に語る闇色の瞳から、ついと目を逸らすガンバートル。
「‥‥モリ」
「いざとなれば、男が体張るもんだろ?」
褐色の髭を撫で付けながら、もう片方の手でクロードのバックパックを放って渡す。
今回の護衛の道中の女性陣は、クレリックやウィザードが過半数。
それらを合せて彼の言葉に異論はクロードとて無いのだが‥‥出来ればもう少し考えた起こし方をして欲しかった。
●襲撃‥‥鈍る色
続く晴天。折を見てリュヴィアが陽光に問うものの、望む答えは得られなかった。
金貨を手に小さく息をつく彼女の肩を美沙樹が叩き先へと促す。
元より、日の降り注ぐ見晴らしの良いところに屯し襲う盗賊団であれば、マントの騎士団とて逃しはしないだろう。
それはリュヴィアも理解していたからこそ、動きがないかを案じ、度々サンワードを用い、怪しげな動きをとる人間が居ないか注意していたのだ。
「ここまで来たのね」
地図を眺め、書き込みを見れば事前に得た情報からの注意点の箇所に美沙樹は小さく呟いた。
確かに注意が必要な印象を受け、ジェラルディンもよりいっそう注意深く周辺を伺う。
今まで盗賊が現れたという話はなかったが、街道の両側に濃い森が張り出し、見晴らしの悪い箇所。
事前に潜伏されれば、リュヴィアのサンワードも功をなさない、注意していた場所の1つ。
馬車は止まる事無く、可能な限り急いでいたけれど‥‥そう彼らが慎重に辺りを伺っていた頃だった。
低い男の悲鳴が上がり、かぶさる様に馬の嘶きが響き馬車がとまる。
異変に傍らを歩いていたフェリシアが駆け寄れば、御者台には御者役の男が縫いとめられていた。
血を流しうめく男を慌てて癒すジェラルディン。
けれど、馬車の中から冒険者らが異変に顔を出すか否かの間で、文字通り矢のような雨が降り注いで来た。それと同時に複数人の怒声が響く。
幌を貫き箱へと突き刺さる矢に、小さく悲鳴をあげると依頼人の男は身を小さく丸め震えだした。
眉根を寄せたリュビアは、石版を手に美沙樹に一つ頷いて見せた。
彼女は既にダガーを握り。またクロードとガンバートルもそれぞれ愛用の弓を握り、矢を番えている。
「いくぞ!」
詠唱と共に幌を振り払い、襲い掛かってきた男ら目掛け、リュヴィアは容赦のない重力波を放った。
不意に放たれた魔法を交わす術などなく重力の波に叩きのめされる男ら。
倒れた仲間に解さず、魔法の効果範囲から逃れていた盗賊らの足は止まらない。
リュヴィアへと飛来した弓を美沙樹が叩き落し、更にもう1撃見舞おうと詠唱を結ぶリュヴィアを助ける。
フェリシアの祝福に送り出されたクロードとガンバートルもまた、矢の飛来する方角を定めお返しとばかりに矢を叩き込む。
矢種を惜しまぬガンバートルの矢に、盗賊達は近寄る事が出来ずたたらを踏む。
飛来する弓もまた、クロードの反撃にその数を次第に減らしている。
怯える依頼人達を宥め庇うジェラルディンが、不意に訪れた空虚にも似た静けさに顔をあげると‥‥いつの間にか、矢の雨は止まっていた。
「逃げた‥‥ようだな」
スクロールも手に、魔法の備えは怠らず、周囲を眺めリュヴィアが呟く。
倒れていた盗賊の姿も無い。
盗賊などと呼ばれていた割りに、どこか統率のとれた動きで攻め、また退いていった男ら。
重傷を負ったものもいたはずなのに、捕虜とすべき相手が残っていない。
無知ではない、野蛮なだけではない行動を盗賊らに感じ、すっきりしない何かが彼女の心に残る。
「‥‥馬車は大丈夫だな」
車輪を確かめ終えたガンバートルは、それを軽く叩いた。
矢を射掛けられ、納品すべきバックルの収まった箱や幌に傷や破れは出たものの、走行に支障なく、品も奪われず傷も付かなかったのだから問題ないだろう。
馬も落ち着き、御者台に座っていた男の負った怪我は、既にジェラルディンの手により癒されている。
「とにかく荷を届けることが優先‥‥だ。後を追われぬうちに行くぞ」
執拗に追うことはなく、叶わぬとみた盗賊達はあっさりと引いていった。
その様子に同じように違和感を感じていたものの弓を手放す事無く、盗賊達が散っていた方を見遣りクロードが先行きを促す。
冒険者らもまた、深追いする事無く先へ進む事を選んだ。
手綱を握り、御者は冒険者の言葉に従い再び馬車を繰り出す。
ジェラルディンが先に回りこむ賊がいないか注意し目を凝らす中、ガンバートルとクロードは、手にある弓を下ろす事無く矢を備え。車輪が回り始め、進み始めた馬車に付き従うように、魔法の靴を履いたフェリシアは歩き始めた。
●パリの街並み
「皆さんのお陰で、無事荷を運ぶ事ができました。これから先は私らの仕事だ。良い商売させてもらいますよ」
一行は、無事パリに着く事ができた。
予期していた通り、荷を狙っての盗賊たちの襲撃に出くわしたものの、冒険者らの尽力のお陰で、荷を失う事無く期限内に運べたのは商人達にとって何よりの事だった。
「いいえ、無事で着けて良かったわ。少しでもクラリッサさんの助けになっていれば良いのだけれど」
「十分ですよ、本当に助かりました。領主様もお伝えしておきます」
盗賊団を何とかしなければ、本当の解決とはいえないのではないだろうか‥‥そんな想いから、フェリシアが苦笑まじりに零す。
けれど、何よりも納品や取引に支障をきたす事こそ避けなければならなかったのだと、商人達は礼を重ねる。
「領主様からの礼は、ギルドから報酬が出ていると思いますが‥‥」
そういって依頼人の男が皆に小さな包みを渡した。
一言断ってからモリが開けば、そこに在ったのは彼らが今回守り届けたマント領の特産品である、装飾性の高いベルトのバックルだった。
男からのお礼だというそれは1番流通している飽きのこないシンプルなデザインで使い手を選ばない品。
バックルに興味を持っていたモリは、思いがけず心中の願いが叶って相好を崩す。
「良いのか?」
クロードが問えば勿論だと男は笑い、御者の男も大きく頷く。
「使ってくれれば1番嬉しいね。広くノルマンを巡り、国外までも歩く冒険者が愛用しているなんざ、何よりの宣伝になる」
「商売が上手いな」
なるほどとモリは納得し、バックルを受け取った。
「お嬢さん達には、礼になるのか微妙なところですがね」
男の笑みが苦笑に代わる。ジェラルディンがその様子に瞳を瞬かせていたけれど、美沙樹とフェリシアは首を横に振り受け取った。久々の護衛依頼を無事に終え、確かな達成の証を手にリュヴィアも微笑み、仲間達は労苦を互いに労いあうのだった。