残暑のパリ我慢大会―厨房で我慢

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月26日〜08月31日

リプレイ公開日:2006年09月05日

●オープニング

●それが残暑というもの
 夏の盛りは過ぎたとはいえ、まだまだ照りつける日差しは遠慮知らず。
 整備された石敷きの街並みの歩道は、陽光に熱され焼けており、更に街の暑さをいや増していた。
 暑さの峠は越えた頃と思いたいけれど、暑いものは暑い。
 暑さが残っているのが、残暑とはよく言ったもので‥‥眠れぬ夜を過ごす事は減ってはきたものの、それでもまだ昼間は暑い。
 うだるような暑さに太陽を見上げる人々の口からは、ただただため息が零れるのだった。


●暑さにのまれるな、暑さを飲み込め(何)
 日頃国内外を飛び回り、人より鍛えられた体をもっている存在――幾ら彼らとはいえ、暑さを超越しているものでもなく。
 冒険者とて暑いものは暑いとへろりと転げていた。
「あ〜つ〜い〜よ〜‥‥」
 へちゃりとテーブルに突っ伏して、うめいているのはシェラだった。
 本当に暑いのだろう、蝶の羽根もへたりと歪み萎れているようにも見える。
「シェラさん‥‥そんな格好をされては愛らしさが半減してしまいますよ」
 その様子を苦笑を浮かべ、青色の瞳を細めたしなめたのはレイ・ミュラー。
 1人の冒険者として、あるいは女性として、シェラの態度はいかなシフールといえどもあんまりだったからだ。
 素直に「ごめんなさい」と、慌てて姿勢を正すシェラにレイは小さく微笑んだ。
 流石にシェラのように人目をはばからず暑さへの不満をこぼす事は無かったが、レイも暑い事には変わらないのだろう。
 暑さにふと思い浮かんだ事が、彼の口を開かせた。
「とある地域では我慢大会なるものがあるそうですよ。冬の装いをして、暑い場所で暑い料理を食べるのだとか」
「‥‥‥‥暑いのに、暑い事するの?」
 げんなりした表情を隠そうともせず問い返したシェラにレイは頷く。
「そういう戦いらしいですね。暑いのに暑い事をすることで自分を鍛えようとしているのか、暑いのに暑い事をすることで感覚を狂わせようとしているのか、暑いのに暑い事をすることで自分の強さを証明しようとしているのか、それとも‥‥」
 元々饒舌な性質のレイ。けれど、言ってる事がぐるぐるまわってる‥‥ようは、レイちゃんも暑いんだなぁとシェラは思った。
 暑いというか、暑さでうだっちゃっているのではなかろうか。天然タラシ・レイ・ミュラー。
 だが、同様のことを考えた冒険者は少なからずいたらしい。
 そんなことを漏らしたレイ君の言葉をきっかけに、周辺の冒険者が頷きを返す。
「パリ風我慢大会をしようじゃないか!」
 暑い場所は、借りた場所を締め切って、暖炉に火でも入れればいいか。料理の手配や、場所の確保はどうしよう?
 そんな疑問は片端から解決していく。
「料理は任せてっ!!」
 なんて勢いになって、あれよあれよという間に‥‥パリ風我慢大会の企画や準備が整っていく事となる。
 そんな用意が整ったところで。。。
「レイちゃん、頑張って〜☆」
――お料理得意なお友達は、シェラが集めてくるの。
――だから、我慢大会を体を張って効果を試して欲しいな♪
 と、シェラに背中を押され、言いだしっぺが参加しないで如何するという周囲の雰囲気にのまれるように、レイの出場も決まっていたのだった。

●今回の参加者

 ea2848 紅 茜(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4206 ケイ・メイト(20歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb1987 神哭月 凛(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2321 ジェラルディン・ブラウン(27歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb3000 フェリシア・リヴィエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

キャル・パル(ea1560)/ ガイアス・タンベル(ea7780)/ バデル・ザラーム(ea9933

●リプレイ本文

●準備はしっかり
「このクソ暑い時に熱いもの食べるなんて面白そうなことやってるじゃないか! だったら私も久しぶりだしちょっくら気合入れ直しますか!」
 ぐぐっと握りこぶしを振り上げ気合一発・参加表明したのは紅茜(ea2848)。
 既に彼女は作るメニューも決まっているようで、キャル・パルを伴い買出しに向ったようである。
 久方ぶりの依頼に意欲を燃やしているのは、茜だけでは無い。
 賑わう市や商店街を覗きながら材料をいち早く買い求めてきたのはケイ・メイト(ea4206)。
 そんな彼女の買出しを手伝い、気は優しくて力持ちな驢馬のジムが背負ってきたのは季節の野菜を中心としたもの。
「随分たくさん買出しをされて来たのですね。旬のものが多いですから‥‥」
 荷降ろしを手伝っていた神哭月凛(eb1987)の言葉が不意に途切れた。
 凛の固まった笑顔を前に、ケイは含む色も無くにっこり笑ってジムの首を叩く。
「ま、鍋に入れるんだし適当でも何とかなると思うにゃ!」
 見知らぬものでもかまわない。と、適当にケイがかい出してきた結果、凛が何を見つけたのかは‥‥内緒の方が良いのかもしれない。
 大会参加者に敬礼っ(ちーん)。
 一方。
「我慢大会という苦行に挑戦する勇者達を応援しつつ、更なる苦難を与えるのね。唯でさえ苦しんでいる彼らをいっそう苦しめるのは辛いけれど‥‥これも役目ですもの、彼らも判ってくれるわよね」
 ほろりと零れそうになる涙のためか、目元を押さえジェラルディン・ブラウン(eb2321)が苦悩に満ちた呟きを零す。
 女性に騙さ‥‥もとい優先するレイなどは、苦難を越えてこそ!と盛り上がりをみせてくれそうだが。
 あるいは、無邪気に通じる微笑を浮かべ大会を思う者も居た。
「我慢大会、誰が優勝するのか楽しみ。盛り上がるよう、精一杯お手伝いするわ♪」
 微笑むフェリシア・リヴィエ(eb3000)に、シェラ・ウパーラも「楽しみだねー♪」と頷く。
 精一杯お手伝いと言えば聞こえはいいが、大会参加者の苦悩をいや増す事がその内容なのだから女性の笑顔は怖いものである。


●調理はきっちり
「いつもは幸福を運ぶって言われてるけど、今日は熱いのを運んじゃうよー」
 幸福運ぶ料理人の2つ名を持つユリア・ミフィーラル(ea6337)は、とっておきの笑みを浮かべつつ、大会のための料理作りに勤しんでいた。
 肉類にチーズ、季節の野菜。1人前ずつ並べる事の出来るような鍋に石。‥‥石?
 食の探究者とも呼ばれる彼女の手に掛かれば、路傍の石すら美味に‥‥
「なるわけが無いよね。やっぱり、目指せ大会の趣旨に合ってて美味しい物、だね」
 ばっさり疑問は斬り捨てられ。飛びぬけて優れた腕を持つユリアの作り出す料理は如何なる品なのか。
 それはもう直ぐ分かる事。そんなこんなで次第に熱気の立ち込め始めた調理場。
 ふわり飛ぶのは危険と判断したキャルは、茜の傍らで材料が慣れた手つきで刻まれていく様子を眺めていた。
「茜さんは何を作るのかな?」
「今回は熱くてから〜いモノを作るんだ。熱くてから〜いモノって言ったら鍋だよね!」
 厨房が暑くなる事を見越して薄着で、小麦粉をこねる茜の前には火に掛けられた大鍋。
 真っ赤なスープから覗く鮮やかな色の野菜が見た目にとても暑苦しく辛そうである。
「あっつっくて、から〜い、なっべ! に、また1つ新しいパンが生まれるのだ!」
「頑張れ〜♪」
「ユリアちゃんも頑張ってね〜☆」
 暢気にのほほんとキャルと共に応援するシェラ。同時に複数で火を扱えば、当然ながらも厨房内の室温はうなぎ上り。
 声援と共に、料理人達の熱いバトル我慢大会は、店内の我慢大会に先駆けて既に始まっていたのだった。


●用意もばっちり
 窓という窓、扉という扉は開け放たれてはいるものの、火を扱い湯を使う厨房には絶えず熱が生み出されていく。
 それでもやらないよりはマシ‥‥と、開けられている窓たちを眺め、ジェラルディンは小さく息をついた。
 普段はきっちりと着ているローブを脱ぎ、少しでも涼しいものにと着替え調理の準備を始める。
 そんな彼女の視界に入るのは、フェリシアが整えていた会場となる店内の様子。
 装飾は、赤や橙等の暖色系で纏められ見た目にも暑苦し‥‥温かなものになっていた。
 それらを纏め、シェラと場所を整えていたフェリシアはにこやかに飲み物を用意していた。
 無論参加者用の温かなお茶である。主に体を温める作用のあるハーブを揃えてたりするのだから神の御使いは侮れない。
 傍らには大会中に問答無用で着用が義務付けられている毛皮の上着や防寒服もばっちり準備されていた。何だか中に着ぐるみとか混ざっていたような気もする。
 料理の数々が続々と完成を待つばかりになり、会場の用意も終わって、我慢大会が始まるのを待つばかりとなった頃。
「フェリシアちゃん、皆の料理美味しいよ?」
 少しでも涼む助けになればと凛が用意してくれたアイスコフィンで作られた氷の側で、味見と称してちゃっかり野菜スープをご相伴していたシェラは、小さく首を傾げた。
 なぜなら、美味しい料理が豊富に用意されていく調理場の傍らで彼女が食べていたのは、冒険のお供・保存食だったからだ。
 ケイやキャル、お気楽極楽シフール娘達がもきゅもきゅしているお皿は、大会参加者へ向けての気遣いポイントが削られていたからに食べ易いのに他ならないのだが、ふふふ‥‥と意味ありげに微笑むばかりのフェリシアに、シェラは更に首を傾げるばかりだった。

 一方厨房を離れれば、そこからの熱気も流れ込む店内の窓から見える場所に、凛は仲間のためにガイアス・タンベルと共に休憩室を用意していた。
 日差しが遮られる場所で大きく厚めの板を置き、アイスコフィンで氷の壁を作り出す。
 ガイアスが汲み上げて来た井戸水は、クーリングで生まれ変わり、氷へと姿をかえ。
 それらは割り砕かれ、用意していた木の入れ物へ詰められ冷気を零す。
 氷の上にはガイアスが市場から仕入れた果物やバデル・ザラームが近隣の森から直接採取してきた果物が並べられ、茜の手により作られた雪像ならぬ氷像も相まって目にも味覚にも涼やかな様相を呈していた。
 いざという時は、大会参加者の避難用にも流用できるように。楽しく大会が運営されるよう医者も呼び、万全の体制を整える。
「用意できたかにゃ?」
「ええ、ありがとうございます。厨房の様子はいかがでしょう?」
 ギブメンタルでケイから分けられた魔力があれば、まだなお大会中に氷の補充は可能である。
「大分暑くなってるみたいにゃ!」
「‥‥ケイさんも暑そうですけれど大丈夫ですか?」
 ぶいっと指を立ててみせたケイの顔が赤い。少々心配げに凛が訊ねるが。
「これも全て、わんドシを倒すための修行の一環にゃ!!」
 ぐぐっと気合を込めた宣言に、どんなに暑い部屋にいても元気だけは無くさないケイには流石の一言。
 心頭滅却すれば火もまた涼しとはよく言ったものだが‥‥。
 熱された室内かつ、熱気のこもりがちな天井付近で応援をたきつけていれば、熱に煽られる。
 気合と根性で全て乗り切れるのであれば、医者も神聖魔法も神様もいらないわけで。
「にゃ〜〜〜〜‥‥」
「無理は禁物です!」
 ぱったり地に落ちそうになるケイに慌てた凛の声が響くのだった。


●料理はすっごい
「まずは1番手は私の料理だよ。パリでも名の知れた極食会、その会員NO1・紅茜とは私のことさ!」
 口上も勢い良く並べられたのは真っ赤に煮立ったスープが食欲をそそりそうな香りを放つ鍋だった。
 暖炉前の窯に掛けられ、常に煮込み続けられているそれに、ごくりと誰かの喉がなる。
 空腹を訴えてのものか、あるいはそうでないのかは当人のみの知るところであろう。
 取り分けられたスープは、見た目に違わず辛かった。けれどそれこそが食欲をそそり、かつ発汗を促す。
 だらだらと汗をかきながら食べ進めていく参加者らに次に勧められたのは、パンだった。
 辛いスープのお供にパンならば‥‥と、齧り付いた1人が悶絶する。‥‥楚々と割って食べようとした者は知っていた。パンの中に熱々ととろけたチーズが入っていたことに。その名も茜特製の香辛料入りチーズパン。何処かの言葉でいうなればスパイシーチーズパン!(そのまんま)。
 何って熱いとか暑いとかなければ、普通に美味しいところが悔しい。
 悶絶する(ある意味)仲間を脱落とみなしたか、あるいは構ってられないという事か‥‥食べ終えた者が次を注文する。
 茜の用意した鍋と違い、ユリアが用意した鍋は見た目には普通の肉と野菜が煮込まれている物である。
 大変美味しそうな香りを伴ったそれは、平時であればどんなに芳しき食欲をそそるものであったか。
 極熱地獄と化した店内では、参加者達には香りを伴う湯気ですらデビルの吐息に見えたかもしれない。
 けれど、出されたものは食べなければいけないのが我慢大会。覚悟を決めて、匙を口元へと運ぶ。
「旨い! 美味なるスープは、天上の天使もかくや‥‥てか、冷めねぇ?!」
 幾ら頑張って中を攪拌しようと冷めないスープは、ユリアの気遣いにより鍋の中に熱された石が入っていたのだ。
「火傷するから、石には気をつけてね」
 常ならば幸せを運ぶ彼女の微笑みは、ともすれば‥‥デビルの微笑みに見えなくも無い。
 厚く切った豚肉焼に、ナイフを入れればとろりと溶けたチーズが溢れ出す。
 ああ、もうなんていうか‥‥至福なんだか地獄なんだか。素晴らしく味が良いところが泣くに泣けないところである。
 次いで参加者らの前に並べられていくのは焼かれた石鍋に入ったスープパスタ。とろりとした乳スープで煮込まれた魚介や野菜達。
 微妙にこってりした味わいは肉の脂かだろうか。濃い目に付けられた味付けとも相まって‥‥冬には最高そうな品々である。
 ていうか‥‥あえて鍋を石にしなくても。いや、逆か?
 石入り鍋より更に冷めそうにもない器を眺める参加者の顔が引きつっているのは気のせいではないだろう。
 作り手であるフェリシアの涼しげな格好が、羨ましいを通り越して妬ましいってか憎らしく見えるのも気のせいではないかもしれない。
「メニューは、冬に食べたくなるようなもので、体が芯から温まるようなもの、そしてコッテリ風味なものにしてみたわ」
 にっこり笑うフェリシアの背後に、セーラ神ではない何かが見えた者もいたそうな。
 意地の張り合いか、誇りを賭けてか最早分らなくなり始めた参加者達。
 ひぃひぃ食べ進める彼らの前に、新しいスープが並べられ、更に熱された鉄板まで並べられる。
 スープの中には麺状のものが見える。香辛料の食欲をそそる香りが恨めしい。
 が、石のようなものは見当たらない。これは時間を置けば冷めると踏んだ参加者が、フェリシアのスープを食べすすめていくと、熱された鉄板に味付けされた肉が並べられていく。
 これまた良い香りで熱々である。
「熱いうちにどうぞ。ああ、スープが冷めてしまうわね。ちょっと危ないから気をつけて?」
 赤色の瞳を細め微笑んだそばから、その手で作り出されたのは――地獄の血の池もかくやというぐつぐつと煮立つスープ。
 スープに投入されたのは具材ではなく、よ〜〜く焼けた石だった。
 既に入れられて出されるか、目の前で入れられるか‥‥ダメージ的に大きいのは後者に違いない。
 狙ったかのようなジェラルディンの料理(間違いなく狙っているだろう)、彼女の胸元にホーリーシンボルである十字架を見つけた参加者達が、神へ恨み言の一つや二つ吐いてもそれは仕方の無い事だろう。


●さてはて結果はといえば?
「がんばるにゃ〜!」
「この程度の暑さではまだまだだよぉ!」
 ケイ達シフールの暢気にも聞こえる応援の声に応える様に、炎を前に引く事無く鍋を振るい続ける茜。
 我慢大会の参加者が倒れるか、作り手側が倒れるのが先か。
 互いに熱気覚めやらぬ我慢大会において、元より共倒れになる事の無いよう配慮し、用意を整えた厨房側に敗北の字は無さそうである。
 ジェラルディンの素敵な気遣いにより、店内の暖炉の薪はきれる事無く赤々と燃え、フェリシアの素晴らしい心配りにより温かな飲み物にも不自由しない。
「今回作ったのって冬にはいいかもしれないから、ちゃんとどうだったか訊いておかないと」
 たまに運ばれてくる脱落‥‥熱きに耐える勇者達を手当てし、再び地獄‥‥戦場へ送り出している凛の傍ら。
 安全圏とも言うべき場所で、冷たく冷やされた果実水をすすっていたユリアがふと呟いた。
 至極最もな言葉だったのだが‥‥。
「‥‥ユリアさんのお料理、いえ皆さんの作られた品々はどれもとても美味しそうでしたけれど」
 凛が飲み込んだ言葉。
 熱気地獄と化した店内に、ユリアの問いに答えられる参加者がいるのかどうか‥‥。
 味わって食べている余裕をもった者がいたのかがわかるのは、もう暫し後になってからの事だった。