【幸せの刻】 黒い影が齎すもの

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月24日〜07月29日

リプレイ公開日:2007年08月14日

●オープニング

●恐怖の大王降り立つ
‥‥神聖歴1002年7の月
‥‥天から到来する恐怖の大王。アンゴルモアが降り落ちる。
‥‥王国に満つ不安は消え、幸福に満たされるだろう。
‥‥軍神は4方より、背後より来たる。
‥‥始まりは終わりより後に来たるだろう。

‥‥そして、ノルマン王国は滅亡する。


●軍神の先触れ
「パリへ向う兵の姿‥‥ですか?」
 一人の騎士の報告を聞き、マント領領主・クラリッサは問い返した。
 何処かの騎士団が役目や目的をもって領内を通過するのであれば、その領地の主に然るべき許しを請うものである。
 その常であれば、マントの騎士らも領内を守る役目を果たすため問質しに向ったかもしれないのだが。
 警衛の任についていた騎士達はそうせずに、見張り役と報告役に分かれ領主への元に向ったのは、各所で叛乱を企てる貴族らや実際に動く軍の存在を感知している情報が幾つか入っていたからだった。
 何より目撃した兵達は、騎士というよりも傭兵に近い雰囲気の一団で、魔法使いと思しき杖を持つ者もいる混成部隊のように見受けられたという。
「一団の中に、カルロスが討たれた後、共に没落した家の騎士達の姿も見受けられたと」
「その真偽は? 見誤りではないと言えますか?」
「一団には旗印も無く、姿を未だ確証は得られていませんが、兵達が通ってきたであろう方角も加味すれば」
「‥‥カルロスの残党かどうかはともかく、パリに向っているだろう事は確かなのですね?」
「はっ」
 カルロスの意思を汲む残党であれば、カルロスが権力を手中にすることで叶う夢があると妄信した貴族が未だいたと言う事か。挫かれた野望を歪んだ恨みへすり替えてパリへと行軍するか、それとも別の思惑があるのか‥‥。
 だが、パリへ向う一軍が在る事は事実。その数はおよそ100にも及ぶという。隠密性をもっての行軍のためか、1日に進む行軍速度は速くは無いようだが、何より他にもパリへ向うブランシュ騎士団では有り得ない不穏な兵団が幾つもあるという報せが、クラリッサには気掛かりだった。
「状況を聞く限りパリ周辺は何処も危険なようですね‥‥」
 クラリッサの小さな呟きと共に、思慮深い光を宿す琥珀の瞳を伏せられた。
 パリは開けた場所‥‥即ち守るには適さない土地である。パリから見れば北西から進行する部隊の存在。
 信頼を寄せる己が所領に仕えてくれる騎士団長の言を、彼女が心の中で推し量る時間は実際の所そう長くは無かっただろう。
「騎士団長」と呼びかけられ団長が短く応えれば、クラリッサはマント領内の騎士達を集め団を再編するにはどれくらい掛かるのか訊ねた。
 騎士団長の「3日で出立まで」との答えはマント領とて狭くは無いのだから破格の早さだろう。
「それではマント領内の騎士団を再編を頼みます。一軍をマント領の守備に残し、もう1軍でカルロスの残党と思われる戦力を討ちに向ってください」
 カルロスの残党が動くとなれば、マントも狙いに入っていてもおかしくは無い。領地をがら空きにするわけにはいかないという判断なのだろう。
 恐らく出来るだけ目立たぬよう秘密裏に軍を進めようとするのであれば、目立ったら最後、役目は失敗する。けれど、それで素直に退くとは思えない。
 目に見える形で叛乱を起こす意志を示した以上、彼らも相応の覚悟をもっているはず――とクラリッサは告げた。
 狂信に身をゆだねただけかもしれないけれど。
 クラリッサは、自嘲気味にも聞こえる響きでそう零した。
「一時的にでも出鼻を挫き、足止めする事が出来ればあるいは騎兵を中心に軍を編成すれば追いつき討つ事も可能かと」
 パリから北西にある小高い山々がある。その木々が切れる前に食い止めなければならないと騎士団長は言う。
 騎士団長の言葉に、クラリッサは頷いた。
 そのために必要な事があった。
 少数精鋭で正面からの戦いではなく、敵の後方や敵中を奇襲して混乱させる小部隊として遊撃隊の役割を遂げる事の出来る力が必要――冒険者に頼むのが1番確実だと判断したのだ。
 依頼に対する信頼性でも、心の強さへの信頼性でも。
「危険を承知でお願いします。パリへ‥‥冒険者ギルドまで走ってもらえますか?」
 馬を駆る事に長けた一人の騎士はその求めに応えるため、早馬の用意を整えるべく折り目正しく礼をとると執務室を退出する。
 重い役目を背負う事に否は無く、年若くうつくしい領主の頼みを断る事など出来様はずも無い。
 それがノルマン王国の中心たるパリの街に関わる事であれば尚更だった。
「悪しき予言の成就なんてさせません‥‥絶対に。戦や争いなどノルマンの民達が苦しむだけのものなんて‥‥許せません」
 騎士長に討伐のための兵の再編のための準備を頼み、クラリッサはギルドマスター・フロランスへ冒険者の助勢を頼むべきペンを取った。
 怪盗・ファンタスティックマスカレードが警鐘を放ったという点だけで、領主の地位にあるものが動くのは軽率かもしれない。
 けれどこれまでのノストラダムスの予言は、全て闇色の影を引きずってきた。
 信頼するマスカレードが警鐘を促すノルマン王国に仇なそうとする存在であれば、屈するわけにはいかないのだから。

●今回の参加者

 ea2938 ブルー・アンバー(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1758 デルスウ・コユコン(50歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2390 カラット・カーバンクル(26歳・♀・陰陽師・人間・ノルマン王国)
 eb3416 アルフレドゥス・シギスムンドゥス(36歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb8113 スズカ・アークライト(29歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)/ セシルロート・クレストノージュ(ea8510)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302

●リプレイ本文

●奇襲
 虫の音も聞こえぬ不自然な静けさが辺りに満ちる、奇妙なまでに静かな夜だった。
 風の鳴音さえ聞こえぬじっとりとした息苦しさに包まれる夜‥‥そう感じられるのは、待つ身の辛さか。
 鬱蒼とした木々が頭上を覆う場所からすら目に付くほどに星が流れ月光が揺らぐものの、それは彼らの影を浮かび上がらせる程ではなかった。
 白い体躯がぼんやりと夜に浮かびかねぬものもあったが、同じ場所に身を伏せる者や木々でそれは幾分紛れている。
 つと、ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)が唇に人指し指を当ててみせる。その様がはっきり見えずとも気配で分かる。促されるようにレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が耳を澄ませば、蹄の音と金属が擦れるような異物音。夜闇には不似合いな程の数の人の気配。
 水晶と黄金で装飾された、この場に不似合いなほどの優美な象牙の角笛を握り締め、逸る鼓動を落ち着けるように深く深く息を吸い込む。
 本当は怖くて逃げたくて仕方なかった。けれど、日々を過ごす旅の中で、命を失うより怖いものがあると知ったから‥‥パリの知己のため、守りたい――そう自身に想いを願う。
 血の気の薄いレティシアの様子に、ウィルフレッドは小さく首を傾ける。思いつめた様子を問えば彼女は「請けた仕事を果たすため」と答えるだろう。敢えて問わずに彼女を見遣るとレティシアは小さく頷いて見せる。それを合図に承知したとばかりにウィルフレッドはブレスセンサーを唱えた。
「尾上さんの偵察は優秀だったのだね」
 返る応えをそう表現し、多くは語らずウィルフレッドは再びその白い繊手に今度は雷精を招き始める。騎士や傭兵中心の編成と聞いていたからこそ、一部隊としての力量を測り誤る事無く、斥候の存在に警戒を促したのも尾上彬(eb8664)である。周囲の地形を読み進行路を予測した上での待ち伏せは、進路を見誤ったり、気付かれルートを変更されでもすれば全ての用意が水泡に帰すため難しい。全く注意せず備えるのとそれを前提とするのとでは全く異なってくる。
 どれ程先んじて斥候を放ってるかは読めずとも、魔法の効果範囲と行軍の陣形を照らし合わせれば現状の敵数は120前後。
 切れ味が鋭い日本刀を手にブルー・アンバー(ea2938)は彼女らが見据える方向へと視線を移す。その傍らのカラット・カーバンクル(eb2390)は手にある幾つものスクロールを握り締めた。
 レティシアは頼みとするミューゼルにホーリーフィールドを頼むと、自身は月光を指先に集めた。指し示す先‥‥狙うはただ1点。
「敵部隊指揮官へ!」
 レティシアの放ったムーンアローは、淡い月光の軌跡を残し翔ける。「敵襲か?!」という驚きに満ちた声とくぐもったうめき声が聞こえたのはどちらが早かったのだろう。
 だが、惑う隙すら与えずウィルフレッドのライトニングサンダーボルトが夜闇を割き落とされる。狙い違わず放たれた雷に焼かれ、人馬問わない悲鳴が上がり、金属や皮や髪、肉が焼け焦げる鼻をつく嫌な匂いが周囲に満ちる。
「固まるな、纏めてやられるぞ!」
 不意打ちを受けて尚士気の下がらぬ敵軍の指揮官と思しき者の指示が飛んだが、体勢を立て直そうとしたらしい者達の鈍い声音が響いた。カラットが仕掛けたライトニングトラップを彼らが踏み抜いたのだろう。そんな中でも、訓練された兵は混乱の最中にも邪魔立てする者の存在を的確に見つけ出し鈍い色を返すダガーを投げた。雷を落とすウィルフレッド目掛け放たれたそれは、仲間を守るように位置取るブルーが盾で弾くように叩き落した。
 馬を用い、あるいはセブンリーグブーツで。時間こそが必要と思った冒険者らは自分達の手で出来うる限りで時間を作り出した。
 それにより生み出されたものは確実に敵の足を阻めるものへと変換されている。
 これより先、パリへ進軍を許すわけにはいかない。数で劣る冒険者らは闇の中、それぞれに力を振るう――パリを守るためならばと助力の手を差し伸べてくれたジラルティーデ・ガブリエやセシルロート・クレストノージュに、その好意を返すためにも、レティシアは持てる限りの力で魔法を唱え続けた。


●追討
 良く訓練された騎士らが多く存在しているとはいえ傭兵との混成部隊。敵の混乱は解けそうに無く、またその機を逃す程冒険者らも甘くは無かった。
 次いで放たれる魔法により敵の足が止まる時を、見誤らずデルスウ・コユコン(eb1758)、スズカ・アークライト(eb8113)ら別働隊が別方向から攻撃を仕掛ける。
 月光の矢に導かれ落とされる雷光は何よりも分かりやすい印。光の先を目指し、魔力が篭められた両刃の直刀で文字通り道をこじ開けるように敵をなぎ倒す。
 だがデルスウが纏う軽やかな純白の羽織は闇夜の中、敵の目を惹いた。切り替えされる反撃が増えるたび、狭まる指揮官までの分の悪さに表情を歪ませる。
 同時に幾つも迫った槍先の幾本かをアルフレドゥス・シギスムンドゥス(eb3416)が、左右の手で手繰る小太刀で逸らす。
「助かります」
「なんの、お互い様だ。思っていた通り中々面倒な依頼だな。危険度も高そうだし。ま、仕事しねえと飯食えねえからな」
 傭兵を生業とする彼らしい言葉に、小さく笑い応えデルスウは剣を振り下ろした。デルスウの前にに立つ者達に衝撃波が降りかかる。その様に軽く口笛吹き鳴らすとアルフレドゥスも2本の小太刀を器用に操り敵へ着実に傷を刻んでいく。
 また彼らとは異なる方向で魔法とは異なる爆発音が響いた。夜闇の中で響く物音は、冷静な判断を奪い、敵を浮き足立たせた。少数での奇襲を悟らせる前に、そしてそれが何処からか把握させる前に、混乱の中に自ら指揮官を目指し飛び込んだ尾上が白刃を閃かす。
「轟音とともに髭面が迫ってくるんだ‥‥怖いよなぁ」
「本当ね、それも気付いたらだもの」
 苦笑に応える声は軽いもの。スズカは、刀身に刻まれた「勝利」を引き寄せるため戦神の加護を受けた剣で尾上を助けるように迫る敵影を弾き返す。
 10倍以上の数の差があるとは思えぬ程に戦況は冒険者らに有利に働いていた。
 だが、それが長く続くわけではない事をスズカを始め、デルスウら奇襲に関るものは皆理解もしていた。


●窮鼠
「なんと冒険者の報告通りではないか。もうこんな所まできているとは! 早く団長殿に報告せねば!」
 隠行の軍が進む道程――月明りはない森の中、そこかしこで燻り燃える炎の欠片が馬上の騎士の姿を照らす。何処の騎士団の追跡か、パリへの行軍が暗闇の中張り上げられた声はその内容から敵の動揺を誘う。白を纏わぬ騎士の姿に「パリに露見したわけではない」との声も飛ぶが、これだけの戦端が切り開かれているのだから、上げられる声も揺らいでいる。
 馬上の騎士は、叱咤され我に返った者が放った鈍銀色の手槍を捌き、踵を返して進路を反転させる。
「いくよ、アルファリオン」
 愛馬に囁きかけ、ブルーは進路を遮るようにすがる敵影を掻い潜るように駆け出した。常に動きやすさを重視した装備を纏うブルーは、身体に掛かる武具の重みに顔を顰めたものの手綱を捌く手に揺らぎは無く、アルファリオンも主を助けるべく全力で駆ける。
 何としてもこの進行は阻止しなければならない。彼の目論見と違いマント領騎士団の紋章を借り受ける事は出来なかったが、狙いは達成されたのだ。騎士の存在を表す声に、走る動揺。そこを突き、畳み掛ける魔法と剣。数の上で大きく劣る冒険者達は自身らの状況を正しく理解していた。深追いはせず、明らかに霍乱を目的とし、同士討ちすら狙うように敵を夜闇に助けを借りて翻弄する。
 だが、それは敵とて同じ事だった。
 ここで彼らにとって悪というべきウィリアム三世の世を断つ事が出来なければそれは彼らにとっての滅びに繋がる。
 追い込まれた敵は、この状況から逃れようと恐慌をきたしたか、あるいは目的を遂げるため手段を選んでいられなくなったのか‥‥敵味方問わない魔法を放ち、轟と歪み荒れ狂う暑さに似つかない氷風が吹きすさぶ。それは闇の中で混戦を繰り広げる敵味方の中で、間違いなく味方を多く貶めていたが、冒険者らの数を正確に把握する事が出来ない彼らに分かろうはずも無い。ついで炎の柱が上がる様は、完全に隠匿者であるべき事を忘れた行いだった。
「‥‥なんて事」
 剣を握り締め、スズカは顔を顰めた。その身で制止し留めた彼女のお陰でデルスウとアルフレドゥスらは大きく巻き込まれる事無く済んだのだ。
「くそっ、形振りかまっていられなくなったということか」
「そこまでこの人数で彼らを追い込んだという事でしょうね」
 意識して敵の魔法使いを警戒していたのはスズカ一人。
 意識して防ごうとする者とそうでない者の反応の差は、如実に現れる‥‥敵のほうが数で勝るのならば尚更だった。
「揺さぶりは確かに効いたみてぇだけど、ちっと効きすぎたみたいだな」
 封を切り、回復の密薬を飲み干して尚じくじくと痛み続ける身に尾上はその身を確かめるように小太刀を握り直す。
 尾上が狙った通り中核の魔法使いも居たが、指揮官に肉薄していたからこそ冒険者の中で1番酷く影響を被ったのも彼だった。服装から狙いをつけて対象を切り替えるも、魔法使いの数も少なくなかったようで、味方には当てぬよう配慮する冒険者らと違い、形振り構っていられないのだろう――敵味方問わずで放たれた火球は、その場にある者全てに降り注ぐ。
 降りそそぐ魔法を、剣戟を掻い潜り、あるいは癒し――癒しの魔法を持たぬ代わりに回復薬を多めに持参していた者が多かったのが幸いした。けれど人数が少ないからこそ無理はしない、深追いはしないと決めた者が多かったのも事実。
 撤退を示す角笛が森に響く。
 角笛の意味など分からぬ残党軍は何事かと恐慌をきたし。惑う声に、困迷の叫びが重なった。
 不意に魔法や抑え絞られたランタンから零れた油によって燻る炎とは明らかに異なる火が立ち上ったからだ。
 物資に火の手が上がる――残党軍はズゥンビではなく、人の行軍。物資があってこそ立ち行く行軍。そこを狙って火の手が上がる。アルフレドゥスの奇策だった。冒険者らが撤退する間の置き土産とばかりに、荷を引く馬の手綱を切り、馬の尻を蹴飛ばす。前もってマント領とのつなぎをとる事は時間的に難しく出来なかったが、こちらは狙い通り読む事が出来た。
「長居は無用、適当に撤退‥‥だな」
 暴れる馬を盾代わりに、仲間達と定めた場所まで退く為にアルフレドゥスは炎へ背を向けた。


●本懐
「もう後ろがない‥‥この森を抜けられたらパリまで直だ」
「マントの騎士は未だ?」
 後背の樹立を仰ぎ見、顎に手を当てる尾上にスズカは遠く北東を見つめた。
 焦燥感は募るばかり。
 最初に奇襲を掛けた夜から時間は巡り再び夕暮れも近い時刻。奇襲を警戒され思うように阻ませられず、依頼はマントの騎士団が到着するまでの足止めであれば、未だ冒険者らが退く事は出来なかった。
 1度目の奇襲は成功し、けれど数に勝る敵部隊を壊滅にまでは追い込めず。夜が明けて凄惨な自分達の状況を理解した彼らは、退く事など元より無いのだという事を認めた。陽光の下、彼らにとっての奇襲が不成功に終わった事を知ったカルロス残党軍は、ある限りの人員と資材で体勢を立て直すと姿を隠す事無く強行軍へと転換したのだ。守るため、覚悟を決めてこの場に来た冒険者らではあったが、不用意にその身をこの場で遣う事は憚られた。
「‥‥どうこの状況を打破すべきなのかだね」
 手を拱いていては数は減らしたものの未だ1部隊といって差し支えない戦力をパリへ通す事と成ってしまう。
 考える様子をみせるウィルフレッドが不意に瞳を眇め、隣りでレティシアが顔を上げた。彼女らが捕らえたのは駆け響く音と人影。瞬く間に残党軍の後背を取った数騎に返される声。
「愚策、2度は通じぬわ!」
 スズカはその声を聞いたとき、ブルーが再び囮にも等しい役を買って出たのかと思った。
 だが彼は今傍らにいる。それでは‥‥哄笑に似た響きは、すぐ悲鳴交じりの剣戟に飲まれ消えた。
「漸く‥‥間に合ったみたいですね」
 先駆けて先陣を切り開いた騎士を助けるべく、剣を手に身を潜めていた木立を抜け出すブルー。
 その背を見送りながらレティシアが差し出すソルフの実を受け取り、ウィルフレッドは再びその手に雷を呼び、冒険者らが手繰る魔法の矢が、あるいは思いが込められた矢が残党軍を一人一人落としていく。冒険者らに阻まれ、奔走され、隠行を徹底せざるを得ず消耗する残党軍に対し、領地から駆け続けてきたとはいえ正規の精鋭騎士団では勝負にならなかった。
 数に勝り、士気も高いマント騎士団は見る間に残党軍を平らげていく。
 逃れようとしたか、パリへ一矢報いようとしたかはわからない敵の騎士の幾人かは、アルフレドゥシアスが最後の最後にと仕掛けた罠に掬われ転倒する。
 剣戟と魔法の音が響き渡り、むせ返るような血の匂いが満ちる蒸し暑い森の中で、スクロールを手繰りながらも本当は死んでも良い人間など誰もいないのだとカラットは思う。
 悔い改める心根が残っていれば、マントの騎士らに減刑を願い出ようと考えていた彼女の思いは、けれど彼ら自身が無残にも打ち砕いた。
「何が正しい? ウィリアム三世の世が真実神が認めたものならば、これ程デビルが我が物顔で飛び回り、内乱が起きる国など滑稽ではないか!」
 戦う手段を失った騎士へ掛けた情け、留めようとするカラットの目の前で鮮血が迸った。憎悪に満ちた言霊を遺し散るかつての騎士の血もまた赤く。元よりカルロスの狂った夢に従った者達だ。理性の箍を狂信に身を委ねた者達は、本懐叶わぬ事を知りその場で首を切る者と未だ逃げ出そうとするものとで混乱しきっていた。残党軍が瓦解していく様が手に取るようにわかる圧倒的な力の差。けれど、それは冒険者らの存在があってこそ成された成果。
 確実に動きを封じるように剣を振るスズカらの下に、駆け寄る一騎の騎士。
「良く踏み止まって下さいましたね、ご苦労でした」
 馬上より降ってきた労いの声は、少女の域を未だでない高く澄んだ声。
 ああ、この方がマントの‥‥と、スズカが見上げた先に居たのは今回の依頼を齎した女性の姿だった。
 労う言葉にレティシアは小さく首を横に振った。
「いいえ、すべきことをしただけです。お互いのやるべきことを、頑張りましょう」
 マントの騎士達が優勢であるならば、レティシアの目に映るは守るべきパリなのだろう。
 それを汲みマント領主は微笑みを浮かべ、カルロス残党軍に向い馬の首を巡らせる。
 ノルマン王国は滅びの予言など退ける、諦めず戦う人たちが居る限り、デビルには屈しないのだと彼らは自分達を信じていた。