【聖夜祭】please send‥‥

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月18日〜12月23日

リプレイ公開日:2007年12月26日

●オープニング

●届け物は何ですか?
「一緒に届け物の依頼に行ってくれる人、いないかなぁ‥‥」
 多種多様な人々が集い、雑多に賑わう冒険者ギルドの片隅で、ぐる〜り周囲を見渡しながら、シフールの少女が呟いた。
 黒い紋様を刻む鮮かな碧色の蝶の羽根を忙しなく震わせ、落ち着かなげな少女は、己の傍らからじっと見上げる視線に気付き、羽根をさざめかせるのを慌てて止めた。
「大丈夫だよ、きっと帰れるから」
 籠に向かい、そう笑いかけるのシフールの少女は、冒険者ギルドに出入りする自身も冒険者であるバードのシェラだった。
 シェラがそっと手をのばした籠には、古そうではあったが、きれいに洗われた敷布と柔らかなクッションが詰められており、それは冒険者ギルドに置かれた卓子の上に置かれていた。
 大人が一抱えで持ち上げるような大きな籠。その中にいたのは、一匹の犬だった。
 艶やかな毛並みは濃茶で所々黒が混じり、腹と足元は白い斑模様が愛嬌を誘うその犬は、賢そうな黒い瞳で周囲に立つ冒険者を見上げていた。
 胴に対して短い足も、ぺたりと垂れた耳も可愛らしい。
 ただその可愛らしさは愛玩用ではなく、狩猟に伴う犬として適しているようにと人為的に掛け合わされ生み出された品種の犬である。
「可愛いワンちゃんね。‥‥怪我をしているの?」
 撫でようとしたのだろう差し出された手が、躊躇うように中空で止められた。その手に何かを乞うように犬が濡れた鼻先を押し付ける。
 すり寄られた冒険者の彼女は、「人懐こいのね」と瞳を細め、頭をそっと撫でてやる。彼女が犬を気遣った理由‥‥その可愛らしさを損なっているのは、腹や足に巻かれた毛色とは異なる白い布。
 ところどころ血が滲んでおり、布も白いままでは無かった。 
「ところで、人を探してたみたいだけど‥‥届け物の依頼って何?」
「‥‥あのね、えっとね、届けて欲しいのはこの籠なんだけど」
 シェラが示した籠は、件の犬が鎮座ましましている大きな籠だ。
「この犬を届けるの?」
「ううん、籠ごと全部。それがお願‥‥依頼なの。でも、シェラには無理だから」
 むしろシフールのシェラでは、籠を持ち上げるどころか、籠の中に一緒に収まる。持ち上げ、運ぶ事など出来なさそうである。
「籠をそのまま届ける事が、依頼なの」
 もう1度繰り返す。籠でもなく、犬でもなく。「籠をこのままで」と。
 犬の怪我の状態は、犬の看護など慣れてはいなくとも、怪我など日常茶飯時の冒険者の目から見ても「良くは無さそう」に見えた。出来れば動かさない方が良いようにも思えたが、依頼人の望みは、籠を早く届ける事だとシェラは繰り返す。
 試しに冒険者の1人がそっと抱え上げ‥‥首を傾げる。
 犬1匹の重さにしてはやけに重たい気がした。
 毛布やクッションだけで、こんな重さになるのだろうか?
「目的の村は、ある山の真ん中くらいにあって、もしかするとこの時期は雪がちょっとだけあるかもしれないの。パリから冒険者が普通に歩けば、2日間くらいの距離だと思う。山を登らないといけないから、馬ではいけないかなぁ」
 シェラ自身も首を傾げつつ、考え考え説明する様子は依頼内容を思い返しているからなのか。じっと見上げる犬の頭を撫でてやりながら「この子の怪我がこれ以上、酷くならないように気を使ってくれると嬉しいの」これはシェラのお願いなんだけど、と付け加え、他に依頼者からの注意は未だある、とシェラが続ける。
「秋の長雨で道が崩れて山の中を通らないといけないみたい。そこに、どこから来たのかわからないけど、ズゥンビが幾つかいるみたいなの。地面が緩んで、別の何かが繋がっちゃったのかもね」
 限られた山道の1つで、行き来が出来なくなれば何れ近隣の村から退治を請う依頼が出るかもしれないけれど。
「これ以上の被害がでる前にズゥンビも退治しちゃって、ちゃんと届けないといけないの‥‥聖夜祭が近いから、その前に。もうちょっと詳しい行き道の案内は、シェラが出来る‥‥多分。大丈夫」
 ちらりと犬を見ながら、シェラは「多分大丈夫」をもう1度繰り返し。
「だからお願い、手伝って」
 周囲にいる冒険者達に、そう願った。

●今回の参加者

 eb5588 カミーユ・ウルフィラス(25歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7986 ミラン・アレテューズ(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec2494 マアヤ・エンリケ(26歳・♀・ウィザード・人間・イスパニア王国)
 ec4009 セタ(33歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4092 劉 楓(37歳・♀・武道家・パラ・華仙教大国)
 ec4275 アマーリア・フォン・ヴルツ(20歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

頴娃 文乃(eb6553)/ 井伊 文霞(ec1565

●リプレイ本文

●出発前の出来事
――届け物を手伝ってくれる人がいて、良かったね
 歌うように囁きながら、シェラ・ウパーラ(ez1079)は籠の中に伏せる犬をそっと撫でる。
「かわいいワンちゃんに、綺麗な羽ですね」
 そこへ背後から不意に掛けられた声。シェラは「うひゃあ」と素っ頓狂な声を上げて振り返ると「セタと申します、よろしくお願いします」と穏やかな笑みと共に向けられた挨拶に、シェラは慌てて改めて仲間達に名乗り、ぺこりと頭を下げた。
 犬の名前は『フォルトゥーナ』
 依頼を請け負ってくれた冒険者らにシェラはそう答えた。
「フォルトゥーナ‥‥ラテン語で『幸運』か。キミのご主人様は教養深い人みたいだね」
 ラテン語に詳しいカミーユ・ウルフィラス(eb5588)は犬の名前を聞いて片眉を上げる。
「で、この籠と犬はワケありっぽいけど、シェラは何か事情を知ってるのかな?」
 差し支えなかったら教えてほしいんだけど‥‥と、黒い円らな瞳で見上げるフォルトゥーナの頭を撫ぜながらカミーユが首を傾げてみせると、ミラン・アレテューズ(eb7986)が柳眉を寄せながら籠の持ち手を指で弾く。
「何を隠しているのか、と言うのと、怪我が回復していない状態で連れて行け、と言うのが気に食わないな。冒険者ギルドとしては悪事の片棒を担ぐ訳には行かない筈だしな」
「正直ぃ、依頼方法からして不自然なワケだしぃ? 中身は見るなって言われてないんでしょお?」
 マアヤ・エンリケ(ec2494)が不審を重ねるには理由があった。助力を頼んだ井伊文霞に依頼人の素性の確認を頼んだのだが、代理人であるシェラ以外の背後関係が掴めなかったのだ。
「それにぃ、犯罪に関わるような物だったりしたら、犯罪の片棒を担ぐ事にな‥‥」
「悪い事は何もないよ!」
 依頼そのものも成立しないのではというマアヤの危惧を遮りシェラが大きな声を出した。
「疑っていたりとかではなく〜シェラさんの〜、お力になりたいと思いますので〜。そのためにも知っている事を教えて頂けませんでしょうか〜?」
 おっとりした口調で、劉楓(ec4092)が取り成すように手を上げる。
 周りを囲む仲間の眼差しの意図はそれぞれに違うが、求めるものは同じ強い視線にシェラは考え込むように俯いた。
「はいはい、キミはこっちね。旅しなきゃいけないんでしょ、怪我の状態診ておかないと」
 未だ迷う様子を見せるシェラの隣りにある籠の中から、怪我に触らぬように頴娃文乃が慣れた手付きでフォルトゥーナを抱き上げた。
 抱き上げられる事に抗うことはしなかったものの、籠から離れた場所に行こうとすると文乃から逃れようともがき出す。
 結局は、籠の傍らで診察する事になった。
「依頼人が誰かわかっても、一緒に届けてくれる?」
 何を今更と両腕を組んだまま、見下ろすミランの眼差しは強い意志を秘めたまま。
 ミランやマアヤの危惧は、依頼を遂げるために必要だからこそのものだ。
「中身も取っちゃ嫌だよ?」
「取るってそんな珍しいものでも入ってるの?」
 カミーユの口調は、面白がるのが半分、残り半分は呆れとも苦笑ともつかない。
 セタ(ec4009)は「そんな事しませんよ」と信頼を裏切らない旨を、シェラに納得させるように言葉にしてやった。
「ワンちゃんの容態も重そうですし、早く村へ帰してあげないといけませんね。ですから、教えて下さいませんか?」
「中身によっては、扱いにも気を付けなくちゃいけないしぃ?」
 アマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)の優しい笑みに促されマアヤに頷くと、シェラは幾分躊躇いながらも依頼人の名を告げた。
「依頼人は、フォルトゥーナ。‥‥ね? 依頼『人』じゃなくても助けてくれる?」
 報酬はちゃんと払うから、というシェラの言葉に6人は互いに顔を見合わせる。
 6人6様の反応にシェラは困ったような笑みを浮かべた。


●雪山へ登る前に
「成る程ね、犬が『依頼人』だって知れたら請負う人がいないって思ったんだ」
 シェラが黙っていた理由を口ごもりながら白状すると、カミーユはそれが愉快だという表情を浮かべた。
 パリを出て1日。地の利の無い雪山へ夜入るのは無謀も良いところだからと山裾で野営することにした冒険者達は、冬の早い日の入りに合わせ、簡素な食事をとっていた。
 フォルトゥーナには、アマーリアが出立前に文乃から習い聞いてきた話に従い、餌を与え包帯を替えてやる。
 カミーユの申し出は、そもそもの体力が落ちている体躯の小さな相手に使うには効果が難しいと判断されたために行われていない。
「ギルドにもたらされた依頼であれば、悪事へ手を貸す事でなければ、困っている者が誰であれ出来る事があればする」
 曖昧にぼかされた情報に色々考え巡らせていた己を思い返してか、眉根を寄せミランが嘆息する。
 だが寒さから守るように籠を毛布で包む彼女の手は優しかった。
 依頼犬であるフォルトゥーナが眠る敷き布の下には、一家が一冬を過ごすに十分な額のお金が詰まった袋がある。
 それは、彼女‥‥フォルトゥーナが小さい体を傷だらけにしながら必死に主人から託され守ったものだった。
「ご主人様に託されたお金を抱え倒れていたフォルトゥーナさんを〜、シェラさんが見つけられたのですね〜」
「うん、そう。でも、シェラ、ちゃんと出来なくて」
 柔らかな雰囲気の楓の言葉は苦労を労ってもらったように聞こえて、シェラは微笑んだ。
 傷ついたフォルトゥーナを見つけた後、魔法で意思疎通を図ってみたものの、シェラでは彼女の希望を叶えてあげる事はできず、冒険者ギルドを頼る事にしたのだ。
 ただフォルトゥーナの持つ金に手を付けることなど出来なかったため、報酬はシェラが知己の貴族に頼み借りて用意したらしい事は未だ内緒だったけれど。
「それでは、夜間の見張りは2人組3交代で良いですよね?」
 ズゥンビが現れた山の中からはかなり離れていたが、彼らは夜に棲むもの。休む時も不意を突かれる事の無いようにパリで相談してきていた事だった。
 セタは改めて確認を取ると、朝まで十分な量の油を足したランタンを見張り用に1つ、もう1つをテントで先に休む楓ら女性陣に渡す。
「それじゃ交代まで先に休ませて頂きますね」
 どうぞと勧めるようにひらりとカミーユが手を振れば、アマーリアが籠を抱え、皆で楓のテントへと潜り込んだ。既にシェラはフォルトゥーナの籠の中に更に潜り込んでいる。
 毛布で包まれた籠の中は彼女の温もりもあってとても暖かく、シェラはぬくぬくと眠りについていた。
 パチパチと時折燃える木の爆ぜる音だけが、白い山裾の寒さの中に響いていた。


●届ける前に果たす事
 雪上を進む事に長けたカミーユの指示の元、冒険者達は慎重に進む。直近で雪は降っていないようで、表面が溶け固まった雪は固く滑り易い。足を取られぬよう注意し、あるいは件の籠を取り落としたりなどしないように一行は山を登っていた。
 しっかり踏みしめる事の出来ない傾斜の多い道は、ただそこを歩くだけで消耗するため、結果的にフォルトゥーナの籠は一行の中で体力のあるセタとミラン、楓が交代で抱え持つ事となった。音すら溶け込む白に染め上げられた山の中では、身近にいる仲間の息遣いしか聞こえない。だが生者が居れば誘蛾灯に招かれる羽虫の如く彼らを目指しズゥンビは這い出てくるだろうから。
 先頭を歩いていたミランが、つと仲間達の足を留める様に腕を横に伸ばした。
「‥‥いるぞ」
 仲間の中で最も目も耳も良いミランの言葉にセタが目を細め先を見るも銀雪に反射する光の欠片が邪魔をする。
 楓が1つ頷いてセタへ籠を手渡すと、滑るような足取りで先へと向かう。
「ここならまだ遣り易い、かな?」
 傾斜しておらず、僅かに平らな開けた場所‥‥そこに残る雪の具合をカミーユが確かめる。
「そうですね、ここで迎え撃ちましょうか」
 コロポックルの間に伝わる片刃反身の魔剣を具合を確かめるようにすらりと抜き放ち、セタは滑らぬよう足元にも備える。
 アマーリアが戦場と定めた場所から遠ざける場所へ籠を置く。籠の位置を横目で確かめ、マアヤは首元を飾る布をそろりと撫ぜた。
「必ず連れ帰ってあげますから、少しだけ待っていて下さいね」
「帰ってきた、かしらぁ?」
 シェラに籠の側に居る事をアマーリアが約束する間に、皆の目にも分かる形でズゥンビが姿を現す。
 それらより先を駆け戻ってくる姿は、楓のもの。
「全部で7体います〜。2つ程、足を損傷しているみたいで歩みが遅いんですが〜‥‥」
 過たず固体を確認し、楓は漏らさず討つ為ズゥンビを引き付け戻り、仲間達が待ち受ける場所へ滑り込む。
「数は少なくないが、十分だ」
 スクラマサクスを鞘から抜き払ったミランの言葉に偽りなく、冒険者側の迎え撃つ体制は既に整っている。
 楓の後を追い現れたズゥンビの頭上へマアヤの放った水球が弾け、重く鈍い水音を合図に討伐戦が始まった。
 未だ水が凍りつくような時刻には間があり、水は地を隠すように残る雪を巻き込み溶かす。
 足元が滑る氷雪上よりも、ぬかるみの中を選んだ。大地が再び凍る前に倒せば良い。
 雪と泥の中を這い、あるいはその身を引きずるように冒険者らに迫る。
 そんな時間の中で仲間にオーラを付与していた楓が戦列に戻るまでにも個体を撃ち減ずることができればとセタがエペタムを閃かせれば、腐肉を僅かに纏う骨が乾いた音を立て割れ砕ける。ミランがカミーユやマアヤの元に近づかせない位置取りで剣を振るいズゥンビを退ければ、カミーユの祈りにより歩き迫る1体の朽ちかけた足が爆ぜた。
 今、間違いなく戦場と化しているそこは、フォルトゥーナにとって、主人と辿ったいつもの道行だった。
 その場所へ現れたズゥンビは7体。その中の1体は、腐敗が他に比べ進んでおらず、骸が新しいことに気付いたセタはもしやという想いが脳裏に過ぎる。
『行けっ! これを家に持ち帰らなきゃ家族が冬を越せん。行くんだっ!!』
 物心付いた時から片時も離れず過ごしてきた敬愛する主人の最後の命令。
 緩慢で、けれど幾ら弓討とうと止まらないズゥンビの歩みに、木の根に足を取られた彼は追いつかれその足に食いつかれ絶叫を上げる。
 振り払おうとした腕にも新たなズゥンビが食いつき、声にならない叫びが響く。
 押し付けられたのは主人の家族に対する想いに基づいた労働の代価が詰まった袋。
 主人の最後の命令をフォルトゥーナは忠実に果たそうとしたけれど、袋を引きずり彼女の『家』に帰るには、ズゥンビ達が邪魔だった。
 それまでにも彼女は主人を守ろうと幾度か飛び掛かり、排除を試みていた。軽い身体は痛みを感じぬ骸にはさしてダメージを与える事が出来ないうちに振り払われ、引きずられ、口の中は獣を捕らえた時とは違う嫌な‥‥死に腐ったものの味。それ以前に、噛み切るための歯も欠けて、振り払われた時に木にぶつけられた身体も痛んだ。
 絶対に側を離れる事は無いと思っていたけれど、主人の命令は彼女にとって絶対だったのだ。
 楓が腕を振るうズゥンビ‥‥彼女の頭を優しく撫でてくれた人達へ、主人のような人が明らかに生きるためとは違う害意を向ける事が嫌だった。
 あれは主人に似た匂いがするけれど、でも主人はあんな嫌な匂いはしなかった。
「皆が貴女の願いを叶えてくれるから、だからお願いここにいて」
 泣き声にも似た歌声が側に無ければ、歌声を側にという約束が無ければ、きっと彼女は元は主人であったものに飛び掛っていたかもしれない。
 品物比礼を振るマアヤのお陰で、籠は間違いなく安全圏の中にいた。だが、ズゥンビの数に対し純粋に排除に向かう数が偏っていた。
「ちょっとぉ〜、これ頼むわよ」
 比礼をアマーリアに押し付けるように託すと、ビーグのアミュレットが服内で微かに揺れる――詠唱を結び終えるや否や「どいてぇ!」と普段の間延びしたものより幾分鋭い声と共に雪嵐がマアヤの手から放たれる。
 セタが咄嗟に退き、楓がミランを突き飛ばすように共に転げ避けるとズゥンビ達は、出来の悪い氷柱と化していた。
 動きが目に見えて鈍ったズゥンビに楓から付与されたオーラを纏ったセタが氷柱を叩き折るように剣で薙ぎ払うと、鈍い音を立てて砕け、それは歩みを止める。
 マアヤが作り出したその隙を冒険者達が逃すはずも無く、畳み掛けるように楓が毒を秘めた鋭い攻手を閃かせ、ミランの剣がズゥンビの行動を不能にしていった。
 機を逃さず、連携し動く事の出来た冒険者らが揃えば、ズゥンビなどに遅れをとるような事も無く、雪の中で骸は春を待ちながら大地に還る事となった。
 

●届け物はその手に
 フォルトゥーナを迎えてくれたのは、人の良さそうな中年の女性だった。
 アマーリアが差し出す籠を受け取り、フォルトゥーナが帰って来たことを素直に喜んでくれた。
 セタがどう説明したものか、躊躇うように女性を見上げると受け取った籠の重さから何かを察したように、フォルトゥーナの怪我に触らぬようにそっと敷き布をめくる。
 そこに見つけた汚れた袋を見るとほんの僅かな間、瞳を伏せた。
「お母さーん、お父さん帰ってきたの?」「お土産は?」「あ、フォルトゥーナだー!!」
 家の奥から聞こえてくる子供の声に、「お父さんは帰っていないの」とだけ答えると、フォルトゥーナを子供に託し、後ろ手に家の扉を閉めた。
「フォルトゥーナを連れて帰ってくださってありがとうございました」
 深く頭を下げる女性の元へ、扉をカリカリとこする音。続いて顔を出したのはフォルトゥーナだった。
 口には可憐な金属製の鈴を2つくわえていて、彼女に目線を合わせるようにしゃがんで手を差し伸べたセタの掌へそれを落とす。
 その様子を見ていた女性は、彼女を抱き上げるともう1度冒険者らへ感謝の言葉を述べる。
 山で暮らす民にとって、安穏とした今日と変わらぬ明日などない自然の中で生きる厳しさは身に染みて識っていること。
 聖夜祭へ約束を果たしてくれた夫とその忠実な犬。それを助けてくれた彼らへの精一杯の想いを込めて。