花咲ける庭で、あなたと‥‥
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート
担当:姜飛葉
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月19日〜02月22日
リプレイ公開日:2008年03月12日
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●オープニング
●事の始まり
王宮に詰めていなければならない時間は過ぎているはずなのに、執務室に己が属する<藍>分隊を纏める長の姿を見つけ、報告書の東を手にしたまま藍分隊副長・ヴァレリーは小首を傾げた。
「どうされました?」
声を掛けると分隊長であるオベルが振り向き、ヴァレリーの手にある書類を目にして、微かに笑う。
「随分と仕事を頼んでしまってすまないな」
「これが自分の仕事ですし、隊長は隊長の仕事がありますから。ところで何かありましたか?」
「‥‥陛下のご様子が気に掛かってな」
再度問いを重ね返ってきたオベルの答えにヴァレリーは瞳を瞬かせた。オベルの心配する様子とは、すなわちウィリアム3世の健康状態に他ならない事を知っているからだ。
王宮逃亡癖やお見合い逃走病などは、身体が健やかであってこそ‥‥むしろ現状にそんな余カがあれば、回復の兆しと喜んだかもしれない。それくらいウィリアム3世の体調は優れなかった。辛うじて執務に支障をきたしていない事が救いである。
そんなウィリアム3世の体調不安も最近は少しずつではあったが落ち着いてきていた。だが、無理も出来なければ、油断も出来ない。元よりウィリアム3世は、その心の臓に抱えた病魔もあって長くは無いと言われてきたのだ。その上、世継ぎを望むにしても、未だ妃がいない。
王の結婚問題がノルマン王国の重大案件議題にあがり続けて幾年月。王に忠誠を誓うブランシュ騎士団・団長ヨシュアスや<赤>分隊ギュスターヴの苦労は未だ実る様子は――ない。
先の聖夜祭で積極的に夜会の類に参加していた国王の姿に、『ようやく王国に春が?!』と色めき立った貴族達が、姉妹や娘の絵姿を次々と送り付け、ウィリアム3世の私室にうず高い山が出来たのは苦笑とも呆れともつかぬ笑い話の1つだ。
「にも関わらず、こうきれいにお隣が空いている状態が続いているとなると、不道徳な噂も抑えられなくなりますしねぇ」
「‥‥‥‥ヴァレリー」
低くなったオベルの声音に、ヴァレリーは失言を詫びた。が、今年で御年24ともなればそういった噂が一部で流れているのも事実である。
「逆に今現在想われるお相手がいらっしゃるのであれば話も早いんですけどねぇ」
苦笑交じりのヴァレリーの言葉にオベルがややあって口を開いた。
「聖夜祭の時に冒険者酒場で、ある冒険者殿に聞いた話なんだが、陛下のお相手にマントの姫領主殿が似合いではないかと」
「その話ならば‥‥オーレリー赤分隊長もご存知でお妃候補に入っていらっしゃるクラリッサ様でしょう?」
オベルはその名前に頷く。
「彼ら冒険者は民より陛下に近しく接する機会が多い。けれど我らよりも民に近い‥‥その彼らが挙げる方であればと思うのだが」
「まあ、身分的にも年齢的にも相応で、妃候補としては申し分無いとは思いますが‥‥」
ヴァレリーは同意しながらも言葉尻を濁らせた。その言わんとする事を理解しているオベルもそれ以上の言葉を続けられずにいる。
近年内乱続きだったマント領の建て直しを図る手腕と実行カはそのままノルマンを治める国王の良き補佐に足りうる。だが、新しい領主を戴き少しずつ戦乱の傷を癒し、復興の道を歩むマントの民が良き領主であるクラリッサが離れる事を受け入れられるかといえば‥‥。
「領主が直接目を掛けられているのとそうでない差は多かれ少なかれ出るものですからね」
「カルロスに翻弄されマスカレードの助カ無ければ抗う事もままならなかった少女時代を思えば、十分すぎるほどよき為政者の資質を伸ばされているからな」
難しい表情になってしまった生真面目な上官に、ヴァレリーは小さく笑う。
「まああれです、考えていても状況は動きませんから、陛下の病の一助になれば儲けモノと思って、気晴らしに茶会でも開かれてみても良いのでは? クラリッサ様もお呼びして結婚問題解決に前進すれば更にお得です」
ヴァレリーの提案にオベルは考え込む様子を見せた。ヴァレリーは畳み掛けるように更にもう1つ提案をしてみる。
「折角ですし、場所は藍分隊長ご自慢のバラ園へご招待してみてはどうです?」
副長の言葉を聞いて、オベルは眉間に搬を寄せる。別にオベル自身が花に造詣深いわけではないからだ。
「この季節は中々花を愛でる楽しみを見つける事は難しいでしょう。多くの女性は花を好まれますから、語らう場に最適ですよ」
更に眉間の皺が深くなり、渋面を作るオベルを見て、ヴァレリーは小さく首を傾け笑う。
「そんなに気負われるのでしたら、いっそ彼ら冒険者を頼ってみてはどうです? オーレリー赤分隊長も、レイン団長も、騎士らしく攻めていて、今なお敵の外堀を埋められていないんでしょう? 最も、団長の場合は、ご自身も身を固められずにいますから、押し切れないんでしょうが」
最もな言葉にオベルは反論する事も出来ない。元よりオベルよりヴァレリーの方が弁も立つため、言葉で遣り合うとオベルの分は悪い。
「騎士の思考とは違う攻め方をされてみたら良いんじゃないですか?」
オベルが最終的にヴァレリーの提案を受け入れたのは、理や分を図っての事ではなかった。ウィリアム3世の冒険者酒場での楽しげな様子を聞き、騎士達に囲まれる王宮内に用意された席では無く、せめて王宮の外で、ほんの僅かな時問でも、心安い時間を過ごせた方が病の助けには良いのかもしれないと思ったからである。
●とどのつまり‥‥
「えっとそれじゃ、(自称)ヨシュアスちゃんとクラリッサちゃんが楽しくお茶を飲めるように皆で一緒に頑張れば良いんだよね?」
ぽむりと両手を打ち合わせ、シェラが満面の笑みで何だか難しい言い回しが書かれていた依頼書の内容を纏めた。いわんとする処は問違いない。だが、依頼主の遠まわしな表現も何もあったものではない纏め方だった。
「寒い冬でもあったかくてお花が咲いてるお庭で、皆で楽しくお茶を飲めるようにすれば良いんだよね♪ 大好きな人と楽しく過ごせれば嬉しい楽しいは、もっといっぱいになるもの。シェラもお手伝い頑張るね」
にっこり笑顔を浮かべるシェラは、何も難しい事は考えていなさそうで。けれど、依頼主も余り難しく考え込む事は望んでいなさそうである。
お茶会が開かれるのは、依頼主のパリの館。
館には、先代の趣味でとても見事な庭があるらしいが、空の下で茶会を催すには、この季節は向いていない。
当然その憂いは先代も持っており、屋敷の中庭を高価な硝子と淡い薔薇色の花崗岩で囲い、季節を問わず花が咲くよう優美な温室を作り上げてしまったのだという。そして、色硝子を組み合わせて美しい絵を描いた南窓から、光が差し込む様は感嘆のため息をさそう先代自慢の硝子窓らしい。
貴族の道楽、贅沢の極みのような箱庭の温室は、主が変わった今も尚、規模を幾分ささやかにしながらも維持されている。依頼主にとっても思い出のある場所なのだろう。
年頃の女性が好むもので作り上げられた温室でお茶会を、という誘いなのだ。
四季咲きのバラの溢れる我が館へ共にパリを守り戦ってきた親愛なる冒険者の皆様をお招きしたい。
同じ席に、貴殿らがヨシュアスの名で知る君とマントの若き領主殿もお招きしている。
お二人が心安い時を過ごせるようカと知恵を貸して頂ければ有り難いが、何より皆で楽しい時間を共に過ごす事ができれば嬉しい。
常春の庭園で、お待ち申し上げる。
●リプレイ本文
●常春の庭
晴れた冬の空の下を、冒険者らを乗せた馬車は、ゆっくりと走っていた。馬車はパリ中心部からは離れた閑静な屋敷街へと彼らを運ぶ。どれくらい走ったか馬車の速さから推測すれば冒険者ギルドがある場所からはそれなりに離れているように思われた。緩やかに歩みを止めた馬車の扉が開かれば、幾分しゃがれた落ち着いた声音が響く。
「ようこそ、冒険者の皆様」
年老いた執事が穏やかな笑みと共に冒険者達を出迎えた。慇懃に腰を折り歓待の言葉を述べた老執事は丁寧な対応のままに、一同を広い館をゆるゆると導き、重厚な造りの扉の前へと案内する。扉の前には年若い使用人が立っており、冒険者らを見ると丁寧な礼をもって出迎えた。
優れた審美眼をもつフィーネ・オレアリス(eb3529)の目から見ても趣味の良い精緻な細工の施された扉の握り。使用人が鈍銀色に光を返す握りに手を掛けると、見た目の重厚さを裏切らぬ音を響き開かれ、館の中を照らす光とは比べ物にならない柔らかな白光が彼らを包んだ。
ふわり扉の奥から流れるように香る花の薫り。
庭園には四季咲きの薔薇が中心に植えられているのが植物に造詣深いルフィスリーザ・カティア(ea2843)には直に解った。他にも咲く季節が異なるなど本来であれば顔を合わせる事の無い花達が一同に揃う様は贅沢の極みに思われた。多様に咲く花達はけれど乱雑には見えないのはある種の秩序をもって庭園に配されているのだろう。
外が未だ寒風吹き抜ける冬の名残みせる初春であることを忘れさせる光景がリディエール・アンティロープ(eb5977)達の目の前に広がっていた。花に詳しく無い者達にとっても一目見ればどれ程丹精込めて手入れされてるのかが分るほどに美しかった。
「‥‥素敵、ですね‥‥」
感嘆の吐息と共に吐き出された素直な賞賛の言葉。明けの空の色と森の色を映した瞳を輝かせ呟かれたルフィスリーザの短い言葉はそのまま冒険者らの心に響く。
そんな庭園の一角にひかれた水路に区切られた向こうに、忙しそうに立ち働く複数の人影が見えた。その内の一人が扉の方へと歩み寄る。人物の姿を捉え知った顔である事を理解しリディエールが礼を取ると、仲間達もその人物が今回の依頼人である事を知る。
依頼を請け負ってくれた事に感謝する言葉と共に彼らを歓迎したのは、ブランシュ騎士団<藍>分隊長でもあるオベル・カルクラフト(ez0204)だった。
「ビザンツの騎士、ギルツ・ペルグリンと申します。お目に掛かれて光栄です」
「ブランシュ騎士団、藍分隊を預かるオベル・カルクラフトだ。今回は無理な頼みを請けて貰えてこちらこそ忝い。よろしく頼む」
ギルツ・ペルグリン(ea1754)の礼を尽くした挨拶に、オベルは返礼もって迎える。
「お久しぶりです、オベル様」
「リディエール殿もようこそ。また会えて嬉しく思う」
リディエールには同輩である分隊長らと共に在った酒場で会った時よりも柔らかい笑みに見えた。
「尊い方をお招きしてお茶会を催されるとの事‥‥私もお手伝いさせて頂きますね」
彼の言葉に茶会の主人役やもてなす助力に関しても、客ではなく共に茶会を用意する形となった事への謝罪と感謝の言葉がオベルから返る。
「本来はオベル卿の奥様が担う役。『腹を割って話せる』素晴らしい女性の出現を聖なる母に祈りますわ」
礼に叶った挨拶の後に仲間達へも送ったセレスト・グラン・クリュ(eb3537)の手厳しい指摘は依頼人に対しても変わらないものだった。オベルは祈りへの感謝の言葉は述べつつも、カルクラフト家の女主人不在への指摘には何も答えずただ苦笑するのみだった。
「依頼からこちら相談についても副長に任せてしまっていたからな、流石に準備ばかりは都合をつけねばな」
茶会の用意や采配そのものはオベルが行わなければならない事だから予定を空けるため、ギルドへ依頼後の冒険者との遣り取りなどそれ以前での準備などは藍分隊副長が答えていたらしい。セレストのどこか迫力ある笑みに若干気圧される様な微苦笑を浮かべつつ、何かあれば遠慮無く言って欲しいと答えた。
その言葉通り、冒険者達が望む事に対して使用人らは直ちに応え補う。最も依頼人や招待されている賓客達へ礼を欠く事の無いよう配慮を行動を相談してきていた冒険者達の言葉に無体であったり不躾な言動が無かったからでもあるのだろう。
温室の手入れを任されている庭師の親子がルフィスリーザの求めに応じ、リース用に深緑が瑞々しく美しい葉が彩る蔓枝を棘を除き切り分ければ、彼女は瞬く間に可愛らしいミニリースに作り変え茶会の白で纏められた卓子へ飾る。温室側の離れは貴族の目から見て小さいと評すべき場所なのだろう、茶会の用意をするには十分な物が揃っており、セレストが采配を振るう。温室内が過ごし易いようにと配する品については心得があるのだろう、求めれば直に意を得たように用意される。リディエールも場所を考えて選んだカモミールの茶を茶会で出してもらえるようにと使用人へ頼む。彼の選んだ意図を理解し、微笑んで茶葉はカモミールをメインに揃えられた。
フィーネは知識の深さやセンスの良さを活かして仲間達の当日の装いに助言をしたり、小物を1つ2つ効かせて1歩上の装いへ導いてみたり。そんな彼女の助言を取り入れ、ミラ・ポゥーラー(eb0708)は薄青色の爽やかで清楚な装いに纏めてみる。
一方、ギルツは警衛的な意味を含めオベルに人払いを願いたいと話していた。
「優秀な薬師殿も二人もいる、羽を伸ばして頂く為にも人は少ない方が良かろう」
想定はしていたのだろう、思ったよりも簡単に了承を得た。ただ、人払いを行うのは温室内に限る事を告げられる。万一何か不足があった際にすぐ補えるようにしたいからだと話す。これ程気遣って力を貸してもらっているのに不足などなさそうだが‥‥と笑った後で、オベルは言葉短く冒険者らに詫びる。
「本来ならば、諸君らもゲストとして歓待させて貰わねばならない賓客なのに、こうしてご助力頂き有り難い」
己が屋敷で国王に何かあってはならないという引けない一線は譲れないと暗に示していたが、小さく笑んで相手を立てる言葉選びは流石に要職に身を置く人物のように見えた。彼が気を配るべきは、不足ではなく不測なのだろう事も、同じ騎士であるギルツには解った。
●花咲ける庭で
茶会の席に整えられた温室では、外から降りそそぐ冬の陽光が、被われた風除けの布や硝子によって温かな春の陽射しに変えられる。
ヨシュアスと名乗る君と、マントの領主であるクラリッサ・ノイエン(ez0083)を迎え、セレストを女主人に冒険者らの手で作られた催される形になった茶会は、和やかな空気の下で始まった。
クラリッサは気遣い給仕役を務めてくれるギルツのお陰か楽しげに過ごしていた。ギルツが失礼の無いよう心に留め、好きな花や薔薇の色の好み等から日々の心労などを会話の中で訊ねてみれば、クラリッサは誰かを重ねるよう「赤い薔薇が好きです」と答えた。日々の心労については、もっと大変な方々がいるのだから足りないくらいだと微笑む。
大切な騎士が慣れない給仕を頑張る姿に、心の中で「頑張って」と応援しながら、ルフィスリーザがリュートを手に明るい曲を奏で始める。会話を遮らないように、楽しげな雰囲気を壊すことの無いように。シェラ・ウパーラ(ez1079)の細く高く澄んだ声に、シェラとは違う高く豊かな清らかな声音が重なり、一流を誇る腕を持つバードであるルフィスリーザの奏でる曲は、その思慮もあいまって茶の席を包むように温かな歌となり流れていく。
曲が流行の恋歌に変わる頃‥‥。
「貴方って、とても素敵な顔をしてるのね。私、好きになってしまいそう‥‥」
本当に病中なのかと思わせるほど、飄々と楽しそうに過ごしていたヨシュアスだったが、意外な事にミラのこの言動には一瞬反応が遅れた。
「では顔以外も知っていただくのに、少しお話でも」
だが、ほんの僅か後には先ほど瞬かせた瞳を微笑み細め、正面に近い席を改めて彼女に勧める卒の無い対応にほんの少し感心したミラが、ちらとクラリッサを見れば、ヨシュアスに身を寄せる彼女を特に気にする様子も無くルフィスリーザの詳しい知識に感心するようにギルツらと花々について談笑していた。
「これまでにお会いしたお相手の中には、傍にいると居心地が良いと感じられる方はいらっしゃらなかったのでしょうか?」
カモミールの柔らかですっきりした香りが漂う茶を手に、リディエールが訊ねた。
「そうだね、姫君は傍に居て居心地が良い人と言えるだろうか」
けれどその口調は恋の相手を語るような熱のあるものではなく、しいて上げれば親しげな友人の名を語るかのようにクラリッサを挙げる。
理由は語らなかったが、妃の座を望み求める様子を持つではないクラリッサが挙がるのは見合い攻勢に疲れてのことなのかもしれない。ただ、クラリッサとは国の建て直しと領地の建て直し――大小の差はあれど共通の視点を持つ存在でもある。
「何故独身貴族を貫かれるのでしょう?」
女性に縁が無いわけでも興味が無いわけでもなければ、むしろ対応は流石王侯貴族というヨシュアスにミラは首を傾げた。
「結婚にものすごく夢があって」
しれっと答えたヨシュアスの言葉を聞いて、茶器が突き当たる硬質な音が響く。
「失礼」
オベルは短く謝罪したが、その表情は対人鑑識の詳しい知識が無くとも手に取るように分かるもので、リディエールは日頃の苦労を思い心中もらい涙を零す。
単に気に入った相手がいないというだけならこの先そういった女性が出てくる可能性もある。だが、相手を定めないと決めているのであれば話は変わる。リディエールが言葉を選び訊ねれば。
「特に相手を定めないと決めているわけじゃない。やはり結婚には夢と理想がね」
ただ話を聞いているオベルは、眉間に微妙に皺が寄り気難しい表情になっている。臣下の様子が出来の悪い滑稽な寄席演芸のようでリディエールとギルツは苦笑し、セレストは言わん事ではないとため息を付いた。
「愛されて育った花達は本当に綺麗‥‥」
瞳を輝かせ咲く薔薇を眺めていたルフィスリーザは、ふとヨシュアスへ訊ねた。
「ヨシュアス様。クラリッサ様には何色の薔薇がお似合いになると思いますか?」
「これだけ丹精された花なら、色を問わず似合うだろうね」
選ぶ花に秘められた花言葉で気持ちを量れないかと思っての彼女の問いかけに、ヨシュアスは柔らかな笑みを浮かべ答えた。騎士という位にあるギルツならその意図が解ったかもしれない。何色を見立て、あるいは好むか‥‥その程度の些細なことですら発言の影響力の大きい立場にいる者だからこそ、彼は何事も曖昧に微笑み交わし語らない事を。
●乙女の秘め事
「恋人さんなのですか?」
優しい微笑と共に訊ねられた言葉にクラリッサは瞳を瞬かせた。言葉の意味を一拍遅れて理解すると「恐れ多い事です」と小さく首を横に振る。
庭師の想いが汲めるほどきれいに咲く薔薇に視線を移すと、今度はクラリッサから「大切な方は?」訊ねられた。
その問いにフィーネは彼女が持つ称号に相応しい柔らかな微笑を浮かべ答える。温かな胸にある想いを語るフィーネの声は優しく、話を聞き終えたクラリッサは微笑んだ。けれどその微笑みはすぐに陰りに飲まれ、消えてしまう。
「フィーネさんの想いはとてもきれい‥‥でも私は‥‥」
恋をするよりも先に謀略の只中に落とされてしまったクラリッサにとって、少女の憧れである花嫁衣裳はデビルの贄になるための衣装という記憶が未だ生々しい。
好きな人も大切な人もいるけれど、それが恋かと聞かれれば良くわからない。今は領地を立て直すほうが先決なのだと話す。まるで先の10年戦争からの復興になお尽力し続けるウィリアム3世と同じ姿勢の言葉。彼らの間にあるものは、甘い恋の情ではなく、同胞愛のようだとフィーネは思った。年頃の少女が憧れるものを怖いというクラリッサが、負い目を持っていた昔の自分のように見えた。
「私も昔はもっと引っ込み思案で、自分に負い目もありましたから恋なんてしないと思っていたんです。でも大切な人に出会えて、彼のくれた勇気でほんの少し変わることができたの。だから、『勇気』をもってほんの少し前に踏み出してください。きっと世界が変わりますから」
ハーフエルフであるフィーネが前を向いて未来を語れるようになった事――本当に最愛の夫との出会いで彼女の世界は変わったのだろう。少しの切っ掛けで世界はどんな風にでも変わるものだから。
「内緒にして頂けますか?」
温かな笑みに励まされるように微笑んだクラリッサが小さく訊ねると、フィーネは「勿論です」と頷いた。クラリッサがフィーネの耳元に顔を寄せ、囁いた告白は――ファンタスティックマスカレードのように強く揺らがぬ芯のある人物になりたいのだということ。
「憧れの方に近づけるよう少しでも頑張りたいのが私の今の精一杯‥‥でもあの方は怪盗さんですものね」
危機に駆けつけてくれる仮面の怪盗が、クラリッサにとっての騎士で、目標なのだと言う事は公には決して口にできない事だった。でも、フィーネの素敵な話を教えてもらった分、今の正直な気持ちをお話したいと思ったから‥‥少女ははにかむように微笑んだ。
●光の欠片
呼びかけられ、ヨシュアスは足を止め振り返った。
「陛下にお伝えを」
セレストの言葉にほんの僅か首を傾ける。
「花は頭上に戴く太陽を常に気にかけています。地上の私達ばかりでなく御自らの幸せも考えて、と。太陽は唯一無二。誰も代われない。けれど同じ空に浮かぶ月も貴方あっての存在である事、どうか忘れないで」
真っ直ぐに向けられた言葉に、ヨシュアスは瞳を瞬かせ‥‥小さく笑う。
「そういう事はオベル卿に頼んだ方がいい。今日は良い時間を過ごさせて貰った」
「ええ、本当に。皆さん、ありがとうございました」
傍らで優雅な一礼を冒険者らに返すクラリッサに、冒険者に紛れるようにお忍びで大ホールへ訪れる時と同じいつもの遣り取りと共に差し出された手。変わらない遣り取りが出来るほどに彼が楽しめたという事にクラリッサは微笑んだ。
見送ってくれるミラ達の後ろで、陽光が差し込み降りそそぐステンドグラス越しの柔らかな色がクラリッサの目に入った。
神の祝福を受けるかのような美しい虹彩を背にした冒険者らの姿に彼女は瞳を和ませる。
これほど案じ想いを寄せ、あるいは動いてくれる彼らが、人々がいるのだから、きっとこの国も、この国を病身の細い肩に背負う君も大丈夫だと信じ、過ごせた時間に感謝し、常春の庭を後にした。
寒風吹きつける外でも、温かな想いがあればきっと――人は頑張る事ができるはず。