【花冠の君へ】萌え咲く新緑の地

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月01日〜05月06日

リプレイ公開日:2008年05月24日

●オープニング

「兼ねてよりの懸案事項の1つである美術品や工芸細工品を主に狙った強盗団についてですが‥‥」
 領内各所から届く報告書の山に目を通していたマント領領主・クラリッサ(ez0083)は、補佐官の言葉に視線を上げた。補佐官の言葉を継いで報告を行ったのは、マントの騎士団副長である。経過としてはともかく、結果的には成果はあげられていない事実を報告することが定例と化しつつあるため、副長の声音は固い。
「強盗団が狙う傾向ややり口など、大分情報固めは進んではいますが、相変わらずその結果奪われた美術品等がどこへ流出し、どんな輩の資金源になっているのかは相変わらず掴めませんね‥‥」
 単なる強盗の一言で片付けられない狡猾なやり口と統率のとれた組織規模を考えると、見事なまでに潜んでいるさまこそが恐ろしい。淡々と意見をのべる補佐官は、クラリッサの様子に瞳を細めた。
「‥‥カルロス、ですか?」
 挙がった名にクラリッサは少しだけ困ったように笑った。そんなに自分の表情は分かりやすかっただろうか。
「ええ、先の聖夜祭でパリに現れたと報告が王宮にも冒険者ギルドにも伝わっていますから。デビルの変化の可能性も捨てきれませんけれど‥‥」
 既に討伐されているはずの先の領主。己の野望を果たそうとデビルに身も魂も売り渡し、結局は全てを‥‥自分すら失った男。今またその姿を現し、何を成そうとしてるのかわからないまま季節はもう春。何の目的を持って動いているかわからない強盗団と同じ不可解な不安の種の1つ。
 補佐官は、主の懸念が分るだけに小さく笑みを浮かべた。雑多に報告書や連絡書が綴じられた紙挟みをめくり、その中から細かい書き込みがされた一地方の地図の写しを引き抜く。
「海の方ではこの所不審な事件が多いという話ですし、潰せるものは早めに対処しておきたいところですね」
 引き続き領内の警衛強化と強盗団の情報収集を副長に依頼する。
「その件については、隣接する領主達の他に‥‥新たに相談も頂きましたし、私からもお願いしますね。それとは別に気になるところを幾つか私自身が回りたいのですけれど‥‥」
 兼ねてより直接の視察の件で、側近らに相談してはいたものの、この冬は直接の視察は避け、他の内政官や騎士達が領地を巡り報告する形が主になっていた。
「もう季節的に春ですし、いっそ冒険者ギルドにお願いして、領主としてではなくまわってみたいのですが‥‥‥‥」
 口から出る事はなかったが「だめですか?」という臣下へのお伺いの声がその場にいた者全てに届く。
 冒険者への依頼という言葉に騎士団長は考えるように顎に手をあて、副団長は不機嫌な表情を隠そうともせず眉を筆めた。副長の表情は騎士団に頼って欲しいという思いと、兼ねてからのクラリッサの希望を知っていればそれが領内の騎士団のものでは難しいことがわかっているからの折り合いのつかなさ加減の現われだった。
 出来れば民に混じって、その視点の情報を得て、交流を得たいというクラリッサの希望。
「そうですね、補佐官殿と調整の上でになりますが考えましょう」
 副長と主を見比べて、騎士団長は苦笑交じりに間に入った。味方の出現に嬉しそうに微笑んだクラリッサは、身分を隠すのであれば偽名が必要ですよねと決定事項のように色々名前を指折り挙げ始めた。
 その場にいた臣下には、それは明らかに某至尊の君の影響に見えたが誰も敢えてツッコミをいれようとはしない。温かな――生温い主従の愛。
「クラリスとかどうでしよう?」
「「全然偽名になってません」」
 幾つ目かの名前を改心の笑みと共にお伺いしてみるクラリッサ。
 けれど、生真面目な副長や執政補佐らから同時にぴしゃりと却下され、少しだけ寂しそうに瞳を伏せた。
「‥‥他に何か考えておきます」
「まあ、偽名はおいておくとして‥‥領内の様子をご自身の目で確かめられるのも良い事です。幸い今は未だ大きな事変もございませんし。日程やその他詳細は検討・詰めておくとして、冒険者ギルドヘの依頼の手配、至急致しましょう」
「宜しくお願いします」
 優秀な補佐官の了承も得、クラリッサは視察に向かうためにも、と次の仕事へ取り掛かり始めた。新たな書類の山に手を伸ばした彼女へ、補佐官は決済に必要な情報を補いながら静かな声で語りかけた。
「今このマントの領主は貴女です。我々は貴女だからこそお仕えしているのです」
 真撃な補佐官の言葉に、クラリッサはペンを動かす手を止めた。視線を巡らせれば、騎士団長は笑顔で頷き、副長は目礼を返す。
「ありがとうございます。皆さんの期待と信頼に応えるには怠けてはいられませんね」
 その様子に嬉しそうに微笑んで、今度こそクラリッサは積み上げられた書類を片付け始めた。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6536 リスター・ストーム(40歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb3781 アレックス・ミンツ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb5413 シャルウィード・ハミルトン(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0170 シェセル・シェヌウ(36歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ec0234 ディアーナ・ユーリウス(29歳・♀・ビショップ・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

 今回の依頼にあたって、リスター・ストーム(ea6536)やシェセル・シェヌウ(ec0170)が事前にクラリッサ・ノイエン(ez0083)を通してマントの騎士団が得た強盗団の情報を確認した所によれば、その手口は鮮やかの一言だった。
 時間を掛けず奪える分だけ奪い去る――腕の立つ数名から十数名構成の一団だという事。脅し殺す事で時間を掛け、その場に留まる時間を費やし、また自分達の痕跡を残すよりは‥‥という手法なのだろう。未だ全容を掴ませきれない単なる強盗とは思えぬ手口。無理な力押しはしない盗みの可否判断の早さと、その引き際の良さから、自警組織の者達は苦戦している。 剣の腕も単なる賊にしては稀有な力量の者が数名、それに加え魔法の使い手もいる事。また、マント領だけではなく隣接する他の領地とも行き来することで、マントの騎士団の自治下から離れる事も行っており、頭も良い。
 改めて問われた事で、彼らに情報を伝えていたクラリッサは、説明の途中で何か考え込むように幾度か言葉を途切らせた。シェセルに重ねて問われる内容に思うところがあったようだ。特定の者だけが被害を受けているというわけではなく‥‥マントの工芸品の中心である銀細工が元々高価な品である事を考えれば、狙いは限られてくるのではないだろうか。


●巡訪
 春の柔らかな陽射しの下、草葉の擦れる優しい音が吹く中で、数頭の蹄の音と、数人の足音が小気味のよい拍子を刻んでいた。彼らが歩く小高い丘の上を通るこの道は、そのまま数里進めばマントを縦横に走る広い街道の1つに出る。道の先を確かめるように高い場所から見下ろすのは冒険者の一行だった。荷馬車がせいぜいという細い道が街道に繋がるそのまた先に、塀と樹木に囲まれた建物が集まる場所が見える。目の良いレティシア・シャンテヒルト(ea6215)がそれを告げると、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)も視界に映る街並みを認め仲間達を振り仰いだ。
「今日はあの街かい?」
 妖精の貴族が被っていると言われる豪華な金属製の頭飾りから零れた蜂蜜色の髪を風に遊ばせたまま、聖剣を腰に佩いた女傭兵が問えば、よく通る少女特有の高い声で頷きが返る。
「そんじゃ、少しでも早く着けるよう先を急ぐか」
 遠めに見える様子からも、街の規模が大きい事が見て取れた尾上彬(eb8664)は手にあった大振りの煙管を真鉄の重さを感じさせない動きでくるりと返す。アレックス・ミンツ(eb3781)も愛馬の手綱を引く手を握り直し、先行きを見遣った。
「よし、エスコートは任‥‥」
「行こう、エリー」
 赤髪の少女の肩に回されたリスターの腕が空を切った。レティシアが振り返り差し出した手に己の手を重ねるため、少女が一歩足を踏み出していたからだ。空を切った手を暫し見つめていたリスターは、ややあってその手でくしゃりと髪を混ぜ返す。口元に癖のある笑みを浮かべ、既に歩き始めた少女らの数歩後ろを歩き始めたリスターを追い抜き様、その肩をぽんと一つ叩いてからレティシア達の並びに追いついたアーシャ・ペンドラゴン(eb6702)は、やはり赤髪の少女をエリーと呼んだ。彼女がその名に馴染むのには少し時間が掛かった。似た響きから連想させてもいけないと、元名の響きとは離れた偽名を選んだからだ。
 赤い髪も碧の瞳も珍しい色では無かったから、ディアーナ・ユーリウス(ec0234)が軽く化粧をし髪をいじり、レティシアやシャルウィードが『冒険者』として見繕った一式を身に纏えば‥‥見習い騎士で駆け出し冒険者のエリーが、9人目の仲間として揃った。


●調査
 数刻後、一行が到着した街での宿泊先に決めた場所は、高い立派な宿ではなく普通の宿で、1階で酒場も営んでいる場所を選んだ。護衛だけが今回の仕事ではないから、一人にしないよう配慮しながら、入れ替わりで情報収集にも向かう。無論エリーの傍にいる者は、冒険者の一行の中に護衛対象がいるように気取られぬよう、護衛としてではなく、あくまで仲間として傍らに在る様に過ごしてもいた。ノルマン王国に訪れたのが初めてというシェセルに、街並みや生活様式など問われれば丁寧に知る限りの事をエリーは答えた。四角四面な答えになりがちな所は、リスターが持ち前の話術で巧みに補い、途中の客引きの声にうっかり引っかかりそうになったエリーを止めるのはいつもレティシアだった。市に並ぶ店を覗く時には、値切るための交渉術をしっかり伝授する。くだけた日常的な会話を交わしながら過ごす時間に、終始楽しそうに笑うエリーの笑顔は年相応に見えた。
 実際に自ら民の声を聞きたいという希望については、ディアーナの助言を受け、最初の頃は実際に手本を示してくれる彼女の傍で興味深げに彼らの遣り取りを聞いていた。
「違う街から来た冒険者なのでマント領について疎いのだけれど、この領地の住み心地はどう?」
「そうねぇ‥‥最近、なんかやたらとご領主さまの所の騎士様をお見かけするけども、また戦争‥‥なんて事はなさそうだし、良いんじゃないかしら?」
 ディアーナが訊ねた街に住む飯屋の女将は、笑って答えた。
 マント領を巡ってみて、この地に住む人々は冒険者に優しいと彼らは感じる事が多々あった。領主であるクラリッサが冒険者ギルドに親密である事も理由の1つだったが、マントはここ数年の領内の戦で冒険者達に随分助けられているという意識があることも強い。
「強盗団以外に何か不安なことはないですか?」
 ディアーナに教わった言葉で今度はエリー自身が訊ねると、生活に纏わる些細な困りごとを女将は幾つか答えてくれた。それに立ち寄る先々で、さり気無く住人に日頃の不安や細かい事でも世間話を聞くようにしていたアーシャが首を捻る。何が重要な情報か一般人には自覚なくても、鍵となる話があるかもしれない。
「最近物騒な事件が多いみたいですが、いつ頃から増えたのでしょうか」
「いつ増えたってそりゃあ前のご領主‥‥クラリッサ様のご両親が亡くなられてからかねぇ‥‥」
 貴族についての噂話はやはり気が引けるのだろう。幾分声を潜めるようにして街の女性達は答えてくれた。カルロスが己の野心を遂げるために、マントを預かり治める領主一族を謀殺していった頃から少しずつ不穏は広がっていた。それが一番大きく広がったのが、怪盗・ファンタスティックマスカレードが、カルロスの野心を暴き立ててからの事。冒険者ギルドも幾度も力を貸し、デビルの脅威を払ったものの、幾度にも及んだ内乱の跡は拭いきれていない。年若く領主の地位にクラリッサが就く事になったのは、この時カルロスがクラリッサ以外の一族の者を殆ど排除してしまったからだ。
(「やっぱり肩叩き券はちゃんと使って頂きましょう」)
「それでは、見慣れない人物が増えたとか、挙動不審者がいるとか?」
 カルロスが内乱を起こした頃合を境に、領内に傭兵の姿が多くなったのだという。今でこそ、無法者じみた行いをする者はほとんどいないが、それでも明らかにギルドに所属する冒険者とは異なる――いわゆる人相の悪い傭兵の姿は少なくは無い。最も、荒事を嫌う者達からみれば、一概に人相が悪い‥‥即ち悪い事をしそう、乱暴そうと括られてしまうのかもしれないが。カルロスが集めた傭兵達の残党は、冒険者や王国の騎士団によって討伐されているはずなんだけどね、と女性はこぼす。1度火の手が大きく上がった国。その舞台となった土地‥‥未だ火の粉は燻り続けているのかもしれなかった。

 少し大きな街に寄る時は市場へ足を向けた彬とシェセルは、今日立ち寄った街でもこれまでと同様に護衛の仕事を探している素振りを見せながら、市場へ向かった。強盗団やそれに類する事件についてそれとなく水を向ければ、市に立つ商人達の護衛を務める腕に自信のありそうな『同業者』は情報交換のためもあるのだろう、あっさりと答えてくれた。
「海沿いはどうだか話を聞かないかい?」
「この辺まで内地に入っちまうと情報は遠いなぁ‥‥ドレスタッドの方、イギリスとの海峡が荒れて商売が上がったりって話は聞くがな」
 煙管を手にゆらり弄びながら問う彬に、男が軽く肩を竦めてみせた。マント領があるのは海よりもパリに沿う内地側。海への流通路は、川を下るか、陸路を進むかに限られる。流通が滞るような事象が発生しているのは確かなようだが、現在もそうであるのかどうかまではわからないらしい。
 シェセルが人や荷の流れを訊ねてみても、簡単に調べてみて滞るような変化や流れは無いらしい。逆に言えば、民の生活に直接関る被害は出ていないからこそ、長く強盗団が蔓延り続けているのかもしれない。主に狙われる品が流通するのは王侯貴族達とはいかずとも、ある程度金が動かせる立場以上。商人達やそれらを取り扱う職人を生業にする人々にとっては見逃せない。

 カルロス、破滅の魔法陣、預言書‥‥常にデビルが暗躍する事件が多い近年のノルマン王国。その中で最初の引き金にもなったカルロスと縁が深い場所。その影を警戒し、身に付けた大粒の宝石がはまった指輪をちらりと一瞥する。今は宝石に刻まれた蝶は大人しく羽根を休めているが‥‥。
「‥‥あいつら割と反則的だからな」
 経験豊富な傭兵は、油断という敵を近付かせないままに目当ての酒場の扉をくぐった。荒事関係の情報ならば、荒事専門の者達――傭兵連中相手に噂を拾ってみるのが早いだろうと踏んだのだ。相手のガラの良さは期待できないために、エリーとは別行動で来ていた。軽く酒場を見回して、シャルウィードは話を聞くに適当な男に目星をつけた。
「よう、面白そうな話してるじゃないか」
「姐さんもやっぱり興味ありかい?」
「それはあるさ。高価な細工品狙う強盗団がなんだって?」
 男の笑いに、唇の端を持ち上げ、店主に酒の追加を頼む。こうした場で聞くお調子者の話には、根拠・確証のないうわさ話、流言蜚語も多い。信憑性の判断は必要だが、そもそも情報を手にしないことには判断もできない。男が調子よく酒で口を回らせ始めたのを眺めながら、ディアーナは酒に付き合う振りで話に付き合い始めた。

 生業からの慣れから入り込み易いと判断し、アレックスは鍛冶師ということで聞き込みに回っていた。鍛冶師や回っていてもおかしくない界隈で噂話とか、強盗団とか、美術品の噂話等を聞きまわっていたが、特に怪しい何かは拾えなかった。元より、武具を買い求める者には冒険者以外にも傭兵や荒くれ者などが多い。賊紛いの者が出入りしていてもおかしくはないが、大きな街の鍛冶師達はそうした輩に武具を融通する事は殆どない。他に流通の上で確認したところ、武器などの売れ筋は、流れの主流は偏る事も無く売れているらしい。一時期物騒だった頃に比べれば、武器そのものの売れる量は減っているようだったが。
 武器については被害は無い。マントの強盗団が襲っているのは工芸品ばかり‥‥金が目的なのだろうか。アレックスは得られた情報と共に次の場所へ収集のため向かうのだった。

 デビルについて情報が得られないか教会に立ち寄ったディアーナは、信徒に礼を言ってその場を離れた。
 デビノマニであったカルロスが倒されて以降、昨年の預言書騒ぎで王国内のあちこちでデビルの存在が報告されていたが、マント領内でデビルの存在はほとんど確認されていないという。どの街でも「遠い存在」として返された。神と冒険者と新領主のお陰と信心深く答える者がほとんどだったが、逆に影を潜めている様子が気掛かりだという声も聞いた。
「デビルがいなくなったわけではないものね。隠れ潜んで力を蓄えている‥‥デビルの行動っていうよりも違う気がするわね」


 夜も更けて、明日の移動に備えて休む頃合。男女に分かれて休む部屋で、装備を外し休むに適した軽装に着替える女性陣。見習い騎士としての装備は、なれないから大変なようで、エリーは仲間に相談していた。
「明日は武器は短剣だけにしようか」
「そうですね、でも防具は申し訳ないですけど着けて頂いた方が‥‥」
「そうだな、俺もそう思う。だが美女は何を着ても」
「エリーは細いからなぁ‥‥」
「「‥‥‥‥!!」」
 さらり混ざった新たな声に女性陣が一斉に色めき立つ。突然の事に驚き固まっているのはエリーだけ。皆可憐であったり可愛らしい見目であったりしても、相応の経験を積み重ねている冒険者なのだ。緊張が殺気に変わる直前、リスターはさらりと己が此処にいる理由を宣言する。
「何時片時も目を離さないのがプロの仕事だ! さあ俺の事は気にせず‥‥うわなにをするやめr」
 堂々と護衛としての役割を主張するリスターは、室内の異変に気付いたシャルウィードに見つかって‥‥四半刻後には、宿の軒先に大きな蓑虫がぶら下がる事となった。
「片時も離れないのは護衛の基本なんだけどな〜‥‥」
 ロープで縛られ吊るされたリスターが、風に吹かれてぶら〜んと揺れる。宵春の季節とはいえ夏には遠く。日も暮れれば吹く風は冷たい。
 とほーんと零すも、返る声はどこか間延びした梟の声だけだった。リスターの耳に届くのは、風と木の葉の鞘ずれ、遠く闇に啼く梟の声だけ。ほんの少し瞳を細め、さかさまに見える月を見上げた。驚いた後の遣り取りに、緊張の解けた表情で楽しそうにエリーが微笑んでいたのだから良かったのだろう。


●返礼
「この5日間、特に騎士達の巡視では得られなかった事があった事は本当に助かりました」
 限られた日数で回れた領内の主だった街や村は多くは無かったが、クラリッサは丁寧に礼を述べた。寝食を共にし希望通り領主としてではなく接してくれた冒険者らと名残惜しいのか、浮かべる笑顔は少しだけ寂しそうだ。そんな彼女の前に「5日間見習い騎士として頑張った分だ」と彬が大きな手のひらを差し出した。その上に乗っていたのは小さなお守り。
「雛祭りっていう、女の子の幸せを願うジャパンのお祭りがあるんだ。気休めだが、夜心細い時には良いかと思ってな」
 少し照れたような笑みと共に手渡されたお守りには可愛らしい男女の人形が描かれていた。そのお守りに込められた謂れは彬の気遣い。気持ちが嬉しいと礼を重ねたクラリッサが、空いた彬の大きな手のひらにお守りの代わりに透き通るような青い石を乗せた。
「一緒に巡察して下さったお礼だったんですけれど」
 何が良いのか迷ったんです、と困ったように微笑んで、シェセルやシャルウィードら5日間共に過ごした仲間達一人ずつお礼の品を贈った。銀の細工はマント領で多く職人らによって作られる工芸品。
「本当は細工品が贈れれば良かったんですけれど。それにレティシアさんとアーシャさん、彬さんはお持ちだったみたいで慌てて探したんですよ。‥‥どうぞ皆さんの行く先に幸運が在ります様に」