【花冠の君へ】 街道掃討

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月15日〜06月20日

リプレイ公開日:2008年07月01日

●オープニング

「どうでしたか?」
「流石だなって思いました」
 午後の執務を終えて、軽くお茶を飲む休憩時間の事。先日の視察の時の様子を訊ねられて、クラリッサは冒険者達の評価を率直に話した。
 冒険者ギルドからの報告書の写しは届いているし、クラリッサ自身も視察期間の事は書類に纏めてある。書面上に残すものではない、近しく親しい者達との離れていた間の時間を埋めるような会話だからこそ、正直な彼女の評価なのだろう。マント騎士達も負けてはいられないなと応じる騎士団長の軽口に、クラリッサも笑う。
「それでは、ギース伯爵から申し出のあった件はどうなりました?」
「進めておりますよ。何分向こうから持ちかけていらした件ですから、話の進みも早いです」
 補佐官の言葉に少し考えた後、視察の間思いついた事、考えた事をぽつぽつとクラリッサは話し始めた。部下達は時折言葉を挟みながらも、年若い女性と軽んずる事無く、主として言葉を聞く。その話題はやがて、盗賊団の構成についてに至る。
「冒険者だった、という事もありえるんじゃないでしょうか。傭兵を生業にされる方もいらっしゃいますから‥‥行動の類似点、流れ
の読み方とか、ふとそう思ったんです」
 共に過ごした冒険者達の知識や行動を間近に見て、あるいは話をする事で思い浮かんだ事が、切れ者の臣下達と会話をする事で、それらが線として繋がりそうな気がしていた。
「細工を施すのは難しくても、鍛冶の知識があれば、炉で鋳溶かすなりしてしまって金属として売却すれば良いわけでしょう?」
 貴石をあしらった高価な細工も、1つ1つばらばらにしてしまえば只の宝石。加工の価値が下がるとしても、元々が盗んだ物なのだから原価など関係ない。盗品流れの気配も稀であれば、その線も疑ってはいたのだが‥‥。
「統率の精度の高さを思うと騎士崩れ‥‥の線もありそうですしね。マントに拠点を置くのは工芸品だけが狙いではなく、地の利などがあるのかもしれませんが」
「ってーと、やっぱりカルロスのおっさんかー‥‥。あの親父だったら、良いものは自分の懐に入れちまいそうな気もするんだがなぁ」
「あるいは、庇護を受けているデビルに献上している可能性もありますね」
 狙うやり口がカルロスのものとは思えない点があり、それが特定に至らない理由の1つでもある。
 ある程度、話をしたところで、情報が不足していていつもならば堂々巡りをしていた部分が、今は解消されてきている事に、クラリッサも高官達も気付いていた。となれば、実行に移すべき話を一刻も早く動かすべきでもある。
「ここにいる皆さんの事は信頼していますよ。だからこそ‥‥伯爵の依頼が囮という事が敵に知られないように、情報は制限しておくべきでしょう。であれば討伐をお願いする事も速やかかつ秘匿性をもって冒険者ギルドヘ依頼すべきだと思うんです。フロランス様に直接お伺いして、図って頂ける様お願いすべきでしょうね」
 遣い選任や騎士団の巡回警邏について等細やかな点については任せると言われ、主の信に応えるように騎士団長は頷く。
「もうこの辺りでしっかりしめておかないとな」
「良い機会と思いましょう、宜しくお願いします」
 任せておけ、と笑う騎士団長に対し、冷静な内政補佐官は「幾ら砕けた席でもある程度の言葉を使ってください」と困った風な笑みを浮かべたしなめた。


●依頼書
 長くマント領やその近郊に出没していた盗賊団について、当然マントの騎士団が何もしていないわけではなく。
 地道な活動の積み重ねにより得た情報から導き出された傾向を元に、冒険者ギルドへ協力を求める依頼が届けられた。
 依頼書にはマント騎士団が作り上げた詳細地図と共に盗賊団の情報が仔細に渡り記載されており、マントでも限られた者しか手に出来ないような事まで書かれていた。
 情報の公開、それは冒険者ギルドを信頼している事に他ならない。
 絞り狙い定めた囮となる場所――その地点を冒険者達が実際に目にする事が出来るのは当日だけだろうか。
 なぜなら、罠を仕掛けたり、事前に騎士や冒険者などの姿が目に付けば、やけに慎重をきすかの盗賊団警戒しでてこないかもしれないからだ。
 囮となる商隊が進むのは馬車が通ることができる道で、往来の多い街道筋から1本離れた裏道にあたる道。
 パリを目指し進む馬車の右手は森。
 左手は人が上り下りするには難しい切り立った岸壁。傾斜が鋭く、地質が脆いために難しい。
 もし登る事が出来れば10mほどの高さの岸壁の上には僅かに人が通る事の出来る場所があり、更に高い岩壁がある。
 そして道は大きく左に緩やかに曲がっていく。進めば僅かな距離の間、来た道からも行く道からも死角になる場所がある‥‥来るならば、そこだろう。
 囮は1日早くパリを出てマントに向かい、荷を積み次第引き返してくる。目標の地点に到着する日や時間帯は事前の打ち合わせ通りになるよう調整をとった上で動く事になっているので、依頼を受けて3日目の午後から夕刻が決着をつけるべき時になるはずだ。パリから普通に移動すれば十分に間に合う場所と距離である。
 統率性の高い、機動に優れた盗賊団の頭領を含め、剣技に優れた者が数名。魔法の使い手が2人ほど。10〜15人規模の盗賊団。昨今巷にあふれ出したレミエラを所持するという報は入っていないが、危惧しておいて損はないだろう。
 せめるに易く、待ち伏せもしやすい場所は、冒険者も盗賊もさほど変わらないかもしれないが、おびき出し叩く為にどうすべきかは、請け負う冒険者がやりやすいように、との事。
 何処から現れるのか、何処で戦端を開くか――盗賊団を壊滅させるため、被害を無くすために、冒険者の協力を求む。

●今回の参加者

 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3385 大江 晴信(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)
 eb5413 シャルウィード・ハミルトン(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec0234 ディアーナ・ユーリウス(29歳・♀・ビショップ・人間・神聖ローマ帝国)
 ec3237 馬 若飛(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

尾上 彬(eb8664)/ 九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文


 盗賊団の掃討――取り立てて珍しい依頼ではない。囮を立てて待ち伏せる事とて珍しくは無い。
 彼らが掃討しなければならない盗賊団の慎重さが、今回の掃討戦を難しいものにしていた。誘き寄せる盗賊団が笑える事に子兎の如く臆病なまでの慎重さをみせるため、待ち伏せる冒険者らが罠などを仕掛けるという話以前に、事前に場所を確認する事すら制限されたからだ。
 約束されている期日になったため、目星をつけてあった場所へ向かった冒険者らは、街道近くの森の中にいた。
 馬若飛(ec3237)と大江晴信(eb3385)が場所を見定め、天津風美沙樹(eb5363)が待機している事を悟られ難いようにフォローしていた。若飛が、敵に優秀な指揮官がいる事を危惧し、仲間の足並みを揃わせた事も大きかったのだが。
 陽が傾き始めた頃合を読み、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は狩りに優れた相棒とも呼べる鷹・ハルヴァードを偵察に向かわせるため空へ解き放った。よく言い含めたのは、敵が崖上にいる場合は鳴き声を一回上げるようにということ。そして、襲撃があれば鳴き声を二回上げる事。
「依頼を受けるのは半年ぶりぐらいだろうか。‥‥鈍ってなければいいんだがな」
 先端が分かれた三叉の魔法の槍の柄を、感覚を確かめるように握りながら晴信は一人ごちた。半年振りとはいえ、晴信の手にある装備には、その時には無かったレミエラと呼ばれるマジックアイテムが付与されている。時流に取り残される事無く、冒険に向かう事のできる者だからこその、油断を危惧する自重の言葉なのだろう。
「街道を利用する商人達の為にも、クラリッサ様の為にも殲滅しないといけませんものね」
 晴信程ではないにしろ、暫く間があいての依頼となる美沙樹は潜めた声で頷いた。
「民の盾となること、それが騎士だと僕は思っています。一命に代えても、盗賊団を壊滅させます」
「ええ、盗賊団の壊滅が目標だものね。できれば全員を生きたまま捕らえて、色々と聞き出せればいいわね。またクラリッサさんのお役に立てれば」
 いつでも駆けつけられるように、とワールウィンドの傍らにあるデニム・シュタインバーグ(eb0346)。ディアーナ・ユーリウス(ec0234)は、駆けつける助けになればとセブンリーグを履いている。
 彼らが待機している場所では、そこに人や馬がいるのが分かり難くなる様に蔦や草、毛布にテントとロープ、倒木、枝を使ってカモフラージュされていた。声を潜めているのは合図や戦闘音を聞き逃さないための配慮。森の中に盗賊達が潜んでいないか、鉢合わせることのないよう注意は怠らなかったが、どうやら盗賊達は森の中に潜んで獲物を待ってはいないらしい。彼らが潜む場所から幾分離れた場所に繋がれている馬達が怯えたり様子を変える事無く手近な草を食み、傍らにはディアーナのチェーザレが番犬代わりに座っている。
 それにしても、と若飛が呟いた。
「術師混じりの盗賊か。んな事しなくても腕がいいなら傭兵とかで稼げるだろーに」
「‥‥あるいは、出来ない何かがあるのかもしれない、とかな」
 知った事じゃないが、と続けたシャルウィード自身もまた若飛も傭兵と生業としている冒険者だ。
 それぞれ胸に掲げる正義は違う。そもそも正義を掲げる事無く、自分の意思に基づき行動理念を掲げる者もいる。冒険者ギルドよりの依頼を請け、行動する彼らの正義のありようは6者6様‥‥ただ、盗賊に堕ちた者達の気持ちなど理解したいとも思わないだろうが。



 傾き始めた太陽の下、高く高く鳴く猛禽の声が薄蒼の空を引き裂いた。平穏とは言い難い破砕音が伝え響き聞こえた一瞬の後のことだった。鳴き声は、姿を捉えるよう偵察を言い聞かせていたシャルウィードの鷹のものだろう。盗賊は瞬く間に姿を現し襲ったというのだろうか。
 囮役の冒険者の戦力は、魔法の使い手を多く擁し、剣を手に盗賊と切結び盾となる者がいない。
 見つからぬよう隠れ潜んでいた森の中から、囮役の者らを助け、賊を討つべく次いで駆ける美沙樹や晴信らの脇を通り過ぎるようにデニムのグリフォンも駆けていく。木漏れ日のささない鬱蒼とした緑の下から、一気に戦場に切り込んだ人馬の影は若飛とその愛馬・絶影Jr.だった。
 囮役の荷馬車との間を遮る賊と思しき男らの背を飛び越え、既に馬車とは呼べない残骸の陰に駆けつけると飛び降り強弓を番える。囮役の冒険者の一人であるレンジャーと共に、高所から届く敵の矢を射返すように間隙開けずに射掛ける。
「ちっ、やはり高い場所を押さえられたか‥‥デニムが詰められなかったらこっちはジリ貧だぞ」
 指揮官が優秀なら早々に黙らせたいし、術師もやっかい――如何にその後衛を早期に潰せるかが鍵‥‥そう思っていた若飛は舌を打つ。崖の上の敵も己の分担かと心得ては来たものの、駆けつけるに当たって掃討役を請け負った冒険者らの足並みは揃っていないのが実情だった。囮役が訪れ、盗賊が誘き寄せられる間に潜むべき場所の選定が個人によって意識が微妙にずれていた事は揃えさせた。掃討役の中で、駆け寄る手段とタイミングが揃っていなかった事が、囮役との調整を希望し気に掛けていた若飛には皮肉な事だったかもしれない。
 一方、黄金色の尾を長くたなびかせて低空から一気に距離を詰めるべく中空を駆けるグリフォンは太陽を背に進む。差し込む陽光がデニムに味方し、盗賊側の射手は射掛けさせることが許されぬまま、冒険者の接近を許す事となった。先に術者を探すデニムの目は、高台に位置する射手にまじったウィザードの姿を捕らえていたが、射手がグリフォンの接近を遠ざけ、その間に地上や中空にあるデニムに向け、ウィザードの放つ風の刃や炎の塊が落とされる。上手く旋回し、距離を詰めようとするデニムの目に、狭い岩棚の上を上手く利用し、射手をじりじりと追い詰めている囮役の冒険者の姿が映った。多勢に無勢の感のある彼を援護するためにも、盾の向こうに敵影を透かし映し、ランスを手に握り締める。低く鋭い鳥の声にも似たワールウィンドの鳴声を檄に、岩棚へと滑るように降る。
 残骸に等しい襤褸と果てた馬車‥‥盾の代わりをさせるには厳しい針鼠のような様相に矢を番える若飛は苦い表情を浮かべる。撃ちかえそうにも隙を作り難い自陣営に飛来した矢が弾かれるように逸れた。駆け寄るディアーナの張った聖なる守りの輪に包まれた事を知る。盗賊達に圧されていた冒険者を助けるように間に割り入り援護し攻撃の盾となった美沙樹に、討つ事に遠慮ないシャルウィードの両の刃が盗賊を屠る。晴信が槍の長さから生まれる長い攻撃範囲を活かし、敵を遠ざける。盗賊を掃討するための体制が整ったように思われた戦況下――岩棚より滑り落ちるように降りてきたレンジャーの少年が手にしていた銀の杖を見て、囮役の冒険者はパリの方へ向け、戦場に道を切り開くため動き出した。
 掃討を請け負った冒険者らの最大の誤算――それは、囮役の冒険者らの目的が、盗賊の殲滅ではなかった事。かの依頼者は、ギルドではっきりと告げていたではないか。『盗賊団を誘き寄せる事』『盗賊団の魔法使いの持つ杖の奪取』であって『盗賊団を壊滅させる事』ではない、と。
 前衛を担うに長けた戦士を中心とした掃討役と、ほぼ魔法の使い手で構成された囮役。この12名が共に在れば‥‥それは、結果論に過ぎず、掃討役を請け負った晴信らは戦場を離れた囮役の冒険者を追わせぬように位置取り戦列を組む。
 合流したはずの冒険者が、不意に戦場を離れ、あるいは残る二手に分かれた事は、結果的に盗賊達に思わぬ動揺を生み出した。彼らの誤算を上回る良い機だった。囮役の冒険者が残した魔法の霧に道を遮られ、あるいはディアーナの祈りにより足を止めざるを得なかった盗賊は、その場に残った冒険者達にその刃を向ける事を選んだ。岸壁と霧に阻まれた閉じた戦場となっていた。
「奪いやすそうなお膳立ては整っていたが、こうも見事に囮とはな」
「‥‥深追いはしないとはいえ、こうも同じ手で高い頻度で『仕事』をしていたんだ。そりゃ対応もとられるだろうさ」
 揺らぎの少ない声は、感情を読み取りにくい。淡々とした仲間の様子に、剣を持ち指示を出していた男が軽く応じた。岩棚に置いた部下の姿が見えず「やられちまったかな」と片眉を上げる。
「盗んでくれというんだから、貰っていってやりたいところだがな。最もこんな状況は初めてでもあるまい?」
 ちらと戦場と成り果てた辺りを見回し、傍らのローブの男へ剣を持つ首魁と思しき男が呟いた。その声音を聞いて小さく肩をすくめると、冒険者らの方へ翳した手から雷撃が放たれた。
 岩棚にいたはずの盗賊の他、地上より挟みこむように襲撃をかけた部下も、若飛達の矢や魔法による援護で、眼前の冒険者を排除する以前に反撃する事も難しく数を減らし始めている。
 そして、そんな戦場に不似合いな――ある意味では相応しいのかもしれないが、シフールの少女の口からこぼれだした呪歌が、戦場に流れていた。彼女が紡ぐのは――凱歌。冒険者達を励まし、気力を奮い立たせる歌をうたう。傷を癒し、体力を取り戻す事はできなくても‥‥気力は繋がれる、力強い励ましの歌。次いで現れた助っ人は、囮の荷を運んでいた商人の男。逃れようとする盗賊を、豪快に斬り伏せていく様は、商人には見えない。
 それを見て何を思ったか、やれやれと盗賊が馬から飛び降りた。それを好機を攻め詰める美沙樹の前で、首魁の男はにやりと笑う。
「見てんだろ? 旦那に言っとけ、契約は終わりだってな」
 歪んだ笑みを浮かべ、何かを押さえつけるように剣を持たぬ左手で面布ごと顔を抑えた男は、正面に立ちふさがった美沙樹を前に低く呟いた。呟きは明らかに目の前に居る美沙樹に向けられたものでなく、言葉の意図を量りかねた彼女が直感的に数歩下がったのは殺気を感じ取ったというよりも、剣を扱うものとしての経験からくるものだった。
 叩きつけられるような衝撃波が、先程まで美沙樹が立っていた場所を抉る。
「‥‥あなた、まさか‥‥?」
 美沙樹の問いに答える言葉は無く、獣じみた咆哮が男から上がる。男の顔を覆う面布の隙間から覗く瞳は――紅。赤眼の赤ではなく、狂喜に染まる緋色の紅。先程までの戦場周辺に気配を尖らせていた冷静な指揮者は消え去り、代わりに其処に現れたのは――狂戦士。
 紅の狂喜をその身に顕現し、良く言えば豪快、むしろ乱暴な剣技に防戦を強いられ始める。返す剣も負傷を臆する事無く剣を振り回す相手には有効打にならない。
「‥‥このっ、好きにやらせるか!」
 圧される美沙樹を支えるように割入り槍撃をねじ込んだ晴信の腕に、痺れるような重い衝撃が跳ね返る。美沙樹の持つ小太刀では切結ぶ事も難しい。若飛とデニムは残る盗賊を抑えるのに手一杯であったし、ディアーナは戦線が崩れぬよう援護の魔法で精一杯‥‥苦しい状況を打破する一撃を齎したのは――歴戦の女傭兵。
「いい加減にしろよ‥‥!」
 晴信が打ち込みを受け正面きって狂戦士の意識を引き付け、美沙樹が踏み込み足元を追い詰める間に、後背より距離を詰めたシャルウィードの龍叱爪が深く抉るように背に突き刺さる。力量で勝るやもしれない、全力で自分に抗い殺しに掛かってくるであろう敵を、生かして捉える事の難しさを理解していた事――それが、シャルウィードの、他の仲間には無い最大の強み。まして狂化したハーフエルフに説得や感情の揺らぎによる隙を見つけることなどは難しい事は、知っている。蹈鞴を踏むようによろめいた足元のまま、それでも大剣を振り回そうとする男を相手に、止めとばかりに『ベイエルラント』の名を持つ曲刀でシャルウィードは背から肩へと切り裂いた。
 優勢をもぎ取ろうとしたその一瞬の間に、歩みを止めた仲間ごと巻き込む氷嵐が魔法使いの手から放たれる。
「‥‥誰が支配者でも変わらない。むしろ我らを先に排除したのは貴様らだ。なればこそ、有益に在れる場所にあるのみ」
 怨嗟に満ちた呟きと共に精霊の言葉を手繰った男は、けれど次の詠唱を結ぶ前に、その胸に矢を生やして膝を付いた。
「笑わせる。その身に備えた輝きを纏う者が‥‥‥‥を屠る事を、正義を、口にする」
 吐き捨てるように哂った魔法使いは、それを最後に2度と口を開く事はなかった。



 森を渡る間に初夏の濃い緑の香りを孕むのだろう風が通り抜けるその場所は、今は未だ血の匂いが濃く漂っていた。倒した賊が流したものと、自分達が流したものと。パーティの中で唯一回復魔法を使う事の出来るディアーナは戦闘の中で魔力を使い果たしており、冒険者らは手持ちの回復薬に頼り、その身を癒した。無論、魔力が無くなったのはディアーナ一人では無い。その事実は戦闘の激しさを物語るようだ。無造作にポーションの封を切り、壷の中身を飲み干せば傷が癒え、体を動かすに支障ない状態へと戻る。戻った事を確かめるように、手のひらを握っては開き、開いては握り締め‥‥稼動域を確認していたシャルウィードは、舌打ちを零した。
 その様子に気付いた美沙樹は、けれど腕に抱えた羽根を裂かれたシフールの少女に視線を落とし、その様子に瞳を伏せた。囮役を引き受けた知己達と話せれば良いと思っていたが、そんなささやかな希望すら果たせぬほどに盗賊団は手ごわかった。
 ずっとマントに跋扈していた盗賊団――容易く倒せる相手であれば、もっと早くに討ち果たされていただろうから、止むを得ない事なのかもしれない。
 戦列を指揮していた首領、あるいは頭目各と思しき剣士や術士らはほぼ討ち果たせた。高い地位にいたはずの魔法使いも一人、捕縛している。遠慮無く殺す気で付けられた傷だったが、かろうじて生き延びていたため、死なない程度に回復薬を与えてある。
「商人じゃなかったのか?」
「商人で居る時もある。育ちが良いわけじゃないからな、俺は」
 若飛の問いに、軽く肩を竦めてみせたシャリオは、最早残骸と言って良い馬車の荷を蹴り飛ばし、壊れた木箱の中から無事なポーションを拾い上げると、死体の数から賊を確認して戻ってきた晴信とデニムに投げ渡した。
「‥‥また、クラリッサさんのお役に立てたのかしら?」
「殲滅できた事で依頼は十分に果たされてる。俺の主人も感謝してるさ」
 ぽつり呟かれたディアーナの問い。商人を名乗っていたシャリオは、鞘に納めた大剣を肩に担ぎ、暮れゆき暗紅に染まりつつある辺りを見遣り、冒険者らに向け、そう答えた。