1年後の預言〜N様護衛〜 迎撃編
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■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月28日〜09月04日
リプレイ公開日:2008年09月08日
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●オープニング
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1年前のその日。
その国は滅びようとしていた。
国の名はノルマン。預言によって滅びを約束された場所。
そして最後に、パリが目標に挙げられた。
国の要人達と冒険者達の相談の場として、旧聖堂にはたくさんの人が集まった。
この国と彼らの場所を守る為、共に力を合わせて戦った。
各地に及んだ預言が呼ぶ災害の爪跡はすぐには癒えず、戦いが終わった後も復興には時間を要しただろう。
だがそれもこれも、今となっては遠い過去のようにも思える。
勿論、デビルは暗躍しているし、冒険者の戦いに終わりは見えない。この国は、今もあらゆるものに脅かされている。
常に新しい何かに脅かされ、新しい何かを喜び、或いは悲しむ。日々が経つのは早く、人々は過去の悲劇を思い出して嘆くよりも、今を生きる。
だから、人々の多くはもう忘れてしまっているのかもしれない。
かつて、彼らを脅かした恐怖の言葉。
ノストラダムスの預言の事を。
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ノストラダムス――ノルマン王国を揺るがした大予言の渦中にいた人物。
王国の騎士と冒険者達の尽力により、デビルの下した予言は覆され、都合の良い崇拝の偶像の操り人形と化していたノストラダムスも解放された。現在かの人物は、とある地方の教会で厳重な監視をされながらも奉仕活動に勤しんでいる。
しかし最近、彼の身柄を悪魔崇拝者達が再び狙っているらしいという噂が実しやかに流れていた。
王宮に齎された情報に、1年前の短くは無い動乱の光景が蘇る。忘れていく生き物である人にとっても、モノクロームな思い出の中に収められる程には時間は流れていない。
「噂のままでいてくれれば良いのですが、やはり確認が必要でしょうね」
噂の真偽について、ブランシュ騎士団<藍>分隊に所属する若手騎士の一人が進言すると、分隊長であるオベルが頷く。
「ああ、何も無ければ無いに越した事は無いだろうが‥‥」
「やはり暫く地方巡業は休止ですね」
副長であるヴァレリーが、幾分冗談めいた口ぶりで小さく肩を竦めた。藍分隊は元々パリを離れて国内の地方各地、時には国外で活動している事が多い分隊である。とはいえパリ近郊で起こる事象に全く関与しないわけではない。
「確認には向かうとして、情報が全くの誤りとは?」
「様子を確認に行った者によると、近隣の住民から異常を訴える話がありまして」
腐臭、異音、怯える家畜、暑さや虫・獣の害とは思えぬ植物の枯害。
斥候役を担った騎士によると、ズゥンビが群れていたのだという。何かに招かれるように、意思を持たぬ屍はある方向を目指しのろのろと進むズゥンビ達。その場にいた数体は、排除してきたのだが、近隣の訴えは1件だけではなかった。そしてそれらズゥンビ達は、ノストラダムスのいる教会を擁する村の方向へと進んでいたのだ。
大概のズゥンビに意思など無く、それらが群れて1箇所を目指しているとすれば、その後ろにはそれらを操る者がいるはずだった。
「噂の真偽はともかく、預言者が狙われているのだとすればこちらは明らかに陽動だろうな。だが、放置するわけにはいくまい。ノストラダムスの直接の護衛に関しては、橙分隊のイヴェット殿が采配を執る事になっている。我々の役目は常と変わらず、王国の民の安寧を図る事‥‥」
「ここは私が出ます。隊長は駄目ですからね」
担当する人員についてオベルが口を開く前に、ヴァレリーがぴしゃりと機先を取った。
「陛下の偽者についても迅速に対処に当たらないといけませんから。先の件は隊長が請けたものですし、それに陛下の警護の任もあるでしょう」
ウィリアム3世の偽者がパリ市内に現れているという事件については、オベルが事に当たっていたため、懸案はそのまま藍分隊におろされている。こちらも放って置く訳にはいかなかった。偽物という単語が、ウィリアム3世以外にも波及している節もある。
「どこもかしこもデビルの影がちらついていて嫌になりますねぇ。でも、この国をデビルにくれてやる訳にはいきませんからね」
撃退に失敗すれば、預言者は元より修道院を後背に抱える村1つが危い。
眼前のズゥンビの群れを排除に行った騎士は負傷していた。ただのズゥンビに遅れを取る事は無い。ズゥンビの纏う腐臭が毒のように騎士を苛み、結果隙を許す事になったからだ。
隊を分けるべきか思案していたオベルは、短く一言だけ訊ねた。
「大丈夫か?」
その一言に全てを込めて。
「愚問ですね。見総らないで下さい、貴方の部下を」
隊の半数で向かい、ましてフロランス殿の助力を請えるのならば‥‥白に誓って、藍に賭けて。
預言者の下へ向かう事となった騎士達は強く分隊長へ請け負ってみせた。
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「我々と共に村へ向って下さる冒険者を募って頂きたいのです」
ギルドマスター・フロランスを前に端的に事情を説明し、冒険者の助力を乞うのは藍分隊に所属する騎士の一人。
「副長以下、分隊員の半数は既に向かっています。我々は協力して頂ける冒険者殿らと後から向かう事になっています」
「万全をきすために。彼を奪われるわけにはいきません。まして彼を受け入れてくれた村を危険に晒す訳にはいかないのです」
不要の混乱を避けるためとはいえ、ノストラダムスの正体を知っているのは村長と村人の一部の大人。そして修道院の者だけ。善良な村人達の多くは、あるがままの彼を知るだけで、動乱の中心人物であった事は知らない。
「ノストラダムスの護衛については、彼に直接面識のある橙分隊のイヴェット様からご依頼があったかと思います。ですが、我らが抜かれてしまえば‥‥」
預言者はおろか、村全体が危うくなる。
「副長が前で采配を執られます。何より数が多い事が1番の懸案事項です。そして表向きにはズゥンビの群れですが、必ずそれらを操るデビルがいるはずです」
操る者が排除できれば、毒を持とうと他になにあろうと屍如き、騎士達の障害にはならない。
操る者がどれ程いるのか、どこにいるのかもわからない中で、屍の群れを相手にしなければならない事が事態を困難にしている。
ならば、多くの屍を藍分隊が排除する間に。極論を言えば藍分隊を囮にしても残さず討て、と。
若さを実績でねじ伏せ分隊長に就いたオベルの率いる藍分隊は、元々諜報や情報戦よりも実戦で戦う事を得意とする者が多い。
藍分隊の若手騎士2名が案内も兼ね冒険者達に同行するという。其の内の1人は分隊の中でも1,2を競う射手という話だ。
「村人を別の場所へ逃がす余裕はありません。森に囲まれた村は道が限られているため、ズゥンビに囲まれた中で年寄りや子供が急ぎ別の村や町へ向かうのは難しいのです」
森を切り開き、自分達の手で生活の場を広げてきた村人達は愛する土地を離れる事を良しとしない。
周辺の広い森の中、いつ、どこから現れるかわからない死者達を迎え撃つ。
言葉で言えばとても単純な事であったが、実際に戦う者達にとっては易しい事では無かった。
●リプレイ本文
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デニム・シュタインバーグ(eb0346)のペットであるグリフォンの同行は、彼らに随行する藍分隊所属の女性騎士・カミーユにより申し訳ないが‥‥と、断られたため仲間と共に彼も馬車で移動している。目立つ事を避けるため、件の場所を特定される事を防ぐため、二重の意思が入っているのだろう。
2日は要するというその道中を無為に過ごす事は無くミカエル・テルセーロ(ea1674)が中心となって、現地での行動や方針を確認する。防衛線は森と村の境と意識し、確認をする。実際に現地の様子を見てみて調整が必要になるかもしれないが。
村に到着すると、ブランシュ騎士団藍分隊の副長であるヴァレリーが出迎えた。
「ギルドに依頼してから要した時間‥‥ぎりぎり間に合った、かな」
「もう近くまで?」
聞きとめたエルディン・アトワイト(ec0290)の質問を機に冒険者達は早々に村の防衛について確認に入った。
村近くで遭遇したズゥンビはその都度排除しており、中には彼らが懸念していた獣のズゥンビもいたという。
ミカエルがバーニングマップを行うための村近郊の詳しい地図を求めると、森に囲まれた一地方の村には必要がないようで詳細な地図は無かった。村長の記憶から書き起こされたそれ程精度は高くない地図であれば分隊で用意できたものがあった。ズゥンビの目撃・撃退地点に印が付けられ、既に感知用の道具を用いている場所も記されている。少しでも情報を得るためにミカエルは地図の写し作業に入った。
「境界線を引いて、迎え撃つ形と認識してよいのかな?」
改めて問われ、カサンドラ・スウィフト(ec0132)が頷き理由を述べる。森の中では上手く連携や対応がし難いため、森と村との境界で線を引く事を提案し、境界線へは馬車で移動中に作った鳴子をロックハート・トキワ(ea2389)が張って行った。
最初にズゥンビを目撃した騎士が同行し接触地点へリスター・ストーム(ea6536)は向かう。ただ人が歩けば1日半という距離も、駿馬で向かえば然程では無い。
湿った土の上に膝付いたが、雨でも降ったのか、かつての痕跡は拭い去られて追えなかった。
「この方角に、墓所や古戦場はないか?」
リスターが問うと騎士は首を横に振る。ただ、墓所については近隣の村から異常などの訴えは届いておらず、また直接全ての集落へ確認に向かいきれてもいない事。また、森が深いため迷って戻らぬ旅人もいるという。
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)がウォーホースから下ろした重たげな袋、じゃらりと響く音からどれ程の硬貨か察したらしいヴァレリーが目を丸くする。
にっこり極上の微笑みを浮かべ、冬の薔薇園での借りを返しにきたのだという彼女に、一拍後には人当たりの良さそうな笑みを浮かべ丁重に辞退した。
「隊長のトコはお金持ちだからいーの。あるトコにある物を使う方がお得だよ。これは貴女達がここで使うべきでしょ」
一見してかなりの数とわかるソルフの実。それ程の貴重な品を借りのおまけと差し出したセレストに、騎士の礼を取った。
「王国の騎士が貴婦人に取るべき礼ではないけれど、とびきりの棘に刺されそうだったので今はこれで」
去っていくヴァレリーの背を見送るセレストの笑顔はとびきりの微笑だったが‥‥笑顔の応酬の傍らにいたシャルウィード・ハミルトン(eb5413)が眉間に皺を寄せる。
「おっかねー‥‥。なあ、キャシー?」
簡易なバリケードを共に作成しその報告に来ていたカサンドラは、話を振られて苦笑する。笑みの下での腹の探り合いは貴族の十八番だが、セレストの笑みはそれとは違う気がしたからだ。
設置されたバリケードはと言えば、森の木を切り倒しそのままの形で防衛線用に使う事になった。カサンドラとしては動きを制約してしまうような物にしたかったのだが、実際に彼女達が木を切り倒している間にも遭遇するくらい、ズゥンビが村の方へと集まって来ていたためだ。
クリミナ・ロッソ(ea1999)の進言したデビルによる状況の検討に入り、いざ対峙する屍の群れを考えてエルディンは首を捻った。
「わざわざ長距離を歩かせる意味とは何でしょう? まるで見せ付けるかのように‥‥何か意図があるような気がします」
「文字通り貴方の危惧する点が彼らの歩く意味であり意図だと思います、我々は」
ここまで共に来たもう一人の騎士・エドモンがそういって森を見遣った。
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広場を囲むようにして建つ建物の中で周りよりもやや大きな作りの家に、数家族ずつ避難してもらう手伝いをしていた者らは、避難の理由を訊ねられる事も多かった。
「騎士さまがたくさんで、冒険者もいっぱいって何かあるの?」
荷物を運ぶエーディット・ブラウン(eb1460)に、子供が無邪気に訊ねる。
「怪物が来るから、退治にきたんですよ〜」
『怪物』の言葉に子供達からは現実感の無い歓声が上がり、大人達からは不安の色が隠しきれずに伝わる。
「ここに集まってるのは百戦錬磨の人達なので、心配いらないのです〜」
エーディットは安心させるように笑いかけた。聖職者であるエルディンも安堵させるよう微笑みかける。
「村が狙われる理由は分かりませんがお守りします」
「ええ、大丈夫です。その為にわたくし達が来たんですから」
クリミナもお年寄りが歩くのを助け、村人達を労わり、『大丈夫のおまじない』として、祝福を授けて不安を拭う。
騎士団員であるエドモンから聞いた通り、預言者は極力他者との接触を控えさせられており、セレストの危惧は語らない事で回避された。
村人の避難も完了し、聖職者であるエルディンとクリミナの危惧は杞憂に終わり、その事に彼らは安堵の息を吐いた。
油断は出来ないが、これで外からに意識を集中すれば良いのだから。
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流れる雲の隙間から覗く月明り。水気を含んだ風が深い森を揺らしていく。木々のざわめきに囲まれてロックハートは眉を顰めた。
「‥‥降らなければ良いんだがな」
カサンドラが瞳を眇める。夜空を渡る雲に雨の気配を感じ、それ以上に僅かな灯りを遮るような重たい雲に心まで沈むようで、振り切るかのように頭を小さく振った。
薄闇に染まる村と森の境‥‥境界を越え森の方へと踏み入れば、微かな雲間の月光さえ木々が吸い込んでしまい、深い深い闇色が広がるばかり。見回りに向かう騎士達と仲間達の足音を聞きながら、リスターも鳴子の縄を確かめていく。木々のざわめき。風の音。不意に腐臭を嗅いだ気がした。
ふと、エーディットが空を仰ぐと闇色の空の合間を銀灰色の雲が流れていく。
夏の終わりの気だるい夜に‥‥虫の音が、聞こえない。
耳を済ませた彼女の耳に、からころと軽い木の打ち合う音が聞こえた。どさりと重たいものが倒れる音。
即座に反応したエーディットが詠唱を結ぶ隣りでエルディンがデニムへレジストでビルを付与する。そんな彼らを囲むように地の底より響くような恨みがましい怨嗟の唸りが届く。
数拍後、炎の爆ぜる音が上がった。
「同時に来たか」
襲撃位置の伝達に走ろうと、スクロールを手に振り返ったリスターの表情が厳しくなる。妙に手薄になる場所が無いかを確認するが、辺りに濃く漂う腐臭がズゥンビの数を物語っているようだった。
「本当に臭いな」
鼻の利くシャルウィードには厳しいだろう。良い香りでも過ぎれば耐え難いものになる。元々耐え難い腐臭であれば尚更かもしれない。それ程に息が詰まる腐臭。暑さの盛りは過ぎたとはいえ、季節は未だ夏。それを歩き這い進んできたのであれば腐敗も進む。
「いっそ、きれいに骨になってくれてた方がまだありがたいんだが」
「‥‥新しい死体もあるわね」
現世に蠢く亡霊を払うといわれる禍々しい紫色の刀身をもつ両刃の直刀で、文字通りズゥンビ達を斬り払うシャルウィードの後背で戦うセレストはズゥンビ達を見て取って眉を顰めた。 背格好や装束から推測すれば近くの狩人や木こりかもしれない。ズゥンビに森で遭遇し、そのまま彼らの仲間となったか。夜闇に仄かに浮かぶ白い盾でズゥンビの指先を受け流しながら、神への祈りと慈悲を剣に託して破邪の剣の剣で薙ぎ払う。
倒木を越えられず溜まっていくズゥンビに押し出されるように木々の隙間から這い出る者を打ち払い、あるいは斬り捨て、薙ぎ払っていくブランシュ騎士団の騎士達。
ロックハートの眼前に真白い長いマントが翻る。闇に慣れた彼の目には眩しく映った。
「文字通り、囮というわけか」
冒険者に随行した騎士達も、道中は白の揃いは身につけず、目立たず速やかに行動する事を最優先としていた彼らも今は白い戦布なり外衣を身につけている。
暗い夜闇の中にある純白は、僅かな光を集め返すように目を引く。生者に引かれるズゥンビが色彩を認識しているとは思えない。手に明かりを持ち戦うわけにはいかない者もいるだろう、後背からの同士討ちを避けるための分かり易い目印にもなっていた。
その背を支えるように迷いの無い鋭い射撃が的確に援護する。ロックハートから貸り受けた聖弓を手にしたカミーユの射撃だ。
エドモンから付与されたオーラパワーが有効なうちに‥‥と、ブリット・スピアでズゥンビを突き下ろせば、敵は眼前で屍に返る。
「‥‥さて、やろうかね」
ズゥンビの中に不審が無いか、既に不審だらけの屍の群れの中から、目的の者を見つけ出すためにロックハートは槍を振り回し距離を稼ぎだした。
ミカエルの仕掛けたトラップにズゥンビが掛かり炎が上がる。魔力を帯びた炎はそのまま屍を焼き尽くすように揺らめく。
闘気魔法によりズゥンビの群れを押し戻すようになぎ倒した騎士の一撃で稼がれた間に、更にミカエルは炎の魔法を生み出す。地中から昇りたつ炎の柱は夜闇を裂くように辺りを一瞬昼のように照らした。
照らされた先に蠢いていたズゥンビの数にぎょっとする。先にバーニングマップで示されたズゥンビらが一箇所を目指して集えばこれ程になるのだろうか。
「この数‥‥打ち続けるだけでは持たない」
屍を操るデビルを討たなければ‥‥腐肉の海に、村ごと飲み込まれてしまう。
獣の唸り声、爪に裂かれた箇所の血が止まらず毒を疑い解毒薬を与えながら、ミカエルの不安は危機感に変わっていった。
腐り落ちた肉が流れ、大地がぬかるむ。視界を狭める夜闇が、幸いな事に惨状を隠してくれている皮肉。
胸元で首から提げた香り袋が揺れる。揺れる花の香りに‥‥否、デニムの持つ生気に誘われるように骨ばった手指を伸ばすズゥンビへ、大地を蹴る勢いそのままにクレイモアを叩き付けた。上段から骨ごと割り砕く重い一撃を受けて、ズゥンビは屍に返る。
多勢に囲まれ孤立しないように心がける彼の視界の端に、槍や剣を掻い潜って村へと跳ねるように不恰好に転がり駆ける獣のアンデッドの姿が入る。
血脂で滑る足元に躊躇わず、鎧が汚れる事も厭わず一直線に駆けるデニムへ追い縋るズゥンビは、カサンドラが足元を掬い倒す。
エルディンのひいた聖なる結界に阻まれ跳ね返るように後方に落ちた獣は、再びその牙を彼らに向ける事は出来なかった。追いついたデニムの剣が獣を斬り伏せる。
「民の盾となる事、それが僕の騎士道です‥‥一命に代えても、村を守ってみせます!」
1対1では遅れを取る事のない力量差とはいえ、1度に相手取ることの出来る数は限られている。
既に小さな傷を重ねているのは、デニムだけではなかった。
「村に一体たりともズゥンビは入れません。‥‥悪魔の陰謀を挫く為にも、村の人達の安寧を護る為にも」
「約束しましたからね」
後衛を支える仲間の下に駆けさせまいとしたデニムを癒す事で礼を伝え、前線へと送り返したエルディンは、背後を振り返る事無く法王の杖を握り直した。彼らの後背には、守るべきか弱き民が、彼らを信じる事でズゥンビの恐怖と戦っているのだから退く事は出来ない。
空を過ぎる影に気付いて魔法を放ったエーディットの示す先にあった小さな存在。
ロックハートが挙げた声に導かれるように魔法の弓から放たれた矢が過たずリリスの羽を穿った。よろめいた僅かな隙をついて、リスターが鞭で絡めとり引きずり落とす。
「どうして今更、彼を狙うんでしょう〜?」
仲間が突きつける魔力を帯びた剣先の向こうでもがくデビルに向かいエーディットが尋ねると、異形の尾を揺らめかせ小悪魔は聞き取り難い声で晒う。
笑うだけで答えようとしなかったリリスが「やっぱりいるのね、役立たず」と炎を投げつけようとしたため、先手を打って重たい水の塊を落とす。
「‥‥未だいるわよ!」
仲間より離れた場所で剣を振るっていたセレストの前で、衝撃波が爆ぜて腐肉が散った。彼女の上げた声に魔法と魔力を帯びた剣がリリスに降った。苦悶の声を上げて頭を落としたデビルの傍で、シャルウィードの指に留まる蝶の羽ばたきは止まず。セレストが携える頭も耳障りな音をやめる事は無い。
デビルの魅了下から離れたズゥンビは一部で、多くのズゥンビはなおも生者を越えて村へ村へと歩みを止めない。
ウェルキンゲトリクスの剣を振り下ろし屍を肉塊へ変えたカサンドラは、群れる死者達へ衝撃波を見舞った。
「通さないわ、絶対にね」
多くは使えぬ技も惜しんではいられない。仲間との連携を重視し、決して単独で深入りしすぎず的確な距離を置きながら、デビルを探す仲間の助けるために剣を振るう手は止めず、彼女が倒した木を越えようを村を目指すズゥンビを屠る。
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すっかり腐った体液と血肉に塗れてしまった顔を覆っていたマスクやスカーフをむしり取った。
「‥‥新鮮な空気を吸いたいもんだな」
嘆息を吐くリスターの言葉通り、辺りには腐臭が満ちていた。森渡る風が吹き清められない程、そこここに腐臭の源であるズゥンビの成れの果てが溶け崩れている。
「後始末も大変なんだよなぁ、こいつらと殺り合うと」
滑る手をスカーフで拭いうが、剣についた血脂は拭いがたくシャルウィードが眉間に皺を寄せる。陽光の下で見れば、凄惨な光景が広がっているのだろう。
「修道院の方も大丈夫だよ」
魔法を使う魔力は残っていないが、シャルウィードの蝶も羽根を休め、セレストの持つ髑髏も沈黙したまま。近くのデビルは全て払われた結果だ。
かの預言者近くにいる仲間を信じてミカエルは疲れた顔に、それを払うように微笑んだ。
「もうすぐ夜が明けますね」
村人の近くで彼らを守るように采配していたクリミナが見上げる方へ視線を遣れば、東の方角が白み始めていた。
デビルの影は消え、村を目指す屍は、生者に手をのばす屍に戻り。
けれど何を目的として、何を成そうとしていたかはわからぬまま。
「私達、頑張って村人達を守れましたよね〜」
「守れましたよ、無事」
エーディットがため息のように密やかに呟くと、デニムは笑って請け負った。
長い夜が、明けようとしていた。