ジェントル・ナイトメア
|
■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 66 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月04日〜09月11日
リプレイ公開日:2008年09月15日
|
●オープニング
●
「パリ市内で陛下を騙る者と接触したと思しき女性に昏睡状態になる者が出た‥‥これまでの事象と結果から推測されるデビル‥‥インキュバスの線で対応だな」
ばさりと、報告書の束が分隊長であるオベルの手を離れ、執務机上に置かれる。束が崩れて広がった紙面を一瞥した副長のヴァレリーが困ったように眉を寄せ息をついた。
「十中八九そうでしょうね。まあ、決め付けて掛かるのは危険ですから、対応策は幅広く持つべきでしょうが。‥‥直接的な被害がでる前に何とかできれば良かったんですけどねぇ」
「陛下に化けてあえて人目につくように街中を出歩いていた割に、冒険者がいる場所へ現れなかった理由は明白だな」
「‥‥避けてたんでしょうね」
冒険者達は、一般人は持っていない、デビルには忌避したい道具を持っている者が多い。
魔法の使い手にも事欠かないし、直接傷つけられる武器を持つものも多い。
正体を探られず、退けられず。
彼らを避けて、姿を現し、する事があった。
「‥‥‥‥まだ我々が気付いていない何かがある‥‥か」
一地方領主の反乱と思われていたカルロスの乱は、デビルに糸を引かれていた。以降、破滅の魔法陣、ノストラダムスの大予言と王国を揺らがす事件は尽きず。またイギリスとの海峡で頻発する北海の悪夢は覚める気配もない。
「この件、慎重に当たらねばならんな」
「そうですね。慎重かつ迅速に‥‥これ以上引っ張れませんね」
――それは、藍分隊が揃ってパリにいた頃の打ち合わせの内容。
各地で不穏な気配が活動的になり始め、分隊は分かれて活動する事になる。
●
昏睡状態になり寝たきりとなってしまった女性の住まう部屋に隠れ潜むように待機していたのは、女性に配慮し同じ女性の騎士だった。魔法を帯びた道具も使い、万全を期して気配を殺し‥‥待つ。
部屋の灯かりは、窓扉の隙間を縫うように注がれる淡く頼りない月明かりだけ。
暗闇に慣れた瞳の前に、金の髪の線の細い男性が陽炎のように現れたのは、どれ程の時間が経ってからだろうか。
焦らない、勇み足にはならない。
ぎりぎりまで引き付けて‥‥‥‥騎士は銀の小柄で男を縫いとめるようにナイフを投げた。女性を己の身で庇って男から引き離す。室内の物音を合図に、部屋の扉が開け放たれ外から数名の騎士が駆け込んできた。
不利を悟ったデビルは、窓から外へ逃れようとするが、無論外にも人はいる。銀の矢がデビルを追い、魔法が月光のようにデビルヘと落とされる。追撃にでた騎士達の中で、最初から部屋で待ち伏せていた彼女は、女性の傍らから離れることなく、役割を全うしようとしていた。
開け放たれた窓から、月の光が目に入った。
同輩らがデビルを逃がす事はないだろうと信じ、外へ向けていた視界が揺らぐ。
不意に身を襲った衝撃に、己の胸元を見下ろせば‥‥青白い男の手が生えていた。
喉が奇妙な音を立てた。
腰に帯びた刀を抜く勢いのまま後背へ振り薙げば、ずるりと腕が引き抜かれた。
正体を無くしてぐったりとしている女性を庇いながら振り返った視線の先にいた存在は、噂のように、ヨシュアスにも、ギュスターヴにも似ていなかった。けれど、目の前にいるコレがそうなのだと彼女の経験が脳内で警鐘を鳴らす。
国王の偽者は、常に複数で歩いていたという情報を、彼女は今更ながらに思い出した。任務中に必要な情報を忘れるような愚を犯すつもりはなかったのに。
怒りにも似た歪んだ笑みを浮かべる男の手の中に、白い玉が在った事を彼女は決して見逃さなかった。
隊長も副長も信頼してこの件を託して行って下さったのに、そのお気持ちに応える事が出来なかったなんて――言えるわけがない。
●
レンヌの公女・フロリゼルは、エルフの女性騎士を伴って冒険者ギルドを訪れていた。多くの冒険者で賑わう正面からではなく、密やかにギルドマスターに直接面会を申し出ての訪問である。
女性騎士の腰に帯びた剣にも、動き易さを重視した皮鎧にも彼女の身分を示すものは無い。
「回りくどい話は苦手なの。単刀直入にお願いするわ」
ずばり切り出したフロリゼルの依頼は、先にブランシュ騎士団<藍>分隊長から直接齎された依頼に繋がるものだった。
自称ヨシュアスを騙る存在は、デビルだった。言葉巧みに女性らを惑わしていたデビルは、調子にのったのか本来の凶手を彼女らに伸ばした。昏睡状態になる女性が現れたのだ。
だが、その事で逆に現れる場所やターゲットを絞ることが出来、討伐する事は叶ったのだが‥‥。
「デビルは、陛下を騙るものの他にもう1体いたの。多分、格からいって偽陛下の方が使われていたのでしょうね」
もう1体のデビルに、騎士はデスハートンで魂の欠片を抜かれてしまった。
「藍分隊の分隊長と副長がパリに戻る前に、彼女の魂の欠片を取り戻さないといけないわ。彼女一人では無理よ。そして私だけでもきっと難しい。だから冒険者の協カを仰ぎたいの」
経緯を説明し終えた公女は、フロランスに向かい、はっきりと助力を願い出、また依頼の秘匿性を伝えた。
「彼女の面目もあるから迅速かつ極秘裏に解決するために協カを、冒険者ギルドに依頼します。それから情報の秘匿性は、父であるレンヌ公も例外ではありません」
そうでなければ、レンヌの騎士のカを使っただろう。父であるレンヌ公に伏せる理由も公女は明かさなかった。
そして、ブランシュ騎士団の一騎士が公女を頼る理由も語られなかったが‥‥友のためにカを尽くすのは、人として、騎士として当然でしょうとフロリゼルは話した。
●リプレイ本文
●
レンヌの公女であるフロリゼル・ラ・フォンテーヌ(ez1174)が依頼主である今回。囮役を担う公女と、取り戻すべき魂の欠片を奪われた騎士を前に、冒険者達はどうすべきか冒険者ギルドの一室で密談めいた相談を交わしていた。依頼人の望みに沿って機密として扱われる情報ゆえの事である。
「デビルか。パリの中で堂々と活動するもんだな。質重視の魂狩りってとこか」
先にブランシュ騎士団<藍>分隊から依頼された件も請けていたシャルウィード・ハミルトン(eb5413)は、パリの街並みが記された地図を前に僅かに眉を寄せる。ユリゼ・ファルアート(ea3502)が持っていたパリの裏地図と照らし合わせて測れば、冒険者が少ない場所に多く現れているのが良くわかる。
「デビルが跋扈しているのね‥‥」
ディアーナ・ユーリウス(ec0234)はため息のような呟きを零し、指元にあしらわれた緻密な聖像に視線を落とした。
辛い現実よりも甘い囁きに耳を貸してしまう事もあるだろう。未来を惑い道に迷うのは人生の常。けれどそこにつけ込むデビルを許す事はできない。強さと弱さ‥‥相反するものを内に内包するのが、人の人たる由縁でもあるのだから‥‥。
「悪魔祓いを目指すものとしては、ヒトの心の隙間に付け込むデビルの活動を捨て置くわけには参りません」
「許せないわ。何としても捕まえないとね」
エミリア・メルサール(ec0193)の言葉には彼女の強い意思が込められたそのままに揺らがぬ響きで告げられる。それが彼女が依頼を請け負った理由でもある。同じ聖職にある者として無論ディアーナも頷くところである。
相談を交わす中で、隘路となったのは欠片を奪われた騎士・グレースの存在。
「どちらを狙ってくるか分からない状況で、どちらに来ても対処出来る状態に出来ないのであれば、一方を選ばさないようにすれば、裏を斯かれる最悪の事態は免れますわ」
例えデビルが現れる可能性が減ったとしても、人の命を背負う以上は大博打に出れない事をリリー・ストーム(ea9927)は公女に伝える。最もな訴えに、出来る限り女騎士に付き添えるように手配も‥‥という依頼にも、公女は出来うる限りを約束した。元よりグレースは異論反論は出来ない。
「偽者騒ぎか」
「どうかしたのか?」
デビルへの対応方針も固まりかけた所で、ぽつりと呟かれた声にセイル・ファースト(eb8642)は、ユリゼを振り返った。元々鋭いセイルの問う視線に、曖昧な微笑を浮かべた。
「個人的にちょっと別件で、ね」
そこへ別室に行っていた公女が帰ってきた。その姿に皆一様に瞳を瞬かせた。
「流石にそのままでは行かないわ、無い事が前提だけど‥‥本人だったらちょっと困るし」
見失わないで頂戴ね‥‥と、笑う。公女が用意していたのは、赤毛の鬘だった。眉と瞳毛は染め粉で染め、落ち着いた色合いの衣装を身に付け地味に纏めている。元が華やかな顔立ちをしているために、大人しい印象に塗り替えた化粧の効果は絶大だ。粧い化けると書いて化粧とはなるほどである。
「‥‥地味だな、引っかかるのか?」
「恋い慕う方がいる女性の下に出るそうだから、顔じゃないんじゃないかしら?」
シャルウィードの感想に、フロリゼルは意味深に微笑む。そんな公女を見てユリゼが持った感想はシャルウィードとは違うものだった。真っ直ぐ背に流れ落ちる燃えるような緋色の髪、節目がちの瞳で、物静かに佇む様子‥‥。
「クラリッサ様に似てるわ、何となく雰囲気が‥‥だけれど」
「‥‥そう、かしら?」
マント領主・クラリッサに面識のあるディアーナが瞳を細め、小さく首を傾げる。
「でも‥‥」
華やかな普段の色彩と慄然とした立ち居振る舞いとは正反対の印象を与える姿。意識して陰を纏うフロリゼルは、やはりレンヌ公の娘なのだと思わせる程に印象が似ていた。
マーシー1世も若かりし頃はさぞやと思わせる見事な赤毛の持ち主だった。
●
「‥‥リリー、気をつけてな」
妻がいかに優れたカ量を持つ信頼できる冒険者だとしても、それと夫として妻の身を案じる事は別だ。
「私の事は大丈夫ですから、あなたもしっかりとね」
夫の気遣いが嬉しくてリリーのかんばせに心からの笑みが浮かぶ。
微笑みと共に囮である公女の護衛として、夜の街に出向く夫へ無事であるよう願いを込めて行ってらっしゃいと口付ける。シャルウィードに使い慣れた刀を預けた公女は彼らの様子に小さく笑む。
「信頼し支えあえる夫婦は素敵ね」
「そうですね。フロリゼル様もご無理はしないで下さいね」
友人夫妻の仲睦まじさに釣られるように微笑んだユリゼは、公女に気をつけてと声を掛けながら‥‥胸内に過ぎった面影にそっと胸を押さえた。
その様子に少しだけ瞳を細め、ユリゼの肩を小さく叩いてから、公女は目的の店へと出かけていった。
「フローラは餌としちゃ上等だよな。何日かすりゃ普通に食いついてくれるだろう。一度、待ち伏せ食らった癖に変わらず行動してるあたり、懲りてねぇし」
そう語っていたのはシャルウィードだったろうか。
1〜3日目は、目星をつけていた店を回るだけで終わる。セイルの尾行も3日も経てば慣れてきたものだった。昼間に夜に備えて休んでおいたり、デビルを相手取っても困らない場所を探したり、あるいは他に現れる可能性も考慮し行動していたら過ぎていった。
けれどそれらしい姿を見かけた4日目。囮である公女が慌てる事もないために、グレースの傍らで有事に配慮しながらもリリー達の時間は黙々と過ぎていく。
テレパシーで繋がるユリゼには接触できたらしい様子が伝わり、真偽を確認しようと遠巻きに店を囲めば、王の膝元パリの中で、石の上に刻まれた蝶が‥‥。
「上手くいったというべきかしら?」
舞う蝶を見つめながら‥‥けれど、先へと繋がらない。
依頼された日付ももう残っていないという7日目‥‥。
ユリゼへ思念が入る。公女と結ばれる思念の感覚に慣れてきたユリゼはその報せに2色の瞳を瞠った。
「引っ掛かったみたい‥‥」
密やかに言伝された内容にエミリア達は動き始めた。
ずっと待っていた申し出。
冒険者達が待つ場所へ連れ出すのに最も簡単な言葉。
「夜も遅い。女性の一人歩きは危険ですから、お送りしましょう」
差し出された男の手を、暫し迷うように見つめてから‥‥フロリゼルはその手を取った。
●
人気の無い閑散とした場所へ歩いていく2つの影。交わされる言葉は親しげに夜の闇に響く。
女が足を止めると、連れの男も歩みを止める。男を見上げる女の手に口付けを一つ落とす。瞳を伏せた女の耳元へ顔を寄せた男は甘い言葉でも囁くのだろうか。
セイルのいる場所からは彼らの様子はわからなかったが、ユリゼから届いた報せを聞くと、心を決めて一息に二人と距離を詰める。
女‥‥フロリゼルを引き剥がすように男との間に割り入る。
突きつけられた剣の鋭さに、男は陰のある微笑みを浮かべる。その顔は、ウィリアム3世そのものといってよい造作をしていた。
「さて‥‥年貢の納め時だぜ? 偽者さんよ」
駆けつける仲間の足音を聞きながら、逃がすまいと繰り出されたセイルの刀が弾かれた。偽りの王を庇うように闇を割り現れたのは琥珀色の髪のエルフの初老の騎士。
「今日はそっちがおでましってわけか」
シャルウィードがデビルに対し強い効力を発揮する聖剣を付きつける。
「本物の赤分隊長じゃないわ」
仲間達は当然の事と受け止めるディアーナの言葉は、むしろデビルに向けて放たれた言葉。彼女が向けた指に留まる石の蝶が忙しなく羽根をはためかせている。何よりディアーナの瞳には、老騎士の姿は闇夜に白く光って見える。
己に向けられた幾つかの鋭い切っ先を前に年ふりた騎士は、似つかわしくない歪んだ笑みを浮かべて冒険者らに向き合った。
「男女の仲を取り持つのが我の役目。役目を果たしているに過ぎない我を責めるか‥‥責務を果たせぬ王よりも余程働き者だと褒めてもらいたいくらいだが」
取り繕う事を止めたのか、デビルはギュスターヴの姿で哂う。その言葉は偽物である事を否定しない。
「王が街で女を探す‥‥プライドの高い貴女には堪えたか?」
嘲笑と共に吐き出された言葉。都合の良い甘い言葉を囁くこともあれば、付け入るために切り込む事もある。元よりデビルは口が上手いものが多い。人を貶める言葉を吐くデビルの存在が腹立たしくディアーナは柳眉を寄せる。だが、ギュスターヴは騙る事を止めない。その視線は迷う事無く、偽王を『陥れた』公女へと注がれている。
「同郷の騎士の苦難は都合良い言い訳。確認したかったのでは? 我らが偽者であれば良い‥‥と」
魅了を危惧し念のためにエミリアが直傍でニュートラルマジックを施す間、公女は応とも否とも答えなかったが、月に照らされる顔は紙の様に白かった。噛み締める唇が赤い。
「‥‥どういう意味でしょうか?」
「聞いてみれば良いだろう、我らではなく本人に」
哂いながら、巡るギュスターヴの視線はリリーに庇われるように立つグレースで止まる。
「これが欲しいというわけ‥‥か!」
闇夜に放られた白い欠片に、セイルの視線が追うように辿る。それはセイルだけでなく‥‥交渉の間も、思案する間もない唐突なデビルの行動に、冒険者らの気勢が削がれた。
「あなた!」
リリーの呼び声に、セイルは包囲する陣が崩れた事を知るが取り落とすわけにはいかない。
追うように手を伸ばした先で‥‥落ちていく白い玉。
だが、歪んだ笑みは一瞬だった。
「偽者なんて迷惑なのよ、誰かの存在を疑うのはもう嫌!」
上げられた声に呼応するように放たれた稲妻がウィリアム3世の姿を映していたデビルに落とされる。自分の役割を忘れずに、己の距離からデビルへと一矢見舞ったユリゼの心からの叫び。誰かは誰かになりえない。その存在はこの世に一人きり。誰も誰かになれはしないし、なる必要もない。猜疑の心を植えつけるデビルの存在が許せなかった。
小さな木の実を手に、逆の手には新たなスクロールを取る。
そして届いたセイルの指先。欠片を手にした夫の元へリリーが駆けつけた。妻へ欠片を託すと、セイルは借りを返すべくデビルの元へと踵を返し、剣と爪と左右の両撃で間合いを詰めるシャルウィードに加勢するように鋭い一撃を放つ。ディアーナの聖なる力がデビルに注がれ、再び魔法の雷撃が天の怒りにも似た勢いでデビルを焼く。
「貴女の魂、取り戻しましたわ‥‥」
微笑と共にグレースに託し促せば、彼女の唇のところで溶けるように白い玉は消え去った。それを見届けて、リリーはフロストウルフのオルトリンデを呼び、グレースの傍らにある事を命じると自身は大天使の槍を手に、夫へと加勢するためデビルの元へと走る。
ディアーナが貸し与えた護符の守りの下で、グレースの傍らにはエミリアも離れずにいる。
的確な冒険者らの連撃にたまりかねたか、ふわり後方に飛び退り、中空へ飛び翔けようとするウィリアム3世は、シャルウィードが放った遠慮ない衝撃波により叩き落された。
そして逃れる機を失したギュスターヴは、ギュスターヴ本人では有り得ない行動に出る。
落ちたウィリアム3世に盾を命じたのだ。
「本性見えたな!」
シャルウィードの笑みを含んだ声には応じず闇へ消えようとする老騎士の眼前に飛び込んだ白い影。
「逃がしませんわ」
ロスヴァイセの背から繰り出される槍撃にギュスターヴは肩を貫かれ膝をついた。天馬の足でもって回り込み、逃走先を奪ったのはリリーだった。
デビルの反撃に負う傷は後方に備えるエミリアが忽ちのうちに癒していき、あるいはディアーナがそれを補う。
ユリゼの見舞う氷の息吹に凍てついたデビルを、冒険者らの剣が砕いたのだった。
●事後
「グレース、貴女が討った事にして。そうすれば、解決したのだと報告できるでしょう?」
後の采配と始末を頼み、フロリゼルはシャルウィードが差し出した刀を受け取りながら、逆の手で鬘を乱暴に取り去った。見た事の無い公女の荒んだ雰囲気から目を逸らすようにグレースは束の間瞳を伏せた。だが、数拍後には報告書を作るためセイルに状況の確認の聞き取りを依頼し、調書の用意を整えるため疲れた様子も見せずに動き始める。
騎士がその場を一時的に去ると、公女は家屋の石壁に寄りかかる様に立ち、冒険者らを見遣った。
「‥‥デビルに縋るだなんて思ってないでしょうね?」
「思わねーよ、そんなタマじゃないだろ?」
随分とやさぐれたもんだなとシャルウィードは口元を歪めた。公女は天井を仰ぐとぽつりと口を開く。
「別に私が王妃にならなくても良いのよ、それはうちの姉妹に限った話じゃなくて‥‥誰かが陛下の心に叶って世継ぎが出来れば良いんだから。‥‥父上達には内緒にしておいて頂戴ね」
達観しているようにも、自棄になっているようにもとれる言葉にディアーナが小さく首を傾げる。
「それじゃ何故公女はパリにいらしたの? 父君であるレンヌ公に呼ばれたからだけなのかしら?」
「そうよ。王妃になるからには出来るだけ賢妃になろうと思って来たわ。ノルマンは平穏じゃないもの。でも、パリに来たからには妃でなくとも、国のために出来る事があるなら、そこでカを尽くしたいと思ってる。元はレンヌの民のためだけれど、その為に私は剣を選んだんだのだから」
「フロリゼル様‥‥」
「お妃は王様を寛がせてくれる優しいきれいなお姫様の方が良いのかもしれないけれどね。私も遊びで来ている訳ではないから、決めてもらわなくちゃ」
気遣う声音で名を呼んだユリゼに微笑み、また居並ぶ面々に向かい誰に宛てるわけでもない様子で告げる。
「心に留まる相手がいるのなら、悔やまないようにね」
ね‥‥と、同意を求めるようにセイルとリリーの二人に笑みかけながら。
接した時間は短いながらも悪い意味で感情的になる事はなかった公女の様子にエミリアがそっと訊ねた。
「先ほどは、一体誰の姿を見たのです?」
「私が見たのはデビルよ。それ以外の何者でもないわ」
フロリゼルはそれ以上何も答えようとしなかった。