●リプレイ本文
●湖のある村
「なんとも、後味が悪くなってきそうなことだな‥‥」
レリック・ダウグ(ea1837)は村を一望し呟いた。
「妹さんからの頼みも聞いてあげたいわ。現時点では推測の域を出ないけれど、一番哀しい思いをするのは彼女かも‥‥」
アフティ・レミエル(ea1838)の言葉に頷いて。依頼をギルドへ持ってきた兄妹の様子に、冒険者達の胸内には暗く重いものが在った。退治しなければならないその存在の成立ちを思って‥‥
「ズゥンビさんの存在は、村人にとって生活を脅かすもの‥‥情けで放置しておいて良いものではありません。退治は確実に致します」
胸に沈むモノを抱えながらも皆に告げるロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)の言葉は、依頼を受けた冒険者が下すべき正当な判断である。
「あくまで依頼された内容を完遂すればそれまでとは思っているが、やはり気になることは解明したいね」
エスウェドゥ・エルムシィーカー(ea7794)は、小さく息を吐いた。
●疑惑
村は穏やかで純朴な田舎の寒村そのものだった。年寄りや女子供が多いその村には、ただ『ズゥンビが湖に出る』その一点が、恐怖と不安を持ち込んでいるだけで。
依頼人は、この村の長の息子だった。村長の体が弱り、満足に動けなくなってしまった今では、彼が一手に村の纏め役などをしているため、ギルドへも彼が訪れたそうだ。
村人に後ろ暗い事など何も無いのだろう。
その恐ろしい存在を倒してくれる冒険者達の問いに、村人は皆、答えられる限りの返答をくれたのだった。
ニュイ・ブランシュ(ea5947)とレリックは、ズゥンビに襲われた村人に状況を確認にきていた。
ズゥンビは日が落ちる頃に最も多く目撃されている。
日が高いうちに見かけた者はいないらしい‥‥ただズゥンビが現れてからは、村人は湖には近づかなかったため‥本当に夕刻以降にしか現れないのかは不確かだ。村人が逃げきれたのは、ズゥンビそのものが物凄い腐臭を漂わせているため、異変を察知しやすい事と、ズゥンビ自体の動作がものすごく緩慢なためらしい。
「情報は多い方がいいから詳しく聞かせてくれ」
とニュイに問われ、村人は思い返しながら答えた。
ここ数年溺れて死んだもの等は居ない、と。夏には子供達が良く遊ぶ、村人なら慣れた場所だという。
「依頼人の‥兄の方に付き合ってる子なんかいたのか?」
レリックの問いにそれならば、という答え。
「リオンの良い子なら‥ネアイラの事だろう。顔立ちの綺麗な赤毛の明るい良い子だったよ。まあ、なまじ綺麗な子だったから‥‥こんな寂れた村に耐えられなくなって街に行ったんじゃないかっていってたのさ」
街へ憧れ村を後にし、戻らぬ若者も多いらしく‥。彼女もまた、そうした一人と思われていたらしい。
「ネアイラが、何か関係あるのかい? 村に戻らない若いのだったら他にもいるんだがね」
早くズゥンビを倒して欲しい‥‥そう村人に言い募られ始めニュイとレリックは礼だけ述べて彼らの元を後にした。
アフティも村人に話を聞いていた。ただ、彼女が聞いたのは依頼人の妹であるゼリカの親友についてだった。
明るいネアイラに、大人しいゼリカ。まったく正反対の性格をしていたが、驚くほど仲が良かったという。ネアイラに既に両親は無く、一人小さな家でその日仕事で細々と生活をしていたらしい。村長の家の兄妹は、身寄りが無いネアイラを家族当然に支えていたそうだ。
彼女が姿を消した頃、リオンはいつも身につけていた彼女と揃いのペンダントをつけていなかった事から、ネアイラは寂れた村の生活に飽いて街へ行ってしまったのだろう、と村人は結論付けていた。村の少ない青年の一人で働き者なのに‥‥と、大方リオンに同情的な感想付きで。
ギルドにも赴いたリオンの妹・ゼリカの案内で、リウ・ガイア(ea5067)とロミルフォウはネアイラの住んでいた家へと来ていた。
ネアイラの家は、家というよりは小屋に近いものだった。
「行方不明の彼女‥‥君の親友だったか。確か、君の兄と揃いのペンダントを身に着けているのだったな? というコトは彼女とは深い仲なのか?」
単刀直入なリウの問いに、ゼリカは幾分躊躇いながらも頷いた。
「お揃いのペンダントを身につけていらっしゃったという事は、きっと依頼人の方とも親しかったのでしょうね」
「私、兄とネアイラは、きっと結婚するのだと思っていました」
ロミルフォウの言葉に、ゼリカは寂しげな笑みを浮かべる。
「ネアイラ殿なんだが、最後に会った時、何か変わった様子はなかったか? もしかすると、別の街か村にいるかもしれない」
「いいえ。特に変わった様子は何も。村の人たちは、街へいったのだろう、と言いますが‥‥私に何もいわず居なくなるなんて思えなくて」
首を横に振るゼリカ。俯いたまま‥‥口篭もってしまった。ゼリカには告げないもののリウの胸内では別の推測が立っていた。
「どうしてお兄さんの方から探索のお願いはなかったのでしょう‥?」
「‥‥わかりません、わからないんです」
「戻ってくると信じていらっしゃるからでしょうか」
―それとも、戻らない事を、知っているから、でしょうか
ロミルフォウの言葉は口にされる事は無かった。
リオンの元へはエスウェドゥが訪れていた。
「キミの大切な人だったんじゃないかな、行方不明になった女の子は。僕に出来る事なら協力するよ。」
「‥‥確かに以前付き合っていた女性が、行方知れずになっているが。彼女は村を捨てて街へ行ったという噂ですよ」
その話をどこから? と訊ねるリオンに被せるようにエスウェドゥが提案する。
「彼女が見つかるか、占ってみようか?」
エスウェドゥの様子に観念したように「お任せするが、手短に」と付け加え、彼の提案にのるリオン。慣れた手つきでカードを扱うエスウェドゥの手元を見つめるリオンの目に、次々とカードが返されていく。やがて、そのうちの1枚をエスウェドゥは指し示た。
「質問者‥すなわちキミの心を表すカードは『月』の逆位置のようだね。暗示は‥‥『偽り』だよ。キミの心の中に、揺らいでいること、偽ってることは無いかな?」
「冒険者というのは多芸ですね。当たりです‥‥彼女の事、振られてしまいましたが、忘れられるものでもない」
『当たり』という言葉にもしや、と思うが続けられたリオンの言葉はエスウェドゥが予想したものではなかった。特に動じた様子も無いリオンに諦め、固執せず、依頼は必ず果たす旨を告げ彼はその場を後にするのだった。
アヴィルカ・レジィ(ea6332)は、湖を前に考えていた。
湖に死者は居ない。行方知れずの女性の存在‥‥それは安易だけれど簡単に想像できる仮定の1つ。
でも、ならばなぜ依頼人があんなに落ち着いているのだろう。
冷静を装っているのだとしても、全てこちらで始末してくれというのは‥‥
何故?
疑問は巡る‥‥。彼女のそんな想いとは裏腹に湖面は静かなままだった。
アヴィルカに掛けられた声に、思索を止めて顔を上げれば、アカベラス・シャルト(ea6572)の姿。彼女は、ズゥンビが出るまで、湖周囲を歩き回って色々調べていたのだ。
バットルワードで湖に訊ねかける事はできなかったが、村人の話を聞いて外周をめぐり、ズゥンビが多く目撃された湖岸を確認している。
アカベラスは、ズゥンビがこの世にしがみ付けている原因がゼリカから聞いたペンダントである可能性もあると考えていたのだが‥‥、ペンダントを見た話は聞けなかった。
その代わり、銀の四葉のペンダントは、村ではリオンとネアイラしか持っていないらしいという事がわかった。
ズゥンビを待ち伏せるのは、皆が集めた情報の結果‥‥夕刻とする。
●水に朽ちた骸
腐臭があたりに漂う。
腐り凝った汚泥を振りまくような‥‥普通の人間には耐えがたい悪臭を伴い、ソレは現れた。
足を踏み出すごとに、べしゃり‥べしゃり‥と、湖水と共に腐肉を引きずり、地面に濡れた跡を刻んだ。
水の中で膨らみ腐る肉の匂いは、土に還らず生者に爪を伸ばす同種のソレよりも耐えがたい腐臭かもしれない。
ズゥンビの異様さに、そしてその身に纏う腐臭の酷さに‥‥動けぬ仲間に先んじ、ズゥンビに機先を制したのはニュイだった。
ニュイの意思を受けた炎がズゥンビへと向けられる。炎に炙られ、ズゥンビがおぞましい叫びを上げる。
彼だけが、異臭は侮れぬ物と鼻と口元を布で覆い備えていたため動く事ができたのだ。
「ズゥンビの動きは、村人の話通り素早くは無い。油断するな!」
村で借り受けた灯りから炎従えたニュイの鋭い声と、ズゥンビの叫び声に端を発し、戦闘の火蓋は切り落された。
リウの詠唱が結び、ズゥンビを捉えた―アグラベイションがために更にその身を動かす事もままならず、 振り上げられた腕はあっさりとエスウェドゥのナイフに弾かれる。
湖に近しい場で、始められた討伐戦。
マグナブローは水の影響を嫌い、詠唱を整え‥‥戦う仲間をアヴィルカが援護する。
ズゥンビの捕われたままの死の痛み、心の痛みから解放されるように‥‥彼女の身内にある想いは、ズゥンビを相手取る仲間の誰もがもつ想いと信じ。
的確な冒険者達の攻撃に、その身を湖へと翻そうとするズゥンビの鼻先を牽制するように、アフティの鞭がズゥンビを打ち据える。
「湖の中へは逃げ込ませないわよ!」
レリックは、ズゥンビが『彼女』であれば持っているはずの品を探し見ていた。仲間を援護できるよう彼も戦闘に臨んでいるが‥‥己が得意とする魔法では、探す物も失ってしまいそうで使う事を躊躇ったのだ。
『銀のペンダント』‥‥それこそが、元凶を紐解く鍵になると思って。
ズゥンビの叫びは威嚇ではなく、悲鳴に聞こえ。アカベラスは憐憫の想いを抱え、その朽ちきれぬその身を見つめた。彼女の得手とするアイスブリザードでは、前にて戦う仲間にも影響してしまう。だが、隙があればダメージを与えると共に動きの阻害すべく‥その魔法を備える、憐れみを抱えて‥‥
「私達に出来る事は全力を持ってその歪んだ肉体から解き放つことくらいです‥‥」
ロミルフォウは、一体と侮る事無くその隙を窺い斬り付ける。ズゥンビの懐深く潜りすぎず、剣先が届かぬほどは離れずに。
エスウェドゥと二人‥‥彼は足止めを狙いナイフを、彼女は魔法を唱える仲間の時間稼ぎとして‥‥また、守る盾として前にて剣を振るった。
二人が剣を振るい、その身をズゥンビから離すその隙を狙ってリウがグラビティーキャノンを放つ。高い劈くような叫びをあげ、腐汁を辺りに撒きながら大地に転がったズゥンビに起き上がることを許さず。ズゥンビから溢した腐汁か腐肉か‥其処に何かを、レリックの目は見逃さなかった。
ロミルフォウは手にあるロングソードを振り上げる。
「せめて貴方という存在を永久に、心に刻みましょう‥‥」
冷たく剣が大地を噛む音が響き‥‥、ズゥンビはその身にとって2度目の死を迎えたのだった。
「ひどい‥‥」
それは誰の呟きだったのか。
倒したズゥンビを見下ろし、皆その有様に眉を潜めた。ズゥンビは、男女も年齢も見分けられぬ酷い様だったのだ。
身に纏う衣装は襤褸と成り果て、その肉は冒険者達との戦いを前に既に魚か何かに食われたか所々欠損していた。
‥‥ただその髪は、ネアイラと同じ赤毛に見えなくも無い。
「こんな姿になってしまったなら‥せめて安らかに‥‥」
エスウェドゥの言葉に、皆短い黙祷を捧げ。
リウは、腐肉に構わず手を伸ばし、ズゥンビの首下を探った。崩れる肉の嫌な感触‥‥、触れる固さは骨か。その指先に骨とは違う固い感触。
「!!」
リウが探り当てたのは、腐肉に埋もれてしまった‥‥鈍銀の四葉だった。
「‥‥同じ物か?」
レリックの手にあったのも‥‥今リウがもつ物と同じ細工の品だった。戦闘の最中、ズゥンビが転がりまわるその中で腐肉の照り返しと異なる鈍い光を見逃さなかった彼のお陰でもう1つの銀の四葉も失われる機会はは無くなったのだ。
レリック、ニュイ、アヴィルカ達の炎で、再び返る事の無いようその身は土に還された。
図らずも依頼者の旨に沿う形になったのは、村人の‥‥親友の目に晒すには、余りに『彼女』は酷い有様だったのだ。
アフティは天へたなびく煙りを見上げ祈った‥。
どんな想いを抱いて逝ったのだとしても、今度こそ眠りが穏やかならんことを。切に。
●晴れぬ想い
冒険者達は依頼の遂行を、依頼者である兄妹へ報告に来ていた。
ズゥンビの腐敗が酷かった事から、冒険者側で依頼通りその身を始末した事も合わせて告げる。リオンは、村人が安心し、また湖に行けると礼を述べ。冒険者達に労いの言葉をかけた。
リウがゼリカに呼びかけた。リウの手が開かれると其処に揺れていたのは銀の四葉。
「残念だが‥‥やはり、あのズゥンビは君の親友の成れの果てだったようだ」
瞳を零れんばかりに見開き、その四葉を見つめるゼリカに対し、顔色を変える事無くリウの言葉を聞くリオン。
「‥‥ところで、あのズゥンビが何故同じペンダントを二つ持っていたと思う?」
応えは無い。
「‥‥貴様が殺したからだろう? 彼女を。違うと言うのなら見せてもらおうか、世界に二つだけのペンダントの片割れをな」
リオンは、リウの問い詰める言葉にも何も返さなかった。更にリウが詰め寄ろうとするとニュイが割って入ると、リウの手から四葉を取りリオンの前に放る。
「これ以上は俺達が介入するとこじゃないし、後は自分でどうしたら良いか考えな」
「彼女が最後に何を想ったか‥‥恨みでも憎しみでもなく、リオンさんに対する疑問と、それでも『好き』‥そんな気持ちだけだったわ」
それが、アフティが最後に魔法でネアイラに訊ねた返事だった。
アヴィルカは、ゼリカに布に包まれた物を差し出した。
「皆から悼まれるような人であったのなら、村で埋葬出来るのならばそうしてあげて欲しいのです。それが出来ないようであれば、こちらで埋葬をしますけれど‥‥冷たい水から離れた場所に」
強制はしない、アヴィルカの願いだ。ゼリカは震える手で差し出された包みを受け取った。固く冷たい感触。包みを胸に抱きしめて、床に崩れるように座り込む彼女の肩は涙に震えていた。
踵を返す冒険者達を言葉なく見送るリオンへ、ロミルフォウは告げる。
「人の命を奪ってでも貫く意志があったのなら、尚の事、背負ってお生きなさい。目を逸らさずに。決して忘れることなく。‥‥貴方の罪の証を」
結局レリックが感じていたように、冒険者達の胸に後味の悪いものを残した依頼だった。あの兄妹がどのような結論を出すのかはわからない。
ただ、冷たい湖の底で凍える者がもう居ない事だけは、確かである‥‥