茨の迷宮
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■ショートシナリオ＆担当：姜飛葉 対応レベル：フリーｌｖ 難易度：普通 成功報酬：5 参加人数：6人 サポート参加人数：-人 冒険期間：10月21日〜10月26日 リプレイ公開日：2008年10月30日 |
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●オープニング
●父と娘客人として王宮の一角に部屋を与えられているフロリゼルの下へ父であるマーシー１世が訪ねてきた。
フロリゼルとしては騎士達の住む兵舎でも良かったのだが、身分的な問題や政治的な駆け引きもあって、そういう訳にはいかなかったらしい。
「お前の憧れの英雄王はどうかね？」
飲み物の用意をしようとした侍女を、マーシー１世は片手で制し、そのまま下がらせた。
父が人払いをする様に、どの件の叱責が始まるのだろうかとフロリゼルはこめかみを押さえた。
「私がお前のところに来た心当たりがあるようだな」
嘘をつく事が苦手な娘が、僅かに視線を外したのを見てマーシー１世は眉をあげた。
「お前をパリに呼んだ理由がある事も忘れてはいないな？」
「‥‥忘れてはおりません」
「ならば良い。万が一、陛下の血が絶えような事があれば、この国はまた乱れてしまうだろうからな。早く次代を継ぐ御子を‥‥とは、ノルマンの民誰もが願っている事だ」
娘の答えに満足そうに頷いたマーシー１世を、今度はフロリゼルが呼ぶ。
「父上」
「何かな？」
「ウィリアム３世陛下は尊敬しております」
娘の告白に面白そうに口元を歪めたマーシー１世は、けれど何も言葉を挟まなかった。
「ですが、私が世界で一番敬愛申し上げているのは父上です」
フロリゼルの背後に立ったマーシー１世には、娘の表情は見えなかった。けれど、彼には娘がどのような表情で語っているのか容易に想像がついた。
「戦が長引けば民は傷つき国カは低下します。特に長く他国の支配下に置かれたノルマンの民は心身ともに限界だったでしょう。心無い者は口さがない事を申しますが、結果的に戦火を迅速に収束できたことは国政に携わる者として必要な結果を得られたのだと思っております」
王宮に来たことで、フロリゼルが好む好まざるに関係無く宮廷内の様々な噂が届く。その中には父であるマーシー１世の噂も含まれていた。近頃の後継者問題から、果ては遡って復興戦争当時のマーシー１世の黒い影についても事欠かない。
マーシー１世に向けられる王宮内の視線は、そのままフロリゼルにも向けられていた。
「‥‥お前は本当に母親に似ている」
南国の陽光を集めたように輝く美しいフロリゼルの髪を一房掬い上げた。
「言いたい者には言わせておけば良い。可愛い娘が父の行いを理解してくれているのであれば、構わんよ」
髪に口付けを落とし、マーシー１世は娘の耳元へ囁いた。
「私の期待に応えてくれるな？」
聞く者によっては睦言のような甘い声音。娘であるフロリゼルは、それが有無を言わせぬ父からの絶対の言いつけだと知っていた。
「努カ致します」
娘の答えに瞳を細め、マーシー１世はすくった髪を散らすように流し、手を離した。
そのまま娘に背を向けて、窓辺に立ったマーシー１世は夜の庭を見下ろしたまま告げる。
「娘のお前が父が仕える方のお役に立ってくれるのならば、それが父への何よりの孝道と思うように」
父の言葉は、フロリゼルの胸にまるで託宣のように響いた。
●父の気遣い
ウィリアム３世が、大嫌いな夜会の類になんとか参加するようになったこの年。ノルマン王国内は実りの秋を向かえていた。王宮には、深刻な不作に見舞われた地域などの報告は特に無く、国のそこかしこで収穫祭が行われていた。王宮でも豊穣を祝う宴は開かれている。
「陛下がオベル卿のパリの屋敷に行かれたのは、この春だったでしょうか？」
老貴族が何気なく訊ねた。季節が巡るのは早いものだと秋の星を浮かべる夜空を見上げる。
「ご先代は良い趣味をなさっていましたからね、お綺麗でしたでしょう？」
ウィリアム３世が差し支えの無い言葉を選んで頷くと、今度は周りを囲んでいた貴族達が庭の造詣について王にあれやこれや訊ね会話は途切れることが無い。ウィリアム３世は柔らかな微笑の下でひっそりため息を零した。どうにもこうにも、最近包囲網は厳しくなる一方で、貴族達の追従の輪から抜け出せない。
「庭の話ですか？ それでしたら我が屋敷にも面白いものがございます」
話に入ってきた声の主のために、幾人かが道を作るように数歩下がった。人の輪が切れた先に居た人物は‥‥。
「レンヌ公」
「陛下、私の別宅に薔薇で作った迷路がございましてね。よろしければ花を愛でにお越しになりませんか」
国王に名を呼ばれ、マーシー１世は親しげな笑みを浮かべて話を続けた。
「勿論迷路ですから、それに挑む強者どもには、宝物も用意してございますとも。冒険者など連れて挑戦にいらっしゃいませんか」
レンヌ公が作り上げた迷宮であれば、ウィリアム３世の退屈の虫退治にもなるのではないかなどと言ったのは周りの貴族達だったろうか。
国王の行幸を迎えるには、相応の仕度が必要になる。親しげに民に入り混じる若き王は、けれど誰も彼もが簡単に迎えられる人物ではなかった。王家に次ぐ地位にある公爵家の長は、国王から良い答えが返ってくる事を願っていると微笑んだ。
●娘の困惑
「と、いうわけで。迷路がある別宅まで私が案内するから、良かったらどうかしら？」
冒険者ギルドヘ依頼することになった経緯を話し終えたフロリゼルは、端的に纏めた言葉で冒険者達に声を掛けた。
「どう‥‥というのは、迷路探索の事でしょうか？」
「そう。陛下と一緒に迷路探索という名前の、陛下のお守りと護衛を兼ねたお仕事の依頼よ」
依頼内容を訊ねた冒険者に、公女は頷き返す。その表情は、冗談を言っているわけではないようだ。
レンヌ公爵・マーシー１世の別宅の一つに作られた茨の迷宮。
花をつけている薔薇の株が植えられているのは別の庭で、迷宮を作る茨には花を咲かせた株は無く、別邸の広大な庭一面に、深緑の迷路が広がっている。
迷路は大人二人が横に並んで通るのがせいぜいという道幅。
どのような仕掛けなのだろう、時間が経つごとに少しずつ形を変えていくというその迷宮は、決して魔法で作られた迷路ではないという。
「魔法ではなくて形を変える迷路なんて無いわ。何か仕掛けがあるんでしょう。そうじゃなくても父上の事だから、意地の悪い‥‥本人は冗談のつもりな仕掛けが途中にあるかもしれないけれど‥‥」
そう言ってフロリゼルは、彼女にしては珍しく物憂げなため息を零した。
「‥‥私は貴方たちと一緒に迷路を歩く事ができないの。だから、陛下を助けてもらえないかしら。迷路の踏破というよりは、個人的なことになるけれど体の具合とか、そのあたりを気にかけて貰えると嬉しいのだけれど」
マーシー１世から命じられたのは、別邸への案内役だけで、迷宮探素に同行する事は禁じられたのだという。
「お目付け役の監視下から離れて、貴方たちと一緒に迷路探検だなんて‥‥陛下にしてみれば息抜きの楽しみどころではなさそうなんだもの。羽目を外して浮かれすぎて、熱でも出されて倒れられたら大変だわ」
仮にも王を捕まえて、どこのお子様だという扱いだったが、冒険者達からは特に異論の声もあがらなかった。
迷路のゴールは、迷路の中央にある白い大理石で作られた東屋。迷路に入っても場所によっては東屋の白い屋根は見る事が出来る‥‥そこに宝があるそうだ。
「父上がどんな宝物を用意しているのかは知らないけれど、迷路を踏破できた時にはお茶でもしましょう。美味しいお茶とお菓子を用意しておくから‥‥頑張って頂戴ね」
●今回の参加者
ea1225 リーディア・カンツォーネ（26歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国）ea3502 ユリゼ・ファルアート（30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国）
ea7256 ヘラクレイオス・ニケフォロス（40歳・♂・ナイト・ドワーフ・ビザンチン帝国）
eb3532 アレーナ・オレアリス（35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国）
eb5977 リディエール・アンティロープ（22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国）
ec0290 エルディン・アトワイト（34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国）
●リプレイ本文
●いざ迷宮へ公爵の用意した馬車は見事な誂えのもので、冒険者らは、さして疲労する事も無いゆったりとした馬車の旅の後、今回の舞台となる茨の迷宮を前に立った。
ヘラクレイオス・ニケフォロス（ea7256）の丁寧な騎士の礼には、マーシー１世もまんざらでもない様子で、にこやかに公爵自ら自慢の庭へと案内する。
そうして一同が見上げる事となった茨の迷宮は、深い緑の森のようだった。
茨の壁をよく見れば、格子状の木製の柵（稀に金属製の柵もあったが）に這わせた蔓薔薇で作られたものが主で、厚みを持たせて幾枚か重ねたり、路地植えの薔薇樹などを取り混ぜ作られていた。
「花を付けない茨の迷宮ねぇ‥‥春には薔薇の迷宮になるのかしら？」
リディエール・アンティロープ（eb5977）が観察する隣りで、ちょっと興味があるなぁと、茨の壁に顔を寄せ‥‥ユリゼ・ファルアート（ea3502）は小首を傾げた。季節の違う薔薇が植えてあるのかと思っていたが、よく手入れされ陽光に恵まれれば四季に咲いてもおかしくない種類の薔薇がまざってるように見受けられたからだ。
「これって、花を付けないんじゃなくて‥‥」
「さ、無事迷路を越え、宝を手にされるのを期待しておりますよ」
マーシー１世が彼女の疑問を封じるように微笑み穏やかな声で挑戦を促すと、ヘラクレイオスが１つ頷いて、今回の主賓であるウィリアム３世を仰ぐ。
ウィリアム３世は装飾性の高い剣を佩き、なぜか荷物を背にしていた。
「さすがは音に聞こえしレンヌ公、大した趣向じゃのぅ。これは真っ向より受けて立ってこそ芯から妙味を味わえるというものじゃろうて。では陛下、いざ至宝を求め参りましょうぞ！」
鷹揚にウィリアム３世が頷いたのを合図に、冒険者達は茨の迷宮へと踏み出した。
●やりたい事はなんですか？
「探素中、何をしてみたいですか？」
にっこり微笑み、見上げながら訊ねるリーディア・カンツォーネ（ea1225）に、ウィリアム３世は瞳を瞬かせた。
「自分の役割は自分で決めるのが、冒険者風‥‥です？」
「私もやってみたい役割があるなら、挑戦してもらってもいいと思う」
語尾に疑問符を付けたリーディアに、アレーナ・オレアリス（eb3532）も後ろから頷く。
「難しく考える事はないよ。自分で出来る事、したい事を、肩のカを抜いて楽しんでやってもらえると嬉しいな」
２人に促されてウィリアム３世は少し考えこんだ。稍あってユリゼの持っていた羊皮紙を指し示し、出来るならマッピングをしてみたいと申告する。
「ここ暫く、立ったままや歩きながら物を書いたりする事がなかったから、上手く書けるか分からないけれどね」
「良いんじゃないかしら。マッピングの仕方なんて人それぞれだし」
幸い多めに羊皮紙を用意していたユリゼは、色違いの瞳を穏やかに笑みに細め、差し出した。
●深緑の迷い路
ヘラクレイオスを先頭に、２人ずつ並び冒険者らは迷路を進む。辿り着いたその先に何があるかは未だわからない。
「茨の迷宮を抜けたら、そこには眠れる美女が‥‥。エルフ女性だったら嬉しいですけどね」
「もしそうなら、絵物語のようだな」
エルディン・アトワイト（ec0290）の冗談のような望みに、アレーナが感想を言うと仲間達から小さな笑いが零れる。
国一番の貴賓との迷宮探索となった今回、エルディンのように皆丁寧にウィリアム３世へ挨拶する。それに対し受け答えする様は流石に慣れたもののようだった。親しげに語り掛けられれば穏やかに応える所もお忍びの様子から遠いものではなかった。
「一時期体調がよろしくないと伺っていたのですが‥‥もう落ち着かれましたか？」
リディエールが気遣うように訊ねると大丈夫と応えが返る。無理をしているわけではなさそうなのは、血色の良い細面を見れば分かる。体調が大丈夫になったから、また別の病気が出たんだな‥‥などとは、誰も思っても口にしない。
「動く迷宮‥‥ドキドキですねっ。ロマンが溢れてそうです？」
いざ踏み入った深緑の迷路に、リーディアはキラキラと瞳を輝かせた。
「茨で造られた迷宮‥‥幼い頃、緑深き森で遊んだ事を思い出します。あの頃の経験が活きれば良いのですけれど、ね」
くす、と小さく笑み零し見上げた緑の壁は、リディエールの言葉通り森のよう。
「緑の迷宮と言ったら子供にとっては格好の遊び場だものね。私は小さい頃レンヌの森に良く連れて行って貰ったっけ」
王宮の庭園もきっと広いだろうからそんな思い出が無いか訊ねると、ウィリアム３世はどうだったろうと小さく首を傾げた。
王という立場にある人物との距離が近い事が意外なのと、少しだけこそばゆい感じがして、ふふ‥‥と笑みが零れる。
「私は珍しかったり楽しかったり夢中になってはぐれる事があったけど、でも呼んでくれるのが判ってたから少しも怖くなかったわ」
「今回の迷路はどうだろうね」
微笑み聞いていたウィリアム３世は、小さく呟いた。
●迷路の角を曲がるとそこは‥‥
「‥‥水溜りじゃな」
「水溜りね」
「ですね」
ばしゃんと跳ねた杖の先の水。裾が濡れた事を特に気にせず、落ち着いたヘラクレイオスの声。後続のユリゼとエルディンからも同意を得て、彼は試しに杖で水溜りの深さを測ってみた。長さ80cm位の杖は見事に底に当たる事無く沈みきってしまった。エルディンの持つ杖はもっと短い。深さの検討もつかずに足を踏み入れる事は躊躇われた。
「‥‥‥‥」
足を止めた先頭３人組の後ろからひょこりと顔を覗かせて、後続組も納得する。
見渡せば数メートルは続いているであろう水溜り。蔓薔薇の壁は、勿論とげ付。ここまでに分かれ道もなかったので引き返す事もできない。
腕を組み、あるいは首を捻る仲間達にリディエールが控えめに手を挙げた。
「多分、何とかなると思いますよ」
渡るだけならば、ウォーターウォークで可能だと。ただ、そこまで必要になる事を想定していなかったため、生憎ソルフの実の持ち合わせがなかった。それは男性陣が女性陣を抱きかかえて進む事になるだろうかと苦笑する。
「これで足りますか？」
リーディアが持っていたソルフの実。ユリゼも手持ちに幾つか。相談時間はほんの少し、迷路を壊すわけではないから‥‥と魔法で先を進む事を選んだ。
「水溜りが、これだけだと良いんですが」
「そうだね」
苦笑交じりの希望にも似た呟きに、マーシー１世と１番付き合いの長いウィリアム３世は少し困ったように微笑み。そして珍しそうに魔法の効果を確かめながら水の上を歩くのだった。
●次の障害
先頭を歩くヘラクレイオスが歩みを止めた。続いていたユリゼとエルディンも、「？」と顔を見合わせて足を止める。
「ほれ」
杖を突く感触が地面を突いた時と違う。耳を澄ませてみると軽い音が返ってきた。
「‥‥落とし穴のようだのう」
「フロリゼル様の言っていた冗談って‥‥」
「２つ目でしょうかねぇ？」
杖で突いても特に抜けそうなわけではない。感触からして通路幅一杯の穴のようで、すり抜けるわけにもいかない。迷う間が惜しく、エルディンが用意していたロープを結わえ、ヘラクレイオスが一歩を踏み出せば‥‥やはり、地面が抜けるわけではないようだ。続いてユリゼが足を乗せ‥‥変わらぬ気配に、様子を見るため更にエルディンが足を乗せる。
「「‥‥‥‥っ！？」」
くるりと土が滑り、地面であった床板がまわる。
傾いだ体を支える手のお陰で、上がりそうになった悲鳴をユリゼは飲み込んだ。彼女の腕をとっさに引いたのはその後ろにいたウィリアム３世。重心を掛けた脚からバランスを崩しそうになったエルディンのキルトの背を掴み支えたのはリーディア。
「この様子からすると、一人ずつなら大丈夫のようじゃな」
そう冷静な状況判断を下したヘラクレイオスはといえば、床板の下にあった水溜りの中にいた。
二人並んで通れるからといって、そのまま気付かず歩けば『どぼん』ということなのだろう。
●迷路の謎
「地味な嫌がらせが好きな方みたいですね」
「フロリゼル嬢のいわれた通りだな」
先を歩く仲間達の様子を、リディエールとアレーナは過ぎてきた道を気に掛けながらそう評した。冒険者達は満身創痕とはいわないが、地味に疲労を重ねていた。むしろ精神的なダメージからくる疲労かもしれない。落とし穴とか水溜りとか茨の障害とか‥‥（以下略）。先頭組ほどその疲労度合いが高かったかもしれない。
通路とは違うのだろう。多少開けた茨の空間に辿り着いた冒険者らは、休憩時間も兼ねて足を止めこの先について相談していた。
直線のように見えて緩やかに方向性を失うように仕立てられた道は、太陽と、不変であるはずの屋敷と東屋の位置から注意し進んできた。
そして形を変える迷路については、リディエールが最初に気がついた。
茨を絡ませている木柵が固定されていない場所があったのだ。地面にしっかり埋められている柵もあれば、そうではない柵もあって。茨の壁が一部分ごと移動させられていたのだ。
「人の気配はあるからの」
「そうですね」
動いた後の壁は、錠が掛けられ戻れぬ道となっている。
「多分、目標を見失わないようにするのが１番ね」
マッピングしてきた情報を整理していたユリゼに皆が同意する。
「まぁ気ばかり逸らせても詮方無い。時には休憩も必要じゃ。わしは命の源を補うが、陛下も一口如何かな？」
勧められれば断る事無く、ウィリアム３世は受け取った。体を冷やさないようにとアレーナが差し出した防寒具を羽織る。
他の仲間達はユリゼが用意していたハーブティでありがたく喉を潤した。そして意外にも、ウィリアム３世が軽食の入った鞄を差し出したため、まるで弁当の時間のようになった。
リーディアはずっと気になっていた荷物の謎が解けたわけだが、今度はこれを作ったのが誰なのだろうとか別の疑問が浮かぶ。
エルディンとしては、迷宮探索＝弁当持参に繋がる思考についても聞いてみたいと思ったりもしたのだが。
「お噂はかねがね伺っておりますが、今回初めてお会いしたのです。陛下から見てどのような方ですか？」
エルディンにマーシー１世について訊ねられ、ウィリアム３世は格闘していた羊皮紙から顔を上げた。彼のマッピングの成果に比べ、お世辞にも上手いとは言えない状態に手を止める。
「あの前向きなところは尊敬に値する人だね。家族が多いのは羨ましいかな」
「ご家族、ですか？」
その言葉に小さくリーディアの瞳が揺れる。
「家庭が築けるというのはいいなぁと思うよ」
『早く結婚すれば良いのに』
と、この場にいる何人が心の中でつっ込んだのかは、テレパシーのスクロールを持つユリゼでもわからなかった。
●目指すべき宝の在り処とその正体
大理石の屋根が近くに見えた。たどり着くべき終着点までもう直ぐ‥‥また落とし穴などないだろうかと、ヘラクレイオスを先頭に一行は慎重に進み、やがて緑の扉の前にたどり着いた。ヘラクレイオスが後ろを振り返ると、王と冒険者らは視線を交わし頷き合った。
茨で縁取られたアーチ型の門扉を押し開くと、深緑に囲まれた世界から一転‥‥柔らかな白光が、彼らの目に飛び込んできた。
「おめでとうございます、陛下」
ゆったりとした拍手に迎えられ、ウィリアム３世らが辿り着いたのは、陽光が降り注ぎ、秋咲きの薔薇に囲まれた優美な庭園だった。
扉が開かれた先の様子を、ヘラクレイオスとユリゼの頭の上から既に捉えていたのだろう。固まっているウィリアム３世を避け、アレーナとリディエールが中を覗き込むと‥‥テーブルや椅子までも大理石で作られた東屋に居たのは、レンヌ公一家とその使用人達だった。
一家と思しき人々をよくよく見れば、マーシー１世と、フロリゼル。そしてもう一人、フロリゼルより幾分年上と思われる美女の３人。白いかんばせを縁取る巻き毛はレンヌ公と同じ鮮やかな赤い髪‥‥。
「初めてお目に掛かります、陛下。エカテリーナと申しますわ」
柔らかな微笑を浮かべ、優美な礼を取る美女は、先頃から妃候補の一人として名前の挙がっていたマーシー１世の娘の一人・エカテリーナ公女だった。
「花を愛でにって‥‥」
「用意されている宝とは」
「陛下にお見せしたい、私の自慢の宝で、当家の誇る名花ですとも」
二の句が告げない‥‥というより、何も言う気カの無い様子のウィリアム３世の心中を代弁するかのようなアレーナとヘラクレイオスの問いにレンヌ公はさらりと答えた。ものすごくいい笑顔をしている。
隣に立つウィリアム３世がどんな表情をしているのか、リーディアはちょっぴり怖くて確認する事が出来なかった。
ある意味、冒険者達はこの結果を予想できていたからだ。
リーディアなどは、あまつさえ絵物語のように眠っている公女がいたりなんかしたらどうしようとまで思っていたのだ。
冷静に考えれば、分かりやすい結末‥‥王宮から脱出しての冒険という言葉に、深慮を置いてきてしまったのが敗因だろうか。
無事陛下と共に終着点へ辿り着いた冒険者らを労うマーシー１世の隣にいたフロリゼルは、ヘラクレイオスの様子を見て真っ直ぐに歩み寄ると、身に着けていたマントの留め具を外し、泥に汚れたヘラクレイオスの身を包むようにふわりと肩に掛けた。
「陛下の身に大事無いのは、皆のお陰ね。ありがとう」
国最強のナイトには不要かもしれないけれど‥‥と、言い足して、泥に汚れた様に、無事遂げた成果を労う。
「さ、温かいお茶とお菓子を用意しておりますの。皆様どうぞ。月道渡りのお茶ですのよ」
エカテリーナの勧めで、迷路を踏破した労いのお茶会が始まった。
●緑の海
庭に面した部屋の露台に通された冒険者達は思い思いに眼下に広がる茨を見下ろす。
茨で作られた迷路は、紫と紺色を混ぜた夕闇の空に溶け込むように、ユリゼ達の目の前に広がっていた。空と境界を暖昧に広がる茨はまるで深緑の海のよう。
なぜ懐かしい深い森ではなく、御伽噺に聞く海の底のようだと思ったのだろうと小首を傾げた彼女の疑問は、アレーナの一言で納得できた。
「皆でお茶をした東屋の屋根が、真珠みたいね」
中心に立つ白い大理石の東屋の周りには燈火が焚かれ、白い屋根を暖かな色で染め上げる。紺碧の海に浮かぶ真珠のようだった。大きな真珠の周りに揺れる小粒真珠のような煌きは、通り過ぎてきた開けた場所に灯された燈火達だろう。絵にはなっていなかったが、深い緑に包まれた海を擁する庭は、遠く離れたレンヌの地のようだった。
エルディンが迷宮を作った経緯をマーシー１世に訊ねているのを遠くに認め、アレーナはフロリゼルに小さく問うと、身分高い貴族の子女らしい答えが返ってきた。そして‥‥
「『結婚をする気が無い』では、済まされない立場にいる方だもの。このままだと‥‥」
公女の密やかな呟きを聞いて、リーディアは小さく俯いた。
