【花冠の君へ】 再び広がる闇色の‥‥

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月20日〜11月27日

リプレイ公開日:2008年11月27日

●オープニング

●明日に広がる薄闇色の‥‥
 まるで薄紗を纏うように雲が掛かる月の夜。星々の瞬きは遮られ、月明かりも淡やかな薄暗い奇妙に静かな夜だった。窓枠の輪郭すらおぼろげにしか映らない暗い夜。室内の明かりは執務を行う‥‥質素だが頑健な作りの机の上にある燭台が1つきり。
 揺れる小さな灯火の下で、クラリッサは手に残された深紅の薔薇をずっと見つめていた。


●世界に掛かる闇がけぶる
「もう1度、よく調べてみた方が良い」
 怪盗・ファンタスティックマスカレードは、はっきりと告げた。
 大きな声ではないが、揺ぎ無い口調で彼の口から語られると、まるで託宣のように聞く人の胸に響く。
 それは、長く行方をくらましていたカルロスについて。怪盗から告げられた言葉にクラリッサの瞳が揺れる。クラリッサの傍らに立っていた痩身の男が、考え込むように瞳を伏せた。
「どこを‥‥とは、明言されないのですね」
 揶揄する口調ではなく、さりとて答えを求める口調でもない。それが分かっているのか、怪盗は口の端を歪め、笑う。
「伯爵殿は未だ諦め切れないようだからね」
「何回転んでも挫けないよなあ‥‥」
 内政を預かる男とは反対側に、クラリッサを挟むように立っている剣を腰に佩いた男が、半ば呆れたように呟いた。
「復活したっぽい報告があってから、警戒は一応してるんだけどな。あえてあんたがここに来たのには理由があるんだろ?」
 俯きそうになったクラリッサの肩を励ますように軽く叩き、騎士団長は怪盗に尋ねた。
「大きな転機がくるからだ」
「‥‥転機、ですか?」
「そう。私は私が知りえた事を必要と思われる者に伝えているだけ‥‥」
 口元は微笑んでいるが、仮面の奥のその瞳は決して笑ってはいない。
「信じる信じないはお任せするが、姫君の身を危険に晒す事だけは回避してもらえるとありがたいね」
 思いがけない言葉に瞳を瞬かせたクラリッサを見て、怪盗は瞳を細め微かに笑う。
「とても魅カ的になったからね‥‥――気をつけなさい」
 静かに告げられた言葉に、クラリッサは膝の上で組んでいた手を固く握り締めた。
 力が入って不自然に白くなった指先‥‥冷たくなったクラリッサの手に重ねるように、怪盗は手を置いた。
 驚いて怪盗を見上げたクラリッサに、怪盗は小さく頷き、手を離す。
「さ、いきましょ。ここだけに構っていられないんだから」
 告げるべき事は告げ終わった‥‥と、ホリィが怪盗を促すと、マスカレードは訪れた時と同じようにその場から姿を消すように立ち去ったのだった。


●かつての纂奪者の行方
「プライドが高いですからね。狭く汚い場所に隠れ潜んで時機を待つ事ができる人では無いんですけれど、余程上役がしっかりしてるか、怖い方なんでしょうかねぇ‥‥」
「小金も随分稼いだもんなぁ‥‥どうしてるんだか」
 内政官と騎士団長によるカルロス=小悪党的な随分酷い評価に、クラリッサはくす、と小さく笑み零した。言い得て妙な評価だが、否定する要素もなかったからだ。
「そうそう、お姫さんが笑ってられるように頑張るのが俺達の仕事だからな。大丈夫」
「折角有力な情報を頂きましたしね。ダランベール殿、冒険者ギルドに協カを依頼する使者を出してください。冒険者達なら、周辺を通りすぎる事があっても不自然ではありませんし」
 カルロスに縁があり、現在マントの騎士達が直接踏み込めない場所が1箇所あった。
 それが、かつての戦乱の舞台であるシュバルツ城。
 現在は王宮の管理下に置かれ、王国の騎士達による警備が敷かれている。
「ただ、気付かれてしまって、警戒され、潜られてしまっては折角の情報が無意味になってしまうので、そのあたりは気をつけて貰って下さいね」
 内政官が告げた内容に、騎士団長は思い切り眉間に皺を寄せた。その様子に内政官は心を読んだように苦笑する。
「ダランベール殿の危慎もわかりますが、ここは信頼し、お任せするしかないでしょう。クラリッサ様の警護は見直しをもう1度お願いします。その上で、ダランベール殿は暫く城から離れずに」
 内政官にしっかり釘を刺され、騎士団長は天井を仰いだ。
「シュバルツ城に目が向いた事を悟られないようにしてもらわんと‥‥」
「大丈夫ですよ」
 それまで黙って打ち合わせを聞いていたクラリッサが、口を開いた。内政官と騎士団長が、顔を見合わせる。二人を順に見比べて、クラリッサは微笑んだ。
「色んな方に助けられて‥‥ですけれど、今まで何度もあの男には負けませんでしたから。今皆さんが側に居てくださって、冒険者さん達にも力をお借りできるなら‥‥これからも負けません」
 大丈夫‥‥クラリッサは、もう1度自分に言い聞かせるように繰り返し、微笑みを浮かべ怪盗が残した薔薇を見つめるのだった。

●今回の参加者

 ea7489 ハルワタート・マルファス(25歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3361 レアル・トラヴァース(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文


「くそっ‥‥何か調子でねー‥‥」
 いつもと異なる格好に落ち着かないのか、ハルワタート・マルファス(ea7489)は大分不貞腐れながら、今回の依頼の目的地へと向かっていた。
 今回の依頼の目的地は――マント領と、シュバルツ城近郊。
 シュバルツ城は、マントの街よりもパリの方が近いのではないだろうかと思える場所にあった。パリ郊外といえる位置にある。
 2度に渡る大きな戦乱のためか、シュバルツ城の近郊は栄えているとはお世辞にも言えなかった。その中の1軒の酒場の扉をくぐり、幾度目かになるだろう言葉を繰り返した。
「今年の新酒のいいのが手に入ったんだけど、店に置かせてくれないかい?」
「商売を持ちかける店を間違ってるんじゃないか」
 客の姿もまばらな店で、主人と思しきとうが立った女が応じた。
「そんな事いわないでさ、ワインはもちろん今なら秘蔵の月道渡りのジャパンのどぶろくもつけちゃうぜ♪」」
 元々商売が目当てではなく、会話のきっかけを掴んで世間話から情報を得たいと思ってのこと。人懐こそうな笑みを浮かべ食い下がる。
「それにしてもずいぶん立派な城だよな、あそこには誰がいるんだい?」
「あんた、知らないで商売にきてるのかい?」
 女主人は呆れた声をあげた。
「あそこは今は無人‥‥主のいない城なのさ。今は王宮からきた騎士さまが城を守っているはずさね」
 するとカウンターにいた客の一人が、ハルワタートらの会話に入ってきた。
「へぇ‥‥そんなら騎士さんらも休憩時間は、ここに食べに来るんかいな?」
「前は来てくれた人もいたんだけどねぇ」
「何? こんな美味いのになぁ」
「褒めても何も付かないよ」
 旅の吟遊詩人のような男が、野菜と豆のシチューの器を抱えながら褒めると、女主人はつれなく返す。
「そんじゃ今は来ないんだ?」
「ああ。だからって訳じゃないだろうが、近頃は柄の悪いのが増えたよ」
 お陰で相変わらず客が居つくどころか、街へ住民が戻ってくるのもままならないと女主人が零す。
 商人然としたハルワタートと、吟遊詩人の格好をしたレアル・トラヴァース(eb3361)は互いに顔を見合わせるのだった。



「どのようなお話でしょうか? 私でお話できる事でしたら良いのですけれど」
「カルロス伯の人となりを伺う事が出来れば‥‥と」
 リディエール・アンティロープ(eb5977)は正直に、カルロス伯の人となりや以前の戦役の経緯をよく知らない事を話し、まずはパリの冒険者ギルドで過去の報告書をあたってみた事も話した。
 詰問するのではなく、質問を重ねるだけでもなく。柔らかな物腰で、穏やかに水を向けるようにリディエールが尋ねると、クラリッサは静かに瞳を伏せた。
 けれど、それはほんの少しの間。顔を上げて真っ直ぐにリディエールを見つめ、微笑む。
「マントは小さな街でしょう?」
「正直に申し上げれば、そう思います。ですが、温かで優しい街だと感じました」
 マント領主が住むマントの街は、街というには小さな街だった。
 パリからセーヌ川沿いに徒歩で二日ほどの距離にある人口も少ない小さな田舎街で、のんびりとした雰囲気の街。
 先の領主バッハルート・ノイエンが治めていた頃は、争いのない平和な街である為か一時の安らぎに訪れる者が多く、川沿いの街の為、セーヌ川にて船を使った交易や農産業が主な産業となっている街だった。
 けれど穏やかな小さな田舎の街という表面とは裏腹に、滅多に知られる事のない闇色の部分があった。
 その闇色の領域に関係しての事なのだろう。一族の傍流ながらいつのまにか台頭を表していったカルロスは、現マント侯爵クラリッサの係累を謀殺し、侯爵家乗っ取りを企てながら、デビルと契約を行ってデビノマニになっていたのだ。
「‥‥カルロスはマント侯爵家の分家筋の男でした。私にとっても遠縁になります」
 本当に悲しむ時間すら無いほどに度重なる不幸が続き、気がつけばバッハルートの直系‥‥ノエイン侯爵家はクラリッサ一人きりになっていた。
 侯爵家を継ぐ正統性を示すには、クラリッサと結婚すれば良い。とても簡単な理屈。そしてその時のクラリッサは、政治もそれを取り巻く世情もわからぬ年若い世間知らずな少女だったから、侯爵家を纏めるのには伯爵であったカルロスが後ろ盾となる事が良いというのが一族の意思となっていた。そこにはクラリッサ自身の意思は微塵も無い。
 カルロスから『この婚姻で血族による結束を高める為』と言って強引に成された婚約。けれど愛も情もないカルロスの人となりに怯え、クラリッサは何度か逃げ出しているが、その都度、カルロスが連れ戻されていた。
「侯爵家の者としての自覚が乏しかったと言われても仕方ありませんが、あの頃の私は何よりあの男が‥‥恐ろしかった。だからカルロスの言葉がただの詭弁にしか聞こえませんでした」
 実際、カルロスの言は詭弁だった。
 それも二重三重の詭弁――カルロスにとって、クラリッサは重要な贄だった。縁戚であり、婚姻を成せば妻となる己に近しいデビルに捧げるには便利な供物。更に、マント領の地下に眠る遺跡には昔から本物かどうかはともかく「聖櫃」が眠っているという伝説があった。実際にそれは事実だったのだが、カルロスは、この伝説が事実らしいとの情報を得て、内部に入り込むためにクラリッサとの婚礼を画策していたのだ。
 無論、利用価値があるというだけで、愛はない。
「怪盗ファンタスティックマスカレードと冒険者の皆さんにはマント領を幾度も助けていただきました。あの男から‥‥何度も」
 全てはカルロスの野心から、マント侯爵家を巡る争いが起き、また聖櫃を巡る攻防戦が起きた。纏めてみれば何の事は無い、一人の男によって多大な犠牲が生み出された戦乱だった。静かな声で語り終えたクラリッサは、リディエールの望みに応じてくれた。
「城の地図はお渡しできませんけれど、マント領の地図であればお使いください」
 マントの城とシュバルツ城に関しては戦乱の舞台となったために知られている部分も多いが、城の内部というのは本来秘されるべき物。それにシュバルツ城は現在管理しているのが王宮という事で、クラリッサには地図を公開する権限は無い。
 家臣に用意させるよう告げると、執務の合間を縫って謁見に応じた年若い領主は、再び執務に戻っていった。



 人目につかぬ場所に篭ったリディエールは、徐に小さな銀製の円錐がついた振り子をバックパックから取り出した。
 先ほど借り受けたマントの地図の上に振り子を垂らす。
 彼が捜し求めたのは、『カルロス伯の居場所』、もしくは『マント領やクラリッサに仇なすものの居場所』。
 けれど振り子の先は惑うように地図の上を揺れる。害意を持つものはカルロス一人ではないという事なのか、あるいは‥‥。懸念を払い、根気強くダウジングを行ったリディエールに示された先は、やはり――



「カルロス伯爵‥‥あまり詳しくないんやけどな。可愛い姫さんの力になれるよう、頑張るでー」
 さて、と気合を入れてレアルが向かった先は、目的の城だった。
「何だ、お前は」
 リュートを抱えたレアルが、シュバルツ城の門扉の前をひょっこりと覗き込むと、途端に門の左右を固めていた騎士が、門を守るように槍斧をがしゃりと打合せる。
「創作のため、悲劇の姫君が囚われていたという舞台を見学させてください!」
「だめだ。お前が望む用件であれば、マントにでも行けばいいだろう」
「ちっ、ケチやなぁ」
 旅の吟遊詩人然としたレアルの他にも同じように押しかける者がいるのだろう。
 幾度頼みこもうとも冷たくあしらわれ、レアルは一旦城から離れるしかなかった。



「悟られないよう調査って難しいですね〜」
 エーディット・ブラウン(eb1460)は遠景にシュバルツ城を望む場所でぽつり呟いた。
 まるごとメリーさんを着た彼女が通り過ぎてきた城下町やその周辺の村は、お世辞にも元気があるとは言えなかった。

「披露する芸はゾウガメに乗ったメリーさんの給仕ですよ〜♪ 零さず飲み物を運べたらご喝采なのです〜♪」
 エーディットの口上に、子供達が拍手する。むしろ自分たちよりも大きなノルマンゾウガメに興味津々な子ばかりだ。ゾウガメの歩みに合わせて揺れる器の中身に一喜一憂の声が上がる。零れてしまってもそれはご愛嬌だ。それでもなんとか定めた距離を零さず運べたメリーさんに喝采が飛ぶ。お仕事を果たしたゾウガメにも。
 ゾウガメに群がる子供達にも、それを見守る大人達にも、水を向ければ色々な不満や不安の声が彼女に向けられた。思っていたよりも、周辺の復興は進んでおらず、人々の心の傷は癒されてはいないのかもしれない。
「不穏な気配〜‥‥、もしもカルロスさんが潜伏してるなら逆襲の準備の為でしょうか〜」
 もしそうなのであれば、逆襲に用意する傭兵達の分の沢山の装備や食料が必要だろうから、村人達がそんなに違和感を感じないような運び方をしてるのかもしれない。
 村で近況を尋ねた時には、余り城での話は聞けなかった。景気の良し悪しを測る事すら出来ないほどに、閉ざされている城。それでも以前は、騎士達が街や村を回っていてくれたらしい。
「最近は無い‥‥何かあったのでしょうか〜」
 騎士達の姿があまり城下で見られなくなった頃から、『怖いおじちゃん』の姿が多くなった事を不安そうにメリーさんに零す子供が多かった事が気に掛かった。



「中を見学する事は可能でしょうか?」
「今は陛下の名の下に閉鎖されている。一般人を入れる事はできない」
 城の門を閉ざす騎士にリディエールが尋ねると、会話に応じる事も余地は無いというくらいにそっけなかった。
「以前の戦役や地下遺跡に興味があるのですけれど、どうしてもだめなんでしょうか?」
「だめだ、誰であろうと例外は無い」
 何とかならないものかとそれでもなお諦めずに尋ねると、騎士は威嚇するように斧槍の柄で床石を打つ。これはだめだとリディエールは傍らのまるごとメリーさんを振り返ると、メリーさんが首を捻る。以前、反乱があった時ならばともかく、今は平和になっているはずの場所。頑なに閉ざす理由がわからない。もしかして何かあったのだろうか‥‥。
「今は平和そうですね〜。何か変わった事とかはないでしょうか〜?」
「無い。そのために我らがいるのだ」
 会話の余地がない。
 特に何も無いから閉ざしたままなのか、あるいは何かあったからこそ隠し閉ざすのかすらわからなかった。
 正面からを諦め、ぐるり城の周辺を歩いてみるが、以前作戦で使われた地下通路‥‥遺跡の入り口付近にも騎士が立っている。というよりも、通路や出入り口と思しき場所は全て閉ざされていた。そして、閉ざす騎士達の反応は正面と同じ。
「ここには入れられない、誰であっても同じ事。帰りなさい」
「騎士さんが居て下さるから大丈夫ですね〜、帰りましょう〜」
 今度は、戦役後の慰問のため、また心配する人のためここの近況を伝える為に回ってるのだと伝え話を聞こうとしたエーディットは、やはり会話に応じてもらえず仕方ないとリディエールと共に踵を返した。
 リディエールの背を押すように促しながらぽてぽて歩くメリーさんの背に、ずっと視線が注がれている。注視されている、とエーディットは思ったが、振り返らない。
 使われた形跡、新しい足跡などがないかちらと一瞥するが、糧食を運び入れると思しき裏門周辺以外は、特に大勢の人が行き来しているような痕跡は見受けられないようだった。
 手指に嵌めた指輪を見ると、蝶が羽根を震わせていた。
 それも、城から離れれば‥‥蝶は静かにその身を石に留め置くだけになった。



 煮炊きの煙は上がっているが、糧食が城に運ばれる間隔も量も、聞いた情報通りであれば、駐在しているはずの騎士の数を賄えるとは思えなかった。
 なんとか口八丁で潜り込めないかと試みたが、あっさりと追い払われてしまう。新参を近づかせない頑なさは、不審を覚えるほどにおかしかった。信頼のおける商人しか出入りをさせないという様子ではない。全てを拒絶するかのような頑なさ。
 ハルワタートが見上げた城は、冬特有の重たい雲が立ち込める空を背にしているせいか、不穏な空気を纏う閉ざされた監獄のように見えた。



 夜闇にまぎれ、レアルはシュバルツ城へ戻ってきていた。昼間ぐるりと見て回った限りは、出入りが出来る場所には全て見張りが立っていた。あるいは巡回している騎士の姿。扉や門、窓など全てが閉ざされた城――仲間が監獄と評していたような。
 強硬手段に訴えねば手に入らない情報もあるだろうと、隠身の勾玉を手にレアルは潜り込む隙を探していた。隠密行動は得意な方であったが、長じているとは言い切れないレアルは、備えてきた道具と己が勘に頼みだった。
 かつての戦いの中で、地下通路も含め大分城内の様子は変わっているようだった。以前に発覚した隠し通路や部屋などは閉ざされ埋められているのかもしれない。人一人が潜り込めるかどうかという城内の庭へと至る隙を見つけた。様子を探り外壁を通り抜けてみると、外と違い城の中は人の気配らしきものが感じられない。がらんとした空虚な印象を受け、レアルは眉を顰めた。
 このまま更に踏み込むべきか迷ったレアルの耳に話し声が届き、そのまま物陰に潜む。
 距離があるのか、壁があるのか‥‥届く声は途切れ途切れ。何とか耳を澄ませ拾えた声は男女一対のものらしい。
 女の声はレアルには聞き覚えがある声だった。直ぐに思い出せないのがもどかしいが、記憶に引っ掛かる忘れられない声。
「‥‥ように使われるだけ‥‥終わらん」
「御身、お忘れ‥‥せぬように‥‥は、如何‥‥かしら?」
 華やかで艶やかな、耳の奥に残る女の声が、男を諌めたようだった。
 風の流れが変わったのか途切れ途切れに聞こえていた会話が、明瞭になって届く。
「それこそ幻想だろう」
「人が人を恋いうる気持ちは本当に愚かだこと」
 男は鼻で笑ったらしい。吐き捨てるような言葉遣い。女の方も愉しげに赤い口元を歪め笑っているのだろう。
 否。なぜ、女の口元が赤いと思ったのだろう?
 考え込み‥‥至った答えは、女の声が破滅の魔法陣を作ろうとしていたレアルの知るデビルの声と似ている事実だった。エーディットがいれば尚確実だったのだろうが、仕方ない。
 王国の騎士が守る城に、デビルがいる。それだけでも十分な成果というべき情報。惜しむらくは、それが間違いないことを確認する術がレアルには無かった事。
(「見つかったらマズい‥‥引き際やな」)
 声の届く距離にいる敵の正体を見極められない事が心残りだったが、情報を持ち帰れず、侵入を悟られる方がリスクが高いと判断したレアルは、更に慎重に城を抜け出すべく、動き始めた。