紅玉の詩 ―今度は貴方へ花冠を

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2008年12月23日

●オープニング

「お願いっ、なけなしの身銭で依頼するから助けてっ!」
 受付係を拝み倒すように、カウンター台に手を突いて頭を下げているのは腰に細身の剣を帯びた少女だった。少女自身も冒険者のようなのだが、敢えてギルドに依頼を持ち込む理由とは‥‥。
「あるウィザードの男の子を捕まえて欲しいの」
 幾つかの偶然が重なって、依頼人の少女は、ターゲットの少年がノルマン王国にきているという情報を掴んだ。
 北海で起きている一連の騒ぎに始まって、現在のデビル達の侵攻‥‥それらの関係で、長らく離れていたこの国へ帰ってきたところらしい。出身こそノルマン王国である少年だが、普段は、イギリスやもっと遠い国で、熟練の冒険者が請け負う依頼ばかり受けていて、駆け出しの少女には足跡を追うことすらままならない存在だった。
「他国との行き来は、月道が解放されている国同士でなら随分楽になったでしょう?」
 追う事がままならないと少女はいうが、ほんの少し前よりは、格段に行き来がし易くなったはず。記録係が尋ねると、少女は視線を泳がせた。
「ええと‥‥私、ゲルマン語しかわからないっていうか‥‥」
「‥‥なるほどね」
 そして多少なりとも地の利のある場所であれば、カ量の差は大きいが万に一つのチャンスもあるかもしれないと思い立ったのだという。
「このチャンスを逃がしたら、私にもう機会はないかもしれないっ。ていうか、むしろこのチャンスがやっぱりあの人を捕まえろって天の啓示なんだと思うのよ!」
 握りこぶしを高らかに振り上げ宣言する少女は、夢見る乙女といえば聞こえはいいが、若干妄想ちっく。受付係の苦笑に気づいた少女は小さくこほんと咳払いをすると、改めて名乗った。
「私はカルミア、見ての通り駆け出しの冒険者よ」
 駆け出しなどと堂々と言える事ではないが、なぜ言うかといえば相手は経験積んだ冒険者で、1対1では叶わない事情を説明するためである。
 なりふり構ってられないカルミアは、少年をとっつかまえるの手伝って欲しいと受付係を拝むように手を合わせた。
 北海関連の依頼を受けていて、報告のためと報酬をもらうために1度はギルドにくるはず。その時がチャンスだ。だが、慎重で危機意識が強い彼のこと。何か不審な空気を感じさせたら、報酬は切り捨て、報告は同行した仲間に頼み、ギルドヘ寄らずに異国へ戻ってしまうかもしれない。
「その少年は、あなたに何かしたのかしら?」
 受付係が問うと、カルミアは束の間言葉を捜すように、口を開こうとしては閉ざす。
 その問いに答えるまで掛かった時間が、カルミアの葛藤の現れでもあった。
 だが、カを借りるのなら正直にならないといけないわよね、と前おくと‥‥‥‥暫くの沈黙をはさんで、彼女は漸く口を開く。
「初恋の人なの。助けてもらってばかりでお礼が言えていないのよ。その上、人の気持ちを知らないで、自己完結してトンズラしちゃったの」
 ちょっと辛い初恋の結末を思い出したのか、胸の上に手を置いて寂しそうに微笑んだ。
 10代の少女特有のアンバランスな淡い笑みは、しかし3拍ともたなかった。
「私は名より実を取りたいの。初恋は破れたけど、2度目で最後の再チャレンジよ!」
 ぐぐっと握りこぶしを受付係に突き出して、カルミアは声高らかに目標を言いきる。
 そしてお願いというように、受付係に手を合わせた。


●ウォンテッド
 名前:ルピナス  性別:男
 外見年齢:10代後半の少年
 外見特徴:白髪・白肌・青灰色の瞳で痩身。身の丈は180センチメートル前後。
 瞳の色と同じ青灰色のローブ風マントを身に着けている。
 火と風の魔法を得意とするウィザードの冒険者で、丁寧な物腰ゆえに人と距離をおいて接するタイプで、冷静で慎重な性格(ある意味、依頼人とは真逆の性格)。
 恋人の有無は不明。

 パリの街で彼を捕まえて、依頼人の前に連れてくるか、依頼人と共に捕まえてください。
 捕まえようとすれば目標はおそらく全カで抵抗すると思われます。
 依頼人がいるとわかればなおのこと(元より捕縛される理由が彼には思い当たらないのだから抵抗はするでしょう)。
 ハーフエルフである目標が全カで抵抗した場合、周囲に及ぼす影響を考慮の上で捕縛作戦を練ってください。

●今回の参加者

 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5977 リディエール・アンティロープ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec0886 クルト・ベッケンバウアー(29歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

アレーナ・オレアリス(eb3532)/ 一之瀬 陽愛(ec5007

●リプレイ本文


「もし私がずっと年下の人間の女性に恋をしたとしましょう」
 エルディン・アトワイト(ec0290)の例え話にカルミアは小さく頷く。
「しかし、その女性は私の年齢を越えて、先に神の元に召される可能性が高いのです」
 残されるのはとても辛い事だと続けたエルディンは「あなたも?」と問われた。
「私ですか? 異種族でも女性は魅力的ですが、恋に落ちないようにしています。彼もそうではありませんか?」
 カルミアを支えるように後ろに立っていたシェアト・レフロージュ(ea3869)は、抗議するようにエルディンを軽く睨んだ。
 想いを貫く事だけが正解でもなく、その形も色々ある。けれど‥‥女の子の大事な想い、たとえ叶わなくても届きます様に――そう願い依頼を引き受けた。彼は違うのだろうか?
「彼に言われたら‥‥潔く諦める。だって私だけの気持ちなら意味が無いから」
 諦めるならば16の年に。納得できなかったから今の自分がいるのだと語るカルミアにエルディンは漸く微笑を見せる。
「白の教義云々を持ち出すつもりなし、心の整理を付けるお手伝いをします」



 今日もパリの冒険者ギルドは、多くの人々で賑わっていた。
 その中に、ギルド員へ報告のために北海に広がる悪い夢を払うために尽くしていた冒険者のパーティがいた。報告や報酬についてギルド員と打合せを終えた彼らにリディエール・アンティロープ(eb5977)が声を掛ける。
「今まで北海に?」
「ええ、海の魔物を幾匹か片付けてきたところ」
 流暢なゲルマン語の答え。
「最新の情報というわけですね、良ければお話を伺えませんか?」
「一緒に食事でもとりながら‥‥いかがです?」
「素敵なお誘いね」
 フィーネ・オレアリス(eb3529)にも穏やかに誘われて、女性は仲間へイギリス語で尋ねた。仲間の横で、青灰色の外套のフードを目深に被った男は、依頼が張り出されているボードを見ている。エルディン達が受けている依頼は、シェアトが頼み目立たない場所に移されていた。
 デビルの進攻が始まった現在、イギリス同様にデビルが目立つノルマン王国の話を教えて貰えるならという条件付で、誘いに応じてくれた。
「そう、それじゃ話は決まりね。初めまして、リリーです」
 にっこりと艶やかな微笑を浮かべ、相手の中で唯一表情の分らなかった外套を羽織る男性に声を掛ける。男なら一目で心奪われそうな蟲惑的な微笑に、けれど心動かされた様子はないようだった。
「相変わらずだな、お前は。こんな美人に声掛けられたのに」
 騎士が外套の男を後ろから小突き、引きずる様にギルドを後にするのだった。



 情報交換が一段落した頃合を見計らって、リリー・ストーム(ea9927)が口火を切った。
「私たち、今依頼を受けていますの‥‥とあるハーフエルフに会ってお話したいという方から」
 彼女の話が、北海の情報に結びつかず訝しげな仲間に対し、外套の男は表情を変えなかった。立ち上がろうとした彼に、静かな‥‥けれど毅然としたリリーの声が飛ぶ。
「お待ちなさい。依頼者の名前を聞きもしませんのね?」
「‥‥わざわざ私に会いたいと冒険者を雇う酔狂な人物の心当たりは多くありませんから」
「‥‥話くらい、聞いてあげてはいかがです?」
 リディエールが言い添えると、彼は青灰色の瞳を伏せた。
「幕を下ろしたいのならお互い話し合うべきであり、会うつもりはなくても彼女は追いかけてきますよ」
「私は下ろしました‥‥3年前に」
「『人間としての幸せな時間を過ごして欲しい』とても思いやりのある素敵な言葉に聞こえますけど‥‥貴方、とても臆病で、そして残酷ですわ」
 エルディンには返したがリリーに応えは無い。だが、眉間に微かに刻まれたしわが、彼が忘れたわけではない証だった。
「たとえ結末は同じなのだとしても、貴方の口から、貴方の言葉で伝えてあげる事が大切なのだと思いますよ」
 リディエールが助け舟のように静かに水を向けてやる。情報交換時は的確に言葉を挟み、あるいは答えていた冷静なウィザードの姿は其処には無かった。
 だがラティールの聖女の名を持つ白い騎士は甘くは無かった。
「相手の事を恋愛対象として見る事が出来ないのであれば、それをはっきり言いなさい。時の流れの違いを恐れるなら、その事を言いなさい、直接貴方の口から。そうしない限り、彼女の心は縛られたままですわよ」
 断罪するかの如く凄然と告げられる言葉に、彼は口を閉ざしたまま。同じ血の忌み事を持つフィーネは、彼の思いやる言葉は恋ゆえの事と思い、自身の経験と想いを語る。
「『人間としての幸せな時間を過ごして欲しい』という思いは判ります。私もそうでしたから。でも、本当に愛しているなら、きっと時の流れという畏れも乗り越えられるんだと私は思うんです」
「時の流れ、畏れも、乗り越えられる‥‥? そんなバカな事はないでしょう」
 ようやく開かれた彼の口から出たのは嘲笑。
「生前の貴方のご両親は、不幸だと嘆いてましたの?」
「‥‥母は、それだけを嘆いていましたよ。私の存在を疎んじる事はありませんでしたが」
 だから自分の存在は全てに否定されるものではないと生きてこられた。冒険者を辞めて村に戻った母が、鍬を持つ事ではなく、魔法の術を息子に伝えたのは、村で一生を過ごす事は出来ないハーフエルフという性を理解していたからだ。
「貴方にとっては終わったと思い込んでること‥‥でも、貴方の残した言葉と伝え方では、何も終わっていませんわ」
「だから会えと?」
 彼が卓の上に置いた拳が震えていた。それはまるで身裡に感情を留めきれず零れ出す激情の片鱗。
「カルミアの家族は、あの閉鎖的な村でよくしてくれました。母が亡くなって数年、あの村で暮らしていけたのは彼女達のお陰です」
 だったらなぜ?
 そう誰かが口を開く前に、彼は言葉を続ける。
「私が狂化した時を彼女は見ていた。狂気の渦に飲み込まれる直前に私が見た‥‥私を見る彼女の瞳の中に刻まれた『恐怖』‥‥それに耐えられなかったのだと言えば納得してくれますか?」
 味方などいない事を理解し覆せない現実を受け入れようとしていた彼も幼かった。慕ってくれていた少女が見せた怯えは、最後の心の柱を砕いた。
 再び開かれた彼の瞳の縁は、涙を堪えたように赤かった。



 離れた席で、酒場の喧騒の中でも聞こえたルピナスの言葉に、カルミアは膝の上でぎゅっと手を握り締めた。
 瞳が潤むのを止められず俯くと不意に伝わるぬくもり。握り締めた手に重ねられたのはシェアトの白い繊手。目が合うと微笑みかけられる。
「今すぐ彼の目の前に行きたいでしょうけれど、会えない間、彼がどんな事をしていたのか、彼の気持ちを‥‥じっくり聞いて、落ち着いて下さいね」
 更に励まし支えるように大きな手が置かれる。それはシェアトのかけがえのない夫の。そしてルピナスと同じ血に苦しむ部分を持つ手。
 ハーフエルフであろうと伝わるぬくもりに変わりは無い。そして、シェアトとラファエル・クアルト(ea8898)にとって互いのぬくもりに代わりがないように、カルミアにとってルピナスの代わりはいない。
「諦めたくないと一生懸命な貴女が嬉しい。頑張ってね」



「私は臆病だ。認めましょう――だが私の何がわかるんです?」
 今度こそ席から立ち上がり、代価を卓に叩きつけてルピナスは酒場の外へと出て行ってしまった。
「ヤバイな‥‥」
 ぽつり呟き仲間達が慌てて外へと向かう。それはリリーらも同じだった。
 シェアトは外にいるはずのクルト・ベッケンバウアー(ec0886)にテレパシーでルピナスの事を頼んでから、ラファエルと二人カルミアを伴い酒場の外へと向かった。



 シェアトの切羽詰った声に呼ばれ足を向けようとした瞬間、乱暴に冒険者酒場の扉が開かれた。飛び出すように駆け去ってゆく外套の色は青灰色。
 できれば話し合いで解決するのが何より、だとは思っていたが‥‥そうはいかなかったらしい。
 決裂した時の保険として控えていたクルトは捕縛するため、背を追い駆け出す。
(「‥‥できればボクの出番はない方が良かったんだけどね、仕方ない」)
 ダガーを密やかに忍ばせて見失わないように後を追えば、対象はさして離れる事無く人の少ない路地裏の方へ滑り込んだ。



 リリー達が酒場から飛び出すと、クルトが近くの細い路地を指し示す。
「こっちだ!」
 戦闘が苦手‥‥というより、狂化し易くなるため出来るだけ避けたいと思っていたクルトは、厳しい表情をしていた。
 仲間とリリー達が駆けつけると路地裏の暗がりに蹲る様に彼は居た。
 仲間が駆け寄る足音に気付き、上げた顔を抑える手指の隙間から覗いた瞳が、薄闇の中で爛々と赤く光って見えた。
 歩み寄ろうとすると、傍らの家壁を彼は拳で殴りつけた。鈍い衝撃音の後、ぱらぱらと石壁が欠け落ちる。『近寄るな』と、全てを拒絶する無言の叫び。
 踏み込むべきか一瞬躊躇った仲間の背後から、荒んだ心を拭うメロディがその場を吹き抜けた。
 その名を表す音を響かせる竪琴を手にしたシェアトの清涼な声が旋律に重なる。

 ‥‥紅く染まる瞳は夕焼け空の色
 ‥‥手を繋いで見ていよう 夜の帳が降りるまで

 以前ハーフエルフと人の兄妹の依頼で作った歌は、赤い瞳を忌むものではなく、1日を見守り終えた太陽の色になぞらえて。
 エルディンとフィーネは其々油断無く法王の杖を握り締める。彼は捉えるために、彼女は封じるために。願いは二人とも傷つけ傷つけられないために。
 彼だけでなく、周りの皆のために、祈るように歌うシェアトの声に、緋色の瞳が揺らいだ。
 けれど‥‥
「ルピナス!」
 少女の声を聞いた途端、彼――ルピナスは鮮烈な赤瞳を仲間に、冒険者達に向けた。
 意味を成さない叫び声があがるや否や、クルトがダガーを放ちルピナスを刃で押し留め一瞬の隙を作り出す。その間にリリーが迷わず距離を詰め、印が組めないように自重と甲冑の重さを使って押さえ込む。その間にエルディンの呪縛が効き、力任せの抗いを封じると、動けなくなったルピナスは声にならない叫びを上げた。



 赤い瞳が街中に現れた事を人々が知らないうちに、狂気は速やかに消し去られた。平穏を願う呪歌や魔法、あるいは身を挺して押し止めた冒険者のお陰で。
 ルピナスはもう逃げようとはしなかった。囲まれ諦めたのかもしれない。
 だがやはりカルミアを見ようとしないルピナスの前に、ラファエルはそっと膝を付いた。
「お願い。少しでも、直に話をしてあげて」
 返事は無い。それでも彼は言葉を紡ぐ。ルピナスの言いたい事がわからないでもない、と。否定するのではなく、理解を示した上で‥‥でも。
「それが『苦痛のない良い道』だとしても、彼女が「幸せ」と取るかどうかは、貴方が決めることじゃない。言葉だけ置いて、会わないなんて」
「君たちの事情は知らないし、立ち入った事を言う資格もないけどさ‥‥種族を言い訳にするのは無しじゃないかな? それと相手の幸せを勝手に決めるなよ」
 クルトが静かな声で言い添えた。血の忌み事を言い訳には出来ない‥‥同じハーフエルフの声。クルトは諦めていない。誰かに必要とされる人になりたいと願っている。求める声を振り払い視界を閉ざそうとする行いは、物分りが良いというのとは違う。
「私のお相手も熱烈な方でしてね‥‥」
 思い出してくす、と笑いリディエールは語り出した。
「いつも真っ直ぐに私のことを見ていらした。その想いが眩しくて、その先の闇が怖くて、私は彼女から逃げようとしました。貴方と同じように、「人間としての幸せを掴んで欲しい」と願って‥‥」
 ルピナスがカルミアに伝えた言葉と同じ。
「でも、仲間に言われましたよ。『想いを諦めさせる事が本当に幸せか』とね」
 同じ言葉を口にして、けれど選んだ今が違う。
「人並みに恋をして家庭を作り、何事もなく人生を生きて幕を閉じる。傍から見れば幸福な人生も、彼女がそれを幸せと感じるかどうかはまた別なのですよ。確かに時の流れは残酷です。いずれ想い人を目の前から奪い去るでしょう。でもそこへ至る道程は、ただ悲しいだけではないと‥‥私は思っています」
 幸せな未来を祈って、今をないがしろにするなんて馬鹿を言うものではないとラファエルも頷く。
「いつか来るその時を待つために追わないなんて出来ない。忘れろって言われても、どうやってって思う。きっとだから、私達に頼んだ。傷つくかもしれない。それでも後悔しない道筋を、剥き出しでぶつかっていくことを恐れなかった彼女の前で、あなたは同じことを言って逃げるの?」
 ラファエルの言葉に、ルピナスは目を逸らすように俯いた。
 カルミアは、ラファエルの傍らに膝を付き、言葉を選ぶように口を開く。
「花冠をくれた。いつだって貴方は私を守ってくれた。今度は私に。花冠を私から贈らせて」
 おずおずと差し出すカルミアの手は、剣を持つために固くなり荒れた冒険者の手だった。
 カルミアの住む村で行われる春宵祭。
 季節に咲く花で冠を編み、想う女性に捧げ、愛を告げるという若者達の祭り。
 ルピナスは忘れられなかったのだ。ルピナスから花冠が欲しいと願ったカルミアとの約束を。
「人と半妖精に流れる時が違うとしても、それが束の間の邂逅なのだとしても、人に恋をして、人を愛するという思いは、変わらないの」
 優しいフィーネの声は赦しの声。
「だから、勇気をもって‥‥ほんの少し素直な気持ちになってもよいのではないですか?」
 そして背中を押す言葉。
「貴女に言った言葉は間違いなく、本心です。私は怖かった‥‥だから会えなかった。自分が弱い事を知っていたから」
 リリーの顔を見る事無く、ルピナスはぽつりと呟いた。
「でも、私は会いたかった。‥‥ありがとう」
 言いたい事が有り過ぎて。でも言葉が上手く紡げずに、カルミアはその一言に想いを詰めた。ゆっくりルピナスが顔を上げると、カルミアは「10年ぶりだわ」と涙で霞む瞳を眇め、微笑む。ずっとカルミアの傍にいたシェアトは、ルピナスと目が合うとふわり柔らかな微笑を浮かべた。
「‥‥ラファエルさんは大事な旦那さま。後悔なんて少しも。大事な、大好きな人です」
 離れがたいぬくもりをくれるラファエルに寄り添う彼女は、残される事を恐れて、今の幸せを拒みたくないと小さく首を横に振る。
「私には貴方達の言葉が正しいとはやはり思えない。ですが‥‥話します、カルミアと」
 ようやくカルミアを見て、懐かしむように瞳を細める。
「‥‥ごめん」
 その一言にカルミアの目から涙が零れた。
 16の年に、笑ってあえない寂しさを紛らわせたカルミアは、20を前に嬉しさに涙を流す事が出来たのだった。