【黙示録】 滲み出るは、地獄よりの‥‥
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■ショートシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月19日〜12月24日
リプレイ公開日:2009年04月05日
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●オープニング
●刻は数日遡り‥‥
回廊の先に、見知った人物を見かけブランシュ騎士団<緑>分隊長・フェリクスは足を止めた。声を掛けるべきか迷ったのは、その人物の向こうに別の人影が見えたからだ。
フェリクスがほんの僅か逡巡する間に彼らは会話を終えたらしく、人影はフェリクスのいる方とは逆の方へと歩み去っていった。
「お忙しそうですね、ランス公」
呼びかけられて振り向いた『ランス公』は、フェリクスを見て憮然とした顔になった。
「‥‥貴殿からそう呼ばれると、嫌味にしか聞こえん」
「早いお戻りで」
『お帰りなさい』とフェリクスが淡く微笑めば、ランス公は小さく息を吐いた。
「個人的にはもう少し早く戻りたかったんだがな‥‥」
ノルマン王国を象徴する白い騎士姿ではない『彼』は、珍しい。
それでも『彼』が腰に佩いた剣にはブランシュ騎士団の証が揺れていた。
その事実に、意外なほど安堵を覚えていた自分にフェリクスは気付いた。
遠ざかっていった人影の、見事な赤髪がまるで緋色を刷くような陰影が見えたからだろうか。
――フェリクスが決して歩み寄る事が出来ない人物もまた、見事な赤髪の持ち主だった。
●シュバルツ城へ
<藍>分隊長・オベルは部下達に、簡潔に一言で次の任務を告げた。
「シュバルツ城に行く」
「パリから近いじゃないですか」
「文句があるなら出なくて良い。パリに居ろ」
本来の役目‥‥地方を巡る業務に戻りたいのだろう、部下からあがった声をばっさりと切り捨て、オベルはシュバルツ城へ行く理由を続けた。
「マント領主から報告‥‥というより陳情の申し入れだな、があった。同様に冒険者ギルドのギルドマスターからも同様の情報があり、『シュバルツ城ヘブランシュ騎士団が巡察を行う』事になった‥‥というのは、もはや建前に近いな」
――デビルに乗っ取られた感がある、と、オベルが告げた。
余りに言葉を選ばない率直な言い様に、副長のヴァレリーが苦笑するが、オベルはかまわず説明を続けた。
「実情を調べる。ブランシュ騎士団ではない、‥‥中堅層の騎士達が交代で警備と防衛に当たっていたはずなんだが、近頃は交代がなく、要員の入替はなし。行ったまま帰ってこない。また、我々に指示が来る前に騎士団でも対応を模素したらしいんだが、なんだかんだと理由をつけられ城に入れなかったそうだ」
告げられた言葉をざわめく事なく受け止める隊員らを前に、ヴァレリーが言葉を継いだ。
「で、止むを得ないのでブランシュ騎士団で行く事になった訳なんですが、とりあえず、隊長と以下数名で表から視察に行ってください。残りは待機。何かあれば直ぐ合流できる状態でね。で、エドモンとカミーユは、私と一緒に裏から訪問組になります」
『裏』という言葉の意味を察して、エドモンとカミーユは視線だけで互いを見合わせた。
「隠密行動得意じゃないからな、うちは」
「私が得意みたいな言い方しないで下さいよ」
オベルヘ苦笑交じりに反論したヴァレリーは、エドモンとカミーユの二人へ向き直った。
「別に無謀・無茶を通すわけじゃなくてね‥‥必要な人材をあるべきところから願う――冒険者ギルドでフロランス殿を通しての助カを仰いで来て下さい。フロランス殿にお願いに行かないといけないんだから、ちゃんと君らも1回で理解してね」
求めている人材は、隠密行動と調査能カに長けた人材で、突出せずに協カする団体行動ができる、対デビル能力のある人物。‥‥が、理想だが、勝手に突っ走ったりしないで、依頼趣旨を理解した人物であれば良い。
行うべきは、ブランシュ騎士団が城を訪れる‥‥シュバルツ城側がどういう対応を取るのであれ、意識が表に向いている隙に潜り込んで内部の現状を探ってくるのがヴァレリーを含む冒険者達への依頼となる。
城の見取り図はあるにはあるが、使えるとは思わない方が良い。
地下通路を含めて、大分城内はいじられていると見て行くべきかな、とヴァレリーは説明した。
過去に起こったシュバルツ城の攻防戦の戦後処理でふさいだ場所が多かった事もある。
「完全に『黒』とみなしてませんか?」
エドモンが尋ねると、オベルはあっさりと頷いた。
「何も疚しい事が無ければ、城に人は通せるだろう。開放された場所ではなかったが、門戸を完全に閉ざしていたわけではない」
おそらく、強行策に出なければならない。
いずれか見張りの数が少ない場所へ、時間を掛けずに強襲し、内部を探り、情報を持ち帰る。
探る内部については、曖昧な情報しか持ち帰れないのでは意味が無い。
「入るには入れるでしょう。‥‥出ることの方が大変だろうね。その辺、うまく調整や相談が必要かな」
「わかりました、ギルドへ参ります」
「足手纏いはいらないって言っといて」
爽やかなまでの笑顔付で付け足された副長からの条件にエドモンとカミーユは、困ったように互いの顔を見合わせた。
すぐさま準備に動き始めた隊員達の横で、ヴァレリーはぽつりと零した。
「平穏時に、城に詰めすぎてても無駄‥‥余り城に常駐していなくても良いから地方巡業組が多いのも事実でしたけど、パリに詰める騎士団の数が増えている事態が問題ですよ。中央にこれだけ問題が出るということは、地方も手綱が締め切れてない場所があるかもしれません」
「分かっている。‥‥分かっている分、腹立たしいがな」
敢えて口にした副長のいわずもがなの注進に、オベルは微かに眉根を寄せる。
窓の外から見える空は、灰色。冬特有の薄暗く重らい雲が、パリを覆うように天上を覆っていた。
●リプレイ本文
かつて幾度か大規模な戦乱の舞台となった城では、再び血が流れ、剣戟と――デビルの嘲笑が響いていた。
地獄の眷属達が群がるのは、魔の集う城へ自ら飛び込んできた赤く温かい血を持つ贄に等しい人間達。
●
城へ案内する騎士は、国へ仕える騎士の装束を纏っていたが、違和感が拭えない。
開け放たれていた城門をくぐり、開かれた扉を潜れば城の中は陰鬱な雰囲気が満ち満ちていた。
ブランシュ騎士団<藍>分隊の分隊長であるオベル・カルクラフト(ez0204)と数名の部下達は、けれど何も言わず先触れの騎士の後へと続く。
城の外で待機となった隊の半数以上の騎士達は分隊長と仲間の背を、ただ黙って見送るのだった。
●
先にシュバルツ城を調べに来ていたリディエール・アンティロープ(eb5977)とその報告書から齎された情報通り、正面から入る事は出来なかったが、侵入する事は容易かった。一般市民には威圧的な騎士の守りも、見張りや巡回警視などは形骸化されているに等しく、まして後ろ暗い仕事を生業とする者にとっては、造作も無い。盗賊が財宝を盗む時、財宝を盗む事よりも、それらを盗んだ後の事の方が難しい事を知っていた彼らは、そのために隠密性を重視して城の中へと潜り込んだ。
リスター・ストーム(ea6536)とロックハート・トキワ(ea2389)が、仲間に先んじて潜入した前夜からして静かで生気に欠けた城だった。
日除けの厚いカーテンや木戸に閉ざされた窓の多い城は夜と変わらず薄暗く、また灯りも少ない。ロックハートが手袋を取り、火の無い燭台に触ると、残っていた油が粘ついていた。手入れされているようには見えない。王国の騎士が訪れるというのに、迎える用意を整えている気配も無いままに今日を迎えている様だった。
単に人が入らず閉められたままの埃っぽい部屋や空虚な部屋の幾つかを通り過ぎ、要人らを迎える貴賓室が並ぶ場所へ差し掛かった頃。奇妙な静けさに包まれた城で、危うい均衡で成り立っていた偽りの平穏が破られたのは彼らが侵入して然程時間が経っていない時だった。
響いてきた異音と、音の発生源に向かう複数もの足音と気配。
「‥‥調査は中止だな、撤退する」
二色の瞳に揺らぎ無く冷静な声でロックハートが判断を下すとリスターはくしゃりと頭を掻いた。
「隠された通路や部屋の1つや2つ、発見くらいしておきたかったんだが‥‥」
「地下も調べられてませんし」
何か少しでも得られるものがあればとリディエールも表情を曇らせたが。
「此処は敵の懐、武器を振るう暇があるならさっさと逃げよう。侵入した事自体がばれても、姿を見られていないのならばまだ動ける‥‥速やかに逃走に移れる」
「表からのお宅訪問での騒ぎじゃなさそうだが」
表から‥‥ブランシュ騎士団の巡察に合わせ、冒険者らがシュバルツ城に潜入してからそれ程時間は経っていない。シャルウィード・ハミルトン(eb5413)が気配に耳を澄ませ、呟いた。正面から訪れれば広間やホールといった城の中心を通り顔を合わせるはずである。城の正面からは遠い‥‥むしろ自分たちに近い場所の騒ぎに聞こえる。
リスターが眉を跳ね上げ、仲間を壁際へ追い立てるように手を振った。悟ったアルク・スターリン(eb3096)は隠密の術を持たないディアーナ・ユーリウス(ec0234)を己が影へと引き入れ、またナノック・リバーシブル(eb3979)らも石壁に張り付くように通路の影の中へと潜んだ。
彼らが居た通路と交差する回廊筋を‥‥思い掛けないほど近い場所を走り抜けていく幾つかの足音。
十分に去ったのをリスターが確かめようとした時だった。
駆けていく足音が遠ざかりやり過ごしたかと思った瞬間‥‥逆の方から顔を覗かせた騎士の姿にディアーナが息を呑んだ。
アルクが咄嗟に騎士に剣の柄を叩き込み壁際に押しやる。肩を押し込むように全身を使って相手の身動きを封じ、声さえも上げさせぬように喉を締め上げ、そこでディアーナが唱えたコアギュレイトが相手の騎士を呪縛した。
「蝶が羽ばたきを止めないけど‥‥」
「この男は違う‥‥だが、間違いなくデビルがいる。壁向こうにも通路の先にも」
ディアーナが指輪を見つめる隣りで探知魔法を使ったナノックが瞳を眇める。
「シュバルツ城でいったい何が‥‥前回は確たる証拠を持って帰ることが出来ませんでしたから、今度こそと思ってはいましたが」
「情報は持ち帰れなければ意味が無い。俺達がこの城から脱出し戻ることが‥‥」
生き証人を得る事になるという彼の言葉にリディエールは固い表情で頷くと、仲間達と共に脱出するため城外へと踵を返した。
●
目の前に現れた男の姿に、ブランシュ騎士団の騎士達は僅かに色めきたった。部下達を視線で制したオベルは表情を変える事無く眼前に立つ男に問う。
「我らは城の管理者との対面を望んでいたのだが‥‥」
「この城は俺のもの――この手に取り戻した今、主は俺だ」
口の端を歪め笑う男は、愉快そうにノルマン王国を支える騎士の証である白を纏う騎士達を睥睨する。
オベルは男の眼光をさらりと流し、確認するように訊ねた。
「王国で管理していたこの城を奪い、乗っ取りを宣言する訳だな?」
男は鼻で笑い飛ばした。
「乗っ取りじゃあない。俺のものをこの手に取り返しただけと言っただろう? 病弱王の忠犬たるブランシュ騎士団の騎士様達には即刻主の元へ尻尾を巻いて帰り、ご報告すればいい」
挑発に等しい男の言葉に、オベルは部隊の名を表す色に似た深い青色の瞳を細める。
「城だけじゃない。俺の花嫁も今度こそこの手に! 花嫁候補だなんだと言われているようだが、肝心の王様には望まれてないのが哀れだがな。だったら望まれて嫁ぐ方が女の価値も上がるだろう?」
耳障りな男の哄笑は、石壁を揺らす響きを伴った遠く爆ぜる、あるいは少なくない人が動く音によって止められた。
「俺の言葉を若造にお伝え頂かねばならないからな、忠犬は犬らしく尻尾を巻いてお帰り頂け」
生気に欠いた、あるいは騎士らしくは無い所作の己の騎士達に、顎をしゃくる。
「ただ‥‥我が城に潜り込んだ鼠はしっかり始末させてもらうがな」
男‥‥カルロスは、にやりと不遜な笑みを浮かべ、多勢に無勢も良い有様となっている王国の騎士らの様子を愉快そうに見下ろしていた。
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――時は少し遡る。
「物流の流れが少なすぎるというのなら、そこにいる者は既に人でなくなっているのかもしれん」
人は食べなければ生きてはいけない。あるいは、表から察知されない流れが出来ているのか。
表に見えるものではない、隠匿された場所を察知すべきに重きを置いたリスターとロックハートら仲間達と目指すものを違え、紅天華(ea0926)は望むものを求め城内を歩いていた。傍らには求めを成す為に必要な事と、騎士のエドモンを伴って。エドモンは冒険者の指示に従う事を上官より命じられていたから、理由を深く問い質す事もなく彼女の求めに応じ従っていた。彼女の探索が潜入にそぐわない事を疑問に思わないではなかったが、ヴァレリーの命で単独行動は避けうるべきと認識していたのと、「その時になればわかる」という天華の言葉にそれ以上を重ねる事は無かった。
「意外に神と魔は表裏一体だったりするからのぅ、何か手がかりがあればよいのだが‥‥」
シュバルツ城程の城であれば間違いなくあるであろう高貴な身分の人々のために城内に設置された礼拝堂を探し、調べようと考えていた天華は呼び止められ、振り向いた。騎士然とした者の誰何にジーザス教の聖像が刻まれた十字架のネックレスを見せ、旅の途中で祈れなかった分の祈りを捧げに‥‥と告げる。
成る程と頷いた騎士はそれならば‥‥と、場所を示そうとでもいうのかついと指を上げ‥‥。
一瞬のうちに天華の視界は遮られ――爆音にも似た炎が爆ぜる音が響いた。
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転機の鐘の音となった魔法による爆音の下で、隠密性を重視しての軽装ゆえに負った怪我の重さに苦悶の声を飲み込んだのはエドモンだった。僧侶である天華を咄嗟に己が身に庇ったのだ。身が爛れ焼ける嫌な匂いが周囲に漂う中で、シュバルツ城の騎士は歪んだ笑みを浮かべながら剣を抜く。
「この城に神に祈りを捧げる場所なぞないわ」
高らかな哄笑と共に繰り出される剣戟を逸らす事が精一杯のエドモンが退く事を天華へ提案する間にも、複数の足音が彼らの下へと向かってくるのが聞こえる。
天華が数珠を手繰り唱えたデティクトライフフォースで探知する事が出来ない目の前の騎士は、デビルに相違なかった。
そして集まり来る足音の主達とて‥‥。
●
炎に群がる羽虫のように、音の生じた場所へと向かう城内の人影は、やがて潜んでいた冒険者らの下へも飛び火するように向かいだした。
強行突破で城を破り脱出しようとしていた天華らが接敵した場所が城内でも奥まった箇所であったために、敵と切結び、逃走先を探すうちに追い込まれるように合流する事になった。広い城の中、別行動の距離がたかが知れていたのか、あるいは追い込まれたのか‥‥冒険者らに思案する間などはなかった。
何処に潜んでいたのかと思うほど沸いてくる敵影に呆れともつかない皮肉げな笑みがシャルウィードの口元に浮かんだ。
「何処って城の中にいたんだよな」
「なに?」
レジストデビルを付与していたディアーナに何でも無いと返し、己が剣で降りかかる白刃を弾き返した。
刃を向けてくるものは敵。彼女の線引きはとてもシンプルなものだった。
「援護は頼めない‥‥か」
眉間に深い険を刻んだナノックも剣を抜き押し返す。元より脱出経路が定められている潜入ではないのだから示し合わせておく事も難しい。不確実な援護を待つよりもその時間を脱出に当てた方が依頼の達成度は上がる。彼の指に留まる蝶は羽ばたきを止める事無く、石の中でデビルの存在を告げ続けている。狭くは無い回廊へ押し寄せる人の波は、最早デビルなのか人なのかもわからない。追い縋る敵を退けるナノックがリディエールの合図に身を引けば、外を吹く冬の風とも比較にならない極寒の飛礫が凍てつかせるように吹き荒れた。
作り出された大きなチャンスを逃がす事無く、通路際の部屋に隠れやり過ごし、あるいは敵を切り伏せ道を切り開きながら‥‥かつての城の見取り図と外観から、およその推測を重ねロックハートの先導で外へと通じる城の外郭の方へと向かっていた。
「城を荒らしに来ようと思った盗賊ごとき、幾らでも始末できる人材が揃ってるってわけか」
「‥‥だからこそ穴だらけの警備だったのでしょうね」
乱れた息の合間に、呆れたように呟いたリスターに、アルクは頷きながら乱暴にポーションの封を切り飲み干す。城内の勢力は侵入者を排除するために手段を選ばなかった。追われる立場の冒険者らは出くわせば容赦の無い、それこそ同士討ちも厭わない攻撃に曝され少なくない怪我を負っていた。
内壁のような外回廊を抜け、この先の通路を越えれば外まですぐ――だったのだが。
「あらら‥‥まいったね。止めておくからいきなさい、いくら広い城の中でもこれだけ騒いでるんだからば表も気付いてる‥‥大丈夫でしょ」
折れた通路の先に広がっていた冒険者らにとっては悲惨に近い状況に、ヴァレリーが笑って道を示した。どれ程敵が追い縋るかわからないが、ほんの少し足止めが出来れば冒険者らが脱出するには十分な事を力量から判断したのだ。
誰かが何かを言う前に、先導に踏み出したロックハートの背を見てヴァレリーはほんの僅か瞳を細めた。僅かな間に判断を下す事の出来る冷静さと情に寄らず最優先にすべき事が何か承知している若さが末恐ろしいと呟いた。リディエールが放ったブリザードの威力に、あるいは凍りついた姿に敵の追尾が一瞬緩む。殿に残ると告げたナノックへ「そんな怖い味方はいらないから」と蹴り飛ばすように追いやりながら、ヴァレリーは躊躇う事無く剣を向ける相手を切り捨てた。正確に無駄なく剣を手繰る副長の援護をするのはカミーユだった。過たず敵を射抜く正確な射撃技術を目端に捉えながら、困ったように笑う。
「ちゃんとどんな結果になっても責任を負う覚悟でここにいる。全部承知の上で依頼をしたんだ‥‥ちゃんと依頼は果たしてね」
笑顔で剣を振るうヴァレリーも、カミーユも追わせず。またリディエールの氷が追う道を閉ざし、城内の守り手は残った敵へとその手を伸ばす。主の命を果たすために。
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「間違いなく、マントの工芸品です」
マント領主は固い表情で頷いた。
彼らの前には柔らかな布の上に並べられた繊細な宝飾品が数点置かれていた。それは、シュバルツ城に潜入した際にリスターが確保した工芸細工品だった。
クラリッサは白い指先で希少性の高い石を飾った銀細工をくるりと回し、示す。目の利くものが見ればわかるとても高い技術によって作られた細工品。精緻な細工が施された幾つかは、マントの職人が確立した特殊な加工でもって施されているもの‥‥すなわち、マントで作られたものである証。そして技術を集めて作られた細工品はとても高価で、何より量産する事は出来ない。シュバルツ城は主のいない城‥‥納められた事など、ない。
「ってことは、カルロスが本物だろうと、デビルが成りすました偽者だろうと‥‥」
「シュバルツ城にいる者が盗賊団と繋がっていた確たる証になります」
思案するように顎に手を当てて呟いたリスターに、クラリッサは頷いた。細工品は、マント領近郊で跋扈していた盗賊団の背後にカルロスがいた証。
マントとパリを結ぶ街道に現れた盗賊と対峙した時の事を思い出し、ディアーナは柳眉を顰めた。どこまでもあの男はマントとクラリッサの周りに付き纏う。
長きに渡り着実に少しずつ力を蓄え、城を守る騎士達に成り代わり、シュバルツ城を乗っ取った。
かの城は、いまやデビルの棲まう魔城となっていた。どれ程、カを貯めているかが未知数。
「シュバルツ城‥‥管理が緩かったわけではないだろうに」
それでも尚、乗っ取って見せた存在は、最低でも中級以上のデビルだろうと踏んでいたナノックの予想は当たらずも遠からず‥‥城に溢れていたデビルやその春属、崇拝者達。それを束ねる魔に堕ちた男。
「あのおっさんは何であそこまであの城に固執するんだ?」
「それが解れば苦労はないが‥‥城と花嫁と‥‥」
固執‥‥地獄の淵より幾たびも甦る執着心は、もはや妄執に等しい。シャルウィードが吐き捨てるように呟くと、ロックハートの瞳が思案気に揺れる。
「その熱意を良い形で国政に活かせれば、どんなにか良い政治家になれたでしょうね‥‥」
己の権カを求める事にのみしか発揮されない歪んだ暗い情熱。リディエールは暗澹とした想いを心に抱え、冷たい風が吹き荒ぶ外を見遣った。
その視線の遥か先には――魔城と果てた城。